2024年7月22日月曜日

信念はあるか

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「信念はあるか」

ローマの信徒への手紙14章13~23節

関口 康

「従って、もう互いに裁き合わないようにしよう。むしろ、つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい」(13節)

今日の説教のタイトルは「信念はあるか」です。一般的な意味です。「信仰はあるか」と問うていません。私の意図にいちばん近いのは「ポリシー」です。

説明は不要でしょう。「有言実行」「首尾一貫」「いまやらねばいつできる わしがやらねばたれがやる」(岡山県出身の彫刻家・平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)氏の言葉)などに言い表された人間の意志や感情です。

「いつ、どこで、だれが」をさらすのは控えますが、最近の事例です。「引っ越して何か月か経ちました。借家にひとりでいるとコトコト音がします」と始まる。私なら「それはネズミか地震ですね」とすぐ答えてしまいますが、「もしかして幽霊が」と悩みはじめる方々がおられます。

方角、日にち、場所、食べ物などの迷信もそうです。「迷信」と呼ぶ時点で価値判断が入っています。それを信じている人にとっては、迷信どころか真理そのものです。

「土用の丑(うし)の日にウナギを食べる」というのも迷信です。なぜ「丑の日」なのでしょうか。子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。だから何なのでしょう。厄年、還暦、星座、血液型などもそうです。聖書の教えからすると、どれもこれも異教です。

目くじらを立てる意味で申し上げていません。私は自分が「へび年のさそり座生まれ」であることは知っています。テレビや雑誌の占いをじっと見てしまいます。学校でこの話をすると生徒に怪訝な顔をされます。真に受ける子がいて申し訳ないです。

今日の箇所は、14章の最初から始まっている話題の結論部分です。そのテーマは「信仰の弱い人を受け入れなさい」というものです。

「信仰の弱い人」を受け入れるのは「信仰の強い人」の側です。弱い人が強い人を受け入れることは不可能です。体重の問題に少し通じます。通常は、体重の重い人のほうが、軽い人を背負ったり抱えたりするはずです。その逆は難しいでしょう。筋肉の強さの問題は別です。

しかし、そこに「強い」か「弱い」かという力関係を表わす区別が持ち込まれると混乱が起こる危険があります。「弱い」と言われただけで、見下げられている気分になる人が出てきます。

パウロが言おうとしている「信仰の強い人」の意味は、神以外のすべての存在から自由であり、何ものにも束縛されない人のことです。「信仰の弱い人」はその逆です。いろんな束縛から自由でない人です。

その具体例がいくつか14章以下で取り上げられています。「何を食べてもよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜だけを食べている」(2節)。動物を屠殺してその肉を食べるようなことはしないし、できない人がいます。

別の例も挙げられています。「ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます」(5節)。

私の話をすることをお許しください。私は「すべての日は同じ」です。牧師34年目、盆・暮れ・正月と全く無縁の人生を送ってきたことと間違いなく関係あります。

「教会暦」に関してすら、私は「すべての日は同じ」です。レント(受難節)の断食なども、私自身はしたことがないし、だれかに勧めたこともありません。

しかし、ローマの信徒への手紙14章でパウロが問題にしているのは、わたしたちが自分はそうであると思っているからと言って、自分の立場を、特に教会の中で、自分の近くにいる人たちに強制してはいけない、ということです。

よく分かる話です。納得できます。しかし、この文脈に「強い」か「弱い」かというような混乱を招く価値観が割り込んで来て、しかも明らかにパウロ自身は「強い人」の側に立って語り続けるのでややこしくなるのですが、「信仰の弱い人」には他の人に自分の立場を押し付けがたる傾向がある、というのがパウロの言い分の前提です。

「すべてが同じ」である人にとっては、だれかに何かを押し付ける具体的なものがそもそも何もありません。「制限はない」と言っている人のほうが、「制限がある」と言っている人よりも「許容範囲が広い」とは言えるでしょう。

「強い人」か「弱い人」かという区分よりは「広い人」か「狭い人」かのほうが、争いが少なくなるでしょうか。ますます混乱するでしょうか。

「弱い人」が自分の立場を周りに押し付けたがるのは、孤立を恐れるからではないでしょうか。自分の考えに自信を持てないので、周りを巻き込んで多数派になろうとする。「強い人」は強い確信があるので孤立が怖くない。しかし、それはそれで人を傷つけるものがあるので、話は単純ではない。

結論は「もう互いに裁き合わないようにしよう」(13節)です。そして「つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないようにしよう」(同上節)です。

日本の教会で昔から問題にされてきたのが禁酒禁煙の問題です。賀川豊彦先生のような方が禁酒運動に熱心に取り組みました。私の父の受洗のきっかけは「賀川伝道」でした。だからかどうかは分かりませんが、私の両親も禁酒禁煙主義者でした。私の出身教会の牧師もそうでした。

私が東京神学大学に入学したとき「禁酒禁煙」の誓約書を書かされました。1984年4月です。今どうなっているかは知りません。教会で問題にされるときは健康問題だけではありません。神の前での生き方の問題にされます。

私は禁酒禁煙に関して自分がどうしているかについて、人前で言ったり書いたりしたことはありません。「人前で言ったり書いたりしたことがない」だけです。私の両親はすでに二人とも亡くなりましたが、親の前で一度も、私がどうしているかを話したことがありません。

そうしてきたことをずるいと思っていません。嫌がる人がいると知りながら、からかいや冷笑を伴う挑発的な態度をとるのを控えて来ただけです。私の話を先にしてから言うのは順序が逆ですが、パウロの意図はいま私が申し上げたことと同じです。

「信念はあるか」と問わせていただきました。肉や酒やたばこなどをすべて断つという誓いを一生貫きますかと問うていません。あるいは、早寝早起き、ジョギング、英会話の勉強などを毎日欠かさずすること、など。多くの人は守り切れないでしょう。

もし誓うなら、一生守れそうなことを誓おうではありませんか。それは「嫌がる人がいることを知りながら、故意に嫌がらせするようなことは決してしない」という誓いです。これなら守れるでしょう。成熟した人間(おとな)らしい態度だと言えます。

パウロはここまではっきり言っています、「キリストは、その兄弟のために死んでくださったのです」(15節)と。

「その兄弟」とは、宗教的な理由で動物の肉を食べず、野菜だけを食べる人です。キリストがその兄弟のために、ご自身の貴い命を差し出して死んでくださったのだから、せめてその兄弟の前で肉料理を食べるのを我慢することぐらいできるでしょうという意味です。冗談でも言っているかのような気分になりがちですが、これは真剣かつ深刻な話です。

食事、方角、日にち、場所などの問題は先祖代々受け継いできたものであったり、地域の歴史や風土に関係していたりします。それを重んじている人たちにとっては感性の問題です。生理的な、肌感覚の、きわめてデリケートな問題です。ずけずけ物を言い、ずかずか土足で踏み込んで良いようなことではありません。

だからこそ、「デリケートな問題に対してはデリカシーを持つべきである」というのが今日の箇所の教えの意味であると申し上げておきます。

これをわたしたちの「ポリシー」にする。それは不可能な話ではなく、可能な話です。互いの感性を重んじ合うことが、互いの存在を重んじ合うために大事です。

(2024年7月21日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)

2024年7月17日水曜日

翻訳中の『キリスト教教義学』は驚きの連続

キリスト教教義学(左端)


【翻訳中の『キリスト教教義学』は驚きの連続】

いま翻訳中の、ファン・デン・ブリンク、ファン・デア・コーイ共著『キリスト教教義学』(2012年)に”Pastor Bonus”という言葉が出てきて「牧師のボーナスか。いいね」と一瞬思ったが、意味が違う。

これはラテン語で「善き羊飼い」(The Good Shepherd)。ヨハネ・パウロ二世が1988年に公布した公文書の名前にもなったようだが、私が訳している本の当該箇所の主旨とは違う。

それにしても驚きの連続。以下『キリスト教教義学』から引用。

「対話と教育という点では教理問答(カテキズム)形式の古典的教会教育に加えて、ディスカッショングループ、アルファコース、ワールドユースデーなど主要なイベント、リトリート、テゼの祝い、テレビ礼拝、聖書黙想会(lectio divina)、インターネット、ソーシャルメディアを使用しうる」

「各種イベントと新しい (ソーシャル)メディアは、明示的に名を呼んで評価する必要がある。それらはコミュニティ構築の現代的な形式であり、そこで相互コミュニケーションが行われ、人々はそこから文化形成(culturele vorming)を導き出す」

「新しいメディアは、人々を信仰において訓練し、救いにあずからせ、留めるための手段である」

「永続的かどうか、制度的かどうか、液体のように流れて行くかどうかにかかわらず、その手段と形態は聖書の源泉から生じている。源泉とのつながりを保ち、それによって規範されることを許可している限り、それらは現代的な形をとった神の言葉の宣教(praedicatio Dei vervi)である」

「(大文字の)『言』(het Woord)としてのキリストは、(小文字の)言葉(woorden)やツイート(tweets)などの人間の道具を用いる。それらが人間を作り上げる。概念的な内容のコミュニケーションは、出会い、つながり、共通性など、あらゆる種類の接触に組み込まれている」

「神の声は、説教者、友人、歌手の生きた声(viva vox)として、音や噛みつきの中で聞かれる」

(G. van den Brink en C. van der Kooi, Christelijke dogmatiek, 2012, p. 553-554)

ネットとSNS(ツイッター!)をここまで評価してくれた教義学を、私はこれまで見たことがない。楽しくなってきた。

「善き羊飼い」(Pastor Bonus)について言及される『キリスト教教義学』(2012年)の当該箇所を拙訳で紹介する。

(原文)

Een dargelijk pastoraal gesprek - tegenwoordig ook wel geestelijke begeleiding gonoemd - wordt gevoerd in de verwachting dt de Goede Herder zelf zal spreken. Het (ambtelijk) gebed is daarvan de uitdrukking. In het gebed worden de dingen opgelegd voor God en treeedt de figuur van de pastor terug ten gunste van de Pastor Bonus. (Christelijke dogmatiek, 2012. p. 553)

(拙訳)

「こうした牧会的対話(今日では『霊的指導』とも呼ばれる)は、善き羊飼い自身がお語りになることを期待して行われる。(牧会上の)祈りはそれを表現したものである。祈りにおいて、物事は神の前に置かれ、善き羊飼い(Pastor Bonus)へと委ねられ、祈る牧師自身の姿はフェードアウトする。」

拙訳では伝えきれないが、何度も読み返したくなる感動的な文章だ。

2024年7月16日火曜日

9月8日(日)に「足立梅田教会創立70周年記念礼拝」を行います

敬愛する各位

わたしたち足立梅田教会(創立1953年9月13日)は昨年(2023年)「創立70周年」を迎えました。70周年記念行事として今年4月に『70周年記念誌』(非売品)を発行しました。そして今年9月8日(日)に「70周年記念礼拝」を行います。

「70周年記念礼拝」の説教者に当教会第2代牧師の北村慈郎先生をお迎えいたします。ぜひ多くの方にご出席いただきたく、謹んでご案内申し上げます。

わたしたちは、北村先生へのご挨拶と打ち合わせを兼ねて、本日7月15日(月)市川三本松教会で行われた「フルートとオルガンによる北村慈郎牧師支援コンサート」に出席しました。

コンサートは約100名出席。演奏会第1部は三・一教会牧師の表見聖先生によるオルガン演奏。第2部は紅葉坂教会員の佐治牧子氏のフルート演奏、吉岡望氏のオルガン演奏。そして支援会代表の荻窪教会牧師の小海基先生による支援アピール。最後に北村先生ご自身が挨拶されました。

北村先生はとてもお元気でした。「みなさんによろしくお伝えください」と言づてをいただきました。9月8日(日)「足立梅田教会創立70周年記念礼拝」のため、説教者の北村慈郎先生のためにお祈りいただけますと幸いです。

北村慈郎牧師支援コンサート(2024年7月15日 市川三本松教会)
北村慈郎先生(2023年7月15日 市川三本松教会)
『合同教会の「法」を問う』(新教出版社、2016年)

2024年7月14日日曜日

助け船はあるか

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「助け船はあるか」

使徒言行録27章27~44節

関口 康

「どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません」(34節)

「14日目の夜になったとき、わたしたちはアドリア海を漂流していた」(27節)という、わたしたちにとって日常的とは言いにくい、たいへん衝撃的な描写から始まる箇所を、今日は朗読していただきました。

一体、何が起こったのでしょうか。

先週の箇所で使徒パウロはローマ総督フェリクスの前で弁明していました。弁明の主旨は、自分は何も悪いことをしていない、ということでした。

フェリクスの在任期間は紀元53年から55年まで(諸説あり)。主イエスの十字架刑の20年後。主イエスが総督ポンティオ・ピラトの前に引き出されたのと同じように、パウロも総督の前に引き出されました。

フェリクスは、自分がキリスト教を信じることはありませんでしたが、理解を示してくれました。フェリクスはユダヤ人の要求をかわして、パウロの死刑を延期しました。

フェリクスは善人だったと、著者ルカが言いたいのではありません。フェリクスについて「パウロから金をもらおうとする下心もあった」(24章26節)と記されています。パウロがそんなお金を持っていたとは思えないのですが。

その2年後、パウロの拘留状態は変わりませんが、ローマ総督がフェリクスからフェストゥスに交代しました(24章27節)。パウロを拘留する側の責任者が交代したことを意味します。

このフェストゥスの性格も前任者フェリクスと大差ありません。「ユダヤ人に気に入られようとして」(25章9節)行動するタイプの総督だったことを著者ルカが明らかにしています。

フェストゥスがパウロに「わたしの前で裁判を受けたいと思うか」と問いました。その答えは「私は皇帝に上訴します」(25章11節)というものでした。フェストゥスは驚きました。「皇帝に上訴したのだから、皇帝のもとに出頭するように」(25章12節)と返さざるをえませんでした。

パウロは外地タルソスで生まれ育ったユダヤ人。ローマ帝国の市民権を持っていました。そのため、自分の死刑が問われる裁判において、イタリアにいるローマ皇帝への直訴の権利を持っていたのです。

それでフェストゥスは次の段階としてパウロをユダヤのアグリッパ王に会わせました。アグリッパ王としては、ローマ総督の側から要請を受けることは、両国の力関係を考えると悪い気はしなかったはずです。

パウロが面会を許可されたアグリッパ王の謁見室には、フェストゥス、ローマ軍の千人隊長、町のおもだった人たちが同席しました(25章23節)。

フェストゥスはパウロを最初はかばってくれました。ユダヤ人たちが「こんなやつ生かしちゃおけねえ」とめちゃくちゃに騒いで暴れるんですが、私にはどうしてもこの男が悪い人間に見えないんです。だけど、当の本人が「ローマ皇帝に上訴する」だと、とんでもないことを言い出すもんですから、イタリアまで船で護送することにしました、と言う(25章24~27節)。

そこまで聞いてアグリッパも直接パウロから話を聞きたくなったようで「お前は自分のことを話してよい」と許可し(26章1節)、パウロが怒涛の弁明を始めます(26章2~23節)。

すると、フェストゥスがいらいらしはじめます。特にキリスト教の「死者の復活」の教理についてパウロが話し始めたあたりから、聴くに堪えないと思えたようです。あからさまな暴言を吐いて、パウロの弁明を妨害しはじめます。

このやりとりが記されているのは26章24節から32節までです。私はこの箇所のやりとりが大好きです。ぜひ一流の俳優さんたちに演じていただきたいです。

私が考えた配役は次の方々です。使徒パウロは堺雅人さん、フェストゥス総督が香川照之さん、アグリッパ王は北大路欣也さん。TBS日曜劇場「半沢直樹」(2013年、2020年)のメインキャストのみなさんです。

フェストゥス(香川さん) 

「パウロ、お前は頭がおかしい。学問のしすぎで、おかしくなったのだ」

パウロ(堺さん) 

「フェストゥス閣下、わたしは頭がおかしいわけではありません。真実で理にかなったことを話しているのです。王はこれらのことについてよくご存じですので、はっきり申し上げます。(中略)アグリッパ王よ、預言者たちを信じておられますか。信じておられることと思います」

アグリッパ(北大路さん) 

「短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト信者にしてしまうつもりか」

パウロ(堺さん) 

「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります。このように鎖につながれることは別ですが」

みんな唖然としたところで、三者のやりとり終了。アグリッパがフェストゥスに「あの男は皇帝に上訴さえしていなければ、釈放してもらえただろうに」と耳打ちして終わる。

こうしてパウロはローマへ護送されることになりました。航路については、新共同訳聖書の聖書地図9 「パウロのローマへの旅」をご覧ください。その船が嵐に巻き込まれて難破し、「アドリア海」で漂流しました。それが今日の箇所の状況です。

「アドリア海」は、現在は「イタリア半島とバルカン半島の間の海域」を指しますが、当時は「シチリア島とクレタ島の間の海」を指します。聖書地図の航路は間違っていません。

船に乗っていたのは「276人」(27章37節)。パウロの拘留地エルサレムから出発。地中海へと出航したのはシドンの港から。クレタ島の「よい港」までたどり着けました。

しかし、季節は冬。パウロはこれ以前に2回も伝道旅行を経験してきた人で、旅の知識がありました。冬の船旅は危険なので、これ以上は進むべきでないと乗船者に忠告しますが、百人隊長は船長や船主のほうを信頼し、パウロの忠告を聞き入れませんでした。囚人の言うことに従う軍人がいるだろうかと考えると、無理もない気がします。

とにかく彼らはクレタ島で冬を過ごしましたが、南風が吹いてきたので、これはチャンスと錨(いかり)をあげて、イタリアに向かって出航しました。するとそのとき「エウラキオン」と呼ばれる真逆の北東からの暴風に襲われ、あっという間に難破船になってしまいました。

浮力を保つために、積み荷を捨て、船具まで捨てました。「幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた」(27章20節)という描写は、鬼気迫るものがあります。

そのときパウロが立ち上がります。彼が始めたのは、全員を励ますことでした。

「私の言い分を聞いていればこんなことにはならなかった」とは言いました。しかし「ざまあみろ」と吐き捨てませんでした。絶望している人々に追い打ちをかけませんでした。「元気を出しなさい」(27章22節)と言いました。「勇気を出しなさい」とも訳せます。

もうひとつ、パウロがしたのは、食事をとることをみんなに訴えることでした。絶望して食事がのどを通らなくなった人々に「どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません」(27章34節)と言いました。

発言は単純です。「元気出してね」と「ごはん食べてね」です。それがすごいと思いませんか。

状況は同じだし、むしろ不利な立場の囚人なのに、なぜかひとりだけ心が折れていないし、他の人を全力で励ます。

こういう人になりたい、どうすればなれるか知りたい、と思いませんか。

今日の聖書箇所がわたしたちに教えていることは、276人を乗せた絶望の難破船の「助け船」は、その中に乗っていたひとりの囚人、パウロその人だったということです。

「助け船」の意味は、「水上の遭難者、または遭難船を救助する船。転じて、困っているときに力を貸してくれるもの」。

あなたの「助け船」は誰ですか。あなたは、誰の「助け船」になりたいですか。

(2024年7月14日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)

教会学校のお知らせ



「教会学校のお知らせ」

今年の夏はとても暑いですね!

皆さんの健康が守られますように、心からお祈りしています。

7月28日(日)午前9時より、子ども向けの「教会学校」を行います!

聖書のお話、讃美歌、お祈り、おやつの時間があります。

ぜひ出席してください。歓迎します!

日本キリスト教団 足立梅田教会

〒123-0851 足立区梅田5-28-9
TEL 03-3887-4010
adachiumedachurch@gmail.com
www.adachiumeda.church

2024年7月11日木曜日

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日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

みなさまへ 大切なお知らせです。


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「モバイル版」のお知らせが遅くなりましたことを、心からお詫びいたします。

これまでご不便をおかけし、申し訳ありませんでした。

2024年7月11日

ブログ管理者 関口 康


2024年7月7日日曜日

希望はあるか

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「希望はあるか」

使徒言行録24章10~21節

関口 康

「『彼らの中に立って、「死者の復活のことで、私は今日あなたがたの前で裁判にかけられているのだ」と叫んだだけなのです』」(21節)

猛暑日が続いていますが、東京の梅雨はまだ明けていません。昨日は強い雨が降っていました。今日は都知事選挙と都議会議員補欠選挙です。暑いし、雨は降るし、忙しい。それでも日曜日ごとに教会に集まり、礼拝をささげるわたしたちを神が喜んでくださっています。

キリスト教主義学校は、来週あたりが期末テストで、再来週から夏休みです。今ごろは「期末テストの準備があるので教会に行けない」という生徒もいれば、「学期課題の教会出席レポートがまだ書けていないので駆け込みで教会に行く」という生徒もいます。

学校では毎日礼拝です。讃美歌、聖書、説教、祈りです。聖書の授業もあります。教会に通っているキリスト者よりも彼女/彼らのほうが聖書を開いている時間が長いかもしれないほどです。英語、数学、国語、理科、社会、体育、芸術、部活、文化祭・体育祭・修学旅行、中には塾通い、恋愛・失恋。汗と涙と泥まみれの青春の中で、聖書も学びます。教会にも来てほしいと思いますが、彼/彼女らは戦いの毎日です。温かく見守ってあげたいです。

牧師の働きは公私の区別が難しいです。先週火曜(7月2日)は西千葉教会(千葉市中央区)での「東京教区伝道部婦人全体集会」に私と教会員3名で出席しました。大島元村教会と波浮教会の菅野勝之牧師が講師で、「伊豆諸島伝道」がテーマの講演を聞きました。出席者109名。

翌日の水曜日(7月3日)は聖学院大学(埼玉県上尾市)で「聖学院と教会の懇談会」に出席。講師は吉祥寺教会の吉岡光人牧師。「コロナ後の伝道」がテーマの講演を聞きました。出席は教会側64名、学校側25名、合わせて89名。

偶然ですが、菅野先生と吉岡先生のおふたりとも1990年3月に東京神学大学大学院を卒業した私の同級生です。私も含めて3人とも伝道35年目。おふたりの講演は、基本的な方向性が同じでした。共通のテーマは「伝道」です。21世紀に生きるわたしたちにとって神はどなたであり、神がわたしたちに何をしてくださり、わたしたちは神から何を受け取り、味わい、感謝して喜んで生きることができるのかを、みんなが知りたいと願っています。

ここから先に申し上げることが、みなさんをがっかりさせるかもしれません。私の耳で聴いたかぎり、おふたりの講演のどちらにも「答え」はありませんでした。批判ではありません。「伝道」に「答え」はないことが分かりました。こうすればこうなる式の、ハウツーものの伝道メソッドはありません。最終的に「伝道」とは、人の手を離れた「神のみわざ」なのです。

菅野先生が「祈り」の大切さを訴えました。「道路と移動手段があれば自由にどこへでも行ける本土の教会と、島の教会の事情は構造的に違う。だからこそ離島の教会のために祈ってほしい」と言われました。その通りだと思いました。

吉岡先生が、緊急事態宣言をきっかけに吉祥寺教会で始めた「インターネット礼拝」について言われたことが私の印象に残りました。

いま吉岡先生は日本基督教団出版局の理事長でもあり、「文書伝道」が日本のキリスト教界にもたらした多大な貢献と共に、その限界もよくご存じです。「文書伝道」の代表的存在は三浦綾子さん。三浦さんのファンは大勢いる。しかし、その方々が教会に通うかどうかは別。同じことがインターネット伝道に起こっている。

しかし、吉岡先生が言いました。「キリスト教のファンを増やすことも大切ではないか」。その通りだと思いました。

菅野先生と吉岡先生の講演とは直接関係ありませんが、7月の礼拝説教のタイトルを工夫してみました。今日(7日)が「希望はあるか」、来週(14日)が「助け船はあるか」、再来週(21日)が「信念はあるか」。「あるかシリーズ」全3回。そして今月最終週(28日)が「善いサマリア人」です。その日に久しぶりの教会学校を行います。たくさんの子どもたちに来てもらいたいです。

人それぞれの感じ方があるでしょう。「あるか」と問われると「ない」と反射的に答える方々がおられるでしょう。その時点ですでに、機嫌を損ねておられるかもしれません。特に教会の看板に書いてあったりすると、ますます反発されるかもしれません。「希望はある」と断言するほうがよいでしょうか。「あるか」と、どうして疑問文なのでしょうか。挑発的でしょうか。そのあたりも含めて、皆さんに考えていただきたいと思いました。

今日の聖書の箇所に登場するのは使徒パウロとフェリクスです。フェリクスが何者かはさほど重要ではありません。在任期間に諸説あるようですが、紀元53年から55年まで、エルサレムに駐留していたローマ総督。イエスの十字架刑の判決を下したローマ総督はポンティオ・ピラト。約20年後、今度はパウロを死刑にしたい人たちが彼を逮捕し、イエスのときと同じように、初めに最高法院で尋問し、次にローマ総督官邸に引き出しました。

パウロがフェリクス相手に言っているのは、自分は何も悪いことをしていないという弁明です。パウロは第2回伝道旅行を終えて、自分自身の働きのために、また地中海沿岸に生まれた多くのキリスト教会のために、祈りと献金をもって支援してくれていた人々に報告し、また逆に諸教会からの献金を届け、感謝する礼拝をささげるために、エルサレムに来ていました。長旅の疲れをいやす意味もあったでしょう。そのエルサレムに来て12日しか経っていないのに、このわたしが大暴れして町じゅうを扇動して混乱に陥れたりするわけがないと言いたがっています。

そもそもパウロにとってキリスト教を宣べ伝えることは、町を混乱させるとか市民生活を破壊するとか、そんなことのためにしているのではなく、彼にとって譲れない「真理」を話しているだけなので、他にどうすることもできません。

パウロがこのときフェリクスの前で繰り返すことによって強調しているのは、キリスト教的な意味での「死人のよみがえり」についての信仰告白です。「更に、正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いています。この希望は、この人たち自身も同じように抱いております」(15節)。「彼ら(最高法院で自分を訴えた人たち)の中に立って、『死者の復活のことで、私は今日あなたがたの前で裁判にかけられているのだ』と叫んだだけなのです」(21節)。

「フェリクスは、この道についてかなり詳しく知っていた」(22節)の「この道」はキリスト教です。フェリクスはキリスト教の信徒ではなかったが、理解者だった。フェリクスがその裁判を延期してくれてパウロが命拾いをしたという話です。「キリスト教のファンを増やすことも大切ではないか」という先ほどの吉岡先生の言葉を思い出しませんか。フェリクスは、キリスト教の人は危険な破壊工作のようなことはしないと分かっていたようです。ありがたい理解者です。

パウロがフェリクスの前で述べたのは「死者の復活の希望」でした。「正しい者も正しくない者もやがて復活する」と言われているのが重要です。これは、我々人間がどんな策略を立て、陰謀を企て、黒を白と言うかわりに白を黒と言い、真実を知る者を抹殺し、最高裁の結審まで事実を隠し通したとしても、死者の墓を掘り起こしてでも、神ご自身が、もう一度でも何度でも、裁判をやり直してくださることによって、神が真理を明らかにしてくださるという信仰だと言えます。

この希望は、人を裏切りません。だれにも負けずに自信をもって真理を貫くことができます。

これほどの希望が、あなたにありますか。謹んでお尋ねいたします。

(2024年7月7日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)

2024年6月30日日曜日

いのちの重さ

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「いのちの重さ」

使徒言行録9章36~43節

関口 康

「やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた」(39節)

今日の朗読箇所は、使徒言行録9章36節から43節までです。今日の箇所の内容に入る前に、大前提の話をします。それは、使徒言行録が描く教会の歩みの「主役」はだれかと言う問題です。

「教会史の主役はイエス・キリストです」と言って済まされることがあります。反論しにくいです。しかし、そればかり言われると、弟子たちはまるで操り人形です。暴力性を帯び始めます。

現実の教会は多くの方々の献身的奉仕によって築かれたものです。ひとの働きの評価の問題を言いたいのではありません。事実として存在するひとが無視されてはならないと申しています。

使徒言行録の主役は複数います。1章から5章まではペトロ。6章から7章まではステファノ。8章はフィリポ。9章前半(1~31節)はサウロを名乗っていた頃のパウロ。9章の後半(32節)から12章までは再びペトロ。13章から28章までは回心後のパウロです。

「サウロ」はヘブライ語。イスラエル王国初代国王の名前。キリスト教への改宗後、国際的に通用するギリシア語名「パウロ」を名乗り、異邦人伝道に出かけました。

使徒言行録の「主役」は、ペトロ、ステファノ、フィリポ、パウロの4人です。この4人を2つのグループに分けることができます。ペトロとパウロは「使徒」です。現代の教会組織の中で最も近いのは「牧師/説教者」です。ステファノとフィリポは「奉仕者」です。現代で最も近いのは「役員」です。

「牧師/説教者」と「役員」を差別したいのではありません。「使徒/説教者」だけが主役ではなく、「奉仕者」が十分な意味で主役であることが、西暦1世紀においてすでに認められていたことをご紹介したいのです。

教会の歴史における最初の殉教者ステファノは「使徒」ではなく「奉仕者」でした。殉教を美化する意図はありませんが、文字通り命がけで信仰を守り、結果として死に至りました。

フィリポも大活躍しました。「外へ外へと信仰を広める働き」をした人です。フィリポはユダヤ人が忌み嫌ったサマリア人に伝道した人です。またエチオピアの女王の高官に伝道して、洗礼まで授けました。

現代のエチオピアは、人口の6割以上がキリスト者です。そのことと聖書の記述をダイレクトに結ぶのは難しいかもしれません。しかし、少なくとも最初の種をフィリポが蒔いたことが、聖書に記されているという事実が重要です。

12人の使徒以外に、ステファノとフィリポを含む7人の奉仕者が選ばれることになった経緯は、6章1~7節に記されています。西暦1世紀の教会の大切な活動として、生活困窮者を助ける働きがありました。しかし、日々の分配の問題で教会の中に紛争が起こりました。しかし、使徒たちには説教の準備があるので、分配担当の7人の奉仕者を選ぶことにしました。

しかし、これは本当に誤解されやすいので、よくよく気を付けなければなりません。使徒たちは、「説教の準備」と「生活困窮者への支援」とを天秤にかけて、前者は後者より重要なので、重要度の低い後者にはかかわりたくないと言ったわけではありません。

使徒たちの意図は、”説教”と”福祉的な働き”は、教会の中でクルマの両輪の関係にあるので、後者を決して失ってはならないという決意として、奉仕者を選ばなければならないと考えた、ということです。軽んじる意味ではなく重んじる意味だったことを、ぜひご了解いただきたいです。ここで「愛恵学園」が思い起こされて然るべきです。

今日の箇所の話をする時間が少なくなりました。今日の箇所の「主役」はペトロです。しかし、主役だけでドラマは成立しません。主役ではないけれども、きわめて重要な役割を果たす人物がいて初めてドラマ全体が輝きます。

「きわめて重要な」登場人物は、ヤッファという町にいた「タビタ(アラム語名)/ドルカス(ギリシア語名)/どちらの意味も“かもしか”」という女性です。もうひとり、直前の段落の、リダという町にいた「アイネア」という男性も重要です。

ヤッファとリダとエマオとエルサレムの関係は、巻末の聖書地図で分かります。ヤッファは、今のテルアビブ。地中海に面した港町。エルサレムからヤッファまでの直線上にリダがあります。エマオは少し南。ガザはヤッファよりずっと南です。

リダのアイネアは「中風で8年前から床についていた」(33節)。その人にペトロが「イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい」と言うと、すぐ起き上がったというのです。

アイネアがキリスト者だったかどうかは分かりません。しかし、次に登場するタビタが「婦人の弟子」と呼ばれているのに対し、アイネアはそう呼ばれていないので、アイネアはキリスト者でなかった可能性があると考える人がいます。そのほうが意義深いと私は感じます。

しかも、この「イエス・キリストがいやしてくださる」というペトロの言葉は「言葉遊び」、要は「だじゃれ」である可能性があります。

「イエスがいやす」は、ギリシア語で「イアタイ・イエスース」(ιαται [σε] Ιησους)。これが「ギリシア人の耳には同じ語源に聞こえた可能性は十分ある」というのです(※注)。

(※注 F. F. ブルース『使徒行伝』聖書図書刊行会、1958年、230頁。このブルース(Prof. Frederic Fyvie Bruce [1910-1990])の見解をオランダの権威ある註解書『新約聖書の説教』(De prediking van het Nieue Testament (PTN))の「使徒言行録」の著者、アムステルダム大学のリンディエ教授(prof. dr. Cord Hendrik Lindijer [1917-2008])が支持しています)。

日本語でもだじゃれが成立しそうです。「いえすが、いやす」。しかしこの場面でペトロが冗談を言ったと考えるのは、さすがに無理があるでしょう。私まで不謹慎なことを言っているような気持ちになります。

しかし、先ほど申し上げた「アイネアがキリスト者でなかったかもしれないという可能性」との関係を考えるとどうでしょうか。信仰を持っていない相手に信仰を強いるような言い方をペトロが“しなかった”と考えることができるとしたら。「神を信じなさい」ではなく、ユーモアをこめた言葉遊びを用いてペトロが語ったと考えることができるとしたら。

そして、最も大事な点は35節に記されています。「リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った」。

「ペトロを見て」でなく「アイネアを見て」であることが重要です。「アイネアは“主を信じたから”いやされた」と記されていないことも重要です。アイネアが立ち上がることは絶対にありえないと、そちら側のほうに確信を持っていた人たちの、その確信が崩されたことが重要です。それをアイネアが実現したのです。アイネアは偉い人です。

ヤッファのタビタ(ドルカス)も偉い人です。「婦人の弟子」と明記されているとおりキリスト者でした。「たくさんの善い行いや施しをしていた」とあります。ヤッファの教会の福祉的な働きを中心的に支えたひとりでした。教会のみんなから慕われ、尊敬されていたことが伺えます。

そのタビタが病気で亡くなりました。タビタの体をきれいに洗い、みんなで2階に運んで安置しました。隣町のリダにペトロがいることが分かったので、ヤッファまで来てもらって葬式をしました。すると、教会で命拾いしたやもめ(widow、寡婦、未亡人、「屋守女」説)たちが、タビタが自分たちのために作ってくれた下着や上着をペトロに見せたというのです。

このときの様子を想像すると、私は胸が苦しくなります。「下着」にすら困るという追い詰められた状況の中にいた女の子たちを見かねたタビタが、得意の裁縫で下着や上着を作ってくれた。それをみんな思い出して泣いていたというのです。

そのタビタをペトロがよみがえらせたことが記されています。復活を信じることは、現代人には難しいです。ギリギリの線で考えることを許していただけないでしょうか。

ペトロは葬式で「タビタは生きている」と説教し、そのようにみんなが信じたのです。

「教会に来ると、生活に行き詰まって苦しかった頃の私を親身になって助けてくださったあの人を思い出す」という方がおられないでしょうか。「私のいのちの恩人」が教会の中にいた。教会に来るたびにその人を思い出す。それもまた、ひとつの復活ではないでしょうか。

ペトロとパウロ(牧師/説教者)だけで、教会は成立しません。ステファノとフィリポ(役員)だけでも成立しません。アイネアとタビタ(共に生きる仲間)が必要です。3者が協力するとき「いのちの重さ」を実感できます。

(2024年6月30日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)

2024年6月27日木曜日

伊豆大島の教会を訪問しました

日本基督教団大島元村教会

日本基督教団波浮教会

大島の海は美しかったです

関口 康

あくまで個人的な動きですが、今月2024年6月3日(月)4日(火)5日(水)の2泊3日、伊豆大島行きのジェット船で、日本基督教団大島元村教会と波浮教会を兼任されている菅野勝之牧師、菅野百合子牧師をお訪ねしました。

宿泊先は、大島元村教会から徒歩10分の「ペンションすばる」でした。

2日目は本町港近くの「レンタサイクルらんぶる」で借りた110ccのスクーターで大島をひとりで一周し、港や浜辺を眺め、三原山の登山口や裏砂漠に行きました。

どなたにも迷惑をかけないように心がけました。

しかし、結局3日間、菅野先生にお世話になりました。初日も最終日も本町港まで送り迎えしてくださり、観光名所や美味しい食堂に連れて行っていただきました。ありがとうございます!

菅野先生と私は東京神学大学の同級生ですが、30年以上お会いできていませんでした。

久々の再会は、私が足立梅田教会に今年2024年3月1日(金)に着任した直後の3月12日(火)に富士見町教会で開催された東京教区東支区総会でした。

まるで昨日まで一緒にいたかのように、目と目で通じ合う関係でした。

菅野先生との再会を機に、互いに励まし合うことの大切さを思い知りました。

風の便りだけでなく、電話やメールやSNSだけでなく、直接お会いして励まし合うことの大切さを。

東京教区東支区の「伊豆諸島伝道委員会」が「離島教会交流活動」の呼びかけを開始したことを上記の今年3月12日の東支区総会で知りました。

「さあみんなで島の教会へ行こう」と呼びかけるポスターが東支区の各教会に配布されました。「助成金」も出るそうです。

ぜひ多くの方が伊豆諸島の諸教会を訪問なさって、善き交流がなされますように、心からお祈りいたします。

「さあ みんなで島の教会へ行こう」

(2024年3月1日より当教会牧師、2024年6月27日記す)

2024年6月23日日曜日

広く大きな救い

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「広く大きな救い」

エフェソの信徒への手紙2章11~22節

関口 康

「〔キリストは〕二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました」(14-15節)

先週日曜日の午後に東武線とつくばエクスプレスを乗り継いで浅草教会に行きました。私以外に足立梅田教会から3名の方。教会に落語家を招いて寄席をするという。わたしたちはいちばん前に座りました。

もうひとかた、足立梅田教会の元会員の方がお見えになりました。その5人で寄席の帰りに浅草で作戦会議。楽しく過ごしました。

落語家さんは、牧師館に戻ってネットで調べたら、1953年6月、群馬の前橋生まれ、71歳。私の父も前橋生まれなので親近感がわきました。私の血の半分は群馬産です。

落語そのものは「面白くないことはない」ぐらいでしたが、「第2部」だという余興で始めたのが「懐かしのスーパーヒーローに早変わり」という演目。何を始めるのかと思えば、重ね着した服を一枚ずつ脱いでいく。最初が星飛雄馬、次がエイトマン、最後が月光仮面。

落語の内容は、あとで調べたら「鮫講釈(さめこうしゃく)」という演題の古典落語。

伊勢神宮(現在の三重県)に全国から人が集まってお参りする。熱田(現在の名古屋)から伊勢まで行く渡し船が、桑名の沖で多くの鮫に囲まれて動かなくなった。

船の中にひとりの講釈師がいた。その講釈師が「今生の名残に一席やらせてほしい」と涙ながらに訴えた。最期だからいろんな講話をいっぺんにしたいと「五目講釈」をすると言い出す。赤穂浪士の大石内蔵助と、大岡越前と、牛若丸(源義経)と、武蔵坊弁慶が同時に出てくる、筋書きがめちゃくちゃな話を、扇子を船べり(落語では膝)にバタバタ叩きつけて話す。

すると鮫が逃げて行った。海の中で鮫同士が会話する。「なぜ講釈師ごときが怖くて逃げたのか」と尋ねる鮫がいた。「講釈師だったのか。船べりをあんまりバタバタ叩くので、かまぼこ屋かと思った」で終わる。

鮫はかまぼこの原料。かまぼこ屋が怖い。若い人たちは分からないオチかもしれません。

先週の報告のつもりでお話ししています。とにかく思ったのは、わたしたちも浅草教会さんを見習って、落語家を教会にお招きするようなことを本格的にしなくてはならないかもしれないなということです。

落語家さんがたも特にコロナ後たいへんなのだそうで。かなり自虐的に「週休5日制です」とか、「かつては北は北海道、南は沖縄で仕事をさせていただいたものですが、今では、北は北千住、南は南千住です」とおっしゃっていました。「仕事ください」と携帯電話の番号までみんなに教えてくださいました。そういう必死なところも見習わなくてはと思いました。

落語家を教会に招いて寄席を開く浅草教会さんに見習う。当然です。でも、それだけではない。プライドを捨てて「仕事ください」と言い出し、星飛雄馬にもエイトマンにも月光仮面にも変身する落語家さんにも見習う。そうでなくてはいけないなと思わされました。

今日の聖書のお話もしっかりしますので、ご安心ください。「だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり」(11節)と記されています。

聖書はユダヤ人でない人のことを「異邦人」と呼びます。ユダヤ人かどうかの外見上のしるしは、割礼を受けているかどうかでした。割礼とは、要するに包茎手術です。そんなことを真顔で求められるのがユダヤ教だというわけです。

これもおかしな話で、女性に割礼は求められません。女性である時点でユダヤ人男性からは異邦人を見る目で見られるかもしれません。逆に、割礼を受ければ元異邦人でもユダヤ人になれる。その場合のユダヤ人はユダヤ教団の信徒を意味します。

なので、割礼を受けていない男性、割礼を受けるも受けないも関係ない女性は、神から遠いとみなされました。「しかし、あなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです」(13節)の中で「遠い」とか「近い」とか言われているのは、神との関係です。

「体の一部を切り取る手術を受けた者は神に近づくことができるが、その手術を受けない者は神から遠いままである」というような言い方をすれば、ずいぶんとおかしな話だと多くの現代人が気づくでしょう。「指を詰める」という話と大差ありません。

私はユダヤ教徒を差別するつもりはありません。ヒトラーがしたことです。しかし、彼らの教えに問題が無いとは思いません。もし問題が無いのであれば、わたしたちも割礼を受けないかぎり神に近づくことはできません。女性は割礼を受けることができないわけですが。

エフェソの信徒への手紙を使徒パウロの真筆であることを認めない聖書学者が増えています。私が東京神学大学の神学生だった頃の新約聖書の教授の竹森眞佐一教授が講義の中でその問題を取り上げておっしゃった言葉を忘れられません。

「エペソ書の思想は、他のパウロ書簡と似ているということを否定する学者はいないんですよ。似てるんでしょ?だったら『パウロが書いた』でいいんですよ」とおっしゃいました。私もその線で「パウロが書いた」と言います。

パウロは異邦人伝道を生涯の仕事にした人です。そのパウロが今日の箇所に書いているのは、「我々は神に近い」とか「あの人たちは神から遠い」とか言って、結局のところ、人を宗教的に見下げるようなことをする人間の愚かさをご存じの神が、愛する独り子イエス・キリストを世に遣わしてくださり、イエスさまは十字架の上で血を流して死んでくださった、そのおかげで教会内で対立していた人々を、神が和解させたという話です。

「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました」(14~15節)。

これはユダヤ教団とキリスト教会の対立の話ではなく、キリスト教会内部の話です。元ユダヤ教徒で割礼を受けた後キリスト教の洗礼を受けた人たちと、元異教徒で割礼を受けたことがないままでキリスト教の洗礼を受けた人たちとで、神からの距離に差があるという議論が教会内部で起こったので、パウロはそんな愚かな話はないと、口を酸っぱくして言い続けたのです。

しかし、今の日本の教会で、割礼を受けるべきかどうかという議論が起こることはまず無いし、少なくとも私は寡聞にして知りません。なので、もう少し別の文脈で考えないと今日の聖書箇所の意味が私たちには理解できません。

キリスト教も戒律ずくめの形で教え込まれる可能性があります。学校を悪く言うつもりはありません。しかし、学校式の教え方にはどうしても命令の要素が加わります。遅刻してはいけない、おしゃべりしてはいけない、居眠りしてはいけない、無断欠席はいけない。ルールを守れないと減点。罰則主義。

熱心な信徒が自分の子どもに信仰を伝えるときも、命令的になりがちです。私も子どもたちにはずいぶん命令しました。自分は命令されるのが誰よりも嫌いなのに。

子どもたちは反発します。おとなだって反発します。命令を正当化する宗教があるなら、その宗教の神に敵意を抱く。反逆する。必然的な帰結です。しかし、その敵意を罰するのではなく、神の御子の肉体で受け止め、抱きしめ、敵意を無効化して愛するためのキリストの十字架なのだとパウロは言います。何とも言えない気持ちにさせられます。

神の救いは広くて大きいのです。教会が「伝道しましょう、多くの人に教会に来て欲しいです」と言いながらやたら高い壁を作って、これを乗り越えることができた人だけ仲間に入れてあげると言っているかのようなのは矛盾です。

「こうでなければキリスト者でない、こうでなければ教会でない」と、決めごとが多くないほうがいいです。なるべく自由でありたい。

壁をぶっ壊そうではありませんか。牧師が月光仮面になってバイクで駆け回るぐらいで、ちょうどいいのです。

(2024年6月23日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)