2025年3月6日木曜日

ファン・ルーラーはホーケンダイクの指導教授だった

デイヴィッド・ボッシュ『宣教のパラダイム転換』英語版

【ファン・ルーラーはホーケンダイクの指導教授だった】

先週2025年2月24日(月)日本基督教団東京教区東支区社会部主催の社会セミナーが富士見町教会(千代田区)で盛会のうちに終了した。私は主催者の中の人。講演者、川上直哉先生に心から感謝。詳細はクリスチャン新聞3月9日号をぜひご一読を。私が今から書こうとしているのは、関連事項ながらやや別件。

川上直哉先生は、現在爆売れ中の快著『私の救い、私たちの希望』(ヨベル、2004年)のご著者。まさに時の人。私は面識が無かったので、川上先生をお迎えするにあたり、まずはご著書を読み始めた。同時に、副題にあるデイヴィッド・ボッシュ『宣教のパラダイム転換』の日本語版と原著英語版を入手した。

ところが、そこに躓きの石。ボッシュのセンパラ(フルネームで言いなさい)に「ファン・ルーラー」が登場しない。南アフリカ・オランダ改革派教会のボッシュが「宣教の神学者」ファン・ルーラーを知らないはずがない。ファン・ルーラーは同時代の神学者から無視され続けた人。そのたぐいかと落胆した。

しかし、それは誤解だった。ボッシュのセンパラ(省略やめなさい)に「ファン・ルーラー」が登場しないのは客観的事実。だが、ボッシュが紹介する多くの神学者たちの中にファン・ルーラーと深い関係にある人がいた。その人の名はJ. C. ホーケンダイク(Johannes Christiaan Hoekendijk [1912-1975])。

ホーケンダイクは戸村正博訳『明日の社会と明日の教会 (新教出版社、1966年)等で日本でも昔から知られてきたオランダ改革派教会(NHK)の神学者。ホーケンダイクの博士論文の指導教授がファン・ルーラーだったことが分かった。ファン・ルーラーはボッシュの本に登場しないが、しっかり仕事していた。

「宣教(apostolaat)」概念でクレーマーとファン・ルーラーはつながる。ホーケンダイクとファン・ルーラーは師弟関係。世界教会協議会(WCC)初代総幹事ヴィサー・トーフトもオランダ改革派教会(NHK)。クレーマーとヴィサー・トーフトの名前が『日本基督教団史』(教団出版局、1967年)に出てくる。

2008年12月11日(木)オランダ留学中の石原知弘牧師の案内で、ユトレヒト大学図書館内のファン・ルーラー文庫(Van Ruler archief)に行き、閲覧させてもらったのは日本の終戦(1945年8月15日)についてファン・ルーラーが書いたメモ。バイブルサイズくらいの用紙に小さい字でびっしり書かれていた。

私はこれからもファン・ルーラー研究を続ける。オランダ語は一向に上達しないが、翻訳は語学が得意な人にお任せしたい。私の関心は彼の思想、発言、行動、影響にある。ファン・ルーラーは1970年12月に62歳で亡くなった。インターネット時代は知らないが、アポロの月面着陸(1969年7月)は知っている。

また原稿を2つ抱えている。私にオファーは二度と無いと思っていたのでありがたいが、うれしい悲鳴。ひとつは「戒規」に関する件。とてつもなく深刻な問題であることを改めて認識し、頭を抱えている。もうひとつはファン・ルーラーの紹介。光栄なことだ。私の人生が問われる。蘭学事始、はじめの一歩。