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| 記念撮影 |
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| 状況把握 |
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| 今日はフォーを作りました |
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| インドネシア料理とベトナム料理の共通食材 |
【カレーライスの壁を越えた思い出】
私の自炊の「カレーライス止まりの壁を越えた」大きなきっかけは、昭島市の教会にいたときに経験したインドネシアの方々との出会いだった。そのグループは自己所有の建物を持たないキリスト教会で、私がいた教会の礼拝堂をお貸しする仕方で、日曜日夕方に礼拝をしておられた。おそらく今も続いている。
グループにはインドネシア人と日本人の夫婦もいたが、特にトラブルめいたことはなかったが、言葉の壁は厚かった。ある年のクリスマスに「いつも会堂をお借りしているお礼です」とインドネシア料理どっさりのお弁当を私に贈ってくださった。その方々がクリスマス祝会で同じものを食べたとおっしゃった。
ひとり暮らししている私もお相伴にあずかったわけだ。そのときのインドネシア料理がとてもおいしくて、それまで味わったことがない食感や香りや味で、驚きと感動があり、ネットで検索してナンプラーとスイートチリソースの存在を認識した。名前ぐらいは知っていたが、現物を手に取ったことはなかった。
オイスターソースは妻がよく使っていたので存在は認識していたが、自分で買ったことはなかった。インドネシア料理のミーゴレンやナシゴレンを作るようになり、調味料に共通点があるベトナム料理のフォーを作るようになり、パクチーやナンプラーをしょっちゅう口にするようになって、味覚が肥えてきた。
そんなこんなしているうちに「昨日がインドネシア料理で、今日はタイ料理だったから、明日はどの国の料理にしようか」と考える遊びごころが湧いてきて、ネットのレシピの読み解きかた、作成に必要な食材と器材、コスパとタイパがよい購入方法は何かと試しているうちに、料理の沼にはまることになった。
いま書いていることがそのときのインドネシアの方々に届くかどうかは分からないが、決して大げさではなく、私の人生の大きな変化のチャンスをくださったことへの感謝の思いでいっぱいである。カレーライスに罪はないが、もっと広い範囲の料理を作ることへの関心と意欲を与えてくださった。世界は広い。
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| 牧師館の食堂(2025年12月29日撮影) |
料理を妻に任せきりにしていた頃や(申し訳ありませんでした)、単身赴任で自炊を始めてもカレーライスぐらいしか作れなかった頃は、スーパーに行っても「肉」と「野菜」の違いぐらいしか分からなかったが、今は違う。解像度が飛躍的に上がり、何かの製造工場か実験室の化学物質置き場のように思える。
それと、スーパーの食品売り場のどの商材にも「必然性」があることが分かって来て、「これを成立させるためにあれとこれが必要で、あれはここで、これはあそこ」とか考えながら、ほぼ全通路を巡るようになった。同じものが同じ棚を埋め尽くしているだけか、いろんな種類のものがあるかも分かって来た。
現物の味や香りを知りたいとも思っていて、あるもの全種類を試すことまではしていないが、ネットで人気ランキングを調べたりもしながら、複数社の複数種類を一度に全部でなく(そういうことすると食べきれなくてダメにする)、「先週これだったから今週はこれ」ぐらいのペースで買って食べてみている。
食材や食器へのこだわりはないし、タイパも大切なので、徒歩1分のコンビニか、徒歩2分のディスカウントスーパーか、徒歩5分の百均店か、徒歩10分のモールか、アマゾンで買える範囲でなんとかする。それで満足できないほどの鋭い味覚も料理の腕もないし、「ここにしかない料理」を追求する思いもない。
そもそも食材を買う時点で「何を作るか」を決めていることはほぼ全くない。なんにでもなる汎用性の高い基本食材で当日安売りしているのを集めていく感じ。産地や旬の知識はないが、「本日の特売品」の売れ残りは旬にふさわしいものが多いと思う。最先端を行っている気分になれる。実際とても美味しい。
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「あくまでも仮の話として、もし上の拙文を高校の国語の授業か試験で取り上げ、『この文章の筆者の「単身赴任」は何年ぐらい続いていると推測しますか。その根拠は何ですか』という問題を出題した場合、ChatGPTさんはどう答えますか。偏差値ごとの答えが分かりますか」と尋ねたら見事に答えてくれた。
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| マクグラスの『カルヴァンの生涯』を「マクグラスの一次文献」の側に置く |
【本をどちらに置くか問題】
私がよく「首をひねる」と「頭をひねる」の中間に置かれる問題は「本をどちらに並べるか問題」だ。たかが私の蔵書、具体例は多くはない。
① たとえば私はマクグラスの『ジャン・カルヴァンの生涯』を「カルヴァンの二次文献」に置き、「マクグラスの一次文献」の側に置いていないが、これでいいかどうか。
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| 「マクグラスの一次文献」にマクグラスの『カルヴァンの生涯』を置かない |
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| ヴィスロフの『ルターとカルヴァン』は「ルターの二次文献」の側に置く |
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| オーバーマンの『ルターとカルヴァン』は「カルヴァンの二次文献」の側に置く |
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| バルトの『カルヴァンの神学』は「バルトの一次文献」の側に置く |
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| ベルカウワーの『バルトの恩寵の勝利』は「ベルカウワーの一次文献」の側に置く |
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| デリダの『ヘーゲルの時代』は「デリダの一次文献」の側に置く |
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| アーレントの『カント政治哲学の講義』を「カントの二次文献」の中に置く |
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| バルトの『モーツァルト』は「バルトの一次文献」の中にある |
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| 私のバイク(2025年12月23日撮影) |
【書き残すほどのことではないが】
昨年末、外出先から帰って家の前と言っても敷地内にバイクを停めて次の用事に必要なものを取りに上がったとき、ガンガンと金属を叩くような異音が10数回。バイクに戻ったらタンクの塗料が剥げていた。すぐタッチペンで補修したが、私の姿を見て顔をそらしたキミだろう。様子見に戻って来るらしいので。
他にも立ちごけ傷ぐらいはあるし、バイクに乗るときはいつも「飾りじゃないのよバイクはハハン」と中森明菜さん風に歌っている私なのでタンクの傷のひとつやふたつどうということはない。でも塗装がはげるとたぶんサビる。人生の残りが少なくて次のバイクを買う予定も余裕も猶予もないのでサビは困る。
キミは中学生に見えた。黒い制服を着ていただろう。別人なら申し訳ない。小学生も下校中だったので、あの金属音を聞いていた子はたくさんいるはず。2学期の終業式の日だったかどうかは覚えていない。通知表でももらって成績が悪くて私のバイクに八つ当たりしたのかな。そういう気持ちは理解できるよ。
キミに言いたいのは「二度としないでね」ということだけ。バイクは叩かれても「痛い痛い」言わないけど、おじさんの心は「痛い痛い」だよ。大切にしているからね。とか言って時々立ちごけして傷つけている張本人だけど。他人の持ち物を傷つけない。自分のなら傷つけてもいいという意味ではないけどね。