2009年4月14日火曜日

裸の理性の行方(3)

誤解のないように申し上げておきますが、私自身はカント主義者ではありません。最初に書いたことの趣旨も(ぜひよく読んでいただきたいのですが)、ごく短い言葉で「近代精神」の思想史的淵源についての説明をしただけです。



今日の日本社会の中でこの意味での「近代精神」と全く付き合わずに生きていける人は、よほど頑丈な壁に囲まれたシェルターかゲットーの住人であるか、人を人とも思わない強靭で排他的な宗教思想の持ち主か、そうでなければかなり鈍感な人です。



また「理性はblos(裸)のまま保ち続けてよいのです」と書いたのも言葉が足りなかったかもしれませんが、もう少しきちんと書くならば「イエス・キリストへの信仰を告白している人々であっても、その中に『裸の理性』に端を発する(いわば過去の)様々な認識が残り続けていると思われるのですが、それを無理に否定したり排泄したり隠匿したりする必要はありません」という意味です。



それと、最初の記事は、ある人に宛てて書いたメールをコピーしたものです。つまり、その人と私との間でだけ理解し合っている文脈(コンテクスト)があるものです。その相手はキリスト者です。キリスト者でない人の話をしているのではありません。



そしてその相手は、詳しくは書けませんが日本では第一位と言われる国立大学の医学部を卒業した医師です。その人が「科学的理性」を全面的に否定しなければ、なんぴとも(改革派の)キリスト者であってはならないのかと悩んでおられたので、「そんなことはないと思いますよ」という意図で申し上げたまでです。



私はと言いますと、「科学的理性」を全面的に肯定しながら同時にキリスト者でありうると信じています。両者の間に矛盾や論理的不整合があってもよいのです。そんなの、どうということはない。



矛盾も論理的不整合も一切存しない、すきっとクリアな思想を持ちうるのは、全知全能の神だけです。なんと幸せなことに、我々自身はなんら神ではありません。矛盾だらけのことを語ろうが考えようが、それで人から責められる筋合いにはありません。



2009年4月13日月曜日

裸の理性の行方(2)

それではあなたは「再生理性」をどう考えるのかというご質問をいただきました。

私はバリバリ二重予定論者ですので、カイパーらがそう呼ぶ意味での「再生者」と「非再生者」とを区別することには何ら躊躇がありません。

そして、「再生者」の理性と「非再生者」の理性は異なる結論を出すようになるだろうと主張することにも、異存はありません。

ただし私はカイパーのようないわゆる堕落前予定論者ではありません。神が初めから「再生者」と「非再生者」の二種類の人間を創造なさったというふうな信じ方はしていません。初めに神は「はなはだ善き人間」をただ一種類だけ創造してくださったのです。

ですから「再生者」の理性と「非再生者」の理性は、もともとは一つのものです。初めから二種類の理性があったわけではないのです。もともと一つであった(堕落前の)理性は、blossen Vernunft(「たんなる」または「裸の」理性)とカントが呼んでいるものと一致するはずです。

ですから、もともと一つであった(堕落前の)理性は、いわば「共通理性」でしょうし、「普遍理性」と言ってもよいかもしれません。

そして問題は、この「裸の理性」は、再生後は消失するのか、それとも残存するのかです。

私は、それは残存していると信じています。

・前記の意味での「共通理性」を否定することによって「再生理性」を絶対視すべきでないと思うからです。

・「キリスト教的物理学」と「裸の理性に基づく物理学」とがそれぞれ異なる結論を出す(?)としても、内容面で大きな差はないと思うからです。

・「再生理性」に基づく教育を行うべきキリスト教主義(私立)学校の教師のほうが「裸の理性」に基づく教育を行うべき国公立学校の教師よりもエライとも思えないからです。いったん堕落が起こると、キリスト教主義学校の崩れ方のほうがひどい。自浄作用がない。



2009年4月12日日曜日

復活された救い主の釘跡


ヨハネによる福音書20・24~29

「十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、『わたしたちは主を見た』と言うと、トマスは言った。『あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹にいれてみなければ、わたしは決して信じない。』さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。それから、トマスに言われた。『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。』トマスは答えて、『わたしの主、わたしの神よ』と言った。イエスはトマスに言われた。『わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。』」

イースターおめでとうございます。今日はわたしたちの救い主イエス・キリストの復活をお祝いする日です。今朝は早天祈祷会を行いました。日曜学校の野外礼拝も行いました。午後は祝会を行います。みんなで楽しく過ごしたいと願っています。

しかしまた、今わたしたちが行っている礼拝は、召天者記念礼拝として行っています。先に召された方々の在りし日を偲び、ご遺族のうえに深い慰めがありますように祈るための礼拝です。

そのような礼拝においてもわたしたちは楽しく過ごしましょうと言いますとき、感覚的には不謹慎であると思われてしまうところがあるかもしれません。イエスさまは復活したのかもしれないが、私の大切な人は復活していない。私は置き去りにされたままである。だから、私は少しも楽しくない。そのようにお感じになる方がおられるかもしれません。それは無理もないことです。

しかし、これは先週もお話ししたことですが、イエスさまの復活を信じることができる人は、わたしたち自身の復活を信じることができるのです。復活するのはイエスさまだけではなく、わたしたち自身も復活するのです。そしてもちろん、先に召された大切な人も復活するのです。そのことを信じてよいのです。

しかし、それではなぜわたしたち自身の復活を信じることが楽しいことなのでしょうか。死んだ人が復活するということが、どうして愉快なことなのでしょうか。それは恐ろしいことではないのでしょうか。この点はよくよく考えてみる必要があるでしょう。

この問題は重要なものですので、このままずっと考えていくこともできます。しかし、まずは今日開いていただきました聖書の個所を見ていただきたいと思います。この個所に記されていますのは、イエス・キリストが復活されたという知らせを聞いたとき、十二人の弟子の一人であるトマスがそれを疑ったという、実際に起こった歴史上の出来事です。

ここで皆さんに安心していただきたいことは、死んだ人が復活するという話を信じることができないのは今に始まったことではありませんということです。科学的な理性や知識をもっている現代人はそれをなかなか信じることができないが、そのようなものをもっていなかった大昔の人々はそれを信じることができましたというふうに単純に解決することはできません。

そして驚くに値することは、言い方は少しおかしいかもしれませんが、いわばトマスの疑い方です。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」。

このトマスの言葉を前にして、私はいろんなことを考えさせられました。たくさんありすぎてまだうまく整理できないのですが、考えさせられたことは大体次のようなことです。

第一の点は、トマスはどのようなことを期待していたのだろうかということです。自分自身はまだ見ていない、復活なさったイエスさまの体に触ってみたい。もしそれに触ることができたなら、信じることもやぶさかではない。ここまではまだ理解できます。しかしトマスが要求していることは、イエスさまの体についているはずの釘跡に自分の指を差し入れてみたい、わき腹にも手を入れてみたいということでした。

考えさせられたことは、もし私ならこんなふうな要求はしないだろうということです。人の体に触るといっても、最大限許されるとしても、せいぜい手を握るとか背中を叩くことくらいではないでしょうか。「あなたの鼻の穴に私の指を入れさせてください」とお願いする人がいるでしょうか。「あなたの傷口にこの指を入れさせてください」とお願いするのは、どこかおかしくないでしょうか。

まだ死んでいない、生きている人に対してでさえ、そのようなお願いは普通の感覚なら決してしないはずです。トマスは何をしたかったのでしょうか。私には理解できません。とはいえ、これはあくまでも私個人の感覚です。しかし世界は広い。人の体の傷口に指を差し入れてみたいと願う人々もいるかもしれないことに気づかされました。

思い当たるのは、二つのグループの人々です。第一は警察の人々です。現場検証をする。倒れている人の傷口を探し、その中に指を差し入れる。深さ何センチと調書をとり、報告する。第二はお医者さんたちです。説明は不要でしょう。

私は、この人々のことまでどこかおかしい人だと言いたいわけではありません。むしろ自分の職務に忠実な人です。そして強いて言えばですが、トマスの疑い方は、言ってみれば、今私が挙げました警察の人々かお医者さんたちの感覚に近いものがあるかもしれないとも思うのです。この件に関して私が考えたことは、ここまでです。

考えさせられた第二の点は、なぜトマスは傷口にこだわったのだろうかということです。これについては、ある程度分かります。神学的には重要な問いです。はっきり言えそうなことは、トマスがこだわったのは、少し難しい言い方をすれば、十字架の上で息をひきとられたあの方と、復活したと言われているその存在が、同じかどうかという点、つまり、両者に連続性があるのかないのかという点であったということです。

あえて驚かせるような言い方をいたしますが、イエス・キリストの弟子たちのグループ、それはほとんど教会と呼んでもよいものですが、その人々の関心は宗教的なことでした。彼らは宗教団体であったと言ってもよいのです。ですから、復活についても、それは宗教的な事柄であるということであれば理解できるものがあると考えた面もあったはずです。

しかしその場合にも問題は、今考えている連続性の有無です。それが宗教であるということであれば、人が死んだら別の姿でよみがえるという話なら、納得はできなくても理解はできるという場合があるでしょう。体がない霊の姿でよみがえる。あるいは、人間ではない存在、たとえば天使とか悪魔とか、星とか動物とか。そういうことなら、オハナシとして聞くことができるものがあるかもしれません。

ところが、トマスが聞いた話は、イエスさまを見たということでした。はたしてそれは本当にイエスさまなのでしょうか。十字架の上で血を流して死んだあの方の、あの体が、また動いているというのでしょうか。いくらなんでも、それはありえない。こんなふうに思って、トマスは非常に違和感を覚え、疑ったのではないかと思われます。

しかし、そのトマスの前にも、イエスさまは現われてくださいました。そして彼はそのイエスさまのお姿を見て信じることができました。

「八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた」(26節)とあります。途中の説明をすべて省略して結論だけ申せば、この日はおそらく日曜日でした。家の中にいたというのも、ただ身を寄せ合っていたというだけではなく、おそらくはわたしたちと同じように日曜日の礼拝を行っていたのだと思われます。

「戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち」(同上節)とあります。これはもちろん、戸にはみな鍵がかけてあったのに、その鍵をあけてイエスさまが入ってこられたという意味ではありません。どこからともなく入ってこられたのです。ということは、十字架のイエスさまと復活のイエスさまとの両者の関係は、単純な連続性ではないということです。鍵がかかっている部屋の外から内へと入ることができる、そのような体、それが復活されたイエスさまの体であるということです。

しかし、イエスさまはトマスに言われました。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。」もちろんこれは、指と手を伸ばし触ってみたら、そこには傷口がありませんでしたという話ではありません。そこには間違いなく、生々しい釘跡があったのです。ですから、連続性もあったのです。つまり、あの十字架にかけられた方が、全く同じ方が、復活されたのです。

しかし、書かれていないのではっきり断言することができないことがあります。それは、はたしてトマスが実際にイエスさまの傷口に指を差し入れたかどうかです。「差し入れた」とも「差し入れなかった」とも書かれていません。どちらでしょうか。

断言できないことを断言すべきではありません。しかし、私はどちらかといえば、差し入れなかったのではないかと考えます。その根拠になりうるのは「わたしを見たから信じたのか」(29節)というイエスさまの御言葉です。「その指を釘跡に入れたから信じたのか」とは言われていません。自分の目で見たこと、また自分に向かって語りかけられたイエスさまの御言葉を聞いたことで、トマスは信じることができたのです。

繰り返しますが、その場面はおそらく日曜日の礼拝でした。そこで行われていたことは、今わたしたちが行っているのと基本的に同じことです。賛美を歌い、聖書を学び、祈りをささげる。その中で彼らは、復活されたイエスさまを見た。そして、イエスさま御自身の言葉を聞いたのです。その見ること、聞くことを通して、十字架にかけられたときの釘跡をもつリアルな体をもつイエスさまとの出会いを果たしたのです。

イースターがなぜ喜びなのか、なぜ今日は楽しいお祝いの席なのかという問いに、そろそろ答えなければなりません。おそらくそれはイエスさまと同じようにわたしたち自身も復活するからであるというだけでは十分な答えにはなりません。先週申し上げたとおり、復活自体は救いでも解決でもないからです。イエスさまを殺した人々は殺人者として復活するのです。彼らは神の裁きを受けるために復活するのです。しかし、イエス・キリストへの信仰を告白し、洗礼を受け、教会のメンバーになった人々は、そのような人として、すなわちキリスト者として復活するのです!

日曜日の礼拝の中でイエスさまとの出会いを果たした「疑うトマス」が「信じるトマス」へと変えられました。この日トマスは「疑うトマス」として復活するのではなく「信じるトマス」として復活することが約束されたのです!

しかし、一つ重要な点を忘れることができません。復活されたイエスさまの体に釘跡があったことの意味は、まさに連続性であるという点です。それは、わたしたち自身の復活にもそのまま当てはまります。「信じる者」になったトマスは、しかし、「疑うトマス」であった頃のことを無かったことにすることはできません。わたしたちも同じです。わたしたちが犯した罪や、わたしたちの体や心に残る傷。それらは復活のとき残ったままです。わたしが今死んだら「太った関口」として復活するでしょう。すべてを無かったことにはできません。変身願望は復活によっては満たされません。それでいいのです!

わたしたちの人生の中に無駄な要素は一つもないのです。苦労も涙も。命がけの戦いも。ですから、イースターにおいて最終的に重要なことは、復活なさったイエス・キリストと共に永遠に生きることを約束された救いの喜びのなかで、わたしたちがありのままの自分自身を愛することができるようになることなのです。

(2009年4月12日、松戸小金原教会主日礼拝)

裸の理性の行方(1)

4月5日(日)の説教の中で私が強調したかったことは、「信仰とは、納得しようがするまいがそう思うと決めてしまうことである」ということとほとんど一致していますが、微妙な違いもあります。



はっきり申し上げることができる歴史的事情としては、18世紀の哲学者インマヌエル・カントの一書に『たんなる理性の限界内の宗教』(Die Religion innerhalb der Grenzen der blossen Vernunft)というタイトルが付けられているとおり、宗教の中にある理性がとらえきれない要素については「沈黙する」というルールを守ることが近代精神の特質であり続けてきたという点を挙げることができると思います。



カント的な限界設定には良い面もあると私は信じています。理性に対して破壊的に作用する宗教がしばしば凶暴化・狂熱化する危険があることは、わたしたちにとっては体験済みの事実ですから。



理性はblos(裸)のまま保ち続けてよいのです。納得できないことは、納得する必要がないし、納得すべきでもないのです。「疑うトマス」のままであってもよい。「疑うトマス」がいなかったら今日の諸科学は決して起こり得なかったでしょうし、飛行機やロケットが空を飛びまわる時代も見ることができなかったでしょうし、新しい文化的発展など望むべくもなかったでしょう。



私の申し上げたいことは、宗教的教義による科学的理性の否定ではないのです。それは中世の暗黒時代への逆戻りです。「常に改革し続ける教会」(ecclesia semper reformanda)の道ではありません。



私の趣旨を少しややこしく言い直せば、「復活」も「再臨」も、全く未知の将来に起こる出来事であるゆえに、(たった一回限り二千年前に起こったとされるユダヤ人イエスの復活についての使徒的証言を除いては)わたしたちが過去に体験済みの事実から得たデータをもとにして「帰納的に」(inductive)ないし「ア・ポステリオリに」(a posteriori)類推することができない事柄であるということです。



しかし、それにもかかわらず(それがいくら問うても分かりっこないことであるにもかかわらず)、わたしたち人間(21世紀の人間も然り!)は「死んだらどうなるのか」、「私の魂はどこに行くのか」と問い続けるわけです。考えるのをやめろと言われても考えてしまう。この問いはすべての人類の霊的ニードなのだと思います。



その場合に、です。わたしたち教会としては、あるいは牧師としては、人々の霊的ニードに応えることを拒否し、「そんなことはどのみち分かりっこないことなんだから、問うこと自体をやめましょう。理性などは一刻も早く捨ててしまいましょう。そのうえで、神という不可視的存在に絶対的に帰依しましょう」と、一種の思考停止を奨励するほうがよいか。



いや、そうではなく、「聖書にはこんなふうに書いてあります。実をいえば、私にも信じきれない面がたくさんあるのです。でも、悪いことを信じるよりは、良いことを信じるほうがハッピーではありませんか。科学的・論理的に描出されるカタストロフィ(地球温暖化、環境破壊、核戦争、人類滅亡)の物語も『必ずそうなる』とか『絶対に不可避的』などと言い出すや否や、その人の話は一種の信仰と化し、一種の宗教と化しているのですから」と笑いながら語るほうがよいか。



私は後者のほうが「理性的」であると思っているのです。



2009年4月11日土曜日

東関東教室メールマガジン第2号を発行しました

「改革派神学研修所 東関東教室」のメールマガジン第2号を発行できました。ちょっとほっとしています。



改革派神学研修所 東関東教室ホームページ
http://higashikanto.reformed.jp/



改革派神学研修所 東関東教室メールマガジン
http://groups.yahoo.co.jp/group/rti-higashikanto/



東関東教室とは直接関係ありませんが、山本信太郎さんが博士論文『イングランド宗教改革の社会史 ミッド・テューダー期の教区教会』(立教大学出版会、2009年)を出版なさったとのことで、本当に良かったなあと我がことのように嬉しく思いました。



このところは嬉しいことが続いています。教会ではこのたび久しぶりに洗礼式を執行することになりました。ご本人曰く「17年間の求道生活の末です」とのこと。素晴らしいことです。



また、松戸小金原教会の前身である「小金原キリスト伝道所」で今から38年前に当時生後3か月で幼児洗礼を受けた方が、別の教会でこのイースターに信仰告白をなさることになりました。神の恵みの確かさを知る思いです。



2009年4月9日木曜日

恥の多い生涯を送って来ました

「小説家になりたい」という夢を抱いたことは一度もありませんが、「これってどう言ったらいいのか分かんねえよ」な気分のときに、小説のようなものをつい書き始めてしまいます。そのアウトプット先を私のブログ集の中に設けました。



「関口 康 小説」(↓)です。
http://novel.reformed.jp/



毎週の説教原稿を書いているのも私、雑誌や紀要に掲載していただく論文を書いているのも私、ブログにいろいろ書いているのも私、そして小説の中で「これってどう言ったらいいのか分かんねえよ」なことを言語化したがっているのも私です。



「ぜひお読みください。」とは決してお勧めしません。「ぜひ読まないでください。」とお願いしておきます。



2009年4月8日水曜日

「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(11)

教区・支区・分区が(長老主義的な意味での)「教会会議」として機能することがありえない日本基督教団の中では、何かコトが起こったときには「信徒の立場で」、つまりおそらくは「一個人としての立場で」断固として戦うか、そうでなければ別の教団・教派へと移るかしかないんです、選択肢は。

でも、そのどちらの道を選んでも「そういうやり方ってキリスト者としてどうよ?」とカウンターパンチが飛んでくる。「愛がない」とか「冷たい」とか「自分の筋を通すことにしか興味ねえのか」とか、それこそ「信徒の分際で牧師様に向かって物申すとは、何をか言わんやだ」とか、いろいろ言われる。

私はですね、そういうことを口にして自己保身を図るクダラネエ牧師にだけはなりたくなかったんです。

そして実際の日本基督教団は、かつても・今も・これからも、各個教会の現実においては色濃く「教派主義的なるもの」のままであり続けるでしょう。

だって、考えてもみてください。

たとえば、聖餐式を(ローマの伝統に則って)「恵みの座」で行うか、(ツヴィングリ式に)会衆席まで個別に運ぶかは、どう考えてもあれか・これかです。「両方同時に行う」という芸当はおそらく決して成り立ちません。

あるいは、説教を「万人救済主義」に立って語るか、「特定救済主義」(いわゆる予定論)に立って語るかも、たぶんあれか・これかです。「両方同時に語る」という芸当ができる人は、天才か、そうでなければ自己統合が極度に難しくなっている人です。

現実の各個教会は、すべて「教派主義的なもの」で満ち満ちています。それらすべてをローラーでおしつぶし、「一つの日本基督教団」にしようとすることは事実上不可能であり、現実離れしたイデア的空想であり、虚しい思弁にすぎません。

また、各個教会の教派主義的現実に対して弾圧的に機能する「一つの日本基督教団」の理念形そのものは、それこそまさに実のところは「教派主義的なもの」を一歩も超えていなかったりするものであったとかになると、もはや笑止です。

「教派主義的なるもの」を小馬鹿にして笑う人々に言いたいですよ。あなたがたは、ご自分たちが笑っておられるそれを何一つ、一ミリたりとも超えられていないですよと。笑えば笑うほど自分の無知と恥をさらすだけですよと。


2009年4月7日火曜日

「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(10)

「第二ラウンド」の意味が誤解されそうだと分かりましたので付言しておきます。

「第二ラウンド」とは日本基督教団の創立(三十余派の旧教派の合同)そのものの是非であると、そのように表現することも全く不可能であるとは言えません。しかしそうなりますと、それはもっぱら日本基督教団の外部からの第三者的な論評であるということで処理されてしまい、そのような無責任な言葉は傾聴に値しないという一言で片づけられてしまいます。

しかし、私自身は、その種の(教団の外からの第三者的な)論評は、はっきり言って嫌いです。あまり良いたとえではありませんが、「できちゃった婚」で生まれちゃった子どもに向かって「できちゃうべきではなかった」とか「生まれちゃうべきではなかった」とか言うのに似ています。そのような言い草を私は(自分なりの定義をしながら)「原理主義」と呼んでいます。

現実に生じている事実から目を背け、「そもそも、こうあるべきだった」とか「あのとき、ああすべきでなかった」などと語る。それは言っても意味のないことですし、現に存在するものを否定しているのですから、事実上「死ね」と言っているのと同じことです。

従って、私自身は「第二ラウンド」という言葉をそのような意味で用いることはありませんし、また東神大関係者が用いる場合も、そのような意味ではありません。

それでは「第二ラウンド」とはどういう意味かと言いますと、合同教会としての日本基督教団の中の各個教会における旧教派的伝統というものを「生かす」(つまり「多様性尊重の道を選ぶ」)のか、それとも「殺す」(つまり「強制的同質化の道を選ぶ」)のかの戦いであるということです。

だれもが知っている事実は、たとえ日本基督教団であっても、各個教会の現実は(本人たちがどれほど否定しようとも)色濃く「教派主義的な何か」です。

同じ日本基督教団の中で、ある教会は「連続講解説教」をしている。ある教会は「ハイデルベルク信仰問答」で受洗準備会をしている。ある教会の洗礼式には「浸礼槽」が用いられる。ある教会の聖餐式は「恵みの座」に跪いて行う。ある教会は礼拝の中で「異言」を語る。

少なくとも1990年代の前半までの日本基督教団は、そのような多様性を尊重してきました。 ところが、その後の教団に大きな変化が起こりました(と私は受けとりました)。「強制的同質化」(Gleichschaltung)は言い過ぎかもしれませんが、「教団は合同教会なのだから」という分かりやすいが無内容の殺し文句をもって各個教会の「教派主義的なるもの」に対して弾圧的発言を繰り返す人々が台頭してきたのです。

2009年4月6日月曜日

「信徒のミカタ」ではないことに絶句

「次世代の教会をゲンキにする応援マガジン」なる『ミニストリー』(Ministry)が創刊されるとのこと、同慶の至りです。今日届いたキリスト新聞最新号の「全面広告」を拝見しました。



しかし最も大きな字で書かれたキャッチコピーに絶句。「牧師のミカタ、創刊。」



ウソかハッタリであっても「信徒のミカタ、創刊。」とは書かない(または「書けない」)ところに、ある独特のリアリズムを感じはしましたが、なるべくなら見たくなかった表現でしたね。



本音を思い切りぶちまけたい気持ちなら私にだってありますが、陽の下を堂々と歩きたいならパンツぐらい穿けよと言いたいところです。



「説教の塾」についても、そう。そこで営まれていることは立派であり、関わっている人々は立派であるとは思いますが、基本的なベクトルがちょうど正反対の方向を向いているような気がしてならないのです。



なぜ「牧師のミカタ」なのでしょうか。なぜ「説教の塾」なのでしょうか。牧師たちの自意識が過剰すぎるのではないでしょうか。「おれを忘れるな」(Niet te vergeten mij)を言いたがりすぎではないでしょうか。



あるいは、牧師たちがまるで被害者意識のようなものを持ちすぎているのではないでしょうか。癒されたがり、慰められたがりの傾向が強すぎるのではないでしょうか。



「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(9)

小学校などの先生でも「勉強しない人」や「倫理的に問題ある人」、けっこういますよね。教え方がひどくて、モンスターペアレンツに突き上げられたりするダメ教師たち。この人々に対する文科省的な対応としては、従来的にはほとんどもっぱら「人事異動」で何とかしてきた。最近では「教員免許の定期更新」や「再研修制度」でしょうか。牧師の場合も、これに似たことを考えるとよいのかもしれません。

しかし、たとえば日本基督教団の場合は、各個教会の上に立つ上部政体であるべきところ(教団、教区、支区・分区)に今私が書いたような文科省的対応ができるほどの権限はありませんよね。「勉強しない牧師」であろうと「倫理的に問題ある牧師」であろうと「異端」であろうと、その人を辞めさせることや変わって(替わって)もらうことは誰にもできない。出て行ってもらいたければ私刑的つるしあげ(いわゆるリンチですね)でもするしかないし、それでも動かない場合は不満を持つ教会員の側が出ていくしかない。

しかし、その種の私刑的対応や離脱行為は「クリスチャンとしてどうよ?」という殺し文句で糾弾されることしばしばで、それをする側に(生涯消えない)罪悪感が残ったりする。どっちが悪いのか、わけわからなくなる。

はっきり言っておきますが、日本基督教団の教団は長老主義的な意味での「大会」ではあり(なり)えないし、教区や市区・分区は「中会」ではあり(なり)えません。そのことを過去68年の日本基督教団の歴史が証明していると思います。

だからこそ、日本基督教団の中で長老主義を重んじようとする人々は「連合長老会」を作ろうとします。その考えや意図はごもっともなものです。しかし、牧師の人事に関する事柄はきわめて法的な、しかも、宗教法人法的なものです。「連合長老会」は任意の団体ですので「宗教法人日本基督教団○○教会」にかかわりえません。

日本キリスト改革派教会も、日本キリスト教会も、そして日本基督教団の連合長老会も、不完全な長老主義しか実現できておらず、理想形には程遠いことは認めざるをえません。しかし、断言できることは、日本キリスト改革派教会と日本キリスト教会は、日本基督教団の連合長老会の方々に対して深い関心と同情を持ち続けているということです。

ですから私は、長老主義を重んじたいという願いから日本基督教団の連合長老会系の教会で主に仕える道をお選びになる方々のことは、お世辞でなく尊重してきたつもりです。

しかし、教団連長の諸教会が「宗教法人日本基督教団」の法規のもとに統治されている状態にとどまっておられるかぎり、日本キリスト改革派教会としても日本キリスト教会としても、法的・政治的な意味での公的なアクセスの取りようがないんです。一緒の勉強会くらいなら何年でも何十年でも続けられるんですけどね。

本当のところをいえば、日本キリスト改革派教会と日本キリスト教会と教団連合長老会との公的な「フェデレーション」を作りたいんです。これはかなり真面目な話です。しかし、そのためにはやはり、連長のみなさんが教団を飛び出す勇気を持っていただく他はないような気がしていますが、これはこんなところに書くことではないかもしれません。

問題は、連長の皆さんにとって「一緒にはできない」相手とは誰なのかです。20年くらい前の東京神学大学あたりで使われはじめたタームを持ち出すとしたら、いわゆる教団問題(事の本質から言えば「東神大紛争」)には「第一ラウンド」と「第二ラウンド」があるのです。

「第一ラウンド」は、1969年問題とも言われてきたものです。社会派とか何とか呼ばれた人々との戦いです。「無差別聖餐問題」などもこの文脈に属します。この戦いはすでに終わっているか、あるいはまもなく終わるでしょう。外面的には熾烈な戦いの様相を呈してきたことを私も体験的に知っていますが、事の本質としては他愛のない、神学的には児戯にすぎない戦いです。

「第二ラウンド」は、隠喩的ないし暗示的に1941年問題と言うべきです。合同教会としての教団のそもそもの本質を問う。「教団の中に旧教派伝統を(≠が)残し(≠残り)続けるべきか」を問う。「教団は合同教会なのだから」という殺し文句で旧教派伝統を弾圧する人々を容認しうるかという問題です。

私の見方を率直に言わせていただけば、連長の皆さんは今のままでは「第二ラウンド」の戦いには負けるだろうと思っています。これを戦わなければならないほどのモチベーションが見当たらない、またはきわめて低いんじゃないかと。

「第二ラウンド」は神学的にはあまりにも深刻なものなので、まさに決死の覚悟が必要ですが、外面的には「敬虔の衣をかぶった論敵たち」との戦いになりますので、本質が見えにくいし、後味が悪い。いつまでも引きずるイヤーな罪悪感が残ります。