2017年6月7日水曜日

礼拝堂ブライダルの打ち合わせをしました

今日(2017年6月7日水曜日)は日本聖書神学校(東京都新宿区)で、これからしばらく私も司式に加わる礼拝堂ブライダルについて責任者の高橋博先生(日本基督教団新丸子教会牧師)と打ち合わせを行った。平日日中の都内は車が少なく快適ドライブ。帰路、東京ドーム(東京都文京区)の横を通った。

日本聖書神学校(東京都新宿区)
東京ドーム(東京都文京区)

2017年6月4日日曜日

八幡鉄町教会のペンテコステ夕拝に出席しました

日本基督教団八幡鉄町教会(福岡県北九州市)
今日(2017年6月4日日曜日)日本基督教団八幡鉄町教会(福岡県北九州市八幡東区末広町4-15)を20年ぶりにお訪ねしました。ペンテコステ夕礼拝に出席し、松原望牧師の説教を拝聴しました。私は1996年4月から1997年1月までこの教会の牧師でした。懐かしい良い思い出の多い町です。

聖霊が希望を生み出す(下関教会)

日本基督教団下関教会(山口県下関市)
使徒言行録1章6~11節

関口 康(日本基督教団教師)

「さて、使徒たちは集まって、『主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか』と尋ねた。イエスは言われた。『父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。』こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。『ガリラヤの人たち、なぜ天を見つめて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。』」

下関教会の皆さま、おはようございます。イースター礼拝で説教させていただきました関口康です。ペンテコステ礼拝にもお招きいただき、ありがとうございます。今日もよろしくお願いいたします。

自分で言わないほうがよさそうなことですが、イースター礼拝とペンテコステ礼拝が同じ説教者であることは、神学的に正しいことです。2つの出来事にはつながりがあるということを鮮やかに示すことができるからです。

事実、2つの出来事は密接に関連し合っています。いわば続きものの話です。どちらか一方の出来事だけでは完結しません。ですからペンテコステ礼拝でも説教をさせていただけることになったときには腕が鳴るものがありました。

しかし、問題はそこから先です。イースターとペンテコステとの間に何回日曜日があるでしょうか。6回です。つまり、2つの出来事は7週離れています。1週は7日、7週は49日。その翌日の50日目がペンテコステです。ユダヤ教の「過越祭」の安息日の翌日、それがイエス・キリストが復活されたイースターの日曜日です。その日から数えて50日目に行う「五旬祭」がペンテコステというヘンテコなカタカナ言葉の意味です。ペンテコステとは「50」という数字を意味しています。

その50日間を私もこのたび強く意識しながら過ごしてみて分かったのは「50日はけっこう長い」ということでした。その間に6回の日曜日がめぐってきました。その間私は何をしていたかといえば、ほとんどすべての日曜日はいろんな教会で説教していました。

そうなるとどうなるかお分かりでしょうか。1回1回が新しい出会いの連続で、とても緊張します。しかも、説教させていただくときはその教会の方々だけを愛し、その教会の方々のことだけを考えながら説教します。別の教会に行けばその教会の方々を愛します。そういうことをしていますと、過去の記憶は加速度的に薄れていきます。

いま私は自分のことを話しているだけのようですが、そうではありません。今日の箇所に登場するイエス・キリストの弟子たちも、私が味わったのと同じ気持ちを味わったのではないかと思うのです。

当時の状況を想像してみるに、イエスさまの弟子たちはイースターとペンテコステの間に何をしていたのかといえば、毎週日曜日に集まって礼拝していたと考えられます。当時も今も同じように7日ごとに日曜日がめぐってきたし、そのたびに礼拝し、説教を語り、聴き、祈りをささげていました。

たとえそのようにはっきりと聖書に書かれていなくても、事実そうなのです。彼らが日曜日に礼拝をしなかったことはありえないのです。聖書に書かれていないことは彼らがしていなかったかというと、その理屈がおかしいわけです。それが彼らの「生活の座」(Sitz im Leben)だったのです。

ですから、今日の箇所の最初の「使徒たちは集まって」の「集まって」は、単なる集まりではなく、ほとんどそれは「教会」を意味すると考えるべきです。わたしたちが今、この教会に集まって礼拝をささげているのとほとんど同じ状況に弟子たちが立っていた様子を想像すべきです。ただし、それは日曜日ではなかったと思われます。その理由はあとで述べます。

しかも、1章3節以下には「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された」と記されています。

これで分かるのは、イエスさまがその復活された姿を現わしてくださったのは40日だけだったということです。ペンテコステまで、あと10日足りません。しかも40は7で割り切れません。イースターから40日目は日曜日ではなく木曜日です。

それはつまりこういうことです。イエスさまは今日のペンテコステ礼拝の先々週の礼拝にはお見えになりましたが、先週の礼拝にはお見えにならなかったということです。弟子たちは、せっかく復活してくださったイエスさまの姿がどこにも見当たらない、寂しくて不安な10日間を過ごしたのです。

それで今日の箇所に記されているのがイースターから40日目の出来事です。ここに記されていることをひとことでいえば、イエスさまのお別れの挨拶です。寂しい言い方はしたくないのですが、そうとしか言いようがありません。

弟子たちがイエスさまに尋ねました。「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」(6節)。

原文に基づいて私なりに訳してみました。「主よ、イスラエル王国をあなたがこの時代に取り戻してくださいますか」。

どこかで聞いたことがある言葉にしてみました。「取り戻す」。それは、今は自分たちの国や社会の本来の形を失っている状態なので一刻も早く本来の形を取り戻したいと願っている人々の言葉です。

それはきわめて《後ろ向き》の考え方です。過去の栄光にしがみついています。「我々はこんなはずではない」と嘆いています。現実を受け入れることができずにいます。「我々は一生懸命がんばってきた。それでも今の状態なのだから、我々の責任ではない」と言いたがっています。

そして、「今の状態が我々の本来の姿を失っているのは、強くて悪い敵がいるからだ。これまでのリーダーが弱すぎたのだ。政治が悪い、社会が悪い」と責任を転嫁したがっています。だから我々の本来の姿を「取り戻す」ための強いリーダーが必要なのだ。「それはあなたですか。それはいつですか。今ですか」と、イエスさまに食い下がっています。

ですから、もしそこでイエスさまが「わたしが取り戻す。ただちに取り戻す」とお応えになれば、たちまち英雄です。拍手喝采です。しかしイエスさまは、それを聞くと弟子たちが必ずがっかりしたであろうことをお答えになりました。

「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない」(7節)。

私なりの訳は次のとおりです。「時代(クロノス)やタイミング(カイロス)は、あなたがたには分からない。それを決めるのは御父の権限である」。

そして「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(8節)。

私の訳は次のとおりです。かえって分かりにくいかもしれませんが、原文どおりです。「あなたがたの上に聖霊が臨むと力の受領が起こる。エルサレムでも、ユダヤとサマリアの全土でも、地の果てまでも、あなたがたが私の証人である」。

新共同訳聖書は「わたしの証人となる」と訳していますが、原文は英語のbecomeではなく、be動詞です。「である」です。「あながたが私の証人である」。その意味は、聖霊を受けた人は、それまでとは違う、まるでスーパーマンやウルトラマンのような特殊な存在へと変身するわけではないということです。昨日も今日も変わらない同じ人間が「主の証人である」と任命されるだけです。

イエスさまのお答えの趣旨ははっきりしています。イスラエル王国を取り戻したいなら、それは私の仕事ではなくて、あなたがたの仕事であるということです。聖霊によって力を受けるのも、わたしの証人であるのも「あなたがた」なのですから。

そして、イエスさまは「彼らが見ているうちに天に上げられ」(9節)ました。「私が一緒にいるとあなたがたはいつまでも自分の働きと責任を自覚しないから、そろそろいなくなるので後はよろしく」とおっしゃりたいかのように。

イエスさまの姿が見えなくなっても、弟子たちは「天を見つめて」(10節)いました。先ほどまでイエスさまに「あなたですか、今ですか」と食い下がっていた弟子たちは《後ろ》を向いていました。過去の栄光にしがみついていました。しかし、次は《上》を向き始めました。天を見上げ始めました。「イエスさま、行かないでください」と言いたそうに。

すると彼らは白い服を着た二人の人に叱られました。おそらく天使です。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見つめて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる」(11節)。

天使たちが弟子たちに言おうとしているのは、あなたがたは目を向ける方向が間違っているということです。《後ろ》ではないが、《上》でもない。《前》を向きなさいと言っています。

なぜなら、天に上げられたイエスさまが再び戻ってこられるのは、あなたがたが生きているこの地上の世界なのだから。あなたがたが目を向けるべき先は、《後ろ》すなわち過去ではなく、《上》すなわち地上を離れた天でもなく、《前》すなわち地に足をつけたままたどり着くことができる、我々の現実の世界の未来である。

今日の説教に「聖霊が希望を生み出す」と題をつけました。これはパウロの言葉に基づいて考えた題です。

「わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」(ローマの信徒への手紙5章4~5節)。

わたしたちは、この言葉の意味をよく考える必要があります。出発点は「聖霊」です。「聖霊」が与えられているわたしたちの心に「神の愛」が注がれています。

しかし、そのわたしたちに「苦難」が訪れます。そこで求められるのが「忍耐」です。それは我慢することです。特別な意味を考える必要はありません。そして我慢すれば、我慢した分だけの忍耐力がつきます。それが「練達」です。「練達」が身について初めて「希望」を語ることができるようになります。

その希望はわたしたちを欺きません。虚偽でも詐欺でもありません。輝かしい将来を見ることができる日が来ます。そのような意味での「希望」です。それは「苦難」と「忍耐」と「練達」を経てようやくたどり着ける希望です。

しかし、忘れてはならないのは、その最初の「苦難」を「忍耐する」のは、あくまでも「わたしたち」であるということです。イエス・キリストが「私の身代わりに」忍耐してくださるわけではありません。この文脈に「身代わり」の話を持ち出してはいけません。そういうのは聖書の教えの曲解です。

今申し上げたことは、身も蓋もないような話です。宗教の話というよりは普通の話です。そうです。聖書の教えは普通の話です。わたしたちはスーパーマンにもウルトラマンにも変身しません。人間のまま「希望」をもって、喜びをもって生きていくことができます。ただし、そのためには「苦難」と「忍耐」と「練達」を通り抜ける必要があります。

しかし、今日私がお話ししているのは、皆さんに「何かを言いに」来たというのではなく、私自身に言い聞かせていることです。《後ろ》でもなく《上》でもなく《前》を向く。過去にしがみつくのではなく、地上に絶望して天を見つめるのでもなく、地上の未来を見つめる。それは今の日本の教会と牧師に強く求められていることです。

そのとき「聖霊」がわたしたちをしっかりと支えてくださいます。「聖霊」とは端的に「神」です。聖霊なる神がわたしたちをしっかりと支えてくださいます。使徒パウロの言葉の途中を省いて言えば「聖霊が希望を生み出す」のです。

(2017年6月4日、日本基督教団下関教会 ペンテコステ礼拝)

2017年6月2日金曜日

わが體を打ち擲きて之を服従せしむ

息子のオレゴンの友人から贈られた大切な置時計

言わずもがな書かずもがなだが、私には恥ずかしい過去はないし、私は自分の過去を恥としない。私が恥じられることはあるだろう。存在してごめんなさい。しかし多くの人に支えられてきた。私が自分の過去を恥じるとは、私を支えてくださった方々を恥じることを意味してしまうので、それはありえない。

私には、人生の始まりと共に教会があったからだ。教会に支えられ、教会を軸として生きてきた。生活や働きの場が定点にとどまっていたわけではない。しかし、同じひとつの教会であると信じることができたし、事実そうだった。私が過去を恥じるとは教会を恥じることを意味してしまうので、それはありえない。

もちろん、家族「にも」友人「にも」社会「にも」支えられてきた。そのこと「にも」感謝している。と思っているところがあるので、どうやらこのあたりが嫌がられる。優先順位がおかしいぞと非難されてしまうところがある。そうかもしれないが、反省が難しい。私から「教会」を引いたら何も残らないから。

遺書を書いているわけではないのでご心配なく。明日ジェットに乗る。飛行機に乗る前に遺書を書くという方は一定数おられるようだ。真似をしているわけではない。まだ終わるわけにはいかない。日本の教会が今のままでよいわけがない。どうすればよいかを神に祈りつつ考え、決意を新たにしているだけだ。

昨日の昼、冷たいうどんが食べたくなって、ひとりで近所のうどん屋で食べた。その夜、家族が職場や学校からそれぞれ帰宅し、妻が作ってくれた夕食は、冷たいうどんだった。とても冷たくて、とてもおいしかった。私が注文したわけではない。30年一緒に生きたら黙っていてもこうなる。ありがたいことだ。

さて原稿だ。タイムリミットは近い。「斯く我が走るは目標(めあて)なきが如きにあらず、我が拳闘するは空を撃つ如きにあらず。わが體(からだ)を打ち擲(たた)きて之を服従せしむ。恐らくは他人に宣傳(のべつた)へて自ら棄てらるる事あらん」(コリント前書第九章二十六、二十七節)の心境なり。

またしても日付が変わるころを迎えてしまった。明後日の説教原稿をただいま脱稿。これから休んで明朝のフライトに備える。ジェットだジェット。飛行機はキライではない。宇宙に行きたい。いや、行きたくない。おうちがいいや。いちばん安心する。冒険心ゼロだ。だめだこりゃ。伝道しろ伝道。マッチョ。

コリント前書も超訳しとくか。「ゴールくらい分かって走ってるわ。パンチもエアじゃねーつの。ちゃんと当てますから。倒すぜ。自分が言ってることを自分ができてないってんじゃ最悪じゃんね。先生とか名乗ってんじゃねーよと言われてもごもっとも。自分の体をタコ殴りしてがんばるから。応援してね。」

2017年6月1日木曜日

説教は「新しい言葉」である(ランゲ)

J. H. ファン・デア・ラーン『エルンスト・ランゲと説教』(1989年)

明後日土曜はジェットで移動する日で、ラップトップを持っていないので、説教原稿は明日金曜までに仕上げなくてはならないが、どうにもまとまらず心理的に追い詰められている。6月から急に怒涛の忙しさになることは自分で求めたことでもあり、もちろんあらかじめ分かっていた。うれしい悲鳴ではある。

「何を今さら」とか「当たり前だろ」とか言われそうだが、心理的に追い詰められて頭を掻きむしりたいときこそギリシア語新約聖書を開いてひとつひとつの語や文の意味を辞書で調べることの大切さを実感する。そこで気づいたことや考えたことをそのまま字にしていくと「新しい言葉」の土台が見えてくる。

説教とは「新しい言葉」であると私がとらえるようになったのは、オランダの説教学者J. H. ファン・デア・ラーン(van der Laan)の博士論文『エルンスト・ランゲと説教』(Ernst Lange en de Prediking, 1989)を何年か前に手に入れたときからだ。

エルンスト・ランゲ(Ernst Lange)は1927年に生まれ1974年に亡くなったドイツの牧師であり実践神学者である。経歴がウィキペディア(ドイツ語)で紹介されている。写真もネットで検索すれば出てくるが、かなりのイケメンである。

このランゲの説教と説教理論(説教学)を研究して博士論文を書いたのがオランダ人のファン・デア・ラーン(Jaap H. van der Laan)である。その博士論文の指導教授は「オランダ神学の三巨頭」のひとりと名指されるG. C. ベルカウワーの弟子であるクラース・ルーニアである。

このファン・デア・ラーンの博士論文の中に「新しい言葉」(Neues Wort)というタイトルのサブセクションがある(J. H. van der Laan, ebd, 1989, 118v)。そこで「新しい言葉」こそがランゲの説教学を理解するための鍵となる概念であると言われている。

そしてファン・デア・ラーンは、ランゲが説教をどのような意味で「新しい言葉」であるととらえていたかを次のように要約している。

「聖書テキストから我々の状況へ、そしてまた我々の状況から聖書テキストへというこの往復運動の末にたどり着く答えは『新しい言葉』(Neues  Wort)である。我々はそれを根本的にとらえるべきである。説教が『神の新しい言葉』(neues Wort Gottes)であるかどうかは問われていない。しかし『教会の新しい言葉』(neues Wort der Kirche)であるかどうかは問われているのだ。」(Van der Laan, 120)

今書いていることは知ったかぶりのつもりはない。私は本当に感動し、慰められたのだ。我が意を得たりとも思った。教会の牧師として毎週毎週、たった1回しか使うことなくただ廃棄するしかない原稿を何時間もかけて書いてきた。これが「新しい言葉」でないなら何の意味があるだろうと何度思ったことか。

「それは奇をてらう言葉なのか」とか「最新流行を追う言葉なのか」とか問われることになるのだろうか。そのようなことを私が言いたいのではないし、ランゲもそのようなことは言っていない。ああ言えばこう言う式の面倒なやりとりは望まない。「新しい言葉」は読んだ字のとおりだ。他に言いようがない。

私が言いたいのは、聖書テキストと我々の状況との間の「ギャップの橋渡し」(bridging the Gap)を担うのが説教の役割であることは明白であり、かつ我々の状況のほうが絶えず変化している以上、毎週の説教が「同語反復」であることはありえないし、あってはならないということである。

なんだのかんだの考えているうちに日付が変わる時刻になったので、これにて終了。説教ではなく説教論に時間を費やすことになった。まあよい。これも大事なことだ。視座が定まらないと論旨も定まらない。

2017年5月31日水曜日

プロテスタントとしての自己反省の必要性

『カルヴァン生誕500年記念論集』(キリスト新聞社、2009年)

世界的な祝賀ムードに水を差す気も塩をまく気も皆無だし、グッズ販売は応援したいくらいだが、今年2017年「宗教改革500年」は本来的に我々の自己反省の年でこそあるべきだろう。プロテスタント(抗議者)を名乗る者たちが「他者批判はめっぽう強いが自分に甘い」というわけには行かないだろう。

8年前の2009年「カルヴァン生誕500年」に出版した共著『新たな一歩を』(キリスト新聞社)に私は「カルヴァンにおける人間的なるもの」という論文を書いたが、私が最も言いたかったことは「プロテスタントとしての自己反省の必要性」だった。

あった。8年前の2009年7月6日月曜日(当人の誕生日は1509年7月10日)に開催した「カルヴァン生誕500年」記念集会用に作成したロゴ入りファイル。複数団体合同の実行委員会主催。委員長は久米あつみ先生で、書記は私。会場は東京神学大学(東京都三鷹市)。当日は満堂の出席者だった。

カルヴァン生誕500年記念集会 ロゴ入りファイル(2009年)

あった。9年前の2008年12月10日水曜日(当人の誕生日は1908年12月10日)に開催された「ファン・ルーラー生誕100年」記念国際学会シール付きファイル。メイン講師はユルゲン・モルトマン博士。私は英文で挨拶。会場はオランダのアムステルダム自由大学。当日は満堂の出席者だった。

ファン・ルーラー生誕100年記念国際学会シール付きファイル(2008年)

振り返って思うのは、過去の国際学会出席にしても国内学会開催にしても、そのための準備にしても、私に関しては個人的支援はあったが基本的にすべて自費だったことは、当時はとても苦しかったが結果的に良かったということだ。誰からの拘束もなく誰の指図も受けずに行動できたし、後日の負い目もない。

2017年5月28日日曜日

喜びを追い求めよう(千葉若葉教会)

ヨハネによる福音書2章9~11節

関口 康(日本基督教団教師)

「世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで言った。『だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いが回ったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。』イエスはこの最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで弟子たちはイエスを信じた。」

先週からヨハネによる福音書を学んでいます。今日は2章です。ここに記されているのは「世にも不思議な物語」です。私たちの救い主イエス・キリストが水をぶどう酒に変えられた話です。物語のあらすじは広く知られています。

この出来事が起こったのは、バプテスマのヨハネがイエスさまに対して「この方こそ神の子である」という信仰を告白した日の「三日後」(1節)でした。その日にガリラヤ地方のカナという小さな村で結婚式が行われました。そこにイエスさまの母マリアが参列していました。イエスさまも弟子たちと参列しておられました。

そこで事件が起こりました。「ぶどう酒が足りなくなった」(3節)のです。どういうことでしょうか。主催者側の準備不足でしょうか。幹事の責任でしょうか。彼らに落ち度があったのでしょうか。その方向で語られる説教を聴いたことがあります。

そういう要素が全くなかったとは言えないかもしれません。しかし、書かれていることをよく見る必要があります。「イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた」(2節)と書かれています。「招かれた」(カレオーの過去形のエクレ―セー)は「招待された」という意味です。

つまり、主催者は参列してもらいたいと願っている人々をあらかじめ正式に招待していたと考えるべきです。もしそうであれば主催者は参列者の人数を把握していたでしょうし、十分なだけの食事や飲み物を準備していたでしょう。そのための「招待」です。主催者を責めるのは一方的すぎます。

しかし、もしそうであれば、この話はどういうことになるのでしょうか。主催者が十分なぶどう酒を準備していたのにそれがなくなったということは、要するにみんなが調子に乗って飲みすぎていたということではないでしょうか。

「ぶどう酒(オイノス)」(3節)は当然アルコールです。アルコールを飲み過ぎるとどうなるでしょうか。酔っぱらいます。そこにいた人たちは飲み過ぎてすっかり出来上がっていました。それでもまだ調子に乗って「おい酒が足りないぞ、持ってこい」と不満の声を上げていた。かなり図々しい話です。そのような情景を想像するほうがよいのではないかと思います。

しかし、これは結婚式です。お祝いの席です。厳粛な要素もあります。そして何より、招待された人々が集まる場所でした。不特定多数の集まりではありませんでした。

そうだとしたら、主催者側が用意したものが尽きた時点でお開きにしてもよかったはずです。「宴もたけなわではございますが、そろそろお開きとしたいと思います。 本日は忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました」と丁重にご挨拶して、みなさんにお帰りいただいたらいいのです。

ところが、そこでマリアが動きました。イエスさまのところに「ぶどう酒がなくなりました」(3節)と言いに来ました。イエスさまとしては、それがどうしたの、という話です。そのことを私に言いに来て、私にどうしてほしいのですか、とおっしゃってもおかしくないような話です。

普通に考えれば、マリアの要求は「近くのお店までひとっ走り行ってきておくれ」だと思いますが、マリアが息子にお金を渡した形跡はありません。イエスさまはどうしたらいいのでしょうか。立て替えでしょうか、つけでしょうか。何をしてもらいたいのかがさっぱり分かりません。マリアはただ「ぶどう酒がなくなりました」と言いに来ただけです。

そして、このときの状況を想像するに、イエスさまも弟子たちも、おいしいごちそうをいただいてひと安心、さてそろそろおうちに帰りましょう、と腰を上げようとしていた頃です。いくらお母さまのお言いつけだからと言って簡単に引き受けるわけには行かないよと、イエスさまがお断りになっても無理のない状況だったのではないでしょうか。

いや、そうではない。当時の結婚式は何日も続けて行っていたので、お酒が尽きたのだという説明を聴いたこともあります。しかし、もしそうであればなおさら、主催者が追加分を買いに行けばいいだけです。何もわざわざ招待客であるイエスさまを使い走りにしなくてもいいではありませんか。

マリアが言ったのは「ぶどう酒がなくなりました」ということだけです。買って来いとも、借りて来いとも、盗んで来いとも言っていません。しかし、それだけ言われると、かえって困ります。その次の言葉は何かが気になります。どうしてほしいのか、何をしてもらいたいのか。

しかし、イエスさまは賢明な方ですので、お母さまに対して失礼のないように、丁重にお応えになりました。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません」(4節)。

ここで必ず問題になるのは、イエスさまがご自分の母親であるマリアのことを「婦人」(ギュネー)と呼んでおられることです。実のお母さんによそよそしいことを言っている。冷たく突き放した言い方だと説明されることもありますが、そうではありません。

ギリシア語辞典に書いてあることですが、「婦人」に失礼な意味はありません。反抗期の子どもが母親を「ばばあ」呼ばわりしたというような話とは違います。一緒くたにしないでください。

ただ、そうは言っても、それではなぜイエスさまはマリアを「お母さん」とお呼びにならなかったのかは確かに気になります。その理由を考えてみました。あくまでも私の想像です。私が思い至ったのは、イエスさまの近くには弟子たちや結婚式の参列者が大勢いたということです。そこは「公の」場所だったということです。

そういう場所でマリアがしくじりました。マリアには厳しい言い方になりますが、彼女は公の場でイエスさまに対して母親づらをしました。これは公私混同です。そうではないでしょうか。

この結婚式の中でイエスさまはどういう扱いを受けていたでしょうか。若い先生だったかもしれませんが、弟子たちと共に参列なさいました。まるで友達のように「来てもいいけど来なくてもいいよ」というようなどうでもいい扱いで新郎新婦がイエスさま宛ての招待状を書いたでしょうか。それは考えにくいです。むしろイエスさまは主賓扱いだったのではないでしょうか。

もしそうであれば、マリアがしたことはやはり問題です。主賓席に座っている人を公の場で自分の息子として扱い、母親の立場で何かを言いつけようとしました。そういうのを公私混同というのです。

そのことをイエスさまがお気づきになり、マリアに伝えるために、つまり「あなたはこの場所では母親として振る舞うべきではない」と窘(たしな)めるために「婦人よ」とおっしゃったのではないでしょうか。

今申し上げたのと似たようなことが教会で問題になることがあります。具体例をあげるといろいろ差し障りが出てきますのでやめておきますが、牧師と教会との関係の中で難しい問題になることがありうるのは、牧師の家族と教会との関係です。私の家族はそういうことは重々心得ていましたので、教会の中では私に対して個人的に話しかけて来ることもありませんでした。

少し脱線しました。元に戻します。イエスさまがマリアを「婦人」と呼んだのは冷たい言い方ではなく丁寧な言い方です。イエスさまがおっしゃっているのはおそらく次のようなことです。

「親愛なるご婦人のかた、誠に申し訳ありませんが、用意された酒を全部飲み尽くしてまだ足りないと文句を言っている方々の面倒まで、わたくしどもが見なくてはならないとおっしゃるのでしょうか。そのようなことがわたくしどもの出番であると、失礼ですがご婦人はおっしゃっておられるのでしょうか」。

「わたしの時はまだ来ていません」という言葉に深い神学的な意味を読み取ろうとする人々は多いのですが、あまり難しく考えすぎないほうがよいと私は考えます。

イエスさまからそう言われてマリアは引き下がります。しかし、召し使いたちには「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言いつけます(5節)。こういうのを読むと私はカチンと来ます。「自分で買いに行けばいいのに」と言いたくなります。私がまだ反抗期なのかもしれません。

しかし、イエスさまはどこまでも優しい方です。マリアの願いを退けず、しっかりお応えになりました。

そこに石の水がめが6つありました。1つの容積は「2ないし3メトレテス」でした。1メトレテス39リットル。2メトレテスで78リットル、3メトレテスで117リットル。どちらの水がめが多かったのか分かりませんので両方を足して2で割って平均97.5リットルで計算します。

石がめは6つあったので6かけて585リットル。コンビニで売っている手持ちワインボトルのサイズが750ミリリットル。その780本分。65ダース。プロ野球の優勝チームのビールかけはビール3000本とか5000本とかを開けるそうです。それにはかなわないとしても、ワインボトル780本分の「水」はかなりの量です。

イエスさまは召し使いたちに、その6つの石の水がめに「水をいっぱい入れなさい」(7節)、そして「さあ、水をくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」(8節)と言われました。水の重さは1リットル1キログラム。6つで585キログラム。しかも石の水がめ自体が重い。ひとりで運ぶのは無理。何人かで苦労して運ぶことになります。

しかし、ともかく彼らはイエスさまのおっしゃるとおりにしました。そして、その「水」を世話役が味見したところ、なんと驚くべきことに「ぶどう酒」でした。これが「世にも不思議な物語」です。

それが「どのようにして」起こったのかは分かりません。しかしこれだけは言えます。イエスさまはお母さまの言いつけを守られました。楽しい宴は続きました。喜びが持続しました。そのようなことのためにイエスさまは不思議な力を示してくださいました。

この出来事の「意味」は何かがしばしば問われます。いろんな説明があります。いくつか読みましたが、しっくり来る説明は見当たりません。理由は分かっています。この物語の「意味」を説明したがる人に限って、水がぶどう酒に変わることはありえないという前提を初めから持っています。これは事実無根の作り話なのだ。たとえばなしのようなものなのだ。だから「意味」を考えなければならないのだ、という主張です。

そういうのは面白くないです。ユーモアが感じられません。「ありえない」「作り話だ」「うそだ」と言われてしまうと二の句が継げません。思考停止が起こります。

しかし「物は考えよう」です。想像力を働かせる余地がまだたくさん残っています。私もひとつ考えました。ただし「冗談」です。真に受けないでください。

先週の礼拝後、みなさんからきれいなお花をいただきました。名前は覚えています。カスミソウ、芳純、ロイヤル・ハイネス、シャルル・ド・ゴールです。

カスミソウ以外の3つはすべて「バラ」であると、みなさんから教えていただきました。そういうことを全く知らずに51歳になりました。家に帰ってインターネットで調べたら、バラの種類は2万種以上あると書いてあって驚きました。

ワインの種類はどのくらいあるでしょうか。3種類です。赤、白、ロゼ。これは冗談です。産地などが異なる多くの種類のワインがあるようです。そういうこともインターネットですぐに分かる時代です。

私が言いたいのは、バラにしろ、ワインにしろ、たくさんの種類があるということは、それぞれの種類に最初に名前をつけた人がいることを意味している、ということです。

「これはバラである」と見極めた人がいる。新しい色や花びらの形を見つけるたびに名前を付けた人がいる。だれかが「これはバラだ」と決めたら、それが「バラ」になるのです。

私が言おうとしている「冗談」がお分かりでしょうか。ワインボトル780本分の「水」を召し使いたちが抱えて持ってきました。それを世話役が味見しました。その世話役が「これはぶどう酒である」と名付けたから、それは「ぶどう酒」なのです。

私は、イエスさまは素晴らしい力の持ち主であると信じています。しかし、もし仮にその「水」が水のままだったとしても、「ああ、これはなんておいしいワインだ」と楽しむことも可能だと思っています。

それと同じことを、わたしたちは聖餐式のたびごとにしているではありませんか。

「これはわたしの体です」「わたしの血です」と言いながら差し出されるパンとぶどう酒を、わたしたちはイエス・キリストの真実の体と血として味わいます。「ああ、これはなんて血なまぐさい、気持ち悪いワインだ」などとはだれも言いません。

説教も讃美歌もお祈りも同じです。わたしたちが信仰生活の中で味わうものはすべて、多くの想像力を働かせながら楽しむためにあるのです。

(2017年5月28日、日本バプテスト連盟千葉・若葉キリスト教会 主日礼拝)

2017年5月25日木曜日

現代オランダの「3大神学者」とは誰か

本棚の整理が必要だろう

オランダに13年前の2004年まで、訳せばどちらも「オランダ改革派教会」になるNederlandse Hervormde Kerk (NHK)とGereformeerde Kerken in Nederlands(GKN)という2教団があった。両者は2004年5月1日に合同した。

2007年にオランダで刊行が始まった新しい『ファン・ルーラー著作集』の宣伝文に「ファン・ルーラーは、ノールトマンス、ミスコッテと並び称されるオランダ改革派教会の3大神学者の1人である」と書かれている。その「オランダ改革派教会」は上記2教団のうちの前者NHK(エンハーカー)を指す。

それに対し、1983年に「増補版」が出版された東京神学大学神学会編『キリスト教組織神学辞典』(教文館)に「オランダ神学の三巨頭と言えば、ベルカーワー、ヴァン・ルーラー、ベルコフの三人である」(113頁)と書かれている。日本語に訳すとかえって混乱する可能性があるので、整理が必要だ。

食い違いの理由はベルカウワー(前出「ベルカーワー」)がGKN(ヘーカーエン)の人であるのに対し、ファン・ルーラー(「ヴァン・ルーラー」)とベルコフはNHK(エンハーカー)の人だからである。GKN単独で「3大神学者」を言うなら、今でも「カイパー、バーフィンク、ベルカウワー」だろう。

しかし『ファン・ルーラー著作集』の宣伝文が謳うNHKの「3大神学者」は「ノールトマンス、ミスコッテ、ファン・ルーラー」であって「ベルコフ」はいない。理由はベルコフの年齢がこの3人の神学者より若いからではないかと思う。しかし「4大神学者」とすればベルコフが入るかどうかは分からない。

ちなみに、今書いているオランダの神学者「ベルコフ」は「ヘンドリクス・ベルコフ」だが、日本のキリスト教書店に「ルイス・ベルコフ」というアメリカに移民したオランダ人神学者の著書の日本語版も売っている。この2人の「ベルコフ」は全く別人であり、親戚でもない。このあたりも整理が必要だろう。

それにしても、「NHK(エンハーカー)の3大神学者」(ノールトマンス、ミスコッテ、ファン・ルーラー)を言っても、「オランダ神学の三巨頭」(ベルカウワー、ファン・ルーラー、ベルコフ)を言っても、どちらにも登場してくる「ファン・ルーラー」の存在は、最も際立っていると言えないだろうか。

黒い思い出のブルンナー

学年は覚えていないが東京神学大学の学部生だった頃(30年前)、エーミル・ブルンナー(Emil Brunnner [1889-1966])の『教義学』(Dogmatik)第2巻(3版、1972年)を買い、数頁訳して挫折した黒歴史がある。ドイツ語は昔から苦手だ。日本語版がありがたい。




開けてびっくりブルンナー

こんな幸せがあってよいのかと何度も頬をつねる(痛い痛い)。一昨日「ブルンナーを読み直すべきではないか」という題をつけてブログとSNSに載せた記事を読んでくださった方(親しい方です)が、なんと、教文館『ブルンナー著作集』1~5巻をプレゼントしてくださいました。ありがとうございます!

ブログ記事はこちら(↓)です。
「ブルンナーを読み直すべきではないか」