2016年6月18日土曜日

ツイッターで授業内容を改善する方法

記事とは関係ありません
かなり多くの大学の先生が自分の氏名や所属を明示してツイッターを利用しておられるが、小中高の先生はあまりというかほとんどそうではない。プロフィールで明示していないだけで利用者は多い気がするが。学校の品格を貶める(これが何を意味するかはともかく)使い方さえしなければ問題ないはずだが。

これは私がずっと前から繰り返し書いてきたことなのだが、ツイッターであろうと他のSNSであろうとブログであろうと、はたまた紙のレジュメであろうと雑誌や紀要の論文であろうと、単著共著であろうと、つまり発表媒体の形式はなんであれ、「字を書く」という点では全く同じであると私は考えてきた。

そのうえで思うのは、140字一単位のツイッターは、自分の考えていることや言いたいこと言うべきことを他の人に伝えるために、それをまとめて字にするためにはかなり便利なツールだということだ。140字で伝わらないことは長大な文章を書いても伝わらない、とまで言うのは言い過ぎかもしれないが。

イマドキ学校の授業(小中高大問わず)で教員が教科書や自分のノートや原稿を棒読みすることはありえない。パワポを表示するなりレジュメを配るなりして、あとはひたすらアドリブを多く含むトークライブになる。そのとき論旨明快にしゃべれるとしたら、それがふだんの継続的な物書き訓練の成果なのだ。

いま書いていることに「だから何」はない。誰がいつ何をしようと、その人の思想的判断に基づく行動なので、少なくとも私はそれを尊重する。児童・生徒・学生に内容が伝わりさえすれば流暢に(日本語を)しゃべる授業でなくても構わないとも思う。ただ、ツイッターも訓練になるよと言いたいだけである。

記憶しておられる方もいてくださるのではないかと思うが、いま書いていることとほぼ同趣旨で「ツイッターで説教原稿を改善する方法」を提案したことがある(2015年5月22日発表)。私の基本的な考え方は、1年前から全く進歩していないようだ。

参考:
「ツイッターで説教原稿を改善する方法」(2015年5月22日発表)