2011年5月19日木曜日

平田オリザ氏の「発言撤回」の意味を考える

「平田オリザ氏、汚染水放出巡る発言を撤回し謝罪」(読売新聞、2011年5月19日04時40分)

内閣官房参与で劇作家の平田オリザ氏は18日、東京電力が4月に福島第一原子力発電所から低濃度の放射性物質を含む汚染水を海に放出したことについて、「米政府からの強い要請で(海に)流れた」とソウルで述べた自らの発言について、所属団体を通じ、「私の発言が混乱を呼び、関係各位にご迷惑をおかけしました。当該の事実関係について知りうる立場にありません。撤回して謝罪します」とする談話を出した。


さて問題は、この記事を我々がどう読むべきかである。内閣官房参与までが「知りうる立場にない」なら、誰が「知りうる立場にある」のだろうかと思わずにはいられない。

内閣官房のホームページを見るかぎり、組織図に「内閣官房参与」の位置づけはない。Wikipediaの説明によると「相談役的な立場の非常勤の国家公務員」だそうで、その人が「知りうる立場」になかった。逆にいえば、汚染水の海洋放出を事前に「知りえた」人たちは内閣官房の「常勤公務員」に絞られるわけだ。

内閣官房の定員は778人だそうだ。意外に多い。でも、その多くは「なんとか推進室」「かんとか検討室」「どうとか対策チーム」の人たちのようだから、778人全員が、汚染水の海洋放出を事前に「知りえた」立場にいたとは思えない。「知りえた」人たちは、何人くらいいたのだろうか。

オモテに名前が出ているこの人たちは、知っていたのだろうか(敬称略)。

菅 直人  (内閣総理大臣)
枝野幸男  (内閣官房長官)
仙石由人  (内閣官房副長官(政務))
福山哲郎  (内閣官房副長官(政務))
瀧野欣彌  (内閣官房副長官(事務))
伊藤哲朗  (内閣危機管理監)
佐々木豊成 (内閣官房副長官補)
河相周夫  (内閣官房副長官補)
西川徹矢  (内閣官房副長官補)
千代幹也  (内閣広報官)
植松信一  (内閣情報官)

辻元清美  (内閣総理大臣補佐官)
藤井裕久  (内閣総理大臣補佐官)
細野豪志  (内閣総理大臣補佐官)
馬淵澄夫  (内閣総理大臣補佐官)
芝 博一  (内閣総理大臣補佐官)

いま16人だ。内閣官房ホームページの「幹部紹介・内閣総理大臣補佐官紹介」のページに載っている人たちだ。テレビに出て来る人と、出て来ない人がいるのが分かる。

この人たちの名前は、べつに秘密でも何でもなく、どこでも公表されているのだから、書いても構わないはずだ。堂々たる公人だ。この16人が、大量汚染水の海洋放出を事前に「知りえた」人たちだろうか。

我々はこの16人の名前を、終生、記憶と記録にとどめておく必要がある。これは、平田オリザ氏の言葉をそのまま受けとめるなら、内閣官房参与である人をして、放射能で汚染された水の海洋放出について「私は知りうる立場になかった」と言わしめた、今の内閣官房の中核にいる人々の名簿である。

それでは「知りえた」のは、だれなのだろう。どのレベルの人たちまでは知っていたのか。何人知っていたのか。米国の「要請」か「了解」なしに汚染水の廃棄などできたとは思えないが、まさか本当に、米政府にも知らさず、要請も了解もなく、そして内閣官房参与にも相談せず、ごく一握りの人たちがゴーサインを出したというのか。

責任の所在を内閣官房だけに限定できるかどうかは分からない。「内閣」には省があり、大臣がいる。各省の大臣は「事前に」知っていたのか知らなかったのか。いま私が知りたいと願っているのは、放射能水の海洋放出の「ゴーサイン」の責任を有する人々は、何人くらいいたのだろうか、という点である。

まさか、先ほど名前を挙げた16人だけで「ゴーサイン」を出したのではないでしょうねと聞いてみたいのだ。「相談役の非常勤公務員」たる内閣官房参与の口から「知りうる立場に無い」と言わせるほどに、まわりの誰とも相談せずに。

内閣官房の中核にいると思われる「16人」が多いのか、それとも少ないのか。そんなことは部外者には知る由もない。16人と言えば、一中学校のPTA運営委員会の人数くらいだ。この人たちが「海に流せ」と言った。そう考えてよいのだろうか。全世界に放射能を拡散させてよいとゴーサインを出したのは、彼らなのか。

私は別に、この「16人」に損害賠償請求をしたいわけではない。とくに面識があるわけでもない平田オリザ氏をほんの少しだけ庇いたい気持ちを持っているにすぎない。まあ、今や国民全体からバッシングを受けている人をかばおうとすると、かばった者までバッシングを受けかねないが、それは致し方ない。

平田氏が何を意図してリーク(と呼んでよいと思う)したかは本人以外には分からないが、私の拙い読解力からいえば、これから徹底的に責任を追及されることになるであろう現内閣を擁護する心の表われだとしか思えない。野党が平田氏を追及するのは当然だが、与党にとってはむしろ重宝な存在ではないか。

たとえば、いま流れている、GEと米政府を提訴する意思が日本政府にあるという噂とリンクするものだとすれば、汚染水放出に「米国のお墨付き」があったというのは決定打につながるのでは、とも思う。

平田オリザ氏という一人の文学者が、我々一般人には立ち入れない奥の間の只中で、知恵をこらして懸命に戦ってくれているような気がするのは、私だけだろうか。

政治の「腹芸」や「どんでん返し」や「敵を騙すにはまず味方から」のような要素は、それこそ劇作家の十八番だろう。シナリオ通りに政治が進むわけがないことも、シナリオライターだからこそ分かるものがあるのではないか。

ともかく、平田氏のような方が内閣官房から排除されないことを、私は願っている。「ド素人の政治参加」、けっこうなことじゃないか。