2022年1月30日日曜日

最初の者、最後の者(2022年1月30日 聖日礼拝)

宣教「最初の者、最後の者」秋場治憲さん(昭島教会会員)
   
讃美歌21 289番 みどりもふかき 奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

「最初の者、最後の者」

マタイによる福音書20章1~16節

昭島教会 秋葉治憲兄

「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。」

前回東からきた博士たちがはるばる星を頼りにやってきて、御子イエスの誕生を祝ったばかかりですが、今日のテキストは主イエスがガリラヤでの活動を終え、いよいよエルサレムへ向かう途上で語られたお話の一つです。19章の1節にはそのことを説明している一句があります。「イエスはこれらの言葉を語り終えると、ガリラヤを去り、ヨルダン川のむこう側のユダヤ地方に行かれた。」ユダヤ地方というのはエルサレムに向かったということです。ガリラヤを出てエリコ を経由してエルサレムへむかうというのです 。御子(メシア)の誕生の知らせを聞いても誰一人として、博士たちと行動を共にしたものがいなかった町、十字架の待つエルサレムへと向かいます。言葉をかえれば最後の道行であり、その途上で語られたことは主イエスの遺言とも言えるものです。

その途上で語られたお話の一つ「ぶどう園の労働者」のたとえを詳しく読んでみたいと思います。このお話も誰もが知っているお話であり、私たちにとても馴染みのある分かりやすいお話です。特別な解説がなくてもいいとさえ思えるお話です。

1.「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人 が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。2.主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。3.また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、4.『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう。』と言った。5.それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと、三時ごろにまた出ていき、同じようにした。6.五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、7.彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい。』と言った。」
8.夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを読んで、最後に来た者から始めて、最初に来たものまで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。9.そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。10.最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。11.それで受け取ると、主人に不平を言った。12.『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いた私たちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』13.主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたは私と一デナリオンの約束をしたではないか。14.自分の分を受け取って帰りなさい。私はこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。15.自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも私の気前のよさをねたむのか。』16.このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」

一読して分かることは、これはその日の職を求めて、雇ってくれる主人を探すために広場に集まってきた労働者とある主人の物語だということです。ここに集まってきた人たちは、日雇い労働者であるということが分かります。そして、よく読んでみると主人が一日一デナリオンの契約をしたのは、夜明けと同時に雇った最初の人たちだけということが分かります。一デナリオンというのは、一日の平均賃金で生活する上でギリギリの額だったようです。日雇い労働者が職にありつけなかった日は、翌日家族を養う食事にも困ったということです。夕方五時頃、最早その日職にありつくことなど絶望的な状況の中で、なお雇ってくれる主人を見つけられず、広場で待ち続けていた人たちにとっても切実な問題だったことが伝わってきます。モーセの律法にも「雇い人の労賃の支払いを翌朝まで延ばしてはならない。 」と定められていました。夜明けと同時にというのですから、おそらく朝の六時か七時頃でしょう。九時、十二時、三時、五時に雇われた人たちは、「ふさわしい賃金を払ってやろう」という主人の言葉に信頼して、ぶどう園に向かっています。

夕方になって主人は賃金を支払う際に監督に、「最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい」と命じます。そして朝から
11~12時間暑い中を辛抱して働いた者たちも、夕方涼しくなってから一時間しか働かなかった者たちも等しく一デナリオンを受け取った、というのです。当然のことながら朝から働いた者たちから不満の声が上がりました。「最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いた私たちと、この連中とを同じ扱いにするとは。」と。彼らの言い分は、報酬は労働量に比例して支払われるべきだ、それが「公平」というものだ、というのです。それに対して主人は、「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたは私と一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。」と言う。主人は約束通りに支払ったのだから、何も不正はしていないというのです。では何が問題なのか。<主人の気前のよさ>である。「私は最後に来たこの者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ」というのです。五時に来た者は、一時間、三時に来た者は三時間しか働いていないのに、十一時間朝から暑い中を辛抱して働いた者と同じ支払いを受けたというのです。私たちが持っているものさしと主人の持っている物差しが、違っているということに気づかされます。もし朝から働いた者の言うように、労働時間に比例して支払うなら、そこには差別が生まれます。差別は差別を生み、益々その格差を広げて行きます。私たちの現実社会はその真っ只中にあります。主イエスの時代も、まさにそのような時代でした。

遅れてきた者たちへの支払いは、まったく主人の意向次第です。。報酬は労働量によって決まるのではなく、主人の意向によって、神による恵みによって決められるというのです。契約を結んで働いた者たちをユダヤ人、遅れて来て働いた者たちを異邦人とする解釈もあります。契約によって働いた者たちにとっては、報酬は自分たちの権利です。与えられて当然のもの。ここには一日働くことができたこと、正当な支払いがなされたこと、その日の生活費が与えられたことに対する喜びも感謝もありません。私たちはその代表的な例として、放蕩息子の兄 を思い起こします。

契約によらない者たちにとっては、報酬は主人の意向次第。彼らは当然一デナリオンが支払われるとは予期していなかったでしょう。それに対して主人の「私はこの最後の者にも、同じように支払ってやりたいのだ。」という言葉は、彼らにとって驚きであり、感謝であり、喜びであったことでしょう。彼らはこの主人の言葉を、全くの恵みとして受け入れることができたのです。そして彼らは神に感謝と讃美を捧げながら、家族の待つ家路を急いだことでしょう。信仰とは獲得するものではなく、与えられるものという真理がここにあります。ぶどう園の労働者たちが受け取った報酬は、全員が一デナリオンで同額です。しかしその同額の報酬に対して朝から働いた者たちは、自分たちの当然の権利として、また他者との比較によって不満に満たされて帰宅したのに対し、九時以降に雇われた人たちは、「私はこの最後の者にも、同じように支払ってやりたいのだ。」という主人の言葉に感謝し、喜びに満たされて帰宅したことでしょう。主人を信頼してぶどう園に向かった労働者たちは、半信半疑だったと思います。私たちの信仰の始まりは、こんなものだったのではないでしょうか。こんな時間から働いても、一体いくら支払ってくれるのか。最後に来た者たちも半信半疑だったはずです。しかし、この最後の者に一デナリオン支払われた時、彼の主人への半信半疑の信頼は、確信に変えられたのです。信仰の確かさは、「とらえている」ことの確かさではなく、「とらえられている」ことの確かさなのです。

私はここに、この主人の言葉に、信仰の確かさがあり、神の確かさがある、と思うのです。「私は最後に来たこの者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ」という言葉は、金文字で書かれるべき言葉と言っても過言ではない言葉です。

私たちは時として、「あなたは本当に信じているのですか?」と問われることがあります。人に問われなくても、自分自身で自問することがあります。問われた時は、一瞬、私たちは言葉に詰まります。そして自分自身の信仰を省みて、「本当に信じています」とは断言できない自分を見出し、まだ駄目だ、まだ駄目だと思い悩み、葛藤するのではないでしょうか。この時私たちは主イエス・キリストを忘れてはいないでしょうか。私たちの中には滅びしかないのです。「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています」と聖書が断言しています。だからこそ父なる神は、御子イエス・キリストを私たちの所へ遣わされたのです。イエス・キリストを信じるとは、義ならざるものを義とし、不信仰な者を丸ごと受け入れて、贖われた方を受け入れるということだからです。マルコ福音書に悪霊に取りつかれた息子をイエスのもとへ連れてきた父親が、「信じます。信仰のない私をお助けください。 」(新共同訳)と語っています。私たちが信じるのは、信仰のない私たちを受け入れ、贖い、義とされる方を信じる(受け入れる)ということなのです。

パウロがローマ人への手紙4:5にまさにこのことを「しかし、不信心な者を義とされる方を信じる人は、働きがなくても、その信仰が義と認められます。」と述べています。私たちの信仰は不信仰な者をそのまま、丸ごと引き受けて下さる方を受け入れることなのです。この方がベツレヘムにお生まれになったという知らせを聞かされたばかりです。私たちはいつしかこの方を忘れて、直接父なる神に近づこうとしていることはないでしょうか。

少々専門的なことになりますが、マタイは1節の「ある家の主人、」という言葉を、8節では「ぶどう園の主人」と言いかえています。「ぶどう園」は古来よりイスラエルの神が働かれる場 とされてきました。前頁の注2で解説しましたが、家の主人というギリシャ語(オイコデスポテース)は、一家の主人、所有者という意味合いが強いのに対して、8節の「ぶどう園の主人」というギリシャ語は、キュリオス(主)という言葉が使われています。マタイはこの言葉キュリオスに変えることによって、「イスラエルの神」が異邦人も含めた「万人の神」であることを示唆しています。この譬がただにユダヤ人に対する教えにとどまらず、教会のあるべき姿をも示唆しています。マタイという人が所属していた教会は、アンテオケの教会 とも言われています。ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者が混在していた教会であり、マタイは旧約聖書の預言がイエス・キリストにおいて実現したこと、旧約の律法はこの人において完成されたこと、そして主イエスの神の国は、ユダヤ教の枠(律法)を超えて万人にとっての神の国であり、主イエス・キリストは、すべての人にとっての主(救い主)であることを、このキュリオス(主)という言葉が指し示しています。新しい時代が到来したことを指し示しています。主イエスも「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。 」(口語訳)とユダヤの民族宗教からの脱皮を宣言しています。

ここでそもそも主イエスはどうしてこの譬を語りだしたのか、ということに目を向けてみたいと思います。そのきっかけとなったのは、直前にある「金持ちの青年」とのやりとりとそれに続くペテロとのやりとりに起因しています。
ある金持ちの青年はイエスに、永遠の命を得るためには、どんな善いことをすればよいかと尋ねます。イエスは十戒にある掟を守るようにと答えますが、彼はそれらはすべて守ってきた、まだ何か欠けていますかと問い返します。この青年は自身満々です。おそらく「あなたには何も欠けるものがない」と太鼓判を押してもらいたかったのでしょう。しかし、主イエスは持ち物を売り払い、貧しい者たちに施し、自分に従ってくるようにと伝えますが、彼は悲しみながら立ち去ります。このことに対して主イエスは、「金持ち が天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るより、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」と言われました。弟子たちはこれを聞いて、とても驚きました。なぜなら当時一般に流布していた考え方は、富は神による祝福の証であり、貧しさは神の罰の結果と考えられていたからです。

イエスの言葉に対して、ペテロが反応します。「このとおり、私たちは何もかも捨ててあなたにしたがって参りました。では 、私たちは何をいただけるのでしょうか。」という質問をしています。何もかも捨てたというペテロにとっても、報酬が問題なのです。主イエスは「私の名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。 」という言葉で結び、「ぶどう園の労働者」の譬を語り出しています。

このペテロに対して「ぶどう園の労働者」の譬で、主イエスがペテロに対して言わんとしていることは、決して何かを<捨てたこと>が功績として救いを約束するものではなく、神の自由な恵みによってなされることを伝えようとしているのです。神が神として自由に働かれると言われると、私たちは不安にさえなります。しかしその神の自由は、「私はこの最後の者にも、同じように支払ってやりたいのだ。」という言葉によって裏打ちされていることが教えられています。11時間働いた者も、1時間しか働かなかった者も同額の報酬を受け取る譬によってそのことを示そうとされたのです。ペテロはすべてを捨ててあなたに従いましたと言うけれども、そのことによって新たな報酬を求めるペテロは、実は何も捨てていないのです。自分の利益が最終的な目標になっているのは金持ちの青年と何も変わるところがないからです。

 あれをしたら、これをしたら神の国が、その門戸を開くというのではなく、全く神の自由な恵みの意思によることをペテロに伝えようとしているのです。私たちの救いは、全面的に神の御手のうちにあります。ヨーロッパのお城を思い起こしてみて下さい。跳ね橋が上がっていると、外から中へ入ることは出来ません。中に入ることができるのは、この跳ね橋が降ろされた時です。クリスマスにはこの跳ね橋が降ろされて、神の子羊が私たちのもとへ遣わされたのです。繰り返しになりますが、この神の自由な恵みは、「私は最後に来たこの者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ」という言葉によって裏打ちされているということは、私たちの信仰を大いに励まし、そして勇気づけてくれます。「神の自由な恵み」というのは、実に気前がいいのです。この気前の良さが、自分で獲得しようとしている者にとっては、妬ましくさえ思われるのです。

そう思って今一度聖書の言葉に目を落とすと、この主人一日に五回も仕事にあぶれている労働者を探して出かけて行って、その都度見つけた労働者たちを自分のぶどう園に送っています。いなくなった一匹の羊を求めて谷底まで探して歩く羊飼いの姿が重なります。五時という時間は、もう労働者を雇うことが意味を持たない時間です。しかし、この主人にとっては、夜明けと同時に雇った人々と同じ価値を持つのです。

 最後に15節の「それとも、私の気前の良さをねたむのか。」という言葉に注目してみたいと思います。ある注解者はこの原文を文字通りに訳すと、「それとも私が アガトス(良い・善・完全) であることが、あなたには ポネーロス(邪悪) とみえるのか。」となる。アガトス は「良い」とか「善」と訳すこともできるが、辞書には「完全」という意味もあることを指摘しています。つまり「私が完全であることが、あなたの目には邪悪と映るのか。」と訳すことも出来るというのです。そうすると神は最初の者たちだけでなく、最後の者たちにも「全き」者であろうとされる、という意味になります。この土台は既に据えられているのです。私たちがこれから苦労して、この土台を据えるのではありません。既に据えられたことを、私たちは感謝し、クリスマスを祝ったばかりです。「私は最後に来たこの者にも、同じように支払ってやりたいのだ」という言葉を繰り返し反芻してみて下さい。私たちの肩の重荷が取り去られ、心が軽くなる経験をするのではないかと思います。

最後に来た者たちの心の動きについては、聖書は何も触れていません。それは私たちたちも含めて、受け取った者にしか分からないことかもしれません。しかし、彼らはこの一デナリオンを全くの恵みとして受け入れることができたのです。そして彼らはこの一デナリオンの恩義、慈しみに、何とか報いようとすることでしょう。

    主はいのちを与えませリ
    主は血潮を流しませり
    その死によりてぞ、我は生きる
    われ何をなして主に報いし

という讃美歌 が聞こえてこないでしょうか。 神はその独り子を差し出して、犠牲にしてでも、私たちをご自身のもとへ引き寄せようとされたということです。それほど大きな愛で私たちを救おうとされたというのです。

自分は独りぼっちだ、世の中は不公平だという思いに襲われることもあります。自分が生きていることの価値を見出せない、何の喜びもない、という思いに襲われることもあります。今年の1月19日の朝日新聞の天声人語にスヌーピーの「配られたカードで勝負するしかないのさ・・・」という名言が引用されていました。読まれた方もおられると思います。確かに名言です。人は誰しも自分に配られたカードで、勝負するしかないのです。確かにこの言葉は私たちをして前に進ましめる言葉です。他に術はないのだ、というのです。しかし聖書の世界は、他に術はないから、仕方なくという世界ではなく、喜び勇んで進み行く、もっと積極的な意味合いを持っています。「私はこの最後に来た者にも、朝から働いたものと同じように扱ってやりたいのだ。」と言ってくださる方が、我らと共におられるというのです。私たちが主体で神はその信仰の対象であったはずの信仰が、いつのまにか神が主体となって私たちを導いていることに気づきましたでしょうか。私たちが神をとらえているのではなく、神が私たちをとらえて導こうとされているのです。この最後に来たこの者を離してなるものか、という思いが伝わってこないでしょうか。

よみがえったイエスにすがりつこうとするマリアには「私にすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから 」と言った主イエスが、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れて見なければ、またこの手をそのわき腹に入れて見なければ、私は決して信じない。」と信仰から離れていこうとするトマスには、「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、私のわき腹に入れなさい。」と言う。「父のもとへ上って」いくことを返上してでも、今この弟子を離してなるものかという思いが伝わってこないでしょうか。

この方の下で私たちは、自分に配られたカードを、自分に与えられた人生を受け入れる勇気が与えられるのです。しかもそこには、喜びがあり、感謝があります。神を讃美する信仰が与えられていることに、私たち自身が驚かされるのではないでしょうか。「最早われ生くるにあらず、キリストわが内にありて生くるなり 」(文語訳)とは、こういうことを述べた言葉だと思うのです。

祈ります。
 
恵み深き父なる神様
私たちの周りは依然として新型コロナウイルスが、猛威を振るっています。
病床の準備が追いつかず、自宅療養を余儀なくされています。子供たちまでもが、その脅威にさらされています。一日も早い終息を切に祈ります。

あなたを救い主と信ずる多くの兄弟姉妹たちが、自宅礼拝を守っています。今日の御言葉に託された福音が、聖霊のシンフォニーとなって豊かにとどけられますように。

今日のこの聖日、世界中で捧げられている礼拝の上に、あなたの豊かな祝福がありますように。主イエス・キリストの御名によって、御前にいのります。アーメン
  
(2022年1月30日 聖日礼拝)

2022年1月23日日曜日

宣教の豊かさ(2022年1月23日 聖日礼拝)


本日の聖日礼拝動画


讃美歌21 聖なる聖なる 351番(1、4節)

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「宣教の豊かさ」

マルコによる福音書1章21~28節

関口 康

「人々は皆驚いて、論じ合った。『これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。』」

今日朗読した聖書箇所は、マルコによる福音書1章21節から28節までです。私たちの救い主イエス・キリストが「神の国の福音」を宣べ伝える宣教活動をお始めになってまださほど時間が経っていない頃の出来事が描かれています。

その場所はカファルナウム。それはガリラヤ湖の近くの町で、漁師たちが多く住んでいました。その町にユダヤ教の礼拝施設である「会堂」(シナゴーグ)がありました。そこでイエスさまが、安息日に聖書に基づく説教を行われました。

イエスさまが安息日に「会堂」で説教を行われたのはこのとき限りではありません。たとえば、同じマルコによる福音書の6章2節にも「安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた」と記されています。

ユダヤ教の安息日は土曜日で、キリスト教の安息日(クリスチャン・サバス)は日曜日であるという違いがあります。しかし、本質的に現代の私たちがしていることと同じです。要は、定期的にみんなでひとつの場所に集まり、聖書の解き明かしが行われること、祈ること、賛美を歌うこと、です。この安息日ごとに集まって行う礼拝をイエスさまご自身もなさったし、イエスさまの弟子たちが受け継ぎ、その後の二千年のキリスト教会の歴史の中で続けられてきました。

このことから申し上げたいのは、当時と今の連続性です。イエスさまの宣教活動とは具体的にどういうものだったかについては聖書に基づいて想像するしかありません。しかし、今の私たちがしていることと全く違う異質なことをなさったわけではありません。今日も私たちは礼拝堂に集まっています。いま私が立っている説教壇にイエスさまが立って聖書の解き明かしをなさっている様子を想像しても構いません。本質的に全く同じです。

説教者が私でなければよいのに、と思わなくありません。なぜ私でなく、イエスさまがここにおられないのでしょう。私は今マスクをしています。顔が半分隠れています。イエスさまがどんなお顔だったかは、研究者が科学的な方法で解明に取り組んでいます。不謹慎かもしれませんが、私が「イエスさまのお面」をかぶって説教すれば、当時の情景さながらになるでしょう。

しかし、イエスさまの聖書の解き明かしについて今日の箇所に記されているのは、「人々はその教えに非常に驚いた」ということです。「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」(22節)とあるとおりです。

しかし、これはどういう意味でしょうか。「律法学者」は「権威がない」ということでしょうか。もしそういう意味だとしたら、ここで言われているイエスさまに対してこのときいた人が感じた「権威ある者として教える」とは、何を意味するのでしょうか。

それは、たとえば言い方の問題でしょうか。自信たっぷりに断定口調で語ることでしょうか。学者たちは厳密に考えます。客観的な証拠が乏しいことや、憶測に過ぎないことを「そうです」「こうです」と断定口調で語ることを嫌います。そういうのは「はったり」をきかせているだけだと学者たちは考えます。

「はったり」とは「相手をおどすようにおおげさに言ったり行動をしたりすること。実際以上に見せようとして、おおげさにふるまうこと」です(小学館『日本国語大辞典』参照)。そういうのを避けようとするのが学者の本質です。「~と思います」「~かもしれません」「~である可能性が無いとも言えません」という言い回しが増えます。嘘を言ってはいけない、厳密に語らなければならない、と考えているからです。私は学者ではありませんが、この傾向が強いです。

しかし、そういう口ぶりを嫌がる向きがあることも私はよく分かっているつもりです。説教の中で「~と思います」と言うだけで「あなたの考えや意見を聞いているのではない。神の言葉が聴きたい」と注文を付けられたことがありますので。「~かもしれません」と言うだけで「自信が無さそうに聴こえるので、もっと自信を持ってください」と励まされたことがありますので。

しかし、イエスさまはどうだったでしょう。「そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ」(23節)とあります。この「そのとき」はイエスさまが会堂で説教をなさっている最中を指していると思われますが、その人が要するにイエスさまの説教を妨害するために大声を発した様子であると考えてよいでしょう。

「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」(24節)とその人が言いました。そうしたらイエスさまが「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになったというのです(25節)。

くれぐれも気を付けたいのは、イエスさまはご自身の説教中に騒いで妨害する人に「会堂から出て行け」とおっしゃったのではないということです。正反対です。「会堂の中にとどまりなさい」とはおっしゃっていませんが、事実上その意味です。その人の中にいる「汚れた霊」に呼びかけ、「黙れ。この人から出て行け」とおっしゃいました。

すると、イエスさまから「黙れ」と言われた人は黙りました。しかしこの箇所に記されているのは「汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った」(26節)です。その人の心の中の、イエスさまの説教を妨害したがる悪意や敵意だけがその人から出て行ったのです。その人の心がつくりかえられたのです。その人自身は会堂に残ることができました。

当時の人がイエスさまの説教に感じた「権威」の意味は、それだと思います。人の心をつくりかえる力がある説教です。心だけでなく、その人の生活、その人の人生そのものをつくりかえる説教、それがイエスさまの宣教でした。ただ「はったり」をきかせれば済む問題ではありません。

律法学者の説教はどうやらそうでなかったのです。ひとりひとりの生活との関係性が見えない。騒いだ人は、その日だけ会堂にいたわけではないでしょう。町の中で有名だったかもしれません。その人が礼拝中に騒ごうと、人が話しているのを邪魔しようと、律法学者はお構いなし。ひとりひとりにかかわることを面倒くさがって、遠巻きにして放置していたのかもしれません。人々も一緒になって遠巻きにして、耳をふさぐか、無視していたのではないでしょうか。

しかし、イエスさまはその人に直接かかわられました。その人を変えられました。人を変える力がある。それが「権威ある説教」の意味でしょう。そうであることが分かったからこそイエスさまの説教をカファルナウムの人たちが夢中で聴くことができたのです。

わたしたちも、そのような宣教ができるようになりたいです。「説教は知識ではない」と、私は言いません。「宣教は~ではない」とひとつの傾向のあり方に当てこすり、否定的に本質をあぶり出す排除の論理は嫌いです。「説教は知識でもある」のです。

そのうえで「宣教は知識以上であり、もっと豊かなものである」と申し上げたいです。

(2022年1月23日 聖日礼拝)

2022年1月16日日曜日

漁師を弟子にする(2022年1月16日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)


讃美歌21 7番 奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

礼拝開始のチャイムはここをクリックするとお聴きになれます

週報(第3603号)電子版はここをクリックするとダウンロードできます

宣教要旨(下記と同じ)PDFはここをクリックするとダウンロードできます

「漁師を弟子にする」

マルコによる福音書1章16~20節

関口 康

「イエスは、『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた。」

昨年11月7日の昭島教会創立69周年記念礼拝のときから申し上げているのは、今年(2022年)は「70周年」であるということです。今年11月6日に70周年記念礼拝を行います。みんな元気にその日を迎えようではありませんか。

「70年」ということで聖書の中身と関係あるのは何かと考えてみました。すぐ思い出したのはバビロン捕囚ですが、教会生活をバビロン捕囚にたとえるのは、直感的に言えばかなり違和感が私にはあります。私たちは教会に囚われているわけではありません。しかし視点を換えて考えれば全く当てはまらないとも言えません。

バビロン捕囚とは、イスラエル人が新バビロニア帝国との戦争に負けて自分たちの独立した国を失い、捕囚の民として70年の歳月をバビロンで過ごした出来事を指します。捕囚の地において、細々とではあっても信仰を守り続け、解放後パレスティナに戻ってエルサレム神殿の再建に着手するまでの彼らの70年は信仰と忍耐が試された年月です。

70年前に大人だった人たちはほとんど天の御国に召され、70年前はまだ子どもだった人たちや、その後生まれた子どもたちが信仰と忍耐を受け継ぐ歴史。そのイスラエルの人たちの姿は、そのまま今のわたしたちであると言えるのではないでしょうか。

しかし、教会の歩みや、わたしたちひとりひとりの個人的な信仰者としての歩みは、長く受け継がれてきたことをただ繰り返すだけ、何も変えずにただ受け継ぐだけではないし、我慢比べをしているわけでもありません。改革すべきことは改革すべきです。

そのことを考えて、私は年頭から繰り返し「新しいことを始めましょう」と申し上げています。さっそくひとつ新しいことが始まります。今日の週報で初めて情報公開しました。秋場治憲さんを今年4月から本教会の伝道師として招聘することを役員会として承認し、2月27日に予定している教会総会に提案することにいたしました。

秋場さんのことは秋場さんご自身がお語りになるべきですが、客観的事実については、私からご紹介させていただきます。秋場さんは41年前の1981年に、日本キリスト教団補教師検定試験に合格されましたが、補教師登録をされませんでした。しかし、このたび補教師に登録することを決心されました。昭島教会を助けてくださるためです。尊いお志に心から感謝いたします。

牧師、伝道師の異動の件は教会総会の取扱事項ですので、現時点ではまだ正式な決定であるとは言えません。しかし、現在の役員であられる秋場治憲さんとわたしたちは水臭い関係では全くありませんので、皆さんに喜んでいただきたく謹んでご報告いたします。

さて、今日の聖書の箇所です。イエスさまが神の国の福音を多くの人に宣べ伝える宣教活動を開始されるにあたり、イエスさまと共に働く人をお求めになりました。聖書においてその人々はイエスさまとの関係上「弟子」と呼ばれています。弟子たちは、イエスさまに「従う」関係です。だからといって、イエスさまと弟子たちの関係は軍隊式の上下関係ではありません。水平の関係です。協力者です。パートナーと言うと別の意味になるかもしれません。表現は難しいです。

「軍隊式ではない」と強調して申し上げるのは、当時のユダヤ教の指導者やローマ帝国の軍人とユダヤの民衆との関係と、イエスさまと弟子の関係とが大差ないようなものだったとすれば、彼らが「救い」を感じることはなかっただろうと思うからです。

イエスさまがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとその兄弟アンデレが湖で網を打っておられるのをご覧になりました。彼らは漁師でした。そこでイエスさまは、その二人に「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われました。

イエスさまが彼らを「ご覧になった」(16節)と訳されている言葉に深い意味があるかどうかが気になりました。調べてみたらいろんな意味がありました。目で見る、心を向ける、注意する、理解する、経験する、訪問する、面会するなどの意味が含まれていることが分かりました。

そのことが気になったのは、ただ見えた、視野に入った、ぼんやり見た、ということだけではなく、じっと見る、注意深く観察するというような意味があるかどうかを知りたいと思いました。結論を言えば、それくらいの意味があると考えることができます。それが分かって安心しました。イエスさまにとって、彼らを弟子にしたのは手当たり次第で、実はだれでも良かったのだというような感覚とは違うのではないかと思うからです。

イエスさまが彼らを「ご覧になった」のは、マルコによる福音書では、彼らが漁をする姿です。ルカによる福音書では、ひと晩漁をしても何もとれずに落胆して陸に戻り、網を洗って片付けていた彼らの姿をイエスさまがご覧になっています。とにかくそのような彼らの「漁師としての」姿をイエスさまが、ただ見た、視野に入った、ぼんやり眺めたというのではなく、じっと見る、観察するという姿勢で、まさに「ご覧になった」のではないかと私には思われるのです。

それは、彼らが真面目に仕事をしているかどうか、というようなことが含まれている可能性は否定できません。それも大事なことです。しかし、そういうことよりもむしろイエスさまが関心をお持ちになったのは、漁師たちが漁をするその仕事内容や動作や、それに必要な技能は何かというようなことです。収穫が無かったときの心の動きや、その場合の生活のあり方までも含めて、イエスさまは「漁師としての」彼らをじっと観察されたのです。だからこそ、イエスさまは彼らに「人間をとる漁師にしよう」とおっしゃったのです。

言い方を換えれば、「漁師として」身につけた技能が、そのまま福音を宣べ伝える伝道の働きに役立つということです。それが、イエスさまが彼らにおっしゃった「人間をとる漁師にしよう」の意味です。イエスさまは人間を「魚」呼ばわりなさったわけではありません。趣旨は逆です。漁師として身につけたその技能を伝道のために活かしなさいということです。

もちろん漁師だけではありません。会社や役所や学校で働く人が、それぞれの場で身につけた技能が、そのまま伝道に役立つということです。伝道者になるために必要なことは、極端に特殊なことでも何でもなく、日常生活で必要な普通の営みを身につけることや、社会での働きの中で徹底的に鍛えられる技能の延長線上にある、ということです。

ただし、教会は軍隊式ではありません。その点だけ間違えなければ、すべての社会的な技能が伝道に役立ちます。「社会のルールを教会に持ち込むこと」の弊害がもしあるとしたら、軍隊式が持ち込まれてしまうときです。教会を教会でないものにしてしまいますので気をつけましょう。

もうひとつ、そして最も大事なことは、「伝道者」は教職者だけではないということです。教会のみんなが「伝道者」です。役員、運営委員として伝道の働きを担うこともできます。

みんなで一致協力して、昭島教会の「これからの」歴史を築いていこうではありませんか。

(2022年1月16日 聖日礼拝)

2022年1月13日木曜日

動画「冬枯れとバッハ」富栄徳さん編集

昭島教会の富栄徳さんが「冬枯れとバッハ」と題する動画を作ってくださいました。「昭和記念公園を歩けば、この曲が一緒に歩いてくれました。音源はアナログレコードからで、よく聞くと何か唸り声もありますが、グールドのものです」。富栄さん、ありがとうございます!

2022年1月9日日曜日

イエスの洗礼(2022年1月9日 聖日礼拝)

マルコによる福音書1章9~11節

関口 康

「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて"霊"が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。」

今日開いたのも、救い主イエス・キリストの生涯を描いた箇所です。先週の箇所には、12歳になられたイエスさまが描かれていました。その後、イエスさまは大人になられ、「神の国の福音」を宣べ伝える宣教活動を開始されました。

しかし、イエスさまは宣教活動をお始めになる前に、いくつかの準備段階を踏まれました。

第1にイエスさまは、洗礼者ヨハネから洗礼を受けられました(9~11節)。

第2にイエスさまは、荒れ野でサタンから誘惑を受けられました(12~13節)。

第3にイエスさまは、ガリラヤで宣教活動の開始を宣言されました。その言葉は「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」というものでした(14~15節)。

第4にイエスさまは、ガリラヤ湖で漁をしていた漁師を御自分の弟子にされました(16~20節)。

なぜイエスさまはこのようなことをなさったのでしょうか。ひとつひとつの意味を考えるのも大事です。しかし、少し距離を置いて、これら4つの段階全体の流れを見ていくと、わたしたちと同じだということが分かってきます。

今年は昭島教会の70周年を迎えます。新しいことを始めようではありませんか。具体的に何をするかを、私もいま真剣に考えています。わたしたちも新しいことを始める。そのための準備をする。その場合、イエスさまが踏まれた段階とだいたい同じようなことをすると思います。

イエスさまの場合は、その最初が「洗礼を受けること」でした。わたしたちに当てはめれば、居住まいを正すことです。姿勢をまっすぐにする。これまでしてきたことをこれからも繰り返すだけなら居住まいを正す必然性がありません。居眠りしたりよそ見したりしながらでも、できるかもしれません。しかし、新しいことを始める場合はそうは行きません。

準備の第2段階は、イエスさまの場合は「荒れ野でサタンの誘惑を受けること」でした。それは心の訓練を受けることです。新しいことを始めれば、毎日が緊張の連続です。何が待ち受けているかが分かりません。そのとき必要なのは、何が起こっても動じない心です。

第3段階は、イエスさまの場合は「活動開始宣言」です。それはわたしたちも同じでしょう。いつ始まったのか、本当に始まったのか、まだ始まっていないのか、他の人には全く分からない。厳しくいえば無責任です。新しいことを始める場合は、旗を上げ、目標を公にするのが大事です。

第4段階は、イエスさまの場合は「弟子」を得られることでした。しかし強い上下関係を想像するのはイエスさまらしくないです。とにかく仲間を得ることです。協力者を得ること。ひとりで抱え込まない。助けを求めることです。それが、新しいことを始める場合に必要です。

以上申し上げたのは「わたしたちにも当てはまる」イエスさまの宣教活動の準備段階についての説明です。いわば応用編です。しかし、わたしたちとイエスさまが全く同じであると言いたいのではありません。特に最初の「洗礼を受けること」については、わたしたちとイエスさまとで意味が違うということを申し上げる必要があります。今日開いているマルコによる福音書にも、その違いが分かるように記されています。

イエスさまに洗礼を授けたのは洗礼者ヨハネでした。このヨハネが授けた洗礼の意味は「罪の赦しを得させるため」の「悔い改めの洗礼」(4節)であると、はっきり記されています。そして「ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼(洗礼者ヨハネ)から洗礼を受けた」(5節)とも記されています。

ここでわたしたちが考えなければならないのは、もしヨハネが「罪の赦しを得させるため」の「悔い改めの洗礼」を授けていたのであれば、イエスさまがそのヨハネの洗礼をお受けになったことの意味は、イエスさまが御自分の犯した罪を神とヨハネの前で告白し、その罪を神に赦していただき、「もう二度と罪を犯しません」と決心し、約束することだったかどうか、です。

「そのほうが人間らしいイエスさまで親しみやすい」と感じる方がおられるかどうかは分かりませんが、イエスさまがヨハネからお受けになった洗礼の意味はそのようなことではないということが、今日の箇所だけでは分かりませんが、マタイによる福音書を読めば分かります。

マタイによる福音書には、イエスさまがヨハネに洗礼を授けてほしいと願われたとき、ヨハネは「それを思いとどまらせようとした」(3章14節)と記されています。ヨハネは「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか」(同上)とまで言いました。しかし、イエスさまは「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」(3章15節)とお答えになったので、ヨハネはおっしゃるとおりに洗礼を授けたということが記されています。

ヨハネがイエスさまを思いとどまらせようとしたことの理由は明白です。ヨハネの洗礼の意味は「罪の赦しと悔い改めの洗礼」でしたが、ヨハネの目から見て、イエスさまは罪を悔い改める必要のない存在だったからです。自分が授ける洗礼の意味には該当しないとヨハネは考えました。

また、もうひとつ、ヨハネの洗礼の意味を考える場合に忘れてはならないことが、今日の箇所の直前に記されています。ヨハネ自身が言ったのは「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない」(7節)ということです。それは、人々がヨハネの洗礼を受けて罪の赦しと悔い改めに導かれることは、イエスさまを真の救い主としてお迎えする準備段階に過ぎないことであって、真の救い主が来られたら自分の役割は終了するとヨハネが信じていた、ということを意味します。

ところが、イエスさまは、ヨハネのすすめをさえぎることまでされたうえで、ご自身が洗礼をお受けになりました。その理由は分かりません。それは「正しいこと」だとおっしゃった意味も分かりません。わたしたちにできるのは、その意味を想像してみることだけです。

私の考えはこうです。イエスさまはたとえ御自分は罪人でないとしても、だからといって罪人から距離をとるのではなく、罪人に寄り添い、同じ立場に立とうとなさったのです。

その意味は、へりくだり、謙遜です。罪人から距離をとり、指差して、「私は悪くない。赦しを得る必要はないし、悔い改める必要もない。世界の悪と人類の不幸の原因は私ではない。あの人が悪い、あの人たちが悪い」と言い張るだけなら、おごり、たかぶり、傲慢です。イエスさまは、ご自分以外のすべての人を悔い改めさせるために来られたのではありません。そのような傲慢さは、宣教の態度ではありません。そのような宣教の言葉で悔い改める人はいないでしょう。

教会も同じです。教会が「この悪い世界を悔い改めさせてやる」と言い出したら、イエスさまから「兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。まず、自分の目から丸太を取り除け」(マタイ7章3節、5節)と厳しくたしなめられるでしょう。

(2022年1月9日 聖日礼拝)

2022年1月2日日曜日

少年イエス(2022年1月2日 新年礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)
  
讃美歌第二編152番 古いものはみな 奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

礼拝開始のチャイムはここをクリックするとお聴きいただけます

週報(第3601号)電子版はここをクリックするとダウンロードできます

宣教要旨(下記と同じ)のPDFはここをクリックするとダウンロードできます

「少年イエス」

ルカによる福音書2章41~52節

関口 康

「すると、イエスは言われた。『どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。』」

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

昨日は元旦礼拝を行いました。今日は新年礼拝です。ついこのあいだクリスマス礼拝を行ったばかりです。毎年のことですが、年末年始の教会は慌ただしい空気に包まれます。

しかし、それがよいことかどうかは分かりません。年末年始を逃しては仕事を休むことができないし、家族水入らずの時を過ごすことができないという方もおられるでしょう。教会のことは良い意味で牧師に丸投げしていただいて、なるべく皆さん自身の時間を大切にしていただきたいと、私はそう考える人間です。

先ほど朗読していただいた聖書の箇所に、まだ子どもだった頃の、しかも「12歳になったとき」(42節)とそのときの年齢がはっきり記されているイエスさまとご両親が、親子水入らずで旅行なさる場面が描かれています。

「水入らず」という言葉は年配の方々はよくご存じだと思いますが、若い世代の方々はあまり使わない言葉かもしれませんので、一応説明します。と言っても、私が持っている古い国語辞典に書かれている意味を紹介するだけです。「内輪の親しい者ばかりで、中に他人を交えないこと」(広辞苑第4版、1991年)。書かれているのは、それだけです。

そして、このときイエスさまが「12歳」だったということは、はっきり記されていますので、そのことを前提としてこの箇所の意味を考える他はありません。12歳は今の日本の教育制度では小学6年生になる年齢です。

私の話になって申し訳ありませんが、今年度、私は神奈川県茅ヶ崎市の平和学園小学校の5年生と6年生に聖書の授業をしていますので、ちょうど今日の聖書箇所に登場なさるイエスさまと同じ年齢の子どもたちに聖書を教えていることになります。しかし、偶然の一致にすぎません。

それより、いま皆さんの子どもさんやお孫さんが小学生であるという方がおられるでしょう。また私の話ですが、私も息子と娘がいます。彼らが小学生だった頃のことは覚えています。もうだいぶ前ですので、そろそろ記憶が怪しくなっていますけれども。

なぜ今このような話をしているかと言いますと、現実の12歳の子どもがどのような存在であるかは、実際にその年齢の子どもたちと向き合っているときと、そうでないときとで、イメージがずいぶん違ってくるだろうと思うからです。

言いにくい部分があります。しかし、実際に自分の子どもとして生まれた男の子であれ女の子であれ、赤ん坊から育てて12歳くらいになったときに、その子の親がどのような感情を持つかは、自分自身が体験してみる以外にどうしようもないところがあります。だれも口出しできません。親子水入らずの状態は、神聖不可侵な領域です。

いま申し上げたのは親の視点です。父親であるか母親であるかで大きく違うかもしれませんが、その問題には触れないでおきます。喧嘩になりますので。それより今日申し上げたいのは、今日の箇所のイエスさまと同じ12歳くらいの子どもをどのように見るかは、これまた言いにくい要素が多く含まれていますが、親の視点だけで考えられてはならない、ということです。

それは当然のことだと、きっとご理解いただけるはずです。なぜかといえば、いま「大人」と呼ばれている人たちには、例外なく12歳だったときがあるからです。当時のことを正確に覚えていなくても、その頃の記憶も記録もすべて失われているとしても、「12歳だったことがない大人」はいません。そして、意外なほどその頃のことは覚えているものです。

そのことをお認めいただけるとすれば、ぴったり12歳でなくてもいいです、そのくらいの年齢の子どもたちを見る視点の中に確実に数えなければならないのは、子どもたち自身の本人の視点です。もう十分すぎるほど自覚的に主体的に責任的に生きる力を持っています。

実はそのことを、また私の話に戻ってしまいますが、私はその年齢の子どもたちに聖書の授業をする責任と光栄を今年度与えられている者として証言できると思っています。

それは、彼らは聖書の言葉を理解することにおいて十分な力を持っている、ということです。「子ども扱い」などは全くできませんし、してはいけません。二千年前の12歳と今の12歳とが全く違う存在であるわけではありません。全く同じです。

そのことを私は、現実の小学生と対面で向き合って、聖書の授業をしながら認識しています。私は教育学者ではなく教育現場の人間です。その立場からの証言もたまには貴重でしょう。

ところが、今日の聖書の箇所の話を今しているわけですけれども、ここに出てくるイエスさまの両親はもちろんヨセフとマリアのことですが、彼らは12歳になった自分の子どもを悪い意味で「子ども扱い」した様子が描かれていると、はっきり言わせてもらいたいと思う次第です。

この家族は毎年親子水入らずで、ユダヤ教の過越祭のたびに、彼らが住んでいたガリラヤの町ナザレから遠くエルサレムまで旅行して、エルサレム神殿のお参りをしていました。エルサレムの宿屋に何日か滞在してからまたナザレに帰ろうとして、1日分の道のりを歩いたところで長男イエスがいないことに気づきました。

12歳の子どもと手をつないで歩く親がいるかどうかは知りませんが、そうしていなかったのでしょう。一緒にいると信じて歩き、いないと分かって信頼を裏切られてがっかりしたのでしょう。

しかし、12歳のイエスさまはエルサレム神殿にずっとおられたという話です。まさか携帯電話はありませんし、連絡の取りようがない。親の視点から見れば、イエスさまは3日間も「迷子」になっていた、ということになります。しかし、イエスさま自身の視点からすれば、「お父さんもお母さんも一体何を考えているのですか」と反論なさりたいお気持ちだった様子です。

判明した事実は、「三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられた」(46節)ということです。「聞いている人は皆、イエスの賢い答えに驚いていた」(47節)とも記されています。

イエスさまが特殊だったとは思いません。小学生にこれくらい十分可能です。想像ではなく、このとおりのことを学校でしています。関心をもって学んでいるのを邪魔しないでほしいです。

12歳のイエスさまがその模範を示してくださいました。いま小学生のお子さんがおられる方は、ぜひ聖書を学ぶことをおすすめください。

昭島教会の教会学校に、大切なお子さんをぜひお預けください。よろしくお願いいたします。

(2022年1月2日 新年礼拝)

2022年1月1日土曜日

新たな一歩を(2022年1月1日 元旦礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)



宣教音声(MP3)はここをクリックすると聴くことができます

プログラムはここをクリックするとダウンロードできます

2022年礼拝予定表を作成しましたのでご利用ください(変更の可能性があります)

「新たな一歩を」

ルカによる福音書5章1~11節

関口 康

「話し終わったとき、シモンに『沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい』と言われた。」

あけましておめでとうございます。

2022年の元旦礼拝の聖書箇所として選ばせていただきましたのは、ルカによる福音書5章1節から11節までです。救い主イエス・キリストが最初の弟子をお選びになった箇所です。

その場所が「ゲネサレト湖畔」(1節)と書かれています。イスラエルの北部のガリラヤ湖です。ガリラヤ湖で漁をする漁師たちの住む町が近くにありました。その町ひとつのカファルナウムをイエスさまは最初の宣教拠点とされました。

イエスさまがゲネサレト湖畔あるいはガリラヤ湖畔に立っておられたとき「神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た」(1節)と記されています。特に気にせず読み流していましたが、改めて読むとはっとさせられる言葉が書かれています。

「群衆」とあるのは大勢の人というくらいの意味だと思われます。大勢の人がまだ宣教活動をお始めになったばかりで、若くて、それほど広く知られているわけでもないイエスさまのもとに「神の言葉」を聞こうとして「押し寄せて来た」というのです。

もしそうだとしたら、イエスさまの語る言葉は「人の言葉」でなく「神の言葉」であるという認識がその人々の中にあったということになります。しかし、それがどういう意味を持っていたかは考えさせられます。

そのひとつの可能性は、「神の言葉」は「人の言葉」よりも権威があるという認識がその人々の中にあった、ということではないでしょうか。権威ある言葉を語ってもらえる存在を探し求めた結果、イエスさまがそうだと信じることができたので集まってきた、ということではないだろうかということです。

ところが、そのときイエスさまは、突飛と言いうる行動をおとりになりました。ガリラヤ湖に浮かぶ2そうの舟の近くで、夜通し漁をしても一匹の魚もとれず、心身ともに疲れ果てた状態の2人の漁師が舟から上がって、網を洗っていました。その姿を御覧になったイエスさまが、2人のうちの1人のシモンの舟に乗り込まれ、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになったというのです。

なぜこれが「突飛と言える行動」なのかといえば、3つくらいの理由を思いつきます。いちばん深刻な問題から考えていくとしたら、徹夜で働いても何の収穫もなく身も心も疲れ果てた労働者にまだ「働け」とイエスさまが言われているということです。勘弁してくださいよと断っていい場面です。気が短い労働者であればイエスさまに腹を立ててつかみかかるかもしれないほどです。そのことをイエスさまは分かっておられて、あえておっしゃっています。

2つめも今申し上げたことに関係します。漁師にとって漁はプロの仕事です。魚がとれないとなれば自分と家族の生活に影響する、自分の存在をかけた仕事でもあります。しかし、その日は何も収穫が無くて肩を落としながら、汚れた網や道具を洗って片付けて、さあこれからひと眠りしようとしていた場面です。

その彼らにとっての神聖なる領域である舟に、イエスさまが、彼らに断りもなく乗り込まれ、沖に漕ぎ出してくれと頼まれたというわけです。人として職業人としてのプライドがずたずたにされ、土足で踏みにじられているようです。そのことをイエスさまがあえてなさっています。

3つめは、逆の視点です。最初に申し上げたことですが、群衆は「神の言葉」(1節)を求めて押し寄せて来たと記されています。その意味は権威を求めてきたということではないでしょうか。しかし、もしそういう意味だとして、イエスさまがその群衆の要求どおりにお応えになる考えをお持ちになったとすれば、イエスさまが向かうべき先は、ガリラヤ湖に浮かぶ舟の上ではなく、カファルナウムにもあったことが聖書に明記されている会堂(シナゴーグ)だったのではないでしょうか。

権威ある言葉を求める人に語るにふさわしい場所は権威ある建物なり、何らかのセッティングでしょう。しかしイエスさまは真逆の方向に進まれました。宗教的権威が認められた施設のほうではなく、労働者が仕事をする現場のほうに向かわれました。そこからイエスさまは「神の言葉」を求めて押し寄せて来た群衆に「神の言葉」をお語りになろうとしたのです。

3つ理由を挙げました。心理的に考えると、どれも「迷惑」なことばかりです。徹夜で働いても収穫なく心身疲れ果てた労働者にまだ働けと言い、彼らの労働者の神聖な道具を荒らし、「宗教家の行くべき場所はこちらでなくあちらでしょう」とあしらわれてしまうような場所に入って来る。「そういうのは目新しい方法かもしれませんが、あまり長続きしませんよ」と皮肉を言われてもおかしくないような行動をイエスさまがあえておとりになっています。

しかし、その結果どうなったかは今日の聖書の箇所に書かれているとおりです。網が破れそうなほど魚がとれたとか、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので舟が沈みそうになったとか、それを見たペトロがイエスさまの足もとにひれ伏したとか。

なぜペトロがイエスさまにひれ伏したのかの理由は分かります。その前に「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」(5節)とペトロが言ったのは、彼のプライドを賭けた皮肉だったからです。

「わたしたちは漁の専門家です。そのわたしたちにできなかったことですが、それでもやれと言うならやります。結果は同じでしょうけどね。わたしたちの苦労を少しは分かってもらいたいですよ」という皮肉で舟を出したのです。しかし、その結果がとんでもないことになったので、ペトロは謝罪しているのです。

聖書の話はここまでにします。ペトロの姿はわたしたちにそっくりではないかと思えてなりません。自分が今までしてきたこと、自分の領域を守りたくて必死です。私もそうです。他人の話をしているのではありません。教会も同じです。しかし、何の成果も無い。ますます先細りするばかり。もしそうだとしたら、発想をすっかり逆転させて、何もかも新しくやり直すしかないではありませんか。

わたしたちは今年こそ「新たな一歩」を踏み出そうではありませんか。具体的な提案については次の機会に改めてお話しします。イエスさまが、わたしたちが苦労して守ってきた神聖な領域に踏み込んで来られ、従来のやり方を全部ひっくり返され、何もかもめちゃくちゃに破壊されるかもしれません。しかし、もしそれをイエスさまがなさるなら、歓迎しようではありませんか。今年こそ、舟が沈みそうなほどの魚がとれると信じようではありませんか。

(2022年1月1日 元旦礼拝)