2017年8月27日日曜日

共に生きる喜びを!(蒲田教会)



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マタイによる福音書14章13~21節

関口 康(日本キリスト教団牧師)

「イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った。イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた。夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。『ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう。』イエスは言われた。『行かせることはない。あなたがたが彼らに食べるものを与えなさい。』弟子たちは言った。『ここにはパン五つと魚二匹しかありません。』イエスは、『それをここに持って来なさい』と言い、群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。」

蒲田教会のみなさま、おはようございます。関口康と申します。今日の礼拝に説教者としてお招きいただき、ありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします。

先ほど林先生に、私の「これまで」をご紹介いただきました。そのとおりの歩みをしてきました。自分の意識としてはまっすぐ進んできたつもりです。しかし、もしかしたら紆余曲折しているようにも見えるでしょう。解釈は皆さまにお任せいたします。

しかし、自分の話ばかりで申し訳ありませんが、現在の私が無任所教師であることと、来年度以降の任地が決まっていないことは厳然たる事実です。今のままでいいと思っているわけではありません。とても焦っています。初対面の皆さまに個人的なことをお願いするのは心苦しいですが、私のためにお祈りいただきたいです。

しかし、今日選ばせていただいた聖書の箇所は私のこととは関係ありません。林先生からご連絡をいただきましたとき、ちょうど私が個人的に読んでいた聖書の箇所でした。いろいろと考えることの多い箇所でした。分からないことだらけでした。それで、私が皆さんに問題の答えをお教えするというのでなく、皆さんに答えを教えていただきたいと思って、この箇所を選ばせていただきました。

とても有名な箇所です。四つの福音書のすべてに並行記事が出てきます。このようなことをイエス・キリストが確かになさったということを、二千年前の教会は、確実な事実として受けとめたのです。

そして私も、そしてきっとみなさんも、このような出来事が起こったということについて、あるいは少なくともこのようなことが聖書に記されているということについて、そのこと自体を疑う気持ちはないと思います。この出来事の核心部分は、19節以下に書かれていることです。

「そして(イエスは)五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお与えになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった」(19~21節)。

最後の言葉には引っかかるものがあります。なぜ「女と子供」は「別」なのでしょうか。なんだか腹が立ちます。しかし、大人の男性だけが食べて、女性と子どもたちは食べさせてもらえなかったという意味ではありません。当時の人の数え方だったようです。そうだとすると、ますます腹が立ってくるわけですが。

しかし、これで分かるのは、群衆の人数は五千人ではなかったということです。五千人の倍の一万人か、あるいはそれ以上の人がいたということです。そして、それだけの人々にイエスさまが「五つのパンと二匹の魚」(19節)を分けてくださったということが今日の箇所に記されていることです。そして、これと同じ出来事が、新約聖書の四つの福音書のすべてに記されています。

しかし、逆の言い方をすれば、今日の箇所にも、他の三つの福音書にも、いま私が申し上げたこと以上のことは書かれていないのです。そのことが私には重要なことだと思えます。

この箇所に何が書かれていないかといえば、たとえば次のようなことです。「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱えると五つのパンは五千個のパンになり、二匹の魚は二千匹の魚になったので、イエスはそれを弟子たちに配り、弟子たちはそれを群衆に与えた」というようなことです。そのようなことはどこにも記されていません。

いやそんなことはないという反論があるかもしれません。「すべての人が食べて満腹した」(20節)と書いてあるではないか。「残ったパンの屑を集めると、十二の籠がいっぱいになった」(20節)と書いてあるではないか。「五つのパンと二匹の魚」を五千人なり一万人なりの人に分けた結果としてそのようなことが起こるはずはないではないか。やはりパンと魚は物理的に増えたのだ。そうであるとしか考えようがないではないかという反論は、当然ありえます。

しかし、そういう話になりますと、これまた当然のように、反対の方向から反論が起こるでしょう。それは、イエス・キリストの祈りには五つのパンを五千個のパンに増やし、二匹の魚を二千匹の魚に増やす力があったのか、どんな恐ろしい魔法を使ったのかという反論です。不思議な呪文を唱えるとイエスさまの手の中から次々湧き出す五千個のパンと二千匹の魚。一世一代のマジックショーです。

そのどちらも受け入れられないと考える人々の多くがたどり着く結論が、この物語そのものが比喩のようなものであって現実には起こらなかったことだということだと思います。大切なことは、このような出来事が現実に起こったかどうかではなく、この物語を通して著者が教えようとしていることの意味は何かを考えることである、と。

そのように考えることができるだけの根拠は今日の箇所にもあります。たとえば数字です。「五つのパンと二匹の魚」の「5」と「2」を足すと「7」になる。「7」は聖書では完全数を表す。つまり、これは神の恵みの完全性を示している、というような説明を聞いたことがあります。

また、残ったパン屑が「十二の籠」いっぱいになったとある。「12」はイスラエル十二部族を表す。イエス・キリストが自分の弟子を12人選び、使徒と名付けたこともイスラエルが十二部族であることと関係ある。つまりこれは神の民である教会を表す。つまり「パン屑が十二の籠にいっぱいになる」(20節)とは、教会に人がいっぱい集まるようになることを意味するというような説明です。

そして「魚」。原始キリスト教会の時代から「イエス・キリスト、神の子、救い主」という意味のギリシア語の頭文字を組み合わせた「イクスース」が「魚」を意味する。迫害を受けて地下に潜ったキリスト者たちが「イクスース」を暗号にして連絡を取り合った歴史もあるという説明です。

つまりそれは、うんと誇張した言い方になるかもしれませんが、要するにこの「五つのパンと二匹の魚」を「五千人に分けた」という出来事はそもそも現実に起こったわけではなく、あくまでも比喩なのだとする読み方です。こういう摩訶不思議な物語を作った人々がいて、この物語を通して読者に何かを伝えようとしているだけだ、という読み方です。

私はそういう読み方が完全に間違っていると思っているのではありません。間違っていると思っているから小ばかにするような言い方で皮肉っているだけだろうと思われそうな言い方をわざとしていますが、私にその考えはありません。比喩の物語である可能性を完全に否定するつもりはありません。

先ほど林先生からご紹介いただきましたとおり、私と林先生は同じ時期(1980年代後半)に神学生をしていました。林先生は日本ルーテル神学大学(現「ルーテル学院大学」)、私は東京神学大学でした。二つの大学は「東京都三鷹市大沢3丁目10番地」まで一緒で、ルーテル学院大学が「20号」、東京神学大学が「30号」です。

林先生は当時の私を覚えておられないようですが、私は当時の林先生を覚えております。そして、当時のルーテルの神学生の特に男性の方々を大方存じております。それは、私の妻がとても美人で、妻がルーテルの男の人に取られてしまうのではないかと、いつも気が気でなかったからです。

冗談はさておき、いま私が林先生と同じ時期に神学生をしていたということをお話ししましたのは、神学校で学んだことが時期的に重なっているということです。ルーテルの神学教育がどのようなものであったかの詳細までは私は分かりませんが、大差はないと思います。ほとんど同じだと思います。

なぜいま私はこういう話をしているのかと言いますと、今日の聖書の箇所ひとつをとっても、それについてどのような考えや感覚をもって読むのかという点で林先生がお考えになるかもしれないことと矛盾するようなことを私が申し上げることはありえないということです。神学的バックグラウンドがほとんど同じです。その意味で皆さんに私の話をぜひ安心してお聞きいただきたいと願っています。

その前提の上で申し上げることですが、私は今日の箇所に記されていることについて、イエスさまが物理的にパンと魚の数をお増やしになったことと、これが比喩の物語であることとは矛盾しないと考えています。

「五つのパンと二匹の魚」を、たとえ五千人であろうと、一万人であろうと、それ以上の人数であろうと、そのすべての人に「分けること」は物理的に可能ですし、なんら難しいことではありません。小学生でも分かる話です。物理学者にきっと証明していただける話です。そこには奇跡の要素は全くないし、不思議な呪文を唱える必要も一切ありません。なぜそのように言えるかは、ぜひ考えてみてください。

しかし、どうしてでしょうか、わたしたちはどうしても「それは無理である」と考えてしまいます。私も同じです。弟子たちがイエスさまに「ここにはパン五つと魚二匹しかありません」と言ったように「これしかない。これでは足りない」とどうしても考えてしまいます。

しかし、問題はここから先です。今日の箇所で気になることがあります。

弟子たちがイエスのそばに来て「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう」(15節)と言ったら、イエスさまから「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べるものを与えなさい」(16節)と返ってきました。

それで弟子たちが「ここにはパン五つと魚二匹しかありません」(17節)と答えたら、イエスさまが「それをここに持って来なさい」(18節)と言われたわけです。

私が気になるのは、そのように言われたときの弟子たちの反応です。彼らはもしかしたらがっかりしたかもしれません。せっかくこれからイエスさまと我々弟子たちの13人で「五つのパンと二匹の魚」を分け合って食べようと思っていたのに、それが無くなってしまうではないかと。

そこに何も無かったわけではないのです。「五つのパンと二匹の魚」はあったのです。「これしかない、これしかない」と言いながら、それだけは自分たちがしっかり確保して、抱え込んで、決して他人と分かち合おうとしない貯えを持っていたのです。私も二千年前のイエスさまの弟子たちに文句を言いたくなります。なんと狡猾で、ケチくさい、特権意識の持ち主たちなのかと。

貧富の差がどんどん拡大しているのは外国の話ではなく、日本の話です。ワークシェアリングは一向に進みません。失業者は増加するばかりです。いま私は毎月ハローワークに行っていますので、状況が分かります。

なぜでしょう。「これしかない、これしかない」と言いながら決して他人と分け合おうとしないものを抱え持っている人々がいるからです。「これしか」なくても、何も持っていない人よりははるかにましです。どうしてそれを分かち合うことができないのでしょうか。

教会はどうでしょうか。キリスト者たちはどうでしょうか。「無任所教師の私に仕事を恵んでください」と言いに来たのではありません。しかし、今の私の姿を見て何かを考えてくださる方がおられるなら幸いです。

「共に生きる喜び」はそこにあるものをみんなで分かち合うことから始まります。ほんの一握りの一部の人々が多くのものを抱え込むのではなく、すべての人に十分に配分されることが必要です。これが聖書の教えです。

(2017年8月27日、日本キリスト教団蒲田教会 主日礼拝)

日本基督教団蒲田教会(東京都大田区蒲田1-22-14)

2017年8月26日土曜日

教義学は「意外に」役に立つ

ファン・デン・ブリンク、ファン・デア・コーイ共著『キリスト教教義学』(2012年)

組織神学と教義学は元は同義語だったし、今も無理に区別する必要はない。いずれにせよ目標は「世界の体系的(システマティック)把握」であり、構造主義のようなものに近い。数学が苦手なくせに言わないほうがよさそうだが、世界の立体幾何のようなものとも言える。教義学とは本来そういうものなのだ。

組織神学ないし教義学などなくても、世界も教会も、特に支障なく普通にやっていけると私も思うし、無用の長物だと言われればそれまでだ。しかし、一見つながりがなさそうに見える「あれ」と「これ」の関係は何かを世界の全体構造の中で体系的に考え、結びつけるような作業が求められるときに役に立つ。

たとえていえば、背中がかゆいのに孫の手が見つからない場合、ハサミやねじ回しの先で背中をかいてよいかどうかを考えるときなどに役に立つ。逆に言えば、組織神学ないし教義学の役割はそれ以上のものではないので、「うちの教義学はすごい」的に鼻にかけたり心酔したりするようなものではありえない。

誤解されているかもしれないのは、教会の「教義」といえば各教団の売りとなるピンポイントの看板教説だけを指すと思われている可能性である。「教義」はそういう場合があるが、教義学は違う。「ゆりかごから墓場まで」は個人史だが、「天地創造から終末まで」の世界史を視野に収めるのが教義学である。

個人史の場合を考えてみると分かる。ひとりの人間の人生にとっての「売り」は何か。世界に羽ばたいたことか、大きな業績を上げたことか。それもあろう。しかし、生まれたばかりのときのあどけない笑顔も、足も腰も立たず目も開けられないのに孫や友人に最後の力で見せる笑顔も、大きな「売り」だろう。

世界史だってそうだ。世界史の「売り」は何か。ノーベル賞をとった人か、スポーツ国際大会の金メダル受賞者か。それもあろう。しかし「その他大勢」は世界史の雑草かごみくずか。見向きもされない存在なのだからきっとそうだろうと達観するのは勝手だが、ひとりで達観してほしい。他者まで巻き込むな。

ネットでも紙媒体でもニュースや新聞を見ると、行ったこともない国の直接会うことがありえないような人と、自分が「体系的に結び付けられる」体験をすることが、だれでもあるはずだ。その人と私は、たぶん関係ない。関係ないが、気になる。そこですでに「関係づけ」が始まっている。組織神学の出番だ。

なぜこの人は、私より不幸そうなのに、これほどまでに肯定的な言葉を語り、行動的に生きているのか。なぜ私は、客観的に見れば何不自由ない生活をしているのに、これほどまでに否定的な言葉を語り、身動きがとれないのか。その違いは何か。こういうことを考えるときに教義学ないし組織神学は役に立つ。

なぜ役に立つと言えるのかといえば、なんだかんだ言っていても、人が考えることのほとんどすべては最終的に、それは「必然」か「偶然」かとか、「運命」か「自由選択」かという問題に行き着くからである。その問いを考えているとき人の心はすこぶる宗教的になっている。否、「教義学者」になっている。

2017年8月24日木曜日

「人生の微分」なら実践している

「美肌効果抜群コラーゲンたっぷりとろとろ牛すじカレー」製作中(8月22日)

字にするのも恥ずかしいが、私は小学生の算数から学習障害だったかと思うほど苦手だった。中学以上の数学はからきし。私は「微分」の数学的意味をいまだに説明できない。しかし「人生の微分」は実践している。千円で10食分の極上カレーをグレードを落とさずに作るにはどうしたらよいかを考えている。

過日ツイッターで「算数の掛け順」にこだわる教育が算数を苦手にするという話題を見かけた。それで思い出したのが、小1の算数でそれをやられたことだ。45年前だ。「解き方を黒板に書け」と言われて書いたら「掛け順が違う」と言われた。そのとき先生に反論した記憶がある。結果は同じじゃないかと。

もちろん先生は、小1の私の反論などまさか受け付けるはずはなかった。みんなの前で叱られた。そのときの問題までは覚えていないが、たぶん「8×5=」と「5×8=」の答えは同じだからどっちでもいいだろと言うに近いことを言い張った気がする。ただ叱られて凹まされた。爾来、算数が苦手になった。

今さら「掛け順論争」に参戦したいわけではないし、強いて言えばなぜ私が算数も数学も苦手なのかの言い訳をしたいだけだが、それもどうでもいい。それより言いたいのは「すべての道はローマに通じる」という格言に近い。真理への経路は一つでなくいくらでもあるし、どんなに大回りしても構わないのだ。

数学ができる人をうらやましいと思っている。たとえすべての道がローマに通じているとしても、だからといって私はどこに行くにしても、そこまでの最短ルートを知りたくないと思っているわけではない。バスや電車やガソリンをいかに安く済ませ、かつ遅刻しないように渋滞しにくい道はどこかを知りたい。

私にとってはまるきりブラックボックス以外の何ものでもないパソコンにしても、かつてとは比較にならないほどの速度の演算や大容量の記録装置のお世話になっているのはひとえに数学ができる人たちのおかげであることも分かっている。いくら感謝してもしきれない。批判や皮肉など言う意図は皆無である。

しかし、それはそれだ。最短ルートを知り、最小コストで最速・最大のパフォーマンスを期待することは素晴らしいことだが、何がなんでもその道でなければ「ローマ」(カギカッコをつけておくとする)に辿り着けないわけではない。のんびり行きたい人も、そもそも行かない人もいるし、いてもよいはずだ。

あとは、そうねえ、昔の話なのか今も同じなのか、地方の学校だったからか都会の学校も同じなのかは私にはよく分からないが、「数学ができる人」と「頭がいい人」[ママ]がほぼ常に同義語として語られていた(私の偏見ではないと思う)のが、いちいち気に障るものがあった。黙っているしかなかったが。

私の書き込みが「妙に細かい」ことを懸念してくださる方々がおられる。今日は牛肉が100グラム98円だとか、鶏むね肉なら100グラム50円台で買える日があるとか。「人生を微分する」とはこれだと思っている。「神の御心」を語る人間だからこそ、人生には「細部」があると、あえて言いたくなる。


2017年8月23日水曜日

『ミニストリー』第34号「空想神学読本」に拙文が掲載されました

「次世代の教会をゲンキにする応援マガジン」として好評のキリスト新聞社の季刊雑誌『ミニストリー』第34号(2017年8月号)の連載記事「空想神学読本」に編集部よりご依頼いただいた私の文章が載りました。内容も装丁も素晴らしいDVD付き1500円(税別)の雑誌です。ぜひお読みください。

「空想神学読本」『ミニストリー』第34号(キリスト新聞社)
『ミニストリー』第34号(キリスト新聞社)

2017年8月22日火曜日

『福音と世界』9月号をお贈りいただきました

敬愛する広島大学の辻学教授(聖書学)から、連載記事をお持ちの雑誌『福音と世界』2017年9月号をお贈りいただきました。新教出版社の看板雑誌であり、内田樹氏や佐藤優氏の連載もあります。辻先生に心から感謝すると共に、ますますのご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。ありがとうございます!

『福音と世界』2017年9月号(新教出版社)

2017年8月20日日曜日

悲しみには肯定的な意味がある(阿佐谷東教会)


コリントの信徒への手紙二7章8~10節

関口 康(日本基督教団教師)

「あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。」

阿佐谷東教会の皆さま、おはようございます。礼拝で説教させていただくのは、ちょうど1年ぶりです。今年もお招きいただき、心から感謝いたします。今日もどうかよろしくお願いいたします。

今日お話ししようと思って準備してきましたのは説教題のとおりです。「悲しみには肯定的な意味がある」という趣旨のことを使徒パウロが書いています。しかし、なぜこのテーマを阿佐谷東教会の皆さまにお話ししようと思ったかについて具体的な動機があるわけではありません。坂下道朗先生とはネット上のやりとりはありますが、お会いする機会がありません。ですから私は、貴教会の内部のことは全く存じません。ピントの外れた抽象的な話になってしまわないかを心配しているほどです。

しかし、言い方は乱暴かもしれませんが、わたしたちにとって「悲しみ」の問題はその規模や状況の大小の差こそあれ日常茶飯事であり、普遍的な問題です。いま悲しみの中になくても明日そうなるかもしれません。そのことを考えれば、わたしたちは常に悲しみと隣り合わせで生きている身であることを自覚しつつ、悲しみの日に備えて生きていかなければなりません。

しかし私は、たったいま自分で言ったばかりのことを次の瞬間に否定するようなことを言います。それは、今日の箇所に出てくる「悲しみ」は一般的な意味の「悲しみ」とは異なるものであるということです。その区別をパウロが今日の箇所にはっきり書いています。「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」(10節)。

ここでパウロは「神の御心に適った悲しみ」と「世の悲しみ」をはっきり区別しています。そして、パウロがその中に肯定的な意味を見出している「悲しみ」は前者(神の御心に適った悲しみ)のほうであって、後者(世の悲しみ)のほうではありません。「世の悲しみ」のほうは「死をもたらす」とあるとおり否定的な意味しかないし、そもそも意味はないとパウロは考えています。

ですから私もパウロと同じように考えたいと願っています。今日の説教題の「悲しみには肯定的な意味がある」の「悲しみ」も、すべての悲しみを指しているわけではなく、多くの悲しみの中に肯定的な意味を持つ悲しみがいくらか含まれているというような意味で理解していただきたいと願います。すべての悲しみに必ず肯定的な意味があるという意味ではありません。もしそういう誤解を招くだけの説教題だったとすればお詫びしなくてはならないし、付け替える必要があると思います。

しかし、そうは言いましても、パウロがしている二種類の悲しみ(?)の区別とその意味を正しく理解することは、わたしたちにとって非常に難しいことだと私は感じます。しかも、二種類の悲しみ(?)には当然のことながら共通点があります。それは「悲しみ」であるという点で両者は全く同じであるということです。

「悲しみ」は人の心の中に生まれる否定的な感情です。自分の存在や行為が否定され、生きる意味や望みを見失いそうになっている心の状態です。その点においては、「神の御心に適った悲しみ」であろうと「世の悲しみ」であろうと、少なくともそれをわたしたちが感じるときの主観的感覚は同じです。そして、私たちの心は体とダイレクトにつながっています。心の苦痛と体の苦痛は同じです。

あるいは、もしかしたら苦痛の度合いにおいては、前者(神の御心に適った悲しみ)のほうが後者(世の悲しみ)よりも強く激しく感じるかもしれません。なぜなら「神の御心に適った悲しみ」とは「神がもたらした悲しみ」を指しているからです。それは対人関係で生じた悲しみではなく、神との関係で生じた悲しみです。もっと言えば「神が私を悲しませた」ことを意味しています。そんなことに誰が堪えられるでしょうか。しかし、パウロが書いているのは明らかにそういう意味です。

しかも、難しい問題がまだ残っています。「神の御心に適った悲しみ」なるものの出どころは論理的に考えれば、当然「神」です。しかし、今日の箇所にパウロが書いているのは「あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません」(8節)ということです。

これで分かるのは、私はたった今「神の御心に適った悲しみ」とは「神が私を悲しませた」ことを意味すると言ったばかりですが、パウロはそのように一方で言いながら、別の一方で、あなたがたを悲しませたのは私であるとも言っているということです。

どういうことでしょうか。パウロは神でしょうか。パウロがだれかを悲しませることと、神がだれかを悲しませることとは同じでしょうか。そんなことを言っていいのでしょうか。最も厳しい言い方をすれば、パウロは自分が何かやらかして相手を悲しませたことを都合よく神のせいにしているだけではないでしょうか。そのような批判を受けたときに、パウロはどう答えるのでしょうか。

そして、その問題もさることながら、ここで最も大切な問題は、パウロは何をしたのかということでしょう。「あの手紙によってあなたがたを悲しませた」と彼自身がはっきり書いています。つまり、パウロがだれかを悲しませることになった原因は彼自身が書いた手紙だったということです。パウロは何を書いたのでしょうか。その手紙はどこにあるのでしょうか。

いま皆さんに開いていただいているのはコリントの信徒への手紙二(第二の手紙)です。新約聖書に二つ収められているコリントの信徒への手紙には解釈上の難しい問題があります。聖書学者たちの意見によれば、パウロがコリント教会の人々に宛てて書いた手紙はもっと多くありました。その中で現在まで残っているのが新約聖書に収められた二つの手紙です。

しかし、このいわゆる第二の手紙はパウロがコリント教会に対して二番目に書いたものではありませんし、第一の手紙と第二の手紙の間に少なくとももう一つの、あるいは一つ以上の手紙が書かれました。また、この第二の手紙は一度にすべて書きおろされたものではなく、もともと何通かだった手紙が後で一つの手紙として編集された形跡があります。そして、そのいくつかの手紙の中に、いわゆる「涙の手紙」が含まれています。

しかも、そのいわゆる「涙の手紙」をわたしたちが読むことは可能であると言われています。実はいま私たちが開いている第二の手紙の10章から13章までが「涙の手紙」の一部であろうと聖書学者たちは考えています。10章から13章までを、ぜひおうちで読んでみていただきたいです。

はっきり言えば、かなり辛辣な言葉が記されています。明らかに感情的で、けんか腰です。皮肉と嫌味と攻撃性に満ち満ちています。これほどあからさまに攻撃的な手紙を送り付けておいて、この中にあなたがたへの愛情を読み取ってもらいたいというのは、求めすぎの感があるほどです。

もちろんパウロには相手に対する愛情はありました。しかし、だからこそ言わなければならないことがある、ここで自分が躊躇することは相手のためにならないと、彼を強い決心に駆り立てたものがありました。パウロとしては、もしこれで関係が終わるとしても、それはそれでやむをえないという覚悟で書いていると、私は思います。それほどの決定的な内容です。

もともとパウロはコリント教会の事実上の設立者でした。しかし、その後パウロはコリントを離れ、別の地で伝道を始めました。ところが、その後、コリント教会の中にいろいろな問題が発生し、混乱しはじめました。そこでパウロは第一の手紙をコリント教会に送りました。そして、その後パウロは自らコリント教会に足を運んで訪問したのです。

しかし、その訪問が失敗に終わりました。パウロが来たことに腹を立てた人々がパウロを名指して非難しはじめました。その人々はパウロが来ることで自分たちの居場所を失うことを恐れたのです。そういうわけで、パウロの二回目の訪問が問題の解決になるどころか、かえって火に油を注ぐ結果になりました。

それでパウロは強い決意をもって「涙の手紙」を送りました。その内容の一部が先ほど申し上げたとおり10章から13章までにあります。それは非常に激しい手紙でした。その手紙を読んだコリント教会の人々の多くは傷つき、そして反省しました。それを知ったパウロは、コリント教会に三度目の訪問をしようとしましたが、パウロが行く前にテモテから、コリント教会が悔い改めたという知らせを受けました。その知らせを聞いたパウロは喜び、私たちが手にしているこのいわゆる第二の手紙を書いたのです。そういう経緯であるとご理解ください。

このような背景があるということを理解しなければ、この箇所にパウロが書いていることの意味を理解することは全く不可能です。ここに書いていることだけを読めば、相手が悲しんだという事実があるのに「私は後悔しない」と言っている。サディストではないかと言われかねません。しかし、パウロはサディストではありません。しかし、どのように説明すれば理解していただけるでしょうか。

パウロがこの箇所で強調している「神の御心に適った悲しみ」は「取り消されることのない救いに通じる悔い改め」をもたらしたというただ一つの理由ゆえに、パウロは「悲しみ」に肯定的な意味を見出しています。その手紙を私が書いたからあなたがたは悔い改めたではないか。もし私があの手紙を書かなかったら、あなたがたはずっと変わらない調子で、教会の中で分裂し続け、問題は解決しなかっただろう。だけど、私の手紙で問題が解決したではないか。だから私は手紙を書いたことを後悔しないのだ。それがパウロの主張です。

しかし、私の今日の説教の最終的な結論は、だから私たちもパウロと同じようにしましょうということではなく、ちょうど正反対のことです。この箇所に記されていることはよくよく慎重に扱う必要があります。「ああなるほどそうか、どんなに厳しいことを言って相手を傷つけても、それによって相手が悔い改めるならば、そうするほうがいいのだ。厳しい言葉をどんどん言って、相手を傷つけ、悲しませましょう。パウロもそう言っているではないか」とわたしたちが考え、そのとおり実行することは極力避けるべきです。

それはなぜかといえば、先ほど申し上げたとおり「神の御心に適った悲しみ」と「世の悲しみ」は、どちらも「悲しみ」であることには変わりがないからです。それは、人間の心の中に起こるきわめて否定的な感情であり、生きる意味や望みが完全に絶たれてしまったかのように感じることさえある、痛みと苦しみを伴う感情です。そのような感情を相手の心に故意に引き起こすことについては、どれだけ慎重であっても慎重すぎることはありえません。

そしてもうひとつ理由を挙げるとすれば、これも先ほど申し上げたことですが、二種類の悲しみ(?)を厳密に区別できるようになるためには多くの時間がかかるからです。それは、長い年月をかけて教会生活を続け、聖書と教理を徹底的に学ばないかぎり決して理解できないでしょう。

どんなに厳しいことを言っても、それが悔い改めにつながるから悲しみには肯定的な意味があるというのは、信仰において成熟した人々の間だけで成り立つ議論です。未熟な人を相手にそういうことをしてはなりません。それは教会が壊れていく原因になります。

なぜなら、教会には必ず、成熟した人もいれば、そうでない人もいるからです。教会が「伝道する」とはそのようなことです。教会が信仰的に成熟した人たちだけの集まりになるなら、伝道していないのと同じです。教会はそういうところであってはならないのです。常に必ず未熟な人が共にいるのが教会です。

ですからわたしたちは、教会では、言いたいことがあってもできるだけ我慢しましょう。もし我慢できなくなったら、そこで大きく深呼吸をして言いたいことを飲み込むくらいでちょうどいいです。

「そういうふうに関口が言っていた」と坂下先生に報告しておいてください。よろしくお願いいたします。

(2017年8月20日、日本基督教団阿佐谷東教会 主日礼拝)

2017年8月18日金曜日

「日本のプロテスタント各教団の規模」と「各教団の思想的な左右」の関係について

イメージ図

これはあくまでもたとえだが、上も下も「日本のプロテスタント各教団の規模」と「各教団の思想的な左右」の関係を私が勝手に言いたがっているイメージ図。上だろうと思っている人が多い気がするが、実際は下である。右は右で、左は左でまとまれるのではないかと思われがちだが、現実はそうはいかない。

鋭い方はこのイメージ図だけでピンと来るものがおありだろうが、私見によれば、そもそも少なくとも日本のプロテスタント各教団はいわゆる「政党」と比較される存在ではなく、むしろ「行政区」(の住民)と比較されるべき存在である。各「行政区」(の住民)の中には当然「右」の人も「左」の人もいる。

私が勝手に描いたイメージ図の意図を別の角度から言い直せば、上の図は70年前からの30年後(1970年代)くらいまではかろうじて成立していたかもしれないが、今は全く成立しない。ほとんどもっぱら下の図に移行している。昔の記憶は通用しないので、大幅に更新される必要がある。

2017年8月17日木曜日

The Inori (Prayer) Festival 2017 in Okayama


Dear Ladies and Gentlemen,

I heard with big surprise that my beloved city Okayama will become the holy ground of prayer, soon.

It's a big news! Then I will recommend you to participate the event. Not only the persons at Okayama city, but also at more far places.

There is no doubt that the event is interesting. The place will be the Okayama Church, the United Church of Christ in Japan (UCCJ).

The Okayama Church is near from Tenmaya, the most famous, traditional and large department store in the most central of the Okayama city.

The admission is free. I also would like to join from Chiba. But I also heard from one of the chief organizer of the event that...

they are looking for the following persons.

- The cosplayers who can participate the event.

- The attendees of the talk live.

The talk live of the couple of the Buddhist professional Rakugo teller wife and the Christian professional magician husband.

- The Comiket's sellers.

- The advertisers and collaborators of the event.

Then let us cheer and join that by all means.

Especially the persons who have each histories in Okayama (I myself too). This will certainly be an opportunity to make Okayama famous.

I expect this big event even to be taken up in Okayama's newspaper and Television.

If we do not, who else will cheer it?

'If I do not, who else will do it?' This is the word of Denchu Hiragushi , the sculptor in Okayama.

August 17, 2017

Yasushi  Sekiguchi


「いの☆フェス2017」の開催地は「岡山」じゃ!




わしからも謹告するわ。

わしの大事な岡山がついに祈りの聖地になるらしーけーな。すげーじゃろ。

岡山の人だけじゃのーて遠くの人も行かれーよ。

もんげーおもしれーけーな。

場所は日本キリスト教団岡山教会じゃ。

天満屋の近くじゃが。岡山の真ん中のえーとこじゃ。入場無料じゃし。

わしも行きてーなー。

当日コスプレする人と、

「尼さん落語家とクリスチャン曲芸師のぶっちゃけ夫婦(めお)トーク」を聴きに来てくれる人と、

コミケに出品する人と、

宣伝してくれる人・団体がまだまだ足りんらしいけーな。

みんなで応援せんといけんが。岡山を有名にするチャンスじゃが。

岡山の新聞とかテレビとかで取り上げてくれんかなー。

岡山の人が応援せんかったら誰が応援するんで。

「わしがやらねば誰がやる」じゃが。

岡山の人ならだれでも知っとる言葉じゃろ。

(この投稿、爆いいね、爆シェア、爆リツイート歓迎じゃが)


2017年8月13日日曜日

みんなで分け合う喜び(千葉若葉教会)


ヨハネによる福音書6章9~11節

関口 康(日本基督教団牧師)

「『ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。』イエスは、『人々を座らせなさい』と言われた。そこにはたくさんの草が生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。」

今日もヨハネによる福音書を学びます。先ほど朗読していただきました箇所に描かれているのは、イエスさまが御自身のもとに集まった5千人の人々に食事をふるまったという出来事です。このことは新約聖書の4つの福音書すべてに描かれています。それぞれの福音書に記されている内容には少しずつ違いがないとは言えませんが、大きな差はありません。

出来事の流れは次のとおりです。発端は、イエスさまがガリラヤ湖の向こう岸に渡られたことです(1節)。すると、大勢の群衆がイエスさまの後を追いました(2節)。するとイエスさまは山に登られ、弟子たちと一緒にそこにお座りになりました(3節)。そしてイエスさまは、御自身のもとに集まった大勢の群衆の食事についての心配をなさいました。

「イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに『この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか』と言われた」(5節)と書いてあるとおりです。しかし、すぐに続けて、そのようにイエスさまがおっしゃったのは「フィリポを試みるため」(6節)であったとも書かれています。「試みる」とは、テストすることです。イエス先生が学生フィリポに試験問題をお出しになったのです。

そのときのフィリポの答えは次のようなものでした。「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」(7節)。

「デナリオン」は当時のローマの銀貨の単位です。1デナリオンが当時の労働者の1日分の賃金に当たります。それが今のわたしたちにとってのいくら分かを言うのは難しいことです。労働者の賃金にばらつきがありますので。

しかし、話を単純にするために、1デナリオンを1万円と考えることは不可能ではないかもしれません。それで言えば、フィリポがイエスさまに答えた「二百デナリオン分のパン」は200万円分です。あるいは、1デナリオンを5千円とすれば100万円分です。どちらにしても高額です。

しかし、金額の問題もさることながら、ここでわたしたちが考えなければならないのは、フィリポが返した答えの意味です。それが仮に、今の200万円分のパンに相当するとしても、100万円分のパンに相当するとしても、それだけでは足りないとフィリポがイエスさまに答えたとき、それだけのパンを、それを買うためのお金を、はい分かりました、これからわたしたちが全力で準備いたします、という意味で答えているかどうかが問題です。

全くそうではありませんでした。フィリポは、わたしたちにそれだけのパンやお金を準備する力はありませんと言いたかっただけです。それはわたしたちには不可能です、そのような無理なことを、あなたはわたしたちにご命令なさるおつもりなのですかと、イエスさまに不平を述べているだけです。それを言いたいがために「二百デナリオンのパン」という数字を言っているだけです。

このフィリポの答えをイエスさまはどのようにお聞きになったでしょうか。それが、わたしたちがよく考えるべきことです。5千人に二百デナリオン分のパンが必要だというのは、あなたの言うとおりであると、イエスさまはフィリポをおほめになったでしょうか。

二百デナリオンが200万円なら1人400円、100万円なら1人200円です。コンビニに行けば、それくらいのパンやお弁当が売っている。現実的な答えを考えてくれたフィリポよ、よくやったと喜んでくださったでしょうか。どうやらそうではなさそうです。雲行きは怪しいです。

なぜなら、フィリポの答えは大勢の群衆の食事の心配をなさったイエスさまのお気持ちに同意し、なんとかしてこの事態を打開したいと思いますという意思表示ではないからです。はなからあきらめ、そんなことは無理です、不可能ですと、ただ言いたいがために言っているだけだからです。なんとかしようという姿勢が少しも見られません。イエスさまが了解してくださるはずはありません。

そのとき、イエスさまの弟子のひとりでシモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスさまに次のように言いました。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう」(9節)。

アンデレはフィリポに助け舟を出しているのかもしれません。いくらなんでもフィリポの答え方ではまずい。イエスさまの顔色が悪い。このままだと弟子たちみんながお叱りを受ける。もう少しましな答えを考えなくてはと、大慌てだったかもしれません。

するとそのとき、ちょうどいいところに一人の少年が見つかった。この少年は5つのパンと2匹の魚を持っている。我々の側に全く手持ちがないわけではない。完全にゼロではない。しかし、いくらなんでもこれだけで5千人の食事をどうにかするのは無理であると、アンデレも言おうとしています。

つまり、アンデレの答えもフィリポの答えと結論が同じであるということです。アンデレが少年を見つけ、5つのパンと2匹の魚があるということをイエスさまに知らせたのは、「これだけありました。これでなんとかしましょう」とイエスさまに提案するためではなく、「これだけしかないのであきらめましょう」とイエスさまを説得するための具体的なデータを探してきただけでした。

皆さんはどう思われますでしょうか。つまらない話だとお思いになりませんか。フィリポにしてもアンデレにしても、共通しているのは、危機的な状況に直面したときに「これだけあります。これでなんとかしましょう」と前向きな提案をするのではなく、「これしかありません。だからやめましょう、あきらめましょう」と後ろ向きの提案しかできない人々であったということです。

たとえばの話ですが、もしみなさんが会社の人事部に配属されて新入社員の面接を担当することになったとき、最初から最後まで後ろ向きのことしか言わない、否定的なことしか言わない人を、それでも採用しようと思いますでしょうか。「無理です、無理です、やめましょう」としか言わない人を。

何もイエスさまは、現実離れした大言壮語を弟子たちに言わせようとしたのではないと思われます。しかし、はなからあきらめていて、どこかしら投げやりで、どうせ無理だから、我々にどうすることもできないと一方的に言い張るだけで、それ以上のことを考えるのをやめてしまう。どれほど現実のニードがあっても、わたしたちにその責任を引き受けるのは不可能であると、ひたすら逃げ腰でいる。そのような弟子たちの姿にイエスさまはがっかりなさったのではないでしょうか。溜め息しか出ない。二の句が継げない。そういうお気持ちになられたのではないでしょうか。

実はここで私はもう一つ気になる点があるのですが、それは後回しにします。特にこのアンデレの答えの中に気になることがあります。腹が立つほどに。しかし、それは後で申し上げます。

さて、それでイエスさまがお命じになったのは「人々を座らせなさい」ということでした(10節)。「そこには草がたくさん生えていた」(10節)と記されています。

「草」についてはマタイによる福音書にもマルコによる福音書にも記されていますが、ルカによる福音書には記されていません。まさかとは思いますが、皆さんの中に「ああそうか、この草をむしって食べたのか、そういう話だったのか」と連想なさる方がおられないことを私は願います。

そういう話ではありません。固い地べたの上ではなく柔らかい草の上に座るように群衆に呼びかけたのはイエスさまの優しい配慮だったと考えるほうがよろしいのではないでしょうか。

そしてイエスさまがお始めになったのが、少年が持っていた5つのパンと2匹の魚を、5千人の人々に「分け与える」ことでした。「さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいぶんだけ分け与えられた」(11節)と記されています。他の福音書にも基本的に全く同じことが記されています。すべて確認します。

マタイによる福音書の記述は次のとおり。「そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた」(マタイ14章19節)。

マルコによる福音書の記述は次のとおり。「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された」(マルコ6章41節)。

ルカによる福音書の記述は次のとおり。「すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた」(ルカ9章16節)。

今確認したことで分かるのは、すべての福音書に共通しているのは、イエスさまが「五つのパンと二匹の魚」を「5千人に分け与えた」ということです。それ以上のことは記されていません。「五つのパンが五千個に増えました」とも「二匹の魚が二千匹に増えました」とも記されていません。

しかし考えてみれば、「分ける」ということはある意味でそういうことかもしれません。5つのパンを5千個にすることは物理的に可能です。一つのパンを千個に分けるのは難しいことではありません。そこに超自然的な力も奇跡の要素も必要ありません。ただ「分ける」だけであれば。

そんなばかな、と思われるかもしれません。すぐあとに「人々が満腹した」(12節)ことや、パン屑で12の籠がいっぱいになったと記されていること(13節)はどうなるのかと、きっとお思いになるでしょう。

私はそのことを否定したいのではありません。もちろんこの出来事はイエスさまが行われた奇跡として確かに記されています。しかし、聖書に記されているのは、イエスさまはがなさったのは「五つのパンと二匹の魚」を「五千人に分け与えた」ことだけです。それは物理的に可能なことです。

いま私が持っているわけではありませんが、ここに5千円札があることを想像してみてください。この5千円札を5千人に分けることになりました。それは可能です。ただし、ハサミで5千分の1に切って分けるのは、ばかげています。1人1円ずつにして分けるでしょう。ただそれだけです。なんら奇跡の要素はありません。

お金と食べ物は違うと思われるのは当然です。私も一緒くたに考えているわけではありません。ただ、この出来事を理解するためのヒントにはなると思っています。

この出来事に謎の要素はいくつかあります。一つは、5千人もいた人の中で食べ物を持っていたのが一人の少年だけだったということがありうるだろうかということです。もう一つは、少年が持っていた魚は、生だったのか、それともすでに調理済みだったのか、ということです。もし生魚だったら、どうやって分けたのかが気になります。刺身でしょうか。包丁があったのでしょうか。

さてそろそろ、先ほど私が、アンデレの答えの中に腹が立つほど気になることがあると言ったことを申し上げます。アンデレは「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます」(9節)と言いました。

私が気になるのは、アンデレはこの「五つのパンと二匹の魚」をどうするつもりだったのかということです。食事はすべて自己責任だ、我々の責任ではないと言い放って、5千人の群衆は手ぶらで帰らせて、「五つのパンと二匹の魚」をイエスさまと弟子たちだけで全部せしめるつもりだったのでしょうか。その表現しがたい狡猾さ、ケチくささ、特権意識が、私には気になります。

もし仮に弟子たちがそうしたとしても、群衆にはバレなかったかもしれません。しかしイエスさまがそれをお許しになったでしょうか。「5千円しかない。だから分けられない」と言い張って、5千円を独り占めするか、それとも1円ずつにして全員に分けるか。イエスさまならどちらをお選びになるでしょうか。どちらが「皆の満足」になるでしょうか。

しかし、この箇所についての説教や解説を私は何度となく聴いてきましたが、だいたいいつも奇跡の話で終わってしまい、「分け合うこと」の意味を教える話になりません。それが私にとっていちばん謎です。

人のお腹は不思議なものです。1日2日食べなくても平気なときもありますし、のど元まで食べても満足できないときもあります。「満腹」にせよ「満足」にせよ、人の心の問題と結びついているからです。

「これしかない」からと言って分け合うことをやめ、特定の人々だけがせしめてしまうのがいちばんよくないことです。その問題を、教会こそがよく考える必要があります。

(2017年8月13日、日本バプテスト連盟千葉若葉キリスト教会 主日礼拝)