ローマの信徒への手紙6章1~5節
関口 康(日本基督教団教師)
「では、どういうことになるのか。恵みが増すようにと、罪の中にとどまるべきだろうか。決してそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なおも罪の中に生きることができるでしょう。それともあなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば。その復活の姿にもあやかれるでしょう。」
下関教会の皆さま、おはようございます。日本基督教団教師の関口康です。大切なイースター礼拝に説教者としてお招きいただき、心から感謝いたします。今日はどうかよろしくお願いいたします。
遠い過去に一度、平日に下関教会の会堂に入らせていただいたことがあります。25年ほど前です。当時の下関教会の牧師は篠原満先生でした。ここでとても重要な会議が行われ、私も出席しました。
そのとき以来、今日が2回目の下関教会訪問です。つまり25年ぶりくらいです。ずいぶんとのんびりした話のようでもあります。しかし、教会というのはそういうところです。
教会の時間の流れ方はのんびりしています。変化も緩やかです。20年、30年、あるいはもっと昔の出来事を、まるで昨日の出来事のように思い起こし、振り返り、反省材料にし、決して忘れることのできない大切な記憶と記録にしていく。それが教会らしいあり方であると私は考えています。
さて先ほど朗読していただきましたのは、使徒パウロのローマの信徒への手紙6章の1節から5節です。今日はこの箇所を共に学ばせていただきたいと願っています。
この箇所に記されていることの趣旨を短くまとめていえば、わたしたちの救い主イエス・キリストの復活とわたしたちの救いの関係は何かということです。なかでも特に強調されているのは、イエス・キリストの復活と、わたしたちが教会で受ける洗礼との関係です。
ここではっきり申し上げておきたいのは、イエス・キリストの復活について聖書が教えているのは、先ほど日本基督教団信仰告白をみんなで共に唱和しましたが、その最後に加えられている使徒信条において共に告白したとおりの「肉体の復活」(からだのよみがえり)であるということです。
それは、一度は死んだ者が神の力によって再び命を取り戻し、この地上の世界にもう一度立ち上がることです。この点をごまかすことはできません。
地上の世界ではない別のところで、その意味でのいわゆる天国で、ひとりの人が永遠に生きているというようなことだけなら「復活」ではありません。そのような考えのほうがよほど信じやすいものがありますが、聖書の意味での「復活」ではありません。
あるいは、亡くなった方についての記憶が人の心の中にいつまでも覚えられているというようなことも、美しい話ではありますが、それも聖書の意味での「復活」ではありません。聖書が教え、教会が信じる「復活」は「肉体の復活」(からだのよみがえり)です。そこをごまかすことはできません。
そのようなことがどのような仕方で起こったのかについては、もちろん多くの謎の要素があります。ほとんど理解不能と言うべきです。私も理解できていません。しかし聖書に教えられていることは何なのかと問われれば「肉体の復活」(からだのよみがえり)であると言わなくてはなりません。そこはごまかしてはいけません。
そのイエス・キリストの「肉体の復活」と、わたしたちが救われること、とくに教会で「洗礼」を受けることは、その意味において重なり合う関係にあるというのが今日の箇所にパウロが書いていることの趣旨です。しかし、どのように重なり合うのかについてはよく考えないと分からないことです。なぜなら、両者の間に根本的な違いがあるからです。
その違いとは、イエス・キリストは、事実としての肉体の死を経た上で、神の力によってその肉体が復活したと、聖書が教えています。しかしわたしたちが洗礼を受けるときは、当然のことながら、十分な意味でまだ生きています。「肉体的な死」の段階に至っていませんし、「霊的な死」の段階にも至っていません。ここに両者の根本的な違いがあります。
それとも、そうではないのでしょうか。わたしたちは洗礼を受けるときに、いったん殺されなければならないのでしょうか。洗礼式は殺人の儀式でしょうか。みんなの前で一度殺されて、そのうえで牧師が復活の呪文を唱えてその人をよみがえらせる魔法の儀式でしょうか。そのように考えることは非常に危険ですし、完全に間違っています。パウロも決してそのような意味のことを書いているのではありません。
しかし、それではどういう意味でしょうか。わたしたちが「洗礼を受けること」の意味は、「イエス・キリストと共に死ぬこと」であるとパウロははっきり記しています。しかしわたしたちは事実として死んでいませんし、死にません。その点においては、パウロが記しているのはある意味で比喩であるということを認める必要があります。死んでいないのに「死んだ」と言っているのですから。
しかしパウロは、ただ大げさに言っているだけでしょうか。そうではないと申し上げておきます。重要なポイントは「恵みが増すようにと、罪の中にとどまるべきだろうか」(1節)の中の「罪の中にとどまる」をどう理解するかです。
この箇所に記されている「とどまる」の意味は、わたしたち自身の主体的決断を伴う、人間自身の能動的な行為です。故意に、意図的に、作為的に、能動的な悪意と計画性をもってそのことに固執し、中断するどころか継続し、離れようとしないという意味です。
つまり「罪の行為をやめようとしない」という意味です。すべての人が生まれながらに持っていると言われる「原罪」の意味で、「やむをえず罪の性質を持ち続けている」という意味ではありません。
その両者、すなわち「罪の行為をやめようとしないこと」と「罪の性質を持ち続けていること」は厳密に区別しなければなりません。しかし、まさにここがごまかされやすいのです。カムフラージュされやすいのです。教会の教えが陥りやすい罠でもあります。よくよく気を付けていないと、教会の教えが犯罪者の自己弁護に都合よく利用されてしまいます。
聖書の教えによれば、なるほど確かにすべての人が罪の性質を持ち続けています。しかしだからといって、すべての人がいつでも必ず重大な犯罪行為に手を染めているわけではありません。すべての人が殺人を犯しているわけではないし、強盗や姦淫や偽証を犯しているわけではありません。
それらの罪が自分とは関係ないし、そういうことを犯す可能性はありえないと言い切ることはできません。いつでも悪い段階へと発展してしまいかねない弱さをすべての人が持っていることは否定できません。しかしだからといって、すべての人が日々犯罪行為を重ねることに固執しているわけではありません。それは言い過ぎです。
もし「罪にとどまること」を先ほどから申し上げている意味での「罪の行為をやめようとしないこと」として理解すべきであるとすれば、そのことのちょうど反対の意味で言われている「罪に対して死ぬこと」は、まさにちょうど反対の意味での「罪の行為との死別」、すなわち「罪の行為からの解放」という意味での「救い」でなければなりません。
そして、その続きの「なおも罪の中に生きることができるでしょう」という中の「罪の中に生きる」もまた、「罪の行為をし続けること」という意味でなければなりません。ここでパウロが記しているのは、すべての人が生まれながらに持っている「原罪」という意味の「罪の性質」ではなく、あくまでも「罪の行為」です。
「性質」と「行為」は全く無関係とは言えませんが、厳密に区別しなければなりません。そのように理解しないかぎり、この箇所にパウロが記していることは全く理解できません。
そして、今日私が強調して申し上げたいと願っているのは、わたしたちが教会で受ける洗礼の意味は「イエス・キリストと共に死ぬこと」であるとパウロがはっきり記していることの意味は、肉体的な死ではないし、霊的な死でもなく、「罪の行為との死別」、すなわち「罪の行為からの解放」という意味での「救い」である、ということです。
そして、もしそうであるならば、今日の箇所全体でパウロが語ろうとしている、イエス・キリストの復活とわたしたちの救いとの関係、特にわたしたちが教会で受ける洗礼との関係は何かという問いの答えが次第に分かってきます。
パウロが記している「わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものになった」(4節)の意味は「罪の行為との死別」、つまり「罪の行為からの解放」としての「救い」です。
もしそうであれば、「新しい命に生きること」(4節)、あるいは「キリストの復活の姿にあやかること」(5節)は、罪の行為とは反対の「善い行為」を行うことにおいて積極的な生き方を意味しています。それが「罪に死に、キリストに生きること」の意味です。
教会で「善い行為」の話をすると「宗教は道徳ではない」と反論されることがありますが、パウロが書いているのは「善い行為」の勧めです。教会は犯罪計画を常に企て、それを実行に移す団体ではありません。
わたしたちは、たとえ聖書が人間の罪深い性質を教えているとしても、だからといって罪の行為に市民権を与えてはいけません。「わたしたち人間が罪を犯すのは当然である」とか「やむをえない」とか、そのようなことを聖書は教えていません。そんなばかげた話はないのです。
今こそ真剣に考えなければならないのは戦争の問題であると思います。私は昨日羽田空港から山口宇部空港まで飛行機で来ました。朝鮮半島との距離の近さを実感しました。とんでもないことがこれから始まるかもしれません。緊張が極度に高まっています。
このようなときに、教会が「人間が罪を犯すのはやむをえない、当然である、仕方ない」などと教えて、戦争による解決を当然視するようなことをしてはいけません。
わたしたちは、イエス・キリストの復活の姿にあやかります。罪深い性質は持ち続けていますが、罪の行為を断固拒否します。わたしたちは神の御心に従った信仰と希望と愛の道をめざします。この道をこれからも歩んでいこうではありませんか。
(2017年4月16日、日本基督教団下関教会イースター主日礼拝)
2017年4月9日日曜日
来週の予定
信仰が希望を支える(千葉若葉教会)
ローマの信徒への手紙4章18~22節
関口 康(日本基督教団教師)
「彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、『あなたの子孫はこのようになる』と言われていたとおりに、多くの民の父となりました。そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱まりはしませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。だからまた、それが彼の義と認められたわけです。」
千葉若葉教会で説教させていただくのは3月12日で終わりというお約束でしたが、もう少し続けてほしいという依頼を主任牧師の内山幸一先生からいただきました。それで戻ってきました。よろしくお願いいたします。
先ほどはローマの信徒への手紙4章18節から22節までの箇所を朗読していただきました。最初の「彼」は「信仰の父」と呼ばれるアブラハムです。アブラハムは、まだ「アブラム」と呼ばれていた頃、父テラが住む故郷ハランの地を離れ、妻サライ(後に「サラ」と改名)と甥ロトと共に、カナン地方に移住しました。
移住の理由は不明です。しかしハランが異教の地であったことと関係していると考えられています。アブラハムは真の神への信仰を求めて新しい地に移住しました。そして、そのアブラハムに主なる神が約束してくださったことがあります。
それは「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を高める」(創世記12章2節)という約束でした。この約束の意味は、アブラハムとサラに「天の星の数ほど多くの」子孫を与えるということでした(創世記15章5節)。
その約束をアブラハムは信じました。その「信仰」を主なる神が「彼の義と認め」ました(創世記15章6節)。ところが彼らに与えられた子どもはひとりでした。その名はイサクと名付けられました。そのときアブラハムは100歳、サラは90歳でした。主なる神の約束は「天の星の数ほど多くの」子孫を与えるということでしたが、現実に与えられたのはひとりでした。それはある意味で矛盾です。
もうひとつ、これもやはりある意味で矛盾であると言わざるをえないことがあります。それは神がアプラハムに最初に約束してくださったことに含まれていたもうひとつの点に関係しています。それは「あなたの子孫にこの土地を与える」(創世記12章7節)という約束でした。
「この土地」とはカナン地方全域を指しています。しかしアブラハムが最終的に自分の所有の土地として手に入れたのは、ひとつの小さな畑と洞窟でした。
それは、127年の生涯を終えた妻サラを葬るためにヘト人エフロンから銀400シェケルで購入したものです。「カナン地方のヘブロンにあるマムレの前のマクペラの畑」と記されています(創世記23章19節)。それはカナン地方全域とは比較にならない小さな土地でした。最初の約束と違うではないかと言おうと思えば言えなくありません。
子孫の数についての約束と、手に入れる土地についての約束とで共通しているのは、最初の約束の内容の大きさと比較すると結果的に彼らが現実に受け取ったものがあまりにも小さいものだった、ということになるでしょう。その差は歴然としています。
しかし、そのことについてアブラハムが神を批判した形跡はありません。「神は嘘つきだ」とか「神が騙した」とアブラハムが神を批判する言葉は見当たりません。しかしそのこと自体は重要な問題ではありません。
創世記に記されているのは、アブラハムという人は、神に対して言いたいことがあってもそれを決して口に出さなかった我慢強い人でした、その「我慢強さ」を神は「彼の義」と認めました、という話ではありません。
神がアブラハムに「あなたをこんなふうにしてあげる」「あなたにこれだけのものを与える」とうまい話をもちかけてきた。うまい話に乗せられたアブラハムが故郷を捨てて出てきたのに神は彼を裏切った。しかしアブラハムはどんなに裏切られても騙されても神を信じるのをやめませんでした、という話でもありません。そういう話のほうが面白い展開になるかもしれませんが。
それではどういう話なのでしょうか。そのことをお話ししたいと思って、ローマの信徒への手紙の今日の箇所を開いていただきました。
この箇所に記されているのは、神がそれを「彼の義」と認めてくださった「アブラハムの信仰」とはどのような性質のものだったかについてのパウロの解釈です。解釈だと申し上げる意味は、パウロが書いていることが創世記に明確に書かれているわけではないということです。明確に書かれていないことについてパウロが想像力を働かせて解釈しているのです。
さて、この箇所にパウロが書いているのは、次のようなことです。便宜的に三つに分けておきます。
第一に「アプラハムの信仰」は「希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じる」という性質のものだったということです。それは「希望」という(「信仰・希望・愛」と三者を区別して言うように)「信仰」とは区別される事柄との関係で理解されるべきものであるということです。説明は後でします。
第二に「アブラハムの信仰」とは「神の約束を信じる」という性質のものであったということです。そしてこの「神の約束」もやはり「希望」との関係の中で理解されるべきだと申し上げておきます。これも後で説明します。
第三に「アブラハムの信仰」とは「神は約束を実現させる力をお持ちである方であるということを確信する」という性質のものだったということです。これについても同じことを繰り返します。「約束」と、「約束が実現すること」(未来の現実)と、それを実現する「力」を神が持っていることを信じること(信仰)と、「希望」の四つは互いに区別されつつ不可分の関係にある、ということです。
以上の三つをまとめていえば要するに、アブラハムの「信仰」は「希望」という要素に結びついているということです。そのようにパウロが理解しているということです。そして、今日私が強調したいのは、いま申し上げた意味での「希望」との関係で理解されるべき「アブラハムの信仰」には時間的な次元が必ずある、ということです。
難しいことを言っているつもりはありません。当たり前のことを言っているつもりです。「希望」というかぎり、その実現には「時間がかかる」ということです。それは必ずご理解いただけることです。そして、もしそうであるなら、実現までに多くの時間がかかる「希望」との関係において理解されるべき「信仰」もまた、時間との関係を無視することはできないということです。
ここから先に申し上げることで、もしかしたら皆さんの心を少し傷つけてしまうかもしれません。しかし、私も例外ではありえないことですのでお許しください。私が申し上げたいのは、「大きな希望が実現するためにかかる時間はひとりの人の人生の長さよりも長い」ということです。小さな希望であれば、実現までに長い時間はかからないかもしれません。しかし、大きな希望が実現する頃には、最初にその希望を抱いた人は、地上にはもういない、ということです。
しかし、最初にその大きな希望を抱いた人もまた、たとえその人自身はその希望が実現する頃にはもはや生きていないとしても、自分になしうることをコツコツと忠実になすことが求められている、ということです。それが、アブラハムが抱いた意味での「信仰」です。
アブラハムにとって「希望」とは、ひとつの大きな国を築くことを意味していました。その大きな希望が実現するのは、アブラハムにとっては未来に属することでした。そのことは彼も分かっていたことです。私の目の黒いうちにすべてが必ず実現しなければならないなどとは考えていませんでした。独裁者タイプの人は、どんな暴力をしてでも、急進的な実現を目指すでしょう。しかし、アブラハムは違いました。
アブラハムにとって、ひとりのこどもが生まれることと、ひとつの畑を手に入れることは神の約束の実現に向けての確かな一歩でした。それ以上は彼に与えられませんでしたが、その確かな一歩からすべてが始まりました。だからこそ、アブラハムは「信仰の父」と呼ばれる存在になりました。
ですから、アブラハムが抱いた「希望」の意味は「未来待望」です。彼が待ち望んだのは時間的・歴史的な意味での「未来」です。そして、その意味での「希望」との関係で理解される「信仰」は、必ず時間的・歴史的な次元が関係しています。「希望」との関係で理解されるべき「信仰」は、無時間的なものではなく、時間の中で神の約束の実現を待ち望むことを意味しています。
少なくとも、自分の個人的欲望を満たすことが聖書の意味での「希望の実現」ではありません。しかし私は、自分の個人的な欲望を満たすことが悪いと言いたいのではありません。
たとえばわたしたちは、「あなたの希望は何でしょうか」と聞かれたらどう答えるでしょうか。子どもたちは、行きたい学校とか、なりたい職業を答えるのではないでしょうか。もう少し大人になれば、住みたい家とか、乗りたい車を答えるかもしれません。年配の人たちはどうでしょうか。葬儀をどうするか、お墓をどこにするかを答えるかもしれません。
それらのことを真剣に考えることが悪いわけではありません。しかし、わたしたちにとっての「希望」はそれだけでしょうか。あまりも個人的すぎないでしょうか。どうしてもっと「大きな希望」を持てないでしょうか。
しかしそこで、教会に通っている人は違うと、私は言いたいです。教会は、キリストの体であり、信者の集まりです。そのような、きわめて具体性ある存在としての「教会」の「未来」を「待望」することができるのですから。かつそのために「今」なすべきことをコツコツと続けていくという、具体的な「希望」を、教会に通っているわたしたちは実際に抱くことができます。
たとえば、教会の土地・建物を手に入れることには何十年もかかります。教会に人が集まるようになり、小さな教会が大きな教会になっていくことにも何十年もかかります。
小さい教会が大きくなれば、それがやがて村になり、町になり、市になり、県になり、国になっていくでしょうか。
そういう「希望」をわたしたちはなかなか抱くことはできません。あまりにも大げさすぎて、そういうことを真面目に考えることができません。しかし、「アブラハムの信仰」は、いわばそのような性質のものでした。
わたしたちは急ぎすぎのところがあります。すぐ結果が出なければ気が済まないところがあります。自分の目の黒いうちに自分の努力の結果を見たいと思ってしまうところがあります。
しかし、あえて乱暴な言い方をすれば、たかが自分の目の黒いうちに結果が見える程度のことなどは、「小さな希望」にすぎません。そんなのは大したことがありません。わたしたちは、もっと「大きな希望」を持とうではありませんか。
「未来待望」としての「希望」の行き先には、わたしたちはもういません。その覚悟は必要です。しかし、だからこそわたしたちには「信仰」が必要です。それは、わたしたちの未来に、わたしたちの信仰を受け継ぐ人々が必ず起こされることを信じる信仰です。
わたしたちに求められているのは、わたしたちが待ち望んでいる未来にはもはや自分自身はいなくても、未来に生きる人を信頼し、その人々にすべてを託すことです。
(2017年4月9日、日本バプテスト連盟千葉・若葉キリスト教会 主日礼拝)
関口 康(日本基督教団教師)
「彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、『あなたの子孫はこのようになる』と言われていたとおりに、多くの民の父となりました。そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱まりはしませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。だからまた、それが彼の義と認められたわけです。」
千葉若葉教会で説教させていただくのは3月12日で終わりというお約束でしたが、もう少し続けてほしいという依頼を主任牧師の内山幸一先生からいただきました。それで戻ってきました。よろしくお願いいたします。
先ほどはローマの信徒への手紙4章18節から22節までの箇所を朗読していただきました。最初の「彼」は「信仰の父」と呼ばれるアブラハムです。アブラハムは、まだ「アブラム」と呼ばれていた頃、父テラが住む故郷ハランの地を離れ、妻サライ(後に「サラ」と改名)と甥ロトと共に、カナン地方に移住しました。
移住の理由は不明です。しかしハランが異教の地であったことと関係していると考えられています。アブラハムは真の神への信仰を求めて新しい地に移住しました。そして、そのアブラハムに主なる神が約束してくださったことがあります。
それは「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を高める」(創世記12章2節)という約束でした。この約束の意味は、アブラハムとサラに「天の星の数ほど多くの」子孫を与えるということでした(創世記15章5節)。
その約束をアブラハムは信じました。その「信仰」を主なる神が「彼の義と認め」ました(創世記15章6節)。ところが彼らに与えられた子どもはひとりでした。その名はイサクと名付けられました。そのときアブラハムは100歳、サラは90歳でした。主なる神の約束は「天の星の数ほど多くの」子孫を与えるということでしたが、現実に与えられたのはひとりでした。それはある意味で矛盾です。
もうひとつ、これもやはりある意味で矛盾であると言わざるをえないことがあります。それは神がアプラハムに最初に約束してくださったことに含まれていたもうひとつの点に関係しています。それは「あなたの子孫にこの土地を与える」(創世記12章7節)という約束でした。
「この土地」とはカナン地方全域を指しています。しかしアブラハムが最終的に自分の所有の土地として手に入れたのは、ひとつの小さな畑と洞窟でした。
それは、127年の生涯を終えた妻サラを葬るためにヘト人エフロンから銀400シェケルで購入したものです。「カナン地方のヘブロンにあるマムレの前のマクペラの畑」と記されています(創世記23章19節)。それはカナン地方全域とは比較にならない小さな土地でした。最初の約束と違うではないかと言おうと思えば言えなくありません。
子孫の数についての約束と、手に入れる土地についての約束とで共通しているのは、最初の約束の内容の大きさと比較すると結果的に彼らが現実に受け取ったものがあまりにも小さいものだった、ということになるでしょう。その差は歴然としています。
しかし、そのことについてアブラハムが神を批判した形跡はありません。「神は嘘つきだ」とか「神が騙した」とアブラハムが神を批判する言葉は見当たりません。しかしそのこと自体は重要な問題ではありません。
創世記に記されているのは、アブラハムという人は、神に対して言いたいことがあってもそれを決して口に出さなかった我慢強い人でした、その「我慢強さ」を神は「彼の義」と認めました、という話ではありません。
神がアブラハムに「あなたをこんなふうにしてあげる」「あなたにこれだけのものを与える」とうまい話をもちかけてきた。うまい話に乗せられたアブラハムが故郷を捨てて出てきたのに神は彼を裏切った。しかしアブラハムはどんなに裏切られても騙されても神を信じるのをやめませんでした、という話でもありません。そういう話のほうが面白い展開になるかもしれませんが。
それではどういう話なのでしょうか。そのことをお話ししたいと思って、ローマの信徒への手紙の今日の箇所を開いていただきました。
この箇所に記されているのは、神がそれを「彼の義」と認めてくださった「アブラハムの信仰」とはどのような性質のものだったかについてのパウロの解釈です。解釈だと申し上げる意味は、パウロが書いていることが創世記に明確に書かれているわけではないということです。明確に書かれていないことについてパウロが想像力を働かせて解釈しているのです。
さて、この箇所にパウロが書いているのは、次のようなことです。便宜的に三つに分けておきます。
第一に「アプラハムの信仰」は「希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じる」という性質のものだったということです。それは「希望」という(「信仰・希望・愛」と三者を区別して言うように)「信仰」とは区別される事柄との関係で理解されるべきものであるということです。説明は後でします。
第二に「アブラハムの信仰」とは「神の約束を信じる」という性質のものであったということです。そしてこの「神の約束」もやはり「希望」との関係の中で理解されるべきだと申し上げておきます。これも後で説明します。
第三に「アブラハムの信仰」とは「神は約束を実現させる力をお持ちである方であるということを確信する」という性質のものだったということです。これについても同じことを繰り返します。「約束」と、「約束が実現すること」(未来の現実)と、それを実現する「力」を神が持っていることを信じること(信仰)と、「希望」の四つは互いに区別されつつ不可分の関係にある、ということです。
以上の三つをまとめていえば要するに、アブラハムの「信仰」は「希望」という要素に結びついているということです。そのようにパウロが理解しているということです。そして、今日私が強調したいのは、いま申し上げた意味での「希望」との関係で理解されるべき「アブラハムの信仰」には時間的な次元が必ずある、ということです。
難しいことを言っているつもりはありません。当たり前のことを言っているつもりです。「希望」というかぎり、その実現には「時間がかかる」ということです。それは必ずご理解いただけることです。そして、もしそうであるなら、実現までに多くの時間がかかる「希望」との関係において理解されるべき「信仰」もまた、時間との関係を無視することはできないということです。
ここから先に申し上げることで、もしかしたら皆さんの心を少し傷つけてしまうかもしれません。しかし、私も例外ではありえないことですのでお許しください。私が申し上げたいのは、「大きな希望が実現するためにかかる時間はひとりの人の人生の長さよりも長い」ということです。小さな希望であれば、実現までに長い時間はかからないかもしれません。しかし、大きな希望が実現する頃には、最初にその希望を抱いた人は、地上にはもういない、ということです。
しかし、最初にその大きな希望を抱いた人もまた、たとえその人自身はその希望が実現する頃にはもはや生きていないとしても、自分になしうることをコツコツと忠実になすことが求められている、ということです。それが、アブラハムが抱いた意味での「信仰」です。
アブラハムにとって「希望」とは、ひとつの大きな国を築くことを意味していました。その大きな希望が実現するのは、アブラハムにとっては未来に属することでした。そのことは彼も分かっていたことです。私の目の黒いうちにすべてが必ず実現しなければならないなどとは考えていませんでした。独裁者タイプの人は、どんな暴力をしてでも、急進的な実現を目指すでしょう。しかし、アブラハムは違いました。
アブラハムにとって、ひとりのこどもが生まれることと、ひとつの畑を手に入れることは神の約束の実現に向けての確かな一歩でした。それ以上は彼に与えられませんでしたが、その確かな一歩からすべてが始まりました。だからこそ、アブラハムは「信仰の父」と呼ばれる存在になりました。
ですから、アブラハムが抱いた「希望」の意味は「未来待望」です。彼が待ち望んだのは時間的・歴史的な意味での「未来」です。そして、その意味での「希望」との関係で理解される「信仰」は、必ず時間的・歴史的な次元が関係しています。「希望」との関係で理解されるべき「信仰」は、無時間的なものではなく、時間の中で神の約束の実現を待ち望むことを意味しています。
少なくとも、自分の個人的欲望を満たすことが聖書の意味での「希望の実現」ではありません。しかし私は、自分の個人的な欲望を満たすことが悪いと言いたいのではありません。
たとえばわたしたちは、「あなたの希望は何でしょうか」と聞かれたらどう答えるでしょうか。子どもたちは、行きたい学校とか、なりたい職業を答えるのではないでしょうか。もう少し大人になれば、住みたい家とか、乗りたい車を答えるかもしれません。年配の人たちはどうでしょうか。葬儀をどうするか、お墓をどこにするかを答えるかもしれません。
それらのことを真剣に考えることが悪いわけではありません。しかし、わたしたちにとっての「希望」はそれだけでしょうか。あまりも個人的すぎないでしょうか。どうしてもっと「大きな希望」を持てないでしょうか。
しかしそこで、教会に通っている人は違うと、私は言いたいです。教会は、キリストの体であり、信者の集まりです。そのような、きわめて具体性ある存在としての「教会」の「未来」を「待望」することができるのですから。かつそのために「今」なすべきことをコツコツと続けていくという、具体的な「希望」を、教会に通っているわたしたちは実際に抱くことができます。
たとえば、教会の土地・建物を手に入れることには何十年もかかります。教会に人が集まるようになり、小さな教会が大きな教会になっていくことにも何十年もかかります。
小さい教会が大きくなれば、それがやがて村になり、町になり、市になり、県になり、国になっていくでしょうか。
そういう「希望」をわたしたちはなかなか抱くことはできません。あまりにも大げさすぎて、そういうことを真面目に考えることができません。しかし、「アブラハムの信仰」は、いわばそのような性質のものでした。
わたしたちは急ぎすぎのところがあります。すぐ結果が出なければ気が済まないところがあります。自分の目の黒いうちに自分の努力の結果を見たいと思ってしまうところがあります。
しかし、あえて乱暴な言い方をすれば、たかが自分の目の黒いうちに結果が見える程度のことなどは、「小さな希望」にすぎません。そんなのは大したことがありません。わたしたちは、もっと「大きな希望」を持とうではありませんか。
「未来待望」としての「希望」の行き先には、わたしたちはもういません。その覚悟は必要です。しかし、だからこそわたしたちには「信仰」が必要です。それは、わたしたちの未来に、わたしたちの信仰を受け継ぐ人々が必ず起こされることを信じる信仰です。
わたしたちに求められているのは、わたしたちが待ち望んでいる未来にはもはや自分自身はいなくても、未来に生きる人を信頼し、その人々にすべてを託すことです。
(2017年4月9日、日本バプテスト連盟千葉・若葉キリスト教会 主日礼拝)
2017年4月8日土曜日
レリゴー神学の限界
| ヘンドリクス・ベルコフ『確かなる希望』日本語版(1971年) |
「新約聖書の未来待望を現代的実存論的に解釈したブルトマン神学は、特に1950年代から60年代にかけて多くの人々を魅了したが、現在ではそれはかなり衰退した。その理由は少なくとも二つある。
その一つは、時間的要素や発展的発想というものは、(ブルトマンのいうような)単に神話的表現だけでなく、事柄の本質に属していて、決して聖書の未来待望から除去することはできない、ということである。
第二の理由は次のようにいうことができる。即ち、ブルトマンの提題は戦後間もなく戦争の衝撃(ショック)がまだ強烈に残っていた時には人々に訴える力をもっていたが、地上的世界から逃避した実存主義はやがて修正を迫られ、真の自由と平等と兄弟愛を求めて戦う理想主義に道をゆずらねばならなかった、ということである。」
ヘンドリクス・ベルコフ『確かなる希望』藤本治祥訳、日本基督教団出版局、1971年(原著1969年)、11頁。
この批判は当たっている。
乱暴な言い方ではあるが「聖書を非神話化したうえで実存主義でレリゴーを語る神学」というのは、どれほど批判的学術的体裁をとっていようと、最終的にはお行儀よく飼いならされてしまうだけだ。
逃避しているだけで、参加していないし、戦っていない。
正体は1970年代には暴かれていたというわけだ。
2017年4月6日木曜日
所信
各位
私が日本基督教団に戻った理由は思想信条の問題ではありません。教師転入試験の論文に私が明記したのは「教団のシステムでは教師に戒規を適用するのは不可能だと確信したので教師に戒規を適用しうる教派に移った。しかし戒規執行の事実を知り、私の考えが間違っていたことを悟った」ということでした。
1997年1月から2015年12月までの19年間も日本基督教団の外にいた人間に、教団内で執行された戒規の意味などは全く分かりませんでしたし、いまだに分かりません。これからも分からないと思います。裁判が行われているようですが、なぜ裁判になっているのか、その意味を理解できていません。
教団転入試験の面接で教師検定委員会の全員から転入(実質「復帰」)の理由を問われました。私が答えたのは「日本キリスト改革派教会のどの教会からも招聘していただけません。それで教団に戻ることにしました。いけませんか」ということでした。それで皆さんお黙りになりました。理由はそれだけです。
私は高校からストレートで東京神学大学に入学した人間ですので、専門職としての職業の根拠となる学位や資格を考えれば、牧師以外の仕事をするとしたら、無資格・未経験のパート労働がかろうじて可能なだけです。その道を選ぶよりも、責任的に働きうる牧師の職を求めているというのが正直なところです。
「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を諸教会がどのように扱っておられるかを判断する材料は、今の私にはありません。お約束できるのは、たとえ牧師が交代したからといって、各個教会が長年続けてこられたことをただちに変更するような愚かなことを私はしない、ということです。
たとえば聖書朗読や献金の順序など礼拝順序のほんの一箇所を変更するだけでも、それを牧師の一存でするようなことは、私はいまだかつてしたことがありませんし、これからもしません。それは長老主義の原則に著しく反します。長老主義だけでなく、会議制に基づくすべてのキリスト教会の原則に反します。
多くの方々からほぼ一様に、「あなたが日本基督教団の教会に牧師として復職する際には、なぜ教団を辞めたのか、なぜ戻ってきたのかを問われることになるだろう」と言われてきました。その問いに対する明確な答えを私はいまだに持っていません。唯一私に語ることができるのは「地方伝道」との関係です。
大都市圏在住者は自分の思想信条によって教会を選ぶことができますが、地方在住者にはできません。「改革派教会」の教師になって分かったのは、大都市圏の「改革派教会」で受洗した人が転勤等で地方に転居すると、最寄りの教会が属する他教団へ転出するか、「教会生活をやめる」かするということです。
後者の場合はとても残念な結果であると私は認識します。しかし単なる私の当て推量ではなく事実です。複数の実例を知っています。これこそが教派主義の持つ致命的な欠点であるということを、私は「日本キリスト改革派教会」の教師としての19年間の生活において知りました。身にしみて分かりました。
また現実問題として、約70年前に純粋な教派主義を標榜して日本基督教団を離脱した教団・教派といえど、勢いづいていた初期の頃はともかく、70年後の今でも純粋な教派主義を内実において維持しえている教会は少なく、多くの教会は日本基督教団など他の教団・教派の出身者で占められ、混合状態です。
現時点ではこれですべてです。私が表明しうる「日本基督教団に戻った理由」は「地方伝道を引き続き継続推進するためには教派主義では限界がある。合同教会が必要である」という結論に至った、ということです。これはポジティヴな理由ではないでしょうか。ご評価いただきたくよろしくお願いいたします。
2017年4月6日
日本基督教団教師 関口 康
2017年4月5日水曜日
「小さい教会」という言い方についての小さな苦言
| 本文とは関係ありません |
挙句の果てに、礼拝の中でのお祈りで「この小さい教会を」とか「この少ない礼拝を」とか言い出したり。その場で家に帰りたくなる。逆に、数十年単位でその教会にいた方々が「小さくなった」とか「少なくなった」とかおっしゃるのも聞いていて胸も頭も痛くなる。なぜわざわざ言わなきゃ気が済まないの?
ものの考え方のクセのようになってしまっていて、ご自分たちでも無自覚なのかもしれない。こういうことを書くのも、批判というより「気づいてくださいよ」と言いたい気持ち。謙遜のつもりかもしれないというのは分かる。でも、だから前記の意味の「外から来た人たち」がそれを言うのが気になるわけだ。
ひとつの教会に長くいれば、それはもういろいろある。四分五裂もある。それでも教会に踏みとどまってきた人たちの前で、そのいろいろに居合わせたわけでもないという意味で何も知らない「外から来た人たち」が、現象面だけを見て「小さい教会」「少ない教会」と、よく口にできると、呆れる思いになる。
教会の規模が持つ意味は、初めての方には敏感に分かることだとは思う。あまりいろいろ構われたくなくて、そっと行ってそっと帰りたい方々にとっては「その他大勢」の扱いをしてもらえそうな規模の教会の中に紛れ込みたいだろうし、会話やふれあいを求めたい方々は規模が小さいほうがありがたいだろう。
でも、初めての方にちょっとだけ分かってもらいたいのは、「小さい教会」「少ない教会」は、初めから小さくあろうとしたわけではないし、「成長したい」という願いを全く持っていないわけではないということだ。「小さい教会」「少ない教会」と言われると、教会の人は、少なからずがっかりするものだ。
今書いていることは、初めての方や、最近通いはじめた方々や、赴任したばかりの牧師は、古くからの教会員を斟酌すべきだとか忖度すべきだとか言いたいのではない。小さい教会を見ると「小さい」と言うのは、太った人を見ると「太っている」と見たままを言うのと似ているのではないかと言いたいだけだ。
サイボーグ009に惹かれる理由
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| マウスだけで描くのは難しいです |
サイボーグについての詳しい知識などは私には全くないが、このマンガにおける「サイボーグ」とは、現在すでに実用化されている義手義足や体内に入れる人工部品がもっともっと極まった状態を指していると思われる。当然のことながら元々は人間であり、かつ「人間性」を失うことはないのがサイボーグだ。
最終的に残る人間性の根拠は、おそらく「脳」だ。脳まで入れ替えてしまえばロボットと呼ばざるをえない。私がそのようにとらえているということでなく、そういう存在としてサイボーグを石ノ森先生が描いておられる。少なくとも私にはそう読める。異説があるなら尊重する。論争に巻き込まれたくはない。
この件に関してはわりと最近書いたような気がするが、私が『サイボーグ009』というこのマンガに惹かれるのは、登場人物がかっこいいとか内容が面白いとか、そういう要素が無いわけではないが、それ以上に「それでは人間とは何なのか」という問いを、読むたびに突きつけられ、考えさせられるからだ。
どの部分まで残れば「人間」と言えるのか。どの部分からは人工の代替品に置き換えてもギリギリ「生きている」と言えるのか。全部残るのがいちばんいいに決まっているだろう。しかし加齢や病気や事故などで失ってしまう身体のパーツや能力は現実にある。あそこは動かなくなった、ここは無くなった、と。
それでも絶望しないで「人間として生きている」と喜びをもって実感できる状態はどこまでかを考えさせられてきた。他にも同じようなテーマのマンガがあるのかもしれないが、私は『サイボーグ009』しか知らないし、これ以上知りたいとは思わない。マンガそのものは何年か前からほとんど読んでいない。
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| お絵描きの練習をしているだけです |
2017年4月4日火曜日
遅れをとりました
| 新訂版『ファン・ルーラー著作集』(画像は第4巻まで) |
出版元サイトで公開されている情報は限られたことだけで新訂版『ファン・ルーラー著作集』第6巻(2分冊)の発売日がいつだったのかさえよく分からない。しかし、それは問題でない。このシリーズは全巻購入を予約し、新刊発売と同時に送ってもらってきた。これから届くのか。たぶん届かない気がする。
というわけで、昨夜さっそく出版社宛てにメールを送った。私は全巻購入予約をしている者だ。第6巻(2分冊)がすでに出版されているようだが、うちにまだ届いていないぞ、どうしたんだと、ややキレ気味に。返事はまだない。腹を立てているわけではない。ファン・ルーラーの文章を早く読みたいだけだ。
私はファン・ルーラーの研究を個人的趣味でしてきたつもりはない。日本の神学者の中に、自分たちがよく知らないことに取り組んでいる人間をマニア呼ばわりしたり距離をとって冷笑したりするのがいる。たまに、話を聞いてやろうかと近づいてきて、内容を知るや激怒して「ナイン!」と言いだすのもいる。
でも、もう私には怖いと思う相手はいない。ファン・ルーラーが70年前から警鐘を鳴らし続けた事柄が今日まさに形をなしている。と書くと「それは何かを我々に分かるように短く説明してみろ」だの教師然としたのが問いかけてきそうだが、自分で調べろよ。答えだけ聞いてお茶を濁そうなんて甘いよ。ね?
やや脱線してしまったが、新訂版『ファン・ルーラー書作集』第6巻(2分冊)がすでに刊行されているという出版元サイトの情報に接して昨夜は激しく動揺し、遅れをとってしまっていたことを深く反省し、焦っている。研究者の端くれとしてこれ以上恥ずかしいことはない。早く来い来いファン・ルーラー。
2017年4月3日月曜日
勉強しなくちゃ
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| 今書きました |
でも、それは私にとっては絶対良くないことなので、せめてなんとか勉強のモチベーションを取り戻すことが私の人間性回復にとっての先決問題だと思う。何を大げさな言い方をと思われるかもしれないが、これでもけっこうプライドズタズタ状態だったりする。要らぬプライドなんか棄てるほうがいいのだが。
何度となく書いてきたが、今から20年くらい前からの10年間くらい、私の勉強時間といえば、家族が寝静まった深夜だった。牧師としての限界を感じたとき、落ち込んでいるとき、神学を学ぶことで私の矜持を回復させてもらえるものがあった。私の知識は広くないが、狭く深く入っていけるところがある。
とか何とか書いていると、「おいそこの人、ネットなんかやめて本を読め、論文を書け」と言われかねないので、今これを書きながら半分以上は逃げ腰状態だ。しかしだ。勉強によって矜持が回復され、その矜持が勉強のモチベーションを生み出すという場合、勉強が先なのか、それとも矜持の回復が先なのか。
パソコン切替器を購入しました
| パソコン切替器(前方左)、無線LANルーター(前方右) |
でも、机の上にキーボードが二つあるのは、場所取りすぎでめちゃくちゃ邪魔だ。ポンとボタンを押すとか、パタンとレバーを倒すとかで、複数PCのどれかのキーボードに早変わりする切替スイッチャーのようなものは売ってないのか。あると便利な気がするが。たぶんどこかにあるんだろうなと探してみたら、あった。
さて、出かけるか。今日は特に出かける用事はないと思っていたが、用事ができた。自分で用事をうみだすプロかも。おお、まだまだいろいろやることあるぞ。生きるとは自分で用事をうみだすことである、だな。そういうのを自作自演というのではないか。あれ、前に言ってたのとおんなじこと言ってるぞ。
2台のパソコンを1つのキーボードとマウスで操作できるパソコン切替器(前方左)を購入。将来性を考えて全部で4台のパソコンをつなげるのを選ぶ。隣(前方右)は無線LANルーター。光ファイバーをパソコン2台に分岐。2台のパソコンは「職場用」と「自宅用」だが、しばらくは2台とも「自宅用」。
家族それぞれ今日から新年度の仕事や学校。私は5時起き。朝からゴミ出し、掃除、洗濯、物干し、皿洗い。その後出かけ、パソコンショップでパソコン切替器購入。お昼は松屋で焼肉定食。郵便局にも行った。帰宅後は切替器のセッティング。その後は今朝届いたメールにどう返事すべきかずっと考えている。
インターネットを考案した人もすごいと思うけど、USB(ユニバーサルシリアルバス)を考案した人も、すごさでは負けていないと思う。USBは偉大だ。なんでもかんでもサクサクつなげる。やれプラグ形状が違うからこのパーツはつなげないだなんだ、いちいちぎゃあぎゃあ騒いでいた時代の比ではない。
おっと、いきなりカミナリが鳴り出した。ピカッ、ドガーンて、近いし。まあずっと前からサージ対策はしているのでパソコンに影響はないと信じたいけど。対策してなかった頃(うかつでした)、プリンターを何台壊されたことか。カミナリの野郎め、弁償しろ(逆うらみ)。
まあでも、パソコンパソコン言っても私が使うのはブラウザで調べもの、メール、ブログ、SNS、訪問先の地図調べ、ユーチューブ、アマゾン、ヤフオクくらい。たまにスカイプ。あとはワープロ、表計算、プレゼンくらい。絵は描かないし、作曲しないし、ゲームしない。レーダー制御とかもするわけない。
今日購入したパソコン切替器であるが、これが非常に便利な道具であったことを実感している。私が選んだのはキーボードのホットキー操作で切替可能なタイプ。すべての作業をキーボード上でできるので、手の動きが少なくて済む。パソコンは全部で4台つながるが、そんなに増やす予定は今のところない。
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