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2019年1月1日火曜日

喜べ、あなたのその人生を(2019年元旦礼拝)


テサロニケの信徒への手紙一5章16~18節

関口 康

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」

あけましておめでとうございます。

新年礼拝の説教は主任牧師が担当してくださることになっていましたが、主任牧師はクリスマス礼拝とクリスマスイヴの音楽礼拝で説教してくださいましたので、新年礼拝は私がさせていただくことになりました。お引き受けした以上、なんとか責任を果たしたく願っています。ふさわしくない者をお用いいただき、感謝いたします。

なぜふさわしくないと思うのかといえば、昨年の元旦礼拝には、私はここに姿かたちを現わしていなかったからです。何ごともまず一度見習いをしてからでないと、責任ある仕事に就くことができません。荷が重いです。

私がこの教会の礼拝に最初に登場したのは昨年1月28日です。あと1か月足らずで丸1年になります。私にとって、またおそらく皆さんにとっても、大きく変化した年だったと思います。教会の皆さんにとって「良い」変化だったのか悪かったのかは私には言えません。私にとっては「とても良い」変化でした。そのようにはっきり申し上げることができます。

さて、今日開いていただきました聖書の箇所は、新約聖書のテサロニケの信徒への手紙一の5章16節から18節までです。内容は先ほど朗読したとおりです。

これは使徒パウロがテサロニケの教会の人々に向けて書き送った言葉です。しかし、同じ趣旨の言葉がやはり同じパウロのフィリピの信徒への手紙4章4節にも記されています。「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい」と。

2つの箇所を指摘するだけで断言するのは根拠に欠きますので、「私の想像では」とお断りしておきます。私の想像では、パウロはどの教会に対しても、だれに対しても、これと同じことを書いたり語ったりしていたのではないかと思います。

「いつも喜んでいなさい」と「常に喜びなさい」はもちろん同じ意味です。また、大切なことだと思うので申しますが、「喜ぶこと」と「楽しむこと」と「遊ぶこと」とは厳密に区別しなければならないようなことではありません。エンジョイすることです。

「喜びはするが、楽しまないし、遊ばない」(?)とか、「苦虫をかみつぶして喜ぶ」(?)というのは、実際にありそうな気がしなくありませんが、支離滅裂でもあります。無理して分ける必要はありません。楽しむこと、遊ぶことは、忌まわしいことではありません。自動車のハンドルに「遊び」がなければ事故を起こします。

そして、「いつも喜んでいなさい」と命令形で書かれていることも重要なポイントです。喜ぶことが命令されています。見方によっては異様なことかもしれません。

なぜ異様かもしれないのかといえば、喜ぶか喜ばないかは、きわめて内面的なことであり、心理的なことであり、主観的なことなのだから、要するに個人の問題であると言われればそのとおりだからです。何をどのように感じようとすべて個人の自由である。「喜びなさい」と人から命令されるようなことではないと感じる方がきっとおられるでしょうし、私も同感です。

それはちょうど、昨年この教会に大きな変化があったことについて、それが教会の皆さんにとって良い変化だったのか悪かったのかについては私には言えませんと申し上げたことに通じます。「良かったでしょ、喜んでください」と私が言うのはおかしいです。きっといろんなご意見やご感想がおありでしょうから。

しかし、パウロのこの言葉の中に、もしかしたら記されるべきなのに、記されていないことがあります。それは「何を」喜ぶのかです。そのことが記されていません。なぜ、もしかしたら記されるべきなのにと思うのかといえば、わたしたちにおそらく共通している「喜べることと喜べないことがある」という感覚の問題です。

それは、よく聞くけんかの口上で「言ってよいことと悪いことがある」と言うのに似ています。この言葉が聞こえたらけんかが始まると思うほうがいいです。けんかはしないほうがよいに決まっています。しかし、ところ構わず暴言をはく人や、したい放題の人がいると、止めに入らなければならない場面がないとは言えません。

そのようなときに「いつも喜んでいなさい」という今日の聖書の言葉を思い出し、今すぐ止めに入らないとトラブルが拡大するであろうことが目に見えているのに押し黙り、手をこまねいて見ているというようなことに、もしなるとしたら、それでいいのかという思いがわたしたちのうちに起こらないとは限りません。

しかし、私は今、そういうときはぜひけんかしてくださいと言おうとしているのではありません。それは誤解です。いま申し上げているのは、パウロが「何を」喜ぶのかを記していない、ということだけです。

それが記されていない場合、わたしたちにできるのは2つです。ひとつは、想像力を働かせて補うことです。もうひとつは、パウロが書いていることにそもそも限定はないのだと理解することです。

私は2つは同時に成り立つとも考えます。パウロがはっきり記していることが、「いつも」または「常に」喜びなさい、ということだからです。その「いつも」「常に」を文字通り厳密にとらえてよいとしたら、パウロが命令している「喜び」には本当に全く限定がないと理解するほうがよいかもしれません。

しかしまた、もし本当に限定がないとしたら、それはそれで困ったことになるでしょう。それは、喜んでいる場合でない、大いに腹を立てるべき場面でわたしたちはどうすべきかという問題が生じる可能性があるからです。

そういう問題がありますので、たとえパウロがそれは「何」かを書いていないことであっても、想像力を働かせて補うことによって喜びの範囲を限定しておくほうがよいではないかという気持ちに私もなります。

それで、今日の説教の題にたどり着きました。「喜べ、あなたのその人生を」。パウロはこのように書いていません。パウロの言葉には、喜びの範囲の限定はありません。

しかし、「聖書にこんなことが書かれていますけど、何を喜べばいいのですかね」と尋ねられたときに笑ってごまかすのも一興ですが、それで済まない場面があります。そのときわたしたちが、だれかの質問に対して、あるいは自分自身に対して何らかの答えを考えて準備しておくのは悪いことではありません。

しかし、だからといって根拠がないことを答えるわけには行きません。それで私のひとつの提案として、「いつも」または「常に」とパウロが書いていることを文字通りとらえることで見えてくる答えを考えてみたまでです。

それは、わたしたち自身の人生です。「いつも」「常に」わたしたちと共にあるのは自分自身の存在です。わたしたちの存在とは、わたしたちの体と心です。両者は切り離すことができません。そのわたしたちの存在を自分自身で受け容れ、喜ぶことこそが、「いつも喜ぶこと、常に喜ぶこと」を意味しているのではないでしょうか。

当然のことながら、眠っているときもわたしたちは存在します。眠っているときは消えているとしたら恐ろしいことです。しかし、わたしたちの主観からすれば、眠っている間は消えています。そして、「いつも喜んでいなさい」といくら言われても、眠っている最中まで喜ぶのは難しいかもしれません。わたしたちが安心して眠っている姿を見て安心してくれる人がいれば、それでよいのではないでしょうか。

しかし、私はここで急ブレーキを踏むほうがよさそうです。何を言うか関口牧師、わたしたちにとって最も喜ぶことができない、最もまがまがしいと思っているのは他ならぬ自分のこの存在である。面倒くさくて、だらしなくて、鬱陶しい自分のこの存在に煩わされて生きなければならない、わたしたちの人生そのものである。それを喜べ喜べと言われるのは拷問に等しいと、お叱りを受けるかもしれません。

その気持ちも痛いほど分かります。私も同じ気持ちです。パウロは違うとも思いません。パウロも自分の存在を引きずるようにして苦しみながら生きた人です。そのことを書いている箇所がいくつもあります。よく知られているのは、コリントの信徒への手紙二11章23節から28節です。少し長いですが引用します。

「苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした」。

「ずっと多い」とか「比較できない」と書かれているのは、あなたがたよりも多いと、読者に言っていることです。

まだ続きがあります。

「ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度、鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度、一昼夜海上を漂ったこともありました。しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります」。

これだけ苦労したパウロが「いつも喜んでいなさい」と書きました。なぜ喜べるのかが分からないほどの痛い目に遭いながら。人生に絶望したとしても、だれも責めることができないほどの苦しみを味わいながら。

その意味をよく考える必要があります。どう考えても短時間で解決できる問題ではありません。元旦礼拝の説教だけで。

そうです、その意味をよく考える今年一年にしようではありませんか。どうすれば人生を喜ぶことができるのかを。わたしたちの人生は喜びに値するものかどうかを。

しかし、直感的に分かることを最後に言います。それは、苦しみの多い人生だからこそ喜びが必要であるということです。そうでもなければ堪えられません。

そして「喜び」と「楽しみ」と「遊び」はワンセットです。切り離して考える必要はありません。

そして、それがわたしたちの信仰生活・教会活動に結び付きます。苦虫をかみつぶしたような顔で「喜びの知らせ」を宣べ伝える教会は、矛盾しています。

そうでない教会で働かせていただいていることを、私は心から感謝し、光栄に思っています。

今年もよろしくお願いいたします。

(2019年1月1日、元旦礼拝)

2017年6月18日日曜日

いつも喜んでいなさい(青戸教会)

テサロニケの信徒への手紙一5章16~18節

関口 康(日本基督教団教師)

「いつも喜んでいなさい。
 絶えず祈りなさい。
 どんなことにも感謝しなさい。
 これこそ、キリスト・イエスにおいて、
 神があなたがたに望んでおられることです。」

青戸教会の皆さま、おはようございます。

この教会で2回目の説教をさせていただきます。日本基督教団教師の関口康です。前回は5月14日(日)でした。早1か月が経過しました。今日もどうかよろしくお願いいたします。

今日開いていただきましたのは、聖書の中でも大変有名な箇所です。多くの人を励まし、力づけてきた言葉です。私もこの箇所の説教はこれまで何度もしました。主日礼拝でも、伝道集会でも、クリスマス礼拝でも、結婚式でも、葬式でもしました。

そのたびにこれはどのような場面にもふさわしい慰めと力に満ちた言葉であると感じてきました。この箇所を自分の愛唱聖句にしている方は大勢おられると思います。

今日は最初にこれらの言葉の辞書的な意味の説明をさせていただきます。そしてその後、これが現代に生きるわたしたちにとってどのような意味を持つかを申し上げたいと願っています。

第一の言葉は「いつも喜んでいなさい」(パントーテ・カイレーテ)です。書いてあるとおりの意味ですが、大事なことがあります。それは、「喜んでいなさい」と訳されているカイレーテは二人称複数の命令形で書かれているということです。

ですから、これを直訳すれば「あなたがたは常に喜べ」です。「喜んでもよいし、喜ばなくてもよい。どうぞご自由に」というニュアンスはありません。喜ぶことが命令されています。喜ばないと叱られます。

命令という言葉を聞くだけで反発されてしまうかもしれません。「私に命令するな。指図するな。あなたに何の権限があるのか。内容は何であれ命令されることに耐えられない」という反発がありえます。しかし今申し上げているのはとにかくここに書かれている言葉の辞書的意味です。反発や葛藤は必ずあると思いますが、すべて後回しにします。

第二の言葉は「絶えず祈りなさい」(アディアレイプトース・プロセウケスセ)です。これも書いてあるとおりの意味です。しかし大事なことがあります。

それは、「絶えず」と訳されているアディアレイプトースは「中断する」を意味するディアレイポーを、否定を意味する「ア」を最初に付けて否定している言葉であるということです。「中断する」の否定形で「中断しない」となり、それが「絶えず」とか「いつも」という意味になります。

大事なことはまだあります。「祈りなさい」と訳されているプロセウケスセも「喜んでいなさい」と同じく二人称複数の命令形で書かれています。「あなたがたは祈れ」です。先ほどと同じ言い方をしますが、「祈ってもよいし、祈らなくてもよい。どうぞご自由に」というニュアンスはありません。祈ることが命令されています。祈らないと叱られます。

しかし問題は、何を叱られるのかです。「祈らないこと」が叱られます。それはそのとおりです。しかし、ここで「絶えず」の意味は「中断しない」であると先ほど申し上げたことが重要です。その意味を生かして直訳すれば「中断しないで祈りなさい」です。つまりこの言葉で命令されているのは「祈ること」だけでなく「中断しないこと」です。

しかも、「祈り」を「中断する」とか「中断しない」とかいうのは、たとえば教会の礼拝や諸集会、あるいは家庭や職場などで目を閉じ、手を組み、祈りの姿勢をとり、祈りの言葉を唱えるのを途中でやめるとかやめないとかいうのとは全く次元が違うことです。それは常識的に考えれば分かることです。

たとえばわたしたちが自動車の運転中や家で料理をしているときに目を閉じ、手を組み、祈りの姿勢をとり、祈りの言葉を唱え続けることを「中断してはならない」などと言われますと事故を起こすか、やけどするか、包丁で手を痛めます。日常生活に支障が出ます。

もっとも、学校の授業中や教会の礼拝中に居眠りをしているときに「私は絶えず祈っています」と言い逃れるのは、ありかもしれません。

しかしそういうことではなく、「祈り」の意味は神に期待することです。神に訴えることです。神に求めることです。それをやめてしまうことが「祈りを中断すること」です。それは神との関係を自分の側から一方的に断つことです。

ですからそれは「信仰を捨てること」とほとんど同じ意味であるとさえ言えます。かなり厳しい言い方ですが、はっきり言えばそうなります。つまり「絶えず祈りなさい」という言葉は「信仰を捨ててはならない」というのとほとんど同じ意味であるということです。

第三の言葉は「どんなことにも感謝しなさい」(エン・パンティ・ユーカリステイテ)です。これも「ハードルが高い。困った、どうしよう」と、おそらくわたしたちがしばしば感じる言葉です。

なぜなら、「感謝しなさい」と訳されているユーカリステイテも二人称複数の命令形で書かれているからです。「あなたがたは感謝しろ」です。同じ言い方をまた繰り返しておきます。この言葉には「感謝してもよいし、感謝しなくてもよい。どうぞご自由に」というニュアンスはありません。感謝することが命令されています。感謝しないと叱られます。

しかし、この第三の言葉にはもしかしたら翻訳の問題があります。「どんなことにも」と訳されているエン・パンティの「エン」は英語のinであり、「パンティ」は英語のall thingsであるということを本当はよく考えて訳さなければならないはずですが、新共同訳はそのあたりが表現できていません。

英語のinを意味する「エン」を生かして直訳すれば「あなたがたはどんなことにおいても(エン)感謝しなさい」、あるいは「すべてのことの中で(エン)感謝しなさい」という感じになるはずです。そして、もしそうだとすれば、この言葉の意味合いは変わってくるはずです。

感謝できないこともある。いやいや、とんでもない。ほとんど何ひとつ感謝できない。ひどすぎる事実が世界を埋め尽くしている。わたしたちの心は怒りと悲しみと嘆きで満ちている。そう思っている人は多いです。ヨブが「自分の生まれた日」を呪い、自分の人生のすべてを否定しようとしたように。

しかし、そのような「すべてのことの中で」(エン・パンティ)、それにもかかわらず(notwithstanding)「あなたがたは感謝しろ」と命令されています。つまりこれは逆説的(パラドキシカル)な言葉なのです。

その場合の問題は「感謝」の対象はだれかです。この文脈では明確に「神」です。神への感謝です。

「こんな私に誰がした。こんな世界に誰がした。責任者出てこい。もし神が存在するなら、なぜ世界がこれほどまでにひどいのか。なぜ私の人生はこれほどまでに不幸なのか」と叫びたくなるすべての現実の中で(エン・パンティ)、それにもかかわらず(notwithstanding)、この世界と人類を創造し、愛してくださっている神へ感謝することが求められています。

そして、これら3つの言葉をまとめて言われているのが「これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」です。これで間違いではありませんが、原文を直訳すると「イエス・キリストにおいてあなたがたに示された神の意志である」と訳すことができます。

今「神の意志である」と言いました。新共同訳は「神が望んでおられることです」と訳しています。原文はセレマ・セウーです。セレマは「御心」とも「定め」とも「計画」とも訳すことができます。

つまりセレマ・セウーは「神の御心」であり「神の定め」であり「神の計画」です。ですからここでわたしたちが考えなければならないのは、パウロが書いている三つの命令はどれも、わたしたち人間の側に主導権があるのではなく、すべては神の側に主導権があるということです。

その意味は、喜びについても、祈りについても、感謝についても、そうすることがわたしたちにできるように神がしてくださっているということです。神はわたしたちをなんとかして喜ばせようとしてくださっていますし、わたしたちがなんとかして祈り続け、なんとかして感謝し続けることができるように、神がわたしたちの信仰をしっかりと支えてくださっています。

同じことを別の言葉で言い換えておきます。

喜びについても、祈りについても、感謝についても、それらすべての根拠はわたしたち人間の側にもこの世界の側にもありません。それはそのとおりです。しかし、ここから先の理屈を説明するのが難しい。人間の側にも世界の側にも根拠はないのですが、しかしその根拠を神が人間と世界に何とかして与えようとしてくださっているので、喜び、祈り、感謝するための根拠がわたしたちの側に次第に生み出されていくのだということです。

しかし、新共同訳のように「神が望んでおられることです」と訳してしまいますと、私の感覚がひねくれているだけかもしれませんが、まるで神と我々との間に距離があって、神が遠くから、喜びもせず祈りもせず感謝もしないわたしたち人間に対していつも不満を抱いておられるかのようです。「お前たちに期待して、せっかく大きな愛と恵みをくれてやっているのに、お前たちは一向に私の望みをかなえてくれない」と言いたそうに。

私が申し上げたいのは「決してそういう意味ではありません」ということです。わたしたちはすでに喜んでいます、祈っています、感謝しています。そういう人生を、すでに歩んでいます、続けています。その歩みはすでに始まっているのです。

それをこれからも長く続けていくことができるように、イエス・キリストにおいて神が、わたしたちの存在をしっかりと支えてくださることを信じようではないかという、未来をめざす希望のメッセージがここに記されているのです。

以上が今日の御言葉の辞書的な意味の説明です。これからお話しするのは現代に生きるわたしたちにとってこれらの言葉がどのような意味を持っているのかということです。二つ申し上げます。

第一は、これらすべてはキリスト教会に宛てて書かれた言葉であるという意味で「教会のための言葉」であるということです。「教会を見つめる視点」を失うとほとんど意味不明な言葉であるということです。

その場合の「教会」は個人にとどまらない人間集団としての共同体を指します。喜びも祈りも感謝も、それをいつもする、絶えずする、いかなる状況の中でもするというのは、個人には不可能です。個人的に解決できる問題ではありません。

そうではないでしょうか。皆さんはおできになりますか。私は無理です。「牧師のくせに何を言う」と思われそうですが、私は無理です。不可能です。個人では無理です。私などはほとんど毎日怒っています。感謝を忘れて愚痴だらけ不満だらけです。社会に対しても家族に対しても教会に対しても、言いたいことは山ほどあります。

しかしそういうのは孤立を深める道です。言いたいことを言ってしまう。それで周りの人がみんな傷ついて離れていく。まるでこの世界に自分だけがいるかのようです。その自分はいつも被害者意識、劣等感、怒りを抱えて孤立し、絶望しています。そのような出口のない固い殻の中に引きこもった状態から解放される道が「教会」です。

教会に集まるとすぐ分かるのは、みんな同じだということです。みんな不満だらけです。だからこそ、みんなで知恵を出し合って「どうしたらいつも喜んでいられるのか、どうしたら祈れるのか、どうしたら感謝できるのか」を真剣に考えるのが教会です。

そして、そういうことを教会のみんなで一緒に考えることができる、そのこと自体が喜びです。こんな低レベルのことまで(!)一緒に考えてくれる仲間がいると思える、そのこと自体が喜びです。

第二は、だからこそ、わたしたちは「教会」において互いに赦し合わなければならないし、何より「教会を赦す」必要があるということです。私も含めてわたしたちは、たぶん「教会」に不満だらけです。しかしそういうときに「教会には喜びがない。祈りも感謝も足りない」と、まさに今日の箇所の言葉を、教会を裁くための言葉として用いてしまうことがあります。

しかしそれではだめです。それ「だけ」ではだめです。もちろんお互いに対する厳しさが必要な場面もあります。「教会に言いたいことが山ほどある」と私も先ほど言いました。しかしそのほとんどは、よく見ると鏡に映した自分の姿です。

つまりそれはわたしたちが自分自身を受け容れることができていないということです。自分を赦せていない。自分を愛せていない。その赦すことも愛することもできていない自分の姿が「教会」の中に見えてしまうときに、わたしたちは「教会」を裁きはじめます。

しかし、「イエス・キリストにおいて示された神の意志」は、わたしたちが喜び、祈り、感謝することです。そのためにわたしたちが一番最初にすべきことは、自分自身を愛することからです。自分を愛し、自分を赦すところからです。

そして次にしなければならないことは、わたしたち自身が「教会を赦すこと」です。教会はいつも責められてばかりです。文句しか言われたことがありません。そのように感じている牧師や役員はたくさんいます。すべて放り投げて逃げ出したいと何度思ったか分からないほどです。

わたしたちは「教会を赦す」必要があります。そして「教会において互いに赦し合う」必要があります。「教会」をどうか赦してください。

神は「教会」を愛してくださっています。わたしたち自身は、なんだか毎週毎週集まって礼拝して、こんなことに何の意味があるのか、世のため人のために役立っているのかがさっぱり分からなくなっているようなときも、神は「わたしたち教会の存在」を喜んでくださっています。

青戸教会の皆さまのためにこれからもお祈りさせていただきます。2度にわたり説教の機会を与えていただき、本当にありがとうございました!

(2017年6月18日、日本基督教団青戸教会 主日礼拝)

2016年4月16日土曜日

いつも喜んでいなさい(東京プレヤーセンター)

東京プレヤーセンター礼拝(2016年4月16日、御茶ノ水クリスチャンセンター、東京都千代田区)
テサロニケの信徒への手紙一5・16~18

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」

今日、私が選ばせていただいた聖書のことばは、使徒パウロの言葉です。聖書の御言は神の言葉です。そして同時に紛れもなく人間の言葉です。

その意味では、今日のみことばは、ムチャクチャです。これを書いているパウロ本人が、そのことをいちばんよく自覚していたに違いありません。パウロは人間ですから。疲れやすい、傷つきやすい肉体を持っている人間ですから。

「いつも喜んで」など、いられるはずがないではありませんか。ムチャを言うなと言いたくなります。「絶えず祈っているか」と問われれば、絶句するしかないでしょう。形式的に祈りのポーズをとっているかもしれないが、その祈りにいつも心が伴っているのかと問われれば答えられないでしょう。

そして、感謝。どんなことにも感謝することなどできるわけがないではありませんか。「感謝しろ」と無理強いされれば、形式的に感謝のポーズをとることはできるかもしれない。しかし、心の中は荒れている。無理強いされた感謝など、ナチス式敬礼と大差ありません。

そういうことを、これを書いているパウロ自身が知らずにいるわけがないのです。彼こそ弱い人間でした。腹も立つ、落胆もする、涙も流す、絶望もする。その人間パウロがこの言葉を書き記したのです。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」と。

今日は東京プレヤーセンターにお招きいただき、ありがとうございます。上野九五先生から依頼の連絡をいただいたのが今年(2016年)1月7日でした。そのとき私は無職の状態でした。昨年12月末に、それまで11年9ヶ月働かせていただいた教会の牧師を辞職しました。同時にそれまで19年所属していた教派を退会しました。

その後3ヶ月間は、無職で無所属でした。3ヶ月間、全く無関係のアルバイトをしていました。同時に家事をしました。主夫をしました。自分で望んで計画的にそうなったのではありません。私の願う方向とは真逆の方向に引きずられて、そうなりました。詳しい事情はお話しできません。ぞっとする要素を含みますので、お話ししたくないという意味です。

それで、上野先生から1月7日にご連絡いただいたとき一瞬どうしようかと迷いました。無職だし無所属だし。教会の牧師の仕事を辞めれば牧師館に住むことはできないので、近所のマンションに転居しましたが、私の書斎は片付かないし、これから先の見通しが全く立たない状態でした。

高校の常勤講師になることについては、内定をいただいてはいましたが、手元にあるのは紙一枚。一度もしたことがない仕事ですし、どういうことになるのか何も分からない状態の1月7日でした。

上野先生から最初は3月頃にメッセージをお願いできませんかというご連絡でしたが、せめて高校での仕事が始まる4月以降にしていただけませんかと私のほうからお願いしました。それで最終的に今日(4月16日)私がお話しさせていただくことに決まったのが1月26日でした。

そして昨日(4月15日)が、高校教員としての初めての授業でした。45分授業を2コマ続ける形で90分。それを第1学年と第2学年で1クラスずつ担当しました。多くの大学の講義が1コマ90分ですので、それを2つしたのと同じです。

しかし私は、無職で無所属になった直後に上野先生からご連絡をいただいたとき、今日(4月16日)の私がどういう状態になっているかを知りたいという思いを持ちました。そして同時に、この「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」というみことばについてお話ししようと決めました。

それは一種の人体実験です。聖書の御言を自分に当てはめて、実験する。どんなふうに想像してもボロボロの状態になっていることが容易に予想できる日に、あえて「いつも喜んでいなさい」という御言について語ることを自分に強いるように設定する実験です。

聖書のみことばを自分に当てはめることをしないで、他人に説教するようなことをしてはダメです。それは危険なことです。しかし、人体実験のほうも一般的には禁止事項です。専門家の指導のもとでやってください。

さて、人体実験の結果を発表します。なるほどそういうことかということが分かるものがありました。パウロが書いていることの意味が必ずそういう意味であるという意味ではありませんが、私なりに分かったと思えることがあります。

それは、喜びと祈りと感謝を失うと、そこで私の中の「何か」が本当に終わってしまうので、立つことも歩くこともできない状態になるということです。そして、とくに大事なのは「喜び」だということも改めて分かりました。

しかも、この「喜び」は普通の喜びです。普通の喜びということで私が言いたいのは、日常生活を普通に営むことができること自体を喜ぶことです。一日一日を丁寧に生きることが大事です。

人生の「微分」が必要です。1億円をもらって1億円のものを買うというような大雑把な生き方でなく、千円なら千円を徹底的に細かく割って配分する生き方です。そのほうが、よほど豊かで贅沢な生活です。

だいこん一本、にんじん一本の価値と味を知る。どのように料理すれば美味しいごちそうになるかを知る。探求し続ける。そういう人生は毎日本当に楽しいです。「いつも喜んでいる」とは、私に言わせていただけば、そのようなことです。

無理に作り笑いをする必要はありません。そういうのはすぐバレます。楽しいイベントを常に企画して、精神的・心理的な高揚を図り続けることではありません。そんなことではなく、普通の喜びが大切であり、必要です。

自分で食事を作り、皿を洗い、掃除し、洗濯することです。「そういうことはすべていつも自分でやっています」などと、いばる必要はありません。当たり前のことなのですから。

私が言いたいのは、そういうことを自分で全くやらないで、「私の日常生活には何の喜びも楽しみもない。だから感謝の思いはまるでない」と言い出す人たちに対する懲らしめです。身に覚えのある人は懲らしめられてください。

4月16日、私はまだ立っています。歩いています。笑うことができます。ガードを下げたボクサーが顔面を打たれるだけ打たれたような状態でそれでも立っている。それと似たような状況です。その状態でもなお、私の心に「喜び」があります。「祈り」があります。「感謝」があります。まだ残っています。

ただし、その「喜び」は、感覚的には、私の垂直的な真上ではなく、私の前にあります。垂直的な真上を見上げて、わたしたちには神さまのおられる天国に行ける希望があるということを強調するのが悪いわけではありません。しかし、私の希望は「上」というより「前」です。「上」を目指しながら地に足がついている、その意味での「前」です。「斜め上」かもしれません。あくまで感覚的な話です。

それでも、さすがの私も疲れていますので、ズルをしようと思いまして、今日の聖書の箇所について私のブログに貼り付けてある過去に教会で行った私自身の説教の原稿を探してみました。他人の説教の盗作はいけませんが、自分の説教であれば使い回しは可能だろうと。

すると、ブログで公開している今日の箇所についての説教の原稿が、2つ見つかりました。自分で驚いたのは、ひとつは「葬儀説教」で、またもうひとつは「結婚式説教」だったということです。それで説教原稿の使い回しのほうは断念しました。

そのとき何を話したかは、今でも自分でよく覚えています。ああ私は、結婚式でもお葬式でも「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」と説教する牧師だったのかと、思い返せるものがありました。

「喜び」と「祈り」と「感謝」は、状況によってあってもなくてもよいようなものではありません。特に「喜び」は、あればラッキーで、無くても構わないというようなものではないです。

「喜び」は人生の付録(オプション)ではなく、土台(ベース)です。それがないと立てないし、生きていけない。それほど切迫しているものです。

4月16日、私は今日立っています。これが人体実験の結果です。

(2016年4月16日、東京プレヤーセンター礼拝、御茶ノ水クリスチャンセンター404号室)

2012年12月30日日曜日

教会につながっていれば、また会えます(録画説教)

日本基督教団置戸教会(北海道常呂郡)での録画説教
テサロニケの信徒への手紙一3・6~10

「ところで、テモテがそちらからわたしたちのもとに今帰って来て、あなたがたの信仰と愛について、うれしい知らせを伝えてくれました。また、あなたがたがいつも好意をもってわたしたちを覚えてくれていること、更に、わたしたちがあなたがたにぜひ会いたいと望んでいるように、あなたがたもわたしたちにしきりに会いたがっていることを知らせてくれました。それで、兄弟たち、わたしたちは、あらゆる困難と苦難に直面しながらも、あなたがたの信仰によって励まされました。あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです。わたしたちは、神の御前で、あなたがたのことで喜びにあふれています。この大きな喜びに対して、どのような感謝を神にささげたらよいでしょうか。顔を合わせて、あなたがたの信仰に必要なものを補いたいと、夜も昼も切に願っています。」

置戸教会の礼拝で説教させていただくのは、今日が初めてです。初めての方々とお会いするときは、自己紹介から始めるべきかもしれません。しかし、いまお話ししているのは礼拝の説教です。聖書のみことばを後回しにすることはできません。自己紹介は後回しにし、聖書の話を先にします。

しかし、少しだけ自己紹介をさせていただきます。松戸小金原教会は、東京との県境にある千葉県松戸市にあります。インターネットで、松戸小金原教会から置戸教会までの距離を調べてみました。直線距離ではなく、自動車を使うとどれくらいかを調べました。

東北自動車道を使うと1369キロあることが分かりました。ざっと1400キロです。時間は約19時間26分かかるようです。概算で20時間です。ただし、ノンストップの場合です。一人の運転手にはたぶん不可能です。二人か三人の運転手がいれば交代できますので、なんとかなるかもしれません。

飛行機を使えば、だいぶ違います。松戸小金原教会から羽田空港までが1時間、羽田空港から釧路空港まで1時間半くらいでしょうか、2時間かかるでしょうか。釧路空港から置戸教会までが自動車で3時間半とのこと。全部で6時間くらいです。ただし、飛行機はやはりかなりお金がかかります。.

これで申し上げたいことは、私と皆さんとのあいだの物理的な距離は非常に遠いということです。しかし、その距離を飛び越えて、私はいま置戸教会の礼拝説教をさせていただいています。これは、やはり驚くべきことであり、おそるべきことです。神がすべてを導いてくださり、わたしたちのこのような関係を作り出してくださったことへの畏れを覚えます。

しかし、なぜこの私が置戸教会の礼拝で説教しているのでしょうか。この点についてはやはり丁寧に説明しなくてはなりません。しかし、その話は後回しにします。

今日開いていただきました聖書の個所は、テサロニケの信徒への手紙一3・6~10です。テサロニケの信徒への手紙は、使徒パウロがギリシアの町テサロニケにある教会の人々に宛てて書いた手紙です。

この手紙を書いたパウロは、テサロニケ教会の設立にかかわった人です。しかし、テサロニケ教会の設立後、パウロはこの地を離れ、別の地で新しい教会の設立に当たりました。そのため、この手紙を書いている時点では、パウロはテサロニケとは別の場所にいます。パウロは、この教会からは遠い地からこの手紙を書いていることになります。

たいへん申し訳ないことですが、置戸教会の歴史については、ほとんど何も存じません。しかし、これも少しインターネットで調べさせていただきましたら、42歳で亡くなられた野口重光先生が置戸教会の初代牧師であると書いてあるページが見つかりました。もしこの情報が正しいなら、野口先生と置戸教会の関係が、パウロとテサロニケ教会の関係であるというふうに、たとえることができます。

野口先生はすでに天に召されています。しかし、パウロは生きていました。テサロニケの信徒への手紙一は、新約聖書の中におさめられたパウロが書いた手紙の中で最も古いものであると言われています。つまり、パウロが最も若かったころに書かれたものです。体力的にも精神的にも元気でした。

そのパウロとしては、できればもう一度、テサロニケの地に訪れて教会のみんなに会いたい、教会のみんなを励ましたいと願っていました。どんなに苦しくても、厳しい状況の中でも、信仰を捨てないでほしい、教会につながっていてほしい、そのために教会を励ましたいと願っていました。

しかしパウロは、テサロニケ教会の人々にもう一度会いたいとどんなに願っても、なかなか行くことができません。今のように飛行機はありませんし、新幹線もないし、電車もないし、自動車も高速道路もありません。インターネットもDVDもありませんし。電話も携帯もない。唯一の連絡手段は手紙でした。海の上は船に乗りました。しかし、ほとんどは歩いて行くしかありませんでした。

パウロにとって教会とは、自分がどのような目に会おうとも、なんとかして励ましたい存在でした。パウロは、自分が苦労して設立した教会だからテサロニケ教会のことを大事に思っていたというのとは違います。教会の存在をまるで自分の手柄のようなものとして考えて、自分のした仕事の結果が失われるのを見るのがつらい、というような感覚とは違います。彼はそのようなことを考える人ではありません。

もっと人格的なつながりです。最も単純な言葉を使えば「愛」です。パウロはテサロニケ教会が単純に好きだったのです。好きに理由はない。まるで歌謡曲の歌詞のような話です。理屈では説明できない愛情をテサロニケ教会の人々に対して持っていた。感覚的にいえば、そういうことです。

しかし、パウロとテサロニケ教会とのあいだの距離が遠すぎて、ちょくちょく足しげく通い、その教会の人々と仲良くすることはできません。遠くのほうから、大丈夫かなあ、どうしているかなあと、心配するしかありません。しかし、パウロは我慢できなくなりました。なにがなんでも、テサロニケまで行きたくなりました。

ただし、自分自身が行くという願いは叶わないことが分かりましたので、自分の代わりに後輩のテモテに行ってもらうことになりました。テモテが帰って来て伝えてくれたことは、テサロニケ教会の人々は以前と変わらず熱心な信仰を持ち、しかも、パウロに対する愛と尊敬を持ち続けているということでした。それでパウロはうれしくなってこの手紙を書いたのです。

そのことが今日の個所に書かれています。そして、今日の個所の中で皆さんにとくに注目していただきいのは、7節と8節のみことばです。「それで、兄弟たち、わたしたちは、あらゆる困難と苦難に直面しながらも、あなたがたの信仰によって励まされました。あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです。」

これは新共同訳聖書(1988年)の訳です。一昔前の口語訳聖書(1954年)では「あなたがたが主にあって堅く立ってくれるなら、わたしたちはいま生きることになるからである」と訳されていました。さらに昔の文語の改訳聖書(1917年)では「汝等もし主に在りて堅く立たば我らは生くるなり」と訳されていました。どれも分かるような、分からないような訳です。

新改訳聖書(1970年)は「あなたがたが主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります」となっています。かなり分かりやすい訳です。しかし、意味が特定されすぎていて、かえって疑わしい。ここでパウロは「生きがい」の話をしているのでしょうか。私には疑問です。

なぜなら、「生きがい」と言いますと、言葉のニュアンスとしては、ああ生きていてよかったという気持ちを持てる、というふうな意味です。パウロ側の気持ちや感覚の次元に事柄が還元されてしまいます。しかし、パウロがテサロニケ教会の人々に伝えようとしているのは、そういうことではないと思うのです。

パウロの生きがいの話など全くしていません。はっきりいえば、パウロの生きがいなんかどうだっていいことです。「生きがいがほしくて伝道している」というような牧師など要らないです。そういうのは人間的な野心の自己実現です。神の御心を行うという態度とは違うものです。

パウロがしているのは、自分の側の生きがいの話ではない。そうではなくて、彼が言いたいことは、むしろ、テサロニケ教会の側に関することです。それを言葉で表現するのは難しいことです。「あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言える」と書かれているのですが、考えるべき問題は、わたしたちは、今、「どこに」生きているかです。「どこに」をパウロは書いていません。しかし、考えられることは、「テサロニケ教会に」です。

パウロの気持ちとしては、もしあなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちはテサロニケ教会にいる、あなたがたの教会の中に、今、わたしたちが、わたしが生きていると言える。一緒に礼拝をささげている。あなたがたの中に、あなたがたの側に、このわたしが生きている。

こういうことをパウロは書いているのだと思うのです。なんだか遠くから、きみたちが信仰を捨てないでいてくれることがわたしの生きがいであるというような言い方は、踏ん反り返った感じです。

パウロがしているのは「伝道者の生きがい」の話ではありません。むしろ、テサロニケ教会の存立の問題です。もっと大胆な言い方をすれば、いわば復活なのです。あなたがたが信仰をもってしっかり立っているなら、パウロがテサロニケ教会に復活したのと同じだ、このわたしがよみがえったのと同じだ、と言っているのです。

このあたりで、そろそろ私の話をさせていただきます。今日このような形の礼拝が実現しましたのは、百瀬考幸さんのおかげです。その事情をご説明させていただきます。

ことの始まりは25年前にさかのぼります。1987年7月のことです。

当時私は東京神学大学の学生でした。1987年7月の一か月間、夏期伝道実習として春採教会で奉仕させていただきました。私が北海道に行ったのは、そのときだけです。

そのとき道東地区の高校生修養会に参加し、当時高校生の百瀬考幸さんと初めてお会いしました。その修養会で私は聖書のお話をさせていただきました。

前列左から秋保牧師、田村牧師、高田牧師、後列に関口(左から2人目)と百瀬さん(右から2人目)

その中で私は確かにこう言いました。なぜか、そのことだけは25年間忘れることができませんでした。

「私はこれから東京に帰りますが、教会につながっていれば、また会えます。いつかまた必ず会いましょう」。

今日の説教のタイトルは、私自身が25年前に確かに言った言葉です。

しかし、そのあとは24年間ほど百瀬さんとも道東地区の高校生たちとも全くお会いすることができませんでした。しかし、なんとついにお会いできました。フェイスブックです。

昨年の東日本大震災からまもなくの頃、全国の牧師や信徒がインターネットを使って連絡を取り合う活動が活発になってきたころ、百瀬さんがフェイスブックで私の名前を見つけてくださり、「もしかして、あのときの関口先生ですか」と連絡してくださいました。ものすごくびっくりしましたが、とてもうれしかったです。

フェイスブック、ありがとう。百瀬さん、ありがとう。

そして、神さま、ありがとうございます。置戸教会の皆さま、本当にありがとうございます。

本音を言えば、今すぐにでも、皆さんのところに飛んで行きたいです。しかし、それは叶いません。

松戸の地から、みなさんのためにお祈りさせていただきます。

(2012年12月30日、日本基督教団置戸教会主日礼拝、録画説教)

2012年12月24日月曜日

信仰・希望・愛、そして喜び


テサロニケの信徒への手紙一1・2~10

「わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。わたしたちがあなたがたのところで、どのようにあなたがたのために働いたかは、御承知のとおりです。そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。主の言葉があなたがたのところから出て、マケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。彼ら自身がわたしたちについて言い広めているからです。すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになったか、更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。この御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りからわたしたちを救ってくださるイエスです。」

わたしたちがいま行っているのはクリスマスイヴ礼拝です。昨日はクリスマス礼拝を行いましたので、教会員の方々にとっては二日間続いています。そろそろ疲れがたまっている頃でしょう。

しかし、「クリスマスおつかれさまです」と言うのは、いくらなんでもおかしいです。「クリスマスおめでとうございます」と言いたいところです。しかし年末でもあります。クリスマスはいつも年末です。今年一年間もいろいろありました。つらい一年間でした。いろんな意味で疲れている今日この頃のわたしたちです。

いまお読みしました聖書のみことばは、約二千年前の教会で活躍した使徒パウロが、テサロニケという町の教会の人たちに宛てて書いた手紙の冒頭部分です。その教会は、かつてパウロがその設立にかかわったところです。しかし、その後パウロは別の地に移動して、そこでまた新しい教会をつくる働きを始めましたので、この手紙を書いている時点では、パウロはテサロニケとは別の地にいます。

しかし、パウロはテサロニケ教会に属する人々のことを、心から愛していました。体は離れていても、心は一つに結びあっていると感じていました。それでパウロは、テサロニケ教会に対する自分の愛と思いを伝えるために、この手紙を書きました。

「わたしたち」(2節)と複数形で書かれているのは、この教会の設立にかかわった伝道者はパウロだけではなく、パウロに協力した何人かの伝道者がいたからです。しかし、その伝道者たちの中心にいたのはパウロでした。その意味では「わたしたち」と書いてはいますが、「私」と書いてもよかったくらいです。他ならぬパウロ自身の思いを伝えているからです。「私が」「あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています」と言っても同じです。

私はあなたがたのことを忘れたことはありません。いつも覚えて祈っています。いまは目で見ることができないほど離れた場所にいる。まして、別の教会の人たちの牧師である。わたしたちのことはもう忘れたのではないか。あれほど親しい関係だったのに、もう無関係になってしまったのであれば、こんなに寂しいことはない。そんなふうにあなたがたは思っているかもしれない。しかし、私の思いは決してそのようなものではない。あなたがたのことを心から愛しています。そのことをパウロは、何とかして伝えようとしています。

その続きに「あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです」(3節)と書かれています。

興味深いことは、ここに「信仰、愛、希望」という三つの言葉がセットになって出てくることです。この三つの言葉のセットは、パウロが書いた別の手紙であるコリントの信徒への手紙一13・13に出てきます。「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。しかし、その中で最も大いなるものは、愛である」。

コリントの信徒への手紙一とテサロニケの信徒への手紙一とでは、「信仰、希望、愛」と「信仰、愛、希望」と、順序が違います。しかし、順序の問題はあまり重要ではないと思います。そのことよりも重要なことは、両者に共通していることがあるということです。どちらも、教会のことを語る文脈にこの三つの言葉が出てくることです。

教会が立つか倒れるかという危機にあるときに、倒れないように教会を支えるものは何なのか。教会が拠りどころにするものは何なのか。最終的にこの三つが残る。それは信仰と希望と愛である。その三つの中の最も偉大なものを一つ選ぶとしたら、愛である。そのようにパウロはコリントの信徒への手紙一13・13に書いています。そして、この三つの言葉がセットになっている表現が、いま見ていただいているテサロニケの信徒への手紙一にも出てくるのです。

ここでほんの少しだけややこしい話をさせていただきますと、テサロニケの信徒への手紙一は新約聖書の中に残されているパウロの手紙の中で最も古いものであると言われています。他方、コリントの信徒への手紙は、逆にパウロが晩年になって書いたものであると言われています。

このことから考えられることは、パウロはこの三つ、信仰・希望・愛こそが教会を支える力である。そして、その中で最も大いなるものは「愛」であるということを、伝道者人生の最初から最後まで、どの教会で働いているときも、繰り返し言い続けていたのではないか、ということです。

しかも、ここで言われている「愛」とは「神の愛」です。神の愛とは、神が独り子であるイエス・キリストを世に遣わしてくださったほどに、世を愛された、その愛であると、ヨハネによる福音書3・16に書かれています。それはクリスマスの出来事です。イエス・キリストがお生まれになったことは、神がこの世界とわたしたち人間を心から愛してくださっていることの証しなのです。

しかし、私はここで今夜の話を終わってよいとは思っていません。もう一歩先に進む必要があると思っています。先ほど読んでいただきました御言葉の中に「あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ」(6節)と書かれています。ここに「喜び」が語られています。このことが重要です。

なぜ「喜び」が重要なのでしょうか。わたしたちの体験に照らしていえば、「信仰」と「希望」と「愛」だけでは苦しい場合があるからです。苦しい信仰と、苦しい希望と、苦しい愛があるからです。

たとえば、家族が同じ信仰を持ってくれない、自分一人だけが神を信じ、教会に通っているようなときは、苦しい信仰になる場合があります。いろんなケースがありますので、一概には言えませんが。

また、希望についても、実際に目に見える、手でつかむことができる根拠がある場合はともかく、何一つ根拠がないことをただ望んでいるだけであれば、それは苦しい希望です。

そして、苦しい愛があるということは、多くの人が知っていることです。愛は多くの場合、苦しいものです。そのことをわたしたちはよく知っています。

しかし、だからこそ、わたしたちの信仰と希望と愛は、喜びをもって受け容れられる必要があるのです。ベツレヘムの羊飼いたちに主の天使たちが教えてくれたイエス・キリストのご降誕の知らせは「喜びのしらせ」でした。イエス・キリストをお与えになるほどにこの世を愛してくださった神の愛は、喜びに満ちているのです。

わたしたちの信仰は喜びに満ちた信仰です。わたしたちの希望は喜びに満ちた希望です。そして、わたしたちの愛は喜びに満ちた愛です。もしわたしたちの現実がそうなっていないときは、そのようなものを目指す必要があります。教会はそれを目指して歩んでいます。

クリスマスイヴだけではなく、毎週日曜日に、教会では礼拝がささげられています。一回、二回ではキリスト教は分からないと思われるかもしれません。「教会に一年くらい通いましたが全く分かりませんでした」とおっしゃる方もなかにはおられるかもしれません。そういう場合はぜひ質問に来てください。

ただし、メールだけではちょっと困ります。せめて顔を見せてください。どのような顔で、そのことをおっしゃっているのかが分かるようにしてください。そうしていただけるならば、どのような質問にもできるだけお答えいたします。

そして、わたしたち松戸小金原教会の礼拝に来てくださる場合は、牧師の説教を聞きに来るだけで終わりにしないでください。二千年前のテサロニケ教会の人々が信仰・希望・愛、そして喜びに満たされている姿が、マケドニア州とアカイア州のすべての教会にとっての模範であったように、わたしたちの喜んでいる姿をぜひ見てください。

(2012年12月24日、松戸小金原教会クリスマスイヴ礼拝)

2010年2月28日日曜日

希望なき人々のように嘆き悲しむな


テサロニケの信徒への手紙一4・13~14

「兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。」

この個所にパウロが書いていることを一言でいいますと「人間は死んだらどうなるのか」ということです。わたしたちの死後の定めは何なのかということです。

そのことについてパウロが述べていることは、彼自身の信仰に基づく見解です。「信仰に過ぎない」という言い方も成り立つかもしれませんが、パウロにとって信仰とは彼自身の命そのものでしたので、パウロの全存在をかけた確信として述べていると言うほうがよいでしょう。

イエス・キリストは、十字架につけられて三日目に復活されました。そのイエス・キリストと同じように、神はイエスを信じて眠りについた人々をも復活させてくださるのです。そして、この場合の復活とは文字通りの「復活」です。地上の世界に再び戻ってくることです。

わたしたちは死んでも、どこかに消えてなくなるわけではありません。このわたしの存在が別のだれかの存在へと置き換えられるわけでもありません。このわたしは、このわたしとして地上に再び戻ってくるのです。

そのことが、我々にとっては二千年前に起こったイエス・キリストの復活と本質的に同一かつ同等の出来事として起こるのです。これがパウロの信仰であり、代々のキリスト教会の信仰なのです。

「人間は死んだらどうなるのか」という問いは、教会に通っているような人たちだけではなく、誰でも必ず抱くものです。その意味でこれは普遍的な問いであると言えます。小さな子どもであるうちに考え始め、大人になってからも考え続ける問いです。来る日も来る日も寝ても覚めてもそのことを悩み続けているというようなことは無いと思いますが、何らかのきっかけがあるとまた考え始めてしまう、そのような問いであると思います。

この問いに対する教会の答えは、今日の個所に書かれているパウロの言葉に尽きるのです。しかし私は、パウロの答えは質問者の意図にかなうものではないだろうと思っています。「わたしたちは死んだらどうなるか」という質問に対して「わたしたちは復活するのだ」と答えているわけですが、質問者が本当に聞きたいことはそのような答えではないはずだからです。

質問者が聞きたいことは、いわゆる「あの世」はどうなっているのかということでしょう。質問の前提にあるのは、死んだ人はもう二度と戻ってこない、決して戻ってこないという確信です。だからこそ「あちらの」世界の様子はどうなっているのかということばかりに関心があるのです。

しかし、パウロはその問いにきちんと答えていませんし、彼には答える気がありません。パウロはその意味での「あの世」の存在を否定しているわけではありませんが、そのようなことには実は全く関心を持っていません。パウロはこちらの世界に再び戻ってくることができる日が来るということしか考えていません。百歩譲って「あちらの世界」などというものがあるとしても、そこに行きっ放しなどということは考えもしない。早く帰ってくること、地上の人生を再獲得すること、そのことだけがパウロの願いであり、信仰でもあったのです。

そもそも「死後の定め」とは何でしょうか。誰かが、そこに行って見たことがあるのでしょうか。いわゆる「臨死体験」についての書物を、私は全く読んだことがありません。申し訳ありませんが、そういうことに全く関心がありません。

牧師がこういうことを言うと驚かれてしまうかもしれませんが、そもそも私は死後の定めとか死後の世界というようなものに全く興味がありません。そのようなものはどこにも存在しませんと言いたいわけではないのですが、関心を持つことができないのです。はっきり言って、どうでもいい。この点で私はパウロと同じであると信じています。

もちろん人は必ず死にます。私は牧師として何人もの方を看取ってきました。死の生々しい現実を知っています。そのような者ですので、死をオブラートで包んだり美辞麗句で飾ったりするつもりは全くありません。しかし、私は希望を捨てているわけではありません。キリスト教的な意味での希望の根拠とは何でしょうか。それは「復活」であるとパウロは述べているのです。それは、わたしたちが「イエス・キリストと同じように」復活することなのです。それ以外の意味はありえないのです。

聖書には、復活されたときのイエスさまの体がどういうものであったかが記されています。わきには槍で突かれた跡が残っていた。手足には十字架上にはりつけにされたときの釘の跡が残っていた。つまり、十字架にかけられたときのままの恥辱に満ちた姿で、イエスさまは復活されたのです。

この点も、わたしたちも同じなのです。ただし、この話をしはじめると嫌われることが多いので、ちょっと話しにくくなります。多くの人は、やはり、復活のときは前よりも美しくなりたいようです。しかし、私はそのようには信じていません。もし今私が死んだら、復活するときには太った関口牧師として復活するのだと信じています。先月の半ばからダイエットを再開しましたが、少し痩せたときに私が死んだら、復活するときは少し痩せた関口牧師として復活するのだと信じています。

何もわざわざそのような信じ方をしなくても、もう少し都合のよい信じ方をしてもよいのかもしれません。しかし、私は、自分にとっての最後の最後の姿のままで復活させていただけると信じることができるときに、深い意義と慰めを感じるのです。

なぜなら、そのように信じるとき、わたしたちは、自分自身の最後の最後の姿を本当の意味で受け入れることができるようになります。もしわたしたちが復活させていただけるときに、人生の最後の最後の姿とは別様のものへとに置き換えられてしまうのだとしたら、神御自身によって私の人生の最後の姿を否定されるのと同じであると私は思います。私は人生の中でどのようなことに悩んできたのかを否定されてしまう。あの苦しみぬいた日々を否定されてしまう。わたしがわたしであり、わたし以外の何ものでもなかったということの証しをすべて否定されてしまう。そのような気がしてならないのです。

聖書が教える復活とは、とても単純な話です。とにかく、このわたしが再び戻ってくるということ、ただそれだけです。しかしその内容は、考えれば考えるほど愉快な話なのです。

パウロはこのことを「希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために」書いたと言っています。このように言うことでパウロは異教徒を侮蔑しているわけではありません。しかし「希望をもたない人々」とは「“復活の”希望を持たない人々」のことを指しています。それは「復活など絶対にありえない」ということに揺るがぬ確信を持ってしまっている人々です。

しかし、わたしたちの死後の定めがどうなるかは、まだ誰にも分かりません。誰にも分からないことについて「復活しない」ということのほうに確信を持つくらいなら、「復活する」ということのほうに確信を持ってもよいではありませんか。どちらに確信を持つことができるかで、わたしたちの生き方が変わってくるのです。少なくとも「死後の世界」などということに関心を持つ必要が無くなります。そして、復活を信じることが、わたしたちの悲しみや寂しさを和らげ、心の傷をいやし、真に慰める力になるのです。

(2010年2月28日、松戸小金原教会主日夕拝)

2008年2月9日土曜日

エール


テサロニケの信徒への手紙一5・16~18

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」

ご結婚おめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。御両家の方々にもお慶びを申し上げます。お二人の結婚式の司式をさせていただくことができますことを嬉しく思っています。

多くの人々が認めてくださることは、結婚はゴールではない、スタートであるということです。人生には苦しいことも悲しいこともあります。そのときに一人ではなく二人、そしてこれから生まれてくる子どもたちと一緒に苦しみや悲しみの時を乗り越えていくことができるのは、本当に幸いなことです。

時には、わたしたち自身が周りの人を傷つけてしまったり、多くの人を悲しませてしまったりする、その原因になってしまうこともあります。しかし、そのようなときも一人ではなく二人。お互いに厳しいことを言い合わなければならないときもありますが、しかしまた、お互いの弱さを認め合い、赦し合うことができます。

何もかも自分一人で抱えこみ、自分一人で決着をつける。そのような人生には気楽な面もあるかもしれませんが、さびしいと感じる面も必ずあるはずです。一人でいることはわたしたちの成長の段階の中では必要なことでもあります。しかし、わたしたちはいつまでも一人で生きられるわけではない。助けを必要としている存在なのです。

新郎のお名前「信悟」の信は、信じるの信です。新婦のお名前「睦子」の睦は、仲睦まじいの睦です。とても良いお名前をそれぞれのご両親から授かったお二人です。それぞれのご両親が長い時間をかけてお二人を育ててくださいました。そのご家族の思いを、これからも大切にしなければなりません。そして、どうぞ、お二人がお互いを信じ合うことができ、いつまでも仲睦まじくありますように。

さて、お二人がこれから幸せな人生を送って行かれるためにお勧めしたいことを申し上げます。それが、先ほどお読みしました聖書のみことばです。

「いつも喜んでいなさい。」そんなことができてたまるかと言われることがあります。いつも喜んでいるだなんて人生を甘く見ている証拠ではないか、と。しかし、そこで少し立ち止まって考えてみてほしいことがあります。それは「もう一人ではない」ということです。いつまでも不機嫌な顔をしていると家族が迷惑しますということです。一人ならばいつまででも不機嫌な顔をしていてください。どうぞご自由に!しかし、せめて家族みんながいるところでは笑ってください。みんなを幸せにすることを考えてください。ぜひそのことを心がけてください。

私は教会の牧師ですからこういうことはよく分かるのです。教会の中で不機嫌な顔をしている牧師は迷惑な存在です。「何かあったんじゃないか?」と心配していただいたりご機嫌をとっていただいたり。周りの人々に気を使わせてしまいます。同じことがすべての人に当てはまるのだと思っています。自分一人でいるときにはどんなに不機嫌でも構いません。しかし、家族のみんなの前では笑っていてください。周りのみんなを幸せにしてください。ぜひお願いいたします。

「絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」祈りというのはもちろん宗教の次元の話です。結婚生活というのは、とにかく二人で力を合わせて、両方の実家から独立して頑張って生きることです。しかし、私も経験してきたことですが、若い二人にはお金もありませんし、力もない。生きていくための十分な知恵もない。そのような中で子供を育て、家計を切り盛りしていかねばならない。すぐに行き詰ってしまいます。

それでも、そこですぐに実家に頼るのか、それとも、もう少し二人だけでがんばってみようと思うのかで、結果は大きく違ってくるでしょう。しかし、二人だけで頑張ると言っても、どうしたらよいのか頭を抱え、途方に暮れるときが来る。それが現実です。

しかし、そのようなときにぜひ考えてもらいたいことは、二人で一緒に天におられる神に祈ってみてくださいということです。途中の話を全部省略して結論だけ言いますが、神さまが必ず助けてくださいます。神さまに祈ってください。そうすれば、必要なものはすべて必ず与えられます。お二人は、祈りによって危機的な局面を乗り越えていけるでしょう。

実は「今日まで内緒にしておいてください」と言われていました。新婦の職場である歯科医院の方々が来てくださっています!職場のみんなに迷惑をかけたくないと遠慮しておられたようですね。「四年も頑張って働いてくれた大切な仲間の結婚式に行かないわけにはいかない」と一時休診して駆けつけてくださいました。

本当に素晴らしい方々がお二人の周りにおられます。今日集まってくださった皆さんがそうです。職場の皆さんも、もちろん御両家も、たくさんの友達も、そして教会も、お二人をお助けします。

安心して、勇気をもって、これからの新しい人生を歩み出してください!祝福をお祈りいたします。

(2008年2月9日、結婚式説教、於 松戸小金原教会)

2005年8月1日月曜日

いつも喜んでいなさい

テサロニケの信徒への手紙一5・16~22

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスに置いて、神があなたがたに望んでおられることです。霊の火を消してはいけません。預言を軽んじてはいけません。すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。」

今日わたしたちは、Hさんの前夜式を執り行うために、ここに集まっております。

ご本人とおくさまの御意向で、ここには、ごく親しいご友人がたと、松戸小金原教会の者たちだけがおります。それでも、このように盛大な葬送の儀となりました。ご参列くださいました皆さまに、心より感謝申し上げます。

林さんの在りし日をしのびつつ、静かなひとときを過ごしたいと思います。

先ほどお読みしましたテサロニケの信徒への手紙一5・16~22は、今から約二千年前に活躍した、いにしえのキリスト教伝道者、使徒パウロが書き残した言葉です。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」。

このみことばは、たいへん有名です。教会生活が長い方ならば、どなたでもよく知っていますし、わたしの愛唱聖句であると決めておられ、記憶しておられる方も多いものです。

しかしまた、このみことばは、たしかにそういうものではありますけれども、つまり、とても有名で、また多くの人々によく知られており、記憶されている、そういう御言葉ではありますけれども、そのことと同時に、次のような面を持っている御言葉でもあります。

それはどういう面かといいますと、このみことばは、わたしたちにとっては、厳しいと感じられ、またつらいと感じられるものでもある、という面です。

その理由は、はっきりしていると思います。

わたしたちは、「いつも喜んで」などいないからです。

「絶えず祈って」などいないからです。

「どんなことにも感謝」などしていないからです。

そのため、このみことばは、そのようなわたしたちの欠点や短所をズバリと指摘する、そのような、厳しくて、つらい言葉でもある、ということです。

わたしたちの現実は、まさに正反対ではないでしょうか。

「いつも怒っている」

「しょっちゅう祈りを忘れる」

「年がら年中、不平不満をつぶやいている」

この事情は、クリスチャンである者たちであっても、それほど変わりはしません。大差はないと思います。

それでも、です。クリスチャンである者たち、すなわち、キリスト教信仰というものを受け入れて生きている者たちは、この件に関して少しくらいはマシなところもあるかな、と思えるところもある、と言いうる点を、ひとつだけ申し上げさせていただきます。

それはどの点かといいますと、クリスチャンは、まさにこの「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」という聖書の御言葉といつも向き合いながら生きている、という点です。この御言葉を思い出すたびに、「あ、いけない」と反省し、喜ぶ努力をはじめようとするのが、クリスチャンです。

実際、わたしたちは、聖書のみことばに接するたびに、自分の顔やかたちが、今、どのようなものであるか、ということに、ハッと気づかされます。

気づいたほうがよいと思います。なぜなら、だれだって、友達がほしいでしょう。また夫や妻、親や子供や兄弟がいる人は、できるものなら、そういう人々と仲良くしていたいと思うでしょう。だれだって、ひとりで居ることは、さびしいものです。

そういうときに、です。あの人はいつも怒っているし、喜びも感謝もない。神に対しても人に対しても、不平や不満をつぶやいている。そういう人には近づきたくないと、だれでも感じるはずです。自分自身のこととして考えてみれば、分かっていただけるはずです。

ですから、やはり、わたしたちが、自分の顔やかたちが、今どのようなものであるかに気づくことは非常に大切なことです。そのときクリスチャンである者は、聖書のみことばに接するたびに、自分の姿に気づかされるのです。

今日は、Hさんの在りし日をしのぶために、わたしたちは、集まっています。

わたしと林さんとのお付き合いは、決して長いとはいえない、全くそうではない、ごく短いものでした。しかし、林さんがどう思われたかは分かりませんが、わたしは、本当に素晴らしい、深いお付き合いをさせていただいたと感じております。感謝しております。

今年の6月19日(日)には、入院されていた国立がんセンター東病院の一室で、Hさんの洗礼式を執行することができました。もちろん、Hさんご本人の願い出によります。幼い頃には教会に通っていたのだ、と言われました。しかし、戦争のどさくさの中で、洗礼を受けるきっかけを失ってしまった。だから今、洗礼を受けたいのだ、と。

Hさんが洗礼を受けたいという願いを持っておられる、というお話を、わたしは最初、この教会の中では最も親しい関係にある長谷川和子さんを通して、伺いました。

そこでわたしは、林さんの気持ちを確かめるために、Hさんの病室に参りましたところ、最初じっと黙っておられ、それから少し頭を下げ、ひょいっと、頭を前に出されました。そして「お願いします」と言われました。両眼を失明されている林さんは、そのときすぐに洗礼式が始まると思われたようです。

「いや、そうではなくて・・・」と、そこから少し説明をさせていただきました。洗礼を受けるには、少しの準備が必要である。本来ならば、きちんと教会に通っていただいて勉強会を開くことになっております、と申し上げました。「それは、そうですね」とすぐに理解し、納得してくださいました。しかし、林さんの場合には、特別に、ごく短い期間で準備させていただきました。

そして、先ほど申し上げましたように、6月19日(日)に洗礼式を行いました。Hさんがクリスチャンになられました。わたしもうれしかったです。感謝しました。感動しました。

Hさんはとても明るい方でした。洗礼を受けられる前のHさんのことを存じ上げませんので、比較して申し上げるわけではありません。しかし、洗礼を受けられ、クリスチャンになられたことを、林さんは、とても喜んでくださっていたと、信じております。

病院では、いろんなお話をさせていただきました。話題が豊富でした。プロ野球の話、お好きだった旅行や山登りの話、政治や経済の話など、いろいろでした。

またHさんは、とても優しい方でした。いつも、いろいろと配慮してくださるのです。先週の土曜日、いちばん最後にお話しくださったことは、「この部屋の温度は何度ですか」ということと、「牧師さんは夏休みにどこに行かれますか」ということでした。

緩和ケア病棟におられましたので、痛みはないのです。痛みがないということが、これほどまでに人の心を落ち着かせ、平安にするのかと思わされました。わたしも、もし自分が同じ病気にかかったら、この緩和ケアというのをしてもらいたいと、本当に思いました。

ベッドの上ですが、起き上がって、自由に何でも食べることができますし、話すことができます。トイレに行ったり、顔を洗ったりすることも、直前まで御自分でしておられました。

しかし恐ろしい面もある、と言わなくてはなりません。それは、ただひとつ、終わりが突然訪れる、ということです。この点は、緩和ケアというものの運命であると思います。

先週の木曜日、ということは、まだたったの四日前です。とてもお元気だったそうです。ところが、その翌日から突然、がくっと力が抜けた感じになられました。

土曜日の午後、病室に伺いました。わたしたちの質問に「イエス」ならば首を縦にふられ、「ノー」ならば右手を横にふられました。帰り際に「そろそろ帰ります」と言いましたら、手を伸ばして握手を求められましたので、させていただきましたところ、まだ力がありました。最後の力だったようです。

Hさんの笑顔が、忘れられません。わたしたちは今、Hさんの生涯が祝福に満ちたものであったことを喜び、感謝しつつ祈るべきです。そう言うと、Hさんには「いや、わたしも、いろいろと苦労しましたよ」と言われると思いますが。

もちろん、そうなのです。

祝福に満ちた人生には、苦労があるのです!

すべてを忍び、すべてを受け入れ、すべてを感謝し、すべてを喜ぶことができる人は、かならずや、いろんな苦労を体験しておられるのです。

一人の立派な人生の先輩を天に見送ることができた幸いを、感謝したいと思います。

(2005年8月1日、葬儀説教、於 松戸小金原教会)