【あとは哀しみをもて余す異邦人】
正常なのか、どこかネジが抜けているのか、楽しすぎたり幸せすぎたりすると、そうあるまい、そうなるまいと心理的に強いブレーキがかかる。どうやら私の正体は禁欲主義者らしい。そして私は今、楽しすぎて幸せすぎるらしい。ごはんがおいしいし、体調がいい。だからブレーキがかかる。夜は眠いらしい。
アイパッドのナビに原付バイク専用のルート検索機能があればいいのに。ないかわりにクルマか自転車か徒歩のルートを選択できる。速度を鑑みてクルマのルートを選ぶが、有料道路も高速道路も「利用しない」に設定しているのに、事実上の高速道路と化している恐ろしい国道に原付を誘導したがって泣ける。
中神から湘南まではクルマなら国道16号や圏央道を使えば1時間で行けるらしいが、原付だってば。ナビに逆らうと「経路に進む。経路に進む。経路に進む」と壊れたように連呼しはじめて、なんとかして恐ろしい道まで戻そうとする。ナビを黙らせて再計算してくれる位置まで振り切るとひどく回り道になる。
特に湘南からの復路は、圏央道(高速だってば)は論外として、国道16号も避けたくて、ナビに逆らって東のほうに進むことが多い。一昨日(11月29日火曜日)は「海軍道路」というのを初めて通る。横浜市瀬谷区。道は狭いがクルマが猛スピード。原付の逃げ場がないのでやめてくれ。ナビに従うべきだった。
しかし、原付での長距離通勤は今だけだと思っている。雪だ氷だの状況が始まれば論外だし、往復5時間だ6時間だかかっているので、一昨日のように途中で突然の大雨になったりする。まさか乗り捨てるわけに行かないので、大雨の中を走らざるをえない。早く帰りたい場合は恐ろしい国道を通らざるをえない。
またバイクの話になってしまった。今書いていることの主旨は、どうやら今の私は楽しすぎて幸せすぎるらしいということだ。だから自分の過去を全否定したくなる衝動も起こる。「なぜ初めから原付以上のバイクの免許をとらなかったのか」とか「なぜ初めから学校に就職しなかったのか」とか邪念が過ぎる。
しかし、そうではなかったのだ。それが私の現実なのだ。私に原付以上のバイクは不可能だし、教会の牧師になること以外の可能性を考えたことがなかったのだ。あとから取ってつけた話ではないのだ。私にとって学校は隣の青い芝生なのだ。学校にとって私は、ちょっと振り向いて見ただけの異邦人なのだ。
だからといって、遊び半分のような中途半端な気持ちで学校にかかわっているつもりは全く無い。そんなことができるほど甘い領域ではありえない。学校に丸抱えしてもらえる年齢はとっくに過ぎてしまっていることの自覚を表明しているにすぎない。「全力でちょっと振り向く異邦人」の線で行くしかない。