2008年1月8日火曜日

Dogmatikerを「教義学者」と訳せないかと考えている理由

カントの書物を腰を据えてじっくり読みたいと思い立ってまだ数日も経たない者が(純粋理性批判の原書をやっと手にしえたのは先週の土曜日のことですから)、「誤訳の可能性を発見した」と言い張って一端の論客ぶってみせたいわけではありません。

私の関心は誤訳かどうかという点にはほとんどありません。これは今回のケースだけではなく常にそうです。私には他人の間違いを指摘して喜ぶような悪い趣味はありません。また、翻訳という事柄に少しでもかかわったことのある人は、「どこにも突っ込みどころがないような完璧な翻訳など、この世に存在しない」ことをどこかで知っています。

カントの哲学は、キリスト教神学、とりわけ私自身の最大の関心事である「改革派教義学」にとっていかなる関係にあるのかを、可能なかぎり正確にとらえたいと願っているだけです。そのためにカント自身の言葉を、できるかぎり当時の思想史的背景に照らし合わせながら「歴史的に」把握したいだけです。

また、まさかカントを「敬虔なキリスト者」や「教義学者」に仕立て上げたいわけでもありません。そんなことは不可能ですし、意味がない。事柄は正反対であって、カント哲学は歴史上の「改革派教義学」の最大のライバルであり続けたし、今でも一人の巨人として、我々の行く手を阻む存在であり続けています。

私の関心事は、そうであるという自覚がカント自身にどれくらいまであったのかという点です。

換言すれば、自分の発言が後代の歴史(とくに改革派教義学の歴史)に遺した(極めて有効な批判としての)影響力を、カント自身がどれくらい深く自覚していたか、です。

「史的カント」の異端審問を行いたいわけでもなく(これも意味がない)、むしろ「カント先生、よくぞ言ってくださった」と感謝したいのです。