2026年1月6日火曜日

本をどちらに置くか問題

マクグラスの『カルヴァンの生涯』を「マクグラスの一次文献」の側に置く


【本をどちらに置くか問題】

私がよく「首をひねる」と「頭をひねる」の中間に置かれる問題は「本をどちらに並べるか問題」だ。たかが私の蔵書、具体例は多くはない。

① たとえば私はマクグラスの『ジャン・カルヴァンの生涯』を「カルヴァンの二次文献」に置き、「マクグラスの一次文献」の側に置いていないが、これでいいかどうか。

「マクグラスの一次文献」にマクグラスの『カルヴァンの生涯』を置かない

② ふたつめは、同じ『ルターとカルヴァン』という題の本でも、ヴィスロフのそれは「ルターの二次文献」の側に置き、オーバーマンのそれは「カルヴァンの二次文献」の側に置いているが、それでいいかどうか。ついでに、アウレンの『勝利者キリスト』を「ルターの二次文献」に置いているが、それもどうか。

ヴィスロフの『ルターとカルヴァン』は「ルターの二次文献」の側に置く

オーバーマンの『ルターとカルヴァン』は「カルヴァンの二次文献」の側に置く

③ みっつめは、バルトの『カルヴァンの神学』を「カルヴァンの二次文献」の側に置かず「バルトの一次文献」の側に置いているが、ベルカウワーの『バルトの恩寵の勝利』は「バルトの二次文献」の側には置かず「ベルカウワーの一次文献」の側に置いている。これでいいかどうか。格付けの問題かもしれない。

バルトの『カルヴァンの神学』は「バルトの一次文献」の側に置く

ベルカウワーの『バルトの恩寵の勝利』は「ベルカウワーの一次文献」の側に置く


④ よっつめで終わりだが、ジャック・デリダの『ヘーゲルの時代』を「ヘーゲルの二次文献」の側ではなく「デリダの一次文献」の側に置いている。一種のパズルをしている気持ちになる。「あなたならどうする」とだれかに尋ねてみたくなるが、模範解答は求めないし、ルールのようなものに縛られたくはない。

デリダの『ヘーゲルの時代』は「デリダの一次文献」の側に置く

⑤ まだあった。「終わり」と言わないほうがよさそうだ。いつつめは、ハンナ・アーレントの『カント政治哲学の講義』を「アーレントの一次文献」をこれしか持っていないのもあり「カントの二次文献」の中に置いている。類例かどうか微妙だが、バルトの『モーツァルト』は「バルトの一次文献」の中にある。

アーレントの『カント政治哲学の講義』を「カントの二次文献」の中に置く

バルトの『モーツァルト』は「バルトの一次文献」の中にある