2006年4月23日日曜日

「子供のように神の国を受け入れなさい」

ルカによる福音書18・15~23



今日は二つの段落を続けて読みました。両方の段落に共通するキーワードがあります。それは「子供」です。



最初の段落に紹介されているのは、イエスさまのところに乳飲み子を連れて来た人々のことをイエスさまの弟子たちが叱ったところ、そのようなことを言う弟子たちのことを、イエスさまがお叱りになった、という出来事です。



「イエスに触れていただくために、人々は乳飲み子までも連れて来た。弟子たちは、これを見て叱った。」



「イエスに触れていただくために・・・連れて来た」とありますが、この人々は、子供たちをどこに連れて来たのでしょうか。



考えられるのは、安息日またはそれ以外の日に、ユダヤ教の会堂または野外で行われていた礼拝の中で、イエスさまが聖書に基づく説教をしておられた、その場所であるという可能性です。その礼拝の出席者の中に、乳飲み子を連れて来た人がいたのです。



もしそうでないとしたら、乳飲み子を連れて来た人々を弟子たちが「叱った」理由を説明することは、ほとんど不可能です。弟子たちがその人々を叱った理由は、書かれていません。しかし、考えられるのは、おそらく一つのことでしょう。



もしその一つのこと以外の理由であるとしたら、弟子たちのしたことを理解することは、わたしには、全く不可能です。イエスさまのみもとに乳飲み子を連れて行くことが、どうして叱られなければならないことなのでしょうか。全く説明ができません。



しかし、です。もしわたしが考えるこの一つの理由に限っては、それを“理解”することは、わたしにはできないのですが、“説明”くらいならば、できるかもしれません。



もし教会の礼拝というこの場所が、第一義的に「説教を聴く場所」であるということが一般的な前提理解となっているような場所であるならば、わたしはこの点を説明することくらいはできます。礼拝が説教を聴く場所であるということと、その礼拝の中に乳飲み子が参加していることは、ある意味で矛盾する関係にある、ということは否定できないからです。乳飲み子の仕事は「泣くこと」だからです。



しかし、イエスさまはその人々を叱った弟子たちを、お叱りになりました。弟子たちがその人々を叱ったことを、お叱りになったのです。



「しかし、イエスは乳飲み子たちを呼び寄せて言われた。『子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。』」



これこそがイエスさまの結論であり、また、わたしたち教会の出すべき結論です。



イエスさまは、「乳飲み子たちを」みもとに呼び寄せられました。「親たちを」ではありません。「乳飲み子たち」を、イエスさまが、わたしのところに来なさいと呼び寄せられたのです。



よく考えてみていただきたいことは、もしそこが、イエスさまが説教をされている礼拝の場所であるとすれば、その礼拝の真ん中は、イエスさまが立っておられる場所である、ということです。おそらくそれは会堂の真正面であり、全会衆の視線が集まっている礼拝の中心部分です。



そこにおられるイエスさまが、乳飲み子たちを呼び寄せられた、ということは、乳飲み子たちの存在が、礼拝の中心に集められた、ということです。



そうすると、どうなるのでしょうか。当然のことというべきでしょう、乳飲み子たちは、ところかまわず泣くでしょう。その泣き声で、イエスさまの話も何もすべてかき消されてしまいます。



先日、「赤ちゃんが産まれました!」という知らせを聞いたすぐあとに、病院までお見舞いに行きました。赤ちゃんの顔を見せていただきましたが、ガラス張りの同じ部屋に、ほとんど同じ日に産まれた赤ちゃんたちが、たしか10人くらい並んで寝かされていました。一斉に泣いていました。しかし、かなり分厚い防音ガラスが張られていたからでしょう、廊下まで聴こえてくる声は小さなものでした。



あの防音ガラスがないとなれば、どうなるのでしょうか。わたしたちの教会の聖歌隊もびっくりの、大音量の大合唱ではないでしょうか。



イエスさまが乳飲み子をお招きになったとき、その場所は、まさに騒然となったのです。しかし、大切なことは、そのことをイエスさま御自身が望まれたのだ、ということです。それを止めようとした弟子たちのほうが、イエスさまから叱られたのです。



「『神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。』」



これは、どのような意味に理解すればよいのでしょうか。「神の国はこのような者たちのものである」という点と、それに続く「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」という点との関係が、やや気になります。



前者の「このような者たち」が指していると思われるのは、明らかに「乳飲み子」です。ところが、後者の「子供のように神の国を受け入れる」と言われている中の「子供」とは、まさに「神の国を受け入れること」、つまり、そこには何らかの自覚的で・主体的で・積極的で・理性的な「受けいれる」という行為を行ないうる「子供」の存在が前提されているようにも読めます。



もちろん「子供のように・・・受け入れる」とは、子供のように無邪気に、という意味でしょう。また、ここで「子供」は年齢の問題だけではなく、親に対する子供という意味です。親の存在を受け入れる子供のように神の存在を受け入れ、神の国を受け入れなければ、という意味です。



それはそれでよいと思います。しかし、「神の国を受け入れる」となると、そこには必ずなんらかの自覚や主体性が求められるように思われます。そういうことは「乳飲み子」には不可能です。



ですから、前者と後者、「神の国はこのような者たちのものである」という点と、「子供のように神の国を受け入れる人」という点とを論理的に切り分けて考えてみることは不可能ではないように思います。



そして、わたしたちにとって大いに気になるところは、要するに、イエスさまの御心はどちらなのだろうかということです。イエス・キリストの御名によって行われている礼拝に参加してもよいのは「乳飲み子」であろうか、それとも「神の国を受け入れる」ということを自覚的・主体的・積極的・理性的になしうる年齢に達している子供たちだろうか、ということです。



しかし、結論ははっきりしていると思われます。もちろん前者です。「乳飲み子」です。イエスさま御自身がそのことをはっきりとおっしゃっているからです。イエス・キリストの御名によって行われている礼拝に、(泣くのが仕事の!)乳飲み子が参加するのを妨げることは、イエスさまご自身によって禁じられているのです。



ですから、このことがはっきりしている以上、わたしは、むしろ、このことから反対に、礼拝とは何なのかということを考え直して行くとよいだろうと、考えております。



先日、3月19日(日)の教会勉強会で、わたしがお話しいたしましたことは、「牧師の説教だけが礼拝のすべてではない」(「教会の生命としての礼拝」参照)ということです。



礼拝には、説教だけではなく、他にもたくさんの要素があります。司式者の長老が必要であり、賛美歌の奏楽者が必要です。出席してくださるみなさんひとりひとりが必要です。受付の奉仕者、献金の奉仕者、さまざまな奉仕者が必要です。日曜学校の先生たちが必要であり、週報や月報を作ってくださる長老が必要です。多くの人の力によって教会が成り立ち、礼拝が成り立っています。礼拝を牧師の独り相撲の場にしてはならないのです。



この点から考えてみたときに、です。たとえばの話ですが、「牧師の説教を静かに聴くことができるどうか」という点だけから、その静けさを確保するという目的で、その静けさを妨げることにつながるあらゆる要素を礼拝から取り除くことが、本当にふさわしいことだろうか、ということを、わたし自身は考えざるをえないのです。



もちろんわたしは、こういうことをはっきり言い過ぎると、いろんな波紋が起こりかねないことを知っているつもりです。しかし、あまり口ごもっていることも、よろしくないでしょう。



乳飲み子の泣き声で説教が妨げられる、というようなことを、気にすることはない、というのが、わたしの結論です。それが理由で乳飲み子を礼拝に連れてくることができないとお考えになる方が一人もいないことを、期待します。



乳飲み子が泣くのは、おしゃべりとは違います。おしゃべりの場合は、「ちょっと、そこ、静かにしてください」と注意するかもしれません。しかし、乳飲み子に「泣くな」と言えるでしょうか。乳飲み子を抱えた親たちは、礼拝から排除されなければならないのでしょうか。



わたしたち夫婦の経験からしても、いろいろな意味でいちばん辛かったのは、子供たちが小さかった頃です。わたしたちは、人生の中で最も辛いときにこそ、神の御言葉を聴くべきです。乳飲み子を抱えた親たちこそが、この世の中で最も礼拝の説教を聴くべき存在なのかもしれないのです。



子供が泣こうが騒ごうが、それが理由で礼拝に出席できない親たちが一人もいないことを、わたしは期待します。乳飲み子と親の存在は、セットで考えるべきです。イエスさまが、乳飲み子たちがみもとに来ることを妨げてはならないとおっしゃったことには、親に対する配慮という面もあったのではないかと考えるのは無理なことではないと思います。



ところで、親が、あるいは大人が、子供たちを礼拝に連れてくることの意味は何でしょうか。今日お読みしました二段落目に書かれていることが、この問いにかかわってきます。



「ある議員がイエスに、『善い先生、何をすれば永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか』と尋ねた。イエスは言われた。『なぜ、わたしを「善い」と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。「姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証するな、父母を敬え」という掟をあなたは知っているはずだ。』すると議員は、『そういうことはみな、子供の時から守ってきました』と言った。これを聞いて、イエスは言われた。『あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』しかし、その人はこれを聞いて非常に悲しんだ。大変な金持ちだったからである。」



ここに出てくるのは、「ある議員」とイエスさまの二人です。「議員」とはユダヤの最高法院の議員です。



注目していただきたい個所は、イエスさまがこの議員に「『姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証するな、父母を敬え』という掟を、あなたは知っているはずだ」と言われたのに対し、この議員が「そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と答えているところです。



ここに「子供」というキーワードが出てきます。なぜこの点に注目していただきたいかと言いますと、この発言は、この議員の人にとっては、間違いなく、自分自身の良い意味でのプライド、矜持(きょうじ)に満ちた告白である、ということです。



わたしは、子供の頃から今日に至るまで一貫して、神の御言葉を、聖書の教えを守ってきました。この点では、右にも左にもそれずに来ました。このように語ることができるのは、やはり幸せなことです。そうではないでしょうか。



そして、ここで考えていただきたいことは、この人が「子供の頃から」と言っている言葉は、彼自身が子供の頃から(ユダヤ教のではありますが)「教会」に通っていた、ということを事実上意味するわけですが、その背景には、この人の親の存在がある、ということは否定できないのです。



彼自身が、子供の頃から、自分ひとりで聖書を学び、自分ひとりで神の御言葉に従ってきたと言えるでしょうか。おそらくそうではなく、親がこの人に、子供の時から、聖書の御言葉を学ぶように教え、神の御言葉に従って、しつけてきたのです。



そのことが大切である、と思います。赤ちゃんのときから自分の意志で教会に通いたいと願ってきたといえる人は、ひとりもいないのです。むしろ、赤ちゃんのときには、連れて来られるだけです。



しかし、その時期を越えれば、この議員の人のように、「そういうことはみな、子供の時から守ってきました」ということを、良い意味での自信や矜持をもって語ることができるようになるのです。



子育てには我慢と苦労が必要です。教会の子供たちを育てることにも我慢と苦労が必要なのです。それを乗り越えた先を期待しましょう。この子供たちが、神の栄光を表わす者へと、成長していくのです。



(2006年4月23日、松戸小金原教会主日礼拝)