2017年4月8日土曜日

レリゴー神学の限界

ヘンドリクス・ベルコフ『確かなる希望』日本語版(1971年)
これは素晴らしいな。

「新約聖書の未来待望を現代的実存論的に解釈したブルトマン神学は、特に1950年代から60年代にかけて多くの人々を魅了したが、現在ではそれはかなり衰退した。その理由は少なくとも二つある。

その一つは、時間的要素や発展的発想というものは、(ブルトマンのいうような)単に神話的表現だけでなく、事柄の本質に属していて、決して聖書の未来待望から除去することはできない、ということである。

第二の理由は次のようにいうことができる。即ち、ブルトマンの提題は戦後間もなく戦争の衝撃(ショック)がまだ強烈に残っていた時には人々に訴える力をもっていたが、地上的世界から逃避した実存主義はやがて修正を迫られ、真の自由と平等と兄弟愛を求めて戦う理想主義に道をゆずらねばならなかった、ということである。」

ヘンドリクス・ベルコフ『確かなる希望』藤本治祥訳、日本基督教団出版局、1971年(原著1969年)、11頁。

この批判は当たっている。

乱暴な言い方ではあるが「聖書を非神話化したうえで実存主義でレリゴーを語る神学」というのは、どれほど批判的学術的体裁をとっていようと、最終的にはお行儀よく飼いならされてしまうだけだ。

逃避しているだけで、参加していないし、戦っていない。

正体は1970年代には暴かれていたというわけだ。

2017年4月6日木曜日

所信


各位

私が日本基督教団に戻った理由は思想信条の問題ではありません。教師転入試験の論文に私が明記したのは「教団のシステムでは教師に戒規を適用するのは不可能だと確信したので教師に戒規を適用しうる教派に移った。しかし戒規執行の事実を知り、私の考えが間違っていたことを悟った」ということでした。

1997年1月から2015年12月までの19年間も日本基督教団の外にいた人間に、教団内で執行された戒規の意味などは全く分かりませんでしたし、いまだに分かりません。これからも分からないと思います。裁判が行われているようですが、なぜ裁判になっているのか、その意味を理解できていません。

教団転入試験の面接で教師検定委員会の全員から転入(実質「復帰」)の理由を問われました。私が答えたのは「日本キリスト改革派教会のどの教会からも招聘していただけません。それで教団に戻ることにしました。いけませんか」ということでした。それで皆さんお黙りになりました。理由はそれだけです。

私は高校からストレートで東京神学大学に入学した人間ですので、専門職としての職業の根拠となる学位や資格を考えれば、牧師以外の仕事をするとしたら、無資格・未経験のパート労働がかろうじて可能なだけです。その道を選ぶよりも、責任的に働きうる牧師の職を求めているというのが正直なところです。

「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を諸教会がどのように扱っておられるかを判断する材料は、今の私にはありません。お約束できるのは、たとえ牧師が交代したからといって、各個教会が長年続けてこられたことをただちに変更するような愚かなことを私はしない、ということです。

たとえば聖書朗読や献金の順序など礼拝順序のほんの一箇所を変更するだけでも、それを牧師の一存でするようなことは、私はいまだかつてしたことがありませんし、これからもしません。それは長老主義の原則に著しく反します。長老主義だけでなく、会議制に基づくすべてのキリスト教会の原則に反します。

多くの方々からほぼ一様に、「あなたが日本基督教団の教会に牧師として復職する際には、なぜ教団を辞めたのか、なぜ戻ってきたのかを問われることになるだろう」と言われてきました。その問いに対する明確な答えを私はいまだに持っていません。唯一私に語ることができるのは「地方伝道」との関係です。

大都市圏在住者は自分の思想信条によって教会を選ぶことができますが、地方在住者にはできません。「改革派教会」の教師になって分かったのは、大都市圏の「改革派教会」で受洗した人が転勤等で地方に転居すると、最寄りの教会が属する他教団へ転出するか、「教会生活をやめる」かするということです。

後者の場合はとても残念な結果であると私は認識します。しかし単なる私の当て推量ではなく事実です。複数の実例を知っています。これこそが教派主義の持つ致命的な欠点であるということを、私は「日本キリスト改革派教会」の教師としての19年間の生活において知りました。身にしみて分かりました。

また現実問題として、約70年前に純粋な教派主義を標榜して日本基督教団を離脱した教団・教派といえど、勢いづいていた初期の頃はともかく、70年後の今でも純粋な教派主義を内実において維持しえている教会は少なく、多くの教会は日本基督教団など他の教団・教派の出身者で占められ、混合状態です。

現時点ではこれですべてです。私が表明しうる「日本基督教団に戻った理由」は「地方伝道を引き続き継続推進するためには教派主義では限界がある。合同教会が必要である」という結論に至った、ということです。これはポジティヴな理由ではないでしょうか。ご評価いただきたくよろしくお願いいたします。

2017年4月6日

日本基督教団教師  関口 康

2017年4月5日水曜日

「小さい教会」という言い方についての小さな苦言

本文とは関係ありません
どうだろ。目や耳にするたびにいつも気になるのだが、数十年単位でその教会にいたわけでもないという意味で「外から来た」牧師なり信徒なりが「うちは小さい教会なので」とか言い出すのが、かなり違和感ある。だってそれも結局、相対評価でしょうに。どこと較べてんの?自分が元いた教会?どこ基準さ?

挙句の果てに、礼拝の中でのお祈りで「この小さい教会を」とか「この少ない礼拝を」とか言い出したり。その場で家に帰りたくなる。逆に、数十年単位でその教会にいた方々が「小さくなった」とか「少なくなった」とかおっしゃるのも聞いていて胸も頭も痛くなる。なぜわざわざ言わなきゃ気が済まないの?

ものの考え方のクセのようになってしまっていて、ご自分たちでも無自覚なのかもしれない。こういうことを書くのも、批判というより「気づいてくださいよ」と言いたい気持ち。謙遜のつもりかもしれないというのは分かる。でも、だから前記の意味の「外から来た人たち」がそれを言うのが気になるわけだ。

ひとつの教会に長くいれば、それはもういろいろある。四分五裂もある。それでも教会に踏みとどまってきた人たちの前で、そのいろいろに居合わせたわけでもないという意味で何も知らない「外から来た人たち」が、現象面だけを見て「小さい教会」「少ない教会」と、よく口にできると、呆れる思いになる。

教会の規模が持つ意味は、初めての方には敏感に分かることだとは思う。あまりいろいろ構われたくなくて、そっと行ってそっと帰りたい方々にとっては「その他大勢」の扱いをしてもらえそうな規模の教会の中に紛れ込みたいだろうし、会話やふれあいを求めたい方々は規模が小さいほうがありがたいだろう。

でも、初めての方にちょっとだけ分かってもらいたいのは、「小さい教会」「少ない教会」は、初めから小さくあろうとしたわけではないし、「成長したい」という願いを全く持っていないわけではないということだ。「小さい教会」「少ない教会」と言われると、教会の人は、少なからずがっかりするものだ。

今書いていることは、初めての方や、最近通いはじめた方々や、赴任したばかりの牧師は、古くからの教会員を斟酌すべきだとか忖度すべきだとか言いたいのではない。小さい教会を見ると「小さい」と言うのは、太った人を見ると「太っている」と見たままを言うのと似ているのではないかと言いたいだけだ。

サイボーグ009に惹かれる理由

マウスだけで描くのは難しいです
先日ヤフオクで入手した、巨匠・石ノ森章太郎先生のマンガ『サイボーグ009』(秋田書店・豪華版、全23巻)をこのところ毎日読んでいる。絵やセリフや価値観に時代性を感じるのはご愛嬌。興味深いのは、随所随所に「サイボーグは人よ。ロボットではないわ」(大意)というセリフが出てくることだ。

サイボーグについての詳しい知識などは私には全くないが、このマンガにおける「サイボーグ」とは、現在すでに実用化されている義手義足や体内に入れる人工部品がもっともっと極まった状態を指していると思われる。当然のことながら元々は人間であり、かつ「人間性」を失うことはないのがサイボーグだ。

最終的に残る人間性の根拠は、おそらく「脳」だ。脳まで入れ替えてしまえばロボットと呼ばざるをえない。私がそのようにとらえているということでなく、そういう存在としてサイボーグを石ノ森先生が描いておられる。少なくとも私にはそう読める。異説があるなら尊重する。論争に巻き込まれたくはない。

この件に関してはわりと最近書いたような気がするが、私が『サイボーグ009』というこのマンガに惹かれるのは、登場人物がかっこいいとか内容が面白いとか、そういう要素が無いわけではないが、それ以上に「それでは人間とは何なのか」という問いを、読むたびに突きつけられ、考えさせられるからだ。

どの部分まで残れば「人間」と言えるのか。どの部分からは人工の代替品に置き換えてもギリギリ「生きている」と言えるのか。全部残るのがいちばんいいに決まっているだろう。しかし加齢や病気や事故などで失ってしまう身体のパーツや能力は現実にある。あそこは動かなくなった、ここは無くなった、と。

それでも絶望しないで「人間として生きている」と喜びをもって実感できる状態はどこまでかを考えさせられてきた。他にも同じようなテーマのマンガがあるのかもしれないが、私は『サイボーグ009』しか知らないし、これ以上知りたいとは思わない。マンガそのものは何年か前からほとんど読んでいない。
お絵描きの練習をしているだけです

2017年4月4日火曜日

遅れをとりました

新訂版『ファン・ルーラー著作集』(画像は第4巻まで)
昨夜就寝前に驚いた。オランダで2007年から刊行が始まった新訂版『ファン・ルーラー著作集』が、2011年発売の第4巻(2分冊)以降、刊行がストップしている。と思っていた。しかし昨夜出版元サイトを確認したら、なぜか第5巻なしに第6巻(2分冊)がすでに刊行されている?!これは不覚だ。

出版元サイトで公開されている情報は限られたことだけで新訂版『ファン・ルーラー著作集』第6巻(2分冊)の発売日がいつだったのかさえよく分からない。しかし、それは問題でない。このシリーズは全巻購入を予約し、新刊発売と同時に送ってもらってきた。これから届くのか。たぶん届かない気がする。

というわけで、昨夜さっそく出版社宛てにメールを送った。私は全巻購入予約をしている者だ。第6巻(2分冊)がすでに出版されているようだが、うちにまだ届いていないぞ、どうしたんだと、ややキレ気味に。返事はまだない。腹を立てているわけではない。ファン・ルーラーの文章を早く読みたいだけだ。

私はファン・ルーラーの研究を個人的趣味でしてきたつもりはない。日本の神学者の中に、自分たちがよく知らないことに取り組んでいる人間をマニア呼ばわりしたり距離をとって冷笑したりするのがいる。たまに、話を聞いてやろうかと近づいてきて、内容を知るや激怒して「ナイン!」と言いだすのもいる。

でも、もう私には怖いと思う相手はいない。ファン・ルーラーが70年前から警鐘を鳴らし続けた事柄が今日まさに形をなしている。と書くと「それは何かを我々に分かるように短く説明してみろ」だの教師然としたのが問いかけてきそうだが、自分で調べろよ。答えだけ聞いてお茶を濁そうなんて甘いよ。ね?

やや脱線してしまったが、新訂版『ファン・ルーラー書作集』第6巻(2分冊)がすでに刊行されているという出版元サイトの情報に接して昨夜は激しく動揺し、遅れをとってしまっていたことを深く反省し、焦っている。研究者の端くれとしてこれ以上恥ずかしいことはない。早く来い来いファン・ルーラー。

2017年4月3日月曜日

勉強しなくちゃ

今書きました
なんだか全く矛盾していると思うのは、牧師として多忙をきわめていた頃(もあった)には勉強したくてしたくて、論文書きたくて書きたくて、翻訳したくてしたくてウズウズしていて、学校勤務の間はそれが全くできなくて、さあ少し時間ができたぞとなったら、モチベーションを喪失しまくっているという。

でも、それは私にとっては絶対良くないことなので、せめてなんとか勉強のモチベーションを取り戻すことが私の人間性回復にとっての先決問題だと思う。何を大げさな言い方をと思われるかもしれないが、これでもけっこうプライドズタズタ状態だったりする。要らぬプライドなんか棄てるほうがいいのだが。

何度となく書いてきたが、今から20年くらい前からの10年間くらい、私の勉強時間といえば、家族が寝静まった深夜だった。牧師としての限界を感じたとき、落ち込んでいるとき、神学を学ぶことで私の矜持を回復させてもらえるものがあった。私の知識は広くないが、狭く深く入っていけるところがある。

とか何とか書いていると、「おいそこの人、ネットなんかやめて本を読め、論文を書け」と言われかねないので、今これを書きながら半分以上は逃げ腰状態だ。しかしだ。勉強によって矜持が回復され、その矜持が勉強のモチベーションを生み出すという場合、勉強が先なのか、それとも矜持の回復が先なのか。

パソコン切替器を購入しました

パソコン切替器(前方左)、無線LANルーター(前方右)
自作合体ダブルモニター機の頃に付いたクセで、カーソルを隣接モニターに動かすマウス動作をついしてしまう。そのたびにジャンプできないカーソルが画面のふちでつっかえる。それと、新弐号機用のキーボードを早く買いに行かなくちゃ。有線USBプラグを使うほうのPCに差し替えるのがそろそろ面倒になってきた。

でも、机の上にキーボードが二つあるのは、場所取りすぎでめちゃくちゃ邪魔だ。ポンとボタンを押すとか、パタンとレバーを倒すとかで、複数PCのどれかのキーボードに早変わりする切替スイッチャーのようなものは売ってないのか。あると便利な気がするが。たぶんどこかにあるんだろうなと探してみたら、あった。

さて、出かけるか。今日は特に出かける用事はないと思っていたが、用事ができた。自分で用事をうみだすプロかも。おお、まだまだいろいろやることあるぞ。生きるとは自分で用事をうみだすことである、だな。そういうのを自作自演というのではないか。あれ、前に言ってたのとおんなじこと言ってるぞ。

2台のパソコンを1つのキーボードとマウスで操作できるパソコン切替器(前方左)を購入。将来性を考えて全部で4台のパソコンをつなげるのを選ぶ。隣(前方右)は無線LANルーター。光ファイバーをパソコン2台に分岐。2台のパソコンは「職場用」と「自宅用」だが、しばらくは2台とも「自宅用」。

家族それぞれ今日から新年度の仕事や学校。私は5時起き。朝からゴミ出し、掃除、洗濯、物干し、皿洗い。その後出かけ、パソコンショップでパソコン切替器購入。お昼は松屋で焼肉定食。郵便局にも行った。帰宅後は切替器のセッティング。その後は今朝届いたメールにどう返事すべきかずっと考えている。

インターネットを考案した人もすごいと思うけど、USB(ユニバーサルシリアルバス)を考案した人も、すごさでは負けていないと思う。USBは偉大だ。なんでもかんでもサクサクつなげる。やれプラグ形状が違うからこのパーツはつなげないだなんだ、いちいちぎゃあぎゃあ騒いでいた時代の比ではない。

おっと、いきなりカミナリが鳴り出した。ピカッ、ドガーンて、近いし。まあずっと前からサージ対策はしているのでパソコンに影響はないと信じたいけど。対策してなかった頃(うかつでした)、プリンターを何台壊されたことか。カミナリの野郎め、弁償しろ(逆うらみ)。

まあでも、パソコンパソコン言っても私が使うのはブラウザで調べもの、メール、ブログ、SNS、訪問先の地図調べ、ユーチューブ、アマゾン、ヤフオクくらい。たまにスカイプ。あとはワープロ、表計算、プレゼンくらい。絵は描かないし、作曲しないし、ゲームしない。レーダー制御とかもするわけない。

今日購入したパソコン切替器であるが、これが非常に便利な道具であったことを実感している。私が選んだのはキーボードのホットキー操作で切替可能なタイプ。すべての作業をキーボード上でできるので、手の動きが少なくて済む。パソコンは全部で4台つながるが、そんなに増やす予定は今のところない。

2017年4月2日日曜日

福音を宣べ伝える喜びに生きる(上総大原教会)

コリントの信徒への手紙一9章19~23節

関口 康(日本基督教団教師)

「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも得るためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。」

上総大原教会の皆さま、おはようございます。この教会で再び説教をさせていただきます。前回は今年の新年礼拝でした。今日もどうかよろしくお願いいたします。

私は一昨日3月31日付けで高等学校を退職しました。1年間の約束で引き受けた代用教員の仕事でした。次の職場はまだ決まっていません。今の私は日本基督教団の無任所教師です。ありていに言えば無職です。明後日4月4日に元職場から離職票を受け取り、その足でハローワークに行き、失業手当の受給手続きをします。その後はひたすら就職活動です。

しかし、ご心配には及びません。神が何とかしてくださるでしょう。これまでの私の歩みを支えてくださったように、これからも支えてくださるでしょう。そのような信仰が無い者に、どうして牧師が務まるでしょう。どうして伝道の仕事が務まるでしょう。

先ほど朗読したのはコリントの信徒への手紙一9章19節から23節までです。その箇所を含む9章全体に、伝道者パウロの生活苦の様子が、まさにありていに告白されています。たとえば次のように記されています。

「わたしを批判する人たちには、こう弁明します。わたしたちには、食べたり、飲んだりする権利が全くないのですか。わたしたちには、他の使徒たちや主の兄弟たちやケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか。あるいは、わたしとバルナバだけには、生活の資を得るための仕事をしなくてもよいという権利がないのですか。そもそも、いったいだれが自費で戦争に行きますか。ぶどう畑を作って、その実を食べない者がいますか。羊の群れを飼って、その乳を飲まない者がいますか。わたしがこう言うのは、人間の思いからでしょうか。律法も言っているではないですか」(3~8節)。

「わたしを批判する人たち」とは、教会の外から教会を批判する人々のことではありません。教会の内部の人々です。教会に通うキリスト者たちです。

それで分かるのは、パウロが教会からサポートを求めようとすると教会内部の人々からなんだかんだと批判されていたということです。やむをえずアルバイトで食いつなぎ、ほぼ自費で生活しながら福音を宣べ伝える仕事を続け、食べるにも飲むにも困るほどの生活苦を味わっていた、ということです。

「いったいだれが自費で戦争に行きますか」(7節)と記されています。しかし、そのすぐ後に「わたしたちはこの権利を用いませんでした」(12節)とも記されています。その意味は「私は自費で伝道している」ということです。生活のサポートを十分にしてくれない教会への批判や愚痴にも読めます。

「信者である妻を連れて歩く権利がないのですか」(5節)と記されています。この言葉を根拠にして、パウロには妻がいたが、その妻を置いていわば単身赴任の形で伝道していたのだという理解が古くからあります。

どれくらい古いかと言えば、西暦3世紀から4世紀にかけて活躍したギリシア教父カエサリアのエウセビオス(263年頃~339年)が、主著『教会史』の中に、西暦2世紀から3世紀にかけて活躍したギリシア教父アレクサンドリアのクレメンス(150年?~215年?)の言葉を引用する形で言及しています(エウセビオス『教会史Ⅰ』秦剛平訳、山本書店、1986年、182頁)。

単身赴任のどこが生活苦なのだろうかと疑問に思う方がおられるかもしれません。分からない方には分からないかもしれませんが、分かる方には分かると思います。なぜそうなのかを詳しく申し上げることは差し控えますが。

パウロが本当に結婚していたのか、本当にいわゆる単身赴任だったのかについては今日のこの箇所以外に根拠はないので確たることは言えません。

しかしこの箇所を読むかぎり、仮にパウロが単身赴任であったことが事実だったとしても、伝道旅行の最中もずっと妻のことが気がかりだったに違いないことが分かります。生活のことも妻のことも全く眼中になく、「そんなことなどどうでもいい」と言わんばかりの態度で伝道していたわけではないのです。そんな冷たい人間ではなかったのです。

口の悪い人はこのようなパウロの姿を指して「生活破綻者」だとか言い出すので、私は全く閉口してしまいます。そういう言葉を聴くと腹が立って腹が立って仕方がありません。私の腹が立つかどうかなどはどうでもよいことです。ある意味での客観的な観方をすれば確かにそうかもしれません。でも、それを私の前で言うなよ、と思います。

伝道者をばかにするなと言いたくなります。同時に教会をばかにするなと言いたくなります。パウロにとっては教会のサポートの少なさが不満だったかもしれません。しかし教会は教会で、できるかぎり精一杯のサポートをしていたはずです。そのこともパウロは分かっていたはずです。そういうことも分からずに一方的に文句を言っているわけではないのです。

「生活破綻者」だとか言わないでほしいと私は心から願いますが、パウロがなるほど確かに「生活破綻者」のようであったのは、伝道のためでした。福音を宣べ伝えるためでした。そして「できるだけ多くの人を得るため」(19節)でした。

どうしてそういうことになるのかは、説明の必要があるでしょう。パウロが書いているのは、伝道者である自分はユダヤ人を得るためにユダヤ人のようになり、律法に支配されている人を得るために律法に支配されている人のようになり、律法を持たない人を得るために律法を持たない人のようになり、弱い人を得るために弱い人のようになった、ということです。

パウロが言っているのは、単純に言えば、伝道したいと願っている相手に自分を「合わせる」ことです。心にもないことなのに、調子を合わせ、相手のご機嫌をとればよいという話ではありません。そんなことをすれば、すぐに魂胆を見抜かれるでしょう。かえって信頼を失うだけです。

ですから、むしろ伝道者がしなければならないのは、本気で相手に合わせることです。「何」を本気で合わせるのかといえば、語弊を恐れながらいえば、生活の「サイズ」です。あるいは、生活の「スタイル」です。そうとしか言いようがありません。

そうすることがなぜ相手を得ることになるのでしょうか。これもごく単純に言ってしまえば、そうしないかぎり伝道者が福音を宣べ伝えようとしているその相手が本当の意味で「心を開く」ことはありえないからです。

ここから先はパウロが書いていることではなく、私自身の想像の要素や読み込みの要素があることを否定しないでおきます。しかし、全くのでたらめではないつもりです。

人が福音に対してどうしたら心を開くのかという問題は、人間の心の奥底に潜む「闇」と関係があると思います。その闇とは、具体的に言えば嫉妬心です。そして、その逆の軽蔑心です。自分と他人を常に相対評価の中だけに置き続け、互いに格付けし合うことしか考えない、その発想そのものです。

嫉妬心の問題を考えるときに参考になるのは、現代のインターネットのソーシャルネットワークサービスです。そういうのにかかわることを嫌がる人がいます。その理由としてしばしば挙がるのは、ソーシャルネットワークサービスに自分の自慢話しか書かない人が多いので、そういうのを見るのが嫌だ、ということです。

「海外旅行に行きました」、「高級なレストランで食事しました」、「有名な大学に合格しました」、「結婚しました」、「子どもが生まれました」と、他人の幸せそうな話題が並ぶ。そういうのを見て一緒に喜んであげる人は少なく、不愉快に思う人が多い、ということです。

軽蔑心も、人の心の奥底に潜む深い闇です。自分より能力や知識の面で劣っていると見るや否や、その相手を徹底的に見下げ、さげすみ、おとしめる。

そういうことが日常茶飯事になっている社会や会社の中に、わたしたちは生きています。人の心の奥底に潜む闇は、すべての人が持っています。私の中にもあります。自分ではどうすることもできないまま、抱え持っています。

問題は、だからどうするのか、です。パウロが出した答えは「福音のためなら、わたしはどんなことでもします」(23節)ということです。それは「ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになる」ということです。

つまりそれは、福音を宣べ伝えたいと願っている相手の生活の「サイズ」や「スタイル」に自分を合わせることです。それは、相手より上にも下にも立たないということです。相手と同じになることです。

しかし、相手に合わせようとすると、ほとんどの場合、今よりも「生活条件が悪化する」ことや「貧しくなる」ことが多いです。それが伝道の現実です。それを恐れて、どうして伝道ができるでしょう。どうして牧師が務まるでしょう。パウロが読者に問いかけているのはこのようなことだと思います。

わたしたちに求められているのは、福音を宣べ伝えることは「喜び」であると強く確信しつつ、そのような者として「生きる」ことです。

この最後の「生きる」には強調があります。「ふりをする」ことではありません。心にもないのに相手に調子を合わせてあげるというようなことではありません。本気でそうするのです。具体的にそこに身を置くのです。そうしないかぎり伝道は不可能です。

(2017年4月2日、日本基督教団上総大原教会 主日礼拝)

2017年4月1日土曜日

教会に固有な論理がある

記事とは関係ありません
会社や社会で長年苦労した末に教会の牧師になった方々の言葉には重みや深みがあると思うが、学業を卒えてすぐに若くして牧師になり、その後も牧師だけしてきて、家庭や生活のことで苦労している者たちの言葉にも重みや深みがあるぞ。牧師になってもそれ自体では何の解決にもならないことが分かるから。

それに、牧師になる前に生活苦を味わってから牧師になるのと、「牧師として」生活苦を味わうことは、やはり違うと思う。牧師が生活苦を味わっている様子を指して「証しにならない」というふうに言うその言い方が私はあまり好きでない。「胸が痛む」人がいても、どうぞ一緒に痛んでほしいと思うだけだ。

厳しいことを書くが、会社や社会で長年苦労してきた方々が牧師におなりになると、世間で身につけた考え方ややり方を教会に不用意にお持ち込みになるが、それが教会を破壊する。会社と比較すれば教会など小さな団体なので、この程度の少人数なら自由自在に操れると思うのだろうか。とんでもない錯覚だ。

「会社や社会の論理と教会の論理とは全く別次元である」などと私は言ったことはないし、考えたこともない。どちらが上でどちらが下かとか、どちらが聖でどちらが俗かなどと問うたことがないし、その問い自体に与しない。そういう話をしたいのではない。ただ、会社や社会の論理と教会の論理は「違う」。

会社や社会の論理と教会の論理の「違い」に気づいて、教会に興味を抱きはじめる人もいれば、逆に、自分が常識だと思ってきたことが毀損される気がして「二度と近づかない」ことを決心する人もいる。それはやむをえないことではないか。「違い」が無いかのように偽装することのほうが悪質だと私は思う。

しかし、今書いていることはある意味どうでもいい。聖書を開けばパウロが「伝道者としての」生活苦を愚痴っているとしか読めない箇所がかなりある。主イエスが貧困生活を送っておられたかどうかは、はっきり書かれていなくてもだいたい想像できる。「証しにならない」のは主イエスでありパウロだろう。

たとえばの話だが、牧師と教会員の関係は上司と部下の関係ではありえないし、全国や各地域の各個教会を包括する教団や教区の役職に就くことは昇進ではありえないし、過疎地の小規模教会の牧師になることは左遷ではありえない。何の誤解か、何の勘違いか、そういう価値観が教会に襲いかかることがある。

縷々書いたことは、きれいごとではない。異なる論理を強引に持ち込むとたちまち崩壊する団体(それが教会だ)が現にあるので、初めから壊すつもりで行くならともかく(そういう動機で行くなよ)、腰を据えて仕える気があるなら、教会に固有の論理にしっかり立つほうが長持ちするよ、と言いたいだけだ。

そういうのは自分の保身しか考えていない牧師にあるまじき態度だとか、教会の旧態依然たる悪しき体質の温存を許してしまう百害あって一利なしの非改革的姿勢だとか、言われてしまうのかもしれないが、「創造のための破壊」のようなことは教会には向かないと私は思う。まあ無視していただいて結構だが。

厄介な問題が残っていることに気づく。大学の神学部なり神学校なりの存在だ。神学部や神学校は教会ではなく、実は学校だ。教師と学生は上司と部下ではないが、純粋な水平関係でもない。忖度したり斟酌したりはある。ああメンドクサイ。神学部も神学校も「中央」ではない。それだけはたぶん間違いない。

加速しました

旧弐号機内部
昨日(3月31日)届いた6千円中古デスクトップ(新弐号機)の初期設定は完了したが、使ってみると体感速度が旧弐号機と比べてやはり遅い。旧弐号機の爆速デュアルコアCPUを引き抜いて新弐号機に付け替えたら一気に加速。換装成功。手に馴染んだ速さになってくれて安堵。

CPUまで引き抜かれた旧弐号機は、20年使用してきた大きな外箱とマザーボードを残すのみとなった。電源ボックスを新しいのに取り替えさえすれば電源はまだ入るので外箱を廃棄するかどうか迷っている。ほぼ空の中身を見ながら「パソコン」とは最もどの部分を指すのだろうと、つい愚問を抱いている。

というわけで、私の部屋は「診察室」ではありえないが、「改造室」ではあるかもしれないと思い至る。大量の本を保管する「資料室」であることは確実だし、寝室も兼ねているので「入院室」かもしれないが、地震が来ると危ないと多くの方に心配されている。分かっているが、現時点ではどうしようもない。

左:新弐号機、右:旧弐号機(ほぼ空箱)

新弐号機CPUを換装(旧弐号機からの転用)したので、速度を計測した。CPUのサブスコア(1.0から9.9まで)が壱号機「7」に対して新弐号機「6.1」と、喜ばしい結果。壱号機セレロンG1840(2.80ghz)、新弐号機セレロンE3300(2.50ghz)。どちらもデュアルコア。

壱号機データ
新弐号機データ