2015年2月18日水曜日

かつてのシュライアーマッハーとバルトの関係と同じ

えーっと、ご質問にちょっとだけ答えさせていただきますね。十分な答えにならないかもしれませんことをあらかじめお詫びします。

えーっと、ご質問の趣旨は、バルトの神学とファン・ルーラーの神学の対話の可能性、ですよね。それはもちろんゼンゼンありますあります超あります。

もともとファン・ルーラーは「自称(!)純血のバルト主義者」だった人です。彼の発言のすべてにバルトの神学が意識されていると言っても過言でないほどです。ですが、バルトの立てていく「神学的論理」の功の面だけでなく、罪の面が見えてきたとき、それについて黙っていられなかった人でもあります。

圧倒的にバルトが著名で、ファン・ルーラーは無名人でしたので、力関係からいえば、バルトとファン・ルーラーの対話の可能性もへったくれもないのでして、バルト(とその支持者)の側でファン・ルーラーに対して「ノー」を言えば、世論は「ファン・ルーラー、ノー」で押しきれるレベルの圧倒差でした。

ですから、対話の可能性もなにも、それは要するに、バルト(とその支持者)の側が「対話に応じてくださるかどうか」にかかっています。象とアリくらいの差ですよ。そのへんはどうかご理解くださいませね。しかしそれは、かつてのシュライアーマッハーとバルトの関係ですよ。

バルトはシュライアーマッハーをこてんぱんにやっつけた。今度はバルトの番ですよ。他者の批判はめっぽう強いが、自分が批判されるのはめっぽう弱いじゃ、フェアじゃないですよ。自分がシュライアーマッハーにやった分くらいの痛手は覚悟してもらわなくちゃ。ね。