2015年9月30日水曜日

ヨハネによる福音書の学び 03

PDF版はここをクリックしてください

ヨハネによる福音書1・14~18

難解な序文がなお続いていますが、ここで初めて「イエス・キリスト」という名前が出てきます。これまでは「言(ことば)」とだけ呼ばれていました。イエス・キリストの生涯を描く目的で書かれる福音書というジャンルの文書の中でこうした書き方がきわめて特異であることは間違いありません。

14節に「言は肉となった」と記されています。誤訳とまでは言えませんが、誤解を生みかねない訳です。「なった」(become)は原文の直訳ですが、原文で用いられている言葉(エゲネトー)の意味は、この文脈に限って言えば、「成り変わった」とか「変化した」というようなことではなく「生まれた」(was born)です。そして「肉」の意味は「人間」であり、「言」はイエス・キリストです。ヨハネの意図にそって訳しなおせば、「イエス・キリストは人間としてお生まれになった」ということです。

しかし、そのことをヨハネは、直訳すれば「言葉は肉となった」と訳すことが全く不可能とまでは言い切れない独特の言葉で表現していることも事実です。現代の多くの聖書学者も、ヨハネの意図はよく分からないと、さじを投げています。英国の有名な聖書学者も「『肉となる』という言葉の意味を確定することは困難である」と書いています。しかし、それでもわたしたちが譲ってはならないのは、ヨハネが人間を「肉」と呼ぶとき、存在の意味と価値をおとしめる意味で「人間は肉に過ぎない」とか「人間とは汚らわしい」と言いたいのではないという点です。

「霊的なものは清いが、肉体的なものはすべて汚らわしい」。このような思想は我々日本人にとって馴染み深いものがあり、すんなりと受け入れることができる、ごくごくありふれたものです。「肉体」と聞けば「汚れた」という形容詞をすぐに思い起こすことができる、といった具合です。

しかし、このような見方は、ヨハネの時代の教会を脅かし、その後のキリスト教会を脅かし続けた、グノーシス主義の思想です。キリスト教会にとっては異端の思想です。教会の歴史の中でこのような考え方や言い方が見出されるとしたら、それらはすべて、教会の外から紛れ込んできたものです。

しかし、わたしたちが信頼してよいことは、ヨハネ自身が異端に陥り、そちら側の考え方の中へとすっかり巻き取られてしまっていたわけではないということです。この福音書の中には「肉」を蔑む表現は見当たりません。今日の個所でもただ「肉となった」と書かれているだけであり、「汚らわしい肉の姿へと落ちぶれた」というようなことが書かれているわけではありません。そのような考え方がヨハネにそもそもありません。ヨハネが書いているのは「イエス・キリストは人間としてお生まれになった」ということだけです。もう少し言葉を補うとしたら、「わたしたちと同じ人間としてお生まれになった」ということです。

ただし、この文章の中に上下関係を示す内容はたしかに含まれています。天の神のおられるところが「上」であれば、人間が生きているここが「下」です。その意味に限って言えばイエス・キリストは、上から下へと「降りて」あるいは「下って」来られた方であると語ることは間違っていません。

しかし、この上下関係は、神と人間との関係という点に関してだけ当てはまるものです。「霊的なるもの」と「肉的なるもの」との関係に当てはめることはできません。

私がなるべく明らかにしたいと願っているのはヨハネ自身の意図です。「言は肉となった」。イエス・キリストは、わたしたちと同じ人間としてお生まれになった。その意味は「神の御子が汚れたものになった」ということではありません。そうではなくて、ヨハネの意図は「神の御子がわたしたちと同じ地平に立ってくださった」ということです。それを聞けばわたしたち人間が理解できるほどによく噛み砕かれた「ことば」として、わたしたちの心の奥底に届く「ことば」として、イエス・キリストが、わたしたちの目線までおりて来てくださり、わたしたちにじかに語りかけてくださったのだ、ということです。

もしこの説明で正しいようであれば、これまでのところに「イエス・キリスト」という名前が出てこず、ただ「言」とだけ呼ばれていたことの理由も説明できるようになるかもしれません。「イエス・キリスト」という名前は、地上における名前です。「イエス」という名前はこの方が地上にお生まれになったときに付けられたものです。お生まれになる前から、すなわち永遠から、天地創造の前から、この方が父なる神から「イエス」と呼ばれていたわけではありません。

そして「イエス」という名前の意味は「救う」です。そのように、マタイによる福音書が記しています。「その子をイエスと名づけなさい。この子は自分の民を罪から救うからです」(マタイ1・21)。イエスという名前の意味としての「救い」を必要としているのは地上に生きる人間だけです。神には「救い」は必要ありません。救われなければならないのは人間であり、神ではありません。

救い主が必要なのはわたしたち人間です。しかも、救いが必要なのは罪を犯した人間だけであって、罪を犯していない人間に救いは必要ありません。救いとは「罪からの救い」だからです。

「わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」とヨハネが書いています。ここに出てくる「恵みと真理に満ちた栄光」という言葉には抽象的な響きを感じてしまうかもしれません。具体的な内容は何かまでは分かりません。

しかしわたしたちは、イエス・キリストがこの地上にもたらしてくださった「恵み」と「真理」の内容を知っています。それは結局「救いの恵み」であり、「救いの真理」です。永遠の神の御子が、罪を犯して神の栄光を汚したわたしたち人間を罪の中から救い出してくださるために「人間になって」地上に来てくださったのです。

神の御子がなぜ「人間」になったのかという問題についてはハイデルベルク信仰問答(第12問から第18問まで)に答えが書かれています。それは、わたしたち人間の犯す罪があまりに重すぎるため、それを償うためには、動物の命はもちろんのこと、人間の命をささげても足りないということです。

人間の命は軽いと言っているのではありません。ハイデルベルク信仰問答の意図は逆です。人間の命は重いと考えられています。だからこそ、人間の命ほどの重いものをすべて差し出しても償いきれないほど、わたしたちの罪はあまりにも重すぎるものだということです。わたしたちの罪が真に償われるためには、真の神でありつつ真の人間でもあられるお方(ハイデルベルク信仰問答は「仲保者」と呼んでいます)の命の価が必要であったということです。

わたしたちが覚えるべき大切なことは、それほどまでに人間の罪は重いものであるということですが、それと同時に、それほどまでに神の恵みは大きいということです。人間の存在、その精神や肉体そのものが汚らわしいのではなく、人間の犯した「罪」が汚らわしいのです。

そして、罪から救い出された人間は「清くなる」のです。それを教会は「聖化」(Sanctification)と呼んできました。わたしたちを清めるためにイエス・キリストは来てくださったのです。それこそが、わたしたちに与えられる最高の「恵み」であり「真理」です。

(2015年9月30日、日本キリスト改革派松戸小金原教会祈祷会)

2015年9月23日水曜日

ヨハネによる福音書の学び 02

PDF版はここをクリックしてください

ヨハネによる福音書1・6~13

今日の個所に「ヨハネ」が登場します。しかし、このヨハネはこの福音書を書いた著者ヨハネではありません。イエスさまに洗礼を授けたバプテスマのヨハネです。しかし、二人が同じヨハネという名前であることにはやはり何らかの意味があると考えられています。

著者ヨハネがバプテスマのヨハネの話をしながら自分の姿を重ね合わせていると考える人がいます。その見方は正しいと私は考えます。この福音書には著者自身の思想的立場が前面に現われています。著者ヨハネの時代(おそらく西暦1世紀末)のキリスト教会における熾烈な戦いが背景にあります。しかし、この個所に登場するヨハネは、直接的にはバプテスマのヨハネのことです。

バプテスマのヨハネは「神から遣わされた」と記されています。「光について証しをするため、またすべての人が彼によって(ヨハネによって!)信じるようになる(光を信じるようになる!)ために」、ヨハネは神から遣わされました。

「光を信じる」とはどういうことでしょう。「命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている」と書かれていました。そして「人間を照らす光」としての「命」が「言(ことば)の内にある」とも書かれていました。この「言」がイエス・キリストです。そして命の光が「言」としてのイエス・キリストの内にあります。その命の光が人間を照らしています。そして、その光が暗闇の中で輝いています。それぞれの関係性を思いめぐらしてみることが大切です。

「暗闇」の意味は、神が創造されたこの世界と我々人間に重くのしかかっている闇です。隣人の姿が見えなくなり、自分のことしか考えられなくなる闇です。それはほとんど「罪」と同義語であると言えます。しかし、ヨハネ(著者ヨハネ)は、世界の暗闇の中で絶望していません。暗闇はイエス・キリストの内に輝いている命の光によって取り払われつつあることを信じています。

イエス・キリストが来てくださったことによって地上の世界に生きているわたしたち人間は誰一人、暗闇の中で絶望しなくてもよい。そのことを「すべての人が信じるようになるために」、二人のヨハネ(!)は神から遣わされた。バプテスマのヨハネが、そして著者ヨハネが多くの人々の前で証言した。それが著者ヨハネのメッセージです。

別の言い方をしておきます。二人のヨハネが神から遣わされた目的は、救い主が来てくださったことを世のすべての人に伝えることでした。それは彼らの人生には「目的」があったことを意味しています。その目的を果たすことができれば、私の人生は最終局面を迎えたと自ら考えることが許される。

バプテスマのヨハネの人生の目的は、これから来てくださる救い主メシアをお迎えにするために我々は準備しなければならないということを、多くの人に知らせることでした。そして、そのことを知らせた後、彼は殺されました。

このヨハネにとって、イエス・キリストは永遠の主人公でした。彼自身は永遠の脇役でした。人間関係的に言えば、ヨハネのほうがイエスさまより年齢が上でした。しかし、ヨハネは自分をイエス・キリストに従う者の位置に置きました。自分の人生を永遠の脇役として理解し、覚悟を決めて生きることは決して容易いことでありません。わたしの人生はわたしのものだ。この椅子は誰にも譲らない。そのように考える人々にとってバプテスマのヨハネの生き方は理解すらできないものかもしれません。

しかし、そのことに著者ヨハネは、自分自身の姿を重ね合わせていると思われます。後者のヨハネの場合は、西暦1世紀の終わり頃、まさに存亡の危機の中にあった教会の正しい信仰を守りぬくための熾烈な戦いに身を置いていたと考えられます。

「世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」とあります。前回学んだ個所には「暗闇は光を理解しなかった」と書かれていました。ヨハネが「世」とか「自分の民」とか「暗闇」と呼んでいるのは、みな同じものです。イエス・キリストを受け入れない存在と、その存在が生きているこの世界です。

しかし、わたしたちは読み間違えてはなりません。ヨハネはイエス・キリストを受け入れない存在を冷たく突き放して裁くために、このように書いているのではありません。彼の意図は正反対です。彼が強調しているのは、イエス・キリストを通して現わされた神の恵みであり、神の愛です。父なる神のもとから遣わされた真の救い主は、世界に暗闇があることを十分にご存じでありながら、御自分のことを理解せず、認めることさえしようとしない人々のところに、あえて来てくださったのです。たとえ人々に嫌がられようと、罵られようと。

むしろ救い主にとって我慢できないのは、世界が暗闇のままであることです。あなたの心が暗い闇に覆われ、どんよりとした憂鬱な気分のままであることを放っておかれません。イエス・キリストは、「わたしは救いというものなど必要ない」と思っているような人々をこそ、お救いになるのです。

ヨハネは続けて「言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである」と書いています。

ここでもヨハネは、「その名」、つまりイエス・キリストの名を信じる人々に「神の子となる資格」をお与えになる方はイエス・キリストを信じない人々にはその資格を与えないという点ばかりを強調したいわけではありません。むしろここでわたしたちが考えるべきことは、生まれたときから先天的に信仰をもって生まれた人は誰一人いないということです。信仰は血によって遺伝するようなものではないということです。そのことをヨハネは「血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく」という言葉で表現しています。

ヨハネの意図は、すべての人は「神の子となる資格」を持たずに生まれてきたのだということです。しかしそれにもかかわらず、イエス・キリストはすべての人がその資格を得ることを望んでおられ、救いたいと願われます。「わたしには神の子となる資格など無い」と自覚しているあなたのところに、イエス・キリストは来てくださるのです。

ヨハネはイエス・キリストを「人間」と「世」を照らす命の光をもつ方であると信じました。つい思い出すのは天照大神です。しかし、イエス・キリストの光が「天」だけを照らしているのではなく、地上の世界全体と、地上に生きているすべての存在を、そしていまだに真の信仰に至っていない人々をも十分に照らしています。

聖書と教会の歴史に登場する多くの信仰者たちは、世界と自分の人生の暗闇の中でその光を見た人々です。絶望したままで生きていける人は、通常いません。すべての人に信仰と希望と愛、そして喜びが必要です。絶望の暗闇の中に救いの光が輝いているのを見て、袋小路からの出口が見つかったことを喜び、「わたしたちはまだ生きることができる」と多くの人に呼びかけ、共に約束の地をめざす。わたしたちもそのような存在であり続けたいものです。

(2015年9月23日、日本キリスト改革派松戸小金原教会祈祷会)

2015年9月22日火曜日

親目線で申し訳ない

2015年9月18日(金)17時から19時半まで「A1」にいました

参議院本会議の最後の福山議員の名演説の中で「シールズ世代」の日本史的背景への言及がありましたが、その中に「ゆとり、ゆとりと、さんざんdisられた世代」という点がなかったのは、唯一残念でした。ゆとりの逆襲だよね(うちにもゆとりの子がいるので分かる)。百倍返しだよ。あっぱれだと思う。

今の大学生や高校生くらいの方々には嫌われることを知りつつあえて書いていますが、「親目線」で見守っている人たちは、ほぼ全面的に味方だからね。尊敬してくれなんて思わないし、むしろ大いに軽蔑し、踏みつけてほしいくらいだけど。バブルを謳歌しましたし。だけどさ、だからこそ猛省もしてるのよ。

親目線で「見守る」なよ、一緒に戦えよ、距離とってんじゃねえよ、てめえらのせいで今こうなってんじゃねえの、と思われるだろうけどさ。それも分かるよ、痛いほど分かる。痛すぎるほど。だから反省してます。ごめんなさい。反論もできません。「応援」とかもされたくないと思うよ、くずの親世代には。

だけどさ、これ反論じゃないけどね、だけど、だけどさ、きみたちが大学や高校に行くのにもかなりお金かかったし、そのための生活ベースづくりもけっこうたいへんだったし、今もその状態は変わっていない。親世代の生活基盤が奪われたら、大学生や高校生の「戦い」のための「楽屋」もなくなってしまう。

あ、でも、親世代をdisるのが学生さんたちの本分です。それでいいと思う。いてまえ、です。くそバブラー世代のせいで今の世の中になってしまった。あいつら倒すまでおれら死ねん、みたいに決意を抱くのはいいと思う。そこをむしろ応援したい。本気でそう思うよ。本当に申し訳ないと思っています。

蓮舫さんが演説している頃の写真です



2015年9月9日水曜日

ヨハネによる福音書の学び 01

PDF版はここをクリックしてください

ヨハネによる福音書1・1~5

関口 康

新約聖書には、イエス・キリストのご生涯を描いた「福音書」があり、四番目に位置づけられるのがヨハネによる福音書です(そのため「第四福音書」Fourth Gospelと呼ばれます)。四つの福音書のうちでは最後に書かれました。書かれた時期は西暦一世紀の終わり頃です。

他の三つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ)は性格が似ています。現代の聖書学者は最初にマルコが書かれ、次にマタイ、三番目にルカが書かれたとします。しかもマタイはマルコを参考にしながら書き、さらにルカはマルコとマタイの両方を参考にしながら書いたとします。単語や語順がぴったり合うほど、まるごと引き写していると思われるところもあります。この三つの福音書は「共観福音書」Synoptic Gospelと呼ばれてきました。

他の三つの福音書(共観福音書)とヨハネによる福音書(第四福音書)の違いはどのあたりにあるのでしょうか。私にとって最も納得が行くのは、ヨハネによる福音書が執筆された時代の歴史的背景からの説明です。西暦一世紀末のキリスト教会が直面した現実とこの福音書は、深い関係にあります。

書物が書かれるとき、それを書く著者自身にも必ず言いたいことがあります。もちろん「福音書」はイエス・キリストを描く目的で書かれますので、著者自身の主張はできるだけ後ろに引き下がった位置にあるべきです。共観福音書の場合、著者自身の主張が出てくるところがあっても、どこか遠慮がちであり、イエスさまの背後に隠れています。しかし、ヨハネの場合はそれが前面に出てきます。そのあたりに大きな違いがあります。

そしてその違いの理由はヨハネによる福音書が書かれた時代的背景にあるという説明が私にとっては最も納得できるものです。西暦一世紀末は、キリスト教会が存亡の危機に直面していた時代です。この時期のキリスト教会は多くのグループへと分裂していました。異端的な教えを奉じるグループも乱立し、混乱の極みにありました。もしその時代の教会が異端との戦いに敗北していたら、その後の1900年間のキリスト教の歴史は存在しなかったほどです。

特に西暦一世紀末には流行の兆しを見せた「グノーシス主義」との戦いは熾烈を極めたものでした。「グノーシス」の意味は「知識」ですが、「グノーシス主義」は固有名詞です。この異端が教えていたのは、要するに地上の人生を軽んじる道です。グノーシス主義者は「天国」なり「天使」なり、地上の現実を超えた天上の事柄(彼岸)については関心や憧れを抱きました。しかし、地上の人生、世界の現実については、絶望に近いものを感じとったり、無関心を決め込んだり、それはもっぱら汚れたものであるゆえに憎むべきものでさえあると考えたりしました。地上の人生を重んじるのではなく、むしろ軽んじていました。

それは外見上は禁欲主義的でもあるのですが、刹那的な快楽を求める道と紙一重の面を持っていました。軽んずべき世界と自分の人生をおとしめる生き方をすることは、彼らにとっては難しいことではありませんでした。

「天国」や「天使」を強調する人々こそ宗教的に熱心で敬虔である場合がありますので、そちらのほうが正しいのではないかとお感じになる方がおられるかもしれません。しかし、グノーシス主義はキリスト教会の存亡にかかわる最悪の異端でした。「地上の世界」や「人生」を重んじない宗教は異端なのです。

もっともヨハネによる福音書の歴史的な背景は「グノーシス主義異端との戦い」という一点だけで説明することはできません。もっと複雑な要素が絡み合っています。しかし、その中でグノーシスとの戦いという問題は際立って重要です。別の言い方をすれば、この福音書には地上の人生を軽んじる人々との戦いという意図があるということです。

しかし、事情はさらに複雑です。上記の意図を持つこの福音書は、グノーシス主義者たちが好んで用いていた言葉をあえて多用しています。それは、たとえば、わたしたちが仏教の人々にキリスト教を説明しようとする場合、キリスト教用語でなく仏教用語で説明するようなやり方に似ています。

わたしたちが体験的に知っているのは、キリスト教信仰をキリスト教用語で説明しようとしても、相手が理解してくれない場合があるということです。キリスト教用語で話して理解してくれるのは、それを長年学んできた人々だけです。相手の言葉を用いて語ること、つまり、教会用語を異なる宗教や思想の人々の用語へと“翻訳すること”で初めて相手に伝わるものが生まれる場合があります。

ヨハネによる福音書は難しい書物です。その原因は、この書物が書かれた時代の教会が異端とみなしていた立場の人々の言葉を用いて、イエス・キリストが真の救い主であることを立証しようとしているからです。しかしまたその複雑な事情は、この福音書をこのうえなく興味深いものにしています。共観福音書におけるイエス・キリストは、旧約聖書的な背景を持つ、教会の言葉で描かれています。しかし、ヨハネによる福音書はそこが違うのです。しかし、ヨハネが異端に巻き込まれていたからではありません。ミイラ取りがミイラになったわけではありません。そうではなくて、ヨハネの意図は、異端の人々を正しいキリスト教信仰へと招き入れるためでした。

ヨハネによる福音書の冒頭には、共観福音書の場合はイエス・キリストの御降誕の次第が描かれている位置に、全く異なる印象をもつ言葉が書かれています。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」この「言」(ロゴス)がイエス・キリストです。「初め」とは天地創造よりも前です。3節に出てくる「万物は言によって成った」とあるのが天地創造の出来事です。それ(天地創造)より前の時点を指しているのが「初めに」です。天地創造より前にイエス・キリストがおられた。イエス・キリストは父なる神と共におられた。イエス・キリストは神御自身であった。

「万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。」ヨハネの意図をくみつつ言い換えますと、次のようになります。天地万物はイエス・キリストによって形づくられた。形あるものでイエス・キリストによらないものは何一つなかった。ヨハネが述べていることは、神の御子イエス・キリストは、父なる神と共に天地創造のみわざに関与しておられたということです。この地上にあるすべてのもの、すべての人は天地創造に関与なさったイエス・キリストと無関係に存在しているのではない。イエスさまがキリスト(メシア)であることを信じない人の人生にもイエス・キリストは関わっておられる。

「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」

「光と闇」の対比はグノーシス主義者たちが好んで用いた言葉です。しかし、ヨハネの意図は彼らとは全く異なります。ヨハネが語ろうとしているのは、天地創造に関与したイエス・キリストだけが光り輝いていて、地上の世界はひたすら暗黒であるということではありません。むしろ逆です。「暗闇の中で輝く光」としてのイエス・キリストの光が、すでに世界を照らしはじめている。世界は全くの暗黒ではありえない。夜明けは来ている。希望のあさひは地上を照らしている。わたしたちの人生は輝いている。そのように言いたいのです。


(2015年9月9日、日本キリスト改革派松戸小金原教会祈祷会)



2015年8月31日月曜日

ふだんはゆるい関係でもいいのだ

ファンタ白桃はおいしかったです

今の日本で「思想統制」は不可能(インポッシブル)だと私は考えていますが、強引にそういうことをしたがっているのは、70年前以前の帝国時代の日本の「体験」や「記憶」や「郷愁」を持っている人々かもしれませんし、その人々の「美談」を子守歌のように聞かされて育った一部の人々かもしれません。

しかしそれは、そのような「過去の日本の断末魔の叫び」をその人々の口から聞いているだけだ(已むのを待つ心境で)と私は考えています。「ネット以前」に世界はもう戻りません。ラジオが始まって以来「ラジオ以前」に、テレビが始まって以来「テレビ以前」に世界がもはや戻りえなかったのと同じです。

世界をもし「ネット以前」に戻そうとすれば本格的な暴動が起こるでしょう。その暴動はどんなミサイルでも鎮圧できないものです。これは脅しのような意味で言っているのではなく、人間の性質を考えて予想しているだけです。ネット「が」、あるいはネット「で」つながっていれば、思想は統制できません。

今の争いは、もしかしたら「ネットをめぐる戦い」だと考えることができるものかもしれないと、私自身は今のところ考えているくらいです。

今日も朝からしきりと考えていたことですが、私個人のことを言わせていただけば、今日の状況にたどり着くまでにいくつかの段階があったことを、はっきり覚えています。

私がパソコン通信を始めたのは1996年の夏、「インターネット」を始めたのは1998年の秋です。1999年から2009年までの10年間は「顔の見えない方々」とのメール(ないしメーリングリスト)のやりとりや、「名前を知らない方々」とのSNSや掲示板のやりとりだけでした。

その「陰鬱な10年間」を経て、「顔が見える」facebookを始めたのは2009年でした。しかし、そのときはまだ、それ以前の「陰鬱な10年間」を引きずる形をとっていました。やりとりする内容も、最大限で「神学議論」のようなことでした。

状況が大きく変わり始めたのが2011年3月11日でした。私個人のことを言わせていただけば、その日を境に、急激に(私の古巣の)日本基督教団の牧師先生や信徒の方々からの「友達リクエスト」が増えました。

しかも、私の出身校の東京神学大学を卒業した牧師たち「よりもむしろ」関西学院大学や同志社大学の神学部、日本聖書神学校、農村伝道神学校、東京聖書学校をご卒業の先生たちやCコースの先生たちからの「友達リクエスト」が、急激に増えました。

震災が我々の「敵意」の壁に変化を起こしたという言い方はまずいでしょうか。「とんでもないこと」が突然起こったときに最も重要なことは「正しい情報を知る経路が確保され続けていること」だという認識が急激に広まったと思います。「正しい情報経路」の確保のためには出身神学校の違いもクソもない。

ただ、その「確保」はどのように行われるべきかといえば、ふだんから、24時間・365日、「キリスト教」と「政治」の関係を学術的・実践的に問い続けるというような、毎度「論文執筆」の思いで「ふぇいすぶっくとうこう」をしなければならない、というような強面(コワモテ)の方法ではない。

そんなのではなくて、ふだんは、「ジョジョ立ちツーショット」とか「こんなパフェ食べちゃいました」とか「今日の自作料理!」とかで、ゆる~くつながっている。

だけど、すわ震災、すわ違憲法案、というときには、「ふだんはゆる~い関係」の者たちの顔色変わって、国際救助隊(サンダーバード、ア、ゴー!)にモードチェンジする。そういうのがいいなあと、私は考えてきましたし、すでに実はかなり実現しているのではないかと思っています。

2015年8月12日水曜日

フィリピの信徒への手紙の学び 14

松戸小金原教会の祈祷会は毎週水曜日午前10時30分より12時までです

PDF版はここをクリックしてください

4・8~9

関口 康

「終わりに」と書いてパウロは今度こそ手紙を締めくくろうとしています。それでもまだ終わらないのですが。しかし、どんな文章でもだいたい最後に書くのは全体のまとめであり、結論です。

「すべて」の真実なこと、気高いこと、正しいこと、清いこと、愛すべきこと、名誉なことを心に留めなさいとパウロは書いています。そして「徳や称賛に値すること」もそうであると言っています。

日本語の聖書を読むだけでは分からないことですが、ここでパウロが列記しているのは、ユダヤ的美徳(ヘブライズム)というよりギリシア的美徳(ヘレニズム)であると言われます。聖書と教会と全く無関係なものではありえません。しかし、聖書と教会の伝統というより、その外にあるものです。

それらのこと「すべて」を心に留めなさいと、パウロはフィリピ教会の人々に勧めています。この「心に留める」とは、それらを重んじることを意味しています。記憶することや、聞き置くこと以上です。軽蔑したり、泥を塗ったりせず、むしろ尊重し、敬意を払うことを考えるべきです。

そのため、パウロの趣旨をくみとりながら言い直せば、「教会のみなさん、あなたがたは聖書と教会の伝統に属さない、むしろそれらの外にあるすべてのことやものを軽んじたり無視したりすることは間違っている。そういうものをきちんと重んじなさい」というようなことになります。

このように言うことにおいてパウロは教会の人に不信仰や堕落を奨励しているわけではありません。そうではなく、次のような言い方ができると私は考えます。パウロは「たえず伝道的な姿勢を教会に求めている」ということです。それは、聖書と教会の外にある善きものを重んじることによって聖書と教会の「外」にいる人々を「内」へと招き入れることです。

もし教会の者たちが、教会の内側でしか決して通用しえない専門用語や価値観ばかりをただ語って自分たちで自分たちを満足させているだけであるようなら、伝道は全く不可能です。伝道とは端的に、教会の外側にいる人々に語りかけることだからです。

と言いますと、それは街頭演説をすることかとか、見知らぬ家に戸別訪問することかという反応が返ってくることがありますが、そういう話ではありません。もっと根本的な姿勢の問題です。

教会の外に出て行き、「あなたがたの生き方も考え方もすべて間違っています。教会に来ればあなたがいかに間違っているかが分かります。教会はすべて正しいです」という口上で臨むことで、うまく伝道が進んでいくならともかく、おそらく多くの人々は、ただ反発を感じるだけでしょう。「そのようなけんか腰で教会の外の人々の生き方も考え方も全否定する人々には、もう近づきたくありません。さようなら」と多くの人が心に誓うでしょう。

パウロがフィリピ教会の人々に勧めているのは、いま書いたようなあり方の反対であると言えます。パウロ自身も伝道者としての歩みの中で失敗や挫折を繰り返してきました。けんか腰の態度や相手を傷つけるやり方もしました。しかし、それでは(あるいは「それだけ」では)伝道が進まない。福音が前進しない。そのことにも気づかされてきたに違いありません。

しかし、難しい問題を含んでいることも、私にはよく分かります。「朱に交われば赤くなる。ミイラ取りはミイラになる。不信仰な人々の異教的なやり方に近づきすぎると、我々の確信が鈍り、教会の進むべき方向を間違ってしまう。守るべきものを守りぬくために頑丈な砦が必要である。そのようなものがないかぎり、我々はあっという間にすべてを失ってしまう」。

そのとおりかもしれません。全く間違っているとも言い切れません。私は自分が弱い信仰の持ち主であることを強く自覚しています。だからこそ、どちらかといえば、この弱い信仰をしっかり守ってくれる頑丈な砦があればよいのに、という強い憧れを持つほうの人間です。

しかし、もしそのような頑丈な砦が手に入り、その中だけで生きて行けるようになり、砦の外側に一歩も出ないで済むようになってしまえるとしたら、私はどのような人間になるだろうかということに不安を抱く面もあります。

ヨーロッパはかつて「キリスト教国」としての存在を何世紀も維持していました。パウロが立っていた現実は、「キリスト教国における教会とその伝道」よりも、今の日本のキリスト者が置かれている「全く異教的な国と社会における教会とその伝道」の状況のほうに近いものです。

しかし、そうであるからこそ、パウロは、教会の外側にある「すべてのもの」を心に留めなさいと勧めています。たとえキリスト者がその国や社会の少数派であるとしても、だからといって教会の中で自己完結し、その中に引きこもってしまうようであってはならないという勧めでもあるでしょう。

あるいは、教会の外なる世界ないし社会との接点を持ち続けなければならないという命令でもあるでしょう。自分たちの要塞の中にあるものだけが真実であり、気高く、正しく、清いものであり、愛すべきものであり、名誉なものであり、それ以外のすべてはそのようなものではありえないというような絶対的で排他的で独善的な確信を持つことを慎むべきであるという戒めでもあるでしょう。

もし我々がそのような確信を持ってしまうならば、なるほどたしかに我々の存在は、外から見ればとんでもなく鼻もちならない存在に映るでしょう。我々がそのような要塞に立てこもってしまえば、自分たち自身はこの上ない安心を得て満足できるかもしれませんが、外側から見ると我々の存在は、どこかしら自信のない、ひ弱な人間のように映るでしょう。

教会の外側の社会ないし世界の中にある「すべて」の善きものを心に留め、大切にすべきであるという教えには、パウロ自身がそのことにこの個所で触れているわけではありませんが、重要な根拠があります。それは「神は全世界を創造された方である」という信仰です。

神は教会だけを創造されたのではなく、世界を創造されました。信者だけを創造されたのではなく、いまだ信仰に至っていない人々を創造されました。信者は神によって創造されたが、未信者は悪魔によって創造されたわけではありません。それは異端の教えです。創造者なる神への信仰はわたしたちが教会の外側にある「すべて」に目を向けるべき明確な根拠を提供しています。

パウロは次のように続けています。「わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます」。ここで勧められているのは「教えられたことを実行すること」です。理解できても行動に移せないことの反対です。自分の要塞の中に立てこもり、外側には一歩も出ることができないことの反対です。

大切なことは、言われているとおりに実際にやってみることです。自分の砦の外に出て行くとき、まるで丸腰で戦場に出ていくかのような不安や恐怖心を感じるかもしれません。しかし、そのとき、あなたを神が守ってくださいます。そのことをわたしたちは確信し、安心すべきです。「平和の神」とは「わたしたちを平安で満たしてくださる神」また「安心させていただける神」です。

もちろんパウロとは逆の視点から考えることも必要でしょう。せっかく異教的なものを捨てて振り切って教会の中に飛び込んだのに、教会の内側も外側と大差ないと言われるのは、がっかりだ。もしそうなら、なにも無理して教会に通う必要などないではないか、と思われてしまうかもしれません。バランスを重んじる必要はあります。教会とこの世を一緒くたにすべきではありません。

(2015年8月12日、松戸小金原教会祈祷会)

2015年8月7日金曜日

Windowsを「まだ」使っている理由は「PCが自作機だから」です

ウィルス感染を調べるために弐号機から遠隔操作で壱号機のフルスキャン実行中
お世話になっておいて言うのは申し訳ないことですが、マイクロソフト社やWindowsが好きで使っているわけではなくて、仕事や私用に使う私物のデスクトップ2機がいずれも「自作機」なので、インストールできるOSとしてリナックス(ubuntuなど)かWindowsしか選択肢がないのです。

リナックス(ubuntuなど)にしたい気持ちも山々あるのですが、周辺機器との接続に必要なドライバー類が揃い切っていないようで、やれ、プリンターがつながらない、無線LANがつながらないという感じになって、だんだん面倒になるので、結局はWindowsに落ち着いてしまうという具合です。

Windowsは「Vista」で買ったのをちまちまバージョンアップして現在「10」です。なのでパソコンが壊れてOSの再インストールとなったときは元に戻って「Vista」→「7」→「10」とバージョンを上げていくしかありません。

ちなみに私は「自作マニア」ではありません、悪しからず。

パソコンを自作するようになったのは、壊れたパーツだけ自分で取り替えられることにメリットを感じたからです。電源ボックスだけとか、ファンだけとか交換できます。病院と医者が嫌いなので、近所の薬局で買える範囲内の売薬を試してみて「これが一番安くて効きそうだ」とか言っている様子に近いです。

2015年8月6日木曜日

見限るのでなく、ぜひ支援してほしい

弐号機を冷ましています
「伝道不振の原因は牧師の説教がまずいからだ」と言われれば、ぐうの音も出ない。しかし、たとえばの話、神道政治連盟国会議員懇談会(303名)にキリスト者として知られる議員が多く見つかる国だ。「何を言っても無駄」という気分に苛まれながら牧師たちは説教している。見限るのでなく、ぜひ支援してほしい。

      議員数   神道政治連盟所属議員
衆議院  475人   223人(47%)
参議院  242人    80人(33%)

2015年7月24日金曜日

病院に行ってきました

ここが書斎です。
数年前のことで、思い出し笑いならぬ、思い出しぷんぷん。

本当にかなわないと思っている、ポジティヴにリスペクトするのは悔しいのでできないが、あまりに偉大すぎて平伏せざるをえない人から見下げられるのは、悔しいけど仕方がないと納得できるが、とりまきにあからさまに見下されると腹立つものだ。

とりまきたちは、なんであんなに人を見下せるのだろう。というか、あの人たちはなんでとりまきの位置にいることがあんなにうれしそうなのだろう。私にはさっぱり分からない。「とりまきなどと呼ばわられる覚えはない」と気色ばまれてしまうのか、あるいは本当に自覚がないのか、別の可能性があるのか。

まあ私の側に相当根深い嫉妬があるのかもしれない。だれもとりまいてくれないもの。だいたい私、だれに対しても面倒見よくないし、冷淡だし、うるさいし。そんなことは分かっている。だからボス格の人にはポジティヴなリスペクトはしないけど平伏する。だけど、とりまきから見下げられる覚えはないぞ。

思い出すだけで血圧上がる。降下剤もらいに、これから病院行かなくちゃ。

午後の診察時間は14時30分から18時30分までです。
しぶしぶ病院に来た。「薬だけもらえませんかね」との交渉は虚しく決裂、「診察ですね」と言われた。いま待合室。目の前のテレビはまたしてもNHK。大相撲。観てるだけで血圧上がる。←これはウソ。
しぶしぶ病院に来ました。大相撲をしていました。
病院の待合室で、大相撲そっちのけで没頭して読んでいたのは「ソクラテスの弁明」。そっか、ソクラテスは70歳でこんなひどい辱めを受けたのか。裁判所初めてだからふだんどおりしゃべれないけど許してねみたいなこと言ってる。かわいそうに。

私はよく知らないが、ゼンキョートーとかってこんな感じだったのかもしれないなと思い至った。10代20代のガキどもが70歳のプロフェッサーをつるしあげて一斉に糾弾してるみたいな図。「まるで自分の影と戦うようなことをしなければならない」というソクラテスの言葉が印象的だった。

病院の待合室で「ソクラテスの弁明」を読んでいました。

相撲中継を観たのは何年かぶりだった。土俵入りのとき「わはは」と、病院の待合室だったので申し訳なかったが、つい声を上げて笑ってしまったのは、化粧まわしがパンダの人と、くまモンの人を観たときだ。いま思い出しても笑える。あの化粧まわしで真顔で土俵入り。笑わせ先制攻撃だな。実に興味深い。

土俵入り。パンダの人とくまモンの人は写っていません。

先生に「血圧降下剤、効きません!(おこ」と言ったら「そんなもんです(わら」と言われたので血圧上がった。「そんなもんですか。そうですか。そんなもんなんですね(わら」と返したら下がった。増量してもらった。


2015年7月22日水曜日

フィリピの信徒への手紙の学び 12

松戸小金原教会の祈祷会は毎週水曜日午前10時30分から12時までです
PDF版はここをクリックしてください

フィリピの信徒への手紙3・17~4・1

関口 康

前々回申し上げたとおり、パウロはこの手紙を「では、私の兄弟たち、主において喜びなさい」(3・1)という言葉で締めくくろうとした可能性があります。「では」は手紙などを締めくくるときに用いられる言葉だからです。

しかしパウロはそこで筆をおきませんでした。おそらくパウロはこの手紙を「喜び」を語ることだけで済ますことに躊躇を覚えたのです。「あの犬どもに注意しなさい」(3・2)と続けました。キリスト教信仰に敵対する人々がいるということを語りはじめました。

あからさまに書かれているのは当時のユダヤ教徒のことです。しかし、キリスト教信仰に敵対してきた人々はユダヤ教徒だけではありません。あらゆる国の、あらゆる時代の、あらゆる宗教の人々、あるいは無神論者が、キリスト教信仰に敵対してきました。

私が子どもだった頃には「アーメン、ソーメン、冷ソーメン」だのと、まだ言われていました。ものすごく嫌でしたが、多勢に無勢でしたので黙っていました。その手のことに巻き込まれるのが面倒だったので、教会に通っていることを学校では隠していました。

私の場合は、だからこそ牧師になろうと決心した面があります。牧師にならなければ、教会に通っている人間であるということを公表することすら憚られる、という思いがあったからです。私の故郷の岡山が中途半端な田舎だったからかもしれません。こういう理由で牧師になることが不純な動機かどうかは分かりませんが、いまだにこれ以外に表現のしようがないと思っています。

この個所をパウロは文字どおり泣きながら書いています。そのようにはっきり書いています。「何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです」。これは大げさな言葉ではありません。このあたりの字が涙でにじんでいたのではないでしょうか。

しかし、パウロが泣いていたのは、自分が信じている宗教を否定されたからであるとか、自分のしていることをけなされたからというようなこととは違うと思われます。続きを読みますと「彼らの行き着くところは滅びです」とあります。「彼らは腹を神とし、恥ずべきことを誇りとし、この世のことしか考えていません」。

ここでパウロが考えていることは、救い主としてのイエス・キリストに、あるいは宗教としてのキリスト教に敵対する人々の先行きを案じている、というのが最も近いです。要するにパウロは彼らの心配をしているのです。

「腹を神とする」と同じ意味の「腹」を、パウロはローマの信徒への手紙でも用いています。「こういう人々は、わたしたちの主であるキリストに仕えないで、自分の腹に仕えている。そして、うまい言葉やへつらいの言葉によって純朴な人々の心を欺いているのです」(ローマ16・18)。

「腹」の意味が同じであるだけでなく、「自分の腹に仕える」と「腹を神とする」が同じ意味です。自分のお腹をあたかも神であるかのように礼拝することです。これは比喩ですし皮肉です。パウロが書いている意味の「腹」は欲望の象徴です。食欲に限らず、すべての欲望が含まれます。

欲望を満たすことのすべてが悪いわけではありません。欲も望みもなくなれば、人生の活力は消え失せるでしょう。しかし、問題は、自分の腹(欲望)と神を引き換えにすることです。自分の腹を選ぶか、それとも神を選ぶかという二者択一を迫られる場面で迷わず腹を選ぶということになるならば、それは自分の腹と神とを引き換えにすることです。

しかし、よく考えれば、わたしたちが自分の欲望を満たすことと、神を信じて教会に通うことは激しく対立することではないはずです。このように言うと驚かれるかもしれませんが、わたしたちが教会に通うことに強制や脅迫の要素があるならばともかく、自由と喜びのうちに自発的に教会生活を送っている人は、そのことが自分の満足にもなっているはずです。

わたしたちが神を信じて生きるとは、神の祝福のもとに置かれることであり、神の恵みが豊かに注がれることを意味しています。それは言葉の正しい意味での幸福な人生であり、満足できる人生です。満足することと、欲望ないし欲求が満たされることは、矛盾することでも対立することでもありません。

ところが、両者があたかも対立するものであるかのようにとらえ、神か腹か、宗教か欲望か、教会か社会かというような二者択一を考え、神と教会とを切り捨てる選択肢をえらんでいくときに、パウロの言う意味での「自分の腹を神とする」という批判の言葉が該当しはじめるのです。

もちろん、どの宗教を信じても同じというわけではありません。どの登山口から登り始めても頂上は同じという考え方(それを宗教多元主義といいます)はパウロにはありません。彼はただ心配しているのです。真の救い主イエス・キリストを知る者として。イエス・キリストへの信仰によってしか決して赦されえない深く大きな罪をもっていることを自覚している者として。自分は弱い人間であることを知る者として。

「わたしたちの本国は天にあります」(3:20)はとても有名な言葉です。文脈的には唐突ではありますが、パウロの意図は分かります。「本国」と訳されているギリシア語(ポリテューマ)は「コロニア」というラテン語に訳されて、コロニー(植民地)の語源になりました。しかし、このパウロの言葉を「わたしたちの植民地は天にあります」と訳すのは誤解を招くだけでしょう。

とはいえ、この手紙の最初の読者、フィリピの教会の人々はローマ帝国の植民地(コロニア)に住んでいたという歴史的な事実は勘案されて然るべきでしょう。彼らがローマ帝国に逆らうことは反逆罪であり、ただちに死を意味していました。ローマ帝国は支配下の人々に対し、独裁者たるローマ皇帝を神のごとく崇拝すること、皇帝礼拝を行うことを強制しました。キリスト教に敵対していたのはユダヤ教徒たちだけではなく、こうしたローマ帝国の皇帝礼拝を強制する人々でもありました。

しかし、「キリスト者のコロニアは天にある」。このパウロの信仰告白には、ローマ帝国が強制する皇帝礼拝に対する明確な拒否があります。わたしたちの真の支配者は、父なる神と、救い主イエス・キリストだけであって、ローマ皇帝ではない。真の神がわたしたちを愛してくださり、守ってくださる。そのことを信じて生きていこうではないか。神の他に何も恐れるものはない。そのようにパウロは彼らを励ましているのです。

(2015年7月22日、松戸小金原教会祈祷会)