2017年2月11日土曜日

心を静めて説教の準備に集中しよう

生後から高校卒業まで過ごした築港緑町(岡山県岡山市南区)
日 本 基 督 教 団 の関口です。(なんでゲシュペルトなんだ)

1年前(2016年2月6~13日)は岡山の実家にいた。父の部屋で日本基督教団教師転入試験(郵送分)をしていた。帰省の目的は別にあったので試験に割けたのは実質3日だった。3月22日に転入が完了した。

守秘義務を重んじると「秘密主義だ」と非難され、寛容精神を重んじると「無節操だ」と非難され、個人の権利を擁護すると「わがままだ」と非難され、全体の意志を擁護すると「不当抑圧だ」と非難される。兎角に人の世は住みにくい。責められるのを任せられるのが「責任」だろうが血圧は高まる一方かも。

仕事をしていると「パソコンをいじっているだけだ」と非難され、話していると「口を動かしているだけだ」と非難される。だからもう最近は、だれかを車で送ってあげて感謝されても「いえいえ座っているだけなので」と自分で言うようになった。そう言うとものすごく恐縮されてしまうので、逆に恐縮する。

蒸し返すつもりはないが、意味不明の問題文を自分で出しておきながら「答えが不十分なので追試だ」と告げるとき、人をこばかにする目をしていたのはあれだった。きみはいつからそういう人になったのか。追試自体は望むところだったのでどうでもいい。もっと上手に問題文を作れるようになりますように。

さて、心を静めて明日と明後日の説教の準備に集中しよう。出席者は明日と明後日で百倍違うが、礼拝であることに変わりない。深い睡眠で週日の疲れはいやされたことにする。いや違う。疲れが残っているくらいでちょうどよい。出席者も疲れている。説教者だけが例外的に元気というのは不自然で尊大な気がする。

2017年2月8日水曜日

古典の基本をきちんと学ぶことがいかに重要か

第19a巻「美学 第2巻の下」本日入手
本日(2017年2月8日水曜日)岩波書店『ヘーゲル全集』(旧版)第19a巻「美学 第2巻の下」(竹内敏雄訳)が古書店から届く。Tポイント37ポイントを利用して送料込の支払価格813円。1978年(第6刷)発行時の定価1600円の約半額。読まれた形跡がないほどの新本同様の保存状態。

ネットのおかげで、1ヶ月前は1冊も持っていなかった岩波書店『ヘーゲル全集』(旧版)全33巻のうち約半分を1万円未満で入手できた。とりあえず旧版で全巻集めたい。そのうえで長い時間をかけて近年の新しい翻訳によるヘーゲルの著作や研究書(いずれも高価)を集めたいと願っている。道なお遠し。

自分がそうなれると夢想するほど愚かではないつもりだが、マイケル・サンデル教授の白熱教室の番組を観ていかに古典の基本をきちんと学ぶことが重要かを悟った視聴者のひとりではあった。私の組織神学の恩師や先輩たちもドイツ観念論をよく学んでいた。そういう学風の中で育てられたという自覚がある。

2017年2月7日火曜日

境界に立って葛藤し続けよ

白水社『ティリッヒ著作集』第10巻
「ここは宗教団体ではなく学校だから宗教の教儀ではなく学問を教える」と言いながら話す場所と「ここは学校ではなく教会だから学問ではなく教会の教義を教える」と言いながら話す場所の両方の往復運動を続けていると心理的バランスが最も保たれている気がするのでたぶん身体面の健康にもいいのだろう。

初めから意図していたわけではないが、大学の卒論で取り組んだティリッヒも、大学院の修論で取り組んだトレルチも、長期テーマとして取り組んでいるファン・ルーラーも、学校と教会の「境界」(boundary)に自ら立って両方の往復運動を実践した人たちなので、彼らの葛藤は私なりに理解できる。

両者が仲良く助け合う関係にあったことが、歴史の中でいまだかつてあっただろうか。いがみ合い、倒し合う関係でこそあったと言えないだろうか。不遜な言い方かもしれないが、どちらか一方だけに立って他方を批判ないし否定するのはいとも容易いことのように私には思える。葛藤を回避できそうだからだ。

葛藤を回避する仕方で両者と関係を持つことはできるかもしれない。「境界」(boundary)を無きものとし、学校を宗教団体さながらにしてしまうか、あるいは逆に教会を学校さながらにしてしまうかすれば、ある意味そうなる。しかし、それは安易な方法であるし、デリカシーに欠く方法だと言える。

時に激突する対立関係にさえある学校と教会の「境界」(boundary)に自ら立って両方の往復運動を実践することは「二枚舌」を意味しない。ずっと前から繰り返してきた言葉をまた使わせていただくなら、それを「二枚腰」と言う。一度崩れたようでも立ち直る粘り強い腰。簡単には倒れねえからな。

我々が「二枚腰」を身につけるためには、徹底的に学校の学問を学びかつ自ら教えつつ、同時に徹底的に教会の教義を学びかつ自ら教えるのがよい。どちらか片方で事足りると思うなかれ。単純な短絡であるとしか言いようがない。両者の調和をめざす必要はない。葛藤を葛藤のまま抱え込むほうがまだましだ。

「境界に立って」(On the Boundary)がパウル・ティリッヒ(Paul Tillich [1886-1965])の自伝文書の英語版(1967年)のタイトルであることは、知っている人は知っている(原著ドイツ語版(1962年)のタイトルはAuf der Grenze)。

同書の序に「自分の思想の発展を、自らの生のなかから取りだして叙述するよう要請を受けたとき、私は境界という概念が、私の人格的、精神的な発展を象徴するのに適合しているということに思いいたった」(ティリッヒ著作集第10巻、武藤一雄・片柳栄一訳、白水社、1978年、11頁)と彼は記した。

続きがある。「ほとんどあらゆる領域にわたって、あれかこれかという実存の可能性のあいだに立ちながら、そのいずれにも安住することなく、しかも、そのいずれか一方を、決定的にしりぞけるような決断も下さないというのが、私の運命であった」(同上頁)。

 「こうした態度は、思索にとって、非常に実り多いものであったし、今なおそうである。というのも、思索するということは、新たな可能性に対して開かれていることを前提とするからである。しかしまた、こういった態度は、生という観点からは、きわめて困難な、危険なことでもある」(同上頁)。

「生というものは、常に決断を要求し、したがってまたどちらかの可能性を排除することを要求するものだからである。こうした基本思想と緊張とから、運命とともに課題が生じるのである」(同上頁)。困難と危険を自覚しつつ、ティリッヒはあえて「境界」に立った。これこそ我々の望むところではないか。

もっともティリッヒは、単に学校と教会の「境界」に立っただけではない。都会と地方、社会諸階層、現実と夢想、理論と実践、他律と自律、神学と哲学、教会と社会、宗教と文化、ルター主義と社会主義、観念論とマルクス主義、故郷と異邦の「境界」に立った。どれも今なお真剣に取り組まれるべき課題だ。

上記した「徹底的に学校の学問を学びかつ自ら教えつつ、同時に徹底的に教会の教義を学びかつ自ら教えるのがよい」が狭義の学校勤務者(教務教師や神学教師)以外には該当しないことだと読めてしまうことに気づいた。「教える」は広い意味だ。教える場は学校や教会に限定されず家庭や社会を含んでいる。

2017年2月6日月曜日

ラッソン版を探しに行くしかないか

今夜届きました
ヤフオクで新たに落札した岩波書店『ヘーゲル全集』(旧版)第17a巻「宗教哲学 下巻の1」(木場深定訳)が帰宅したら届いていた。さらに今夜、第19c巻「美学 第2巻の下」(竹内敏雄訳)の代金のコンビニ払いを完了。現在、全33巻中16冊取得済み。まだ1万円を超えていない。残り17冊。

これといった趣味なく、手も足も芸なく、加齢で老眼進んで字を読む力衰え、記憶力加速度的に後退する中、古書集めくらいしか楽しみがない。悲しいこと言わないでくれと言われそうだが、悲しいことしか言えない。ならば書くなと言われそうだが、「ならば書くなと言われそうだ」と書く。夕食後は皿洗い。

もうひとつ楽しみがあった。ガーネット・クロウさんを昨日も今日もずっと聴いている。聖書を教えるのは「楽しい」が「楽しみ」ではない。「趣味」ではない。仕事は「楽しい」が「楽しみ」ではない。「趣味」ではない。帰宅が21時で、遅い夕食。食事は「楽しい」し「楽しみ」だ。まだあるではないか。

古書集めと、ガーネット・クロウさんを聴くことと、食事は「楽しみ」だ。よし、まだ探してみよう。えーとなんだろ。なんだろなんだろ。SNSはどうかなあ。どうかなあどうかなあ。「仕事」ではないが「趣味」とも違う。「楽しみ」かなあ、どうかなあどうかなあ。今朝4時起きだったのでいま相当眠い。

今日英語版で読んでいたファン・ルーラーのユトレヒト大学神学部教授就任記念講演「神の国と歴史」(1947年11月3日)にラッソン版ヘーゲル全集からの引用を見つけた。第8巻(ライプツィヒ、1930年)の41頁らしい。日本語版のどの箇所かが分からない。ラッソン版を探しに行くしかないか。

こういうのがキリがない。書斎の本が増えた原因は「ファン・ルーラーの翻訳を始めたから」だ。出版資金を手にしたことは一度もないが、自分の勉強のためという動機よりもっと野心的だった。責任ある翻訳を目指そうと思った。翻訳の開始と同時にファン・ルーラーが引用している本の入手作業が始まった。

2017年2月5日日曜日

新松戸幸谷教会の主日礼拝に出席しました

今日(2017年2月5日日曜日)は日本基督教団新松戸幸谷教会(千葉県松戸市新松戸2-169)の主日礼拝に出席しました。吉田好里牧師の説教は今日も本当に素晴らしく胸にしみました。まだ風邪が治りきっていないため、失礼ながら聖餐式が始まる前に退席し帰宅しました。ありがとうございました。

2017年2月4日土曜日

私が千葉に住んでいる理由

千葉県スポーツセンター(千葉市稲毛区)
牧師の移動の仕組みは教派・教団によって違うし、教会外の人は知る由もないことだと思うが、多くの場合、牧師自身の意思表示次第でどうにでもなるわけでなく、教会からの「招聘」があって初めて移動が発生する。私もそうで、かつて山梨にいたのも、千葉に来たのも、教会からの「招聘」があったからだ。

しかも教会から「招聘」があるのは前任牧師の隠退・死去・移動などで空席が発生するからで、それがなければ「招聘」もないので牧師の移動もない。教派・教団によっては上層の人事部で全部を動かす仕組みのところもあるが、各個教会のリクエストに応えきれずミスマッチが起こりやすい欠点があると思う。

しかも日本のプロテスタントの教会で牧師の結婚を禁じているところはなく、家族を持つ牧師は多い。子どもが小さいうちは頻繁に移動できても、義務教育の学齢期に達する頃から高校や大学に進学し卒業するくらいまでは移動が困難になる牧師が多いことも事実だ。単身赴任が可能な経済状態ではありえない。

もちろん牧師という職業(これも職業である)を選んだ以上、世の幸せは捨て去るべきだという話になるのかもしれないが、牧師自身が苦しい立場に立つのは一向に構わないが、そのことと子どもたちが高校や大学などに進学して学ぶ意思を持ちながら親の都合で振り回したり諦めさせたりすることは話が別だ。

繰り返し書けば、山梨にいた私が千葉に来たのは、千葉の教会から「招聘」があったからだ。山梨以前に高知と福岡の教会でも牧師をしたが、高知から福岡への移動も「招聘」があったからだ。「招聘」がなければ、私は今でも高知にいたかもしれないし、福岡にいたかもしれないし、山梨にいたかもしれない。

高知で生まれた長男は過去の引っ越しのすべてに、その後生まれた長女は途中から付き合ってくれた。というか付き合わせてしまった。「招聘」がなければ子どもたちは高知か福岡か山梨で義務教育を受け、地元の高校や大学などに通っていたことだろう。何の遜色もないし、彼らも喜んでそうしたに違いない。

しかし結果的に「招聘」で千葉に来た。松戸市は東京との県境にあることを地図で見てはいたが、実際の生活を始めて初めて東京との近さを実感した。都心までバス電車で1時間で到着できる環境に驚いた。義務教育や学習塾、高校・大学などの競争心の違いを、子どもたちの親の立場で感じるようにもなった。

その結果が良かったのか悪かったのかは分からないし、判断するにはまだ早すぎる。子どもたちはまだ学業の最中だし、親の都合で引きずられてきた面が強く、良いも悪いもなく、否も応もない。ただ、始まった勉強を途中でやめるわけには行かない。彼らはそう思っている様子だ。申し訳ないがよろしく頼む。

いちおう断っておくが、私が牧師の移動のことを書く際に「神の御心によって」や「神の導きによって」という表現を使わないでいるのは、そういう面のことを信じる信仰がないからではなく(そう誤解されるのがいちばんつらい)、牧師の移動という事柄の客観的な「現象」の描写に徹しているつもりである。

ご指摘があったのでさらに加えれば、「牧師の移動」と書いているのも「異動」の誤字ではないつもり。物理的な意味の運動としての「移動」を客観的に描写しているのであって、立場や職務の変更の意味ではない。「移住」と書くほうが意味を明示できるかもしれないが、なんとなく大げさなのでやめておく。

「今さら聞けない」インターネットの使い方

2017年2月4日土曜日17時40分千葉県柏市の自宅(借家)にて撮影
今日(2017年2月4日土曜日)の首都圏は好天だったが、薬局で購入した風邪薬(黄色い箱のベンザブロックSプラス)がよく効いて一日うとうとしていた。ずっとガーネット・クロウさんの曲が流れていることも、たまに眺める窓の外に富士山と東京スカイツリーが見えるのも、いつもと同じ週末だった。

SNSを多くの人が使いはじめて10年に満たないはずだが、私がSNSを始めたのも10年ほど前。うちの子らが当時すでに赤ちゃんでなかったことが幸いだった。赤ちゃんだったら写真をたくさん載せていたかも。でも10年なんてあっという間。「なんで載せたんだ」と10年後の今ごろ激怒されたかも。

皮肉で書くのではないが、会議に排他的権限を持たせる教派・教団の人は、SNSのような場で「会議なき会議」が立ち上がり、そこで意見集約が起こるのはとても厄介なことなので、警戒心を持つに違いない。しかし逆に言えば、会議の権限が不明瞭な教派・教団の人は、SNSを大いに活用すべきだと思う。

もちろん使い方や「友達の作り方」によるだろう。そしてSNSに期待しすぎると、ほぼ必ず裏切られるだろう。もしかしたら失うものも大きいかもしれない。しかし、何もしなければ関係を持つことがありえなかった人々との関係が、SNSによって生まれたことだけは確かである。ゼロがイチ以上になった。

どこかで一方的に教え込まれた知識に基づいて誤解と偏見ばかり持たされていたグループの人々や個人とSNSで知り合い、やりとりしているうちに、それが誤解であり偏見だったことがはっきり分かったことが多々ある。「壁」がSNSでのイザコザから生まれたこともあるが、逆に取り除かれたこともある。

いま書かせていただいたような要素を全く評価しないでただ弊害ばかりを強調して排除し、「教会会議の決定がすべてなのだから、それ以外のいかなる意見集約の場もあってはならない」とするか、それともこういうことに寛容な姿勢を我々がとるかが、教会の将来に与える影響は少なくないだろうと私は思う。

私が20年前にインターネットを始めた「ほぼ唯一の」動機が「地方の教会と都会の教会の情報格差の緩和」にあったことを加えておく。その問題はインターネットなしにはなんら解決していない。私を含めて現時点で首都圏にいる者たちの「警戒心」とは異なる思いをSNSに抱いている人々は大勢おられる。

ネットで「関東人か関西人か」の診断をしてもらったら「関東人」だという結果が出た。「関東甲信越」まで広げれば山梨も入るので「東京6年+山梨5年9か月+千葉12年10か月=」となり、51年2か月の人生(まだ終わってないが)のうちの24年7か月は「こっち」にいた。その正体は岡山県人だ。

もうほとんど他人(ひと)のことは言えない状態になってしまっているのだが、それでも今でも、首都圏の人たちというか東京の人たちが醸し出す(それが私の偏見であり誤解であることをいっそ願う)「地方のことは全く眼中にない感」を見てとるたびに不快に思っている。体は首都圏、心は地方に今もある。

後ろから前へと考える神学の強みと弱点

眼前の事実を全肯定することが実はいちばん難しい
従来ほぼそうだった「創造」から「終末」へ時系列の前から後ろへ考えるタイプの神学が陥りやすい罠は、「あるべき」「すべき」がとかく先行しやすく、現実の結果を重んじるよりも論理的整合性や未来予測のほうが大事で、誰かが悪い結果になったとき「ほら見たことか」と言い出すことではないかと思う。

「ほら見たことか」と言いながらも事態の好転に向けての打開策を一緒に考えようと温かく寄り添う姿勢があるならまだしも、最大でそういう「素振りを見せる」だけで実際には何もしない。「あるべき」「すべき」を遵守実行しないからそうなったのだと、ほぼただ言うだけで、結論も遵守実行せよで終わり。

前から後ろへ、ではなく、後ろから前へ、つまり「終末」から「創造」へという順序で考えることができれば、すべてのベクトルがほぼ従来の発想とは逆向きになっていることを意味するので、「あるべき」「すべき」の視点に立って「できなかった、しなかった」を責める発想から少し解放されるものがある。

それと、「誰かが悪い結果になったとき」と書いたが、それはどういう意味で「悪い結果」なのか、そもそもそれは「悪い結果」なのかは、よくよく考えなければならないことでもあるだろう。今ある現実、眼前の事実を指差して「存在すべきでなかった」「不幸な結果だ」とだれが何の権限で言えるのかと。

今ある現実、眼前の事実をひとまず全肯定することから出発する必要がたぶんある。神学も同じであり、神学こそそれが大事だと思う。神学的論理において徹底的に固められた現実全否定論のようなものがあるとしたら(あると思う)、神の名で全世界と全人類を否定しているようなものなので危険極まりない。

後ろから前へと考える神学とは、今ある現実、眼前の事実をまず全肯定することから出発する神学でもある。そして「前へと考える」は、今の現実の不幸と悲惨の原因は何かを探りに行くことをある意味で指しているが、それをただ嘆き、責めるだけではない。それだと、前から後ろへと考える発想と大差ない。

後ろから前へと考える神学の弱点は、今ある現実、眼前の事実をまず全肯定することから出発する神学であるだけに、具体的な事実の描写から始める必要が生じるが、そういうことをするといろいろ差し障りが出てくるので、なかなか難しいことだ。あちらにこちらに配慮して、結局抽象的なことしか書けない。

「前から後ろへと考える神学」と「後ろから前へと考える神学」の区別と関係を「前者の発想は演繹的(deductive)であり、後者は帰納的(inductive)である」と説明することは、ぴったり一致するわけではないが、ある程度可能だと思う。後者は一種の経験主義的思考であるとは言える。

対外的に差し障りが最も少ないかもしれない例を挙げておく。「私のウェストはなぜこんなに丸いのか」という問いを立てたうえで、ひとまず丸さを全肯定し、そのうえで不幸と悲惨の原因は何かを探りに行くという思考の筋道を通る。理想的なサイズはこうあるべきとだれが何の権限で言えるのかと気色ばむ。

2017年2月3日金曜日

組織神学の自由

『宣教(アポストラート)の神学』(1953年)原著(左)、長山道訳(右)

信仰の確かさを得るために神学を学ぶという動機が一概に間違っているとは言い切れないが、危険かつ有害な面もある。こういう動機で学ぶと、しばしば視点が固定される。しかし、神学の目的は逆である。人はどんなふうにも自由にものを考えられるようになることを学ぶのが神学、とりわけ組織神学である。

私が思い描く「神学」、とくに「組織神学」の理想形は、お察しのとおりファン・ルーラーのそれである。後藤憲正訳や長山道訳などの日本語版がある『宣教(アポストラート)の神学』(1953年)においてファン・ルーラーが展開しているのは「終末論から出発する神学」という顕著な特徴を持っている。

ファン・ルーラーより前の組織神学は「創造」から「終末」までを時系列の古い順に並べて考えていく構造を持っていた。その順序をファン・ルーラーはひっくり返して論じ、神学界を驚かせた。その影響を受けたのがモルトマンである。モルトマンの『希望の神学』(1964年)も終末論から出発している。

しかしファン・ルーラーは、終末論からだけでなく三位一体論からでも予定論からでも召命論からでもどこからでも組織神学を出発させることは可能であると考えた。これは単なる順序の違いにすぎないことではない。あらゆることを見て聞いて考える際のパースペクティヴとパラダイムに大きな影響を与える。

私なりにたとえて言えば、組織神学はカーナビの「ルート検索」に近い。千葉県柏市から山梨県甲府市までどのルートを通るのが最適なのかを検索する。近いとか速いとかだけでなく、おすすめの観光スポットに立ち寄りながら行くにはどのルートを通ればいいかを真剣に考えるのが組織神学の仕事である。

「組織神学」と「諸学」の関係も自由自在だ。あるいは「予定論」と「美容整形」の関係は何か、あるいは「終末論」と「ドーピング問題」の関係は何かを考える。そのたびに「ルート検索」をして、どの道をどう通れば両者がつながり、相互に自由に行き来できるようになるのかを考えるのが組織神学である。

しかしそれは必ずしも「神学の立場から」あらゆる問題を見つめるというだけにとどまらない。逆コースもある。あらゆる問題の側から「神学」を見つめることも可能である。そのとき「神学」は猛烈な批判にさらされる。そもそも神などいない、そもそも神学は学問でない、などを含めて。心躍るではないか。

「美容整形」や「ドーピング問題」のことを書いたのはモルトマンの最新著『希望の倫理』(原著2010年、日本語版2016年)で取り上げられているからだ。「インターネット」や「コンピューターゲーム」への言及もある。モルトマンの取り上げ方に私は不満だが、組織神学の可能性を示す例ではある。

2017年2月1日水曜日

ご一緒に死なねばならなくなっても(千葉英和高等学校)


マルコによる福音書14章22~31節

「ペトロは力を込めて言い張った。『たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません。』」(31節)

今朝の箇所に描かれているのは、主イエスが十字架につけられる前の夜、弟子たちと共にした最初の晩餐の場面です。教団・教派によってとらえ方に違いがありますが、この最後の食事を想起するのが聖餐式です。主の晩餐式、あるいはカトリック教会のミサもその点では同じです。

主イエスはパンをとって、それを裂いて弟子たちに与え、「とりなさい。これはわたしの体である」と言われました。ぶどう酒の杯も同じようにされ、「これはわたしの血である」と言われました。

共観福音書には見当たりませんが、ヨハネによる福音書には、主イエスが自分の肉を食べ血を飲めとおっしゃる言葉を聞いた弟子たちが、「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか」(6章60節)と拒絶反応を起こし、そのせいで「弟子たちの多くが離れ去り、イエスと共に歩まなくなった」(6章66節)とまで書かれています。

これで分かるのは、今日の箇所で主イエスがおっしゃっている「わたしの体」を食べ、「わたしの血」を飲めという言葉は、今のわたしたちにとってだけでなく、当時の人々にとっても、弟子たちにとってでさえ相当気持ち悪いものだったということです。

しかも主イエスは「わたしの体」「わたしの血」と2つに分けておっしゃっていますが、要するに「わたしを食べなさい」とおっしゃっています。そう言うともっと恐ろしい話になってしまいますが。

しかしそれはもちろん恐ろしい話ではありません。あなたがたの中にわたしを取り込みなさいとおっしゃっているのです。あなたがた自身がわたしになりなさいということでもあります。わたしの存在と働きを受け継ぎなさいという意味でもあります。

そして、ここから先は再び解釈に多様性があると思われますが、このとき主イエスは御自分の死の自覚をされていたので、いわば遺言として、約束として、御自分の存在と働きを弟子たちにお委ねになったと理解することができると思います。

その最後の晩餐の席で、弟子のペトロが、元気でもあり不遜でもあることを主イエスに言います。「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」(29節)。「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(31節)。

「たとえ、みんながつまずいても」は余計な言い方ではありますが、ペトロの競争心の強さがよく表れています。自分はリーダーでなければならない、リーダーは他の誰よりも強くなければならないという責任意識を強く持っていた人だったことが分かります。

しかし、主イエスはそのペトロの言葉を即刻打ち消します。叱りつけたわけでもたしなめたわけでもありません。ばかにしたわけでも軽蔑したわけでもありません。ただ事実をおっしゃっただけです。言い方を換えれば、わたしはあなたにそこまでのことを求めてはいない、とおっしゃったのです。

独裁者のような人は、自分のために死んでくれる部下を求めるかもしれませんが、部下のために自分が死ぬことは決してしません。しかし主イエスは逆でした。弟子のだれも自分のために死んでほしいと思っておられないし、そのようなことはやめてくれとお止めになる方です。

ですから、結果的にペトロは自分で誓った言葉を自分で裏切り、全く正反対の行動をとってしまいましたが、それはあくまでも自分に対する裏切りであって、主イエスの命令に対する裏切りではありません。主イエスは、自分のために死んでくれとも、自分と一緒に死んでくれとも、そのようなことは一言もおっしゃっていません。

ペトロは嘘をついたわけでもありません。本気の本気で、本心の本心を言ったのです。それを実行できなかっただけです。ペトロは間違った誓いをしたのです。あなたのために死ぬ、誰かのために死ぬという誓い自体が間違っているのです。死なないでください、生きてください。それが主イエスの願いです。

主イエスでさえ死のうと思って死んだとか、死にたくて死んだわけではありません。死ぬこと自体、殺されること自体は、主イエスの本望でもなければ、ご自分の計画が実現し、達成したということでもありません。

ペトロの姿を学校教員に多いとされる「燃え尽き症候群」に関連づけて考えてみることができるかもしれません。生徒たちのために、先生がたのためにお祈りいたします。

(2017年2月1日、千葉英和高等学校 有志祈祷会)