2009年10月11日日曜日

「今週の説教メールマガジン 第200号感謝号」記念巻頭言

高瀬一夫 (日本キリスト改革派千城台教会牧師)



関口先生、そして松戸小金原教会の皆様、「今週の説教メールマガジン第200号」、おめでとうございます。



説教は語る者より、聞く者の聞き方のほうが大きな力となります。聞いてくださる方があって語る者は励みにもなり、支えられている感謝で毎週語ることが許されているのです。説教者は、説教を聴いてくださるお一人お一人のお顔を思い浮かべながら、みことばに聞き、用意をします。



ほとんどの牧師はその説教を公表していません。語り終えるとそれで全てが終わります。私も説教を文書化することをしておりません。しないのではなく、出来ないのです。真剣に学び、教えられ、また神様が語れと命じておられることを文書化しなければならないと、いつも思っています。しかし、なかなか出来ないでおります。私の知人・友人の方々は、語るだけでなく、それを文書化し、さらに多くの人々に公表すべきであると言われます。でも、できない自分を恥ずかしく思っています。



ところが、関口先生は教会内で公表なさるだけではなく、ホームページやブログで広く公表されておられます。このお働きはとても勇気のいることであり、また大変な努力を必要とする仕事です。毎週毎週欠かさずに説教を公表するということは至難の業であります。私は「文章を書くことは恥をかくこと」といわれたことがあります。確かに、文字にしてしまいますと、語った説教と違うイメージが勝手に読む人々によって抱かれ、誤解され、批判されることがあります。それでもなお書き続けられることを200回も続けられたことに敬服いたしております。



このお働きは常人には出来ないことです。強靭な意志と、人並みはずれた努力と、そして神様がその業を励ましてくださり、健康を祝福してくださることによって実現したと思っています。



関口先生はとても多忙なお方です。教会の牧師としてだけでなく、お子様たちの通っておられる学校のPTAのお働き、地域の方々と共に「九条の会」などにも積極的にかかわっておられます。また中会内の働きにも重責を担っておられます。そして何よりもファン・ルーラー研究者・翻訳者としての働きや、カルヴァン学会などの働きをしておられます。



時々、先生からメールをいただくことがあるのですが、夜中の2時、3時に発信しておられることがあります。いつ寝ておられるのだろうと思っています。こんなに忙しい先生なのに説教を毎週欠かさず公表されておられることは真に驚異的です。この「今週の説教 メールマガジン200号」は、先生の血のにじむような忍耐と努力の結晶であると思っています。



私は書斎で疲れたとき昼寝をしますが、以前、先生の説教を子守唄にしてきながら寝ていました。そのことを先生にお伝えしたのが今回のお祝いの言葉を書くように依頼された理由でしょうか。真に失礼とは思いますが、そんな不真面目な聞き方でも「聞いてくださることがありがたい」とおっしゃる先生の心の広さを感心しています。



先生の説教にはところどころ先生と親しく交わっているものにだけに分かる先生の癖がはっきりと現れています。それを感じるものとして説教を聞かせていただいておりますと、本当に楽しくなります。



そして先生の説教は、先生でなければ語れない大胆さ、福音の力強さ、説得力の豊かさを感じます。この様に先生を用いていてくださる神様の御名を心からほめたたえたいと思っています。



200号は単なる通過点です。300号500号1000号をと先生なら出来ると思います。がんばってください。先生の健康のため祈ります。そして先生を支えておられる松戸小金原教会の信徒のお一人お一人の上に神様の祝福がたくさんありますように祈ります。



最後にこのメールマガジンをいつも読んでおられる方々に心から感謝いたします。暖かいお励まし、お祈りが背後にありますこと、感謝です。今後も先生のこのお働きのためぜひお祈りをお願いいたします。



心からのお祝いの気持ちを文章にしました。本当におめでとうございました。そしてこれからもがんばってください。先生のために祈ります。御名をほめたたえつつ。
 
(2008年2月7日 記す)





「今週の説教メールマガジン 第100号感謝号」記念巻頭言

佐々木冬彦 (作曲家・ハープ奏者)



関口先生、メールマガジン100号おめでとうございます!



私は一介の音楽家に過ぎず、説教学だとか最先端の神学について、よく知りません。ですので、もしかしたら的外れなことを書いてしまうかもしれませんが、そのようなところがありましたらどうかお許しください。



正確な数は数えてはいませんが、私はこの15年程の間に、約500くらいの教会(もちろんさまざまな教派)から招かれて、ハープの演奏をして来ました。そして、おそらく300人くらいの牧師の礼拝説教を聴いて来ました。これは、普通(?)のクリスチャンではちょっと経験できないことではないでしょうか。説教演習などではなく、いずれも、第一線の牧会現場で奮闘している牧師たちの、真剣勝負の礼拝説教です。ですから、おこがましいことを書かせていただくとしたら、私は説教に関してはけっこう耳が肥えているのではないかと思っています。(こう書くとやはりおこがましいですね・・・。)



だからと言って、私はこの場で「今まで出会った牧師の中で、関口康は説教者ベスト何番!」などと順位をつけるつもりはありませんし、そのようなことはするべきではないと考えています。それでも、是非ここで書かせていただきたいことは、「関口先生の説教はとても良いです!」ということです。ついでにこの場をお借りして、「関口先生は根っからの牧会者・説教者です!」ということも皆さんにお伝えしておきたいです。



私が演奏奉仕先の教会で、そこの牧師さんから「佐々木さんの教会の牧師は何と言う先生ですか」と尋ねられて、「関口康先生です」と答えますと、婉曲的にですが「関口康と言うのは○○研究会などをやっている、書斎にこもった神学オタク牧師じゃないですか」というような反応をしばしば感じることがあります。それほどまで関口先生の神学研究活動が認知されていると言うことは喜ばしいのですが、「ちょっと誤解されているな」と残念に思います。



関口先生は書斎にこもりきりの牧師ではありません。私を含め、教会員の相談に親身に乗ってくださり、またわれわれのために文字通り東奔西走しておられます。私から見ますと、もう少し書斎にこもらせて、じっくりと執筆活動をさせてあげたいな、と感じるほどです。



関口先生は確かに神学に大変造詣の深い先生です。でも関口先生の説教をお聴きいただけばわかると思うのですが、関口先生が日夜研鑚している神学は、論文を書くための神学でもなければ、神学オタクのためのスコラ的神学でもありません。むしろ、自分の羊の魂を守り、励まし、養い、生かす、そんな説教と牧会をするための神学だと思います。



少なくとも私は、関口先生の説教によって何度か危機を乗り越えてきました。迷っているときには強く背中を押されたこともありました。決して大げさでなく、「ボクの人生を変えた説教」と言える説教もありました。



今、松戸小金原教会の朝の礼拝ではルカによる福音書からの説教が続いています。正直言って、自分ひとりで福音書を読んでいても、イエスさまの言葉の意味や意図がよくわからなかったり、奥が深すぎてどのように受け留めたらよいのか途方に暮れてしまうところが多々あります。しかし、関口先生の言葉でイエスさまの言葉を解説していただくと、とても「腑に落ちる」のです。



どちらかというと、関口先生は説教でそれほど明確に「適用」を語りません。しかしその分私は、いかにそのみことばを自分の人生に適用したら良いか、魂のインスピレーションがかき立てられます。どのように生きたらよいか教えられ、進むべき方向が示され、また疲れているときには慰められます。ときに厳しい言葉もありますが、それでも関口先生の説教は「裁き、怖れさせる説教」ではなく、いつも「励まし、生かす説教」です。



現在インターネットで上では、関口先生の礼拝説教を音声でも聴くことができます。私は個人的には、メルマガで原稿を読むよりは、実況録音した音声で聴く方がずっと良いと感じています。(原稿の方は公開する前に手が入れられ、練り上げられているのでしょうが。)



でも、いくらパソコンで説教が読めたり聴けたりしても、私はより多くの方に是非、松戸小金原教会の礼拝で、「ナマ」で関口先生の説教を聴いていただきたいと願っています。音楽も説教もナマが一番です。



関口先生、今後ともよろしくお願い致します。



(日本キリスト改革派松戸小金原教会長老)





ようやくSkypeを始めました

インターネットに関してだけではなく、ほとんどどんなことについても(神学についても)、最先端のトレンドの五十歩(五百歩かな)遅れくらいのところを歩きたいほうです。真っ先に飛びついたりするようなことは全くありません。



「これが最先端です!大流行中です!」と騒がれている頃には「ふうん」と思いながら横目で見ているだけです。かえって、騒ぎに巻き込まれたくないと警戒心を強めることのほうが多い。ワープロ(NEC文豪Mini)を始めたのも、パソコンに切り替えたのも、携帯電話を持つようになったのも、インターネットを始めたのも、ブログやSNSを始めたのも、「大流行中!」と言われていた時期の数年後のことでした。



と、要らぬ前置きが長くなりそうなので、ここらでやめます。「遅ればせながらSkype(スカイプ)を始めることにしました」という話を書こうとしているところです。



Skypeを始めようと思った理由は、中3の長男が友人との通話のために使い始めたからです。世間の流行にはついて行けなくても何とも思いませんが、息子のトレンドにはついて行きたくなる。これまで感じたことのない、屈折した親心が芽生えたようです。



加えて、というか時系列的にはこちらのほうが先ですが、かなり以前にMSNメッセンジャーだったかをちょっとだけ試してみたことがありますが、当時のネット環境が悪すぎて使い物にならず、それ以来懲りていたという事情がありました。ここに至ってようやく快適なオンライン通話環境を獲得することができたというところです。



このたび取得したSkypeのコンタクト名は「apostolaat」です。



Skypeユーザーとならば、国際・海外問わず何時間でも無料で話し続けることができるようです。こういうのこそが実は、我々牧師のような仕事にとっては打ってつけのサービスなのかもしれません。判断めいたことを書くには早すぎますが。あるいは、これがオンラインの読書会や会議に利用できるものかどうかなど、いろいろ知りたいところです。



なお、この機会に、Windows Live(ウィンドウズ ライブ)メッセンジャーYahoo(ヤフー)メッセンジャー、またGoogle Talk(グーグル トーク)のコンタクト名(ユーザー名)もすべて「apostolaat」に統一しました。ただしいつもすべてのソフトを立ち上げておくことはさすがにできませんので、ふだんはSkypeを常駐させておこうかと考えています。



2009年10月10日土曜日

教団離脱弁証論としての教義学

考えてみれば当たり前のことでもあるのですが、オランダのアブラハム・カイパーとヘルマン・バーフィンクの教義学的著作の至るところに、当時の(いわゆる国教会系)オランダ改革派教会(Nederlandse Hervormde Kerk)から彼らが離脱(りだつ)して新しいオランダ改革派教会(Gereformeerde Kerken in Nederlands)を創設したことについての「弁証」ないし「弁護」という意図が見え隠れしています。



歴史を16世紀までさかのぼれば、カルヴァンだってそう。『キリスト教綱要』にはローマ・カトリック教会から袂を分かつことを余儀なくされた者たちの「弁証」ないし「弁解」という面が、当然のことながら少なからずあります。



今度はぐっと現代日本に引き寄せて、岡田稔先生のことを考えてもそう。『改革派教理学教本』(新教出版社、1969年)を頂点とする岡田先生の著作のいわばすべては、日本基督教団から離脱して創設された「日本キリスト改革派教会」の存在理由(レゾンデートル)を弁証することが目的であったと見ることが可能です。



これで気づかされる(ある意味笑える)点は、「教団離脱者は筆まめである」ということです。



何かを言いたくて書きたくて、どうにも抑えきれなくなる。何より、論じるべき問題についての認識(その広さ、長さ、高さ、深さにおいて)が明確である。「要するに何が問われているか」がクリアである。考えを押し進めていく方向もクリアである。



それゆえ、いったん書き始めると止まらない。量の面では「爆発的に」書く。質の面では「徹底的に厳密に」書く。視野の面では「事柄の最初から最後まで」書く。まさに「創造から神の国まで」(From Creation to Kingdom of God)書く。



そのような書きっぷりが「教義学」には必要なのだと、改めて思い知らされます。



教団離脱組のすべてが必ず教義学者として大成するわけではありませんし、教義学を営む者たちのすべてが必ずどこかの教団から離脱しなければならないというわけでもありません。そのような逆命題が真理か否かは、この際どうでもいいことです。



しかし、現時点では直感的な当てずっぽうですが、「教義学として面白い本を書きえた人々の多くが実は教団離脱者であった」という命題は、もしかしたら成り立つかもしれません。





今月のスケジュール

来週あたりから無酸素運動のような日々が始まりますので、いささか緊張気味です。

2009年10月のスケジュール

11日(日)~12日(月) 松戸小金原教会一泊修養会(さわやかちば県民プラザ、柏市)

12日(月)1:00 p.m.    ひたちなか伝道所(茨城県)の教会設立式に出席します

18日(日)10:30 a.m.   松戸小金原教会2009年度特別伝道礼拝 講師 関口 康
                説教「あなたの命を守ってくださる方」 

21日(水)~23日(金) 日本キリスト改革派教会第64回定期大会(大阪YMCA)に出席

24日(土)            仙台市内に宿泊

25日(日)10:30 a.m.   日本キリスト改革派東仙台教会の礼拝で説教させていただきます

      午後         改革派神学研修所東北教室神学講演会 講師 関口 康 
                主題「伝道の神学 喜びの人生をめざす旅人の力」

2009年10月7日水曜日

教授の一生

「関口 康 小説」なるバカな名前を付けたページを作ったまま放置してあります。何を始めるかを考えているうちに結局たどり着いたのは、ファン・ルーラーの生涯を小説風に描いてみたいという思いでした。というか、スポーツや娯楽や諧謔に疎い私にはそのようなものしか書けそうにない。彼の生涯を「事実に基づくフィクション」として書くとは何を意味するのかはこれから考えるとして。資料だけは山ほどあります。結構面白く書けそうな気がしています。タイトルは「教授の一生」(仮題)としておきます。



過去のもの

「玩具の心」(1983年)



これはたしか高校三年の春から夏にかけての頃、同年九月に行われる学園祭で販売する同人誌『朝日文学』のために書いたものです。当時17歳。部員二名の「文学部」の部長でした。この部と同人誌は長い伝統を持っている由緒正しいものだそうですが(真偽不定)、私の頃は誰も見向きもしないものになり果てていました。それでも、多くの友人が呼びかけに応じて投稿してくれましたし、学園祭では販売のために走り回ってくれました。雑誌に文章を書くとか編集に携わるという仕事をしたのは、これが生まれて初めてです。印刷・製本の費用のために岡山市内のスポーツ用品店はじめいろんなお店から「広告費」を提供していただいたりもしました。どう見ても文章が支離滅裂なのは、登場人物の性格設定上故意にそうしている部分と当時の作文能力の低さに因る部分とが錯綜しているせいです。もちろんこんなもん今更持ち出すとはお前はただのバカなのかと思われること必至であることは分かっていますが(ただのバカであることも自覚していますが)、今読むと《昭和な》雰囲気がよく出ているなと自画自賛(?)できますので、再公開することにしました。



「復活のひかり」(2008年)



あることをきっかけにやむに已まれぬ気持ちが生じたため、なんとなく長編小説にすることをめざしてウェブ上に書き始めましたが、多忙の中あえなく頓挫しました。「自叙伝を書いているのではないか」と誤解され(「誤解」です本当に)、これはヤバいと思ったのもたぶん挫折の理由です。フィクションです、これは(ということにしておきます)。しかし、主人公の「自称『哲学者』」の設定年齢は、たしかに私と同い年です。時代もまさに今。共働きの家庭のなかで夫側が感じるであろう(本当はおそらく決して感じてはならない)《悲哀》のようなものを表現してみたくなったものです。このテーマは私の中で当分失われそうにないので、そのうち衝動的に続編ないし全く新しいものを書きはじめるかもしれません。小説を書くって、本当に難しい!



2009年10月5日月曜日

国際ニュースで学ぶオランダ語

「ラジオオランダ世界放送」(Radio Nederland Wereldomroep)国際ニュースの2009年10月4日(日)午後8時50分(現地時刻)配信分より。



【本文】



* Weggestuurde Japanse oud-minister dood



De Japanse oud-minister van Financien Shoichi Nakagawa is dood aangetroffen op zijn bed. De doodsoorzaak is nog niet bekend; volgens de politie zijn er geen sporen van geweld. De 56-jarige Japanse minister werd in februari wereldnieuws, toen hij bij de G-7 in Rome zat te knikkebollen en op een persconferentie nauwelijks uit zijn woorden kwam. Het leek erop dat hij dronken was, hij sprak dat later zelf tegen. Hij zou last hebben gehad van medicijnen en een jetlag. Kort daarna moest Nakagawa aftreden; eind augustus verloor hij ook zijn parlementszetel.



【発音】



ドゥ ヤパンセ アウトミニステル ファン フィナンチエン ショウイチ ナカガワ イス ドット アンヘトロッフェン オプ ゼイン ベット。ドゥ ドーツオルザーク イス ノフ ニート ベケント。フォルヘンス ドゥ ポリチー、ゼイン エル ヘーン スポーレン ファン ヘベルト。ドゥ ゼスエンフェイフタハ ヤーリヘ ヤパンセミニステル ヴェルト イン フェプルアリ ウェレルトニーウス、テーン ヘイ ベイ ドゥ ヘーゼフェン イン ローム ザト テ クニッケボーレン、エン オプ エーン ペルスコンフェレンチー ナウェラックス アイト ゼイン ウーデン クワム。ヘット レーク エロプ ダット ヘイ ドロンケン ヴァス、ヘイ スプラック ダット ラーテル ゼルフ テーヘン。ヘイ ゾウ ラスト ヘペン ヘハト ファン メディセイネン エン エーン イェトラフ。コルト ダールナ メースト ナカガワ アフトリーデン。エイント アウフストゥス フェルロール ヘイ オーク ゼイン パーレメントゼーテル。 



【和訳】



・Weggestuurde Japanse oud-minister dood
 辞めさせられた日本の元大臣が死去
・De Japanse oud-minister van Financien is dood
 日本の元財務大臣が死亡した
・aangetroffen op zijn bed
 自分のベッドの上で発見された
・De doodsoorzaak is nog niet bekend
 死因はいまだ不明である
・volgens de politie
 警察によると
・zijn er geen sporen van geweld
 暴力の形跡はない
・De 56-jarige Japanse minister werd in februari wereldnieuws
 56歳の日本の大臣は2月に世界のニュースになった
・toen hij bij de G-7 in Rome zat te knikkebollen
 ローマでのG7のとき座って居眠りした
・op een persconferentie nauwelijks uit zijn woorden kwam
 記者会見のときほとんど何も言えなかった
・Het leek erop dat hij dronken was
 飲酒していたように見えた
・hij sprak dat later zelf tegen
 それを後に自分で否定した
・Hij zou last hebben gehad van medicijnen en een jetlag
 薬と時差ぼけのせいにしたらしい
・Kort daarna moest Nakagawa aftreden
 まもなく辞職せざるをえなかった
・eind augustus verloor hij ook zijn parlementszetel
 8月末に国会議員の座を失った