2011年4月27日水曜日

「東日本大震災後の」神学を模索する(1)

大震災以降、ほとんど手をつけられずにいることがある。ファン・ルーラーの翻訳と研究である。12年以上も続けてきたのに。どうも気持ちがのらない。地震と津波と原発事故の悪連鎖、そして今も続く(大きな)余震。環境のせいにしたくないのだが、集中力が途切れる。意識が飛ぶ。困ったなあ、もう。

今の事態の中でこそファン・ルーラーの神学が有効性を発揮することは、分かっているのだ。

4月25日(月)の「東日本大震災被災教会緊急支援特別委員会」でも議論になったことは、「近づくベクトル」と「遠ざかるベクトル」との関係である。前者は現地への訪問と支援、後者は放射能の影響圏外への避難である。

「遠ざかるベクトル」などと書くと、現地で苦しんでいる人々を見捨てて逃げるつもりかなどと噛みつかれかねないが、そういう意味じゃない。我々が遠ざかるべきは、人ではなく、(人命を危険にさらすレベルの)放射能だろう。論点をずらされると非常に困るし、話を先に進められない。

「遠ざかるベクトル」の中で教会が考えるべきことは、はっきりとは分からないが、もし可能ならば、計画避難の対象者のための「空き家探し」などのお手伝いをすることではないかと、そのようなことくらいしか思いつかないが、内容は要するにそういうことだ。現地の方々を見捨てるとかそういう話ではない。

今回、もし原発の問題が絡んでいなければ、「遠ざかるベクトル」などを念頭に置く必要は全く無かった。事柄は一つの方向だけで済んだ。神学的に言えば「キリスト論的集中の神学」をもって、迷いなく突き進むことができたであろう。「イエス・キリストは逃げない。我々も逃げない」と説教すればそれで済んだ。

「イエス・キリストは逃げない。我々も逃げない」と説教されれば、教会員は逃げられない。逃げたら裏切り者扱いになり、キリスト処刑前のシモン・ペトロやイスカリオテのユダと同列だ。あるいは、使徒パウロの第一次宣教旅行の同行者ヨハネ・マルコのように伝道をやめて逃げ帰った逃亡者と同じ扱いだ。

説教者は「そんなことを言った憶えは無い」としらばっくれるかもしれないが、教会員は説教者の思惑通りに説教を聞きはしない。言外の言葉を「聞いて」いる。「イエス・キリストは逃げない」と言われれば、あの十字架の場面以外の何を思い起こせばよいのか。「逃げた」のは誰かを教会員は知っているのだ。

しかし、放射能は、ペトロやユダや使徒たちが逃げ出した「十字架」と同じだろうか。放射能は、ヨハネ・マルコが放棄した「伝道の労苦」だろうか。なんでもかんでも一緒くたにされすぎていないだろうか。一か月前の大震災直後の現実の中で「イエス・キリストは逃げない」という言葉に接したとき、私は心底、愕然とした。

��つづく)