2016年9月30日金曜日
今日もガーネット・クロウさんの歌に励まされて
画像とは全く関係ないが(ほんとに全く関係ない)、一日の仕事を終えてさて帰ろうかの瞬間、ガーネット・クロウさんの「タイムレス・スリープ」という歌(2001年)の「かろうじて憎しみに変えずいれた 私がんばれたよね?」という歌詞を、なぜか思い出した。日々穏やかでいられることが何より。
激辛のいやみ、えぐい皮肉、あとは逆説や罵倒や恫喝なんかで人が救われることはありえないと、ここ数年ずっと考えてきたつもりだが、そうでもないのかな。罵倒と恫喝は論外にしておくが、それ以外のそういうのにこそなんだか生き生きしはじめる人たちがいる気がしてきた。自信がなくなってきた。苦笑。
ネットつながりの方々との関係の話ではありませんので、どうかどうかご安心くださいませ。私は「ネットのことば」で傷つくような人間ではありません。言葉「だけ」ではなんともありません。寝そべっていたって、はなくそほじくりながらだって、どんなことでも書けるのが「字」であり「言葉」ですから。
語気を荒げて書くようなことではないが、「神ともにいます(インマヌエル)」は、論じることではなくて、信じることだと思いますよ、実際問題として。私信じてますからね。めっちゃ信じてます。「我ここに立つ。他にどうしょーもないけーな(語尾は岡山弁)」と宣言しつつ穏やかに日々過ごすためにね。
2016年9月29日木曜日
「その鍵は宗教ではない」のか
宗教というかピンポイントのキリスト教への侮辱を罪とせず、平然とと言うか一緒になって「そうそうごもっとも」とか頷きながら納得して聞いていたりするのは、キリスト教のプロテスタントの日本の人たちくらいかもしれません。私もだいたいどちらかといえばそのクチのほうです。いいんだか悪いんだか。
唐突に書くが、私が高校生の頃は「共通一次試験」(センター試験の前身)真っ只中で、当時の先生がたの進路指導といえば進路未決定の生徒に同一偏差値の「医学部」と「法学部」のどちらかへの進学を勧めるといった具合。そういうのが「気持ち悪い」(ママ)と感じた私は、そういうのすべてからおりた。
はっきりいえば、生徒本人の適性など全く眼中になさそうで「高偏差値の大学へ進学すれば明るい未来が待っている」式の進路指導をしていた。もちろんすべての高校がそうだったかどうかは当時の私には知るよしもなかったわけだが。当時の私が感じたことは、繰り返し書けば「気持ち悪い」(ママ)だった。
果たしてその結果はどうだったか。まだ「結果」も「結論」も出ていない段階だろうか。30年以上は経過したわけだが。「(当時の)高偏差値の大学へ進学すれば明るい未来が待ってい」たか。本当にそうだったか。真相はどうだったか。私と同じ今の50歳さんたちには、そろそろ答えられるのではないか。
その答えを知ってどうのこうの言いたいわけではない。むしろ何も言いたくない。「そういうのすべてからおりた」私の弁解や自慢をしたいわけでもない。知りたいのは、現時点で高校の教員である私が、眼前の高校生たちに伝えるべき事実だ。ただそれだけだ。(大学の宣伝ではない)真実を知りたいだけだ。
実は意見を求めているわけでもない。いっそ黙って考えてもらいたいと願うばかり(高飛車な言い方で申し訳ない)。偏差の出やすい試験問題を用意して偏差と順位を競わせて勝敗を決めて「勝ち組」だ「負け組」だのラベルを貼るやり方はさすがにもう時代遅れだし、「嫌な社会」を作るだけだと思うばかり。
偏差や順位や知能指数のようなものでは全く測ることができないが、仕事をやり抜き人生を生き抜くうえできわめて重要な力を養うための教育実践がもっと必要だ。すでに取り組みを始めている学校はあると思うし、少ないとは思わない。私も真剣に取り組んでいるつもりだし、良い結果が出始めていると思う。
宗教科の教員である私は「その鍵は宗教にある」と書くほうが安心してもらえそうだが、「その鍵は宗教かもしれないがそうでないかもしれない」としか書けない人間であることをお許しいただきたい。でも「そうだそうだ、その鍵は宗教ではない」とは言ってもらいたくない。遠慮して言わないでいるだけだ。
唐突に書くが、私が高校生の頃は「共通一次試験」(センター試験の前身)真っ只中で、当時の先生がたの進路指導といえば進路未決定の生徒に同一偏差値の「医学部」と「法学部」のどちらかへの進学を勧めるといった具合。そういうのが「気持ち悪い」(ママ)と感じた私は、そういうのすべてからおりた。
9月27日 |
果たしてその結果はどうだったか。まだ「結果」も「結論」も出ていない段階だろうか。30年以上は経過したわけだが。「(当時の)高偏差値の大学へ進学すれば明るい未来が待ってい」たか。本当にそうだったか。真相はどうだったか。私と同じ今の50歳さんたちには、そろそろ答えられるのではないか。
9月28日 |
実は意見を求めているわけでもない。いっそ黙って考えてもらいたいと願うばかり(高飛車な言い方で申し訳ない)。偏差の出やすい試験問題を用意して偏差と順位を競わせて勝敗を決めて「勝ち組」だ「負け組」だのラベルを貼るやり方はさすがにもう時代遅れだし、「嫌な社会」を作るだけだと思うばかり。
9月29日 |
宗教科の教員である私は「その鍵は宗教にある」と書くほうが安心してもらえそうだが、「その鍵は宗教かもしれないがそうでないかもしれない」としか書けない人間であることをお許しいただきたい。でも「そうだそうだ、その鍵は宗教ではない」とは言ってもらいたくない。遠慮して言わないでいるだけだ。
2016年9月25日日曜日
再びこの地に思い出が刻まれました
今日の午後は「日本ルーテル神学大学跡地」に行ってきました。とか無邪気に書いていると、もうすぐ叱られそうですねすみません。昔の看板がガラス箱の中に静かに安置されていました。ルターが笑顔なのは歴史修正主義の疑いがあると、一緒にいた方(卒業生)と話しました。もっとコワモテだったはずと。
小金教会の「特別伝道礼拝」に出席しました
「無料で効果的に」情報拡散する方法
ほとんど顧みられない地味なブログに起こった一瞬の出来事 |
ブログよりSNSのほうが簡単ですが、SNSの「最大の」欠点だと感じる「過去ログ検索の難しさ」がブログにないので、ブログを続けています。最近しているのはツイッターで断想を書き、フェイスブックでまとめ、コメントを参考にしながら書き直し、流れができたらブログに保存するというやり方です。
以前は、逆の順序で、まずブログに書いて、それをフェイスブックに貼り付けて拡散し、ツイッターで広報していました。後者は「三段ロケット方式」と名付けたことがありますが、前者は名前がまだありません。強いて言えば、ツイッターは「講義」、フェイスブックは「ゼミ」、ブログは「レジュメ」です。
お金がないので、どうしたら「無料で効果的に」情報拡散できるかをずっと考えてきました。
NO MORE 説教泥棒
内容とは関係ありません |
「オーダーメイドのスーツなど不要で、既製品で十分間に合うし、そのほうがむしろありがたい」などと言われてしまえば、大方の牧師は廃業を余儀なくされる。なかには、既製品のスーツのほうに自分の寸法を合わせるべくダイエットなさる御仁もいるだろう。オーダースーツが高くつくことは否定できない。
だが、牧師たちが受けてきた訓練は、自分の教会にぴったり合うスーツを縫い上げるためのものだ。いま書いているのはもちろん比喩だ。キツキツでもなくブカブカでもない、ちょうどよい寸法をさぐり当てる。着る人々の体型が変わるたびに採寸しなおし、微調整を重ねていく。盗用説教にはそれができない。
比喩はスーツでなくてもクッキーでもお好み焼きでもいい。甘すぎるクッキーや、焼いてから時間が経ってシナシナしているお好み焼きでも「おいしい」と思える人にはそれでいいかもしれない。だが各自の嗜好を熟知しつつぴったりの味で、つくりたて焼きたてのごちそうを出してもらえるほうがたぶんいい。
「牧師いらんかえ。教会いらんかえ」と闇夜に向かって叫びたい日曜日の未明の私。
2016年9月22日木曜日
高校と大学の関係、そして学校と教会の関係について
内容とは関係ありません |
つい最近お会いした大学の先生(私の大学時代の先生という意味ではない)が「翻訳は業績にカウントしてもらえない。とにかく論文を書かなくては」と言っていた。そういうものかと初めて知った。大学教員界は大変そうだ。高校教員界は、論文を書いても翻訳してもそれ自体が評価されることはたぶんない。
夏休みのあいだ自分の勉強のために文科省検定済教科書の『倫理』の複数社のぶんを読み比べていた。それでお恥ずかしながら初めて知ったことだが、大学の先生たちだけで書いたものと、高校の先生が参加して書かれたものがあった。だからどうと言いたいのではないが、表現しにくい微妙な気持ちになった。
何を思ったかといえば私はどうやら権威主義者らしいということだ。大学の先生たちだけで書いた教科書のほうが、高校の先生が参加して書かれた教科書より信頼できそうだと、つい考えてしまう。厳密な比較ができたわけではないが、前者のほうが後者よりいくぶん読みやすいと感じたことは事実でもあった。
読みやすい教科書のほうに感じたことの中には「ああ、私も高校時代にこういうふうに教えてもらえていれば、もっと理解できただろうのに」という過去の恨みが含まれていた。後の祭りだが。結論を急ぐ必要はないが、教科書書きは現場主義より書斎主義(?)のほうがいいのかもしれないとさえ思わされた。
いま書いたことと直接関係はないが、夏休み中にもうひとつ、「高大接続」について文科省HPに掲載されているいくつかの文書をダウンロードして読んだ。センター試験を廃止して到達度テスト(ベーシックとアドバンス)のようなものに切り替える計画についても。これからいろいろと変わっていくようだ。
それでなんとなく思ったのは、「高大接続」だからこそ高校と大学は分業を徹底すべきなのだろうということだった。学校界のことは、入ったばかりなのでまだよく分からないが、高校には高校の、大学には大学の固有の課題がある。大学と高校の関係は単純な上下関係ではないと思う。取り組む課題が異なる。
教会界はどうか。「学校は教会ではない」のと同様「教会は学校ではない」。学問はしばしば宗教の腐敗をそしる。しかし学問も腐敗する。その監視役は宗教だと思う。教会は学校を「外から」見る。宗教の腐敗は学問が容赦なく指摘する。学問の腐敗は宗教が指摘する。そういう役割分担がありうるはずだ。
2016年9月19日月曜日
私は自由に書きたいことを書くだけだ
うちでマック。まっくのうち。 |
ブログのことをあとちょっとだけ。ブログタイトルは試行錯誤を経て「関口康」になった。一時期「関口康日記」だった。説教は「今週の説教」、ファン・ルーラー関係は「日本語版ファン・ルーラー著作集草稿」というブログにそれぞれ分けて管理していた。分けるのが面倒くさくなったので一つにまとめた。
ブログタイトルに自分の名前だけを書くというのはヘンテコな感じかもしれないが、考えてみればツイッターだってフェイスブックだってみなさん自分の名前でやっておられるわけで。ひと昔前っぽい「電脳牧師なんちゃら関口のさわやかブログ」(?)みたいなネーミングは、小っ恥ずかしくて耐えられない。
ブログのアドレス(URL)をかっこいいのにしたいと考えていた時期もあった。有料のドメインを使っていた時期もあった。しかし、グーグルやヤフーで情報を探す人にとってはアドレス(URL)のかっこよさはどうでもいいことだと分かったので、そういうのは基本すべて、自分の名前を使うことにした。
それと、ブログのタイトルでもアドレス(URL)でも自分の名前を使うことにしたのは、ブログの全投稿はいかなる団体や組織をも代表しておらず、すべて個人的な発言であることを明示するためでもある。私はどこの教会の公式ホームページや公式ブログも、いまだかつて作ったことも管理したこともない。
私のセンスだけで言わせてもらえば、教会の公式ホームページであれ、公式ブログであれ、そのようなものに掲載するすべての記事は、定期的ないし随時開催される教会役員会(教派・教団によって呼称が異なる)の議決を経た相当厳密な意味での公式見解でなければならない。そこをスキップしてはならない。
説教はどうなのか。私の考えでは説教は「牧師の個人見解」である。少なくとも教会役員会の議決を経なければ公開できないようなものではない。あえて著作権を言うなら、説教の著作権はすべて牧師個人にあると思う。ただし教会の公式ホームページのようなもので公開した場合は事情が変わってくるだろう。
しかし、今書いているのは、法律上の問題では全くない。私がブログのタイトルやアドレス(URL)に自分の名前を使っているのは、どこの団体も組織も代表していない一個人の発言として書いていることを明示するためにしていることだという点を、いくらか詳しく説明しようとしているだけのことである。
今年4月からブログでもツイッターでもフェイスブックでも「日本基督教団教務教師」をあえて名乗るようにしたが、この肩書きを見て「日本基督教団」という団体を代表する者であると思う人がいれば、それはよほど事情を知らない人である。分かる人には分かる。これは実は何をも代表しない肩書きである。
つまりは、私のブログの書き込みの全責任は「関口康」にある。いま言いたいのは、ただそれだけのことだ。私の発言の責任をだれにも転嫁するつもりはないので、だれひとり私に代わって(勝手に)責任を感じないでほしい。もちろん言葉は慎重に選ぶが、私は自由に書きたいことを書く。ただそれだけだ。
2016年9月18日日曜日
「ブログを続けてきてよかったです」のダークサイド
内容とは関係ありません |
字で書いてネットで開示するのはこれで10回目くらいだが、くれぐれも念を押したいのは、私はネットで伝道する気はないということだ。説教原稿を公開する主旨も繰り返し書いてきたとおり、説教後の「言った言わない」の不毛な論争に巻き込まれないための危機管理の一環であって、それ以外の意図はない。
説教者には、みずからの説教によってみずからの身を危険にさらすことを回避できないときがある。その説教者の人事権を握る人々の心地よさを保証するような言葉だけを語る説教者は真の説教者ではない。その人々にとってあからさまに不快な言葉を語ることがありうる。聖書がそう語るように強く促すからだ。
ただ、その場合でも説教者はみずから語った言葉に責任をとる必要があるので、その言葉をできるだけ広い範囲の人々に開示し、その言葉はその説教者の人事権を握る人々にとっては不快な言葉かもしれないが、今こそ語られるべき真理の言葉であることを理解してもらえる人々に共有してもらうことが肝要だ。
そのための現時点で最も有効な方法が説教原稿のブログ公開だ。説教者が密室で絞め殺されないために。「あなたは○月○日の説教でこう言った(我々に不都合な言葉を語った)。我々への当てこすりである」「いえ、そのようなことは申しません。それは誤解です」「いや、言った」。この不毛さよ!!
ブログに書いておけばね、「ブログ読んでください。他の多くの人も読んでますよ。私が本当にあなたがたの言うような意味のことを説教で語ったかどうかはその人々が判断してくれますよ」で済む。実際、ブログに説教を公開するようになって、その種の「哀れなほど不毛な」言った言わない論争が止んだ。
牧師が危機管理してはいけないだろうか。保身かもしれないが、説教原稿を広範囲に開示することで得られる保身なら「良い保身」(?)ではないだろうか。説教者の人事権を握る特定の少数者の歪んだ聴き方だけで説教の真価を判断されては困ることがありうる。真に悔い改めるべきは、あなたがたである。
しかし、このような辛辣なことも、今の私が一時的なのかどうなのか教会担任教師の職務から離れて学校の教務教師になっているゆえに書けることだと思う。50歳で50年教会に通ってきた「教会大好き人間」である私に、ここまでひどいことを書かさないでください、教会さま。よろしくお願いいたします。
豊島岡教会南花島集会所の「設立10周年記念礼拝」に出席しました
ブログを続けてきてよかったです
ブログ投稿画面 |
誰が読むかも分からない、何の意味かも分からない私のブログであり続けているが、「面白い」と言っていただけることは素直にうれしい。子どもの頃からひどく口下手でしゃべるより字を書くほうが気楽なのと、自分の頭で理解できない難解な言葉は使わないようにしているので、わりと読みやすいとは思う。
あとは守秘義務で書けないことだらけの仕事でもあり、ネットで他人の個人情報を拡散することの危険性を分かっているつもりでもあり、それなので、とにかく自分のことしか書かないできたことで、読んでくださる方々に「自分大好き人間」だと思われそうな私のブログだが、それはまあいいや。致し方ない。
「書くことがない」と言う人がいるが、ありえない。「何時に起きた、何時に寝た、どこ行った、何食べた」をしない人はいない。それを字にする。「そんなつまらないことを人に知らしめて何の意味がある」と言われるが、そこは工夫。誇張したり自慢したりは自由。写真を撮る範囲だけ部屋を片付けるとか。
2016年9月17日土曜日
三連休一日目
三連休一日目。5時半起床、7時半出発、9時半港区白金台ヘボン前、11時半三鷹市大沢3丁目、12時半紅虎餃子房イトーヨーカドー武蔵境店でレバニラ炒め、16時アジア・カルヴァン学会日本支部運営委員会、18時かごの屋鷺宮店で新委員歓迎会。
2016年9月12日月曜日
教会と学校の懇談会を開催しました
2016年9月11日日曜日
贖罪による罪の赦し(千葉若葉教会)
日本バプテスト連盟千葉・若葉キリスト教会(千葉市若葉区千城台東) |
関口 康(日本基督教団教務教師)
「ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。」
今日開いていただきました聖書の箇所は、使徒パウロのローマの信徒への手紙の一節です。この手紙はパウロの生涯の最晩年に書かれたものであり、パウロの信仰告白ないし神学の集大成というべき内容が記されています。
パウロの信仰告白、あるいは彼の神学は、時間の経過、また彼自身の伝道者としての体験の中で次第に進化していきました。その進化を経てたどり着いた完成形がこの手紙に見られます。そしてそのパウロの信仰告白における重要なターニングポイントは、彼がユダヤ人に対して直接的に伝道することをやめて、もっぱら異邦人に伝道することを決心したあたりにありました。
パウロ自身はユダヤ人であり、自分の同胞であるユダヤ人たちが救われることを心から願っていました。しかし、ユダヤ人のキリスト教会に対する迫害が激しいうえに、もともとパウロがユダヤ教のラビになることをめざして生きていたことや、パウロ自身もかつてはキリスト教会に対する熱心な迫害者であったことをよく知る人々から激しい妨害を受けました。それでユダヤ人に直接伝道するのを断念することを余儀なくされたのです。
パウロに示された新しい道、それが異邦人伝道でした。それは迂回路(バイパス)作戦でした。それはどういう意味であるかは、11章11節以下に書かれています。
「では、尋ねよう。ユダヤ人がつまずいたとは、倒れてしまったということなのか。決してそうではない。かえって、彼らの罪によって異邦人に救いがもたらされる結果になりましたが、それは、彼らにねたみを起こさせるためだったのです。彼らの罪が世の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのであれば、まして彼らが皆救いにあずかるとすれば、どんなにかすばらしいことでしょう。では、あなたがた異邦人に言います。わたしは異邦人のための使徒であるので、自分の務めを光栄に思います。何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです」(11:11~13)。
パウロが何を言いたいでしょうか。簡単に言えば、パウロが異邦人に伝道するのは、それによってユダヤ人が救われるためだということです。なぜそうなるのかといえば、異邦人がイエス・キリストを信じる信仰に基づいて祝福された人生を歩き始め、喜びと感謝にあふれる異邦人たちの教会が立ち上がっていけば、それを見たユダヤ人が嫉妬して、うかうかしておれなくなるということです。
ユダヤ人たちにとって異邦人は凄まじいまでの激しい軽蔑の対象でした。その異邦人たちがユダヤ人に勝るとも劣らない信仰深い教会を作り上げる日が来るだろう。それを見るユダヤ人たちが異邦人に負けていられるかと競争心を抱いて、我先にとイエス・キリストを信じる信仰を求めるようになるだろう、とパウロは本気で信じたのです。本気で信じたからこそ、孤独で過酷な世界伝道旅行を3回も行ったのです。
しかし、結果はどうであれ、パウロが思い描いたこの壮大な伝道計画そのものが尊いものであると私は考えます。内容は単純そのものです。異邦人が先に救われることによってそれを見たユダヤ人が後から救われるだろうということです。「後の者が先になり、先の者が後になる」というイエス・キリストの御言葉が実現する。それがパウロの信仰告白であり、神学です。
そして、この使徒パウロの迂回路作戦において重要な鍵となる教えが、今日開いていただいた箇所に記されている「贖罪による罪の赦し」です。
内容的にはかなり難解な面がありますが、ひとことで言えば、ユダヤ人のように律法の教えを守ることによって神の義を得ようとする律法主義の道を通らないで、それとは別の道を通って、すなわちバイパスを通って神の義を得られる道があるという教えです。それが、イエス・キリストによる贖罪の業によって切り開かれた新しい救いの道であるという教えです。
パウロによると、その道は「律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて」(21節)示された神の義を得る方法です。律法とは「関係ない」のに律法によって「立証」されるというのは、矛盾しているようでもあります。しかし、新約聖書の中で「律法」と「預言者」が続けて書かれているときは旧約聖書を指します。パウロが言おうとしているのは、ユダヤ教的な律法主義ではない別の迂回路を通って神の義を得る道には旧約聖書的根拠がある、ということです。
そしてその旧約聖書的根拠として代表的な箇所がレビ記4章以下に記されている「贖罪の献げ物」に関する規定です。
油注がれた祭司が罪や過ちを犯した場合と、イスラエル共同体がそうした場合と、共同体の代表者がそうした場合と、一般の人がそうした場合と、貧しい人がそうした場合とで、それぞれ異なる規定が定められていますが、共通している要素は、裕福な人の場合は牛なり羊なり山羊なり鳩なりの動物、貧しい人の場合は小麦粉なりを臨在の幕屋に携えていき、それらを犠牲として主の前に献げることが求められている点です。
動物の場合は屠殺する。小麦粉の場合は燃やす。それによって本来ならば罪や過ちを犯した本人が受けるべき罰を動物や穀物に代わって受けてもらうことで、本人への罰が見逃されるという方法です。
その「贖罪の供え物」そのものにイエス・キリストがなってくださったというのが、今日の箇所に記されているパウロの教えです。イエス・キリストは、まさか牛でも山羊でも羊でも鳩でもありませんし、小麦粉でもありません。教会の信仰によれば、イエス・キリストは神の御子であり、御子なる神であられるお方です。しかし同時に、わたしたちと全く等しい生身の人間でもあられます。
そのわたしたちと全く等しい生身の人間としてのイエス・キリストが地上の生涯において苦しみ抜かれ、最期は十字架上で処刑されて殺害されたことによって、牛でも山羊でも羊でも鳩でもありえないし、小麦粉でもありえないイエス御自身が「贖罪の供え物」として主の御前に献げられたことで、本来は厳しい罰を受けなければならない罪を犯したわたしたち人間に対するその厳しい罰が見逃されたのだというのが、この箇所に書かれているパウロの教えの真意です。
しかしまた、このパウロの教えが成立するためには、イエス・キリストは人間以外の他の動物でもなければ穀物でもない、まさにわたしたちと全く等しい生身の人間であられることを信じつつもなお、もう一つの重要な側面として、イエス・キリストは人類の罪を一身に引き受けてその死をもって贖罪をなし遂げることができる人間以上の存在として、すなわち真の神の御子であり、御子なる神であられる存在として信じられる必要があることをパウロは知っていました。それが「イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義」(22節)と言われていることの意味です。
高校生たちに繰り返し言っていることですが、「イエス・キリストを信じる」と言う場合の「イエス」と「キリスト」の間の中黒(・)の意味は等号(=)です。「イエスはキリストであると信じる」ことです。イエスこそ神の御子であり、御子なる神であり、真の救い主であられることを信じることです。
価値論的にいえばイエスの命は神の命と等しい価値を持つ。その方の命が贖罪の犠牲として献げられるのでなければ全人類の罪を贖うことはできない。ただの人の命が献げられるだけでは贖罪は完成しない。人が罪や過ちを犯すたびに旧約聖書に従って動物なり穀物なりの供え物を献げ続けなければならない。しかし、そのような儀式は異邦人には意味不明であるし、負担が大きいし、事実上不可能である。そのような中でもはや動物や穀物による贖罪の儀式はイエス・キリストの犠牲の死によって廃止されたゆえに不要であるという真理に異邦人伝道者としてのパウロも強く立つ必要がありました。
しかし、イエス・キリストが流した血によって旧約聖書的な意味での贖罪の儀式が廃止されたことを強く訴えているのは、著者の名前が記されていない、教会史のかなり初期の頃からパウロの書簡ではないとされてきたヘブライ人への手紙です。パウロ書簡の中に旧約聖書的贖罪とイエス・キリストの関係について明確に述べている箇所は見当たりません。
私が今日の箇所から皆さんにお話ししたいと願っていることは、すでに述べてきたことの繰り返しですが、イエス・キリストの十字架上の死を「贖罪」としてとらえることの最も大きな意義は、旧約聖書的な意味での動物や穀物としての「贖罪の供え物」を主の御前に献げる儀式はもはや廃止されている、ということに尽きます。
わたしたちが神の御前に献げる供え物は、動物でも穀物でもない。仏壇や神棚を揶揄する意図で言うのではありませんが、仏壇や神棚にお供えする御飯や果物のようなものを教会に携えて来る必要はありません。わたしたちが献げる礼拝に、つぐないやお供えの要素はありません。献金も奉仕活動も同じです。これはお供え物ではありません。償いでもありません。献金はそういう意味で献げるものではありません。
だからこそパウロは次のように宣言しています。「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です」(12:1)と。
これは「罪を犯した人間は自分の命を神の御前に差し出して、死んで償いなさい」という意味ではありません。全く正反対です。イエス・キリストの命によって贖い取られた者として、罪赦された者として、神が喜んでくださり、その神の喜びに共にあずかり、自分自身も心から喜び、自由かつ大胆に生きていきなさいという勧めです。
それは、旧約の掟からも、「死んで償う」という強迫観念からも解放されて生きることができる自由の道です。今日において贖罪論を説く意義はそのあたりにあります。
(2016年9月11日、日本バプテスト連盟千葉・若葉キリスト教会主日礼拝)
日曜日の朝につれづれ思うこと
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しかし会社はともかく、教会もともかく、牧師個人がせめて10年と、黙々とホームページ、ブログ、SNSを続け、守秘義務は厳格に守りながらも通り一遍のつまらないことでないリアルを書いていると、猛然たる抗議を受け、生活基盤まで失うことになることがあるので、どうしたものかと悩みは尽きない。
過去の経験から言えるのは、少なくとも日本のキリスト教会は外からの批判に弱く、自己批判もできないし耐えられないきわめて脆弱な組織だということ。よく言えば(よく言えば?)「ほめられて伸びるタイプ」なのだと思う。キツイこと言われると「もう教会に行きません」のひとことで済んでしまうもの。
あとは、やはり日本でキリスト教会は少数派なのに過大評価されがちなので、将来的に(何世紀後かは不明)競合関係になりうる人々にとっては早いうちに根絶したい相手かもしれず、キリスト教会の自己批判は「そうだそのとおり、教会なんかやめちまえ」とその人々に言わせる根拠を提供することにもなる。
だから私は、少なくとも日本のキリスト教会は、積極的に自己批判などしないほうがいいと実は考えている。自己批判に耐えられない自らの脆弱さをもっと自己受容すべきだと思う。自分の願いが教会で受け容れてもらえないとかなんとかで吐き出しているような、ただの憂さ晴らしなんか誰も聞いちゃいない。
成人化した教会とか、無宗教的キリスト教とか、「神は死んだ、あたかも神なき者であるかのように生きよ」とか、そういう話が通用することが数世紀の歴史をもつあちらの教会ではあるかもしれないが、日本のキリスト教会はその意味ではまだ嬰兒だ。嬰兒に「しつけのため」とスパルタ教育するのは虐待だ。
さて今日はこれから教会で説教。教会から世へ、世から教会への往復運動(heen en weer beweging; Back-and-forth movement)が重要だとファン・ルーラー先生が繰り返し書いておられる。それを黙々と続けるだけで風穴ができる。澱むのは動かないからだ。
2016年9月10日土曜日
再告知
2016年9月8日木曜日
組織神学の存在ゆえに安心して聖書を「過去の書物」と呼べる
記事とは関係ありません |
ネタバレはしないでおくが、新しい試みによって新しい課題が見えてきた。「聖書」に描かれている世界の始まりの様子がそのまま「キリスト教」の考え方であるわけではない。「聖書」と「キリスト教」と「現代社会」を結ぶ帯の一つが(遠慮して「の一つが」と書いておく)組織神学であり、教義学である。
それは「帯」であり、あるいは「架け橋」であり「緩衝材」でもある。分かりやすいところを書けば「キリスト教の人は七日間で世界が造られたと思ってるんでしょ」と言われることがあるが、「いいえ違いますよ」と何の躊躇もなく応えることができる。その論理の仕組みの中で重要な要素が組織神学である。
ネタバレしないように書いているので、曖昧なことしか今はまだ言えないが、我々が安心して聖書を「過去の書物」と呼ぶことができるのは「組織神学」が言葉の正しい意味で「現代思想」である/になるときである。もし組織神学がなければ、そのような恐ろしい言い方も判断も行為も、とてもできはしない。
しかし、たとえば「世界の始まり」をどう考えるのかという問いそのものが組織神学の問いである。「聖書にこう書いてある」と「私は聖書に書いてあることを信じる」と「だから私は世界の始まりをこのようなものとしてとらえる」との間に「帯」も「架け橋」も「緩衝材」もないようなら、ほぼ暴力に近い。
このように言うと「そうだ。教会は組織神学(教義学)の名のもとに現代社会に暴力を働いてきた」というようなことを言われることもある。しかしそれは、ある意味で誤解である。私の言い方をお許しいただくなら事情は正反対だ。むしろ、教会に組織神学が足りないからそのような暴力を働いてしまうのだ。
2016年9月4日日曜日
欠席届
今日(2016年9月4日日曜日)は体調がすぐれず、今年2回目ですが教会への出席が叶いません。申し訳ございません。明日の学校礼拝で全校生徒と共に聖書に聴き、賛美し、祈りをささげます。私は司会を担当します。明日までに体調を戻します。諸教会の礼拝に祝福がありますようお祈り申し上げます。
2016年9月3日土曜日
今の高校生が生まれてから小学校を卒業するまでくらいの頃の思い出
今の大学生や高校生の親の世代の人が乗っていた自動車のカタログ |
4歳上(1961年生まれ)の牧師から「関口くんすごいね」と言われて「何がですか」と返したら、「ネットネット。ぼくはやろうとしてもなかなか。いつもパソコンの前にいるの?」「いえいえそんなことは」と答えるので精一杯でしたが、私と同期の「1965年生まれ」が分岐線だという自説が強化されました。
そういえば、Windows95(1995年)がちょうど30歳だったのが1965年生まれですね。デジタルネイティヴではありえないけど「デジタル一般人」の最初の世代というところでしょうか。その子どもたちの世代である今の大学生や高校生は本格的なネイティヴです。
それでも気をつけなくてはならないのは、大学生でも高校生でも全員必ず自分のパソコンを持っているわけではないし、必ずネットでつながっているわけでもない、ということです。経済と無関係ではないです。「持たなければならない」という強制力が少しでも働くと、思い詰める生徒は一定いる気がします。
私は理系の実兄(1961年生まれ)から譲られたラップトップにインストールされていたWindows3.1から出発しましたが、そのラップトップがある事情で壊れてしまい、無PC期を1年過ごした後、Windows95は使わずじまいでWindows98のデスクトップを1998年に買いました。
ITの専門知識をほとんど全く持たずにネットを使う「デジタル一般人」の出現とそれ以前の「分岐線」が「1965年生まれ」だろう、というのが自説です。元IT社員だったような方々が「脱サラ」(揶揄や貶める意味ではないです、当時普通に使われていました)で牧師になるという話をよく聞きました。
同時に、牧師にも2種類(皮肉ではないです)のタイプが出現したと思います。初めからITに詳しいとか、かなりのスキルをもって牧師になったという人々と、何の知識もないけどパソコンやネットのほうが「一般化」され、だれでも使えるようになってきた環境を利用しはじめた「デジタル一般人牧師」と。
私は後者の「デジタル一般人牧師」をやってきたつもりです。なので「関口くんはすごくない」です。IT知識ゼロという時点で。東京中心の発想の片鱗にちょっとでもふれると激怒するタイプの地方出身者ですので、東京ご出身の方々の体感判断と私のそれが7、8年ずれるというのは十分ありうることです。
このことを書きながら最も深く考えていることは、「牧師がいつもパソコンの前にいること」(私がそうであった/そうであるという意味ではない!)がまるで「悪いこと」であるかのようにやり玉にあがり、非難されるというこの理不尽な風潮は一体いつになったら終わるのだろうかというあたりのことです。
そういう非難を受けた経験をもつ牧師は少なくないです。定期的に通っておられる病院で長く待たされたうえ、診察室にいれてもらえても自分の顔を見てくれず、パソコンの画面だけ見つめている医師たちが増えたことと関係あるでしょうか。パソコンの画面を見つめる人の横顔がお嫌いになったのでしょうか。
お気持ちは理解できるので、「デジタル一般人牧師」の私は、教会では嫌われることの多い「パソコンの画面を見つめる牧師」の姿を見せないように、すべての人が寝静まった頃、まるで「悪いこと」を隠れてしているかのような理不尽な気分に晒されながらメールを書いたり資料作成をしたりしたものでした。
いま書いていることは「今の高校生が生まれてから小学校を卒業するまでくらいの頃の思い出」です。私の思い出ですが、同様の感覚をもっている同世代の牧師の話を聞いてまとめている面もあります。この当時と今の「教会」は変わったでしょうか。変わっていないなら、高校生たちとのズレは相当深刻です。
「教会から子どもがいなくなった」と嘆き、「中学生や高校生に教会に来てもらいたい」と願う思いは私も同じです。しかし、教会と今の学生・生徒・児童の生活感覚がズレまくっている状態では、お互いに居たたまれなくなるだけであることは目に見えています。それぞれ居心地の良い所にとどまるでしょう。
それでいいという意味で書いているわけではありませんが、なにごとも無理強いするのは危険です。教会が態度を変えられないなら、今の学生・生徒・児童が自分の方向を変えることは、もっと無理です。自分は変わる気がなく相手だけを変えてやろうと思っている人たちの腹の中は、すぐに見破りますからね。
2016年9月2日金曜日
夢を追い越したとき ぼくらは光になるのさ 激走戦隊カーレンジャー
2016年9月2日(金)午前7時ちょうどでした。場所は千葉県柏市藤心(ふじごころ)1丁目付近。タコメーターもがんばって祝福。新古車として2004年9月から乗り始め。12年の思い出が走馬灯。車体外装はボロくなっていますがエンジン快調。
ワープ!!!!!!!!!!
いいいいちにっさん、いちにっさんし
授業再開2日目、21時帰宅。メーターに涙する。「1152」は私のケータイの下4桁。数年前、娘が公衆電話から電話。驚いて「よく覚えてたね」と言ったら「子どもの頃『いい子に(1152)』と書いた紙を壁に貼ってくれてたよね」と返ってきた。
ワープ!!!!!!!!!!
いいいいちにっさん、いちにっさんし
授業再開2日目、21時帰宅。メーターに涙する。「1152」は私のケータイの下4桁。数年前、娘が公衆電話から電話。驚いて「よく覚えてたね」と言ったら「子どもの頃『いい子に(1152)』と書いた紙を壁に貼ってくれてたよね」と返ってきた。
2016年9月1日木曜日
「ファン・ルーラー研究会」は随分と昔話になりました
新訂版『ファン・ルーラー著作集』第1巻(2007年)53ページ |
En sinds 1999 bestaat er in Japan de 'Van Ruler translation society': een klein groepje protestantse theologen, dat werk van Van Ruler bestudeert en in het Japans vertaalt,
訳「1999年より日本に「ファン・ルーラー研究会」という、ファン・ルーラーの著作を研究し、日本語に翻訳するプロテスタント神学者の小さなグループがある」と書かれているだけですが、とてもうれしかったです。
Van Ruler translation societyは私が考えた英語名称です。このグループは最初から最後まで私が「代表」を名乗っていましたので、というか、だれも替わってくれませんでしたので、この短い一文で紹介されたグループの代表者は間違いなく私です。
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