2016年10月30日日曜日

空の鳥をよく見なさい(習志野教会)

マタイによる福音書6章26節

関口 康(日本基督教団教務教師)

「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。」

習志野教会の皆さま、はじめまして。今日は皆さまの大切な礼拝の説教者としてお招きいただき、感謝いたします。

皆さまとお会いするのは初めてですので、短く自己紹介をさせていただきます。今年(2016年4月)から千葉英和高等学校で聖書を教える仕事を始めた日本基督教団教務教師です。東京教区千葉支区のメンバーです。千葉支区だより『しののめ』第36号に、斜め45度の顔写真付きで私の自己紹介文が掲載されていますので、お読みいただけますと幸いです。

『しののめ』に書きましたが、私は東京神学大学大学院の26年前(1990年3月)の卒業生です。日本基督教団の教師を、補教師の時期と合わせて7年しました。その後、兵庫県神戸市にある神戸改革派神学校で1年半学び、その後17年6ヶ月は日本キリスト改革派教会の教師でした。日本基督教団に戻ってきたのは半年前(2016年4月)です。

すべて合わせれば、教会の牧師として働いたのは25年になります。しかし、日本基督教団の中では「新人」ですので、『しののめ』の自己紹介文のタイトルを「新人教師挨拶」としました。

なぜ日本基督教団を離れたのか、なぜ戻ってきたのかと多くの人から何度となく尋ねられるのですが、どなたにもはっきりお応えすることができないままです。意味不明のことをむにゃむにゃ言っているだけです。それでも教団の教師転入試験と面接に合格しましたので、それ以上はご勘弁いただきたく願っています。ただ神の御心、ただ神の導きですとしか表現できません。

さて、そろそろ本題に入ります。初めての習志野教会の礼拝で、どの聖書箇所で説教をさせていただくかで少し迷いましたが、すぐに心が定まりました。先ほど朗読していただいた箇所に決めました。マタイによる福音書6章26節です。

実を言いますと、この箇所は千葉英和高等学校の今年度の「年間主題聖句」なのです。毎週月曜日に全校生徒による学校礼拝を行っています。明日もあります。宗教科職員が当番で説教をしています。明日の説教者は私です。

学校礼拝の中で、この箇所を全校生徒で声に出して読んでいます。この箇所を読みながら高校生が何を考え、何を感じているかは、教室でひとりひとりに尋ねたことがありませんので分かりませんが、みんな真剣に受けとめてくれています。そのように私は信じています。

もちろん私も学校礼拝のたびに読んでいます。書かれていることの意味を考えながら噛みしめています。その箇所を習志野教会の皆さまと共に読ませていただこうと思いました。やや個人的な理由であることをお許しください。

「空の鳥(とり)をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥(とり)を養ってくださる。あなたがたは、鳥(とり)よりも価値あるものではないか。」

今お読みしましたのは、マタイによる福音書が伝えるイエスの言葉です。しかし、いきなり初対面の皆さんを面倒な話に巻き込んで申し訳ありませんが、ルカによる福音書の12章24節に、これとよく似ている言葉でありながら内容が異なることが書かれているということをお伝えいたします。

「烏(からす)のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏(からす)を養ってくださる。あなたがたは鳥(とり)よりもどれほど価値があることか」。

高等学校の聖書の授業では、このように、マタイによる福音書が伝えるイエスの言葉とルカによる福音書が伝える言葉が食い違っているといった場合、どちらがよりリアルなイエスの言葉に「近い」と考えることができるかについて、その考え方や理解の仕方を教えています。

極度に専門的な議論を教えることまではしていません。「ここから先は大学で勉強してください」ということで。しかし、聖書の中に違いや矛盾があるという事実は率直に教えています。避けて通ろうとしたり、ごまかそうとしたりすれば、高校生たちは必ず見破ります。毎日が真剣勝負です。

はい、それでは、これから聖書の授業を始めます。レジュメを作ってきましたので配布してください。

[ここをクリックするとレジュメをダウンロードできます]

《新共同訳聖書に基づく比較》

【マタイ 6章26節】       【ルカ12章24節】
・空の鳥(とり)         ・烏(からす)
・よく見なさい         ・考えてみなさい
・倉に納めもしない       ・納屋も倉も持たない
・あなたがたの天の父      ・神
・鳥(とり)を養って        ・烏(からす)を養って
・価値あるものではないか    ・どれほど価値があることか

この比較で分かるのは次のようなことです。ぜひ皆さんもご自分で比較してみてください。

(1)マタイでは「鳥」の種類が《特定されていない》が、ルカでは「烏(からす)」に《特定されている》。「烏(からす)」は、旧約聖書のレビ記11章13~15節では「汚らわしいもの」とされている。

(2)マタイでは「よく見ること」が求められているが、ルカでは「考えること」が求められている。前者は《客観的観察》、後者は《主体的思考》を求めている。「空の鳥」を「よく見ること」のためには《見上げる》必要があるが、「考えること」のためにはその必要はない。

(3)マタイでは「空の鳥」の性質を「倉に納めないこと」としているが、ルカでは「烏(からす)」の性質を「納屋も倉も持たないこと」としている。前者は《自発性の欠如》を、後者は《所有の欠如》を示唆している。

(4)マタイでは「あなたがたの天の父」と呼ばれているが、ルカでは「神」と呼ばれている。前者は《見上げる》存在をイメージさせるのに対し、後者は必ずしもそうではない。

(5)マタイでは「価値あるものではないか」と言われているが、ルカでは「どれほど価値があることか」と言われている。前者は「価値がある」と《断定する調子》が、後者は「価値があるかどうか」の《熟考を求める調子》が感じられる。

マタイとルカのどちらが、よりリアルなイエスの言葉に「近い」と考えることができるでしょうか。細かい議論を省略して結論だけを言えば、ルカによる福音書のほうが「近い」と言えます。

ルカによる福音書が伝えるイエスの言葉の趣旨は次のようなことです。

旧約聖書においては「汚らわしい」とされ、忌み嫌うべき存在とみなされている「烏(からす)」を神は心から愛しておられ、価値ある存在としてくださっている。「烏(からす)」は自分の納屋も倉も所有していないという点で、物質的な貧しさを象徴する存在でもある。

もしそうであるなら、たとえ物質的に貧しいからといって忌み嫌われたり蔑まれたりしてもやむをえないなどと言われなければならない人間がどこにいるのだろうか、いるはずがないではないか。

あなたがたは「自分には価値がない」と自分で思い込んでみたり、そのようなひどいことを他人から言われたりすることがあるかもしれないが、それは事実だろうか、事実であるはずはない。そのことをよく考えてみなさいと、イエスが語ったと考えることができます。

別の言い方をすれば、ルカによる福音書が伝えるイエスの言葉の趣旨は、物質的な貧しさの中にいるという理由で差別や偏見の対象になっている人々への祝福、そして擁護です。逆の視点からいえば、そういう人々を差別したりあざ笑ったりする人々への抗議です。

そしてそれは「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである。今飢えている人々は、幸いである。あなたがたは満たされる。今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる」(ルカによる福音書6章20~21節)とイエスが語られたことの言い換えです。

物質的な貧しさの中にいることで差別や偏見を受けている人の心が折れないように、いつも傍らにいて支え、慰め、励ますことに尽くされたイエスの姿をより鮮明に想像することができるのは、ルカによる福音書が伝えるイエスの言葉のほうです。

しかし、今申し上げたことを確認したうえで、それではマタイによる福音書が伝えるイエスの言葉のほうには価値がないのかというと、決してそうではありません。マタイによる福音書は聖書の中から切り離して捨ててしまうほうがよいのかといえば、全くそうではありません。両方大事です。伝え方は違いますが、どちらも代々の教会が伝えてきたイエスの言葉です。千葉英和高等学校が今年度の「年間主題聖句」として選んでいるのも、マタイによる福音書が伝えるイエスの言葉です。

マタイによる福音書が伝えるイエスの言葉の特徴は、「見上げる」ことを求めることにあります。「空の鳥をよく見る」ためには、少なくとも「空を見上げる」必要があります。地面をいくら眺めても、自分の心の中をいくら見つめても、「空の鳥」は見えません。「空」を見上げなければ!

そしてマタイは、「神」を「天の父」と呼ぶことで人々の目線を「天」へと、すなわち「上」へと向けさせようとしています。地面をいくら眺めても、自分の心の中をいくら見つめても、「天の父」は視野に入りません。「天」を見上げなければ!

皆さんはどうでしょうか。鳥(とり)や烏(からす)と比較されて「あいつらより価値があるから、お前は大丈夫だ」と言われても、それで慰められることはあまりないのではないでしょうか。鳥や烏と比べられても困るのではないか。そして、そのような《相対評価》で救われる人は、あまりいないのではないでしょうか。

《相対評価》も大事です。しかし、それより大事なのは《絶対評価》です。人間の評価を決めるのは人間自身ではないし、地上のいかなる存在でもありません。地上に住んでいない「天の父」が我々の価値を決めてくださいます。その意味での《絶対評価》が重要です。

マタイが伝えるイエスの言葉が教えているのは、「人と自分を比較するな。自分で自分を評価するな。あなたの価値は神が決める。神はあなたを必ず高く評価しておられる」ということです。

(2016年10月30日、日本基督教団習志野教会主日礼拝)

2016年10月28日金曜日

流行りものと宗教の関係(Ⅰ)

相当賛同し、応援しているつもりなので、残る問題は、子どもはいつまでも子どものままでなく、若者はいつまでも若者のままではないということくらいか。あとは、入り口の敷居が低いと感じて入った人は、中でも出口でもずっと同じ低さであることを求めることが少なくないが、それでいいかという問いか。

前世紀65年生まれの私の子どもの頃の記憶はアニソンで満ち満ちている。まもなく51歳の今でも時々鼻歌状態。大人になれば演歌が好きになるのだろうかと思っていたが全くそうならない。このままだと80になろうが90になろうがアニソン鼻歌のままの可能性が高い。アニソンおじいさんになりそうだ。

今考えているのは宗教の問題だ。流行語や流行音楽ジャンルで宗教を表現することが悪いわけがない。ただ、流行は廃れる。死語を使い続けると萎えられる。同世代の内輪で懐かしがる対象にでもなれば御の字。それはそれで内輪受け、楽屋落ち。汎用性がないとも期待できないとも言わないが、低い、少ない。

アニメにしてもマンガにしても、自分自身が夢中で見たものと、自分の子どもたちと一緒に見たものは分かるが、時代や世代がちょっとでもずれると分からない。宇宙戦艦やマジンガーやサイボーグは分かるし、ワンピースやおジャ魔女は分かるが、ドラゴンボールもスラムダンクもジョジョも私は分からない。

セブンからタロウまでと、ティガと(ひとつ飛んで)ガイアは分かるが、あとは分からない。ツェッペリンやピストルズは分かるが、ビートルズやディープ・パープルは分からない。私が思うのは、流行もので宗教を表現することが悪いわけがないが、世代差が少しでもあると伝わらない気がするということだ。

2016年10月27日木曜日

史的絶叫の問題

「見捨てられた」と絶叫した点ばかり強調されると詩22との関係の逆質問でパランスをとりたくなる。世的生殺与奪権者を批判したうえであわよくば自分も生き残ろうとして叶わなかったというある意味「分かりやすい」シナリオでいいかどうか。違うのではないかと言いたくなる。自分に引き寄せ過ぎでは。

少なくともマルコが詩22を知らなかったとは考えにくいので、「史的絶叫」の内容が何かはともかく、マルコが詩22を読者に想起させようとしているとは言えるのでは。その筋の方々の口ぶりを真似ていえば「マルコが詩22を言わせた」。「神なき絶望」でなかったと言いたいからではないか。違うのか。

サンヘドリンを極悪非道な「異常会議」として描くか、そうでなければ、死刑へと追いつめられた側の人の「異常性」を強調して描くか、そのどちらかしかないとは思えない。どう考えればよいかでずっと迷い、今も迷ったままだが、どちらも「普通の人」である中(仲)で起こる狂気が最も恐ろしいとは思う。

「扇動」された「群衆」とは何人くらいだったのだろう。「群衆」といえば何人くらいを指すというような定義があるのか。何か決まった数え方があるのか。俯瞰して数えられたのか、それとも声量の印象か。そもそもだれが数えたのか。実際は数人だったという可能性はないのか。いろいろ疑問がわいてくる。

いずれにせよ思い当たるのは、三位一体をたたえる讃美歌をうたい、祈祷することを必然化するキリスト教的礼拝と、受肉・奇跡・復活等を「狂信」や「心理現象」等の産物へと還元する教説を共存させる困難さは熾烈をきわめるということである。一方で礼拝しながら同時に他方で好き勝手なことは言えない。

史的絶叫を想像(想起は不可能)しつつ、外面的には黙しつつ、内面的に私的絶叫。おどけたことでも言っていないと持ち堪えられないところがないこともない。祭壇上で粉々にされる贖いの小羊の気持ちを合わせて想像(想起は不可能)。「分かりやすい」教説で生きてやると心に誓えればある意味すっきり。

2016年10月23日日曜日

「若者の教会」を生み出すのは終末論的行為である

その意味では(どの意味かの説明省略)「献」金というのは、前世紀神学の流行語を用いて言えば「終末論的な」(エスカトロジカル)行為であると言える。どれほど回っても献げた本人の利益として戻ってくることはないが、世界と教会の「将来」のために献げる。親が子どもたちに投じる教育費に似ている。

違うだろうか。親が子どもに投じる教育費は、将来的に親自身の利益として戻ってくることを期待して投じるものだろうか。微妙な問題はある。子どもの活躍や出世は親の名誉になる面がある。教育費その他でひどい負担を負わせた親への恩返しをしなければ、一生面倒を見なければ、と覚悟する子どももいる。

子どもの活躍や出世が親の名誉になることや、お世話になった親への感謝の思いは尊いものなので、けなされるべきではないし、第三者がえらそうに禁じるようなことではない。ただ、私自身も二児の親である者として自戒してきたのは、子どもの教育費は子どもに対する親の貸しではありえないということだ。

教会の「献」金はどうだろう。「献」げた人自身にとって居心地のよい建物や土地、自分が満足しうる説教や講演や音楽を確保するためなら「献」げるが、そうでないならそうでないという人はたぶんいない。このようなことを問うこと自体ですでに「ばかにしているのか」と反発され、不快に思われるだろう。

しかし、私がいま書いていることの趣旨は、自分自身はまだ見たことがないし、一生見ることができないかもしれないし、たぶん見ることができないであろう「将来」のために自分の資財を投じるという意味での(終末論的な)「献」金がささげられないかぎり、「教会」の「将来」はありえないということだ。

厳しすぎる言い方かもしれないが、今や「少子高齢化時代の教会」であることを自覚しておられるはずの高齢教会員がなんだかいつまでも子どもじみた刹那的な態度や発言をなさるのに接するたびに、「(教会全体の平均年齢との比較において)いつまで経っても若い牧師」は、絶望に近い危機感を覚えるのだ。

しかし、このくらいで止めておく。書きはじめるときりがない。だれか特定の個人の悪口を言っているつもりはないが、そうであるかのような気分になってくる。私の祈りは大それたことではない。ごく小さな望みにすぎない。教会の歴史を途絶えさせないようにしよう。二千年続いてきたからとかは関係ない。

新松戸幸谷教会の主日礼拝に出席しました

今日(2016年10月23日日曜日)も先週と同じく日本基督教団新松戸幸谷教会(千葉県松戸市)の主日礼拝に出席しました。借家から車で13分(3.6キロ)。吉田好里牧師は東京神学大学の大先輩ですが、初めて説教を拝聴しました。本当に素晴らしく、これまで出会った最高の説教だと思いました。

2016年10月22日土曜日

追い払われそうになった子どもたちはいつまでも憶えている

いま考えたことだが、イエスのもとに子どもたちを連れて来た人々を叱った弟子たちにイエスが憤ったという記事(マルコ10章13節以下)の子どもたちは、マルコ福音書が書かれた頃(1世紀後半)は高齢者だ。子どもはいつまでも子どものままではない。あのとき追い払われていたらどうなっただろうか。

何の根拠もないので検証できないが、もしイエス死後の教会に、弟子たちに追い払われそうになったがそれをイエスが制し、イエスに抱き上げられ祝福された当時の「子どもたち」が残っていたとしたらどうだろう。その人々の心に「弟子たちに追い払われそうになった」記憶が残っていたとしたらどうだろう。

そういうことをされた幼いころの記憶というのは、いつまでも残っているものだ。「追い払う側」の大人たちは記憶していなくても、「追い払われそうになった側」の子どもたちは、それを忘れはしない。そして、自分たちをかばってくれた大人のこともよく憶えている。抱き上げてくれた手のぬくもりまでも。

いま書いたことは、まだつい先ほど思いついたばかりなので、もう少し練ったり温めたりする必要がありそうだ。そのうち説教の題材として取り上げてみたい気がする。説教のタイトルは何にしよう。「追い払われそうになった子どもたちはそのことをいつまでも憶えている」にしようか。ちょっと長すぎるか。

「若い人を教会に」という祈りを実現するための提案

「若い人を教会に」という祈りを実現するためのひとつの方策として、20代以下の信徒のみで構成された伝道所を生み出し、その中で教会役員を選び、その伝道所の牧師は彼/彼女らの親の世代か、あるいは親の親の世代の人にし、土地・建物・伝道資金は親教会がすべて負担するというあり方はどうだろう。

日本プロテスタント教会史の最初期の「横浜バンド」「札幌バンド」「熊本バンド」の各教会の状況は上記のようなものだったはずだ。このようなことを書く私には、長老がたに忍耐を強い続けてきた「少子高齢化時代の教会」における「いつまで経っても若い牧師」を代表してお詫びしたいという思いがある。

会社の株主になることと教会の献金をすることは似ている面があるかもしれないが、もちろん全く違う。「前者は人に、後者は神に」とか言いたいのではない。献金の「献」をどこまで字義通りとらえるかだ。回り回って自分の利益(名誉など)として返ってくるのを腹の底で求めているようで何が「献」金か。

20代で教会の牧師になったばかりの頃、当時60代だったか70代だったかの教会の人(どこの教会かの詮索無用)が、自分より若い人を「ねぎらう」言葉として「私の手足となってよく働いてくださった」と言うのを聞いて、げっそりしたことがある。そういう感覚が入り込むと、教会は早晩壊れるだろう。

私が何度も繰り返し「教会は会社でも学校でもない」と説教で語ってきたのは、理論の帰結ではなく、こういう過去の実際の体験と記憶にすべて結びついている。会社や学校をおとしめる意図で言うのではないが、教会の建物と組織を利用して会社ごっこや学校ごっこをするのはやめてもらいたい。全く別物だ。

このように言うと、会社や学校のあり方のほうを常識だととらえている人々から、教会は非常識だと反発されてきた。会社や学校のあり方のままで教会に来、教会に違和感を覚え、反発を感じたら、教会のほうに近寄ってもらえなくなった。残念だが、そこは譲れない。教会は教会なのだ。他の何ものでもない。

「会社や学校のあり方」と「教会のあり方」とを峻別することは、会社や学校に不利益をもたらさず、かえって利益になると思う。会社も学校も教会ではない、すなわち宗教団体ではない。各組織においてどれほど厳しい上下関係があろうと、その関係は崇拝・信仰の関係ではないし、そうであってはならない。

そして、いま書いた点は教会も同じだし、教会こそが声を大にして言ってきたことだ。教会の中に会社や学校などの組織の中にあるような意味での上下関係はないし、あってはならないし、たとえ形式的に類似する要素があるとしても、その関係は崇拝・信仰の関係ではないし、断じてそうであってはならない。

「献金」の話に戻す。「献」げたのであれば、自分のものではない。引っ張ればいつでも戻ってくるひもをつけて何が「献」金か。見栄張りや恩着せの身ぶりつきで何が「献」金か。回り回っても自分の利益として戻ってはこないが、世界と教会の将来のためにささげるという動機を取り戻すことはできないか。

教会と会社や学校との峻別、そして今書いた意味の「献」金がないかぎり、先に書いた「20代以下の信徒のみで構成され、土地・建物・伝道資金は親教会が負担する伝道所」を生み出すことは夢のまた夢だ。「若い人を教会に」という祈りは正しい。しかし「若い人」は高齢教会員の部下でも舎弟でもない。

高齢教会員を疎んじる意図は皆無である。むしろ正反対である。心から敬意を表し、尊重する思いゆえに書いている。思う存分、同世代の人々との会話を楽しんでいただきたいし、何の気兼ねもなく昔の言語感覚や価値観の中で生きていただきたい。こんなこと言われなくてもすでにしておられるに違いないが。

ただ、ご自分たちのあり方を変えるつもりはないという点については一切お譲りにならないのに「若い人を教会に」とお祈りになることがいかに矛盾しているかということにはぜひお気づきいただきたいと願っている。ご自分たちが敷いたレールの上を「若い人」が走らないのは「若い人」が悪いわけではない。

かつては「外国」(とくにアメリカ)の教会が、1ドル360円の力で日本国内に伝道所を作り、土地・建物・伝道資金をプレゼントしてくれたので「若者の教会」ができた。稼ぎが乏しく、思うように献金できなくても、教会役員として選んでもらえ、若者らしい発想をもって教会運営に積極的に参加できた。

これからは「外国の資金力」ではなく「高齢者の資金力」で「若者の教会」を生み出すしかないだろう。「我々の二軍候補者が教会に来てくれないか」と指をくわえていても、そんなことを願われている時点で、若者は教会に近づかない。手下にされるのを嫌がる。現今の「伝道不振」の最大の原因ではないか。

2016年10月16日日曜日

松戸つながりの個人的な話

今日初めて礼拝に出席させていただいた新松戸幸谷教会の源流は日本基督教団松戸教会の新松戸集会だったと教えていただきました。私の父は群馬県前橋市の出身者ですが、千葉大学園芸学部(松戸市)の学生だった頃、松戸教会で洗礼を受けました。その意味では私の信仰の源流も松戸教会であると言えます。

父から聞いた話では、父が松戸教会で洗礼を受けたのは、賀川豊彦先生を招いての伝道集会が松戸市内で行われたときに誘いを受けて参加したことがきっかけだったそうです。千葉大学園芸学部の学生寮から最も近い教会として松戸教会を紹介されたので、出席するようになり、まもなく洗礼を受けたそうです。

父は大学卒業後、岡山県立農業高校の園芸科教員として定年まで働き、現在も岡山市で夫婦で暮らしています。父は1933年11月生まれの82歳ですが、電話(最近はビデオ通話)で話すかぎりしっかり受け応えしてくれます。私が幼いころ、道端に生えている草の名前をひとつひとつ教えてくれた父です。


新松戸幸谷教会の主日礼拝に出席しました

日本基督教団新松戸幸谷教会

今日(2016年10月16日日曜日)は日本基督教団新松戸幸谷教会(千葉県松戸市新松戸2-169)の主日礼拝に初めて出席させていただきました。交換講壇で大島波浮教会の竹井眞人牧師のご説教、さらに礼拝後、竹井先生の「伊豆諸島伝道の歴史と現状」というご講演を伺い、大いに励まされました。

2016年10月15日土曜日

挨拶

今年3月22日から24日まで信濃町教会で行われた日本基督教団春季教師検定試験で教師転入試験を受け、翌4月より教団関係学校である千葉英和高等学校の宗教科(聖書科)常勤講師になり、教団教務教師に登録しました。現在50歳です。東京神学大学大学院を修了して四国教区総会で補教師准允を受領したのは26年前の1990年4月です。当時は24歳でした。その後1992年12月に同じく四国教区総会で正教師按手を受けましたが、1998年7月より昨年2015年12月までの17年6ヶ月間は日本キリスト改革派教会の教師でした。教団の外にいたあいだ一度も休職や無任所の期間がなかったので教団教規に従って転入者として扱っていただきましたが、実質は復帰者であると自覚しています。転入試験の中での教師検定委員との面接でも復帰者扱いの質問を受けました。なぜ教団を離れたのか、なぜ戻ってくるのかをはっきり問われましたが、その問いに十分に納得していただけるような明瞭な答えができたかどうかの自信はありません。それでも教師転入を認めてくださった日本基督教団の皆さまに心から感謝いたします。主の前に恥じるべきことは一切ありません。すべてを主がご存じです。そのことをご信頼いただきたく願っています。千葉英和高等学校での働きはまだ始まったばかりです。学校教員としての経験が皆無の状態で飛び込んだ、私にとって全く新しい世界ですので、うろたえることが多い日々です。あと10歳若ければ、などと無駄な思いにとらわれることもしばしばあります。キリスト教学校と教務教師の働きは、教会の皆さまの熱いお祈りとご声援なしには成り立ちません。この小さなしもべのためにお祈りいただけますと幸いです。


(日本基督教団東京教区千葉支区だより『しののめ』第36号、2016年10月15日発行)