2017年5月28日日曜日

喜びを追い求めよう(千葉若葉教会)

ヨハネによる福音書2章9~11節

関口 康(日本基督教団教師)

「世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで言った。『だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いが回ったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。』イエスはこの最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで弟子たちはイエスを信じた。」

先週からヨハネによる福音書を学んでいます。今日は2章です。ここに記されているのは「世にも不思議な物語」です。私たちの救い主イエス・キリストが水をぶどう酒に変えられた話です。物語のあらすじは広く知られています。

この出来事が起こったのは、バプテスマのヨハネがイエスさまに対して「この方こそ神の子である」という信仰を告白した日の「三日後」(1節)でした。その日にガリラヤ地方のカナという小さな村で結婚式が行われました。そこにイエスさまの母マリアが参列していました。イエスさまも弟子たちと参列しておられました。

そこで事件が起こりました。「ぶどう酒が足りなくなった」(3節)のです。どういうことでしょうか。主催者側の準備不足でしょうか。幹事の責任でしょうか。彼らに落ち度があったのでしょうか。その方向で語られる説教を聴いたことがあります。

そういう要素が全くなかったとは言えないかもしれません。しかし、書かれていることをよく見る必要があります。「イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた」(2節)と書かれています。「招かれた」(カレオーの過去形のエクレ―セー)は「招待された」という意味です。

つまり、主催者は参列してもらいたいと願っている人々をあらかじめ正式に招待していたと考えるべきです。もしそうであれば主催者は参列者の人数を把握していたでしょうし、十分なだけの食事や飲み物を準備していたでしょう。そのための「招待」です。主催者を責めるのは一方的すぎます。

しかし、もしそうであれば、この話はどういうことになるのでしょうか。主催者が十分なぶどう酒を準備していたのにそれがなくなったということは、要するにみんなが調子に乗って飲みすぎていたということではないでしょうか。

「ぶどう酒(オイノス)」(3節)は当然アルコールです。アルコールを飲み過ぎるとどうなるでしょうか。酔っぱらいます。そこにいた人たちは飲み過ぎてすっかり出来上がっていました。それでもまだ調子に乗って「おい酒が足りないぞ、持ってこい」と不満の声を上げていた。かなり図々しい話です。そのような情景を想像するほうがよいのではないかと思います。

しかし、これは結婚式です。お祝いの席です。厳粛な要素もあります。そして何より、招待された人々が集まる場所でした。不特定多数の集まりではありませんでした。

そうだとしたら、主催者側が用意したものが尽きた時点でお開きにしてもよかったはずです。「宴もたけなわではございますが、そろそろお開きとしたいと思います。 本日は忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました」と丁重にご挨拶して、みなさんにお帰りいただいたらいいのです。

ところが、そこでマリアが動きました。イエスさまのところに「ぶどう酒がなくなりました」(3節)と言いに来ました。イエスさまとしては、それがどうしたの、という話です。そのことを私に言いに来て、私にどうしてほしいのですか、とおっしゃってもおかしくないような話です。

普通に考えれば、マリアの要求は「近くのお店までひとっ走り行ってきておくれ」だと思いますが、マリアが息子にお金を渡した形跡はありません。イエスさまはどうしたらいいのでしょうか。立て替えでしょうか、つけでしょうか。何をしてもらいたいのかがさっぱり分かりません。マリアはただ「ぶどう酒がなくなりました」と言いに来ただけです。

そして、このときの状況を想像するに、イエスさまも弟子たちも、おいしいごちそうをいただいてひと安心、さてそろそろおうちに帰りましょう、と腰を上げようとしていた頃です。いくらお母さまのお言いつけだからと言って簡単に引き受けるわけには行かないよと、イエスさまがお断りになっても無理のない状況だったのではないでしょうか。

いや、そうではない。当時の結婚式は何日も続けて行っていたので、お酒が尽きたのだという説明を聴いたこともあります。しかし、もしそうであればなおさら、主催者が追加分を買いに行けばいいだけです。何もわざわざ招待客であるイエスさまを使い走りにしなくてもいいではありませんか。

マリアが言ったのは「ぶどう酒がなくなりました」ということだけです。買って来いとも、借りて来いとも、盗んで来いとも言っていません。しかし、それだけ言われると、かえって困ります。その次の言葉は何かが気になります。どうしてほしいのか、何をしてもらいたいのか。

しかし、イエスさまは賢明な方ですので、お母さまに対して失礼のないように、丁重にお応えになりました。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません」(4節)。

ここで必ず問題になるのは、イエスさまがご自分の母親であるマリアのことを「婦人」(ギュネー)と呼んでおられることです。実のお母さんによそよそしいことを言っている。冷たく突き放した言い方だと説明されることもありますが、そうではありません。

ギリシア語辞典に書いてあることですが、「婦人」に失礼な意味はありません。反抗期の子どもが母親を「ばばあ」呼ばわりしたというような話とは違います。一緒くたにしないでください。

ただ、そうは言っても、それではなぜイエスさまはマリアを「お母さん」とお呼びにならなかったのかは確かに気になります。その理由を考えてみました。あくまでも私の想像です。私が思い至ったのは、イエスさまの近くには弟子たちや結婚式の参列者が大勢いたということです。そこは「公の」場所だったということです。

そういう場所でマリアがしくじりました。マリアには厳しい言い方になりますが、彼女は公の場でイエスさまに対して母親づらをしました。これは公私混同です。そうではないでしょうか。

この結婚式の中でイエスさまはどういう扱いを受けていたでしょうか。若い先生だったかもしれませんが、弟子たちと共に参列なさいました。まるで友達のように「来てもいいけど来なくてもいいよ」というようなどうでもいい扱いで新郎新婦がイエスさま宛ての招待状を書いたでしょうか。それは考えにくいです。むしろイエスさまは主賓扱いだったのではないでしょうか。

もしそうであれば、マリアがしたことはやはり問題です。主賓席に座っている人を公の場で自分の息子として扱い、母親の立場で何かを言いつけようとしました。そういうのを公私混同というのです。

そのことをイエスさまがお気づきになり、マリアに伝えるために、つまり「あなたはこの場所では母親として振る舞うべきではない」と窘(たしな)めるために「婦人よ」とおっしゃったのではないでしょうか。

今申し上げたのと似たようなことが教会で問題になることがあります。具体例をあげるといろいろ差し障りが出てきますのでやめておきますが、牧師と教会との関係の中で難しい問題になることがありうるのは、牧師の家族と教会との関係です。私の家族はそういうことは重々心得ていましたので、教会の中では私に対して個人的に話しかけて来ることもありませんでした。

少し脱線しました。元に戻します。イエスさまがマリアを「婦人」と呼んだのは冷たい言い方ではなく丁寧な言い方です。イエスさまがおっしゃっているのはおそらく次のようなことです。

「親愛なるご婦人のかた、誠に申し訳ありませんが、用意された酒を全部飲み尽くしてまだ足りないと文句を言っている方々の面倒まで、わたくしどもが見なくてはならないとおっしゃるのでしょうか。そのようなことがわたくしどもの出番であると、失礼ですがご婦人はおっしゃっておられるのでしょうか」。

「わたしの時はまだ来ていません」という言葉に深い神学的な意味を読み取ろうとする人々は多いのですが、あまり難しく考えすぎないほうがよいと私は考えます。

イエスさまからそう言われてマリアは引き下がります。しかし、召し使いたちには「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言いつけます(5節)。こういうのを読むと私はカチンと来ます。「自分で買いに行けばいいのに」と言いたくなります。私がまだ反抗期なのかもしれません。

しかし、イエスさまはどこまでも優しい方です。マリアの願いを退けず、しっかりお応えになりました。

そこに石の水がめが6つありました。1つの容積は「2ないし3メトレテス」でした。1メトレテス39リットル。2メトレテスで78リットル、3メトレテスで117リットル。どちらの水がめが多かったのか分かりませんので両方を足して2で割って平均97.5リットルで計算します。

石がめは6つあったので6かけて585リットル。コンビニで売っている手持ちワインボトルのサイズが750ミリリットル。その780本分。65ダース。プロ野球の優勝チームのビールかけはビール3000本とか5000本とかを開けるそうです。それにはかなわないとしても、ワインボトル780本分の「水」はかなりの量です。

イエスさまは召し使いたちに、その6つの石の水がめに「水をいっぱい入れなさい」(7節)、そして「さあ、水をくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」(8節)と言われました。水の重さは1リットル1キログラム。6つで585キログラム。しかも石の水がめ自体が重い。ひとりで運ぶのは無理。何人かで苦労して運ぶことになります。

しかし、ともかく彼らはイエスさまのおっしゃるとおりにしました。そして、その「水」を世話役が味見したところ、なんと驚くべきことに「ぶどう酒」でした。これが「世にも不思議な物語」です。

それが「どのようにして」起こったのかは分かりません。しかしこれだけは言えます。イエスさまはお母さまの言いつけを守られました。楽しい宴は続きました。喜びが持続しました。そのようなことのためにイエスさまは不思議な力を示してくださいました。

この出来事の「意味」は何かがしばしば問われます。いろんな説明があります。いくつか読みましたが、しっくり来る説明は見当たりません。理由は分かっています。この物語の「意味」を説明したがる人に限って、水がぶどう酒に変わることはありえないという前提を初めから持っています。これは事実無根の作り話なのだ。たとえばなしのようなものなのだ。だから「意味」を考えなければならないのだ、という主張です。

そういうのは面白くないです。ユーモアが感じられません。「ありえない」「作り話だ」「うそだ」と言われてしまうと二の句が継げません。思考停止が起こります。

しかし「物は考えよう」です。想像力を働かせる余地がまだたくさん残っています。私もひとつ考えました。ただし「冗談」です。真に受けないでください。

先週の礼拝後、みなさんからきれいなお花をいただきました。名前は覚えています。カスミソウ、芳純、ロイヤル・ハイネス、シャルル・ド・ゴールです。

カスミソウ以外の3つはすべて「バラ」であると、みなさんから教えていただきました。そういうことを全く知らずに51歳になりました。家に帰ってインターネットで調べたら、バラの種類は2万種以上あると書いてあって驚きました。

ワインの種類はどのくらいあるでしょうか。3種類です。赤、白、ロゼ。これは冗談です。産地などが異なる多くの種類のワインがあるようです。そういうこともインターネットですぐに分かる時代です。

私が言いたいのは、バラにしろ、ワインにしろ、たくさんの種類があるということは、それぞれの種類に最初に名前をつけた人がいることを意味している、ということです。

「これはバラである」と見極めた人がいる。新しい色や花びらの形を見つけるたびに名前を付けた人がいる。だれかが「これはバラだ」と決めたら、それが「バラ」になるのです。

私が言おうとしている「冗談」がお分かりでしょうか。ワインボトル780本分の「水」を召し使いたちが抱えて持ってきました。それを世話役が味見しました。その世話役が「これはぶどう酒である」と名付けたから、それは「ぶどう酒」なのです。

私は、イエスさまは素晴らしい力の持ち主であると信じています。しかし、もし仮にその「水」が水のままだったとしても、「ああ、これはなんておいしいワインだ」と楽しむことも可能だと思っています。

それと同じことを、わたしたちは聖餐式のたびごとにしているではありませんか。

「これはわたしの体です」「わたしの血です」と言いながら差し出されるパンとぶどう酒を、わたしたちはイエス・キリストの真実の体と血として味わいます。「ああ、これはなんて血なまぐさい、気持ち悪いワインだ」などとはだれも言いません。

説教も讃美歌もお祈りも同じです。わたしたちが信仰生活の中で味わうものはすべて、多くの想像力を働かせながら楽しむためにあるのです。

(2017年5月28日、日本バプテスト連盟千葉・若葉キリスト教会 主日礼拝)

2017年5月25日木曜日

現代オランダの「3大神学者」とは誰か

本棚の整理が必要だろう

オランダに13年前の2004年まで、訳せばどちらも「オランダ改革派教会」になるNederlandse Hervormde Kerk (NHK)とGereformeerde Kerken in Nederlands(GKN)という2教団があった。両者は2004年5月1日に合同した。

2007年にオランダで刊行が始まった新しい『ファン・ルーラー著作集』の宣伝文に「ファン・ルーラーは、ノールトマンス、ミスコッテと並び称されるオランダ改革派教会の3大神学者の1人である」と書かれている。その「オランダ改革派教会」は上記2教団のうちの前者NHK(エンハーカー)を指す。

それに対し、1983年に「増補版」が出版された東京神学大学神学会編『キリスト教組織神学辞典』(教文館)に「オランダ神学の三巨頭と言えば、ベルカーワー、ヴァン・ルーラー、ベルコフの三人である」(113頁)と書かれている。日本語に訳すとかえって混乱する可能性があるので、整理が必要だ。

食い違いの理由はベルカウワー(前出「ベルカーワー」)がGKN(ヘーカーエン)の人であるのに対し、ファン・ルーラー(「ヴァン・ルーラー」)とベルコフはNHK(エンハーカー)の人だからである。GKN単独で「3大神学者」を言うなら、今でも「カイパー、バーフィンク、ベルカウワー」だろう。

しかし『ファン・ルーラー著作集』の宣伝文が謳うNHKの「3大神学者」は「ノールトマンス、ミスコッテ、ファン・ルーラー」であって「ベルコフ」はいない。理由はベルコフの年齢がこの3人の神学者より若いからではないかと思う。しかし「4大神学者」とすればベルコフが入るかどうかは分からない。

ちなみに、今書いているオランダの神学者「ベルコフ」は「ヘンドリクス・ベルコフ」だが、日本のキリスト教書店に「ルイス・ベルコフ」というアメリカに移民したオランダ人神学者の著書の日本語版も売っている。この2人の「ベルコフ」は全く別人であり、親戚でもない。このあたりも整理が必要だろう。

それにしても、「NHK(エンハーカー)の3大神学者」(ノールトマンス、ミスコッテ、ファン・ルーラー)を言っても、「オランダ神学の三巨頭」(ベルカウワー、ファン・ルーラー、ベルコフ)を言っても、どちらにも登場してくる「ファン・ルーラー」の存在は、最も際立っていると言えないだろうか。

黒い思い出のブルンナー

学年は覚えていないが東京神学大学の学部生だった頃(30年前)、エーミル・ブルンナー(Emil Brunnner [1889-1966])の『教義学』(Dogmatik)第2巻(3版、1972年)を買い、数頁訳して挫折した黒歴史がある。ドイツ語は昔から苦手だ。日本語版がありがたい。




開けてびっくりブルンナー

こんな幸せがあってよいのかと何度も頬をつねる(痛い痛い)。一昨日「ブルンナーを読み直すべきではないか」という題をつけてブログとSNSに載せた記事を読んでくださった方(親しい方です)が、なんと、教文館『ブルンナー著作集』1~5巻をプレゼントしてくださいました。ありがとうございます!

ブログ記事はこちら(↓)です。
「ブルンナーを読み直すべきではないか」





説教分析の問題

国際説教学会紀要『説教研究』第4号(2002年)

説教分析については、熱心な支持者の前では言いにくいが、「分析素」とか言い出す時点で終わっている。「分析素」なる概念さえ知らなかった過去の説教者の文章を色分けするなら問題ない。問題は、自分の説教が「分析素」で色分けされることを初めから意識した芝居がかった文章を書くようになることだ。

説教分析の問題について書くのは初めてである。30年沈黙してきたので、そろそろいいだろう。私の長年の問いは「ハイデルベルク説教分析理論」に絞られる。国際説教学会(ソキエタス・ホミレティカ)が2002年に発行した紀要『説教研究』(Studia Homiletica)第4号が私の手元にある。

その紀要の巻頭論文で、国際説教学会の会長であられたヘリット・イミンク先生が「ハイデルベルク説教分析理論」を短い言葉で批判しておられる。イミンク先生はオランダプロテスタント神学大学の実践神学教授。初代学長でもあられた。実践神学の世界的権威者である。ファン・ルーラーの研究者でもある。

イミンク先生が書いておられるのは、説教分析は重要だが「ハイデルベルクの方法」は採用しないということだ。欠点がある。「いつも同じ質問をもって説教に近づくこと」(you always approach the sermons with the same questions)であると。

その「いつも同じ質問」が、「ハイデルベルク説教分析理論」のいわゆる4つの分析素を指している。(三位一体の)神の言、聖書テキスト、説教者の関与、共同体と社会の状況の4つ。調査対象は「書かれた説教テキスト」で、調査目標は「その説教テキストは実際は(in fact)何を語っているか」。

なされる議論はたとえばこうだ。一見するとこの説教者はこの聖書箇所に基づいて真摯に説教しているようである。しかし我々の説教分析方法で厳密に精査してみると、実際は(in fact)この説教者が聖書の言葉を借りて自分の意見を述べているにすぎないことが白日の下に晒される、など。

最初に教えてもらったとき(おお、なんとちょうど30年前だ)は、よくできた分析方法だとは思った。しかし、なんとも腑に落ちなかった。うまく説明できないが、なんか変だ。その問いを20年近く抱えて悶々としていた。それで今から10年くらい前にイミンク先生の上記の文章に接して、謎が解けた。

イミンク先生の言葉をお借りすれば、彼らは「いつも同じ質問をもって」説教テキストを分析する。その質問が「4つの分析素」だ。色鉛筆で説教テキストを分析素別に4色に塗り分ける楽しいアクティヴラーニングまである。それのどこが問題か。「いつも同じ質問」なら「いつも同じ答え」だろうということだ。

学生時代に暗記ものが得意だったような優等生タイプの説教者にとっては、この宿題はいとも簡単だ。4つの分析素((三位一体の)神の言、聖書テキスト、説教者の関与、共同体と社会の状況)のところで必ずチェックが入ることを先読みできる。減点を免れ、見事なまでの模範答案を書き上げることができる。

しかし、説教とはそういうものなのか。私には疑問でならない。私が最初に書いたことの意味はそれだ。「いつも同じ質問」が出題されることがあらかじめ分かっている人は、自分の説教が「分析素」で色分けされることを初めから意識した芝居がかった文章を書くようになる。これは憶測で言っているのではない。

ご自分の説教テキストを「4つの分析素」で分析される調査対象として惜しみなく差し出すのをいとわない説教者を何人か知っている。その方々の説教テキストを読ませていただくと「説明」や「論理」を意図的に避けているのが容易に読み取れる。「心地よいフレーズの羅列」である。私には薄っぺらく感じる。

説教者自身の思索や葛藤についても「と私は考えました」「と私は悩みました」という仕方で説教テキストに書き込まれることは、全くないとは言えなくても、意図的に削り落とされているとは言える。説教テキストに書かれていなくてもアドリブで言っているのかもしれないが、それは分からない。

字として書いてあるか書いていないか、実際に言ったか言わなかったかはさほど大きな問題ではない。大きな問題は、説教者自身の思索や葛藤の要素は、完全に禁じられてはいないとしても、「4つの分析素」の中で下位に置かれ、どちらかといえば減点対象であり、削れば削るほど評価が高くなることである。

30年の沈黙を破って書いたので、ちょっと疲れた。ひとまず筆をおく(どこに筆が)。

2017年5月23日火曜日

ブルンナーを読み直すべきではないか

エーミル・ブルンナーの単行本(すべて日本語版)

「正統主義はその守ろうとする聖書を変造するという逆説的な結果に至る」
エーミル・ブルンナー Emil Brunner [1889-1966])

「懐かしい」とか言われそうだが、思い出話をしたいのではない。エーミル・ブルンナーの研究はもっとされるべきだ。教文館『ブルンナー著作集』全8巻が高価すぎて6、7、8巻だけ持っているが当然全部揃えたい。ただし過去の単行本をすべて収録する著作集でないのが残念。古い本はどれも崩壊寸前だ。

たとえばブルンナーはこう言う。「神の言と教理との同一視によって...ある特定の教会的教理の体系が...聖書における神の言と等置されたのであった。聖書は、ある所では非常に異なったまた矛盾にさえも満ちた多様性をもつ教理において我々に神の言を語っている、ということが単純に無視された」(ブルンナー『聖書の真理の性格 出会いとしての真理』弓削達訳、日本基督教青年会同盟、1940年、222-223頁)。

ブルンナーが言おうとしているのは、「逐語霊感説」への拒否と、ルター派や改革派などの諸教派の教理体系そのものと聖書の教理体系そのものを「等置」する立場への拒否である。

ブルンナーは続ける。「パウロの神学はヨハネの神学または共観福音書の神学と同じではないし、新約聖書の神学は旧約聖書の神学と同一ではなく、旧約聖書の中でも祭司の神学は預言者の神学と同じものではない。聖書をして、その固有の意味合いで発言させようとする者はそのことを知っている」(同上)。

これを認めない者は、21世紀の神学的状況の中では、もしいても少数だろう。しかし、ブルンナーの時代にはいた。「けれども、正統主義神学はそれを承認してはならないのである。であるから、正統主義神学は、教理のこの相違を無視するか、あるいは比喩的な解釈法によって除去せざるをえない」(同上)。

そして言う。「正しい信仰はこの一つの言は非常に異なった諸教理の中に示されているということを十分自由に認めなければならない。正しい信仰は神の言と教理とを決して同一視しないのである。ところが正統主義はこの区別を知らない。正統主義はその守ろうとする聖書を変造するという逆説的な結果に至る」(同上)。

このブルンナーの引用で私は何を言いたいか。ブルンナーは組織神学者であり、教義学者だった。20世紀に世界的に有名になり、日本の国際基督教大学(ICU)でも教えた。その人が聖書各書の多様性を十分認める発言をしている。ドグマティックでないドグマティック・セオロジアンだった。

こういう発言は無視されてはならない!教義学はまるで二千年の眠りの中にあるかのように、聖書各書の違いなどは一切無視する暴力を働き続ける存在であるかのように誤解され続けたくない!それはブルンナーがそう呼んだ「正統主義者」には当てはまるかもしれないが、全教義学に当てはまるわけではない!

ブルンナーといえばすぐにカール・バルトとの自然神学論争が思い起こされ、どちらが勝ったどちらが負けた、いや引き分けだ、そもそも噛み合っていなかったなど、たいてい勝負や格付けの話になって終わる。なんとも不幸で不当な扱いを受け続けてきた人である。新しい文脈で読み直されるべきではないか。

【注記】上記の弓削達訳からの引用の際、旧漢字・旧仮名遣いを新しいものへと書き換えさせていただいたことをお断りする。

2017年5月22日月曜日

「連続講解説教」の苦しみと喜び

カール・バルト『説教学』(Homiletik)

私自身を含む、聖書のことばをある程度の長さずつに取り分けながら前から順々に解説していく「連続講解説教」を実践する説教者の多くが根拠にするのがカール・バルトの説教論であると思うが、そのやり方がよいとバルトが勧めている理由はかなりシンプルなものである。原文だと次のように記されている。

Bei diesem Modus stellt sich nicht so leicht die Gefahr ein, daß wir uns ausgepredigt und nichts mehr zu sagen haben. (K. Barth, Homiletik, 76)

日本語版だとこうだ。「説教したいことが尽きて、言うことがもうないという危険がはいりこむことは、こういうやり方では、そう簡単には起こらなくなる」(加藤常昭訳、1988年、122~123頁)。言い換えれば、このやり方でないかぎり説教者は同じ話を繰り返すばかりになるだろうということだ。

バルトがあげる理由はもうひとつある。順序はそちらが先である。So daß man sich also der Führung des Wortes überliese. (Barth, ebd.)「そうすることで、み言葉の導きに全く身を委ねるためである」(前掲、加藤訳、122頁)。

この理由も大事だが、バルトが2番目にあげている理由は、必ずすぐに切実な問題になる。しかし「連続講解説教」をする者たちはみな知っていることだが、つらいことがままある。「ここから何のよきものが出ようか」と頭を抱える聖書箇所は少なくない。そのときは説教者も、聴く人々も、苦しむ日となる。

それで「連続講解説教」だけでなくいわゆる「主題説教」や「聖書日課説教」を取り入れているという説教者はいるし、そもそも「連続講解説教」は全くしないと決めている説教者もいる。どういう説教をするかは各教会の伝統にもよる。これらのことを知らずに今私がこういうことを書いているわけではない。

今書こうとしているのは「ここから何のよきものが出ようか」と苦しむ聖書箇所がめぐってきたときのことだ。どうしようもないときがある。説教者の顔は暗いし、聴く人々の顔はもっと暗い。空気は重くどんよりしている。説教者として言いたいのは、そのときは説教者も逃げたい気持ちなのだということだ。

説教が終わり礼拝が終わって、みんなの顔がパアアと明るい日がある。「いい説教でした!」とほめてもらえる日もたまにある。そのたびに「いやいや説教が良かったのではなくて今日の聖書の箇所が良かったんですよ」と思うのだが、それは言わず「ありがとうございます!」とお礼だけ言うことにしている。

「キリスト教学は道徳科目ではない」かどうかを考えてみた

記事とは関係ありません

高校は義務教育ではないものの学習指導要領の拘束下にある点で小中学校と状況が酷似していると思いますが、現時点ではまだキリスト教学校の小中の「道徳」、高校の「倫理」は「聖書」で代替しうるという文科省のお墨付き(良いことか悪いことかはともかく)がありますが、これをめぐる議論はあります。

だけど言うまでもないことですが「聖書」でセンター試験は受けられないし、神学部以外の受験には無関係なので、大学受験を志す生徒にとっては有害無益な無駄時間と化す。それに「聖書」で代替することで「道徳」も「倫理」も教えず学ばず、高校でプラトンの名前もカントの名前も聞かず大学受験となる。

「そんなもんだろ今の高校生なんて」と見下げたことを言い出す人たちもいると思いますが、私などはそういう風潮に「抗し」たいクチなので、高校以下の「聖書」の授業に文科省が教えたがっている「道徳」や「倫理」の要素をできるだけ取り入れるほうがより多く有意味的な授業になるだろうと考えます。

それで、私と似たことを考える教員がどれほどいるかは分かりませんが、少なくない気がします。高校以下の「聖書」の授業までそんな感じで来て、キリスト者推薦や指定校推薦を含む形でキリスト教大学に入学して「キリスト教学は道徳・倫理の科目ではない」と言われると面食らう学生が出てくるかもしれません。

トレルチに言わせると、倫理学は「宗教学がその枠組のなかに組み込まれている上位の最も原理的な学問」だそうです(邦語著作集3巻112頁)。die Ethik die übergeordnete und prinzipiellste Wissenschaft ist, in deren Rahmen die Religionswissenschaft sich einfügt (G.S.2,1922,553)です。

このトレルチの「倫理学」の定義の中の「宗教学」に「キリスト教学」は含まれるものと思われますので、トレルチに言わせれば「キリスト教学」は、より上位の学問としての「宗教学」の一部であり、かつ最上位の学問としての「倫理学」の一部であるということになります。この定義を教会で言うのはまずいですが、学校現場では通用すると私は考えています。

私は聖書学の範疇にカウントされると理解していますが、川島貞雄先生がお訳しになったNTD聖書注解補遺4巻のH.-D.ヴェントラント著『新約聖書の倫理』(日本基督教団出版局、1974年)がありますよね。難しくて私は読みこなせないのですが、大学の「キリスト教学」で用いる価値は十分かと。

私の感覚では道徳というか倫理というか「倫理学」というか、いずれにせよ「人間の生き方を問う学」の要素が、高校以下の聖書の授業なり大学の「キリスト教学」なりから抜け落ちることはたぶんないと思っていますし、ないとつまらないと思っています。

だって「自分の生き方と関係のある話」にしか興味を持たないでしょう、「要するにどう生きりゃいいんだよ」と悩んでいる年代としては。私の勝手な思い込みかもしれませんが。

まあでも、かく言う私も「キリスト教学は倫理学の一部である」とか「倫理学の下位学問である」とか言われるといい気持ちがしないところも無きにしも非ずです。「ちがわい!」と反発したくなります。こちとら神の啓示を扱うのであって、人さまの生き方などどうでもいいわいと(いやそこまでは)。

しかし、ここから先はEKK聖書注解のコンセプトの「影響史」の話ではないかと。聖書解釈に歴史があり、過去の各時代にいろんな読み方がなされ、人間の行為規範にされた。それを時系列でとらえる。過去を無視しないで。

でもそれは、現代の文献学の視点に立てば、未発見の写本とか間違った聖書翻訳等に基づく「聖書誤解史」だったかもしれませんよね。それも私は否定しませんよ。トマスもルターもカルヴァンもウェスレーも誤解の神学者。二千年の教会も聖書誤解の上に立つ砂上の楼閣。あえて言えばそうなるかもしれません。

まあでも、どうなんでしょう。大学や高校以下の純粋にアカデミックな場で「キリスト教学」を営む場合、二千年の教会史を完全にスキップすることは可能かもしれないし、むしろ歓迎されさえするかもしれませんが、それはそれでラディカルすぎませんかね。

二千年の教会史は、「影響史」の観点からすれば聖書解釈史でもあるし、もしかしたら不完全な神の啓示が、とりあえず地上に着地し、人間に聞き取られ、人間の行為規範とされ、教会という難物を生み出し続けてきた一種の「倫理史」ではあるわけですよね。それは学問(勉強)でしかとらえられないと思います。

トレルチのエンチュクロペディーの全貌が明らかにされている文献があるかどうかは残念ながら存じませんが、彼が「倫理学」における「宗教学」における「キリスト教学」という位置づけを主張したのは、私見によれば、というか、私の師匠や同僚と共有する見方によれば、トレルチの「保守主義」ゆえです。

すべて私の言葉で書きますが、ベルリン大学哲学部教授になった元ハイデルベルク大学神学部教授トレルチには、フランス革命後の「世俗化=脱教会化」の時代のヨーロッパ最高峰のベルリン大学の中に「どうしたら神学的思索の場を残すことができるか」という内的心理的葛藤と外的政治的闘争がありました。

それで「かろうじて」見出した場、それが「倫理学」における「宗教学」における「キリスト教学」という位置づけだと私は理解しています。この位置づけの生存権まで奪われれば、少なくとも国家予算によって運営される「国立」大学の中で「キリスト教」を「学問として扱う」権利は喪失したことでしょう。

トレルチの「倫理学」における「宗教学」における「キリスト教学」という位置づけの図式は、これも私見ですが、現在の日本の文科省が認定する高校「倫理」教科書に事実上採用されています。それは偶然ではないと思います。なぜなら高校倫理著者陣の「主流派」が東大卒業生であることは明白だからです。

卒業生でも何でもない私が東大を云々する資格は皆無であることなどは重々承知していますが、あの大学のある時期のマックス・ヴェーバーの位置づけは比類なきものだったと思われ、ヴェーバーは友人トレルチから多くのことを学んだし、互いに影響し合っていた関係であるという実際のつながりがあります。

そういうわけで、最初の私の文中の「(トレルチの図式は)学校現場では通用すると私は考えています」の意味は、「日本の文部科学省の学習指導要領の拘束下にある(特に高等学校の)「倫理」の教科書が事実上トレルチの図式通りになっているという意味で、この図式は「使える」と思う、ということです。

その意味は、このトレルチの「倫理学」における「宗教学」における「キリスト教学」という図式がかろうじてであれ確保されていさえすれば(それを失ってしまえば話は変わる)、日本の公立学校の中で「キリスト教」を「学問」として「教育する」堂々たる権利を確保することができる、ということです。

それと、また考えたことですが、トレルチの基本図式が現実の学校教育課程の中で機能しているうちは「まだまし」だ、ということです。今の日本の大学で「倫理学部」を名乗るところを私は寡聞にして知りませんが、その代わりむしろ流行っているとさえ見えるのが「人間学部」とか「人間科学部」ですよね。

長いのでいえば「総合人間学部」とか「人間総合学部」とか「環境人間学部」とかでしょうか。これらがどれも、100年前のドイツでトレルチが考えた「最上位の原理的な学としての倫理学」と基本は同じです。失礼な言い方かもしれませんが、より目新しい言い方にして看板を掛けかえているだけだと思う。

その「人間学部」の中に「比較宗教学」があるなら宗教者の立場としては単純にありがたい。その中に「キリスト教学」も(also)かろうじてあり、かつそれを教える先生がしっかりアカデミックでありつつ、かつキリスト教に対して「ゆるやかに前向きの姿勢」でいていただけるなら、御の字中の御の字。

もしかして「教会的神学」のトレーニングを徹底的に受けてきた人であれば我々的にはラッキーという感じではないかと。しかし現実はそうならない。教会で洗礼を受ければ水のパワーで頭脳明晰になれるというならまだしも「教会的であること」と「アカデミックであること」を両立できる人は現実には希少。

そういう人材が確保できないので、キリスト教にアンチの人であろうと、宗教に無関心な人であろうと、採用の基準を満たしていれば雇う。それでも「学問的」でなければならないので、その水準を維持しながら「キリスト教学」を教えなければならない。それで歯止めが働くのではないかと。甘いでしょうか。

逆に「神学部」を名乗りながら中身が入れ替えられているほうが、私は問題だと思う。トレルチの図式でキリスト教の学問的地位を保護するほうが健全。どちらが「教会的」でどちらが「リベラル」かをあえて単純化すれば、トレルチの図式のほうが「教会的なもの」をプリミティヴな状態で守り抜けると思う。

2017年5月21日日曜日

信仰生活を始めよう(千葉若葉教会)

ヨハネによる福音書1章32~34節

関口 康(日本基督教団教師)

「そしてヨハネは証しした。『わたしは、〝霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、「〝霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が〝聖霊によって洗礼を授ける人である」とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」

4月から9月まで月2回説教するようにというご依頼を千葉若葉教会の皆さまからいただきました。それでいろいろ考えまして、ある程度連続的な聖書の取り上げ方をするのをお許しいただこうと願うに至りました。ただし、「連続講解説教」というほど堅苦しいことは考えていません。「続きもののお話」というくらいです。それで選ばせていただきましたのがヨハネによる福音書です。

そして、先ほどは1章32節から34節を朗読していただきました。この箇所に登場するのはイエスさまに洗礼を授けたことで知られるバプテスマのヨハネです。「そしてヨハネは証しした」(32節)と記されています。このヨハネの「証し」のことを中心に、今日はお話しします。

「証しした」とは「証言した」という意味です。この言葉が多く用いられるのは裁判所の法廷です。原告側であれ被告側であれその場にいる人々が、被告人について「これこれこういう事実があります」と具体的な証拠をあげて「だからこの人は罪に定められるべきだ」「この人の罪は赦されるべきだ」「この人は無罪だ」などと主張することです。それが「証言」という意味での「証し」です。

その場合重要なのは、具体的な証拠をあげることです。証拠がなければ「証言」とは言えません。ただの思い込みや憶測にすぎません。そして、法廷で証言する人がもしそこで嘘をつけば、証言した人自身が偽証罪に問われ、罰を受けなければなりません。ですから「証言する」とは、虚偽ではなく真実を述べることを意味しますし、そうでなければなりません。

しかし、この「証し」には「証言」以外にも重要な意味があります。それは「信仰を告白する」という意味です。「信仰を告白すること」を意味するギリシア語の表現がこれしかないという意味ではありません。他の表現もあります。しかし、「証しする」という語に「信仰を告白する」という意味があるという事実が重要であると私は考えます。

なぜそう考えるのかといえば、両者に共通する要素があることが分かるからです。それがやはり、証拠・根拠・理由をあげて言うことです。そういうものが一切なく、ただ言い張るのとは違います。「信仰を告白すること」にも「証言すること」と同じように証拠・根拠・理由が必要なのです。

本当にそうでしょうか。そんなことを言われると困るとおっしゃる方がおられるかもしれません。「私の信仰には証拠も理由もない。ただ信じているだけだ。それで何が悪いのか」と。その気持ちは分かります。

だって、神を見たことがある人はひとりもいないのです。それはヨハネによる福音書の中に書いてあることです。「いまだかつて、神を見た者はいない」(1章18節)とはっきりと書かれています。それは二千年前も今も同じです。だとすれば、だれも見たことがない神さまを、だれが信じることができるというのでしょうか。「具体的な証拠をあげてください。嘘をつけば偽証罪に問われます」とまで言われると、どうしたらよいのでしょうか。

ヨハネは「証し」しました。それは「証言した」という意味です。そして同時に、それは「信仰を告白した」という意味でもあります。このときヨハネは「イエスさまこそ神の子である」という彼の信仰を初めて公に言い表したのです。ヨハネはこの日このときから新しい信仰生活を始めたのです。 

「ええっ」と思われるかもしれません。私はこういう言い方をして本当に大丈夫なのでしょうか。

バプテスマのヨハネはイエスさまに洗礼を授けた人です。人間的観点から言えばヨハネはイエスさまの師匠です。年齢的な意味での先輩でもあります。そして、ヨハネはもちろん神を信じていました。十分な意味での信仰者でした。多くの弟子を持つ指導者でもありました。

そのヨハネについて、まるでこのとき初めて信仰生活を始めたかのように言うのは、名誉棄損であり、侮辱ではないでしょうか。

しかもヨハネはやはりだんぜん「先生」でした。みんながみんな同じではないかもしれませんが、かなり多くの「先生」は強いプライドを持っています。そうでなければ「先生」なんか務まらないという面もあります。

この文脈で私が自分のことを言うのはおこがましい限りですが、ほんの少しだけお許しください。前々からお話ししているとおり、私は高校を卒業してすぐに神学大学に入学し、卒業後すぐに牧師になりました。24歳から今年51歳までの27年、牧師をしてきました。

しかももう少し前があります。18歳まで神学大学に入学した最初の年、東京で神学生として奉仕した教会の日曜学校の教師になったときから、教会では「先生」と呼ばれ始めました。18歳で「先生」です。面映ゆかったことを覚えています。つまり私は18歳から51歳まで33年間「先生」をしてきました。人生の64パーセントです。

私自身がそんなふうに呼ばれたがっているわけではありません。しかし「先生」と呼ぶのを意図的に避けられていると感じるときはなんとも言えない気持ちになります。そういうときは私も「先生」であることに慣れ過ぎたかなと反省させられます。

ヨハネはどうだったでしょうか。もちろんまだ別の可能性は残っています。ヨハネにとってイエスさまは自分が洗礼を授けた、いわば自分の子どものような存在でした。年齢も後輩でした。しかし、いわば先生同士であり、同僚が増えたのだと考えることはできそうです。それならばヨハネも「先生」のままでイエスさまも「先生」であるという関係が維持できますので、ヨハネのプライドは傷つかずに済みます。

私は今、どうしてこんな話をしているのでしょうか。そんなことどうでもいいではないかと思われるかもしれません。しかし、今申し上げているようなことが今日の箇所で、あるいはヨハネによる福音書の中で、あるいは新約聖書の中で全く問題になっていないかというと、全くそうではないところがあるのです。どうでもいい話であるどころか大問題になっています。

たとえば1章24節以下はどうでしょうか。ファリサイ派の人々がヨハネにずいぶんずけずけと余計なことを言っています。

「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」。彼らはヨハネに、あなたは何の資格や権限があってそういうことをしているのですかと問うています。

ヨハネは次のように答えています。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人は、わたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない」(26~27節)。

これで分かるのは「あなたが先生かどうか」とか「あなたは誰の先生であり、だれの弟子なのか」とか、もっとはっきりいえば「あなたは誰の上で誰の下なのか」とかいうようなことは決して小さな問題ではなく、大問題だったということです。

順位とか、格付けとか、資格とか、そのようなことは本人が気にしていなくても、周りにいる多くの人にとっては興味津々であるということです。

だいたいどこでも同じです。人が2人3人集まってだれかのうわさを始めれば、たいていその話題になります。人事の話がいちばん盛り上がります。そして、その話題の参加者の心を支配しているのは「あの人は自分よりも上なのか下なのか」というような、競争心や劣等感に基づく関心です。

ヨハネはそういう感覚からすっかり解放されていたでしょうか。もしそうだったとすれば、ヨハネという人はものすごく謙遜で偉大な人だったと言えます。だってそんな人、そうそういないですから。

あるいは、それと同じ理由で、全く逆の方向でヨハネを悪く否定的に評価することも可能性としてありえます。ヨハネという人は、後輩に追い抜かれようと、ライバルに出し抜かれようと、全く気にならない人でした。この人はとっても変わり者で、この世離れしている、世捨て人でしたという評価になるかもしれないし、実際はその可能性のほうが高いわけです。

現実のヨハネがそうでした。彼はユダヤ教の「エッセネ派」に属する禁欲主義者でした。生活様式は「らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べものとしていた」(マタイ3章4節)というものでした。

どのように生きようとすべては個人の自由です。差別してはいけません。しかし、当時のユダヤ社会の中でのヨハネの生活様式が、他の人とはかなり異質であったという意味で「特筆すべき」ものであったことは否定できません。

そういうわけですので、「ヨハネはそういう人だったのだ」と言って片付けてしまうことも可能かもしれません。そのような、風変わりでこの世離れした人がイエスさまのことを「その履物のひもを解く資格もない」とか言って尊敬し、「この方こそ神の子である」と言い始めたのだと。

つまり、ヨハネのようなそういう人だから、そういうことができたのだと。自分についての他人の評価など全く意に介さないし、プライドがないから競争もしない。そういうタイプの人だから、自分よりも若くて後輩のイエスさまに従うことができたのだと。そのような片付け方です。

私は今おかしなことを言っているように聞こえているかもしれません。しかし、実際にはよくある話です。「宗教を求める人だとか信仰の道を志す人だとかは、そもそもそういうこの世離れしていてプライドがない人たちなのだ。だからそういうことができるのだ」と。こういう話はよく耳にします。

実際のヨハネがどういう人だったのかは、ヨハネ自身に訊いてみなくては分かりません。私は今、いくつかの可能性を申し上げているだけです。しかし、私自身はもう少し違う次元のとらえ方をしているつもりです。とはいえ、それをどう説明すれば納得していただけるのかがよく分からないのです。

それは今日の箇所でまだ触れていないところです。ヨハネが「証し」したその内容そのものです。最も大事なところなのですが、どう説明すればいいのかがよく分からないので、後回しにしました。

それは「わたしは、〝霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た」(32節)と記されていることです。

もうひとつあります。「水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『〝霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。わたしはそれを見た」(33節)です。

これでヨハネは、私の証言は思い込みではないと言おうとしています。ヨハネを「遣わした方」とは「神」(1章6節)です。イエス・キリストの父なる神です。その方があらかじめヨハネにお告げになっていたことがそのとおり起こった。だから真実なのだと言おうとしています。

つまりヨハネの「証し」には2つの要素があるということです。第一は「イエスに聖霊が鳩のように降るのを見たこと」、そして第二は「そのようなことが起こるとあらかじめ告げられていたことがその通り起こったこと」です。

ちょっと待ってくださいよ、そんなことが「証拠」であるはずがないではありませんかと思われるかもしれないわけです。その疑問はある意味で当然です。

聖霊(?)が鳩のように降る(?)のが「どのように」見えた(?)のか。そもそも、聖霊は人の目に見えるものなのか。見えるというなら「どのように」見えるのか。

そして、そういうことが起こると「どのように」あらかじめ告げられた(?)のか、そのあたりを言ってもらわないと、なるほど確かに「証拠」ではありえないわけです。

ヨハネの「証し」の内容は信仰そのものです。つまり、彼の「信仰告白」の根拠は信仰なのです。それでは納得できないとお思いになる方はおられるでしょう。

しかし、ひとつだけ申し上げておけば、そのような疑問のすべては合理主義的な考え方です。物理的な現象しか「証拠」として認めないわけですから。しかし、わたしたちの現実はそのようなことだけで説明できるものではありません。多くの異なる次元の事柄があります。それをどう説明するかは本当に難しいことです。

「聖霊は鳩のように降ります!神のお告げはあります!」

私もそのように言い張っておきます。

(2017年5月21日、日本バプテスト連盟千葉・若葉キリスト教会 主日礼拝)

2017年5月16日火曜日

Windowsタブレットにデータを詰め込んでいます

私はいま何を必死でしているのかと言えば、まもなく私は「出かける」機会が多くなるだろうとの観測に基づき、1万円強で買って1年間休眠させていた中古Windowsタブレットに、今後常に持ち歩くべきデータを詰め込むという、私の終生のミッションたる「伝道と教育」に欠かせぬ重要な作業である。


やったやっとつながった。よく分からなくて手間取ったが、デスクトップのプリンターをタブレットと共有できた。これでタブレットから直接印刷できる。このタブレット、丸1年放置していたが、けっこう使えそう。Windows10を持ち歩く機動性は得がたい。加速装置を2回押した感じだ。カチカチ。