2008年7月16日水曜日

基本的立場と主張

1) 説教と日曜日の礼拝を重んじる。日曜日の礼拝はキリスト者と教会の生命であると信じている。礼拝説教の基本的なスタイルは、聖書各巻の内容を少しずつ解き明かしていく「連続講解説教」である。ただし、説教の内容が聖書の歴史的・文法的研究の披瀝や神学用語解説のようなことに終わるのではなく、礼拝出席者の日常生活にとって慰めや励ましになる「普通の言葉」であることを目指している。同僚牧師や神学生の説教に対しても、「もっと普通の言葉で語れないものか」と、(自分のことを棚にあげて)不満を感じていることが多い。

2) 聖礼典(洗礼・聖餐)は重んじるが、形式はできるだけ簡素であるほうがよいと信じている。教会とは「地上における神のみわざ」であり、かつ洗礼における誓約に基づく信仰者の共同体であると信じているので、洗礼を受けていない人や信仰を告白していない人に対する無差別配餐のようなことは行わない。また病床聖餐や訪問聖餐も原則として行わない。家庭や病床への訪問において大切な要素は、ミステリーではなくデリカシーである。病者や弱者、また臨終の床にある人に接するあり方は重厚な(そして多分に押し付けがましい)儀式性を介してよりも、普段着のそっとしたふれあいや「普通の言葉」による慰めのほうがふさわしいことは火を見るより明らかである。また、聖餐の品々(パンとぶどう酒)は個別に受け渡されるべきではないと、改革派教会の伝統(特にウェストミンスター信仰告白第29章の伝統的な解釈)に基づいて信じている。

3) 礼拝や儀式の場でガウンや祭服等は着用していない。そういうものは私には似合わないと思っている。ただし、牧師のガウン着用は(神学的に)間違っていると言いたいわけではない。自分用のガウンを持っていないだけのことである。先日行った結婚式の際に先輩牧師からガウンを借りて着用したところ、「式の雰囲気がしまって見えた」とか「大勢いる中で誰が牧師かが一目で分かって良かった」などわりと好評だった。礼服がかなり古くなってきたのと、ダイエット(下記参照)の効果でブカブカになったため、ガウンをボロ隠しにしようと思っただけなのであるが。

4) 聖書解釈の際には使徒信条をはじめとする基本信条および古代教父の神学、16世紀の宗教改革者とくにスイスの宗教改革者ジャン・カルヴァン[1509-1564]の諸教説、またハイデルベルク信仰問答やウェストミンスター信仰規準などに告白されているプロテスタント教会の伝統教説(とりわけ歴史的改革派神学におけるそれ)を重んじる。同時に、宗教改革時代(16~17世紀)の教説には時代的制約や未解決点が多数あることを認める。世界の神学と教会における「さらなる宗教改革」の必要性を感じている。

5) 現代の組織神学者の中で最も信頼するのは、オランダの改革派神学者アーノルト・アルベルト・ファン・ルーラー[1908-1970]である。現代の「歴史的・批評的な」聖書学の諸成果についても、できるだけ傾聴したいと願っている。行動と実践の面で尊敬しているのは、ディートリッヒ・ボンヘッファー[1906-1945]とマザー・テレサ[1910-1997]とマルティン・ルーサー・キング・ジュニア[1929-1968]である。

6) 礼拝の中でうたう讃美歌は、プロテスタント教会の伝統の中で育まれてきた古典的なものを重んじる。16世紀のジュネーブ詩編歌を日曜日の礼拝に取り入れている。礼拝以外の場所では、いろんなジャンルの音楽を好んでもいる。楽器というものを何一つ自分では演奏できないことと楽譜を読むことができないことを恥ずかしいと思っている。それでもいつの日かエレキギター(ストラトキャスター)を弾けるようになりたいと心ひそかに願っている。憧れのギタリストはもちろんジミー・ペイジである。自動車の中でいつも聴いている音楽は「コブクロ」である。歌うのは好きなほうで、たまに家族でカラオケに行く。賛美歌コーラスのパートはテノールである。低い音は出ない。高校くらいまでは、風体に似合わずボーイソプラノっぽかった。



7) 個人と教会と社会の相互的な協力関係を重んじる。教会の礼拝と個人の生活が喜びに満ちたものになっていくことを祈りつつ働きかけると同時に、可能なかぎり積極的に社会の安全や公平性に寄与したいと願っている。地域への奉仕活動や学校のPTA活動などには、時間の許すかぎり参加している。それらの場で人々を教会に勧誘することは、意識的に避けている。むしろ、地域の人々と共に働き、信頼される人間になることこそが「伝道」であると信じている。個人の自由と人権は最大限に尊重されなければならないと思う。

8) 政治への関心は国内・海外問わず強いほうであるが、立場は左翼でも右翼でもない。しかし「どちらでもない」というよりは「どちらでもある」という、より包括的な二枚腰(二枚舌ではない)のスタンスのほうが、政治を見つめる目としては正しいような気がしている。現時点で固定した支持政党はない。それよりも、キリスト者の倫理的誠実さに期待する思いのほうが強くある。キリスト教の洗礼を受けている人々の中から国会議員となる政治家が多く起こされることを、ひたすら祈り願っている。究極的には、ヨーロッパ型の「キリスト教民主党」が日本に生まれることを、わりと真剣に(そしてかなり無邪気に)期待している。

9) 読書は好きなほうだし、高校時代は「文学部」に属して同人誌発行の広告主探しのために奔走していた過去さえあるが、それほどの文学青年でもない。日本や海外の著名な文学者の書物を、最初から最後まで読み通せたためしがない。「国木田独歩、読みましたか?」とか「遠藤周作や三浦綾子の世界は、なかなか深いものがありますね」とか「ドストエフスキー、面白いですよね?」とかいう話題をふられると、恥ずかしくて逃げ出したくなる。小説や童話の空想世界にはほとんど付き合うことができない(自分のそういうところは欠点であると思っている。映画やテレビやアニメなどになっていれば見ようという気になることがあるが、それとても三回くらい繰り返して見ないと、話の筋道を把握できない。思考回路のどこかしらに何かしらの欠落があるようだ)。プラトンやアリストテレス、またデカルトやカントやヘーゲル、さらにハイデッガーやデリダなどの哲学書も買い求めて開いてはみるのだが、実は全く興味を抱くことができない。結局いつも読みふけっているのは、聖書と神学書、そして朝日新聞と週刊少年ジャンプである。香山リカ氏と養老孟司氏の本は面白いし、「かなり当たっている」と思う。最近読み直した福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、あまりの毒舌と言いたい放題なところが面白かった。

10) スポーツやトレーニングというものに真面目に取り組んだことはいまだかつて一度もない。中学・高校の一時期、柔道部に所属したが、ものにならなかった。それでも1986年6月にスクーターに乗っていた私に軽トラックが接触し転倒した交通事故の際、柔道仕込みの受け身がとっさに出て、頭部を強打せずに済んだ。その後10年間、頚椎捻挫の後遺症で苦しむことになったが。2007年2月より、一日一時間のウォーキング(5km)を始めたところ、半年で体重が10kg減量した(そこでストップしてしまっているが、リバウンドもしていない)。やってみるものだ、と自分で驚いている。愛用スニーカーは「ナイキ」である。普段着はすべて「ユニクロ」である。自動車はほぼ毎日乗っているが、車種などにはまるで興味がなく、ナンバーさえ覚えていない。最も苦手なことは、論理的脈絡のない数字の羅列を記憶すること。自分の携帯電話(ドコモ)の番号が、なかなか覚えられない。逆に、いつまでも忘れることができないのは、自分が参加した会議の場での議論の内容(耳で聞いた音声)である。

11) 複数の各個教会間の協力関係のあり方としては、「長老主義」(プレスビテリアニズム)が最良であると信じている。ただし、大会(ジェネラル・アセンブリ)や中会(プレスビテリ)の過度の肥大化や強権化が各個教会の自主性を阻害するように機能することに対しては危惧を持つ。大会も中会も、そして日本政府も国際連合のようなものでさえも「小規模政体」(スモール・ガヴァメント)であることを願う。

12) 全キリスト教会一致運動(エキュメニズム)に対しては積極的かつ肯定的でありたいと願っているが、同時に、この運動の進展は各教派の伝統が最大限に尊重されるかぎりにおいてのみ可能であると信じている。したがって、当面の課題は「改革派エキュメニズム」であると信じている。日本国内の改革派・長老派諸教会は最終的に(再)合同して、ひとつの教団を形成すべきであると思う。


2008年7月13日日曜日

喜びまで考えぬけ


マタイによる福音書14・13~21

「イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った。イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた。夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。『ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう。』イエスは言われた。『行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。』弟子たちは言った。『ここにはパン五つと魚二匹しかありません。』イエスは、『それをここに持って来なさい』と言い、群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。」

今日開いていただきましたのは、おそらく皆さまも繰り返し学んで来られた個所です。わたしたちの救い主イエス・キリストが、五つのパンと二匹の魚をもって男性が五千人、女性や子どもたちを合わせればおそらく一万人くらいはいたでありましょう人々の空腹をたちどころにいやしてくださった、ひとつの奇跡物語です。

この出来事をイエスさまはまさに奇跡として行ってくださいました。そのことをわたしたちは信じる必要があります。しかし、この物語には、この点以外にも注目すべき豊かな内容があります。今日はその中のひとつを取り上げたいと思います。

イエスさまがお聞きになったのは、バプテスマのヨハネが殺されたという知らせでした。なぜヨハネが殺されなければならなかったのかをご説明する時間はありません。今考えてみたいのは、その知らせをお聞きになったイエスさまのお気持ちです。

間違いなく言えそうなことは、深く傷ついておられただろうということです。つらくて悲しい思いをもっておられたに違いありません。心も体も疲れ果てておられたでしょう。だからこそイエスさまは、「ひとり人里離れた所に退かれた」のです。

ただし、より正確に言いますと、「ひとり人里離れた所に退かれようとした」です。それは実現しませんでした。群衆がイエスさまを追いかけ、押し寄せて来ました。イエスさまは、おひとりになることができなかったのです。

しかし、イエスさまは本当に忍耐強くふるまわれました。だれよりも御自身がお疲れになっていたでありましょうのに、大勢の群衆を見て「深く憐れんでくださり」、病気の人をいやしてくださいました。イエスさまとはそういう方なのです。

イエスさまの周りには「群衆」がいました。それは非常に大勢の人です。わたしたちの仕事のなかで何が疲れるかといって、ひと相手の仕事くらい疲れるものはないと思います。相手が人間である。それぞれの人々にそれぞれの人生があり、苦労があり、考え方や価値観があります。それがまた一人一人違うのです。その一人一人の存在を受け入れ、理解し、助け、力づけること。これは重労働なのです。

イエスさまはその仕事を一生懸命に果たしてくださいました。そしていつの間にか日が暮れていました。しかもその場所は、イエスさまがそもそも「ひとり人里離れたところに退こうとされた」場所でした。繁華街ではありませんでした。そのため、弟子たちが提案したのは、群衆を解散させ、各人の夕食は各人で、村で買ってもらいましょうということでした。彼らとしては当たり前のことを言ったつもりだったと思います。

ところが、そのときイエスさまが弟子たちにお答えになったことは、おそらく弟子たちにとっては厳しいと感じる内容でした。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べるものを与えなさい」。

これがなぜ「弟子たちにとっては厳しいと感じる内容」なのでしょうか。ぜひ考えてみていただきたいことは、夕方になるまで「弟子たち」は何をしていたのだろうかということです。その答えは今日の個所には何も記されていません。しかし全く分からないわけでもありません。「弟子たち」は、イエスさまが一生懸命に働いておられたときに何もせずにぼうっとしていたわけではなかったはずです。

「弟子」の仕事は、イエスさまをお助けすることです。それ以外の何ものでもありません。イエスさまが一生懸命働いておられたとき、そのイエスさまをお助けする弟子たちもまた、一生懸命に働いていたに違いないのです。

考えられるのは次のことです。イエスさまとしては、そもそもヨハネが殺されたという出来事のなかで傷つき、疲れておられました。しかし、その御自分の心と体を鞭打って、群衆の一人一人を助ける仕事を果たされました。そしてそのときイエスさまの弟子たちも同様に、イエスさまと共に一生懸命働いて、心も体も疲れ果てていました。そのとき弟子たちは、おそらくほとんどダウン寸前だったのです。

ところが、その弟子たちに対してイエスさまは、群衆の夕食の準備を「あなたがたが」、つまり、あなたがた弟子たちがしなさいと言われたのです。

「いやいや、イエスさま、ちょっと待ってください! わたしたちも疲れているのです。わたしたちもボロボロです。そのわたしたちがどうして群衆の夕食の世話までしなければならないのでしょうか。そこまでサービスする必要や責任は、わたしたちにはないのではないでしょうか。サービス過剰ではないでしょうか。群衆たちはいわば勝手についてきただけではないでしょうか。自分の食べ物を買いに行くことは自己責任ではないでしょうか。ぜひ『どうぞご自由に』と言ってください。食べたい物を、食べたいだけ、どうぞご勝手に食べてもらったらよいのではないでしょうか」。

おそらく弟子たちは、そのように言いたかったのです。

ところが、イエスさまは、弟子たちをあえて酷使なさったのです。「わたしたちも疲れている」という文句を言わせなかったのです。「あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」。そこまで世話をすること、すなわち、人々の心の世話だけではなく体の世話、食事の準備まですることが、あなたがた弟子たちの責任であり、使命でもあるということを、イエスさまは明らかになさったのです。

しかし弟子たちは、横暴とも感じられるイエスさまのご命令を前にして、明らかに抵抗しています。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません」。この弟子たちの言葉はイエスさまに対する抵抗の言葉として読むことが可能です。

弟子たちがイエスさまに提案したことは、群衆たちには「村に」食べ物を買いに行かせましょう、ということでした。ところが、イエスさまは「あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」と言われました。その言葉は、弟子たちの耳には、明らかに「彼らの食べ物を、あなたがたが村まで行って買ってきなさい」と聞こえたはずです。

そんなことができるものかと、彼らは抵抗しているのです。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません」の「ここ」に込められている意味は、わたしたちは「ここ」から一歩も動きませんし、動けませんということです。「わたしたちだって一生懸命に働いたのです! わたしたちもボロボロです。群衆もお腹をすかしているかもしれませんが、わたしたちのお腹もすいています。イエスさま、これ以上わたしたちに何をさせようとなさっているのでしょうか。いいかげんにしてください」。彼らはこのように言いたいのです。

こういうのを今の言葉でいえば“キレる”というのです。弟子たちはイエスさまの言葉にキレたのです。「わたしたちはここから、もう一歩も動きません。ここにある、この五つのパンと二匹の魚、これで何とかできるようでしたら、どうぞ何とかなさってください。わたしたちはもう知りません」。これは一種のストライキです。座り込みのようなものです。横暴な命令にはこれ以上従うことができませんという、抵抗の姿勢です。

そのような弟子たちの態度をご覧になったイエスさまが遂に行ってくださったのが最初に申し上げた奇跡です。イエスさまは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちに渡し、群衆に配らせました。それによってすべての人のお腹が満たされたのです。

この奇跡の意味は何でしょうか。もちろんいろんな読み方が可能でしょう。しかし私は今日、その中のひとつのことだけを申し上げておきます。それは、人々のお腹を満たすという仕事を弟子たちが引き受けないならば、すなわち、「そこまではわたしたちのなすべき仕事ではない」と彼らが拒否するならば、「その仕事をわたしがする」というイエスさまの態度決定の表われであるということです。弟子たちがストライキをもってその部分の働きを拒絶するならば、御自身ひとりでそれをするということです。

言い換えるならば、イエスさまのもとに集まった人々の心の世話だけではなく体の世話、たとえば典型的に「食事の準備」という点は、いつもイエスさま御自身と共に生きている弟子たちが本来果たさねばならない仕事であるということです。

ここまで申し上げれば、皆さまにはすぐにご理解いただけるでしょう。私が考えていることは、今日の個所に登場する「弟子たち」の姿は、わたしたち自身の姿、現在の教会の姿と重ね合わせて見ることができるだろうということです。この個所を読みながらわたしたちが考えなくてはならないのは「教会の役割と使命とは何か」という問題です。

もっとも私自身は、花見川キリスト教会の礼拝に参りましたのは今日が初めてであり、皆さんがふだんどのように活動しておられるかを全く存じません。皆さんへの批判や要望のようなことを申し上げる意図はありません。そういうことではないということを、ぜひ信頼していただきたいと願っています。ごく一般論としてお聴きいただいたいのです。

私が申し上げたいことは、教会の役割と使命は、人間の心に関わるだけではなく、人間の体にも関わるということです。このあたりから教会のみんなで一緒に食事をとる機会を増やすべきだという話題に切り替えても構いませんが、私が申し上げたいことはそのようなことだけではなく、もっと根本的なことです。

わたしたち教会の者たちが真剣に考えなければならないことは、信仰と生活の関係であり、教理と倫理の関係であり、神の御言葉と現実の関係です。教会が取り組むべき課題は、精神的なことだけではなく、肉体的なことでもある。生活の問題、倫理の問題、現実の問題は、付け足しのようなものではなく、本質的なものであるということです。それらの問題に取り組むことを、わたしたちは面倒くさがるべきではないのです。

教会がとことんまで追い求めてよいこと、追い求めるべきことは、わたしたちの「喜び」です。「喜びまで考えぬくこと」、すなわち、どうしたらわたしたちが「喜びに満たされた教会」になるのか、またわたしたちが生きている現実が「喜びにあふれたもの」になるのかを徹底的に考えぬくことが重要です。その際に重要なことは、「喜び」とは心の問題だけではなく、体の問題でもあるということです。

愚痴のようなことを言いだせば、きりがありません。愚痴はできるだけ抑えましょう。それはわたしたちに何の益ももたらさないでしょう。できるだけ楽しいことを考え、語り合いましょう。それが豊かな益をもたらすでしょう。

(2008年7月13日、花見川キリスト教会礼拝説教、東関東中会講壇交換)

2008年7月8日火曜日

人間的なるものを全面的に否定する罪

先月末に二週連続で行った研究発表と講演(カルヴァンファン・ルーラー)で私が最もお伝えしたかったことは、もちろん、「人間的なるもの」という言葉を“批判的・否定的・糾弾的な”意味で用いてきた、日本の教会にも色濃く流れ込んでいるある種の「教会的伝統」に対する強い批判の気持ちです。「そういう言葉遣いはもうやめようではないか」という具体的な提案です。この批判と提案の根拠、つまり、「人間的なるもの」という言葉を悪い意味で語る伝統は打破されなければならないと主張するための神学的な根拠を、16世紀のカルヴァンと20世紀のファン・ルーラーという二人の神学のなかに見出すことができると申し上げたいのです。しかしまた、カルヴァンには「人間的なるものイコール(=)罪深いもの」という、この同一性の主張が全く無いとは言いきれません。この点のカルヴァンの“苦しい分裂”にファン・ルーラーは「否」を突きつけたのです。「人間的なるもの」は「罪深いもの」とイコール(=)ではありません。これは「キリスト論的視点」か、それとも「聖霊論的視点」かという問題には、直接的には関係ありません。むしろ、直接的に関係しているのは、おもに創造論です。「神は人間的なるものを初めから本質的に罪深いものに創造された」わけではないのです。被造性の本質は「はなはだ善きもの」(erant valde bona)なのです。もちろん、創造後の「堕落」の問題は無視できません。しかし、「堕落」の意味は、「被造性(creativity)の喪失」です。それゆえ、イエス・キリストの贖いのみわざ(redemptio)によって成就した「堕落からの救い」の意味は、「喪失した被造性の“回復”」です。このことを改革派神学は「再創造」(recreatio)と呼んできたのです。ファン・ルーラーは、この線に全く立っています。「人間的なるもの」は「罪深いもの」とイコール(=)ではありません。「我々人間は当然(naturally)罪を犯すのだ」と語ってはなりません。罪をナチュラライズしてはなりません。「我々人間は罪のあらゆる誘惑に打ち勝たねばならない」と語らなければなりません。罪の問題はいささかも軽視してはならないのです。しかし、そのこと(罪の問題をいささかも軽視しないこと)と、「人間的なるもの」という言葉をもっぱら“否定的・批判的・糾弾的な”意味で用いてもよいとすることは別問題です。たとえば、「人間的なるものを全面的に否定する罪」があると思います。「人間嫌いの罪」があると思います。「地上の生を否定/軽視する罪」、「自暴自棄になる罪」、そして「ただ天上の生のみを憧れる罪」、「早く地上を去りたいと懇願する罪」があると思うのです。いま書いたことは、原理的な問題というよりも、現実の問題です。この現実の問題に対してキリスト論的視点からだけで答えを出せるでしょうか。私の見方では、わたしたちがキリスト論的視点から聖書を読み、人生と世界について考えているときに常に随伴してくる宗教的感情は、「殉教」です。「自らの殉教を喜んで受け入れる罪」を語るつもりはありません。しかし「地上の生への執着心」それ自体を「罪」と呼ぶことはできないと思っています。どのような逆境の中にあっても、人は生きてよいし、生きなければならないし、生き延びる道を探し続けなければなりません。「後期高齢者」という用語を不愉快に思っている方が、教会にも大勢おられます(教会も「少子高齢化」です)。私は「後期高齢者」になられた方々には「地上の生への執着心」をできるだけ多く持っていただきたいと願っています。「早く天国に行きたい。周囲に迷惑をかけないままポックリ逝きたい」。こういう話を(人前で)するのはやめてもらいたい。「後期高齢者」になられた方々には、どうぞ遠慮なく、周囲の人々に迷惑をかけていただきたいと願っています。ただし、愚痴ばかり言わないで。謙遜に「人の世話になること」を覚えてほしいものです(これ私の愚痴ですね、すみません)。



2008年7月7日月曜日

説教は「受肉」しない

ファン・ルーラーの「キリスト論的視点」と「聖霊論的視点」の区別の意図の一つは、「キリストの人間性」としての(それ自体は独立した人格性(ペルソナ)を有さない)“肉”(サルクス)と我々自身が有している「人間の人間性」とを厳密に区別することでした。この両者を区別することに、どのような実際的な意味があるのでしょうか。即座に挙げることができる一つの例は、もし我々が事柄を神学的に厳密に語ろうとするならば、我々が行う説教は決して「受肉」しないということです。我々の説教は「受肉」しません。なぜかというと、我々の説教は(三位一体の神の第二位格としての)“永遠のロゴス”そのものではありえないからです。もしそのようなものであるとするならば、我々の説教は完全にアンタッチャブルなものになってしまいます。誰もそれを批判することができない、まさに無謬で無誤の言葉に化けてしまいます。また、その場合には、説教者の存在は“肉”(サルクス)にすぎないものとみなされざるをえません。そのとき説教者は、まるで理性や感情をもたない機械じかけの存在でなければならないかのようです!我々の説教は「受肉」するのではなく、いわば「内住」するのです。説教は、聖霊のみわざにおいて、語る者の「人間的なるもの」を通り抜けて、聴く人の「人間的なるもの」のなかへと注ぎ込まれ、混ぜ込まれ、練り込まれるのです。我々は、説教において説教者自身の「人間的なるもの」が反映されることを、なんら恐れるべきではありません。たとえば、説教において「と思います」と語ること、「わたしの証し」を織り交ぜること、あるいは葬儀説教の中で「故人について」語ることは、なんら非難されるべきことではありません。いかに厳密かつ徹底的な釈義を経ようとも、我々の説教が“純粋な神の言葉”へと蒸留されることはありえません。説教とはそのようなものであると思い込んでいる人には、何か大きな勘違いがあるのです。そのように教え込んだ教師の責任は重大です。ファン・ルーラーの言葉を借りると、説教は、どこまでも「人の手垢がついた言葉」であり続けるのです。



2008年7月6日日曜日

パウロ、王の前で語る


使徒言行録26・1~11

ユダヤの王アグリッパがパウロに「自分のことを話してよい」と言ったので、パウロは話しはじめました。場所はカイサリアです。パウロの話を聞いていたのは、アグリッパとベルニケ、ローマ人総督フェストゥス、千人隊長たち、そしてカイサリアのおもだった人々でした(25・23)。

「アグリッパはパウロに、『お前は自分のことを話してよい』と言った。そこで、パウロは手を差し伸べて弁明した。」

パウロが差し伸べた手、また足には鎖がかけられていました(26・29)。パウロはとても惨めな気持ちを、半分以上は持っていたに違いありません。

しかしパウロは実に堂々としています。おそらく彼にとっては、相手がだれであれそういうことは全く関係なかったのです。パウロは、人間を恐れるということを知りませんでした。それは彼の性格にも関係していたかもしれませんし、また彼がこれまで受けてきた様々な訓練や試練の結果かもしれません。

けれどもやはり、わたしたちが考えなければならないことは信仰です。生ける真の救い主イエス・キリストへの信仰が、パウロを強くしたのです。

パウロがアグリッパに言わなかったことは「この鎖を外してください」ということでした。「この鎖さえ外してくださるなら、こんな信仰など喜んで捨てます」ということでした。パウロにとって自分の命よりも大事なもの、それが信仰でした。信仰が、彼の存在を支えていたのです。

今日取り上げますのは、アグリッパの前でパウロが語った言葉の前半部分です。この中でパウロは、いろんな意味で“微妙なこと”を語っています。何が微妙なのでしょうか。最初に二つだけ、注目すべきポイントを挙げておきます。

第一は、パウロ自身のいわゆる“立ち位置”に関する問題です。彼自身はどこに立っているのかという問題です。とくにポイントはパウロが繰り返し用いている「ユダヤ人」という言葉です。

なぜこの「ユダヤ人」という言葉が問題になるのかというと、申し上げるまでもないことですが、パウロ自身もユダヤ人だったからです。ユダヤ人であるパウロが「ユダヤ人」の話をしているのです。それは、日本人である私が「日本人」の話をするのと同じです。その言い方には明らかに(精神的に)“距離を置こうとする”気持ちが含まれています。

そして、もう一つ重要なことは、このときパウロの目の前にいたアグリッパ王もユダヤ人であったということです。問題は、ここでパウロはすべてのユダヤ人とアグリッパ王にけんかを売っているのでしょうかということです。そのように読めなくもありません。

しかし、パウロの言い方は非常に微妙なものです。明らかに距離を置きながら、しかしまたパウロは、自分自身も十分な意味でユダヤ人であるという明確な自覚をもって語っています。そこには痛みがあり、悩みがあり、苦しみがあります。彼が語っている批判的な言葉の銃口が、彼自身にも向けられているのです。

第二のポイントは、今日取り上げます個所ではとくに、パウロ自身の過去について語られているということです。

パウロはかつて熱心なユダヤ教徒であり、また熱心なキリスト教迫害者でした。わたしたちが考えなければならない問題があります。パウロは自分のそのような過去について、今ここで胸を張って堂々と語っているのでしょうか、という問題です。

頭でも掻きながら、「いやあ、じつは私もねー、その昔はキリスト教なんか全く信じていなかったし、教会とか通っているような人間なんて殺してやりたいくらい大嫌いだったんですよー、あははー」とでも言うような感じで。ニヤニヤしながら。

私はこの個所をどう読んでも、そのように読むことはできません。パウロは明らかに、自分の過去を恥じています。ここにも痛みがあり、悩みがあり、苦しみがあります。反省と悔い改めがあります。しかし、それならばなぜパウロは、そのような恥ずかしくて痛く苦しい自分の過去をあえて口にするのでしょうか。彼は何を言いたいのでしょうか。

「『アグリッパ王よ、私がユダヤ人たちに訴えられていることすべてについて、今日、王の前で弁明させていただけるのは幸いであると思います。王は、ユダヤ人の慣習も論争点もみなよくご存じだからです。それで、どうか忍耐をもって、私の申すことを聞いてくださるように、お願いいたします。』」

最初にパウロは、アグリッパ王がユダヤ人の慣習も論争点もすべて知っている人であると言っています。これは明らかに相手の立場や知識を尊重している言葉です。皮肉や嫌味を言っているのではありません。けんか腰で突っかかっているのでもありません。

「『さて、私の若いころからの生活が、同胞の間であれ、またエルサレムの中であれ、最初のころからどうであったかは、ユダヤ人ならだれでも知っています。彼らは以前から私を知っているのです。だから、私たちの宗教の中でいちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員として私が生活していたことを、彼らは証言しようと思えば、証言できるのです。』」

次にパウロは、すべてのユダヤ人がパウロ自身の存在と、彼の「若いころからの生活」を知っていると言っています。聞き方、または読み方によっては、少し威張っている感じの言葉に響かなくもありません。パウロは自分が有名人であると言っているのです。私のことを知らないようなユダヤ人は一人もいないと言っているのです。

しかし、パウロは、今この時点、つまりアグリッパ王の前に立って話しているこの時点での事実を述べているだけです。今この時点のパウロは、たしかに有名人です。すべてのユダヤ人がパウロの存在を知っています。パウロがかつて熱心なユダヤ教徒であり、熱心なキリスト教迫害者であったことを、今この時点におけるすべてのユダヤ人たちが知っているのです。

そのことを、パウロは知っていました。つまり、今ここでパウロがアグリッパに対して語ろうとしていることの意図は、パウロの身に起こった変化をすべてのユダヤ人が知っているという事実に注目してもらおうとしているということです。パウロの意図をより正確に言うとしたら、「この私が有名人である」ということではなく、「この私に起こった変化をすべてのユダヤ人が知っている」ということです。

「『今、私がここに立って裁判を受けているのは、神が私たちの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけているからです。私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕え、その約束の実現されることを望んでいます。王よ、私はこの希望を抱いているために、ユダヤ人から訴えられているのです』」。

ここでパウロの微妙な言い方が一つの極まりに達しています。パウロは「私たちの先祖」と言い、「私たちの十二部族」と言っています。ポイントは「私たち」です。この「私たち」の中にパウロ自身が含まれ、すべてのユダヤ人が含まれ、さらにアグリッパ王も含まれているのです。

パウロの気持ちが伝わってきます。「神さまがわたしたちに約束を与えてくださったではありませんか。わたしたちは、その約束の実現を求めて、同じ神さまに仕えているのではありませんか。アグリッパさん、あなたもそうでしょう。違うのですか」と。

「私パウロは、わたしたちみんなの共通の目標をめざして歩んできた者でありますのに、私がその中に属し、また私が今なお心から愛している同胞であるユダヤ人から訴えられ、この手や足に鎖をかけられ、裁判を受けているのです。こんなのありですか。いくら何でもひどすぎるのではないでしょうか」と。

「『神が死者を復活させてくださるということを、あなたがたはなぜ信じ難いとお考えになるのでしょうか。』」

ここで再びパウロは、死者の復活の問題を持ち出しています。強調がこめられているのは「神が」という点です。

「死者の復活」という点に強調がこめられていないと言っているのではありません。しかし、ここでパウロが問題にしていることは、神は全知全能のお方ではないのだろうかという点であると思われます。全能とは「なんでもおできになる」ということです。パウロの問いかけの意図は、神が「なんでもおできになる」ということを、また「なんでもおできになる」神という方を、あなたがたは信じていないのですかということです。

「いくら神でも死者を復活させることはできない」ともし考えるならば、神の全能性を否定することです。「できないこともある神」は、神ではないのです。

「『実は私自身も、あのナザレの人イエスの名に大いに反対すべきだと考えていました。そして、それをエルサレムで実行に移し、この私が祭司長たちから権限を受けて多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは、賛成の意思表示をしたのです。また、至るところの会堂で、しばしば彼らを罰してイエスを冒瀆するように強制し、彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたのです。』」

パウロは、自分自身の過去に触れます。過去の痛い事実の記憶を思い起こしています。ニヤニヤしながらではなく。反省と悔い改めをもって。それは、ほとんど彼のトラウマのようなものであったに違いありません。そうであるはずなのに、パウロはあえて自分の傷に触れる。

私のなかに改めてわき起こって来る問いは、パウロという人は、いったいどういう人なのだろうかということです。「普通の人ならば」という言い方はあまり用いたくありません。「日本人ならば」などは、もっと言いたくありません。私自身が「普通の人」や「日本人」の中に含まれていないかのようです。ですから、今は「私ならば」と言います。私ならば、パウロのように語れるだろうか。そのような疑問をもちます。

私ならば、自分にとって不都合なことは、なるべく語らない。人が気に入るようなことを選んで語る。すぐにでも命乞いをする。いざとなったらすぐにでも信仰を捨てる。そういうふうにならないだろうかと、自分で自分が心配になります。

パウロは、明らかに違うのです。批判の銃口を自分自身にも向ける。思い出したくない自分の過去を自分でえぐり、告白する。

その目的は、一つしか考えられません。パウロは愛するユダヤ人たちを救いたいのです。

私も百八十度変わった。神が変えてくださった。あなたがたも変わる。世界も変わる。

パウロは、目の前にいるアグリッパ王にも“伝道”しているのです。

そのために、自分のすべてをさらけだしているのです。

(2008年7月6日、松戸小金原教会主日礼拝)

「カルヴァンとファン・ルーラーをつなぐ線」とは何か

「カルヴァンとファン・ルーラーをつなぐ線」と書きました。その意味として私が考えているのは、(ドイツ神学中心の)エキュメニカルな神学思想史における線ではなく、16世紀から20世紀までの四百年間の「オランダ改革派教会」(Nederlandse Hervormde Kerk)という一教団における線です。もちろんこの教団の歴史の中にも「合理主義、進歩主義、人間中心主義」の影響がなかったとは言えません。しかし、それらをオランダ改革派教会は「ハイデルベルク信仰問答、オランダ信仰告白、ドルト教理基準」という彼ら固有の伝統的な教理的枠組みのなかで受け入れたり退けたりしてきたと見るべきでしょう。19世紀のオランダ改革派教会における支配的潮流の一つは「倫理神学」(ethische theologie)というものですが、これとて彼らはあくまでも「改革派神学」の教理的枠組みのなかで展開しています。シュライエルマッハーやリッチュルやヘルマンやトレルチの影響さえ、オランダ改革派教会にとっては間接的なものです。ファン・ルーラーの神学には「ハイデルベルク信仰問答の神学の20世紀版」という面があります。よく知られているように、ハイデルベルク信仰問答は、「慰め」や「喜び」というようなまさに《人間的なるもの》をきわめて積極的に語るものです。また「御父による創造」・「御子による贖い」・「御霊による聖化と完成」という、内在的三位一体と経綸的三位一体を充当論的に(appropriately)組み合わせて語る視点もハイデルベルク信仰問答において顕著です。カール・バルトの“回心”とまで言われた彼の「神の人間性」(1956年)という論文は、私も何度も読みました。しかし、バルトの場合の「神の人間性」は、イエス・キリストにおける「受肉」や「インマヌエル」に基礎づけられるものです。そして、このイエス・キリストにおける「受肉」や「インマヌエル」という場合の「神の人間性」は、ファン・ルーラーに言わせれば「永遠のロゴスが母マリアから摂取した“サルクス”(肉)」にすぎないものです。これは、イエス・キリストという唯一無二(ユニーク)な存在における歴史的に一回限り存在した(今も、そして永遠に、御子と共に存在し続けている)サルクスです。しかし、そのサルクス(御子が摂取した肉)は、我々自身の「人間性」とは全く異質のものであり、「人間の人間性」を論じるための土台にはなりえないものです。バルトは「聖霊」についても語っています。しかしそれは、イエス・キリストにおいて成就された《客観的な》救いのみわざの・聖霊における《主観的な》適用によって可能となる・人間の認識手段としての位置づけに甘んじるものです。ところが、《客観》と《主観》の関係は、実際には同一物(一枚のコイン)の表裏の関係にすぎません。同じことを「主語を取り換えて」言い直しているようなものです。ファン・ルーラーの「キリスト論的視点」と「聖霊論的視点」の区別の意図の一つは、バルトのこの論法に対して異議を申し立てることにありました。聖霊のみわざを“主観的なるもの”に限定してしまうことを、ファン・ルーラーは問題視したのです。「霊」という字を見るとただちに“主観的なるもの”を連想するのは、日本の教会もしばしば陥ってきたスピリチュアリズム(心霊主義)の罠です。



2008年7月4日金曜日

講演への補足

ファン・ルーラーの神学は「ヒューマニズム」そのものではありません。教会の「内」と「外」を明確に区別する論理を強固に保持しています。何と言ってもファン・ルーラーにはカルヴァンとドルト信仰規準の線上に立つ「二重予定論」が明確にあります。教会の内側に(神を語ることなしにすべてをなしうるかのように立つ)あの「ヒューマニズム」のようなものが入り込む余地はいささかもありません。それゆえ、たとえば、あの「未受洗者を聖餐に与らせることができるとする論理」をファン・ルーラーの神学からくみ出すことは、いかなる意味でも不可能です。これは明言できることです。しかし、だからこそ(教会の「内」と「外」の区別があるからこそ)、ファン・ルーラーは、その神学において、「ヒューマニズム」そのものにさえ恐れることなく接近していくことができるのだと思います。教会の「内」と「外」を区別する論理が明確でない場合には、「キリスト教」と「ヒューマニズム」との区別がつきにくくなる恐れが生じるのです。「キリスト教は単なるヒューマニズムではない」というような、なんとなく分かりにくい点を強調せざるをえなくなるのです。「単なる・・・ではない」と言ってはみるものの、「じゃあ何なのですか」と問われたら即座に答えに窮するような命題を主張せざるをえなくなるのです。



現代の改革派神学における《人間的なるもの》の評価

今週6月30日(月)のことですが、「日本基督教団改革長老教会協議会協会研究所 第8回研究会」(会場・日本基督教団洗足教会)で、「現代の改革派神学における《人間的なるもの》の評価――A. A. ファン・ルーラーの神学の根本性格――」という講演を行いました。約1時間の講演の後、30分間の質疑応答が行われました。貴重なご意見をたくさんいただくことができ、感謝でした。貴重な機会を与えてくださいました日本基督教団改革長老教会協議会教会研究所の皆様に、心より感謝いたします。23日(月)の日本カルヴァン研究会での研究発表と(図らずも)時期的に重なっていましたので、両方の準備を同時並行的に行わざるをえず、オランダ語テキストとの格闘の苦しみも加わって、私にとっては非常に過酷な神学的訓練を受けることになりました。しかし、そのおかげで、16世紀のカルヴァンと20世紀のファン・ルーラーという二人の教師をつなぐ一つの線がより明確に見えてきたような気がしています。私は、今回取り扱わせていただいたテーマと課題を、今後さらに時間をかけて煮詰めていくと共に、視野と翼を大きく広げていきたいと願っています。カルヴァンとファン・ルーラーをつなぐ「“徹底的に神中心的な”人間性の神学」('ganze theocentrische' theologie van de humaniteit)という線を、私自身が思い描いてきた「実践的教義学」の構想へとつないでいきたいと願っています。以下は、会場で配布したレジュメです(大筋を変えない程度の字句修正を行いました)。



関口 康 「現代の改革派神学における《人間的なるもの》の評価――A. A. ファン・ルーラーの神学の根本性格――」(レジュメ) ←Please click!



2008年6月29日日曜日

キリスト教の核心


使徒言行録25・13~27

「『告発者たちは立ち上がりましたが、彼について、わたしが予想していたような罪状は何一つ指摘できませんでした。パウロと言い争っている問題は、彼ら自身の宗教に関することと、死んでしまったイエスとかいう者のことです。このイエスが生きていると、パウロは主張しているのです』」(18~19節)。

今日の個所の使徒パウロは、まだカイサリアにいます。牢獄に閉じ込められています。しかしそうしておくことが、カイサリアに駐在していたローマ人総督フェストゥスの知恵でもありました。牢獄から出してしまいますと、パウロがユダヤ人たちに暗殺される危険性があったのです。

フェストゥスのなかにパウロが宣べ伝えているキリスト教信仰を擁護してあげようなどという意思があったわけではありませんでした。おそらくそのようなことは、彼にとってはどうでもよいことでした。フェストゥスにとって重要な意味を持っていたことは、今日の個所の中に、少なくとも二つ記されています。

第一は、被告が告発されたことについて、原告の面前で弁明する機会も与えられず引き渡されるのはローマ人の慣習ではない(16節)ということです。

第二は、囚人を護送するのに、その罪状を示さないのは理に合わない(27節)ということです。

このフェストゥスの判断は、わたしたち現代人にとっては非常に納得できるものであり、うれしいことでさえあります。

この二つの点に共通していることがあります。それは、裁判やその結果としての処分は、できるだけ公明正大でなければならないということです。内容はどんなことであれ、誰かが誰かに一方的に責めたてられるばかりで、弁明や釈明の機会を与えられないまま、または罪状が明らかでないままで、処分を受けなければならないというようなことがあってはならないということです。たとえどんな人であっても闇から闇へ葬り去られるというようなことは間違っているということです。また、疑わしきは罰せず、です。

救い主イエス・キリストがお受けになった裁判とその結果としての十字架刑は、これとは全く異なる判断のもとに行われました。ポンティオ・ピラトがフェストゥスのような人であったとしたらどうなっただろうかと思わないではいられません。

もっとも、イエスさまは、十分な意味での弁明の機会が与えられたとしても、何もおっしゃらなかったかもしれません。イエスさまは、御自身の十字架刑を「父なる神の御心」として、全くお受け入れになっていたからです。

しかし、イエスさまが弁明ということを全く行われなかったからといって、そのことを理由にわたしたちが、弁明することは見苦しいことであるとか、恥ずかしいことであると考えるべきではありません。パウロは、どんな状況であれ、どんな場所であれ、遠慮なく堂々と弁明しました。それは、決して見苦しいことでも恥ずかしいことでもありません。

それどころか、パウロにとっては、そこで口を開くことをせず、弁明の機会を逃すことのほうが間違っていると考えていたに違いありません。なぜなら、パウロにとって「弁明」とは、単なる自己弁明ではなく、キリスト教信仰の正しさについての弁明であり、それがそのまま、彼にとっての“伝道”だったからです。

この点では、わたしたちも同じであるはずです。しかし、わたしたちは、このあたりの確信において怪しくなってしまいがちです。遠慮しすぎの面があります。これは皆さんに言っていることではなく、私自身に向かって言っていることです。

たとえば、わたしたちが日曜日に教会に通っているのは、わたしたちの個人的な趣味でしているというようなことではありません。救い主イエス・キリストにおいて神御自身が、わたしたちにそれを命じていることであるゆえに、していることです。そのような信仰は教会に通っていない人々には理解してもらえないことかもしれませんが、だからといって、わたしたちがその人々に対して必要以上に遠慮すべきではありません。よい意味で堂々としていればよいのです。

また、わたしたちは“伝道”のなかに押しつけがましい要素があることを、つい恐れてしまいがちです。しかし、そのことをわたしたちは、必要以上に恐れすぎるべきではありません。何か悪いことでもしているかのようにコソコソする必要は全くないのです。

もちろん、わたしたちの周りには、聞かれもしないことをこちらから畳みかけるように伝えようとすると、嫌がったり逃げて行ったりする人々は大勢います。うまくやる必要があるでしょう。

しかし、もし聞かれたら、はっきりと答えましょう。「あなたが信じていることについて話してほしい」とマイクを渡されたら、そのときは堂々と話しましょう。弁明の場が与えられたら遠慮なく語りましょう。それこそが“伝道のチャンス”だからです。そのような時と場所で、口ごもったり、ごまかしたり、逃げの一手を打ったりすべきではありません。聞かれたことに答えればよいだけです。

ところで、今日お読みしました範囲内には、パウロ自身の言葉は、一言も書かれていません。そのような範囲を私があえて選びました。私にとってたいへん興味深いと感じるものがあったからです。たいへん興味深いと感じたのは今日の範囲内に登場する三人の人物(アグリッパ王、ベルニケ、フェストゥス総督)のうち、ベルニケを除くアグリッパ王とフェストゥス総督がパウロについて語り合っている会話そのものです。

これを読みながら私がとくに面白いと感じたのは、パウロ本人がいないところで、この二人がいわば勝手にパウロのことをあれこれ言っている点です。また、二人ともパウロに対して明らかに興味をもっている点です。さらにフェストゥスがパウロから頼まれもしないのにパウロの生命と立場を擁護してくれようとしている点です。

おそらくわたしたちにも、これと同じようなことが時々、あるいはしょっちゅう、あるのかもしれないと、私には感じられました。どなたでもいいです。横田先生でも高瀬先生でもいいです。どなたか長老さんでもいいです。皆さんのうちのどなたかでもいいです。その方がいないところで、その方のことが話題になり、その方のことについていわば勝手に話が進んでいるとしたらどうでしょうか。しかも、その話は悪いほうに進んでいるのではなく、良いほうに進んでいる。こういうことは、しばしば起こるものです。

関口牧師の話が関口牧師のいないところで勝手に(?)どんどん進んでいる。「あの牧師は、どうやら最近、礼拝中に倒れたらしい。大丈夫だろうか。心配である」。先々週浜松で行われた大会役員修養会で、会う方会う方から「倒れたんだって?大丈夫?」と心配していただきました。岐阜県の先生も、香川県の先生も、長老たちも心配して声をかけてくださいました。「(関口牧師が倒れた話は)みんな知ってるよ」とも言われました。

私のことを、私の知らないところで、心配してくださっている方がいる。こういうのは、面映ゆいし、全く不思議なことだと感じました。

私の話はともかく。フェストゥス総督とアグリッパ王とが、パウロのことを、パウロがいないところで、あれこれと一生懸命に喋っている。とくにフェストゥス総督は、パウロについてユダヤ人の告発者たちがなんだかんだと文句をつけて言い立てたが、そのなかに予想していたような罪状は見当たらなかったとか、パウロとユダヤ人たちが争っているのは彼らの宗教上の問題のようだとか、パウロが間違っているかどうかを調査する方法が私には分からないとか、こういうことをいろいろと一生懸命言っているように見える。この様子が面白いと私には感じられたのです。

わたしたちにも同じようなことがあるのではないでしょうかと言いましたのは良い意味で言ったことです。申し上げたいことは、そのようなことは多かれ少なかれわたしたちにはあるのだから、わたしたち自身がいないところでわたしたちのことを勝手に話題にして、勝手に話を進めている人々に良い意味で任せたらよい面もあるでしょうということです。

もし弁明の機会が与えられたならば、そのときには、遠慮なく、堂々と語るべきです。しかし、わたしたちが全く関知しないところであれこれと噂話をしてくれていたり、良い意味でも悪い意味でも勝手に話を進めてくれていたりしている人々のところにまで、無理に押し入って、何でもかんでも聞き出す必要は全くありません。任せたらよいし、放っておけばよい。「どうぞご自由に」と思っていればよい。気にしすぎたり疑心暗鬼になったりする必要はないのです。

悪い意味で自意識過剰になるべきでもありません。どこかで誰かが私のことを心配してくれていることはありがたいことだと感謝していればよいのです。

そしてまた、そういうときに、今日の個所に出てくるフェストゥスのような人もいると考えることができたら、わたしたちの気持ちは、かなり楽になるはずです。

わたしたちは「世の中の人はすべて悪い人である」と考えるべきではありません。教会やその信仰のことを悪く言う人も、もちろんいます。しかし、人の悪口を黙って聞くことそれ自体が嫌だと感じる人も、必ずいるのです。教会の悪口を大きな声で言う人がいれば、その周りには、悪口を言っているその人のことを「嫌だなあ」と思っている人が何人かいると思ってほぼ間違いありません。

「世の中の全員がわたしたちの信仰の敵である」などと夢にも思うべきではありません。わたしたちの全く関知しないところで、わたしたちのことを応援してくれている人がいたり心配してくれている人がどこかにいるだろうと安心していればよいのです。

わたしたちは「人を信頼すること」を学ぶべきなのです。人に対していつでも必ずけんか腰で立ち向かうような態度は、間違っているのです。

18節から20節までに書かれていることに、ぜひ注目してください。先ほど少しだけですが触れたところです。この個所から分かることは、フェストゥスはパウロとユダヤ人たちとの間の「言い争い」の本質をきちんと正しく把握していたということです。「彼(パウロ)について、わたしが予想していたような罪状は何一つ指摘できませんでした」と。問題となっていることは「彼ら自身の宗教に関すること」と「死んでしまったイエスとかいう者のこと」であると。「このイエスが生きていると、パウロは主張している」と。「わたしはこれらのことの調査の方法が分からなかった」と。

事柄の本質は、まさにフェストゥスの言っているとおりです。パウロは何も悪いことをしていません。救い主イエス・キリストを信じる信仰を宣べ伝えているだけです。イエス・キリストは死人の中から復活され、今も生きておられますと語っているだけです。それがキリスト教信仰の核心だからです。イエス・キリストの死者の中からの復活、また、死者そのものの復活を信じないようなキリスト教は、キリスト教ではありません。

キリスト教と復活を信じない人がおり、また信じることができない人がいるということは、ある意味で仕方がないことです。しかし、もしそれらを信じることができるならば、人生に希望が与えられ、喜びが与えられるのです。これらのことを信じない人は、人生において大きな損をするのです。

そして、そのことをひたすら語り続けることこそが、教会の使命であり、伝道者の使命なのです。この件に関しては、黙れと言われても黙ることができません。パウロにとっては語らないことは不幸なのです。信じることをやめろと言われても、それをやめることができないのです。

この点は、わたしたちも全く同じです。

(2008年6月29日、松戸小金原教会主日礼拝)


2008年6月24日火曜日

カルヴァンの神学における《人間的なるもの》の評価

昨日6月23日(月)、「第18回日本カルヴァン研究会」(会場・青山学院大学)において、「カルヴァンの神学における《人間的なるもの》の評価――Dr. J. van Eckの研究(1992年)に基づいて――」という研究発表を行いました。発表後の質疑応答のなかでいろいろと有益なご指摘をいただくことができ、楽しく充実したひとときを過ごせました。以下は、会場で配布したレジュメです(語句や翻訳の誤りなどは、若干修正いたしました)。





関口 康 「カルヴァンの神学における《人間的なるもの》の評価――Dr. J. van Eckの研究(1992年)に基づいて――」(レジュメ) ←Please Click!