2008年1月27日日曜日

目標は「教義学の改革」である

私の提案の目的は、他者の領域を侵犯することではなく、教義学そのものの改革です(その中には『教義学教本』の全面的改訂という面も当然含まれます)。すなわち、「教義学の実践化」であり「日常生活化」です。それは、20世紀的な「キリスト論的集中の教義学」が温存されたままでは決して実現しえないものであると、私は信じています。固定された同一の視点から繰り出される言葉が九千頁の書物を生み出すことができたとしても、それが人の視野を広げることにはならず、かえって狭める結果をもたらすのです。我々の教義学改革を遂行するためには、「キリスト論」よりももっと広い視野を持っている、「三位一体の神のみわざ」の全体を考察対象とする、そのような根本構造を有する教義学の(古くて新しい)枠組みが再構築されることが必須的な前提条件です。そしてもしそのような枠組みを獲得できるならば、その中に現行の実践神学部門が扱っている考察領域のすべてがすっぽり収まるでしょう。「実践的教義学」が現行の実践神学的課題のすべてを扱い尽くしてしまうとしたら、その後に残っている実践神学プロパーの課題は何でしょうか。説教者のヴォイス・トレーニングとか、人格的コミュニケーションの方法とか、牧会的カウンセリングのテクニックとか、礼を失しない挨拶の仕方などだけかもしれません(いずれも間違いなく重要な課題ではあります!)。しかし、「実践的教義学」のほうがまだ形をなしていない段階ですので、先走って大口を叩くことは控えなければなりません。しかし、そのような広大な視野と考察内容を有する教義学の(もちろんきわめて荒削りでプリミティヴな)前例を過去の歴史の中から探しだすとしたら、「改革派教義学」(dogmatica reformata/ Gereformeerde Dogmatiek/ Reformed Dogmatics)以外には見つからないのです(疑う向きがあるなら、御自分でお探しになったらよいと思います)。過去の荒削りの「改革派教義学」において思索されてきた事柄の核心(ザッヘ)を、我々現代人の「庶民的生活感覚」の奥底に至るまで届かせること。そのために重要な「翻訳」(translation/ vertaling)という手続きにも丁寧かつ熱心に取り組むこと。事柄の核心に触れて人は感動し、喜びと感謝の生活を開始する。そういう展開を期待しているのです。



ただちに制度を変えてほしいと願っているわけでもない

私が思い描く「実践的教義学」の構想、すなわち、教義学と実践神学との統合についての提案は、神学大学や神学部や神学校で営まれている「実践神学」の講座を廃止すべきであるとか、教師学科試験の科目から「実践神学」を除去すべきであるというような、現行制度の改変を要求しようとしているものではありません。そのような要求は、前述のとおり、時代の逆行を意味するものでありましょうし、現実のニードに反するものでしょう。しかしまた、この提案は実践神学に対する教義学の側からのチャレンジを意味していないかと問われるなら、「そういう意味もある」と答えねばならないと考えています。私自身は、主に20世紀という一時代において通用してきた実践神学的思索を全く支配してきたと思われる、非常に一面的な仕方でなされてきた「キリスト論的基礎づけ」はもはや不可能であると確信しているのです。この場面では名前を挙げてはっきり言うほうがよいと思っています。カール・バルトやディートリヒ・ボンヘッファーの説教学、あるいはエドゥアルト・トゥルンアイゼンの牧会学などは新しい時代の幕開けを機に終わりのときを迎えるべきであったということです。「実践神学のキリスト論的基礎づけ」のすべてが間違っていると言っているのではありません。それを一つの入口もしくは出発点にすることは大切なことでもあります。しかし今さら確認するまでもないことは、「キリスト論」(leer van Christus/ Christologie)は教義学の一全体の中の一項目にすぎないということです。教義学のすべてが最初から最後まで「キリスト論」一色であるわけではありません。教義学は「キリスト論」よりも広く大きいものであり、それは神学のすべてのみならず、「三位一体の神のみわざ」(opera Dei trinitatis)のすべてを視野におさめることを本旨としているものです。また、こうも言いうる。キリスト教は「キリスト論」よりも広く大きいものです。バルトが主著『教会教義学』などの中で繰り返し「キリストと関係ないような神学はキリスト教ではない」と述べていることは、完全な間違いではありませんが、あまりにも一面的で、狭すぎます。この問題について今ここで詳述することはできませんが、短く書き置くとしたら、そのようなキリスト論への一面的な集中は我々の認識を即事的(ザッハリヒ)なあり方から遠ざけるように機能してきた面もあると私は考えています。要するに、あらゆることをキリストの名に結びつけようとする人々が現れ、またしばしば強引なこじつけが行われてきたこともあるということです。しかしまた、そのようにしてキリストと結びつけられた現実についての解釈は、しばしば絶対的な意味を含ませようと意図されているゆえに、反論不可能なものにもされやすいのです。批判を許さないゆえに、反省も、そして反省に基づく改善も、起こりようがないのです。反対に、キリストとの関係に言及しないような言説のほうはキリスト者の生にとっては何の意味も関係もないものであるかのように判断されることもありえたということです。何か出来事が起こるたびに「これとキリストとの関係は何か。これとキリストとの関係は何か。これとキリストとの関係は何か」と、いつも考え込む。その思索と瞑想の中で得られた「キリスト論的認識」(Christological knowledge)というべきただそれだけが(いわば)絶対的な真理であり、それ以外の認識については(絶対的なものの前では価値を持たない)相対的な真理であると判断されることがありえたということです。バルトやトゥルンアイゼンやボンヘッファーたち自身はもっと広い認識や判断力を持っていたに違いないのですが(彼らの神学思想に心酔するあまりこの神学者たち自身の弁護をしようとするファンクラブ会員のような人々との論争に勝てる自信はありません)、彼らの書物を繰り返し熟読し、それに心酔することによって「視野が狭くなった」人がいると、私には思われてならないのです。しかし、ここまで来ると余計なお世話の域に達してしまっているかもしれません。私の「実践的教義学」の構想が現在の実践神学へのチャレンジを意味していること自体は否定しませんが、何らかのレスポンスをしていただけるのか全く無視なさるのかは実践神学の人々の自由です。彼らの尊厳は何ら毀損されるべきではありません。ただ、彼らの姿をやや遠目に見ておりまして、今の実践神学は基礎づけの根本的な差し替えが必要ではないか、そのようにしないかぎり、彼らの将来はどんどん先細っていくばかりではないかと感じて心配しているだけです。しかし繰り返し申せば、私の主張の意図は実践神学の講座を廃止すべきであるとか教師試験科目から実践神学を外すべきであるということではありません。仮にそのような制度変更の提案ができる日が来るとしても、私の見方では、22世紀頃ではないかと思っています。



2008年1月26日土曜日

前例がないわけでもない

「実践的教義学」の構想について、やや得意げな調子で長々と書いてきました。しかし、前例が全くないと思っているわけではありません。私の関知するかぎりのことですが、現代オランダの、主として実践神学の側に、これまで書いてきたことにかなりの点で似ている例があります。すでに言及したオランダプロテスタント神学大学総長でユトレヒト大学教授であるヘリット・フレデリク・イミンク教授(prof. dr. Gerrit Frederik Immink)の主著『信仰論』(原題In God gelovenを直訳すると『神を信じる』)や、長くアムステルダム自由大学神学部で牧会学を教えてこられ、今は引退しておられるヘルベン・ヘイティンク先生(dr. Gerben Heitink)の主著『実践神学』(Praktische Theologie)などのなかに繰り返し出てくるpraktische-theologische wetenschap (英訳すればPractical-Theological Science)という表現が、それです。強いて日本語に訳すとしたら「実践的・神学的学問」でしょうか。旧来の「実践神学」という語の「実践」と「神学」の間に中黒を入れただけです。しかし、そのような解決法では日本語として何のことかさっぱり分からないこと、またイミンク先生やヘイティンク先生がpraktischeとtheologischeの間に小さなハイフンをつけている意図の深いところを日本語として表現しようとする場合、小さな中黒一つ付けて事足れりとすることで許されるとはどうしても思われないことなど、いくつかの点で不満や心配が残ります。また同じハイフン付きのpraktische-theologische wetenschapという表現にしても、イミンク先生とヘイティンク先生の間でその意図が微妙にあるいは明確に異なっているとも感じられるため、事柄がいっそう複雑化します。イミンク先生がおっしゃる場合のpraktische-theologische wetenschap(実践的・神学的学問)は、私の思い描く「実践的教義学」(Practical Dogmatics)のイメージに非常に近いものです。かたや、ヘイティンク先生の場合のそれは、むしろ「神学的行動理論」(Theological Action Theory)というべきものです。この違いは、同じ実践神学者とはいえ、イミンク先生が主に「説教学者」であるのに対して、ヘイティンク先生のほうは主に「牧会学者」ないし「牧会心理学者」であるという差異から生じているものかもしれません。イミンク先生の『信仰論』もヘイティンク先生の『実践神学』もいわゆる「実践神学概論ないし基礎論」の教科書として書かれたものですが、前者(イミンク)の論述のかなりのスペースが聖書的・教義学的裏付けのために割かれているのに対して、後者(ヘイティンク)の論述においては、教会史や神学史や哲学史を含む思想史的裏付けのために割かれています。しかし、以上の例は、前述のとおり実践神学側に見られるものです。それでは教義学側ではどうか。真に「実践的」(praktisch)であることを徹底的に追求している教義学(dogmatiek)の前例があるでしょうか。私はそのような例を寡聞にして知りません。「実践的教義学」とは、いわゆる「信徒向けの実用的で分かりやすい教理入門書」のことではありません。そのような入門的な書物には価値がないと言っているわけではなく(それは全くの誤読です)、「実践的教義学」の意図はそのようなものではないと言っているのです。それではそれは何なのか。ここまで書いたことでお分かりいただけそうなことは、私の「実践的教義学」の構想には、現代オランダの最も代表的な実践神学者たちが続けてこられた血の滲むような努力に対する、教義学側からの真摯なレスポンスとしての意図がある、ということです。



2008年1月25日金曜日

それはまた「実践神学の廃止」でもない

およそ学問とはすべて、突然ポッと天から降ってくるものではなく、いずれにせよ先人の営みを批判的に継承すべきものであるということは広く了解していただけることでしょう。この理由から、私自身もまた、両者とも古く長い伝統を有する教義学と実践神学との二分野を合体させるという道筋を考えざるをえないために、両者を統合したものであるという意味で「実践的教義学」という名称を、とりあえず暫定的に付けてみただけです。この名称自体にこだわりを持っているわけではありません。私の密かな思いは、この「実践的教義学」こそが「改革派教義学」の本旨を受け継いでいるということでもあります。しかし、事柄の趣旨を明確にするために、ある特色をもった名称を付けることは便利で有益なことでもあるでしょう。名称の意図は、今日日本国内の少なからざる大学に「政治経済学部」や「法経学部」といった学部があることを考えていただくことによって必ずご理解いただけることです。政治学と経済学、法学と経済学など、一見すると異なる学問領域どうしが同居している学部です。学校経営上の苦肉の策としての統合という面もあるのかもしれませんが、表向きに語られていることは、たいてい、統合の積極的な側面です。経済問題に無頓着な政治も、反対の政治問題に無頓着な経済も、とても危なっかしいものであるというふうに語られます。あるいは、政治や経済には必ずや法的裏打ちというものが不可欠であるというふうに語られます。「実践的教義学」の主張にも、これと似たような理由があります。いずれにせよ、統合の積極的側面を強調したいと願っています。説教、牧会、宣教、礼拝など(旧来の)実践神学的諸課題に対して無頓着ないし無関心であるような「教義学」は、危なっかしいとかいう以前に、存在理由さえ不明です。逆も然り。教義学的基礎づけを失った一般的行動理論としての「実践神学」は、「神学」を自称することを早くやめるべきです。教義学と実践神学との関係は、《統合》という帰結をほとんど必然化していると確信できるほどに密接不可分の関係にある。これが「実践的教義学」という名称の意図です。しかし、教義学と実践神学の《統合》を語るときに予想される反発や反論の多くは、おそらく実践神学の側から出てくるものであろうと思われます。その理由を説明するのは簡単です。両者の歴史を比較すると、教義学のほうがはるかに古く、実践神学はごく最近のもの(と言っても二世紀ほど前)です。そもそも「実践神学」は教義学の中から分かれ出たものです。あるいはもっと根源的な言い方をすれば、そもそも「神学」には「教義学」しか無かったのです。この点から言えば、教義学と実践神学を統合すべきであるという私の提案は、歴史の逆行であり、時計の逆回しであり、実践神学の側から見れば、自分たちが長年かけて築いてきたものの「廃止」を意味するのではないかと感じられるでしょうから、その点からの反発を呼び起こすものになることは必至です。しかし、私の意図はそういうことではありません。この点の断り書きは、繰り返し強調しなければならないことでしょう。何より、今の欧米の現実が私の行く手を阻みます。「実践神学」は魅力的な学としてもてはやされていますが、「教義学」は全く人気がないものになっているということを、私は知っています。専任の「教義学者」は存在しないが「実践神学者」はたくさんいるという神学部や神学校が欧米にはたくさんあるということを知っています。教義学の書物のほうは全く売れませんが、実践神学の書物は飛ぶように売れています。その現実を知らずに言っているわけではないのです。「実践神学の廃止」など言おうものなら、その次の瞬間に何が起こるかを分かっているつもりです。「教義学」というのが今でも存続する「学問」であると認識しているキリスト者は、今の世界の中ではごく僅かになっていることも分かっています。「教義」とかそういうのは、ハリー・ポッターの通うホグワーツ魔法学校の教科書に書いてあるようなことではないかというくらいに思われている。しかし、私自身の願っていることは「実践神学の廃止」ではなく「教義学の実践化」です。そして、この「教義学の実践化」が目指していることは、近年流行している表現でいえば、「教理と生活の一致」であり、「生活化された教理」です。あるいは、現在のオランダプロテスタント神学大学総長であるF. G. イミンク教授の教える「生活として営まれる信仰」(geleefde geloof)です。ただし、イミンク先生は「実践神学者」です。イミンク先生御自身が「教義学の廃止」までお語りになることはありませんし、そのようにお語りになることはありえないことだと思いますが、御自身を教義学者と称されることも、おそらく決してないでしょう。私はイミンク先生を心から尊敬している者ですが、あえてイミンク先生の反対の道を進みたい。「実践神学者になりたい」とはどうしても思えない。教義学(しかも「改革派の」教義学)に魅了され続けています。また私は「教理の実践化」や「教理の生活化」ということを語るだけでは満足できません。「教義学的思索そのもの」の実践化ないし生活化を求めています。その地点に到達するまでは、我々人間の精神や肉体の存在が真の満足や安心を得ることはできそうもないと感じています。加えて言えば、「教義学」は教義学者だけによって営まれるものではありえませんが、しかしまた、少なくとも「教義学者」と呼ばれるこの道の専門家たち自身が人生の楽しみや遊びを十分に満喫しないかぎり、「教義学の実践化ないし生活化」という目標は、達成されることも、完成の日を見ることも、ありえそうにありません。教義学を最大限に実践化すること。まさに文字通りの「庶民的生活感覚」と深く刺激的に絡み合えるほどまでに、教義学を日常生活化すること。人生を楽しむ教義学者が世に立つこと。そして、そのようにして「教会の学としての教義学」(Dogmatik als Wissenschaft der Kirche)が、このわたしの人生の楽しみになること。この切なる願いが、今や、私の生きる力、人生の希望になっています。



それは「教義学的実践神学」でも「教義学の闘争理論化」でもない

今日は東京に行きました。日本キリスト改革派教会の一委員会の仕事をしました。重要な話し合いをしました。

明日の夕方も東京です。アジア・カルヴァン学会の運営委員会です。今年もまた忙しくなるのでしょうか。

さて、「実践的教義学」について書きながら同時に考えていたことは「教義学的実践神学」(dogmatische-praktische theologie)のほうはどうだろうかという問題です。

もちろんそういうのは十分ありうるものでしょう。そういうものを実際に見た記憶があります(そういうことを主張している本を見た記憶があるという意味ではなく、そういう調子の実践神学がどこかの教室で教えられていた場面を見た記憶があるという意味です)。

しかし、「教義学的実践神学」とは何かを考えはじめると、ぼんやりとではありますが私には余り興味を持てそうになさそうなものが心に浮かんできます。悪い意味での「独断論的(dogmatische!)実践神学」のようなものが。

そちらの方向に進んでいくならば、実践神学の自治性や固有性を阻害することになってしまうのではないかと危惧を感じます。

また「教義学的実践神学」と聞くとやはり、「教義学」のほうは純粋理論であるとみなされ、その純粋理論の実際的な応用が「実践神学」であるとみなされているかのようです。しかし、私の考える「実践的教義学」は、そのような旧来の固定的な思想の枠組みを打破するものです。

「実践的教義学」は、もちろん教義学です。しかし、その教義学は、現実世界から受ける影響やすべての不純物から浄化され精錬された真空の中にのみ成立しうる「純粋理論」というようなものではありえません。全く正反対です。

それではそれはどういうものか。ファン・ルーラーが好んで用いる表現を借りて言えば「庶民的生活感覚」(gewone levensgevoel)が、思索の奥深くにしっかりと組み込まれているような教義学です。御言葉の奉仕者が語る言葉、抱く気持ちの中にそのような生活感覚ないし感性がしっとり馴染んでいるようなところに生まれ出てくる教義学である、と言っておきます。「生活臭がする教義学」あたりが最も端的なキャッチフレーズかもしれない。

そういう汗臭そうなの、あるいは泥臭そうなのはご勘弁願いたい(そうでなくても抹香臭く、胡散臭いのに)と敬遠する向きがあることは、よく分かっているつもりです。

しかし「実践的教義学」と言っても、私に限っては、「実践」の名のもとにあって、緻密な理論と政略性を有するギラギラした「行動理論」(action theory)をかび臭い教義学の中に組み込むことによって、あるいはそのような「実践的行動理論を教会用語に翻訳すること」によって、社会的闘争の神学の構築をめざすべきであるというような過激なアクチュアリズムを主張したいわけではありません。

そのような作為的で計略的で全く押しつけがましく尊大で狡猾なやり方は、それこそ私の感性には全く合わないものです。そういうのは、どうか、今すぐにでもお引き取りいただきたいとさえ願っています。

私の求めている道は、もうちょっと穏やかで、公明正大で、正々堂々としていそうなものです。穏やかだけど、人の心の中の疑問や悩み、悲しみや嘆きを深く読みとる力を持っている教義学、のようなもの。個人と社会の現実の壁を乗り越える勇気と知恵をもった教義学、のようなもの。ずばり「これである」と表現するのは、とても難しいものです。


2008年1月24日木曜日

「実践的教義学」とは何か

教義学と実践神学の合体形としての「実践的教義学」(praktische dogmatiek)というものを考え始めたのは神戸改革派神学校で学んでいたときです。そこで得た体験は、教義学者による説教学講義でした。それは実に素晴らしいものであり、それまで学んできたいかなる説教学講義よりも優れたものであり、あらゆる面で他者を凌駕していました。そのとき私に判明したことは、全く単純な事実でした。すなわち、説教学は徹底的に教義学的基礎づけを必要としているということでした。あるいは、こうも言いうる。実践神学の一教科としての説教学はむしろ教義学の一項目としての「説教論」(leer van het preek/ doctrine of the preaching)であるべきであり、できれば教義学における「聖霊論」(pneumatologie)という大項目の内部に位置づけられるべきであるということでした。また、その後まもなく私はファン・ルーラーの研究に没頭しはじめるのですが、オランダ・アペルドールン神学大学の引退教授J. J. レベルのユトレヒト大学神学博士号請求論文『聖霊論的視座における牧会学―A. A. ファン・ルーラーの思索に基づく神学的レスポンス』(1981年)を読んで感動を覚えました。それによって、牧会学(牧会論)もまた教義学における「聖霊論」にこそ位置づけられるべきであるということが判明しました。さらに、宣教学(宣教論)についても同様のことがありました。やはりファン・ルーラーを題材にした学位論文であるJ. M. ファント・クルイスの『宣教運動としての聖霊―宣教論の今日的議論における改革派神学の役割と責任についての研究』(1997年)に触発され、宣教論が教義学的(聖霊論的)基礎づけをいかに必要としているかを認識しました。こうして私は、説教学、牧会学、宣教学といった旧来は実践神学部門の主要教科として知られてきたものは、すべて教義学の中に、とりわけ「聖霊論」の中に吸収されるべきものであると考えるに至りました。しかしまた、このように私が考えることで目指していることは、旧来の実践神学部門のすべてを教義学が吸収することによって実践神学的考察領域そのものの固有性や自治性を妨げることにあるのではありません。事態はむしろ逆で、教義学こそが、しばしば陥りやすい抽象性のすべてから解放され、本来有すべき「実践性」を回復することにあります。私が抱く単純かつ根本的な問いは、「教会の学としての教義学」(Dogmatik als Wissenschaft der Kirche)が、どうして説教や牧会や宣教といった教会の現場の具体的・実際的・現実的課題から切り離されて論じられてよいだろうかということです。また、実践神学は単なるハウツーに終わるものであってはならないとも思います。「聖霊論」は教会論を当然内包しますが、教会論に尽きるものではありません。「聖霊論」は内在的三位一体論(父・子・聖霊)と経綸的三位一体論(創造・贖い・聖化と完成)とを前提するものであり、とくに「創造」(Creatio)と「贖い」(Redemptio)のジンテーゼとしての「聖化と完成」(Sanctificatio et perfectio)のみわざを「聖霊」が担うという充当論的理解に立ちます。つまり、我々の聖霊論は、「聖霊」とは「贖いによる創造の本来性の回復としての再創造(recreatio)」を生起する三位一体の第三位格であるという理解に立つのです。その場合、聖霊のみわざによって「再創造」が生起する領域は教会の壁の内(intra muros ecclesiae)のみならず、教会の壁の外(extra muros ecclesiae)を含むことは明白です。そして「教会の壁の外」とは、言うまでもなく、「被造的現実」(created reality/ geschapen werkelijkheid)のすべてであり、換言すれば、神が創造された「世界」そのものです。こうして「聖霊論」とは教会論と(いわば)世界論とを併せ持つものであり、広大な視野を我々に提供するものであると説明することができます。その中に位置づけられる説教論、牧会論、宣教論の基本性格とはどのようなものでしょうか。私の考えはここでも単純です。教義学からいくぶん切り離されたところで論じられてきた従来の実践神学的説教学がしばしばその面に偏ってきたと私には思われる「教会の内から外なる世界へ」という(多くの場合《世俗主義批判》を帰結する)視線は、「実践的教義学」における「聖霊論」の思惟過程のなかでいったん反転され、「教会の外なる世界から教会の内へ」という(ある意味での《教会批判》をうながす)視線を正当な神学的考察対象として受け入れることができるようになります。牧会学、宣教学においても然り。このようにして、私の思い描く「実践的教義学」は、教会と世俗主義は常に対立しあい、罵倒しあい、憎み合うべきものなどではありえず、むしろ対話と協力の関係をこそ積極的に構築していくべきであるという(今日においては広く了解されている)事実を、論理的・神学的に示しうるでしょう。



若き教義学者へ 追伸

「補助学」(Hilfswissenschaft)としての教会史研究という点について。私の体験から見た問題点は、とっくの昔に語り尽くされていることかもしれません。ちなみに私は、教会史ないし歴史神学の中に「狭義の聖書学」を含めるべきではないかと考えています。聖書学と教会史とに共通する方法論的基盤としての歴史学は、組織神学や実践神学に比べると、学術的体裁を取りやすいものです(事実、現在の日本の神学大学や神学部や神学校の「紀要」に掲載されている論文の多くが歴史学的体裁をとっています)。しかし、まさに学術的体裁を取りやすい分、研究者自身の「実存」がストレートには問われない面があります。「学問の衣」をまとって、シレッとしていられるところがある。語学が達者である。高度で難解な論理を自在に操ることができる。しかし人格的・倫理的には全く破綻している。教会には通わない。そのような「教会史研究者」にも、実際に出会ったことがあります。教義学と実践神学、あるいは両者を合体させた「実践的教義学」は、間違いなく「実存的学問」であると表現できます。「あなた自身は何を信じ、どのように伝えようとしているのか」がはっきり分かるものです。常に闘いの矢面に立ち、あるいは常に十字架の上に張りつけにされているような「学」です。私が出会ってきた典型的な歴史的相対主義者の何人かは、「あの人はこう言っている、この人はこう言っている」と紹介するだけでした。「分かりました。それでは、先生御自身はどのように信じておられるのですか」と質問しても、愚問をあしらうような目でにらまれるばかりで、答えてもらえない方々でした。しかし、歴史研究を「補助学」と呼ぶのは、それを「不要」とみなすことではなく、むしろ「必要不可欠」であり、「助けになるもの」とみなすことでもありましょう。ただ、気持ちとしては、歴史研究の部分を(バルトと同じように)小さなポイントの字で書き、教義学の部分を大きな字で書いてほしい。私が考えているのはその程度のことであり、ある意味で技術的なことにすぎません。



2008年1月23日水曜日

若き教義学者へ

私の頭と心を支配している一つの事柄は、今が日本における改革派神学の「再興期」なのか、それとも「衰退期」なのかの判断は甚だ微妙であるということです。だれか一個人の責任であると言っているわけではありません。国際的にも似たような現象があると感じられます。一言でいえば、現在の改革派神学は「世俗化」(Secularization/ ontkerkelijking)の問題に対して余りにも無策すぎるのではないかと思われてならないのです。バルトやモルトマンのように(「WCCやWARCのように」と言い換えてもよいかもしれません)なっていけばよいとは思っていません。「世における教会」・「世と共にある教会」・「世のための教会」を語ることによって事実上の教会解体論を訴える人々を、私は痛いほど見てきました。しかし他方、だからといって我々が「教会への引きこもり」を是としてよいわけでもない。教会や神学校を「マサダの要塞」にしてしまってはならない。むしろ我々はキリスト者と自分自身に向かって、ファン・ルーラーのように「世を前にして立つ勇気を持て!」(Heb moed voor de wereld!)と呼びかけねばならない。「世の問題から目を背ける罪」について語らなければならない。しかも、私が「世の問題」という場合には、言うまでもなく政治や社会の問題を含めて述べようとしているのですが、「世における教会」・「世と共にある教会」・「世のための教会」というものが常に「世に抵抗する教会」・「世を罵倒する教会」・「世を憎む教会」という様相を呈するだけのものであってはならないと思っているのです。極度の世俗化受容に基づく「教会解体論」は暴力です。しかしまた、かたや「教会の(一方的な)世俗主義批判」のほうも、私に言わせていただけば、れっきとした暴力の一種なのです。具体的に言えば、世と教会との板挟みの位置で苦しんでいるキリスト者たちの精神と肉体を、我々の語る「説教」が不断に・継続的に・連続的に攻撃し続けた結果、最悪の場合は破滅の道に人を追いやることがありうるのです。現在最も気になっていることは、今の多くの改革派神学者が取り組んでいる「(改革派的)霊性の神学」の行方です。二点、率直に申し上げます。私が気になっている第一の点は、それを探究していく手法として「源泉複初」(ad fontes)の道を進むことは妥当かという問題です。ある人々は「カルヴァン」へと複初する。他の人々は「第二次宗教改革」に。あるいは「カルヴァン」と「第二次宗教改革」の両方に、といった具合に。歴史的源流に遡ることが学問において不可欠であることは、当然です。しかし、私はここで急にバルト主義者になります。教会史ないし歴史神学の研究は、教義学にとっての「補助学」(Hilfswissenschaft)です!「教義学」と「歴史神学」はもはや別の分野であるとみなされるべきです。「教義学」は、むしろ「実践神学」のほうにより近く立つべきです。しかしまた、「(改革派的)霊性の神学」の教義学的・実践神学的取り組みにおいて私が期待していることは、内面性の問題にとどまらないこと。(あえていえば)外面性の問題を考え抜くこと。さらに、内面性と外面性との相互関係や交換運動を把握することです。すなわち、“内から外へと出ていく運動”、あるいは“内と外との間で不断に繰り返される往復運動”、さらに“「内から外を見る視点」と「外から内を見る視点」との交換運動”などを、精密かつ広範にとらえつくすことです。それは、概念的にはファン・ルーラーの主張する「アポストラートの神学」や「聖霊論」の中にすべて含まれてしまうものかもしれません。しかし、私が期待していることは、(日本語に訳されるところの)「伝道」とか「教会形成」というような次元をもう少し超えたところです。「伝道」にせよ「教会形成」にせよ、それらの概念において支配的な視点は「教会の視点」であり「牧師の視点」です。悪く言えば「教会経営者の視点」です。この視点を逆転させてみる。ごく卑近な例で言えば、「教会に行ってみたいが何となく敷居が高いと感じている人々の視点」とか、「教会に通い始めてみたが古参の人々が教会のまんなかにどっかり座っていて新入りには冷たいと感じたので通うのを止めた人々の視点」とか、「チラシをもらって恐る恐る礼拝に行ってみたが、説教が専門用語の羅列でチンプンカンプンだったので馬鹿にされていると感じられて腹が立った。あんなところに二度と行くものかと心に誓った人々の視点」など(他にもたくさんあると思います)。これらの視点から見えるものを「教義学的・実践神学的に」評価していく。そして、もちろん大いに反省材料とする。一方のキリスト者と教会の存在を「外から」見ている人々が持っている真理と他方の純粋神学的ないし教義学的真理との両者は、カントの言葉を借りれば「アンチノミー」(二律背反)であると私には思われます。私が気になっている第二の点は、「(改革派的)霊性の神学」は社会倫理を生み出すことができるでしょうかという点です。ある意味で熊野義孝的な問いかもしれません。これは私が以前から申し上げてきた「現代の改革派神学には一種独特のセンチメンタリズムがある」という意見の裏側にある問いでもあります。改革派センチメンタリズムは、「内面性への引きこもり」をますます助長する道ではないでしょうか。「慰め」も「喜び」も、まことに結構なことではあります。ファン・ルーラーに「喜びの神学」があるという点は、私も声を大にして語りたいことです。しかし、その面ばかりを極度に押し進めるだけならば「自慰的である」との非難を必ず受けるでしょう。純粋神学の砦に立てこもり、自分自身と自説の理解者たちのみを慰め、励まし、喜びを分かち合う。その種の(悪い意味での)「ゲットー化」とはちょうど正反対の道を進んでいくことが我々の課題ではないかと私は考えています。しかも、それを私はあくまでも「改革派教義学」の枠組みの中で考えていくべきであると信じています。



静かなる、僅かなる前進

今日は、私が最も尊敬している日本の若き教義学者に宛てて、非常に長いメールを書きました。ありとあらゆることを思いめぐらしながら一生懸命に書いたので、ちょっとくたびれました。今日も部屋の中に響いている音は、私の打つキーボードの音だけです。まさに近づきつつある新しい時代の足音がズシンズシン鳴り響いているのは、私の心の中だけです。道は開けるでしょうか。このところ、カントを読むことができません。伊東美咲さんも米倉涼子さんも見ることができません。テレビそのものを見ていないわけでもなく、昨日と今日と続けて見たのは「恋ノチカラ」(主演 深津絵里さん)の再放送だったりする。数年前、夢中になって見たドラマです。今年もこんな感じで、集中力のない、ありとあらゆる方向へ意識が拡散していく生活を送ることになるのでしょう。ある先生から「牧師をするか勉強するかは、あれかこれかだよ」と教えられたことがあります。「牧師をしたことがない神学者」も「神学を学ぼうとしない牧師」も私にとっては全く受け入れることができない存在ですが、「意識の無際限の拡散」と「意識を集中して書物を書くこと(論文執筆や翻訳などを含む)」はたぶん決して両立しえない二極であることも体験的かつ実証的な事実ではあります。私の性格の問題もあるでしょう。毎年一冊ずつといったペースで次々と著書や訳書を物していく「神学的牧師」の存在は、私の目から見ると、奇跡以外の何ものにも見えません。



2008年1月22日火曜日

日記を書かないほうが良さそうな日

日曜日はやはり日記を書くことができませんでした。書けない理由にも気づきました。礼拝説教と結婚準備会と受洗準備会を行いました。結婚準備会は、結婚式そのものの準備もさることながら、若い二人の一生の問題を聖書の教えに照らして考えることの大切さをしっかり語っていますので、まさに求道者会さながらです。ご本人たちもそのような学びのときを喜んでおられます。受洗準備会は、これをしているとき「牧師をしていてよかった」と最も実感できる喜びの瞬間です。私にとってその実感は、礼拝説教のときに感じるもの以上です。イースター礼拝での洗礼式をめざしています。礼拝説教は、毎週5500~6000字程度の原稿を書きおろし、すべてをブログにアップし、希望者にメールマガジンで配信しています。どのみち、二度と同じ原稿を同じ講壇の上で読み上げることは、私の場合はありません。そういうことはしない主義です。どれほど時間をかけて書いてもわずか30分足らずで読み終わる、一生に一度かぎり用いるだけの原稿です。そういうものは、牧師室の書棚にファイルして眠らせておくよりも、いつでもだれかに読んでいただけるようにウェブ上にさらしておくほうが意味があるのではないかと考えた末の公開です。そもそも説教とは公開されるべきものです。説教とは「パブリック・スピーキング」なのです(石丸新先生の『パブリック・スピーキングとしての説教』(聖恵授産所出版部、1990年)は優れた書物です)。「公開できない説教」は言葉の矛盾です。しかも説教は本来「無料で」提供されるべきものです。説教者がいただく謝儀は「講演料」ではありません。有料で書店に並べられている「説教集」には、言葉の矛盾があるような気がしてなりません。いつでもだれでも無料で読むことができる「インターネット説教集」は現時点においては最良の提示方法ではないかと思っています。しかし、です。結婚準備会と受洗準備会は「公開できないもの」あるいは「公開してはならないもの」です。それは個人情報であり、守秘事項です。日曜日の仕事において牧師たちが扱っているものは、「地の果てまで公開されるべき事柄」(説教)だけではありません。ちょうど正反対の「決して公開されてはならない事柄」(牧会)をも扱っているのです。日曜日に日記を書くことができない理由は、私の場合、どうやらこのあたりにありそうだと気づきました。三日以上続けるために、その時その時の関心を率直に書くことにした日記です。「公開すべき事柄」と「公開してはならない事柄」が私の頭と心の中いっぱいに詰まっている日曜日には、この日記を書くべきではない。うっかりポロリしてしまうかもしれません。