2011年7月31日日曜日

もしパウロの時代にブログがあったら(2)

大好評(?)にお応えして、調子に乗って第二弾、行きます。

昨日の「超訳」の際に心がけたのは「ブログ風テイスト」でしたが、今日はそれに加えて「トークライブ風テイスト」を混ぜてみました。

「トークライブ風テイスト」の意味は、目の前にいろんな人がいる状況を想定しているということで、つまり、「字には書けても口には出しにくい言葉をぼやかす」という意味です。

今日ご紹介する個所には、二千年の時空を超えて今の我々の胸にグサリと突き刺さる内容があると感じていただけるかもしれません。いま私が何を言っているのかは、ご一読くだされば、お分かりいただけるでしょう。

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コリントの信徒への手紙一7・1~7

使徒パウロ著/関口 康「超訳」


皆さんからいただいたお便りの中に書いてあったご質問に今お答えしますとね、もうね、「男の人は女の人に触るのもダメ」ってくらいの線を、私は言いたいですね。

でも、あんまりそういう話にしてしまってね、皆さんの中に反動みたいなことが起こって、なんだかだんだんアヤシゲな世界に興味を持ちはじめてしまうようになるくらいならね、そちらの方面にはどうかあんまり足を踏み入れないでいただいて、というか、そちら方面に行かないように自分を抑える必要もあるのですからね、そういう意味ではやっぱり、男の人はお嫁さんを探すとか、女の人はだんなさんを探すとかのほうが、いいんじゃないですかね。私はそういうふうに考える人間です。

その代わり、と言うことでもありませんけどね、まあ、だんなさんがおくさんにすべきことと、おくさんがだんなさんにすべきことは、ちゃんとやりましょうよ。

えっとね(なんで私、こんな話してんでしょうね)、おくさんのほうは自分で自分の体をどうにかする、という話じゃなくてね、だんなさんがおくさんに、ちゃんとするんですよ(あーこのへん書きにくいなあ)。逆もそうでね、だんなさんのほうも自分で自分の体をほにゃららする、という話じゃなくてね、おくさんがだんなさんを、ほにゃららするんですよ(ね?)。その場に及んで、「やっぱりやめた」とか「もういやだー」とか言わないでくださいね。

でもですね、う~ん、まあ、長い人生ですからね。いくら好き同士で結婚した二人でも「さすがに今はちょっと無理」という時期もありますよね。仕事がメッチャクチャ忙しいとかね、子育てもありますしね。世間が嫌なことだらけなので、今は雑念を捨てて神さまのことだけを考えたいと思うようなときもありますよね。そういうときにはね、お互いによく話し合って、それなりに納得もしたうえで、しばらくお休みにする、というのは、ありかもしれませんね。

でも、はっきり言っておきますが、そんなことを二人が別れる理由なんかにしてはいけませんよ。「それでも一緒に生きていく」という大前提を確認したうえでの、あくまでも一時的なお休みでなくっちゃマズいです。そんなことを理由にして別れちゃいますとね、人間弱いですからね、たちまちその筋の人たちがニヤニヤしながら近づいて来て、「おいで、おいで」と手招きしてきますんでね、するするっと、そういう人たちのいるところに入って行っちゃうことになる。あとは、もうね、身ぐるみ剥がれてポイですよ。

ですからね、「しばらくお休みするというのも、ありかもしれませんね」と上に書いたことの意図は、「そういう可能性がないとは言い切れませんね」というくらいの微妙なニュアンスなのでしてね、「しばらくお休みにしなさい」とか「しろ」とか命令してるわけじゃあないんです、断じてね。

もちろん、私の個人的な立場を言わせてもらえばね、それはもう、私自身はいまは一人で生きてますからね。皆さんにもぜひ、一人で生きられるすべを身につけてほしいんですよ、本音を言えばね。でも、そこから先のことは言えないことでありましてね。人生それぞれですよ。神さまが我々に与えてくださったものは、人によって違うんですからね。

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【超訳者コメント】

強くお断りしておきますが、昨日からの「超訳」は、ふざけているとか、聖書の言葉を玩んでいるとか、受け狙いとか、ポピュリズム(?)とか、決してそういう気持ちではありません。

また、たしかに「超訳」ではありますが、「意訳=デタラメ」と見られることは、やや心外です。

神学者ファン・ルーラーのオランダ語テキストとの取っ組み合いを、13年ほど続けてきました。その苦しい日々の中で絶えず問われてきたことは、「翻訳とは何なのか」という根本的な問いでした。我々に問われていることは、「翻訳論」そのものです。

このたびの聖書の「超訳」が、私の長年の問いの答えになるかどうかは分かりません。でも、取り組み甲斐がある仕事かもしれないな、という手応えはありますね。

2011年7月30日土曜日

もしパウロの時代にブログがあったら(1)

いま毎週日曜日の礼拝の中で、新約聖書「コリントの信徒への手紙一」の連続講解説教を続けています。今は7章を読んでいる最中なのですが、まあ難しいといえば難しい、でも、すごく興味深いところであることも分かってきました。

このところ、ギリシア語の本文をじっくり研究するだけの余裕が無いのが残念なのですが、とにかく一冊二冊の注解書にかじりつきながら、パウロの言葉の真意を探っているところです。

以下にご紹介するのは、たったいま(「たったいま」です)大急ぎで、新共同訳聖書を開きながら、これまで学んできたパウロの意図をできるだけ反映させてパウロの文章を読みなおすと、こういうふうになるんじゃないか、という一つの例(あくまでも「一つの例」)として、書いてみたものです。

ですから、「翻訳」と言うには及びません。「超訳」で構いません。味付けとしては、「ブログ風テイスト」を加えてみました。パウロの時代にブログがあったら、こういう文章を書くんじゃないかなと、想像してみた次第です。

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コリントの信徒への手紙一7・25~35

使徒パウロ著/関口 康「超訳」


まだ結婚したことが無い人たち、いますよね、そういう人たちにこの際ちょっと言っておきたいことがあるんですよ。まあこれはあくまでも私の意見ですけどね。神さまからこう言えと言われて言うわけじゃないんですが、神さまからこの仕事を任されている者として言っておきますよ。

それはね、要するに、とにかく今は相当ヤバい状況なんだということですよ。今まさに危機が迫っているんです。そういうときには、私は皆さんにあんまり無茶なことや急激な変化が起こるようなことをしてもらいたくないんです。今のまま、現状のままに留まっていてもらいたいんです。

いま結婚している状態にある人なら、もうわざわざ離婚の手続きなんかしなきゃいいし、もしまだ結婚していない人なら、今さら相手を探そうだなんて思わなきゃいい。結婚することが罪だとか、まだセックスしたことがない人がセックスすることは罪だとか、そういうことを言いたいわけではないですよ。

私が言いたいのはね、「結婚すること」と「苦労すること」はほとんど同義語だ、ということですよ。そういう苦労をね、私はあんまりあなたたちに味わわせたいとは思わないんですよ、このご時世ですからね。

皆さんに言っときますよ、もうすぐ世界は終わりますからね、そのときが近づいてますよ。

これからの生き方はね、

・家族がある人は、ないふりをする。
・いつも泣きべそばっかりの人は、いまだかつて泣いたことがない人のふりをする。
・冗談ばっかり言っていつも笑っている人は、いまだかつて笑ったことがない人のふりをする。
・買い物好きの浪費癖の人は、財布のひもが固い人のふりをする。
・世の中の弟一線でバリバリやってきた人は、世事に疎い人のふりをする、

とまあ、こんな感じになっていくと思います。

だって、もうね、今のままの現状がこれからもずっと維持されるということは、ありえないんですよ。だから、あんまりもう、じたばたしないで開き直るしかないんですよ。

一人で生きている男の人ならね、「どうすれば神さまに喜んでもらえるだろうか」を考えることに集中できますけどね、結婚してしまったらね、そんなことはもう無理になりますよ。だってね、男の人が結婚したら、それから毎日が「どうすればカミサンの機嫌をとれるだろうか」とね、そういうことばっかりで心いっぱい頭いっぱいになってしまってね、集中力もへったくれもない状態になっていくものなんです。

一人で生きている女の人や、まだ結婚したことがない女の子たちは、体も心も神さまに清めていただこうと、ひたすら神さまのことを考えることに専念できますけどね、結婚したらね、そこから必ず変わっていきますよ。寝ても覚めても「どうすればダンナの機嫌がとれるだろうか」と、そんなことばっかりになって、世事にくたびれてしまう。

今言っていることは、あなたがたを責めてるわけじゃないですよ、厳しいことばっかり言って、「おれの言うことを聞け」とか言って、自分の価値観を押しつけたいわけじゃない。

心の中がグチャグチャにかき乱されっぱなしの日常から少し離れるときも必要だ、そんなふうにして落ち着くことができるときもある、そのような信仰生活を続けてもらいたい。私の言いたいことは、ただそれだけなんです。

2011年7月29日金曜日

私はなぜ洗礼を受けたか

とくに何の脈絡もなく、唐突に書く。私はなぜ洗礼を受けたか。それは1970年12月26日。1965年11月生まれだから、当時はもちろん5才。幼稚園児としての最後の年の、クリスマス礼拝のときだった。

受洗の意思は明確であった。やる気満々だった。いや、正確に言えば「飲み食いする気満々」だった。だから私の洗礼は幼児洗礼ではない。誰から勧められたわけでもない、と言いたいところだが、もしかしたら親が「どう?」くらいは言ったかもしれないが、それは忘れた。牧師から勧められることはありえない。消去法で考えれば、親が勧めたのでなければ、私が自分で意思決定をしたのだ。それ以外の可能性はない。

実際、私自身の中にとにかく残っている記憶は、牧師のところまで行って「洗礼を受けさせてください」と、自分の意志と言葉で”要求した”日の一部始終だ。

動機についても鮮明に憶えている。その顛末については、前にもどこかに書いたことがある。

そのクリスマス礼拝よりも半年くらい前だったろうか、教会で聖餐式があったとき、パンもぶどう酒ももらえず、目の前をスルーされた。ひどく頭に来たので、あれをもらえる方法は何かを親に聞き、洗礼というのを受ければいい(パンとぶどう酒をもらえるようになる)のかと初めて知った。

神に誓って言うが、当時の私は、特別ひもじい生活をしていたわけではない。いくら幼稚園児だったからといえ、あんなママゴトのような小さなパンだ、ぶどう酒だ、が欲しかったわけではないのだ。そんなことではない。何が頭に来たかといって、おれが小さい頃から来ているこの教会の中で、おれを無視し、おれの前を素通りしてよいものがあってよいはずがない、という思いだった。

「そういうのは傲慢だ」などと言われたくはない。当時の私が激しく自覚したことを、当時の私が適切な言葉で言い表せたはずがない。しかし、オトナになった今なら言える。それは、「おれは、ハンパなくこの教会のメンバーだ!それに関しては誰にも文句を言わせたくない。どこにも逃げやしないから心配すんな。ていうか、他になりようがないよ。ほかの人はともかく、おれに関しては信教の自由とか別にいいから。だから、お願いだから、おれに洗礼授けてくれ。頼むからおれの前をスルーしないでくれ」という意識だった。

これらのことを、あとづけの脚色として書くのではない。受洗記念日は教会が記録するものであって、自分で勝手に捏造できるものではない。私が5歳で成人洗礼を受けた事実を、教会が客観的に証明してくれる。

千葉県柏市の高級住宅街内の一公園での放射線測定 放射性セシウム5万​ベクレル以上を検出(2011年7月20日)



Youtube上にアップされた映像を紹介します(私が録画したわけではありません)。私の住んでいるところは松戸市と柏市の市境(の松戸側)ですので​、柏市の出来事は他人事ではありえません。柏市民が声をあげたの​を受けて、柏市がやっと重い腰をあげたとも知りました。

「検査結果報告書」をご覧になりたい方は、ここをクリックしてください。

「廃棄土壌管理処分場」の建設候補地に挙がっているらしい場所がわが家から片道​3キロ

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画像の出典: http://twitpic.com/5uk7ae

私もここ(http://togetter.com/li/165303)で見ただけの話ですので、現時点では確たることは何も分かりませんし、政治に直接タッチしている者ではありませんので、事の詳細を知る立場にはありません。そのことをあらかじめ強くお断りしておきます。

しかし、いま流れている情報の主旨は、松戸市の「21世紀の森と広場」を​つぶして、こういう感じの建物(廃棄土壌管理処分場)を立てましょうという具体的な計画​が進んでいるらしいということです。

しかし、ツイッターの住人たちのコメントを読みますと「村​の皆さん」とか書いてあるようですが、冗談じゃない、松戸市内の「21世紀の​森と広場」のある場所は「村」じゃありませんからね!

東京の中心がどこであるかは知りません。しかし、もしそれを仮に「東京駅」だとするならば、東京駅から現地までの直​線距離は「30キロ」です。東京駅から30キロがどれくらいかを​イメージするための参考になリそうな例を挙げるとすれば、たとえば、東京駅から(東京都)国立駅までが30キロです。東京駅から(神奈川県)横浜駅までも30キ​ロ。東京駅から(埼玉県)大宮駅までも30キロ。

つまり、東京のど真​ん中から数えれば「国立、横浜、大宮」などとほぼ等距離の場所に関​東広域の放射能土を集める最終処分場を作りましょう、という話であると思って​いただけば、事の深刻さをご理解いただけるでしょう。

「21世紀の森と広場」のほうから数えて半径​30キロ以内といえば、北は(茨城県)つくば市、東は(千葉県)成​田市、南は千葉市、西は新宿区、中野区あたりまでを、すっぽりおさめますからね。

ちなみに、「21世紀の森と広場」は、わが家から片道3キ​ロ、自動車で10分弱です。

もう一つ、重要なことに気づきました。「21​世紀の森と広場」の位置は、現在私がPTA会長を仰せつ​かっている公立中学校の学区内です。子どもたちの健康と​安全を守ることがPTAの使命です。


2011年7月26日火曜日

現在「ミニコミ誌並み」だそうです

勝間和代氏の『目立つ力』(小学館新書、2009年)という本は、二年も前に出版されたものですので、もしかしたら巷では「すでに相当古い本」というような評価になっているのかもしれませんが、私は数か月前にたいへん興味深く読みました。

特に考えさせられたのは、ブログのユニークアクセス(異なる人によるアクセス)とそのブログのいわゆる対社会的影響力のようなこととの関係を書いているくだりです。

ユニークアクセス/日   対社会的影響力

100 人未満         まだ完全な個人ブログ
100~1000人未満     一部の人の興味を引きつつあり、ミニコミ誌並み
1000~10000人未満    特定のファン層には食い込んでいる。専門誌並みの力がある
10000~50000人未満    かなり影響力がある。一般雑誌並み
50000人以上         日本有数のブログ。マスコミ並みの力がある

ちなみに、私のブログ(関口康日記」と「今週の説教」と「A. A.ファン・ルーラー著作集」との各ユニークアクセス数を合算しますと「100~1000人未満/日」のステージには到達していることになりますので、勝間氏の言葉を借りれば一応「ミニコミ誌並み」ということになります。

しかし、そのような実感(ミニコミ誌並みの影響力があるという実感)は、このブログを書いている本人には全く無いので、勝間さんのこの本を最初に読んだときには「それは本当なのか」と疑問を抱きました。

しかし、もし私のブログがそれほどの影響力をもっているとしたら(持っていないと思いますが)、そのことを私はやはり率直に「うれしい」と感じます。

実際に面と向かってはっきり言われたことはありませんが、「ネット牧師」とか「ブログ先生」とか、そういう呼ばわられ方は、私はされたくないし、そういう言葉遣いがあまり好きでもありません。

しかし、本や雑誌類が売れない・買われない・読まれない時代の中で、せめてブログでも書くことによってキリスト教的言説をなんとかして世間に広めようとでもするでなければ、それほど遠くない未来にも「日本の牧師と教会はほとんど何も言っていないのと同じだ」と(教会の中の人からも)批判されてしまう時代が来てしまうのではないかと私は考えています。




2011年7月24日日曜日

いろいろ抱えながら楽しんで生きる


コリントの信徒への手紙一7・32~35

「思い煩わないでほしい。独身の男は、どうすれば主に喜ばれるかと、主のことに心を遣いますが、結婚している男は、どうすれば妻に喜ばれるかと、世の事に心を遣い、心が二つに分かれてしまいます。独身の女や未婚の女は、体も霊も聖なる者になろうとして、主のことに心を遣いますが、結婚している女は、どうすれば夫に喜ばれるかと、世の事に心を遣います。このようにわたしが言うのは、あなたがたのためを思ってのことで、決してあなたがたを束縛するためではなく、品位のある生活をさせて、ひたすら主に仕えさせるためなのです。」

今日の個所にも引き続き扱われているのは結婚の問題です。ここに書かれているのは結婚に関するパウロの意見です。はっきり申し上げますと、この手紙の中でパウロが結婚について否定的な意見を述べていることは否定することができません。

しかし、私は皆さんを必要以上に不安な気持ちにさせたくありません。なるほどたしかにパウロは結婚について否定的な意見を述べています。しかし、彼自身の中にも、聖書全体の中にも、キリスト教信仰の中にも、結婚すること自体が罪であるという考え方は全くありません。結婚は、してもよいのです。それは神が許しておられることです。結婚は神御自身がお定めになった制度です。そして、パウロも結婚することを許しています。結婚してはいけないと禁止したことはないのです。

パウロが結婚について否定的なことを述べているのは、禁止しているのではなく、心配しているのです。それは先週の個所に書かれていたとおりです。「しかし、あなたが結婚しても罪を犯すわけではなく、未婚の女が結婚しても罪を犯したわけではありません。ただ、結婚する人たちはその身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにそのような苦労をさせたくないのです」(7・28)。

パウロが言おうとしていることは、ある意味で単純です。また、実際に結婚した人たちにとっては、言わずと知れたことだとでも言いたくなるくらいの当たり前のことです。それは要するに、結婚には楽しい面ばかりではなく苦しい面もあるということです。結婚する人たちは、そのことをすべて承知したうえでなければならないということです。

ですから、私は先週の説教の最後に、パウロが書いていることは逆説であると申し上げたのです。

先週の個所には「定められた時は迫っています」(7・29)とか「この世の有様は過ぎ去るからです」(7・31)という言葉がありました。これはパウロの終末論であると言いました。終末の時が近づいている、その日はまもなく訪れるとパウロは信じていました。わたしたちにとって終末は、神のみもとに召されることであり、天国に受け入れられることであり、永遠の祝福と喜びのうちに置かれることを意味するのですから、悪い意味での破滅や破局を思い描く必要はありません。しかしたとえそうだとしても、終末は、地上に生きる者にとっては、やはり別れを意味するのです。そこに死別の悲しみが伴うのです。

結婚した者たちが味わう最大の苦しみは、心から愛した人と死別しなければならないときが来ることです。死別の苦しみは、愛が深ければ深いほど耐えがたいものとなるでしょう。その苦しみにあなたは耐えられますかという問いかけが、パウロの言葉の裏側にある。私はそのような意味で、パウロの言葉を逆説だと申し上げたのです。

ですから今日の個所に書かれていることも、逆説なのです。しかし、パウロが書いていること自体は全く反論の余地もない事実です。これを否定できる人がいるでしょうか。私は自信がありません。パウロは次のように書いています。「独身の男は、どうすれば主に喜ばれるかと、主のことに心を遣いますが、結婚している男は、どうすれば妻に喜ばれるかと、世の事に心を遣い、心が二つに分かれてしまいます」(7・33~34)。

私は自信がないと言っておきながら、すぐに別のことを言わなければなりませんが、いま申し上げたことは、私が「どうすれば妻に喜ばれるか」といつも考えているという意味ではありません。もしそうであれば妻はもっと喜んでいるはずですが、そちらの自信もありません。しかし、あまり私の顔ばかり見ないでください。いま申し上げていることは、私の話としてではなく、一般論として聴いていただきたいことです。

パウロが言おうとしていることを別の言葉で言い換えれば、「結婚は独りで成り立つものではない」ということになるかもしれません。これも考えてみれば全く当たり前の話です。しかし、あまりにも当たり前すぎて忘れられてしまう可能性がある、実は非常に重要なことなのかもしれません。

独りで成り立つ結婚というものなどはありえません。しかし、結婚生活の中でしばしば問題になり、トラブルにもなるのは、どちらか一方が他方に対して横暴な態度をとるとか、あるいは自分の考えや要求を一方的に押しつけるときだったりするではありませんか。

そういうことと比べれば、パウロが言っていることは、はるかにましなことです。「どうすれば妻に喜ばれるか」と、一生懸命考える夫は、良い夫でしょう。そういう人がなぜ責められなければならないのでしょうか。多くの男性はこういう人に見習わなければならないはずです。もしそうであるならば、パウロが「どうすれば妻に喜ばれるかと、世の事に心を遣う」人のことを責めているのかといえば、必ずしもそうとは限らないと考えることもできるはずです。あるいは、ここでパウロが「心が二つに分かれてしまう」ことは悪いことだと責めているのかといえば、必ずしもそうとは限らないと読むことができるはずなのです。

あるいはパウロは男性の側の話だけではなく女性の側に対しても、ほとんど同じことを繰り返しています。「独身の女や未婚の女は、体も霊も聖なる者になろうとして、主のことに心を遣いますが、結婚している女は、どうすれば夫に喜ばれるかと、世の事に心を遣います」(7・34)。パウロがほとんど同じことを繰り返していますので、私も同じような言葉を繰り返しておきます。「どうすれば夫に喜ばれるか」と心を遣う妻は、良い妻でしょう。そういう人がなぜ責められなければならないのでしょうか。なぜそれが悪いことなのでしょうか。そんなはずがないのです。

しかし、それでも、パウロが言っていることは紛れもない事実であるということは全く否定できません。なるほどたしかに、わたしたちがいったん結婚生活ということを始めたら、何か一つのことに脇目もふらず、ひたすら集中するということができにくくなるでしょう。心も意識もありとあらゆる方面へと拡散していき、分散していくでしょう。学者肌の人や芸術家肌の人にとっては、何か一つのことに対する集中力を奪われることは、本当に困ったことだと認識してしまう可能性があるかもしれません。

ですから、パウロが書いていることも、いま申し上げたとおりのことかもしれません。「このようにわたしが言うのは、あなたがたのためを思ってのことで、決してあなたがたを束縛するためではなく、品位のある生活をさせて、ひたすら主に仕えさせるためなのです」(7・35)と書かれています。

ここで気になるのは、最後の「ひたすら主に仕えさせるため」という文章です。パウロにとって要するに大事なのは「ひたすら主に仕えること」だけであって、そのための邪魔になるようなことについては、いっさい切り捨てるべきであると言っているのでしょうか。大事なのは、神だけであり、宗教だけであり、教会だけである。その大事なことを守るために邪魔になるようなものはすべて切り捨てるべきであり、全く捨て去るべきであると、そのようなことをパウロは言いたいのでしょうか。

そのようなことをパウロは書いていないということを、これまでわたしたちは学んできたはずです。少なくとも私は、そのような意味にパウロの言葉を読みません。

もしいま申し上げたような読み方をしなければならないのだとしたら、たとえば、すでに学んだ個所に書かれていた「ある信者に信者でない妻がいて、その妻が一緒に生活を続けたいと思っている場合、彼女を離縁してはいけない」(7・12)というパウロの言葉をどのように理解すればよいのでしょうか。あるいは、「ある女に信者でない夫がいて、その夫が一緒に生活を続けたいと思っている場合、彼を離縁してはいけない」(7・13)という言葉はどうでしょうか。だって、結婚すると「心が二つに分かれてしまう」のでしょう?それはその通りだと思いますが、しかしもし「心が二つに分かれてしまうこと」が、悪いことであり、駄目なことであり、許されないことであり、「ひたすら主に仕えること」の妨害や障害でしかないということであるならば、未信者の配偶者とは離縁すべきでないと書いているパウロの言葉は、全く矛盾以外の何ものでもないではありませんか。

ですから、私は、パウロが書いている「心が二つに分かれること」を、彼がただひたすら悪い意味だけで書いているとは思えないのです。そうなってはいけないのだ、心や意識が分散するようなことに近づいてはいけないのだ、ただひたすら神さまのことだけ考えるべきであって、他のことは何一つ考えてはいけないのだと、そのような意味のことをパウロが書くはずがないと、私は信じています。そういう考え方は大げさすぎるし、極端すぎるし、あまりにも現実離れしすぎていて、非常に危険な考え方でさえあると思われてなりません。

そういうことではないのです。パウロはただ、ありのままの事実を書いているだけです。「結婚とは、そういうものです」と、淡々と事実を述べているだけです。結婚には楽しい面だけではなく苦しい面もある。集中力が必要なときも、あっちに走り、こっちに飛び回りしなければならないこともある。あのことも、このこともしながら、わたしたちは生きていく。その覚悟があなたがたにありますかと、パウロはこの手紙の読者に問いかけているのです。

結婚というどう考えてもデリケートすぎる問題について、あまり具体的な話をしすぎると必ず語弊が出てくるし、だれかが傷つくということが起こるので、なるべくなら避けたい面もあるのですが、一つだけお許しいただきたい話があります。それは牧師の話です。独身の牧師がいないわけではありません。しかし、神学校を卒業したばかりの若い独身の(現在の日本キリスト改革派教会の場合は、すべて男性の)牧師たちに対して、ほとんどの教会が、他の何をさておいてもまず最初に願うことは「早く結婚してほしい」ということだったりします。これも事実でしょう。

皆さんにぜひ考えてみていただきたいことは、その理由は何なのだろうかということです。パウロが書いていることを尊重するならば、「心が二つに分かれてしまう」ようなことを牧師たちが率先して行うのは間違っているということになるではありませんか。しかし、多くの教会は独身の牧師たちに「早く結婚してください」と言う。その意味は何なのでしょうか。

その答えを詳しく解説する時間は無くなりました。一つのヒントだけ申し上げておきます。教会に通っている皆さんは「あれもこれも抱えながら」生きているということです。そのことを理解できるようになるために、牧師たちも「あれもこれも抱えながら楽しんで」生きていく必要があるのです。

(2011年7月24日、松戸小金原教会主日礼拝)

2011年7月22日金曜日

もう国民は官僚を恐れはしない(2) とんねるず系番組

「もう国民は官僚を恐れはしない」をシリーズ化したい気もするのですが、長期的な執筆のヴィジョンのようなものをもっているわけではありません。

前回は「平成教育委員会」(フジテレビ)をやり玉に挙げましたが、もう一つずっと気になっていたのは、とんねるず系の人たちがやっている「みなさんの・・・」なんとかかんとか、いうテレビ番組ですね。これもフジテレビです。

これは1980年代後半から始まっているので、平成教育委員会より少し先輩です。しかし、平成教育委員会にも同じことが言えそうですが、放送開始の頃は、まだましだった。直視に耐えなくなってきたのは、正確な時期までは言えませんが、おそらくは「第一次小泉内閣」が発足した頃じゃないですかね、Wikipediaによると、2001年4月以降だそうですが。

あの番組の中で比較的人気の高い企画の中に「博士と助手~細かすぎて伝わらないモノマネ選手権~」というのがあるじゃないですか。開始は2004年4月だそうですが(これもソースはWikipedia)、あれには「平成教育委員会」に匹敵するほどの政治利用を感じます。

だって、ですね、「テレビに出られる」とはどれほどエライことであり、どれほど苦しいことなのかということを国民感情の中に焼きつけるために、あんなふうに「スイッチ一つで、床に開けた穴の中に落とす」わけですよね、テレビに出たがっている人を。そして、穴に落ちた人のことを、ただゲラゲラ笑う。

ああいう番組を見ながら、あれはとんねるずの二人が好き放題やっているとか、あんまりそんなふうに考えないほうがよいのだと思っています。テレビ局の仕組みもアンタッチャブルなブラックボックスなのでしょうから、一般人は見えません。しかし、さまざまな利害関係を乗り越えてああいう番組が出てくるまでに激しく複雑怪奇な仕組みがあるのでしょうから、とんねるずの二人の意思が全体を動かしている、などと思わないほうがよいのでしょう。

いずれにせよ、あのような番組を放送している人々が視聴者たちに植えつけたがっていることは、繰り返しますが、「テレビに出られる人」と「出られない人」との間には《これだけの差》があるのだという、寝ても覚めても打ち消しがたいほどの印象です。そのことは間違いなく言えるでしょう。

そして、このことと平成教育委員会などの影響力とが相乗作用を引き起こすことによって、「スゴイ学校」の卒業生か「スゴイ経歴」の持ち主のどちらかの中で「テレビに出られる」人こそが「最強のエライ人」であるという神話を捏造しようとしてきた。神話捏造のために奔走してきた張本人は、(彼ら自身はテレビに出ない)官僚たちその人々だ、と思い至らざるをえないのです。

だって、それは彼らにとっての莫大な利益につながるからです。官僚たちが書きあげた原稿を読む政治家たちの圧倒的な力を誇示できる手段は、長い間「テレビ」しかなかったのですから。一般人でもだれでもそう簡単にテレビに出られては困るのは、芸能界のライバルたちだけではなかった。政治家たちも、その後ろにいる官僚たちも、全く同様の利害関係にあったのです。

しかし、当たり前のことを書きますが、「テレビに出られる人」がエライわけではないですよ。「なぜ」とか「どうして」とか問われても、答えられませんけどね。

それにしても、とんねるず系の番組、いまだに懲りませんね。3月11日以降も、あいかわらず、ゲラゲラニヤニヤ。吐き気を催すばかりですが、見たくない人は見なきゃいいというスタンスなのでしょうね。しかし、なんでもかんでも「不謹慎」という殺し文句を使って排除したいとは思いませんが、あのようなクダラナイ番組をなぜいまだにキープし続けなければならないのか、全く理解に苦しみます。「少しくらいは空気を読めよ」と言いたくなります。

2011年7月19日火曜日

「今週の説教」の人気記事ランキング

このところ更新が滞っていて非常に心苦しく思っているのは、私設ブログ「今週の説教」のことです。原則として毎週日曜日の礼拝説教の生原稿を掲載していくことにしているのですが、ままなりません。「『明日しよう』と考えた瞬間にその仕事は永久にたなざらしになる」とビジネス指南書に書いてあることが見事に的中しているブザマさです。

誰から求められたわけでもなく自分の意思といささかのサービス精神とで始めたことですから、自分のペースでやっていけばよいことです。しかし、別の観方をすれば、自分に対して自分で立てたルールを自分で破っているようなものですから一種の自己矛盾の状態でもあるわけで、大変よろしくない状態であると自覚しています。でも、まあ、できないんだから仕方がない。いろいろ忙しくなってしまって、手が回らないです。

ところで、「今週の説教」も、この「関口 康日記」も、「A. A. ファン・ルーラー著作集」も、アットニフティ社の「ココログ」というサービスを利用させていただいているのですが、私にとってはとても有難いと感じる機能がついています。

それは「人気記事ランキング」という機能です。各ブログ上に公開してありますので、どなたでもご覧いただけます。

この機能についての詳しい説明は割愛しますが、要するに、ブログ上に自分で書いた記事についてのアクセスランキング表を自動的に生成してくれる機能です。

これがなぜ私にとって有難いのかといえば、この「人気記事ランキング」の中に、自分の説教を改善していくためのヒントがあふれていると思うからです。

ちなみに、「過去4か月」のアクセスランキングは、次のとおりです。

1位:「わたしはまことのぶどうの木」
2位:「らくだは針の穴を通れない~誰のための人生か~」
3位:「徴税人ザアカイ」
4位:「苦難の僕―受難週―」
5位:「狭き門より入れ」
6位:「善いサマリア人」
7位:「マルタとマリア」
8位:「わたしが命のパンである」
9位:「いつも喜んでいなさい」
10位:「主の祈り」

もちろん「人気記事ランキング」という表現そのものには軽薄な印象というものを払拭しきれないものがあります。そういうことはよく分かっているつもりです。しかし、このランキング表を見て私が思うことは、「ネット上の評価は、容赦なく客観的であるゆえに、信頼できる」ということです。

ともかくはっきり分かることは、これらの説教が選ばれた(というより「残された」)理由です。自画自賛をするつもりなどは毛頭ありませんが、このランキング表に「残った」説教は、私自身の記憶の中にも鮮明に残っているものばかりです(「今週の説教」に掲載している説教は、現在「301件」です)。

そのことが分かると次に何が分かるのかといえば、説教者である私が、今の時代の中で・21世紀の日本の中で・日本語で「聖書の言葉を解説する」とはどういうことを意味するのかが分かる。今の時代に生きている聴き手側の人たちが、聖書や教会、あるいは牧師と説教とに対して、どのようなことを求めているのかが分かります。

大衆迎合(ポピュリズム)のようなことをしてみせようという話ではありません。そもそも「説教」というものは、説教者だけで成り立つものではありえず、説教を聴いてくださる方々と共に作り上げていくものなのですから、聴き手側の評価や視点を客観的に表示するための何らかの方法が必要だったのです。しかし、そのための適切な方法が、インターネットが普及する以前には見当たりませんでした。

それで、いわば仕方なく、先輩牧師たちや神学校の説教学の教授だったような人たちが「あなたの説教は良い」だの「悪い」だのと講評するのを茶坊主たちがうんうん肯いて聴く勉強会のようなものが、ちょっとした流行を見せるようにもなりました。しかし、それってどれ程度まで客観性なるものが確保できているのでしょうか。「良い」だ「悪い」だ言う聴き手側の基準や根拠は何でしょうか。私にはよく分かりません。「前世紀的な」営みであるような気がします。

私のやり方が正しいかどうかは不明です。しかし、茶坊主にだけはなりたくなかったので、その種の勉強会には関わらないようにしてきました。しかし、上記のとおり、このところ身辺が多忙をきわめているため、ブログの更新すらままならなくなってきました。こういうときはむしろ、高名な先生のもとに通って指導を乞うほうが手っ取り早くてラクかもしれないなと考えなくもありません。「そろそろ白旗を上げようかな」と、すっかり弱気になっている今日この頃です。



2011年7月16日土曜日

もう国民は官僚を恐れはしない(1) 平成教育委員会

確たることなどは知る由もありませんし、すでに一部では論じ尽くされた観方かもしれません。しかし、私にもちょっとだけ言わせてください。ここ数年のわが国における政治と市民との絶望的な乖​離の原因について、私が現時点で考えていることは、それほど複雑な話ではありません。

旧来の概念としてのいわゆる「エリート」とそ​れ以外の人々との知性ないし知識の差が、実はもはやほとんど​無くなってきている。そのため、早い話が、国民の中に「エリート」を畏怖する​思いが薄らいできている、あるいはほとんど皆無である。しかし、そういう状態では、政治というものは成り立たない。なぜなら、政治とは「上に立つ人」(と称する人たち)が、それ以外の人たちを「支配する」ことであるゆえに。そのため、何とかして、無理やりにでも、その「差」を作り出そうと、旧来の政治体質を受け継ぐ官僚たちが躍起に​なってきたに違いないのです。

​とくに利用されてきたのはテレビでしょう。象徴的なのは約10年前から始まった「平成教育委員会」(フジテレ​ビ)。出演者についてやたら「あなたは何々大学卒業だから」、「あなた​は優秀な経歴の人だから」といった口上を繰り返すことで、その大学​の卒業生、その経歴の人は「スゴイ」という価値観を国民​に植えつける。おそらくその何々大学からは相当な額の広告料がテレビ局側に支払われてきたに違いないわけですが、大学側もテレビの圧倒的な影響力を利用する。そして、それ​らの大学を卒業した政治家や官僚の「スゴサ」をアピール​し、それ以外の人々との「大差」があるかのように演出する​、といった次第です。

でも、出演者たちが答えてるのって、(すみません、「たかが」と言わせていただきますが)「​クイズ」なんですけどね。クイズができる人がスゴイ人、な​んですかね。私にはよく分かりません。

そして、そのようにして、実はあまりスゴクない人たちが「おれたちはスゴ​イんだ、スゴイんだ」を言いたいがために、「スゴイ学校」や「スゴイ経歴」を無理やり創出したうえで、そのルートを通り抜けてきた人たちを特別扱いし、政治空間をまるでその人たちの秘密クラブのようなものとする。そのようにして政治空間をできるだけブラックボ​ックス化し、アンタッチャブルなものにし、あたかも恐怖の対象であるかのように演出する。

という既定路線にそったやり方を、これからも半永久的に続けて行けると思​っていたら、今年3月11日が訪れた。

爾来、それまでの無理やりなブラックボック​ス化によって不可視化されていた政治空間が、外側からでも次第に見​えるようになってきた。その可視化の流れをユーチューブやフェイスブックやツイッターやユーストリームなどが後押しした。彼らが「隠し通せる」と思い込んできたことが、もはや隠しきれなくなった。

「なんだよ、あの連中、ウソばっかりだ​し、恫喝しか能がない人たちの集まりだし、逃げ口上だけは人一倍上手だが、人の弱さや悲しみに対する深い配慮や想像力、あるいは普遍的な良心に裏打ちされているような真の知性や教養が無い」という​ことが、一部の有識者だけではなく、国民の多くの知りうる​ところとなってきた、というのが、2011年7月16日現​在の日本国内の精神状況ではないでしょうか。

2011年7月15日金曜日

次善(セカンド・ベスト)としての「教会の政治的態度決定」を要望いたします

今週の私はいつになく、自分自身が実際に所属していた教団と、その中で実際に味わった過去の経験と、そして私の記憶の中でいまでも元気に生き続けている何人かの重要な登場人物とに対して、きわめて否定的ないし攻撃的なスタンスに立っているということを否定しないでおきます。

あれだけのことを書いた上で今さら白を切るつもりはありません。もし必要あれば、自分が書いたことについてはどのような責任でもとらせていただきます。

しかし、今週書いたこと(特に火曜日に書いた「1983年のアナーキスト」)は、いまだかつて一度もきちんとした形で文章にしたことがないことばかりでしたし、また、このことはもう二度と書かないつもりです。あとにも先にも、こういうのは私の人生の中で一回かぎりです。

そして、語弊なるものをやや恐れつつ言わせていただけば、私は日本基督教団の人々を今でも心から愛しています。いまだかつて日本基督教団の人々を憎んだことなどない。「日本基督教団というシステム」はとことん駄目だと私は思いましたが(「私は」ね)、中身(住人ですね)は実に素晴らしかった。

私が日本基督教団の人々を今でも愛していることは、現実の私を知っているすべての人が証言してくれるはずです。考えてみれば(考えてみなくても)、こんなの当たり前のことですよね。同じキリスト者であることは間違いないですから。

そして、上に書いた「日本基督教団というシステム」に対する失望の件も、私には(「私には」です)耐えることができませんでしたが、その思いを日本基督教団の方々自身に押しつけるつもりなどは全くありません。「耐えられなかった」のは、私の弱さゆえであって、日本基督教団の皆さんのせいではない。何でもかんでも他人のせいにするほど落ちぶれてはいないつもりです。

そして、「日本基督教団というシステム」には最大の長所があるということも分かっているつもりです。それは要するに「スケールメリット」でしょう。これはまた語弊を恐れながら書かなくてはならないことですが、私がいま書いていることの趣旨は、日本におけるキリスト教の他の教団・教派と比較してみたときに、ヒトとカネの力において最もスケールが大きいのが日本基督教団でしょうということです。

そしてそのことは、まさに今の状況の中でこそ、期待すべきことですよね。「日本基督教団というシステム」が実際に持っているそのスケールメリットを、世のため・人のため、そして被災地の復旧・復興のために惜しみなくふんだ​んに用いていただくのでなければ、これからの日本の中でキリスト教について語ることは、​本当にもう、どうしようもないほど恥ずかしいことになってしまうでしょう。

も​ちろん小規模の教派もがんばりますよ、ていうか、もうすでに必死で全力でがんば​ってますよ。でも、まるで「スケール」が違いますからね、日本基督教団は、他と比べて。皮肉とか嫌味とかじゃなくて、事実として「日本最​大のプロテスタント教団」なのですからね。

私が日本基督教団に対してこの面での期待をもっていることには、ここに繰り返し書いてきたことが当然関わっています。それは「日本にはオランダやドイツには存在する『キリスト教民主党』(Christian Democratic Party)というものが存在しない」ということです。

キリスト者である政治家が日本には全く存在しないわけではなく、実はけっこうたくさんいるのです。しかし、その人々の「信仰に基づく決断」を一政党としてのアクションという仕方で現実政治の場において生かすことができるようなシステムが、今の日本にはまだ存在しません。いま書いたことはだれもが知っている事実です。

しかし、私が言いたいことは、ここから先のことです。

実際問題としても、神学の問題としても、我々は「教会は政治にかかわるべきではない」というような屁理屈をいつまで通せると思っているのでしょうか。その屁理屈はちょうど、もし日本にキリスト教主義の保育園や幼稚園や学校や社会福祉施設が存在しなかったとしたら、日本の教会は日本の子どもたちの教育や社会福祉にはかかわらなくてもよい、と言っているのと同じような理屈です。

もしキリスト教主義の学校が存在しないなら、教会が子どもたちをキリスト教主義で教育するしかないでしょう。それと同じように、もし我々の国にキリスト教政党が無いのであれば、教会が政治に取り組むしかないでしょう。

私自身の考えでは、日本にヨーロッパ型の「キリスト教民主党」が誕生することが最善の選択肢です。しかし、それは今の様子では百年先でも二百年先でも不可能です。現時点では悪い妄想にすぎません。

だからこそ、《現時点では》「教会が」政治と社会問題に対して徹底的に取り組まなければならないのです。それは「最善」(ベスト)ではないかもしれませんが、「次善」(セカンド・ベスト)ではあるのです。

そして、教会が政治に取り組むこと、つまり、(20世紀のオランダのバルト主義者が実際に用いた表現を借りていえば)「教会の政治的態度決定」(Politieke stellingsname van de kerk)において不可欠な要件は、政治に取り組むその教団・教派・教会の「スケールメリット」が確保されていることです。規模の小さな教団・教派からは逆立ちしても出てこないほど多くのヒトとカネの力が、教会が政治に取り組むためには必要なのです。

こういう話をするとすぐに「教会よ、お前もか」と罵倒される。「結局は金まみれ、利権まみれか」と軽蔑されるのかもしれない。しかし、被災地の復旧・復興という課題を前にすると、今の日本の教会がいかに乏しく惨めであるかを、否が応でも見せつけられる。人もいない、お金もない。これで何ができるのか。

私にとっては、その言葉を聞いたほとんど最初の日から全く不思議でならなかったのです、「教会は伝道すべきである。しかし、政治にかかわるべきでない」とは何のことなのだろうか、ということが。

「教会は伝道すべきである」とは、信者の人数を増やすべきであるという意味であることは分かる。

「しかし、政治にかかわるべきでない」というのであれば、人数が増えた教会が政治的に無関心(ノンシャラン)であることを意味するわけだから、つまりそれは、完全なる現実逃避へと向かっていくように、という呼びかけではないだろうかと。

「日本最大のプロテスタント教団」の皆さまにおかれましては、東日本大震災以降のわが国においては、これまで以上にもっと真剣に、日本の政治に直接目を向けていただき、一つ一つの問題に全力で取り組んでいただくことを謹んで要望いたします。これこそが、そしてこれだけが元日本基督教団教師であった者としての唯一かつ最後のお願いです。

貴教団が「日本最大」であることのメリットは、どこをどう間違えてもまさか貴教団に所属している人たちの自己満足のためではないはずです。まして、それは「日本最大教団における最大教会」の人たちの(それ自体は意味不明な)優越感のためではありえないはずです。

日本にキリスト教政党ができるまでは、日本基督教団に「事実上のキリスト教政党のようなもの」としての役割を果たしていただく他はないのです。

私はいま、このことを一度言いました。生まれて初めて文字にしました。もう二度と言いません。これで終わりにします。

2011年7月14日木曜日

原曲に合わせて歌えるように修正しました

昨日アップしたGod Save the Queenの日本語訳にはいろいろ問題があることは分かっていますが、とりあえず最後の部分だけ書き直しました。

原詩では

No future no future
No future for you
No future no future
No future no future for me

と同じ言葉が繰り返されているのですが、そこは工夫の為所です。

終末 崩壊 絶望 くに
終末 崩壊 絶望 おれ
終末 崩壊 絶望 くに
終末 崩壊 絶望 おれ

と直してみました。

これなら原曲に合わせて歌うこともできるはずです(「歌ってください」と奨励しているわけではありませんよ!)

2011年7月13日水曜日

God Save the Queenを訳してみました


本当のことをいえば、S. ピストルズの曲を聴くのは、私にとっても久しぶりなんです。それこそ30年ぶりじゃないかな。ひとえにYoutubeのおかげです。

聴いていた当時(高校生でした)は、意味など何も分からず、ただ雰囲気と音量ばかりに魅了されていましたが、いま改めて歌詞を読むとなかなか興味深いですね。

それでさっそく、たいへん大急ぎではありますが訳してみましたのでご紹介いたします。ネット上にいろんな人の試訳が見つかりましたので、それらも参考にしました。逐語訳にしませんでしたので、原意を知りたい方は英語テキストを直接お読みください。

純粋に翻訳の題材として非常に優れています。そして、神学が真剣に考えるべきテーマが潜んでいます。

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女王陛下バンザーイ (神のご加護を)!
God Save the Queen

作詞 S. ピストルズ 訳 関口 康


女王陛下バンザーイ(神のご加護を)!
この国はファシズムでーす
愚民化政策していまーす
水爆どこかに隠してまーす

女王陛下バンザーイ(神のご加護を)!
あの人は人間ではありませーん
この国の野望に未来などありませーん
 
何が欲しい
何が必要だ
そういうことはもう言わないでくださいまし

だって
あんたらに未来はないんだからさ
あんたらマジで もうダメだから

女王陛下バンザーイ(神のご加護を)!
だからそう言ってるじゃないすか
わたしらは
「神がかった」女王をお慕い申しているんすよ
 
女王陛下バンザーイ(神のご加護を)!
ツアー客はお金くださーい
でも、あのおばちゃんは見かけ倒しでーす

この国の歴史は素敵でーす
狂ったパレードとかあるよー
おお主よ、あわれみたまえ
すべての罪をゆるしたまえ

でも「未来がない」ってことは「罪もない」ってことだよな
おれたちは捨てられた花
官僚機構の妨害者
でもな、今のおれたちが、あしたのお前らなんだよ

女王陛下バンザーイ(神のご加護を)!
だからそう言ってんでしょうが
うちらの女王は
「神」とかに助けてもらわなきゃいけないやつだってね

女王陛下バンザーイ(神のご加護を)!
「神」とかマジでありえねえ
こんな国には夢も希望もありませーん

終末 崩壊 絶望 くに
終末 崩壊 絶望 おれ
終末 崩壊 絶望 くに
終末 崩壊 絶望 おれ

(原詩)
 
God save the queen
The fascist regime
They made you a moron
Potential H-bomb
 
God save the queen
She aint no human being
There is no future
In englands dreaming
 
Don't be told what you want
Don't be told what you need
 
There's no future no future
No future for you
 
God save the queen
We mean it man
We love our queen
God saves
 
God save the queen
'Cos tourists are money
Our figures head
Is not what she seems
 
Oh god save history
God save your mad parade
Oh lord god have mercy
All crimes are paid
 
When there's no future
How can there be sin
We're the flowers in the dustbin
We're the poison in your human machine
We're the future you're future
 
God save the queen
We mean it man
We love our queen
God saves
 
God save the queen
We mean it man
And there is no future
In englands dreaming
 
No future no future
No future for you
No future no future
No future no future for me
 
No future no future
No future for you
No future no future
No future no future for you

オリジナルデザインTシャツ

今日は夕方6時半からつい先ほどまで、東関東中会の「東日本大震災被災教会緊急支援特別委員会」の部門会議を行いました。被災地への訪問団派遣の計画等を決めてきました。じっくり腰を据えた長期の支援を行うための体制が整いつつあります。今日届いたばかりの、ボランティアスタッフ用オリジナルデザインTシャツを見て、感動しました。

オリジナルデザインTシャツ作成の意図は(1)被災地に入るときの身分証明(ID)になること、(2)被災地に行けない人たちにも買っていただくことで参加意思を表わせること、(3)販売益をボランティアの活動費に充てること、です。

Tシャツは一枚2,000円です。色はネイビーブルー。サイズは六種類(S、XS、M、L、XL、XXL)ありますが、XLは予約完売、XXLは残り僅少です。

Front_2



Back_2



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ロゴ(前)

Logob_2

ロゴ(後)


1983年のアナーキスト(下)

文章のタイトルは、だいたいは、全体を書き終えてから付けるようにしています。「上」までのところを書き終えたとき、いかにも「にわか村上春樹読者」らしいタイトル​を思いつきました。

しかし、いくらなんでも、あの「上」で、話を終わらせるわけには行かない。ただちに「下」を続ける必要があります。

いちばん重要なことを、まだ書いていません。永倉牧師は「康(やすし)」という名前を、生まれたばかりの私のために考えてくださった名付け親なのです。

さんざん憎まれ口も叩いてきましたが、まだそう長くもない私の生涯の中で、あまりにも決定的すぎる意味をもつ、最も重要な人(の中の重要すぎる一人)であることは間違いありません。

そして、彼の言っていることは、なるほど何ひとつ嘘ではないのです。すべて事実でした。なるほど「日本最大の教会」だったのかもしれませんし、今でもそうなのかもしれません。

しかし、私は、それがたとえ事実であったとしても、このような尊大な言葉を、幼少の頃からお世話になった恩師の口からは聞きたくありませんでした。

「上」にいろいろ書き連ねた恩師の経歴や発言は、個人的に聞いたことを暴露しているわけではありません。すべては日曜日の礼拝の説教の中で語られた言葉です。200とも250とも言っていた大勢の出席者の前で。「公の」場で。

それに、半世紀以上も年齢差のある、まるで「雲の上」のような先生から、どうして「個人的に」話をお聞かせいただける機会があったでしょうか。

愕然とさせられた言葉を挙げていけば枚挙にいとまがありませんが、さすがにこれ以上はやめておきます。もう、とっくの昔に時効ですしね。

そして、私のほうも悪いことをしました。これはすでに、いろんなところに書いてきたことです。東京神学大学を受験するために所属教会の牧師の推薦書が必要だったため、牧師室を訪ね、「私は先生のようになりたいです」と、心にもないことを言いました。そのとき先生は喜んで推薦書を書いてくださいました。本当に申し訳ありませんでした。

しかし、そのとき言ったもう一つの言葉は偽りなき本心でした。「私は教会の便所掃除のような仕事がしたいです」と言いました。「それなら牧師になりたまえ」と、ちょっと笑いながら温かい目を向けてくださいました。

あれからもう、28年も経つのですね。また夏がめぐってきました。掃除のほうはあまり得意でない、とてもだらしない人間のままですが、おかげさまで、今でもなんとか牧師を続けています。

(とりあえず完)

2011年7月12日火曜日

1983年のアナーキスト(上)

何を隠そう、昨日の記事にご登場いただいた「教会批判者」のモデル​は、私です。

時は西暦1983年(昭58)8月某日。W​ikipediaによると、清原・桑田の一年生コン​ビの力でPL高校が甲子園で全国優勝(2度目)した夏。当時の私は高校3年生(17才)。その日は教会主​催の高校生夏期修養会に出席していました。

その日そのと​きに私の胸に強く迫った「論理」の全行程こそが、昨日​書いたことでした。翌1984年(昭59)4月​には東京神学大学(東京都三鷹市)の学生寮での生活を開始することになります。

高3当時はレッド・ツェッペリン以上にS.ピスト​ルズにハマっていたアナーキスト少年Sは、0才から18才まで通った教会の老牧師を「講壇から引きずりおろす」ために「自分が牧師​にならねばならない」という妄想(ですね、これは)にと​りつかれ、神学校の門を叩いたのでした。ここで言いたいことは​「高校生の考えることなんて、その程度の浅はかなものだ」ということです。

あまりに​も具体的な状況を詳述しすぎると、「出身教会を恨んでい​るのかこの人は」というだけの話だと誤解されかねません。しかし別にそういうことではない(憎んでいるわけでも恨んでいるわけでもない)と思っている私としては、これ以上のことを書くことに、いささかの躊躇と迷いがあります。

でも、う~ん、そうですね、行きがかり上、​私の出身教会に登場してもらわないかぎり、この先の話を続けることができそうもありません。それは、私の人生の最初の20年間を全く支配していたというほかに表現しようがない何ものかなのですから。ほんとうに私は恨んでなんかいませんので、この点はぜひご理解ください。

その教会の名前は「日本基督教団岡山聖心教会」といいます。

当時の牧​師は永倉義雄氏(現在は故人)。その教会は現在、義雄​氏の二男が主任牧師、義雄氏の孫が副牧師を​務める、純粋な世襲教会になっています。私がい​た頃の礼拝出席者は200とか250とか言っていました​。所在は岡山市の中心地ですが、第二次大戦時の大空襲を免れて焼け残った江戸時代の武家屋敷の家屋を買い上げ、床の間つき​の畳の部屋に座布団を敷きつめて正座して礼拝するという​、いろんな意味で「痛い」教会でした。

「私の出身教会」と書かざ​るをえませんが、しかし、自分の手で門を叩いた記憶も事実もありません。教会員になったのが最も古いのは母で、母の実家から徒歩約五分のと​ころに第二次大戦直後に開設された教会でした。父は群馬県前橋市の出身者です​が、岡山​聖心教会に父は大学時代に洗礼を受けた教会からの紹介で通うようになりました。こういう事情ですので、岡山聖心教会​は、私にとっては「不可避的な関係」ではありましたが、自​分の明確な意思をもって通いはじめたものではありません。

日本基督教団の場合、必ず問われるのは「そこ​は教団の中の何派の教会なのですか」ということに決まっ​ていますので、その件にも触れておきます。以下はすべて永倉牧師自​身が語ったことです。

若い頃に受洗した教会は日本聖公会であったが、その後救世軍に移籍し、救世軍士官学校を卒業。救世​軍の教会の牧師になるが、山室軍平氏と対立して救世軍​を脱退。戦前の日本聖教会(ホーリネス系)に移るが、1​941年(昭16)に日本基督教団に合流し、教団第九部​に属する日本基督教団南京(ナンキン)教会の牧師になる​。戦時中は「ホーリネス(教団六部・九部)弾圧」の対象とな​り、南京で逮捕・抑留。戦後は日本への引揚隊の隊長となり、帰国。そのときの帰国仲間を中核とす​る教会を立てようという機運が起こり、岡山聖心教会​ができた。ところが、永倉牧師は戦後の日本基督教団​の中で「ホーリネス系」の中にとどまることを不服として、​ホーリネスの群れを脱退。その後は「無教派・無信条の​教団主義」を自称するようになる。

そして私が生まれたのが1965年(昭40)。つまり​戦後20年。岡山聖心教会の設立から数えても約20年。​牧師は当時70台。教会附属の幼稚園を三つ(当時)持っ​ていましたので、世間では大規模幼稚園の「理事長」として​知られたからでもあるでしょう、私がいた​頃には毎週日曜日に上記のとおり200とか250とかの人が(武家屋​敷にね)集まる教会となり、教会の会計は「年間予算7​千万」だと言っていました。たぶん今もそんな感じのまま​だと思います。教団年鑑には書いてあるはずです。

そのような中、永倉牧師がしょっちゅう用いていたレトリック​を、その三段論法を、いまだに忘れることができません。​彼は繰り返しこう言いました。

「岡山聖心教会は日本基​督教団における最大の教会である。そして日本基督教​団は日本最大のキリスト教団である。それゆえ岡山聖心​教会は『日本最大の教会』である」。

私のキャパシティ(別名「堪忍袋」)を超えはじ​めたのは、この三段論法を彼が繰り返すようになった頃か​らです。1983年のアナーキストはNo future for you !と『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』の歌詞を大声で叫​びながら、倒さなければならない相手は教会の「外」で​はなく「内」にこそいる、と確信していたものでした。若か​ったですね。

「1983年のアナーキスト(下)」に続く)

この文章に「献身のすすめ」というタイトルを付けておきます

さっきから何度も出るのは、ためいきばかりです。教会の中で起こる問題のほぼ9割9分9厘が牧師の弱さや罪や欠けに端を発していることは火を見るよりも明らかなのだから、教会の体質を良い方向に「変えたい」と願っている人は、その人自身が牧師になる以外に無いんじゃないのかね、と思うんですよ。いま書いていることは、これを読んでくださっている「あなた」に言ってることです。

日本の教会ってね、一部を除くほとんどは、建物は小さいし、組織は弱いし、動員力もお金も無いしでね、傍目からみれば「ごっこ遊び」してるようにしか見えないんでしょうけどね。でもね、これはこれでね、湾岸署の署長さんのセリフを借りれば、「できそこないでも命張ってんだ!」と言いたい面がありますよ。

教会の外に立っている人が教会のことを何と言おうと、それは仕方無いことですよ。人の口に戸は立てられない。でも、教会の悪口を先頭に立って言うのはたいてい教会の中の人ですし、教会の中で中途半端に責任を負っているような感じの人。ひたすらブザマですよ。「あなた自身が教会でしょーが?」と言ってあげたいですよ。

教会の悪口を言っちゃあいけないって言ってるんじゃないですよ。まさか、どう間違ってもそんなことを私が言うはずが無い。正反対ですよ。中途半端な論評なんかでは教会というのはビクともしやしないんだから、教会の体質を変えたければ、教会のど真ん中に入って行く以外どうしようもないじゃん、と言いたいだけです。

教会のど真ん中ってね、まさか、教団・教派や個々の教会の「役員会」のことじゃないですよ。そんなふうに思っている人は、誤解してるんです。教会の役員たちの悪口を言ってみたところで、何も変わりゃあしませんよ。それじゃあその人自身が選挙で選ばれて役員になれば教会の体質が変わるのかといえば、たぶん変わらない。かえって前よりもっと悪くなるんじゃないかな、教会の悪口を言いたいためだけに教会の役員になった、というだけならね。

それでは「教会のど真ん中」はどこ、あるいは何なのでしょうね。この問題の答えは、しばらく書かないでおきますよ。私の結論はいつも単純すぎて拍子抜けさせてしまうので、ちょっとくらい勿体をつけてからにしますね。


2011年7月9日土曜日

「創造論VS進化論」というクマンバチの巣についての雑感

このところ「創造論VS進化論」という、聞くたびにうんざりしてきた話題に関するツイート​がやたら来るなあと思っていたら、どうやらこれですね。埼玉医科大学の准教授氏が言い放ったという 「聖書は正しく、進化論は間違い。日本人は騙されている」が、クマンバチの巣をつついてしまったようです。

この件について議論したい気持ちなどは私には全くありません。しかし、今の原発問題(特に​利権問題)と絡めて考えると、さかのぼれば19世紀から懲りずに続けられてきた「創造論VS進化論」という議​論の本質が見えてくるような気がするのは私だけだろうかと考えな​くもありません。

いま書いたことをもう少しだけ説​明しておきます。今は「聖書利権」(?)というような​ものは、世界のどこを見回しても、もはや死滅しているというか、ほとんど皆無の状態なので​、「創造論叩き」は「マルクス主義叩き」同様、一種の弱い​者いじめみたいなものです。

他方、「進化論利権」(?)は​まだあるというか、この理屈で世界が回っている感が無きにし​もあらずです。世界はいかようにも多様に解釈しうるはず​なのに。この既定路線に立たなければ学界から締め出されるとか、そう​いうのは科学的でも学問的でもないと思わなくもない。

私​は、創造論は「詩」(ポエム)みたいなものだととらえています。しかし、「だからそれは非科学的なのだ」と責め立てられるのはあんまり​ですよねとも思う。進化論そのものというより「進化論​利権」のようなものとしては、とくに新薬の開発とかの場​合、「モルモットに効くのだから人間にも効く(はずだ)」という​ような、まるで人間と他の動物との間の区別は全く無いかのような、あまりにもシームレスすぎる関係性の論じ方とかね。

あ​とは「ウルトラマンガイア」の中心テーマのように扱われた「​環境破壊をするような人間は環境によって滅ぼされて淘​汰されるほうがよい」というウルトラマンアグルの考​え方も、人間と他のあらゆるものとの関係をあまりにも連​続的に考えすぎる思想傾向の産物であるといえなくもない。人間​と他者との関係には「連続性」も、限りなく100%に近​いと思うほどある。しかし、「非連続性」もあるの​だと言えないといけない。人間が「獣化」しすぎることを、科学ないし​学問の名のもとに援護・補強するのは、それはそれで危​険です。

うちの長男は、幼稚園くらいの頃に教会の本棚から​手に取った「子ども聖書物語」のようなもので「世界は神​が創造された」という話を素朴に受けとめていましたが、​小学校の高学年か中学に入った頃かに「これまで考えてきたことが一気に崩れ去った」と初めて自分から口を開いて言いました。その​とき「で、お前はどっちなの?」と私が尋ねると、「う~​ん、『両方言える』でいんじゃね?」と答えました。こい​つは大物になりそうだと、バカ親の親バカ心が発動しまし​た。

もうひとつ加えるとしたら、改革派教義学の伝統的な議論の中では、「創造​」(Creation)の概念は「摂理」(Provid​ence)の概念と一対の関係にあるものとして扱われな​ければ意味をなさないものだとみなされてきました。「創造」​とは最初の瞬間の出来事としての「つくること」。他方の「摂理」​は最初の「創造」が行なわれた後の全時間における出来事としての「まもり、ささえ、そ​だてること」。

たとえば、我々にとっての出産ないし誕生​は、神学的にいえば「創造」というカテゴリーで説明されては​ならず、「摂理」というカテゴリーで説明されなければならない。なぜなら​、もし我々が「創造」というカテゴリーで出産ないし誕生を説明してしまうと、事実上「我​々の両親は神である」と言っているのと同じことになってしまう。しか​し、我々はどう間違っても「子どもを創造した(つくった)」わけではない​し、あるいは「両親がおれ/あたしを創造した(つくった)​」わけではない。

自分の赤ちゃんを前にして「おれが/あたしが、こいつをつくった」とでも思っているから、虐​待しようが何しようが、創造者なるおれ/あたしの思いのま​まだと考えている(ごめんなさいね、ちょっと言わせてもらいますが​)バカ親が少なくないのではないかと感じられる昨今。あ​るいは、自分のペットにもつけないような(これも言わせてもらえば)恥ずかしい名前を、自分の子どもにつける親もい​る。

「人間よ、なんじはいかなる意味でも創造者ではありえない​し、なんじの子どもはなんじのペットではありえない」ということ​をトコトン言い続けるためにこそ、「創造」と「摂理」の​区別、あるいは「創造」と「出産」(ないし「誕生」)との​概念上の区別を厳密にする必要がある。つまり、今日において​こそ創造論を欠くことはできないと思われてならない。

「創造」​というカテゴリーは、思春期の子どもたちが親に向かって​よく言う(ことになっている)「おれをつくってくれと​頼んだ憶えはネエ!」という言い分を一部理解しつつ、「​おれ/あたしが、お前をつくったわけじゃネエ!」という​親側からの反論に微妙な根拠を提供するためのマクラコ​トバとして意味をもちうる、と言いたいだけです。

ちなみに、いま書いた、「おれ/あたしが、お前をつくったわけじ​ゃネエ!」という親側のセリフに続く言葉は、「お前をつくったのは神さまだか​らね」ではありませんからね。「おれ/あたしはお前を​産んだだけだ。産むことと造ることとは全く違うことなんだよ。文​句あるか?」ですからね。

19世紀から前世紀にかけての​「創造論VS進化論」という押し問答は、まさに利権問題としてとらえれば、​よく分かる。各国の文科省(に相当する公的機関)と学校教​育における「キリスト教利権」と「非キリスト教利権」の​ヘゲモニー争いでした。この論争の当事者たちにと​って「聖書の解釈」という点こそマクラコトバにすぎませんでした。

本当に議論はしたくありません。しかし、「創造論は詩(ポエム)で​ある」と書いたことについてだけは、異論が吹き出す可能性​が高いので、先回りして書いておきます。

私の意図は「それは詩​にすぎない」(It's only a poem)というふうに、それを低く評価することではあ​りません。それは詩をバカにしすぎています。そういうのは全世界の全​歴史における歌や音楽を全否定するのと同じ態度を意味し​ているわけですから、とんでもないことです。私に言わせてもらえば、創造論の詩を、ジミー・ペイジの奏でるダブルネックのイバニーズに合わせて、ロバート・プラントにシャウトしてもらいたい。それくらいの思いです​。

しかしまた、「創造論は詩(ポエム)である」と私が受​けとるもう一つの意味として言っておきたいことは、やはり、時と場所と状況​をわきまえた語り方というのがある、ということです。

あく​までもたとえばの話ですが、我々の住んでいる国(まあ​日本ですが)のプリンスとプリンセスが初​めての子どもを産んだとき、マスコミの前で言った言葉は​「コウノトリが来てくれた」でしたよね。「聖書とキリス​ト教の創造論は非科学的である」とか言ってつっこむ人たちには、あ​のプリンスの言葉にもつっこめよと言いたいですね。詩歌(しいか)の表現を用いて語るほうが適切な場面というのが、我々の人生にはあるのです、明らかにね。

でも、逆の言い方をすれば(逆かどうかは微妙ですが​)、もしあの場面、あの状況でわが国のプリンスが「い​やー、じつは、おれとこいつ(隣に座っていた人)があれ​をしたら、これができちゃったんですよ」と言えたか(Could he say that?)。そういう言葉づかいが「科学的」なのか。そ​うとは言えないと思うのですよ。

改革派神学の筋道の中で「進化」(evolut​ion)というカテゴリーをどこに位置づけられるかといえば、おそらく「摂理」のとこ​ろでしょうね。「摂理」は「創造」と共に「聖定」の枠組​みの中に置かれます。創造は「第一の聖定」、摂理は「第​二の聖定」ですから。

しかし、某准教授氏が言い放った「人​間優越論」のような考え方は、改革派神学には全くそぐわないですね。改革派神学は、人間に対して全被造性(whol​e creativity)の一要素というく​らいの位置づけしか与えて来なかったと思います。しかし、そうは言っても「上か下か」(優位か劣位か)という区​別ではなく、両者(人間と世界)の非連続性(disco​ntinuity)については、改革派神学はむしろ強調し​てきたはずです。

繰り返しますと、改革派神学の筋道からいえば​「創造」が第一の聖定で、「摂理」が第二の聖定なのですが、後​者「摂理」の中に「進化」を位置づけることは、それほど​問題ではないはずです。しかし問題は、「創造」のほうは否定し​て「摂理」だけを残し、その上で「摂理」の中に「進化」を位​置づけてしまうとどうなるかです。そのとき我々は、誰によっても(または何によっても)造られなかった世​界が過去・現在・未来を通じて永久に存在し続けている状態、ということを想定せざるをえま​せん。

その場合には、この世界には「はじまり」(beginn​ing)が無いし、するとまた当然「おわり」(end)も無い。そうなると、すぐさま「終わりなき日常を生きろ」みた​いな話になっていくのかどうかは分かりませんが、途方もない気持​ちにさせられることは確かですね。私は某准教授氏がいうような意味での進化論否定論の立場にはいま​せんが、「詩(ポエム)としての創造論」まで否定されると、​私などは「終わりなき日常」のプレッシャーに耐えかねて世界の外側へと飛び出していきたくなるような気がします(「死にたくなる」という意味です)。

というわけで、私自身はアメリカなどの福音派の事情は(そういう教会に通ったことがないので体験的知識がゼロであるという意味で)全く知らないのですが、相手を組み伏せるような議論を好まない福音派の人たちがいるなら、その人たちとだけは仲良くできそうです。

「創造​論」の基本命題は「世界を創造したのは神である」という​ものであることは間違いありませんが、逆命題的に言い直​せば、「もし世界が永遠に存在しているのではなく、何か​あるいは誰か(どなたか)によって『はじめられた』ものであるならば​、この世界を『はじめた』存在を『神』と呼ぶことにしよ​う」というあたりのことでもあるわけなので、「この世界​にははじまりも終りもない」と言い張る科学者でもないかぎ​り、いま書いた意味での「創造論」を否定するほどの理由​はないはずなのです。

しかし、そうは言っても、感覚的にいえば、カトリックや福音派の​立場に全く同意できるとは思えない。彼らがとにかく嫌うのは、医学​などの生命科学や物理学などが絶対的な自立性を持って優​位性を主張しはじめ、神学部の営みを「非学問的」などと決めつけて罵倒してくるような場面でしょう。神学部の側も適当にスルーしておけばいいのに​、売られたケンカを買おうとする。こうした彼らの神学的な勇ましさは「諸学は神学の婢(ancilla theologiae)である」と言えていた数百年前の時代の名残かも​しれませんね。

2011年7月5日火曜日

新しい復興相は「癒し系」でお願いします

復興相には羽田雄一郎さんのような人がいいなあと、昨夜からしきりと考えていました。

羽田さんはクリスチャンですから贔屓目もあることを否定しませんが、表情といい、体型といい、「ちょっぴり癒し系のリーダー」として、復興相のイメージにぴったりです。

民主党様、どうかよろしくお願いいたします。

「  」しかないんですけどね

まあ、だから、あれじゃないですかね、恫喝・横柄・傲岸のやからは、どの社会にもどの団体にもいる。どの政党にも、どの会社にも、どの学校にも、どのチームにも、どの教会にも、ね。

そして、各団体に属している人々は、実をいうと、そういうやからが全体を管理していることを苦にしている。だって、根拠も能力も無いのに、ただ威張ってるだけ。やたら要求がましい。それでいて他人に対しては常に上から目線。ごねる、どなる、すねる。だから多くの人は「嫌だなあ。いなくなってもらいたいなあ」と心底から願ってもいる。

しかし、その一方で人々は、そういうやからの持っている独特の「人を従わせてしまう魔性の力」のようなものの一部は、あわよくば利用できそうだと、どこかで期待していたりもする。

「まあ、あれだ。ああいうのも一種の必要悪ってやつだな。あんなのに自分が直接支配されることを想像するとぞっとして鳥肌がたつが、まあ、おれ/あたし以外の人たちが被害を受けてる分には別にいいや。対岸の火事はどこかしら観ていてオモロイところもあるし」というあたりで自分を言い聞かせながら許容しているところがある。

でも、やっぱりだめなんですよね、理性を用いて誠実な情熱をもって謙遜でも常に力強く肯定的に語る「革命気質の」人たちの口を封じんとするために恫喝・横柄・傲岸をもってへばり付いて来る腐りきったやからに、いったん支配権を譲ってしまった社会や団体は。その時点・その瞬間が、その社会・その団体の「死」を意味します。

でも、「残念!」(もはや古いがギター侍)。その「死」は避けがたい。

なぜならば、そういうやからに運営を任さざるを得なくなっている状況にまで追い込まれているのは、その社会・その団体が「行き詰っている」ことの何よりの証左。要するに人材難です。もっといい人(適任者)がいるなら、そんなやからに運営を任す必要は全くないのだが、いないから(適任者がね)仕方がない。

ほんと、どうしたらいいんでしょうかね。

まあ、答えはひとつ、「  」しかないんですけどね。任侠党の恫喝大臣だらけになったときにはね(今の日本が完全にそういう状態になっていると私が思っている、という意味ではありませんよ)。それにしても「  」以外にどんな選択肢があるでしょうかね。

この文章を書いている最中に「復興相、引責辞任」のニュースが、ツイッターで飛び込んできました。よし!

同じ言葉をそのまま返したい

昨日の私は、自分が住ませてもらっている家をバッラバラに破壊したい衝動にかられるほど、激怒していました。

なにが「長幼の序」だ。あなた自身の、その幼稚な態度のほうが、よっぽど「幼」だろ、とね。

「最初にバーンと格の差を見せつけてやりゃあいいんだよ」みたいな入れ知恵でもあったのか、それともこの人に長年染み付いてきた何かなのかは、知る由もありませんですけどね。

恫喝やこけおどし(ググったら「虚仮威し」と書くらしいと分かりました。またひとつ勉強になりました)のことを「政治主導」だとか「真のリーダーシップ」だとか本気で思ってるんだとしたら、もうダメですね。

もう言い古された表現なのかもしれませんが、政治家さんたちにも必要なことは「サーバント・リーダーシップ」ってやつですよ。

人はしもべのごとく謙遜に仕えることにおいてこそ、全体を率いるリーダーでありうる。震災後の日本と世界には「ちょっぴり癒し系のリーダー」が求められていると思うんですけどね~、甘いですかね。

でも、また今、ふと思った。

この人って、こういうことをとにかく一度やりたかったんだろうなあってね。

子どもの頃から夢見てきたのかどうかは知りませんが、「国家権力の椅子」みたいものにずっと憧れてきて、その椅子に座るために頑張り、やっと座ることができた。

「じゃじゃ~ん、おれって国家権力だぜ。どうだマイッタか、ちゃんちゃん」みたいな気分を、しばし味わった。

でも、「お、おれさまが来てやったのに、ち、遅刻しやがった」(ジャイアンの声)。

ていうか、たぶん、あいつは、おれのことをなめている。

「くしょ~、あいつ、ぜったい仕返ししてやる~」(スネオの声)。

「えっと、あれ、なんだっけ、こういうときに使う言葉――そうそう、『長幼の序』。いまどき携帯でもググれるぜ。これ言ってやろう。マスコミの前で、わざとね。そうすりゃマスコミはぜったいオレに食いついてくるから、テレビに出られるぜ」。

じゃじゃ~ん、ピース、ピース。田舎のかあちゃん、おれ、テレビに出てるじぇ~。

『改革派教会信仰告白集』を購入することにしました

みんな気づいているのに言わずに我慢しているんだろうと思うので、口火を切ります。一麦出版社(北海道札幌市)が、同社の「創立20周年記念出版」として今年9月から刊行を始めようとしておられる『改革派教会信仰告白集』(全六巻・別巻一、大崎節郎編集、一麦出版社)を盛り立てる翻訳者陣の中に、日本キリスト改革派教会のメンバーが一人も選ばれていない。これはけっこう、いろんな意味で深刻なことであると自覚する必要がありそうです。

しかし、いま書いたことは『改革派教会信仰告白集』に対する批判ではありません。批判どころか、とても素晴らしい企画ですねと心から絶賛します。これは私の本心です。実際問題として、『改革派教会信仰告白集』の訳者の中に日本キリスト改革派教会のメンバーが一人も加わっていないことに、日本キリスト改革派教会のメンバーがふて腐れる必要も理由も全くないと思っています。

カタログの文章の中に「本信仰告白集の発刊によって偏狭な信条主義が刺激されることではなく」とか「狭義の改革派教会に止まらず」とか、まるで仮想敵(?)を強く意識したような言葉が目につくのは若干気にはなります。しかし、その感覚自体は完全に時代遅れのものですので、「はいはい分かりました」とでも言って受け流しておけば済むでしょう。

彼らが「偏狭な」とか「狭義の」という形容詞をもって、何を言おうとしているのかは何となく分かります。しかし、疑問に思うことは、そういうものを排したところに生まれる『改革派教会信仰告白集』とはどういう性格のものなのだろうかということです。

「偏狭な信条主義」に立つ「狭義の改革派教会」がその教派の《標準訳》のようなものを作ろうとする場合、一教派の大会の憲法委員会の発案であるとか、大会での議論といったような、しちめんどくさいけれども不可避的な手続きを踏んでいきます。しかし《個人訳》にはそのような手続きはありません。その意味で『改革派教会信仰告白集』は「気楽な個人訳」であるということです。ですから、仮想敵(?)に対するチクチク攻撃を前にしても「はいはい分かりました」で済みます。

その種の枝葉末節よりはるかに重要なことは、彼らの言うところの「偏狭な信条主義」に立っているらしい「狭義の改革派教会」のメンバーたちが「また信条の話ですか」とそろそろうんざりしてきているときに(実際そんなふうな顔をされるときがあります)、「派」のついた「改革派教会」を名乗らない人たちが、「派」のついた「改革派教会信仰告白」についての研究活動を、ようやく本腰をあげて始めてくださったということです。

これは諸手をあげて感謝すべきことです。翻訳のヴァージョンはいくらあっても構わないわけですし。そして、この世には絶対に壊れない「完璧な機械」などは存在しない。それと同じように、この世には「完璧な翻訳」も存在しない。いろいろ読み比べることができる、大規模な学習教材を提供していただけることがうれしいです。

ちなみに、昨日のことですが、松戸小金原教会の定期小会において、『改革派教会信仰告白集』全巻を予約購入することを全会一致で決議しました。

一麦出版社様、どうかよろしくお願いいたします。

ウェストミンスター信仰告白はルネ・デカルトを知っている

ウェストミンスター信仰告白のことを高く肯定的に評価してくれている話を耳にすると、自分の頭を優しく撫でてもらっているような気持ちになる改革派教会のメンバーは少なくないんじゃないかなと思います。

ウェストミンスター信仰告白の面白さの一つであると私が考えていることは、「ウ告白は近代哲学の父、ルネ・デカルトを知っている」という点です。16世紀のハイデルベルク信仰問答はデカルト(1596年3月31日〜1650年2月11日)の出現をまだ知りません。しかし、17世紀のウェストミンスター信仰告白はデカルトを知っています。それが意味することは、「ウェストミンスター信仰告白は近代哲学を知っている」ということです。換言すれば、「ウェストミンスター信仰告白は現代人の感性を知っている」ということです。

ウェストミンスター信仰告白とデカルト哲学との歴史的関係というテーマについては、日本では研究がほとんど全くなされていない状態ですので、修士論文や博士論文で取り上げる人が出て来てほしいところですが、私見によれば、歴史的にはほぼ確実に証明しうることです。

デカルト哲学が流行しはじめたことを懸念して猛烈な反対運動をおこした(「デカルトを弾圧した」と評されても仕方がないほど)急先鋒の神学者は、オランダのユトレヒト大学神学部の開設者として知られるヒスベルトゥス・フーティウス(Gisbertus Voetius、「ヴォエティウス」とも)(1589年〜1676年)です。フーティウスを中心とするデカルト哲学排斥運動は、ウェストミンスター神学者会議(1643〜1649年)より少し前から始まっていたことですが、この運動を知らないようなヨーロッパの改革派神学者はいませんでした。また、ウェストミンスター神学者会議に参加した議員の中にはブリテン島からヨーロッパ大陸に、なかでも特にオランダに留学した人が何人かいることが知られていますので、彼ら経由でフーティウスから直接情報を得ていたことも十分考えられます。

先週末ここに書きましたように、このたびの大震災を「神の御心」と信じるべきかどうかという問いに対して、もしハイデルベルク信仰問答の線に立とうとするならば、「天にいますわたしの父の御旨でなければ髪の毛一本も落ちることができない」(問1の答え)のですから、そうであるということ(「大震災は神の御心である」ということ)を躊躇なく全面的に肯定することからすべての思索を開始する道以外ありえない。

しかし、ウェストミンスター信仰告白の線に立つならば、「第二原因の自由や偶然性(the liberty or contingency of second causes)は奪い去られない」(3・1)と書かれていることに基づいて、「大震災は偶然である」と受けとめる余地が与えられる。

この違いがヨーロッパ大陸の改革派神学とデカルト哲学との大論争とどのように関係しているかはまだ分かりません。しかし、16世紀のハイデルベルク信仰問答と17世紀のウェストミンスター信仰告白との間に起こったと思われる神学的・教義学的な発展は、現代社会に生を得ている我々にとっては決して小さくない、軽んじられてもならない要素であると、私には思われてならないのです。

いま書いたことの主旨は、ウェストミンスター神学者会議の中にデカルト主義者が紛れ込んでいたというようなことではありません。私が考えていることは、彼ら神学者たちの視野の中にデカルトの問題提起が含まれていて、16世紀までほどのストレートさをもって「神の御心」を語ることに一種の躊躇があったと言えるのではないかということであり、その躊躇は「現代人の感性」に対する配慮や目配せというべきものであり、21世紀の我々にも通じるものではないかということです。

ところで、ウェストミンスター神学者会議のような会議は、現代においては、どのようにすれば実現可能でしょうか。それは、「顔ぶれだけ見れば全くまとまりようのない会議」と評されるような会議です。

現時点で考えられることは、インターネットしかありませんよね。たとえばフェイスブックのようなコミュニケーションツールを活用するならば、21世紀の我々が17世紀のウェストミンスター神学者会議の続きのようなことをやっていくことができるかもしれません。

インターネット上の会議であれば開催のための費用(交通費や会場費や宿泊費といったもの)は一切かかりませんし、17世紀のそれよりもはるかに大規模に、そして徹底的にデータに基づいた緻密な議論を行なうことができるでしょう。

2011年7月2日土曜日

「意味を問うてはならない」と言いたいのではない

「これは神の御心なのか」。この問いを避け通す説教者は、不誠実だと言われても仕方がないかもしれない。

なぜなら、「牧師ならば、説教者ならば、この問いには当然答えてくれるだろう」と答えを待っている(と思われる)人がいる。また、「これには意味がある」と言って無理やりこじつけた「意味」を語る説教者の言葉に傷ついたり悩んだりしている人がいることも、分かっていた。だから、いつかきちんと決着をつける必要があるとは思っていた。

「これは偶然である」と考えるからといって、「意味を問うてはならない」と言いたいのではない。そんなふうに禁じられても、問う人は問うし、答えが欲しい人は答えが欲しいのだ。その気持ちを理解することが必要だ、という話ならばよく分かる。その問い方は、生きている場所や位置にも当然関係しているだろう。

いま気になっていることは、直接被災地にいない人々のこと、あるいは事実上何の対応もできない(または「できなかった」)人たちのことだったりする。被災地で苦しんでいる人のことを気にしていないという意味ではないが、被災地のために何もできない(または「できなかった」)ということを気に病んでいる人たちのこと、あるいは、早くも記憶から消えそうになっていることを気に病んでいる人たちのことが気がかりなのだ。

かなり自戒をこめていえば、こういうときに「行動あるのみ。現地に行くのみ。現場にこそイエスは赴かれる」という信仰に突き動かされて「動ける」人と、必ずしもそうでない人がいる。 私は4月18日から20日まで宮城県内の被災地・被災教会のお見舞いに行くことができたが、委員会活動であるという「意味づけ」があったからだということを否定できない。

生まれ故郷であるとか、親戚や友人がいるとか、一度でも行ったことがあるとか、なんらかの思い出があるとか、その他どんなことでもいいから自分自身との関連性ないし連関が見出せることであるならともかく、そうでない場合は「意味」を持続しにくいと感じる人は少なくないと思うのだ(いま書いたことは私自身のことではない)。

あとはやや言いにくいことだが、「毎月11日に祈ろう」、「半年後の9月11日が日曜日なので何かしよう」、「毎年3月11日に何かしよう」というふうに、「11日」ということに意味づけを図ろうとする人たちがいる。「そういうのが全部駄目とは申しませんが、教会のやり方としてはあまりにも俗っぽ過ぎませんか」と、私はある委員会で発言した。そのことも公開しておくことにしよう。

私がつい「あちらも、こちらも」両方立てようとするのは、なんだかドラマのセリフみたいだが、「もうだれも教会からいなくなって欲しくない!」と、いつも思っているからだろう。20年も牧師やっていると、いろんな人を傷つけ、失ってきた。反省、反省。

牧師や長老や教会全体に文句があって、なんだかんだ、いろいろと噛みついてきても構わないから(「構わない」は「スルーする」の意味ではない)、とにかく教会にとどまってほしいのだ。

しかし、「教会にとどまる」は「毎週日曜日の礼拝に出てこい。出てこない奴は去れ」という意味ではない。「教会の礼拝や諸集会のアタマ数や献金の口数や金額が少なくなってもらっては困る」という意味でもない。私に限っては、それはありえない。そんな要求をするくらいなら、パウロの言葉を借りれば「死んだ方がまし」(新約聖書 コリントの信徒への手紙一9・15)だと本気で思う。

そんなことではなくて、表現するのが難しいのだが、「あなたには教会が必要です」という感じのことが言いたいのだ。

そう、古いネタで申し訳ないが、むかし中村雅俊さんが歌っていた「人はみな、ひとりでは生きてゆけないものだから」みたいなことだと思う。いまググったら、あの歌のタイトル、「ふれあい」というそうだ、初めて知った。

「ひとりで信仰を保つのは無理ですよ」みたいなことが言いたい。「信仰者には信仰共同体が必要です」と言いたいんだと思う、たぶん私はね。

ちなみに、こんなことを書きながら思い出していることは、もう完全にうろ覚えの状態だが、美少女戦士セーラームーン(古いね)の最終話みたいな状況の中で主人公の月野うさぎが「もうだれも死なせない。私が世界を守る!」みたいなことを言ったセリフだったりする。

私はね、上手な言い方をすれば「守備範囲が広い」人間なのだ。セーラームーンは、子どもたちと一緒に観た。おじゃ魔女ドレミとかもね。「オタク目線」ではなくて「親目線」でね。

と書いているうちに、もう見つかってしまった。インターネット恐るべし。 子どもたちと一緒に観たのは、どうやらこれだ。土曜日なのに、久しぶりに見入ってしまった。正確に書けば、「劇場版 美少女戦士セーラームーンR」のラスト10分間くらいのクライマックスシーンだ。

主人公が言ったのは、「みんなは私が守ってみせる!」(1:05)、「お願い、銀水晶!もっと私に力を貸して!みんなを守れる力を!だれもひとりにしない力!」(1:22)、「もう、だれもひとりにしない!」(3:48)だった。

これ、何度観ても泣けますね。いやマジで。

私はあえて「偶然」と呼びたい

3月11日以来、意図的に避けてきた話題がある。「これは神の御心なのか」という、だれもが問う問いへの答えである。

もちろん私も自分なりに「意味」を考えてきた。しかし公言しないできた。ブログでも、説教でも、この一点に関しては沈黙してきた。

しかし、そろそろ言ってもいいだろう。現時点での結論は「偶然」である。

私は、改革派教会が歴史の中で教え続けてきたところの「予定論」ないし「聖定論」を心から確信している者であるが、だからこそ、結論は「偶然」である。

周知のとおりハイデルベルク信仰問答(16世紀)には「天にいますわたしの父の御旨でなければ髪の毛一本も落ちることができないほどに、わたしを守っていてくださいます」(問1の答え)と書かれている。この線で考えていけば、あらゆる出来事は「神の御心」なのであって、例外はない。

しかし、ウェストミンスター信仰告白(17世紀)には、明らかに異なるニュアンスが加えられている。

ウェストミンスター信仰告白3・1には、「神は、全くの永遠から、ご自身のみ旨の最も賢くきよい計画によって、起こりくることは何事であれ、自分にしかも不変的に定められたが」と言いつつ(ここまではハイデルベルク信仰問答と同一線上に立っている)、間髪いれず、「それによって、神が罪の作者とならず、また被造物の意志に暴力が加えられることなく、また第二原因の自由や偶然性が奪い去られないで、むしろ確立されるように、定められたのである」と書かれている。

これで分かることは、改革派教会の信仰と神学は「神の永遠の聖定」(God's eternal decree)を主張してきたからといって「第二原因」(second causes)としての「自由」(liberty)や「偶然性」(contingency)を否定してきたわけではないということである。

教会の教えは歴史の中で発展していくものである。その発展を「変化」と呼ぶことに私は躊躇がない。

我々にとってこのたびの地震と津波と原発事故と近隣住民の被ばくは、「神の御心」という言葉をもって何が何でも無理やり甘受しなければならないものではない。

そして、「神」(God)は「罪の作者」(author of sin)ではない。

この国、この時代、この状況、この地域に我々が立ち会ったことは「たまたま」であり、つまり、あくまでも「偶然」なのであって、このこと自体には何の意味も必然性もないのだと我々自身が告白することは、反キリスト教的な考えではないし、非改革派的な教えでもないのである。

私が岡山に生まれ育ったことは、全くの「偶然」である。東京と神戸で勉強したことも、高知と福岡と山梨の教会をめぐり歩いてきたことも、そしていま松戸に住んでいることも「偶然」である。そうであるならば、いま松戸がホットスポットになっているらしいことも「偶然」なのであって、そのこと自体は何の意味もないし、必然性もない。

だから、言い方は乱暴かもしれないが、逃げたい人は逃げてもいいし、とどまりたい人はとどまってもよい。どちらを選択するにせよ、そのこと自体は(たとえそれが「信仰に基づく」忠告であっても)誰から責められるべきことでもない。

我々は「偶然」から「偶然」へと、飛び石をまたぎ続けることが許されるのだ。