2014年10月13日月曜日

日記「ファン・ルーラーを勉強しよう」

「ファン・ルーラー著作集草稿」苦戦中

私の場合「神学を勉強しよう」では満足できなくて、最低でも「組織神学を勉強しよう」と言いたくなるし、どうせなら「ファン・ルーラーを勉強しよう」まで言いたくなるが、「オランダ語ですよね」で話がストップする。

呼び込む手はないか。「ファン・ルーラーを勉強すると就職に有利」とか言ってみるか。

ファン・ルーラーはオランダ改革派教会(NHK)を背景にした神学者でしたので、ベルギー信仰告白(オランダ側では「オランダ信仰告白」と呼ばれる)、ハイデルベルク信仰問答、ドルトレヒト教理基準をベースにした神学を展開しました。

しかしそれは、ウェストミンスター信仰規準の神学と方向性においてほとんど一致するものです。ファン・ルーラーに質問することができないのが残念ですが、もし本人に聞けば、たぶんウェストミンスター信仰規準の神学に100%同意すると思います。

ファン・ルーラーがカイパーやバーフィンクやベルカウワーらのオランダ改革派教会(GKN)や、クラース・スキルダーらのオランダ改革派教会解放派(GKNV)に批判的だったのは、神学的に保守かリベラルかの問題というよりも、分派主義の是非の問題でした。

オランダ国内に「オランダ改革派教会」という教団は一つで十分である。教団を四分五裂させるのはやめようではないかと言いたかっただけです。それはファン・ルーラーが言い出したことではなく、ファン・ルーラーの師匠の師匠の代からの「伝統」です。

ファン・ルーラーの師匠がハイチェマ、ハイチェマの師匠がフードマーカー。フードマーカーは、GKN離脱のリーダーとなったカイパーと直接やりあったNHK側の神学者でした。

ファン・ルーラーは三位一体論と二重予定論の明確な支持者でした。よく誤解されているような、ユダヤ教的なものへの逆行などはありません。無際限の宗教多元主義のようなものに陥ったこともありません。「元の木阿弥」などのレッテルは、ファン・ルーラーには当てはまりません。

「旧約聖書こそが真の聖書であり、新約聖書は旧約聖書の巻末語句小事典に過ぎない」と、ファン・ルーラーはたしかに言いました。しかしそれは旧約軽視の現代神学に対する警鐘として言っただけです。

既刊のファン・ルーラーの聖書黙想集(ラジオ説教集)の大部分は、新約聖書の説教です。すばらしい内容です。彼が新約聖書を軽んじた形跡は皆無です。