2011年2月18日金曜日

Ustream「ファン・ルーラーについて(2)」



電話が鳴って中途半端に終わった前回の話の続きです。(45分13秒)

2011年2月17日木曜日

Ustream「ファン・ルーラーについて(1)」



Ustreamで何ができるかを試しているうちに、ファン・ルーラーについて話しはじめてしまいました。最後は電話がかかってきたので、中断しました 。タイトルは一応「ファン・ルーラーについて(1)」としましたが、(2)以降があるかどうかは分かりません。(35分47秒)

2011年2月16日水曜日

A. J. ジャンセン著『神の国、職制、教会』(2006年)

アメリカ改革派教会(Reformed Church in America 以下RCA)のアラン・J. ジャンセン牧師がアムステルダム自由大学神学部に提出した神学博士号請求論文『神の国、職制、教会』(Allan J. Janssen, Kingdom, Office, and Church, 2006)はファン・ルーラーの教会職制論を扱ったものです。ジャンセンはこの本の最後の最後で、ファン・ルーラーの神学がアメリカのオランダ系改革派教会の分裂状況、とくにRCA(アメリカ改革派教会)とCRC(北米キリスト改革派教会)との分裂した仲を和解させ、対話と再一致に導きうるものであるという点を論じています。

二つの教派(RCAとCRC)は19世紀半ばに分裂したまま今日に至っていますが、どちらの教派もドルト教理基準を重んじる「改革派敬虔主義」(オランダ語でgereformeerde pietisme)の伝統を受け継いでおり、また「体験主義」(オランダ語でbevindelijkeheid)の宗教性を受け継いでいることなどの点で同じ流れにあるとジャンセンは見ています。しかしまた、RCAの自己認識としては「自分たちはpublic Dutch church(オランダ王室公認教会)の子孫である」とか「我々はestablished church in the American colonies(アメリカのオランダ人植民地の国教会系教会)として歩んできた」というような考えを持っていて、CRCの人たちの反感を買ってきたこともジャンセンは知っています。

また、「敬虔主義」だ「体験主義」だというとアメリカのコンテキストの中ではすぐにいわゆるリバイバル運動と結び付けられてしまいますが、オランダ改革派教会のより古い伝統と、より最近のリバイバル運動との間には、緊張関係がある、とも言っています。

それではジャンセンは、ファン・ルーラーの教会職制論のどのあたりがRCAとCRCの対話にとっての良き材料になると考えているかと言えば、それはファン・ルーラーの三位一体論的視点(trinitarian perspective)である、と考えています。

ジャンセンによると、ファン・ルーラーの三位一体論的視点は、「神が教会へと来てくださる」(God comes to the church)という神理解を持つハイチャーチ(high church)の発想と、「聖霊なる神は教会において(in)また教会を通して(through)働いてくださる」という神理解を持つ体験主義の発想との両方を包括するものです。言葉を補うとしたら、どちらかといえばよりハイチャーチ的な発想を持っているのがRCAであるとしたら、より体験主義的な発想をもっているのがCRCなので、ファン・ルーラーの三位一体論的神学は両方の発想を包括していると言える、ということです。

あるいは、私自身はあまり好きな表現ではないし、適切な表現でもないと思っているのですが、もしそう言いたい人がいるなら、ファン・ルーラーの教会職制論は「上から」(from above/ top-down)の発想と「下から」(from below/ bottom-up)の発想との両面を持っている、と言えるかもしれません。

日本キリスト改革派教会の中では周知のことですが、私と松戸小金原教会が現在属している「東関東中会」は、2006年7月に設立されたばかりの新しい中会なのですが(まもなく五周年)、所属している12の群れ(11教会・1伝道所)のすべてが過去50年以内に北米キリスト改革派教会(CRC)の日本伝道会(Japan Mission)によって生み出された群れです。

その意味では東関東中会が「純CRC産中会」であることは間違いないことであり、「これはあくまでもジョークですが」と断りながらではありますが「我々はCRC日本中会です」と自己紹介して笑いをとったりすることがあるくらいの状況です。

そのようなわけで、CRCとRCAの関係や、この両者の和解を成り立たせうるとジャンセンが信じてやまないファン・ルーラーの神学とCRC・RCA両教派との関係や、さらにそれら一切と日本キリスト改革派教会との関係がどうなっていくかは、私にとっては決して他人ごとでも絵空事でもなく、きわめてリアルな問題になりつつあります。

「日本におけるRCAの伝統」が十分な意味で残っているのかどうかは私にはあまりよく認識できないのですが、150年前の日本に来たプロテスタント宣教師の中の主要な数名がRCAの人であったことは確実な歴史的事実ですし、広い意味ではそういう「伝統」の上に日本プロテスタント教会史のメインラインが築かれてきた、と言えるかもしれない。そこに今、とても小さいながら「純CRC産中会」が日本に誕生した。アメリカにはRCAとCRCの対話と再一致を模索する人々が現れている。

大げさに言えば、今起こっていることは、日本プロテスタント教会史上前例が無かった事態ではないでしょうか。


2011年2月13日日曜日

ふたりだけのところで

マタイによる福音書18章15~20節

関口 康

「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

この箇所に書かれていることを要約すれば、「教会の中で起こるキリスト者同士の人間関係上のトラブルにどのように対処すべきか」ということです。言い換えれば「教会の危機管理の方法はどのようなものか」です。その方法をイエス・キリストが教えてくださっています。

イエス・キリストのこの教えを別の言葉で言い直すとしたら、「教会の危機管理の方法には、いくつかの段階がある」ということです。ここで語られているのは「四つの」段階です。

第一の段階は、個人的な対処です。「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい」

第二の段階は、少人数による対処です。「聞き入れなければ、他に一人か二人、一緒に連れて行きなさい」

第三の段階は、教会的対処と呼んでおきます。「それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい」

第四の段階は、放置です。「教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい」

説明が必要なのは、第三の教会的対処です。考えなければならないのは「教会に申し出る」の意味です。それは「公表すること」と同義語です。「教会に知られること」と「世間に知られること」は大差ありません。「教会」とはそういう場所であると、主イエスがご存じです。

イエス・キリストが教えておられる四つの段階の中で最善の方法は、第一の方法です。「行って、二人だけのところで忠告しなさい」です。

「行って」は、インターネットの時代には特に重要です。もし教会内部のトラブルを解決したいと思うなら、顔を合わせて直接言えないようなことをメールやSNSで伝えようとすべきではありません。

最善の方法は、相手のところまで足を運ぶこと、そして、文字にも記録にも残らないように口頭で直接話すこと、です。

「二人だけのところで」の意味は、当事者同士で解決することです。わたしたちの教会の状況にあてはめていえば、すべてを「教会に知らせる」必要はないということです。

たとえ教会員同士の間で起こった問題でも、役員会がすべて把握していなければならないわけではありません。「教会」に知らせるのは、第一でも第二でもなく第三の段階です。放置の手前の、最後の手段です。

教会役員同士の仲が良いこと自体は、大切なことです。しかし、教会役員が教会員の個人情報のすべてを把握し、裏か陰で、常に噂話をしているように感じられるのを気持ち悪がる教会員がいることは事実です。

私は牧師ですが、教会員の個人情報を根掘り葉掘り聞きたいとは思わないし、聞くべきでないと考えています。教会員のすべてを牧師が知らなければならないわけではないからです。

私が思うのは、「教会役員は個人情報に必要以上の興味を持つべきでない」ということです。のぞき趣味に陥ってはなりません。他人の噂話を楽しむようになってはなりません。

質問すると誠実に答えてくださる方が必ずおられます。しかし、すっかり聞き出した上で、どうするのでしょう。その人に対して、何ができるというのでしょう。

お祈りするのは、とても良いことです。しかし、礼拝の祈祷や祈祷会のような場所で、自分の知っていることのすべてをみんなの前で暴露してしまうのは、完全な間違いです。教会の場を個人情報の暴露大会にしてはなりません。

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(20節)は、少ない人数の教会を励ますためによく引用される御言葉です。

しかしそれは、間違った引用であるとまでは言いきれませんが、この御言葉が語られている文脈とは無関係であるという意味で勝手な引用の仕方です。

この個所でイエス・キリストが教えておられるのは、なんらかのトラブルが起こったときは、可能な限り「二人だけのところで」解決することの大切さです。騒ぎをむやみやたらに大きくしてはならないのです。

「二人」または、せいぜい「三人」で、つまり、当事者同士で秘密裡に解決すべきです。それで解決できる可能性が十分にあります。

それは決して、悪事を闇から闇へ葬り去ることではありません。「二人または三人」のところにも、イエス・キリストが共にいてくださるからです。

(2011年2月13日 某地区教会役員研修会開会礼拝)

2011年2月8日火曜日

「葛藤」の評価

そうそう、その「葛藤」の有無ないし度合いですよね、と思いますが。

「右」と「左」を分けるものは、です。

「極右」の人には、自分自身の中に葛藤がないし、葛藤などあってはならないものという確信があるし、そもそも葛藤なるものは地上に存在してはならないものだと思い込まれている。葛藤を抱く者は「弱い人間」であるが、キリスト者たるもの決してそうであってはならない、と。

「極右」の破壊性を警戒してはいるが「左」ではないことを強く自覚しているソフトな「右」の人は、すべての人に葛藤があり、いかなるキリスト者も例外ではありえないことを受け入れてはいるが、一刻も早く葛藤から脱出して一元的な確信に至ることこそがキリスト者のあるべき姿だと、おぼろげながら、またはわりと強く信じている。つまりその場合、われわれにとっての「葛藤」の状態とは信仰の未成熟な状態を意味し、それは一時的な通過点にすぎず、早く脱却されなければならない段階であるととらえられている。

自称「左」の人は、われわれが地上の生のうちにあるかぎり葛藤の状態にあることは恒常的であり、またある意味で運命的なことでさえあり、いずれにせよわれわれにとっては脱却不可能な状態であるととらえている。一つの問いに対する答えは一つではなくいろいろあるし、完璧な正解は求めても見つからないし、人間には常に「隠されて」いる。それゆえ、葛藤は何ら恥ずかしいことではないし、未成熟であることを意味しない。われわれは地上に生きるかぎり常に問い続けなければならないし、勉強を怠ってはならないのだと思っている。このタイプの自称「左」の人たちは、物事のとらえ方の単純化ないし一元管理化を最も嫌うゆえに、とくに「極右」の人々とは全く相容れない。

「極左」の人は・・・なんでしょう?・・・比較的おおかたの共通理解が成り立っているものまで故意に破壊し、何らかの答えを求めようとすること自体を暴力的に妨害し、対話や議論を意図的に混乱とカオスに陥れ、からかって楽しんでいる人たち、かな?(笑)

あるいは「扇(おうぎ)」。

あくまでも仮の話ですが、扇の要の位置に「説教壇」があり、そこから放射状に広がる位置に「会衆席」と「教会の外なる世界」があるとすれば、

「説教壇」から近い順に「極右」・「右」・「左」・「極左」の人が“立って”いるかもしれません。

とくに牧師の子弟の場合で考えれば、

「オヤジの言うとることはすべて絶対正しいねん。だって神さまの言葉を語っとるんやで。オヤジに反対する奴らは全員間違っとるねんから、殺しても構わんねん」と思い込んでいるような子たちは「極右」。

「あのー、教会の皆さん。うちのお父さんは、家ではいつもパンツ一丁、丸裸で歩き回っているような弱い人間なんスけど、この人の言ってること、まあまあ間違いやないと思うんですわ。お願いですんで、聞いたってくださりませんでせうか」と頭を下げたりする子たちは、ややソフトながら「右」。

「はははははは。」と笑ってごまかすのが、自称「左」。

「うっせーな。」と怒っているのが「極左」。

2011年2月3日木曜日

G. C. ベルカウワー著『教義学研究』

アムステルダム自由大学神学部で長く教鞭をとったヘリット・コルネーリス・ベルカウワー(Dr. Gerrit Cornelis Berkouwer [1903-1996])の『教義学研究』(原題Dogmatische Studien)は、同神学部における教義学講座の開設者であったアブラハム・カイパーやカイパーの同僚のヘルマン・バーフィンクらの基本路線(新カルヴァン主義)を受け継ぎながらも、ベルカウワーと同世代の諸外国の神学者、なかでもカール・バルトをはじめとするスイスやドイツの弁証法神学者たちの神学に強い関心を寄せ、両者(新カルヴァン主義と弁証法神学)の関係を明らかにした労作であると評することができます。そのため、ベルカウワー自身の独自の神学が豊かに展開されているとは必ずしも言えず、その面での物足りなさを感じる向きがあるかもしれませんが、とりわけ歴史的・伝統的な改革派神学の立場に立つ者たちにとっては、自分たちの伝統路線にただあぐらをかくことで事足れりとせずに(当時の)新しい時代における新しい神学的発想と正面から向き合い、どの点は受け入れることができ・どの点は受け入れることができないかを明らかにしようとしたベルカウワーの真摯な姿勢から学ぶべきことは多いでしょう。



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(上は原著オランダ語版、下は英語版。どちらも左から以下のタイトル順に並んでいます。)



一般啓示          De Algemene Openbaring/ General Revelation
聖書             De Heilige Scrift (I-II)/ Holy Scripture
神の選び          De Verkiezing Gods/ Divine Election
神の摂理          De Voorzienigheids Gods/ The Providence of God
神の似像としての人間  De Mens het Beelds Gods/ Man: The Image of God
罪              De Zonde (I-II)/ Sin
キリストの位格       De Pesoon van Christus/ The Person of Christ
キリストの御業       Het Werk van Christus/ The Work of Christ
信仰と義認         Geloof en Rechtvaardiging/ Faith and Justification
信仰と聖化         Geloof en Heiliging/ Faith and Sanctification
信仰と堅忍         Geloof en Volharding/ Faith and Perseverance
教会             De Kerk (I-II)/ The Church
キリストの再臨       De Wederkomst van Christus (I-II)/ The Return of Christ



Berkouwerds01

Berkouwerds02



(上は『神の選び』の表紙、下は同書第一章の冒頭個所。同書の各章タイトルは以下のとおりです。)



第一章 考究の限界             De Grens der Bezinning

第二章 教理史の視点           Dogmahistorisch Perspectief

第三章 神の選びと自由意志       Verkiezing en Willekeur

第四章 神の選びと隠匿性         Verkiezing en Verborgenheid

第五章 キリストにおける神の選び    Verkiezing in Christus

第六章 神の選びと遺棄          Verkiezing en Verwerping

第七章 神の選びと説教           Verkiezing en Prediking

第八章 堕落前予定説と堕落後予定説 Supra- en Infralapsarisme

第九章 神の選びと救いの確かさ     Verkiezing en Heilszekerheid

第十章 大きな誤解             Het Grote Misverstand




2011年1月26日水曜日

いや、そういうのではなくて

ブログに書くような内容ではなく、ただのつぶやきなのですが。

本当に私は「インターネットで伝道する」つもりは全くありません。

ずっと前から繰り返して書いてきたことですが、「インターネットは伝道用途に向かない」と、ほぼ確信しています。

「で、何を言いたいの?」となりますが、いや、まあ、ただそれだけです。

私がインターネットで試みてきた(つもりの)ことは、いかに最低限の費用で、最良の神学を営めるか、です。

神学のコストパフォーマンスの追求です。

「お前には無理だ」と言われても、続けていくだけです。

神学を放棄した教会は「教会ではない」からです。

そうとしか、私には言いようがない。

2011年1月23日日曜日

カール・バルトの「第三項の神学」発言に対するファン・ルーラーのコメントについて

わたしの『教会教義学』のすべてはより聖霊論的な立場から書き直されなければならないだろう、というカール・バルトの最晩年の発言を知ったとき、ファン・ルーラーは「とんでもないことだ」と言って納得しなかった、というファン・ケウレン氏の文章を最初に読んだとき、私も最初は目を疑いました。逆ではないのかと思いました。もし言うなら「わが意を得たり!」ではないかと。

何度も何度も、ファン・ケウレン氏の論文の文章と、彼が引用したファン・ルーラー自身の文章と、オランダ語辞典の字句解説とを見比べて確認しましたが、間違いなくそのように書かれていました。

そこまで何度も確かめた上で、それではこの文脈でファン・ルーラーはなぜバルトの発言を「とんでもないことだ」と考えたのかを、私なりに考えてみました。それで思い至ったことは、ファン・ルーラーの「とんでもないことだ」の意味は、「バルト自身にそのようなことができるはずがない」ということであり、あるいは「何を今さら」ということだったのではないか、ということです。

その理由は単純です。

バルトが『教会教義学』の第一巻第一分冊を出版したのは1932年です。当時46歳。爾来バルトは1968年に82歳で亡くなる直前までの36年間、本書の執筆を続けました。

ところが、バルトの「第三項の神学」発言が飛び出したのは、バルトが亡くなる年、1968年です。『シュライエルマッハー選集』のあとがきとして書かれた「シュライエルマッハーとわたし」です(J.ファングマイアー著『神学者カール・バルト』加藤常昭・蘇光正共訳、日本基督教団出版局、1971年、83ページ以下)。つまりそれはバルトの文字どおりの「遺言」でした。

36年間かけて書いてきた9000ページ以上の本を、バルト自身が、82歳から「全部」書き直せるでしょうか。82歳のバルトにさらに36年間の寿命が与えられて118歳まで生きられるならば、可能性が全く無いとは言えない、かもしれない。しかし、それはまともに聞ける話でしょうか。ファン・ルーラーにとってバルトは人生の大先輩だったわけですが、「やれるものなら、やってみろ。できもしないことを易々と口にすべきではない」と言いたかったのではないでしょうか。

ファン・ルーラーのバルト批判は、ファン・ケウレン氏によると1933年11月にクバート教会の牧師になってまもなくの頃から始まっています。それ以来ファン・ルーラーは、バルトが1968年に亡くなるまでの35年間近くも、バルトと対峙し続けたのです。そのバルトが死の間際になって、自分の教義学は「全部」書き直されるべきだと言ったとなると、バルトを批判してきた人々が拍子抜けするに決まっています。おそらく、心底がっかりしたのです。

バルトがファン・ルーラーの存在を知っていたかどうかについて、バルトの著作を調べても分かりません。しかし、全く手がかりが無いわけではありません。バルトの「オランダの親友」K.H.ミスコッテが1951年に「自然法とセオクラシー」(Natuurrecht und Theokratie)という論文をドイツ語で発表し、その中でファン・ルーラーをやり玉に挙げ、露骨に批判しています。このミスコッテの論文を「親友」バルトが読まなかったはずがありません。つまり、バルトは1951年には、ほぼ確実にファン・ルーラーの存在を認識していたのです。

そして、その後も、ファン・ルーラーは『宣教(アポストラート)の神学』(1954年)、『キリスト教会と旧約聖書』(1955年)、『世界におけるキリストの形態獲得』(1956年)と、立て続けにドイツ語版の出版物を出しています。オランダ語が読めなかったと言われるバルトでも、ファン・ルーラーが何を考えているか、バルトに対して何を言わんとしているかくらいは、分かっていたはずです。

しかし、バルトは、ファン・ルーラーの存在を認識しながら全く無視し続けました。ユトレヒト大学神学部の教授として公然とバルト批判を始めたときから数えても、20年近くもバルトから無視され続けてきたファン・ルーラーにとっては、バルトが死の間際に何を言おうと、「何を今さら」という思い以外の何ものもなかったのではないでしょうか。


2010年12月20日月曜日

徹夜で仕事をしなければならない人を温めるために(女子聖学院中学校2010年度クリスマス礼拝)

ルカによる福音書2・8~14

関口 康

「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。『いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。』」

クリスマスおめでとうございます。

先ほど朗読された聖書の個所は、聖書の中でもとても有名なところです。

皆さんはクリスマスの劇をしたことがあるのではないかと思います。その劇のための役を決めるときに必ず、羊飼い役の人が選ばれるはずです。そして、その羊飼いたちの前には必ず、たき火が置かれるはずです。イエスさまがお生まれになった日、羊飼いたちは「野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた」(8節)と聖書に書かれているからです。

彼らは外にいました。屋根はありませんでした。そして、「夜通し」というのですから徹夜です。彼らは徹夜の仕事をしていたのです。しかも、その仕事は「羊の群れの番」でした。生き物相手です。羊の敵は狼でした。羊飼いたちは、羊たちに狼が襲いかからないように徹夜で見張りをしていたのです。

皆さんは徹夜の仕事をしたことがありますか。まだ中学生なので仕事はしていないかもしれません。しかし、お父さんやお母さんが徹夜で仕事をしているという方はおられるかもしれません。

私の妻は徹夜で仕事をしています。何の仕事なのかといえば、二つの施設のかけもちです。一つは、いわゆる24時間保育園です。私の妻は保育士です。もう一つは、児童養護施設です。そこでも保育士の仕事をしています。

どちらの仕事も夜の仕事です。「夜の仕事」と言うと誤解されるかもしれません。しかし、その施設に預けられる子どもたちの親の中には「夜の仕事」をしている人たちもいます。親が仕事をしている間、子どもたちが保育園に預けられます。夜遅くに預けられ、朝迎えに来る親もいるようです。

保育士たちには、「守秘義務」と言って、その仕事の中で知ったことを外部の人に話してはならないという決まりがありますので、妻は私に何も教えてくれませんし、私も何も聞きません。だから具体的なことは何も知りません。

私が知っているのは、徹夜の仕事を終えてぐったり疲れて帰ってくる妻の姿だけです。私にできるのは、本当に大変なんだなと、妻の体を心配することだけです。

しかし、私はもう一つのことを知っています。それは、「夜の仕事」をしてでもお金を稼がなければならない人々がこの日本の中に大勢いるということです。生まれたばかりの赤ちゃんを夜の保育園に預けてでも。

また、児童養護施設には親がいない子どもたちや、親から虐待を受けている子どもたちがいます。子どもたちは自分の力で生きていくことができませんので、誰かの助けが必要です。親が子どもを助けることは義務であり責任でもありますが、その義務と責任を負うことができない親たちがいることも事実です。

また、別の人のことですが、私の教会には水道局で働いている方がいます。この方も徹夜の仕事です。当たり前のことですが、夜も水道は使われるからです。みんなが飲む水の中に変なものが混ざらないように、また水道のポンプが止まらないように、誰かが見張りをしなければなりません。

障がい者施設で働いている方もおられます。徹夜で、体の不自由な人たちを助ける日もあるようです。自分で動くことができない方が、夜にトイレに行きたいときや病気になったときは、誰かが助けなければなりません。

今日の聖書のお話から遠ざかってしまったかもしれません。しかし、私が皆さんにお伝えしたいのは、皆さんが眠っている間にもいろんな人が一生懸命働いているということです。「そんなの知ってるよ」と思われるかもしれませんが、改めてそのことを考えてみていただきたいのです。

その仕事に共通しているのは、それは本当につらい仕事であり、人間の限界を感じる仕事であるということです。皆さんのお父さんやお母さんやご兄弟の中にそのようなつらい仕事をしている方がおられる場合は理解していただけるはずです。また、そのような方が家族の中にいなくても、皆さんの想像力を働かせていただけば、徹夜の仕事をしている人がどれほど大変なのかは、お分かりになるはずです。

先ほど読まれた聖書の箇所に記されているのは、イエスさまがお生まれになった日に起こった出来事です。そこにはっきり書かれているのは、イエスさまがお生まれになったという事実を神さまから最初に知らされた人々は、そのとき「徹夜の仕事」をしていたということです。

私は今日皆さんに、徹夜の仕事だから尊いとか、日中の仕事は尊くないとか、そういうことを言いたいわけではありません。どの仕事も尊いものです。しかし、強いていえば、どちらがつらいかといえば、やはり夜の仕事はつらいのです。つらくても、しなければならない仕事がある。そういう仕事を誰かがしなければならないとき、だれかが犠牲を払い、体を張ってその仕事に取り組まなければならないのです。

しかしまた、仕事ということには、もう一つの要素も必ずあります。それは自分の生活のためです。お金を稼ぐため、毎日ご飯を食べるため、家族を養うために、仕方なくつらい仕事をしなければならないのもわたしたちです。

つらいから仕事しないというのでは自分も家族も困ります。皆さんがこの学校に通うために誰がどのような苦労をしているかを、皆さんは知っておられるはずです。

羊飼いたちもそうだったということを考えてみてください。羊飼いが誰のために徹夜で働いていたかは分かりません。しかし、苦労している彼らのところに神さまが、うれしいお知らせをいちばん早く伝えてくださったのです。

「今日イエスさまがお生まれになりました。あなたがたのために救い主がお生まれになりました」と。

死に物狂いで苦労している人たちを神さまが労ってくださったのです。寒い夜に外で仕事をしなければならない人たちを神さまが温めてくださったのです。

皆さんが将来、どんな仕事をなさるのかが楽しみです。一生楽をして暮らしたいと考えている方もおられるかもしれませんが、それは甘いです。苦労しましょう。

皆さんの人生が神さまの祝福のうちにありますよう、お祈りしています。

(2010年12月20日、女子聖学院中学校クリスマス礼拝)

身に覚えのない罪を疑われた人をかばうために(女子聖学院高等学校2010年度クリスマス礼拝)

マタイによる福音書1・18~25

関口 康

「イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。『ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。』」

クリスマスおめでとうございます。

私は今日、皆さんの前で初めてお話しします。男子の聖学院高校では今から約20年前に聖書の授業の教育実習をさせていただいたことがあります。たった一時間でしたが、一生懸命にお話ししましたところ、授業が終わったとき男の子たちが私に拍手をしてくれました。その時以来、聖学院という学校が大好きになりました。皆さんにお会いできたことを心から感謝しています。

今日はクリスマス礼拝です。クリスマスのお話をしなければなりません。初めてお会いする皆さんにどんな話をしようかと迷いましたが、とにかく皆さんと一緒に聖書を読んで、そこに書かれている一つの事実をお知らせしようと考えました。

先ほど読まれた聖書のみことばの最初に書かれていたことは「イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった」(18節)でした。ここにはイエス・キリストの誕生の次第が書かれています。「誕生」とはもちろん生まれることです。イエスさまがどのようにしてお生まれになったのかが書かれているのです。

その最初に書かれていることは、とても衝撃的な事実です。「母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった」(18節)。イエスさまのお母さんであるマリアはヨセフという男性と結婚する約束をしていたのに、まだ結婚する前に、お腹の中に赤ちゃんがいることが分かったと書かれているのです。

当時のマリアさんは、たぶん皆さんと同じくらいの年齢でした。10代の後半だったと考えられます。今の皆さんが、お腹の中に赤ちゃんがいるということになりますと、それは一つの事件とみなされるに違いありませんが、当時のユダヤの社会の中では特別なことではありませんでした。ただし、それが結婚する前のことであったということになりますと、話は全く別です。当時のユダヤの社会の中で、それはとんでもない罪でした。死刑に値するとみなされました。

しかしマリアさんは、どうしていま自分のお腹の中に赤ちゃんがいるのかについて、その原因というか理由をはっきりと知っていました。少なくとも、ヨセフさんとの関係の中で与えられた子どもではないということを知っていました。また、ヨセフさん以外の男性と関係したためにそうなったわけではないということを知っていました。

先ほど私はマリアさんは皆さんと同世代だったと言いました。なぜそのことを強調するのかといいますと、当時のマリアさんと同世代の皆さんには、このときのマリアさんの気持ちが分かるのではないかと思うからです。初めてお会いする皆さんの前で変な話をしたいのではありません。しかし、どうしていま自分のお腹の中に赤ちゃんがいるのかについて原因も理由も分からないという方はここにはおられないはずです。10代の後半は、それだけの責任をとることができる年齢であると申し上げたいのです。

ですから、マリアさんは、声を大にして言いたかったはずです。「私は罪を犯していません!誰から責められなければならないようなこともしていません!」と。それでも周りの人たちは、彼女は何か隠しているとか、ありえないことを言い張っているだけだと白い目で見たはずです。その証拠に、結婚の約束をしていた最も信頼していた彼氏が彼女を疑ったのです。ヨセフさんは彼女を信頼できなくなり、誰にも知られないうちに別れようと決心したというのです。

こういうときに皆さんならどうしますかとお尋ねしてみたい気持ちが私にはありますが、いま手を挙げて答えてくださいとは言いません。それぞれ自分で考えてみてほしいです。

自分には身に覚えのない罪を最も信頼している人から疑われたときにどうしますか。一生懸命その相手に説明しますか。説明して分かってもらえますか。分かってくれる相手であれば説明することには意味があります。しかし、本当に分かってくれますか。もしいくら説明しても分かってくれなかった場合はどうしますか。説明は時として泥沼にはまることがあります。説明すればするほど、見苦しいとか言い訳がましいとか見られて、ますます窮地に追い込まれることがあります。

私が思うこと、それは、もし皆さんが自分の身に覚えのない罪を疑われた場合は、誰が何と言おうと堂々としておられたらよいということです。良い意味で自分自身を信じていただきたいです。そして少し話は飛躍しますが、そのようなときにこそ、神さまを信じていただきたいです。

神さまはそういう人を決して見殺しにはしません。罪のない人を罪に定めることを、人はするかもしれませんが、神さまはしません。神さまはヨセフさんの夢の中で「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである」(20節)と声を大にして主張してくださいました。神さまがマリアさんをかばってくださったのです。そのことをヨセフさんは信じました。二人の信頼関係は回復されて、無事にイエスさまがお生まれになりました。

高校生の皆さんは、将来何の仕事をするのかを悩んでおられると思います。もしまだ決まっていない方に考えていただきたいことは、身に覚えのない罪を疑われている人たちを助ける仕事を探していただきたいということです。

わたしたち人間は、誰からも信頼してもらえないと感じるときに絶望します。絶望している人を助ける仕事、生きるのをやめてしまおうとしている人に生きる希望を与える仕事、それは本当に尊いものです。それは、神さまがマリアさんにしてくださったのと同じことをすることです。マリアさんの命とイエスさまの命は、神さまが助けてくださったのです。

皆さんの将来が神さまの祝福のうちにありますよう、お祈りしています。

(2010年12月20日、女子聖学院高等学校クリスマス礼拝)