2015年7月9日木曜日

「を信じる-人々の-団体」の必要性

胃薬の必要性

「を信じる-人々の-団体」というクッションがあるからこそ、うまくいけば主観性-人間性-一般性が出てきて、人にやさしいものになるはずだ。でも「うまくいけば…はずだ」とへんちくりんな断り書きをしなくてはならないのは、クッションの価値が正しく評価されないことが少なくないと思えるからだ。

人へのやさしさなんか要らないと言われてしまうことがあるのかもしれない。でもそうなると脅迫・恐喝のたぐいに近づく。「を信じる-人々の-団体」が正しく機能すれば、それはむしろ阻止できる。阻止できない原因は「団体」が存在すること自体ではなく、「団体」が本来の機能を果たせていないからだ。

「を信じる-人々の-団体」は苦手なのでそういうのを介さない直接的な関係のほうが気楽だという向きがある(少なくない)のは、全く理解できないとは思わないが、そこであとひとふんばりをお願いしたいところだ。主観性-人間性-一般性を「不純」とする潔癖感覚から離脱する必要があるかもしれない。

というようなことを今朝考えた。毎日よく眠れるので、朝だけはとりあえず調子いい。あと数時間もすれば「ああもう疲れた」という感覚に悩まされ始めるのだが。主観性-人間性-一般性は、たしかに疲れる。でもこの疲れこそが、「原液のままで飲むと胃がやける」ものを飲み干すためのクッションになる。

主観性-人間性-一般性は疲れる。しかし、その疲れが「原液のままで飲むと胃がやける」ものを飲み干すためのクッションになるとは、どういうことか。疲れを自覚している人は、一気飲みはしないし、できない。チビチビやる。無理やり一気に決着つけなくてはならない場合でも、せめて胃薬くらいは飲む。

芸術家、ないし芸術家タイプの人(揶揄の意図はない)は、何日も眠らず、何ヶ月も一日も休まず、ひとつの作品を造り上げたりする。文筆家然り、プログラマー然り。強靭な心身の持ち主なら、それやってもすぐ次の作品に着手できるかもしれない。しかし、そうでない人は、一つ仕上がるとしばらく倒れる。

そういう「一気」の集中力なしには、いかなる芸術も完成しない、かもしれない。だけど、そのような「一気」のやり方は人の心身を著しく壊す。そして、悪く行けば、その作品も一発屋で終わる。あとが続かない。それでいいのかと心配になる。「余計なお世話だ」と反発されるかもしれないが、あえて言う。

ファン・ルーラーの神学は日本ではいまだにほとんど評価されていない。その理由が私は分かる。この神学者は「を信じる-人々の-団体」の持つ主観性-人間性-一般性の価値と必要性を擁護し続けるからだ。それが彼の「聖霊論」の趣旨だ。彼の「聖霊論」は人間くさい。それが不純だと思われるのだろう。

しかし私はファン・ルーラーの人間くさい「聖霊論」を擁護する。それは「を信じる-人々の-団体」の価値と必要性を擁護する必要を痛感するからだ。最初からファン・ルーラーの神学を知っていたわけではない。彼の神学が「を信じる-人々の-団体」を擁護する神学だと分かったから支持することにした。

2015年7月8日水曜日

フィリピの信徒への手紙の学び 11

松戸小金原教会の祈祷会は毎週水曜日午前10時30分から12時までです

PDF版はここをクリックしてください

フィリピの信徒への手紙3・12~16

関口 康

この個所にパウロが書いているのは一つのことです。私パウロはまだゴールにたどり着いていないと言っています。走っている最中である。何ひとつ諦めないで、投げ出さないで、走り続けている。一等賞はもらっていないが、最下位でもない。決着はついていない。勝敗は決していない。

書かれていること自体は、パウロの人生を彼自身がそのようにとらえていたことを表わすものです。それは彼の人生観であり、自己理解です。人生とはレースである。スタートがあり、ゴールがある。その間をひたすら走り続けるのが我々の人生である。少なくとも私パウロは自分の存在をそのようなものとしてとらえていると言いたいのです。

人生の時間の長さは人それぞれです。客観的・時間的な意味で短かったと言わざるをえない人生もあり、他の人と比べて長かったと言いうる人生もあります。どちらのほうがよいと一概に言えない面もあります。人間的な言い方をすればイエスさまは「短命」でした。レースには短距離走も長距離走もあります。重要なことはスタートからゴールまで走り切ることです。すべての道を自分なりの力を尽くして走り終えることができたと自分で思えるなら、それでよいのです。

「既にそれを得たというわけではなく」(12節)の「それ」が指している内容が10節から11節までに書かれています。「わたしはキリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです」。

これは明らかにパウロの人生の究極目標です。しかし、それをパウロは遠慮がちに「何とかして…したい」と書いています。そのあとのパウロも遠慮がちです。「だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます」(15節)と書いています。

「このように考えるべき」(15節)の「このように」に、パウロがここまで書いて来たこと、とくに10節以下に記されている「わたし」の人生の目標の内容のすべてが含まれています。パウロの意図は明らかに、「わたし」の目標は「わたしたちの中で完全な者」のすべてにとっての目標でもあるべきであるということです。しかし、パウロはあなたがたには「わたし」とは「別の考え」もあるかもしれませんと続けます。私の確信をあなたがたに強制するつもりはありません。みなさん各自のご判断にお任せしますと言い出し始めるのです。

しかしパウロは、どれほど遠慮がちに書いているときでも、自分の信じていることに確信を持っていないわけではありません。すべてのキリスト者のみならず地上に生きる全人類が目標とすべきことはこれであると確信するものを持っています。それは四点あります。

第一は「キリストとその復活の力を知ること」です。

第二は「キリストの苦しみに与ること」です。

第三は「キリストの死の姿にあやかること」です。

第四は「何とかして死者からの復活に達すること」です。

これだけでは、ほとんど意味が分からないでしょう。しかし、ある程度までなら理解できそうなのは、第二と第三かもしれません。「苦しみ」と「死」は全人類の共通する事実であり、体験だからです。苦しんだことがない人はひとりもいませんし、死ぬことがないという人はひとりもいません。

しかしまた、書かれていることをじっくり読めば、パウロが書いていることは、わたしたちが各自の人生の中で体験するのと全く同じ意味の単なる苦しみや単なる死の話ではないように思えてきます。なぜなら、ここでパウロが書いているのは「キリストの苦しみ」だからであり、「キリストの死の姿」のことだからです。

「キリスト」とは歴史上に実在した人物です。パウロはこの方を真の救い主として信じています。その救い主であるお方が地上の人生において深く味わい続けた苦しみが「キリストの苦しみ」です。そして、この方が多くの人々の前にさらされた十字架上の死の姿が「キリストの死の姿」です。このキリストの苦しみに私も与る。このキリストの死の姿に私もあやかる。それが私の、そして私たちの人生の目標なのだと、パウロは語ろうとしています。

「与る」の意味は「参加すること」です。参加するとは、英語でパーティシペイト(participate)と言います。その意味は、パート(part)になること、役割を分担することです。全体の中の一部分を構成する要素になるということです。

このことがパウロの言葉にもそのまま当てはまります。キリストの苦しみにわたしたちが与るとは、誤解を恐れず言えば「キリストの苦しみの一部をわたしたち自身が受け持つこと」です。

もちろん、わたしたちはキリストではありませんので、キリストが味わわれたのと等しい苦しみをわたしたちが味わうことはできないし、そこまでのことはわたしたちに求められていません。

しかし、キリストの苦しみの一部分でも分け与えていただき、それを受け取り、味わうことを、わたしたちの光栄とし、誇りとし、喜びとする。それが「キリストの苦しみに与ること」の意味です。これは難しい話ではありません。キリストが苦しまれた理由をわたしたちは知っているからです。

父なる神の御心に忠実であり続けることにおいて、赦しがたい人類の罪を赦すことにおいて、助けを求める人々のもとを訪ね、力を尽くして助けることにおいて、わたしたちの救い主イエス・キリストは苦しまれました。「キリストの苦しみ」の内容は、イエス・キリストが現実社会の中で働いてくださり、世と人のために最善を尽くしてくださったことと決して無関係ではありません。

キリストは十分な意味で「労働」してくださった方です。そしてわたしたちもその意味での労働者です。教会の中で/教会を通して、さまざまな奉仕を行うことにおいて苦労があり、疲労があります。わたしたちが、教会の中で/教会を通して味わう苦労や疲労は、歴史の中で活躍されたわたしたちの救い主イエス・キリストから受け継いだものです。

たとえば、わたしたちが聖書を読んで理解すること、聖書に描かれているイエス・キリストが地上でなさったのと全く同じことを真似してみること(イミタチオ・クリスチ、キリストのまねび)だけでも一苦労です。

イエスさまは、安息日ごとに会堂で説教されました。多くの人の相談に乗り、悩みを聞き、問題を解決してくださいました。信仰に反対する人々と戦われました。集会を開くこと、団体を運営すること。それらすべてのことをイエスさまがなさいました。

それを今、わたしたちもしています。それらの苦労や努力も、十分な意味で「キリストの苦しみに与ること」です。教会活動に参加することによって、それが十分可能です。

しかしまた、それは単に、教会の中で/教会を通して、ということだけに限定すべきものではありません。教会の外へと出て行くこと、社会の中でキリスト者として生きること、奉仕すること、このこともまた、わたしたちにとっては多くの苦労を味わうことですが、やりがいのあることです。

(2015年7月8日、松戸小金原教会祈祷会)

2015年7月2日木曜日

戦争反対

文章とは関係ありません
「海が好きだから海が見える町に住みたい」と思っていたが、今はそうでもない。「都会の夜景が好きだから都会の夜景が見える高層マンションに住んでみたい」と思ったこともあるが、今はそうでもない。「お互いの顔を見ながら話せる通信機が欲しい」と思っていたが、手に入った今、あまり使っていない。

違憲状態選挙で選ばれた違憲状態議員あふれる違憲状態国会で、憲法学者の圧倒多数が違憲判定している違憲状態法案を「数の力」で可決しても違憲状態のままだが、それで戦地に行かされた若者の中に戦死者が出たら誰が責任とるのか。国葬にするとか言い出すかもしれないが「違憲状態国葬」とは何なのか。

フライングの誹りを免れそうにないが、今の政府の暴走を止められないなら「日本の戦後復興」を考えざるをえないのかという悲壮感が私の中にないとは言えない。また負けるだろうし、国民は地獄の底に落とされる。ダレトク戦争なわけで。戦中食とか食べたことないなあ。いざとなれば食べれるんだろうか。

他地域との「差」を言いたいのではないが、今「首都圏」に住んでいて感じることは、日本防衛軍(リネーム後の自衛隊)が「参戦」するや否や、いつ何が落ちてくるか、いつ何が炸裂し多大な死傷者が出るか、不安でたまらないということだ。最寄りの電車や地下鉄はかつて某教団にサリンをまかれた路線だ。

衆参議員会館と国会議事堂をつないでいるのは、地下奥深い通路。デモ隊がどれほど声を張り上げても聞こえない。大きなデモが行われている日に実際に通らせていただいて確認したことがあるので当てずっぽうではない。デモ隊もこの声が議員たちに聞こえているわけではないことくらい分かっているはずだ。

でも、もう無視しないほうがいい。私の中学時代の友人がかの文化芸術懇話会にいたようでヒットラーユーゲントなどと誹られている。誹るほうが悪いのではない。誹られるようなことをしている側の人々が悪い。友人の出世を我がことのように喜んでいた頃もなくはない。でも今は恥ずかしいとしか思えない。

天下国家を論じる場も力も知識も私にはない。法律も政治も経済も分からない。だけど人間として何が正しいか何が間違っているかは、少しは分かる。ひとりで考えているだけでなく、大勢の人と共に考えている。その結論として今の政府は「アウト」だ。政界をお去りいただき、若者がこの国を作りなおそう。

昼食は「サイコロステーキ丼」を作って、在宅研究日の大学生と2人で食べました。サイコロステーキはマルエツ4割引き大安売り。こんな美味しいの食べてたら戦中食に切り替えるのは無理だ。戦争反対。

2015年7月1日水曜日

私もカール・バルトの本を30年は読み続けてきました

私の書斎の「カール・バルトコレクション」です
いやべつにいいんですが、つい先ほどネットで面白い記事を見つけました。関口康批判です。おお、ついに、叩かれてナンボのアイドル並みになったか。まあ、でも、私だけでなく、他の人たちのこともぶっ叩いておられるようですから、少し安心しました。反論の意思はありません。白旗あげます。まいった。

ご自分のブログで、ものすごい長文で私を名指しで批判してくださった方は、全く存じ上げません。ネットから垣間見えるのは、キリスト新聞社から『全キリスト教、最後の宗教改革者カール・バルト』(2013年)という本を自費出版した人で、1947年生まれ(今年69)の人だということくらいです。

よく分かりませんが、カール・バルトのことをほんの少しでも批判的に言うと、この方のターゲットになってしまうようです。ロックオンされる。まあ、つまりは、バルトを「愛しちゃっている」というところだと思いますね。それはそれで私はぜんぜん構わないし、恩師への尊敬の念は尊いものだと思うので。

恩師の悪口を言うやつはゼッタイ許せん的な何かでもお感じになったのでしょう。まあでも、バルトの「存在」とバルトの「論理」は区別できなくちゃ逆に困ると思うんですけどね。私はバルトの「存在」をけなしたことはないですよ。少なくとも高いお金払ってバルトのほとんどの著作を買って持っています。

「読めば分かる」ということを言われるなら、同じ言葉をファン・ルーラーに関してお返ししたいです。「ファン・ルーラー読んでくださいね」と言いたいです。私がバルトの神学を理解できていないという批判は甘んじて受けますが、ファン・ルーラーはバルトを徹底的に読んだ人ですからね。もーなんだか。

上の写真は私の書斎の本棚の一部ですが、写っている「すべて」がカール・バルト「の」(of)または「についての」(about)の本です。ジャスト30年かかってやっとこれだけ集めました。買うだけならだれでもできると言われればそれまでですが。

バルトのことで思い出しました。ちょうど30年前です。学生寮で仲良くしていただいた先輩の修士論文の手書きの清書をお手伝いしたことがあります。テーマがカール・バルトに関することでした。また、その先輩の紹介で、吉永正義先生訳『カール・バルト著作集』の清書のお手伝いをしたことがあります。

私が清書のお手伝いをした『カール・バルト著作集』(新教出版社)は、第5巻「倫理学論文集」です。どの論文だったかまでは覚えていませんが、複数の論文でした。原稿の受け渡しついでに、吉永正義先生のお宅で行われていたバルト翻訳会にも何度かお邪魔しました。すべてちょうど30年前のことです。

1998年から2004年まで山梨県の教会の牧師をしていましたが、最後の2年間くらい、山梨市在住の日本基督教団隠退牧師のお宅で開かれていたカール・バルト研究会に出席させていただきました。また今は休会中ですが、私が呼びかけ人になってグループビデオ通話でカール・バルト研究会をしています。

しかし、なるほど私は「カール・バルト研究者」のような者では全くありませんし、むしろバルトの神学に対して過去30年にわたって疑問を感じ続けてきた者です。その意味では、私はたしかに、バルトに対する「愛」において、バルト研究に専念しておられる方の足元にも及びません。全く敬服いたします。

2015年6月30日火曜日

プリーズ・ウェイト

ゴジラ視線で見た東京(たぶん)
昨夜は重要な会議があったが、体調が思わしくなかったので、事前に連絡してお詫びしつつ欠席させていただいた。血圧が異様に高く、強い派生症状があった。血圧計の写真を添付した欠席届を送り、電話した。じっとしていればさほど問題はなかったのだが、会場まで無事にたどり着ける自信を持てなかった。

ご心配やらいろいろいただいてしまうと申し訳ないと思っているので、自分の不調をネットに書くことがほとんどない私であるが、お許しいただきたい。血圧上昇の原因は分かっているので、それが取り除かれれば復調する。単純な算数の問題だ。引き算するか、足し算するかの違いだけ。ご心配には及ばない。

めしはうまいし、よく眠れる。病院はかかっていない。それがダメだと言われるが、だって医者きらいなんだもん。それでも最近レントゲンとエコーでお腹見てもらったが異常なし。あとは売薬の頭痛薬と胃薬だけ。頭痛薬が続くと血圧が上がる。逆も然り。頭痛薬を減らせられる状況になれば、血圧は下がる。

しかし、頭痛薬はくせものだと感じる。最近ストレス耐性が弱くなった気がする。神経が前より細くなったというか。ついさっきも信号待ちしていたときに横をゆっくり走り抜けた救急車のサイレンの音が神経に障る。目をつぶって歯を食いしばって去りゆくのを待つ感じ。こんなこと前にはなかったと思うが。

話は突然飛躍する。私は前々から書いてきた。何年か前に若くして亡くなられた翻訳者/翻訳研究者の山岡洋一さん(『翻訳とは何か』著者)が改めて惜しいと思う今日このごろだ。今の状況にこそ必要な存在だったと思う。「翻訳」という独特の観点から日本の社会や教育の本質と課題を考え抜いておられた。

山岡先生によれば日本は明治政府以来、国策として「翻訳」を重んじてきた。選抜されたトップエリートの学生と学者に国が与えた仕事は「翻訳」だった。それによって日本人は、たとえまだ完全でないとしてもとにかく自分の母語で世界の名著を読めるし、日本語で世界水準の教育を受けられるようになった。

しかし、日本以外のアジアやアフリカの国は、日本ほど「翻訳」を重んじてこなかった。だから、それらの国ではトップエリートというほどでなくても最終学校歴を欧米の大学に求める人が多い。このあたりは山岡洋一さんが書いていたことか私の読み込みか、少し怪しいが、趣旨はこういうことだったと思う。

べつに私は負け惜しみを言っているわけではないつもりだが、山岡洋一さんの「翻訳」についての考えに強く感銘を受けた。ちょうどその頃だったはずだが、日本のテレビでハーバード白熱教室なる番組が始まり、サンデル教授の講義に接する機会を得た。そして山岡さんの考えが当たっていることが分かった。

サンデル教授とハーバードの学生たちのやりとりを聞いていて思ったことは、これ現地に行かなくてもできるよなということだった。プラトンやアリストテレス、カントやヘーゲルのような古典的な哲学書は日本語版が完備されている。あれを読めばいい。それで「サンデル超え」できる(いやそりゃ無理だ)。

もちろん日本語にはほとんど「翻訳」されたことがない学問分野はいまだにいくらでもあるので、源泉の地で学ぶことの意味を否定する意図は皆無だ。また、純粋かつ単純にハクをつけるためという目的もありだと思う。しかし、日本は「翻訳文化」を国策として選択してきた。そこに、他国との違いさえある。

私が言いたいことは、日本の大学は世界大学ランキングなど気にしなくていいと思うということに尽きる。プラトン、アリストテレス、カント、ヘーゲル、あと聖書、アウグスティヌス、ルター、カルヴァン、ウェスレー、バルトその他を日本語で十分読みうる。これ読んで理解できればサンデル教室と同格だ。

悪い意味の「対米従属」の片棒を担ぐ人々のプライドの根拠が現地の人とツーカーだということであるとしたら(本人たちに聞いたわけではないので想像の域を超えないが)、人脈力においては現地に行ったことがない者たちは彼らにたしかに敵わない。しかし、学術レベルの差まで言われると反発したくなる。

ああ、またちょっと血圧が上がってきたようだ。深呼吸、はふう。気忙しく働いておられる方々には申し訳ないことだが、今日はパソコンの前から離れて休ませていただくほうが良さそうだ。際限なき長寿を求めているわけではないが、しなければならないことがあと少しだけ残っている。プリーズ・ウェイト。

2015年6月23日火曜日

ターボ脳が欲しい

関口壱号機(赤)のデスクトップ
ターボっていうのがあったじゃないですか。今もあるのかどうか知らないけど。私、ターボ車、乗ってましたよ。1Q80年代後半、バブル絶頂期の東京のど真ん中で赤いシルビア1800ZSE-Xターボ。乗ってました乗ってました。いい車でした。今でも思い出すたびにちょっと涙出るほど最愛車でした。

あのターボを我々の脳みそにくっつけたい。あれって単純化していえば排ガスを利用してエンジンをブーストするんですよね。いや、もう、とにかくすごかったです。アクセル踏んだ次の瞬間、ピュンですからね。バックミラーに映っていたはずの後続車が一瞬で消える。ターボこそ加速装置の名にふさわしい。

排ガス利用っていうところが泣けるじゃないですか。要らないものを利用するという、ある意味で究極のエコ。だけど、それで爆走となれば、エコでもなんでもなくなるわけだけど。排気口からチャリンチャリンお金が落ちていく音が聞こえるようでした。燃費は最悪、金食い虫の悪い子シルビアちゃんでした。

いや、だけど、今書きたいのは車の話では全くなくて、脳みその話。「人類よ、もっと勉強せよ」の話。そのために脳みそにターボがあるといいなと思いました。「不要かもしれない大量に流れこんで出ていく無駄情報を利用して真に価値ある知識を増幅できるようにする」ような脳内加速装置があるといいな。

最近しきりに考えていることは、「ネットで発言し続ける凡人」と「ネットでは無言の偉人」のどちらがいいかだなんて、問うこと自体が無駄すぎるほど、前者「発言し続ける凡人」のほうが偉大である、というようなことです。ネット界にいったん足を踏み入れると溺れる。だけどそこであえて発言し続ける。

ネット内の言ってしまえば無駄すぎる情報世界の中に字を書いて、自分の小ささに一憂し、大きな溜息の「排ガス」で次の脳みそタービンを回せるようになったら「ターボ脳」です。そういうあり方を今の私は絶賛します。これから変化するかどうかはともかく、「今の」私は、そういうのが理想だと考えます。

学校で教えられたこと、各界の権威者の発言・書き物、常識や定説、上司から手渡されたマニュアルなど。そういうものの範囲内でいい子にして、おとなしく従っていれば金もらえるんだろという発想が悪いとは言わないし、思わない。だけど、そういうノルマ脳のタービンを「排ガス」でぶん回す必要がある。

ネットで失敗するとでかい。だけど、取り戻すのもネット使えばいい。ネットの人は、基本「指先動かしてるだけ」だから、ほとんど後腐れない。根に持たない。すぐ忘れる。そういう笑える人が多いので(私もそうよ)、ネットでの失敗なんか、ぜんぜん恐れる必要ないと思いますよ。すぐ取り戻せるからね。

「これ以上のことを考えたり、言ったりすることはタブー」とか、もうないと思うんです。だれがどう思うかが気になるので、これ以上のことは書けない。そういうふうに思うのは各自の感覚なのでそれ以上のことを強いることは誰にもできないわけだけど。身近な友人は失うかもしれないけど、それが何なのよ。

長くなったのでやめますが、「ターボ脳」に私は憧れます。そこで考えることをやめるなよ。もうひとふんばり考えてみろよ。人の批判をすることも、悪口言うことも、どうぞご自由に。そこに戸は立てられません。だけど、それも思考停止の一種ではないかと自分を疑ってみることも大切だと思うんですよね。

具体的に何かあって書いているのではなく、なんとなくぼんやり思い浮かんだことを忘れないうちに書きとめました。「特 定 の だ れ か へ の 当 て こ す り」(ゴゴゴゴ、ガラガラドカーン←カミナリの音)とかではないので、どちらさまもどうかご安心くださいますようお願いいたします。

来年が楽しみだ


2007年にオランダで刊行が始まった新訂版『ファン・ルーラー著作集』(dr. A. A. van Ruler Verzameld Werk)は第1巻(2007年)、第2巻(2008年)、第3巻(2009年)、第4巻(2分冊、2011年)が発売されたが、それ以降はストップしている。

しかし、朗報だ。なぜか第5巻をスキップして、第6巻が来年2016年出版。第5巻は「教会、終末」(De kerk en de laatste dingen)、第6巻は「文化、社会、政治、教育」(Cultuur, samenleving, politiek, onderwijs)だ。

しかも、ビッグニュース。来年出版される第6巻(文化、社会、政治、教育)は、第4巻(キリスト、聖霊、救済)同様、2分冊になるらしい。そして、スキップされる第5巻(教会、終末)は、なんと3分冊だという。第4巻発売の2011年から4年も待たされて、じれったかったが、3分冊なら大満足だ。

この勢いで行けば、新訂版『ファン・ルーラー著作集』が全巻完結する日には、ページ数においてカール・バルト『教会教義学』(約9千ページ)はおそらく軽く超える。有史以来のキリスト教教義学者の著作集として、規模において最大級のものになる可能性が出てきたと言えるのではないか。快挙の一言だ。

そういうわけで、来年(2016年)は、日本キリスト改革派教会創立70周年、東関東中会設立10周年、新訂版『ファン・ルーラー著作集』第6巻(2分冊)「文化、社会、政治、教育」の出版年だ。私は50(まだ49)だ。来年が楽しみであることは間違いないのだが、簡単にはたどり着けそうにない。

以上、ファン・ルーラー研究会の業務連絡でした。

(注意:研究会は昨年10月に解散しました。)

2015年6月18日木曜日

ポケモン、ゲットだぜ!


「大学生になってもポケモンで遊んでいるのはどうなのか」が2年ほど前から一部で話題になっていたことを、遅ればせながら知った。うちにも大学生がいるので、少なくともどういう経緯で彼らがそうなったかは私にはよく分かる。納得もできる。ついに新しい面白い時代を迎えたようだという喜びさえある。

聞くところによると、今やポケモンの世界大会というのがあるという。日本を含む各国の予選を勝ち抜いた王者たちが、世界大会に集まる。その頂点に立つのは大学生たちだ。すてきな話ではないか。全くもってスゴイ時代になったものだ。彼らの親の世代に属する私は、ただ驚きと感動を覚えるばかりである。

「ポケモン」だと文句を言われるなら他のゲームならいいのかなど言い出せばきりがない。それより私が考えるのは、今年50の私の世代と今の大学生の比較だ。比較というより同質性を感じる。仮の話にしかなりえないが、もし40年前に「ポケモン」があれば、我々はたぶん今でも続けているだろうと思う。

つまり、両者の違いは、40年前に「ポケモン」がなかったというだけだ。今の大学生は50になっても70になっても90になってもポケモンバトルをし続けるだろうと私は思う。そのほうが健全だ。たとえCGであれ人の姿をした相手と殺し合いをするゲームに没頭しはじめるくらいなら、はるかに健全だ。

私が小学6年のとき『アニメージュ』という雑誌が創刊された。創刊号を私は当時、自分で買った記憶がある。家の近所の本屋でそれを買う瞬間に抱いた感情の中身まで、昨日のことのように思い出せる。とても恥ずかしかった。からかわれるのがオチだから、これ買ったことを学校の友達に言えないと思った。

でも、それでは当時、『アニメージュ』創刊号を買った小学6年生の私が、からかわれるに決まっているから学校の友達には絶対言うまいと思ったときに浮かんだ同級生たちがどんなことに興味を持っていたかといえば、たのきんトリオだピンクレディーだ。いま思えば「大差ない」。校内暴力が流行した時代。

ならば、今年50のあなたは今でも『アニメージュ』買えるのですかと聞かれれば、「そりゃ無理だ」と応える。しかし、当時見たアニメは今でもかなり覚えているし、何度見ても面白いものは面白い。つまらないものは、申し訳ないが、淘汰される。40年後に見なおしても新鮮な感動を覚えるアニメはある。

しかし、今書いているのは、私の思い出話ではない。「大学生になってもポケモンで遊んでいるのはどうなのか」という一部の問いかけに対する答えを考えている。「大学生になってもポケモンで遊んでいる」人たちを全面的に肯定し、擁護したい。そのためにどのように言えばよいか、その論拠を探している。

2015年6月15日月曜日

聖書学者の皆さまを「ものすごく遠くから」応援しています


こんなこと、不特定多数対象想定のネットのような場所にしか決して書くことができないことなのですが(本当に大丈夫か)、ナザレのイエスの「メシア自覚」とは具体的に何だったのかを考えるたびに「ぼくがメシアですみません」と言い出しそうな平身低頭のおどおどした男の子が思い浮かんでなりません。

いちおうお断りしておきますが、「平身低頭のおどおどした男の子」というのは、あくまでも外見上のことです。外見上はパーフェクトにそう見せ(かけ)ておいて、中身はスゴイ。つまり、かなりしたたかな人ですね。ギラギラした感じではなさそうな(なにそれ)。もちろん全く私の勝手なイメージですよ。

恩師・松永希久夫先生は、史的イエス像は解釈者自身の自己投影である可能性が高い説の方でしたので、私もその線に立ちつつ自由にいろんなイメージを「読み込んで」考えています。マルクスセン『新約緒論』日本語版を用いた新約緒論は松永先生でした。新約神学は平野保先生、新約釈義は竹森満佐一先生。

私は聖書をそういうふうにだけ読む習慣を持たない人間ですが、「二千年前の神話的表象をすべて取り除いた先に浮かび上がるノンフィクションのイエスはどんな人だったの?」と問い続ける人たちにある程度付き合うことが今日の教会と牧師に求められることだったりするので、こういうことを時々考えます。

あとはやはり、あの「ひげ、長髪、長衣のイエスさま」の美術史的起源は知りたいところです。画家の自画像だったりして。たまに見かける「金髪・碧眼」は論外としても、「ひげ、長髪」は聖おにいさんまでもが乗ってるほど(という引き合いの出し方の是非は問われる可能性があるが)影響大きいですよね。

それと、十二弟子の一人のレビは元取税人ということで、わりと最近、ある先生の説教をお聴きしながら浮かんできたイメージは、ごめんなさい、やや危ない言葉使いますが「インテリヤクザ」っぽいな、というものでした。金融関係や国際商取引の知識に長け、闇の世界で顔が広い。相当有能な弟子ですよね。

パウロは帰国子女ですよね。自分でも相当勉強したヘブライ語とギリシア語を自由自在に操るバイリンガル氏。ラテン語もできたのではないかというトリリンガル説もあるようですね。ご卒業のエルサレム律法学校は後の時代の神学部でしょうか法学部でしょうか。聖書学科であることは間違いなさそうですが。

しかし、同じことを繰り返しますが、私はいつもいつもこういう聖書の読み方をしてはいないです。二千年前の神話的表象をすべて取り払った先に残るノンフィクションのイエスやパウロの実像に迫ってみせるという志は尊いですが、それはいわゆる玉ねぎ理論で、皮だ皮だと思って全部むいたら何も残らない。

ならばどうすればいいのかと問われることになるでしょうけど、私の解決策はひとつだけです。ある程度までという留保付きにはなりそうですが「ある程度まで神話的な表象」(神さまの話)を用いて現代社会の現実を説明できる場所を確保し、かつ創出し続けていくことだけです。それが教会だと思うのです。

「神とか(プ)」と笑われる場所がいくらでもあることは私だって一応現代人の端くれですから(なんでこんなことを断らなくちゃならんのかさえ分からないんですが)知っています。それはそれですよ。一概にダメとも言えない。だけど、教会は「神」をちゃんと言える場所として保ち続けなくちゃとは思う。

教会で「神」言って「プ」されるというのは一番最悪だとも思う。もちろんなんでもかんでも「神神」言えばいいってもんでもないことも分かります。ややこしいこと面倒くさいこと、場合によっては後ろめたいことを隠ぺいするために「神神」言ってけむにまくというのは最悪よりも悪い感じでもありますね。

以上、なんだかあまり盛り上がらない話題をそろそろ終わろうと思います。神学大学での聖書学の成績がものすごく悪かったこと(ほんと最悪でした)がものすごくバレてしまう書き込みで恥ずかしいです(なら書くなよと言われそうですね)。聖書学者の皆さまを、ものすごく遠くからですが応援しています。

【スピンオフ】

そうそう。あの話は、医学の話とは全く関係ないんですよ。

私の考えをそのまま書きますが、そもそも夫婦の間のこととか、だれがどうやって生まれたということを知っているのは、たぶんその夫婦だけですよね。それすら何年か経てば忘れてしまうようなことでもあるわけで。

私は自分が父と母から生まれたんだろうとは思っていますが、父と母が「どうやって」私を産んだかには興味ないし、想像したいとも思わないわけで。そもそも「そういう次元の話」ですよね。

そして聖書に書かれているのは、マリアなりヨセフなりの夢の話だったり、本人証言(であるとしか言いようがない)だったりするわけでして。本人しか知りえないきわめてプライベートな事柄について本人が「そうだ」と主張していることを、聖書の記者というか当時の教会が「信用した」だけのことですよ。

ネットの関係でも同じようなことが言えるわけです。どこのどなたさまかも分からない、面識もつながりもない方の字だけを読んで、その次に我々ができることがあるとすれば、その相手を「信用する」かどうか、だけだと思います。

医学的に辻褄が合っているかどうかという点については、2千年前の人だって疑う人は疑っていたわけで、「現代の」医学と辻褄が合わないというような話では全くありません。マリアの話を信頼した、というだけです。それはマリアという人物が信頼に足る存在だったからだと思います。

面白いおばちゃんだったのではないかと思いますね。「あたし、結婚する前に子どもできちゃったんだけどさあ。夫とも誰ともそういうの一切ありませんからね。あたしの目を見れば、うそついてるかどうか分かるはずだよ」みたいな話をよくしていたんじゃないかなと思います。

どうしてあのような証言になったのかは、いつ頃のインタヴューかにもよりますよね。おばあちゃんになってからのマリアへのインタヴューだったかもしれないし、もっと若い頃だったかもしれない。

若くして亡くなったと言われる(途中から登場しなくなる)夫ヨセフについての記憶がほとんど消えかかっているレベルの頃の証言だとすれば、最晩年かもしれませんね。

そしてもう一歩踏み込んでいえば、何歳頃のマリアだったにせよ、夫との関係を強く拒否することを証言していたのだとしたら、我々が知りたいのは、拒否の理由ですよね。彼ら夫婦に何があったのかは第三者には全く分かりませんよ。だけど、わざわざ初産に関しては関係がなかった関係がなかったと言う。

イエスさまの弟や妹については、「関係があった」とわざわざ書かれてはいませんが、否定もされていない。知りたくないですよ、べつにそんなの。書く必要ないことです。弟や妹をマリアが「どうやって」産んだかに、私は興味ないなあ。いい、いい、べつに、そこは。

だけど、長男に関しては夫婦関係は完全否定。わざわざ明言。その理由はなんでしょうかね。それは詮索しても分からないことだし、詮索すべきでもないことだと私は思うので、やはりマリアの言うとおりを「信用」するしかないと思っています。

自分の言い分を信用してもらえないことの苦しみは、だれしも多少なりとも味わってきたことでしょう。ハナからうそつき呼ばわり、非科学的呼ばわりしなくても。なぜその人はそういうことを言っているのかの意味や理由を考えることが大切ではないでしょうか。

他人の家のことに、他人はほとんど関心ないんですよ。自分の家や状況と似ていることにだけ反応して、「分かる分かる」と返してくれるか、「ありえない」と全否定されるか、どちらかですよね。細かいこと言われても分からないし、興味ない。

その点では聖書も同じです。自分の状況にカスる要素があれば「分かる」になるし、カスりもしなければ「ありえない」で片付けられる。

聖書の読み方にもカウンセラー的な態度が必要かもしれません。マリアの証言に静かに耳を傾け、この人はいま何を言おうとしているのか、この人の心の中の求めは何なのかを見抜く力が必要かもしれません。

2015年6月13日土曜日

土曜日の夜についだらだらと書く


見かけた記事に刺激されて書く。聖書で父親を意味する「アッバ」は幼子が使う言葉だから「お父ちゃん」と言っているようなものだという説明を30年前から繰り返し聞いてきたが、何度聞いても腑に落ちない。腑に落ちない理由にいま気づいた。私が自分の父親を「お父ちゃん」と呼んだ記憶がないからだ。

父親を「パパ」と呼んだことは一回もない。私の子どもたちにも「パパ」と呼ばせたことはない。常に「お父さん」と私は父親を呼んだはずだし(今もそう呼んでいる)、子どもたちも私を「お父さん」と呼ぶ。たぶんだから、アッバは幼子の言葉だから「お父ちゃん」だという三段論法が一向に腑に落ちない。

しかし、本当に言いたいことは、ここから先だ。私にもそれなりの反抗期や思春期はあった。私の子どもたちにも、それはあった。その頃のことを思い返すと、「お父さん」とストレートに呼ぶことに抵抗を感じたことがあったように思う。「あのさー」から始めて、最後まで相手の名前を呼ばない、みたいな。

それはどういう心理状態なのか説明してみろと言われても説明できない。それがきちんと説明できるくらいなら、もはや反抗期でも思春期でもない。照れているようでもあり、すねているようでもある。屈折しているようでもあり、まっすぐすぎるようでもある。あえて字にすればそんな感じではないかと思う。

対面で話しているときは目の前に本人がいるのだから「おれおれ詐欺」は成立しない。でも、親のことさえ「お父さん」「お母さん」と呼べない状態のときは自分の名前もたぶん名乗れない。電話で「ぼくだけど」「あたしだけど」と言わざるをえない心境になるときは、ないだろうか。私はある。ありすぎる。

でも、いま書いているのは、わが家の親子関係のことではない。聖書のアッバ(父)のことだ。アッバは幼子の言葉だから「お父ちゃん」だというあの有名な三段論法が、私の腑に落ちたためしがない。祈祷とは対象(オブジェクト)への呼びかけによって始められるべきである。祈祷の対象とはアッバである。

それは分かる。しかし、なんて言ったらいいのか、「思春期の祈り」(笑)とか「反抗期の祈り」(笑)とか、もっといろんなパターンが考え出されるべきではないかと思ったりする。「あのさー」で始まり、最後まで相手の名前を呼べない祈り、みたいな。祈りの関係が親子関係でたとえられるというならば。

教会が苦手な若者たちが何を感じているのかを正確に分からずにいることを申し訳なく思っているが、教会のしていることが単純に「古い」というだけではなく、実はそれほど古くもなく、さりとて新しくもない、ある時代の価値観のままで固定されているように感じられることが、うんざりするのではないか。

若者たちに分からない暗号を用いていえば、いつまでも兼高かおる世界の旅状態の教会、みたいな。的外れのことを書いているとしたら申し訳ない。兼高さんに文句を言いたいのではないので、ただちにお詫びしなくてはならない。戦後から1960年代までの一時的キリスト教ブームへの郷愁。外国への憧れ。

いま書いたことは脱線だ。「思春期の祈り」や「反抗期の祈り」に需要はないだろうか。教会の祈りにおける親子関係は、なんだかブルジョア的すぎないか。現実の家庭はもっと壊れていないか。アッバは幼子の言葉だから「お父ちゃん」だ、なんていう三段論法で片付かないほど現実の家庭は壊れていないか。

我が家のことを書いているのではない。ある意味で一般論だし、現代社会の「普遍的」と言いうるほどの深刻な問題ではないかと思うので、率直に書いている。「思春期の祈り」にも「反抗期の祈り」にも需要がないなら押し付けるつもりはない。だが、需要がないことに、絶望に近い深刻さを感じなくもない。