2006年3月26日日曜日

「神の国はあなたがたの間にある」

ルカによる福音書17・20~37



「神の国はあなたがたの間にあるのだ。」



これは、どういう意味でしょうか。「神の国」とは、わたしたちがよく知っている言葉で言い換えるとすれば、天国のことです。神の国と天国は、同じ意味です。聖書の中にも「天国」という言葉が出てきます。それは、神の国のことです。



それでは、聖書はなぜ同じ意味の事柄について「神の国」と書いたり「天国」と書いたりしているのでしょうか。その理由は要するに昔のユダヤ人の考え方によるということができます。ユダヤ人たちにとって神さまはとても恐ろしくて近づきにくい存在でした。そのため彼らは、わたしたち人間は神の御名を直接口にしてはならないと考えるに至りました。人間が神の御名を直接口にすることはあまりにも恐れ多い行為であると考えたのです。



そのため、ユダヤ人たちは、「神」という言葉を表わすために、「神」というお名前以外の別の表現が必要になりました。その一つが「天」であった、ということです。



ですから、このことが当てはまるのは今日の個所だけではなく、聖書の中に出てくる「天」という言葉のほとんどに、今わたしが言ったことが当てはまるわけです。つまり、聖書の中に「天」という字が出てきたら、その多くの場合に、それは「神さま」という意味ではないかと、疑ってみる必要が、わたしたちにはある、ということです。



そうしますと、わたしたちが次に考えなければならないことが見えてきます。それは、すぐにお分かりいただけると思いますが、イエスさまが「実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」と言われているのは、「天国はあなたがたの間にあるのだ」と言われているのと、全く同じである、ということです。



驚いたり、疑問を感じたりする方がおられるかもしれません。「天国」は、わたしたちの世界の外側にある。あるいは、それはわたしたちの人生の向こう側にある、と考えてきた方々にとっては、「天国はあなたがたの間にあるのだ」というこのイエスさまの御言葉は、びっくりする教えであるし、素直に受け容れることはできない教えかもしれません。



しかし、わたしは、このイエスさまの御言葉を、ぜひとも皆さんに信じていただきたいし、受け容れていただきたいと心から願っております。なぜそのように願うのでしょうか。少し理屈っぽいかもしれませんが、わたしは次のように考えているからです。



もしわたしたちが「天国はあなたがたの間にあるのだ」というこのイエスさまの御言葉を信じ、受け容れることができるならば、そのとき、同時に起こることがある。それは、先ほどわたしが触れたことです。天国はこの世界の外側にある。あるいは、天国は人生の向こう側にあるというような考え方です。それがイエスさまの御言葉を受け容れた途端、ガラガラと音を立てて崩れ去る、ということが起こるのです。



天国が、わたしたちの世界の外側や、わたしたちの人生の向こう側にある、という教えは、逆に言えば、この世界にも、わたしの人生にも、天国、あるいは神の国と呼ぶことができる要素は、全くない、ということを意味している、とも言えるわけです。



天国の反対を地獄と呼ぶならば、わたしたちの世界とこの人生の間は「神の国=天国」はない。ということは、逆に言えば、今のすべては地獄である、ということです。



このように考える人々の多くは、自分自身の人生、今、ここに、この世界の中に生きていること自体が、嫌で嫌でたまりません。神さま、わたしは、もうこれ以上生きるのは、たくさんです。どうか神さま、このわたしを、あなたのおられる天国に一刻も早く連れて行ってください。このように願うのです。



イエスさまがこの御言葉を語られた場面をよく読んでみますと、これをイエスさまは、ファリサイ派の人々の「神の国はいつ来るのか」という質問に対するお答えとして語っておられるということが分かります。はっと気づくことがあります。それは、ファリサイ派の人々の「神の国はいつ来るのか」という質問も、裏を返せば、神の国はまだ来ていないということが話の大前提にある、ということです。ファリサイ派の質問は、今はまだ来ていない神の国は、いつになったら来るのか、という質問であると考えてよいでしょう。



もちろん、神の国は、まだ完全な仕方では、来ていないかもしれません。イエスさまの時代から、今日に至るまで、その状態は変わっていないというべきかもしれません。しかしまた、それは全く来ていない、神の国はどこにもない、断片すらない、と考えるのか、少しは来ている、わたしたちはこの地上で、神の国をある程度までは見ることができると考えるのかでは、大きな違いである、ということは、分かっていただけることでしょう。



この点で、イエスさまの教えははっきりしています。イエスさまの答えは、神の国は、すでに来ている、ということです。その意味は、わたしたちの人生、わたしたちの世界に神の国(=天国)と呼んでもよい部分がある、ということです。



難しい顔で「神の国とは何か」と論じることが神の国の実現ではありません。そんなことではなく、わたしたちは、自分の人生を喜び楽しんでよい、ということです。放蕩息子が帰って来たことを喜ぶ父親が開く祝宴でごちそうをたべてよいし、笑って歌って踊ってよいし、遊んでよい。わたしたちは、父なる神によって罪赦された者として、この地上の人生を、喜んで自由に生きてよいのです。まさにそれこそが「神の国はあなたがたの間にあるのだ」というイエスさまの御言葉の意味であると思われるのです。



ここでわたしたちは、このイエスさまの御言葉の意味をできるだけ正確に理解しておく必要があるように思います。とくに注目したいのは、「あなたがたの間」と言われている、この「間」の意味は何か、ということです。なぜなら、ここで「間」という日本語に訳すことが本当に適切かどうかについては、いろいろ考えてみなければならないと思われる面があるからです。別の言い方をすれば、「間」という日本語には独特の曖昧さがあり、なんとなく分かったような気にさせられてしまったり、反対に、よく分からないままごまかされてしまったりするようなところがあるからです。



たとえば、広辞苑で「間」という字の意味を調べてみますと、次のようないろんな意味があることが分かります。



(一)二つのものに挟まれた部分、物と物とにはさまれた空間・部分。
(二)時間のへだたり、絶え間。
(三)ここからあそこまで一続きの空間・時間。
(四)二つ(以上)のもののかかわりあい、結びつき。
(五)空間・時間上の範囲。
(六)・・・ゆえ、・・・から。



わたしは今日の個所のこの「間」という字を見て、最初に思い浮かべた意味は、広辞苑が第一に挙げている「二つのものに挟まれた部分」でした。



つまり、こういうことです。神の国はあなたとわたしに挟まれた部分にある。あるいは、“神の国さん”が、今日初めてわたしたちの教会の礼拝に出席してくださり、皆さんが座っておられるのと同じ椅子に、皆さんの隣の席に、○○さんと□□さんの間に、座っているのです。そして、礼拝の後、皆さんに「こんにちは。わたしは神の国と申します。よろしくお願いいたします」と挨拶をする。そういうイメージが、わたしの心に、最初に浮かびました。



しかし、初めからどうもしっくり来なかったことは事実です。「間」というと、どうしても、間に挟まれるという意味が思い浮かんできます。しかしそうなりますと、“神の国さん”は、わたしたちの仲間に加わり、入り込んできてはいるものの、まだ余所余所しいといいますか、わたしたちの間に挟まれて座っているだけ、ただそこにいる、というだけです。



しかし、イエスさまがおっしゃっていることは、明らかにもっと深い関係です。イエスさまは「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない」と語っておられますが、その意味として考えられることは、まさに今申し上げたことと関係しています。“神の国さん”が、今日は出席したとか、今日は欠席であるというような話ではない、ということです。



もしそのような話であるとすれば、それは、いわばオプションとして付録しているパーツとしての神の国です。それは、わたしたちの人生の付録であり、おまけです。自分が都合の良いときに、いつでも装着したり、取り外したりすることが可能なものです。面倒になったら捨ててしまえばよい。人間で言えば、追い出してしまえばよい。パソコンで言えば、リセットボタンを押してしまえばよい。そういうふうな何かです。



しかし、わたしたちは、神の国というものを、まさか、そんなふうに考えることはできないはずです。「神の国はあなたがたの間にある」。この「間」という字の意味は、まさか、そういう意味ではないでしょう。イエスさまがそんなことをおっしゃるはずがないのです。



ですから、むしろ考えられることは、もっと深い関係です。広辞苑の「間」の定義でいえば四番目あたりに出てくる「二つ(以上)のもののかかわりあい、結びつき」というのに、強いて言えば最も近いものです。



そもそも「神の国」とは、神とわたしたち自身との関係を示す表現です。神御自身が王としてわたしたち自身を保ち、治め、支配してくださるということです。ですから何よりも第一に考えなければならないのは、神とわたしたちの関係です。



しかし、話はそこで終わりません。「神の国」とはすなわち“国”である、ということを忘れることができません。神とわたし一人だけの関係を、通常は“国”とは呼ばないわけです。そこにわたしだけが住んでいる“国”など妄想の世界です。そこには必ず、わたしの隣人の存在がある、ということを抜きにして「神の国」を語ることはできません。「神の国」という言葉には、必ず、わたしたちと神との関係と、わたしたちと隣人との関係が、同時に含まれているのです。



そうだとすれば、「神の国はあなたがたの間にあるのだ」とい御言葉の意味は、そこからおのずから分かってくるでしょう。「間」とは要するに、切っても切れない関係のことです。神とわたしの間に、またわたしとあなたの間に、もはやどんなことがあっても切れることのない永遠の絆がつくられている。「間」とは、そのようなかかわり合い、結びつきの意味であると考えられるのです。



やってみるとよい、とは申しません。わたしはそのようなことを、皆さんに勧めたりはしません。しかし、わたしたちが、一度でも、神さまとの関係をやめてみるということをしたら、どうなるのかということを、想像してみることくらいはできるかもしれません。



わたし自身は、もはや、取り外し不可能である、と感じています。牧師の仕事のことではありません。牧師の仕事は、わたしたちは、いつか必ずやめなければなりません。70才になったら定年退職しなければなりません。これも一つの仕事ですから、いつでもやめる覚悟がなければ、できません。



そんなことではないです。わたしが申し上げたいことは、神さまとの関係をやめられるか、という問題です。神の国はまだ全く来ていないとか、そんなものはどこにもないとか、地上の世界はすべて地獄であるとか、神さまとの関係は、わたしたちが死んだ後、向こうの世界に行ったときに初めて開始されるものだ、というようなことを、わたしたち自身が考えることができるか、ということです。



わたしには、それはできません。みなさんも同じであると思います。もちろん、神さまとの関係を与えられているわたしたちの人生は、毎日天国であるとか、バラ色の人生とか、そういうことではありません。重荷を負い、負わされ、苦労があり、悩みがあり、痛みがあり、毎日のように涙を流しながら生きています。



しかし、たとえそうであっても、だからといって、ここは地獄であるわけではない、ということです。楽しいことも、よいこともあります。また、神さまの慰めと赦しと情熱的な愛の御言葉が、語られているのも、この地上の世界です。



神さまが、誰の声も届かない独りの世界にこもっているこのわたしの殻を、外側から壊してくださり、「おーい、生きてるか」と声をかけてくださる。その声を聞いた人は、はっと我に返り、「ここで生きてみよう」という勇気が与えられる。心に感謝と喜びがあふれてくる。



そこに神の国があります。わたしたちの人生が、神の国になるのです!



(2006年3月26日、松戸小金原教会主日礼拝)





信仰を捨てなかった ~ペルガモン教会へ~


ヨハネの黙示録2・12~17

天に挙げられたキリストは、ヨハネを通して、ペルガモン教会に対して、今お読みしましたような御言葉をお告げになりました。

ここで興味をそそられますのは、イエス・キリストが「両刃の剣をもつ方」と呼ばれていることです。「両刃の剣」とは、一方ではとても役に立つが、他方では危害を加えるものにもなりうるという意味で、危なかっしいものをたとえる表現です。その危なっかしいものを、イエス・キリストが持っておられる、と言われているのです。

なるほど、そうかもしれません。今日の個所でイエスさまは、ペルガモン教会に対し、まず最初におほめになり、そしてそのあと苦言を述べておられます。

このことは、じつは、これまでのエフェソ教会の場合やスミルナ教会の場合も、同じことが当てはまります。まず最初におほめになり、そしてそのあと苦言を述べておられます。

つまり、イエスさまは、ご自身の教会に対して、なんでもかんでも「いいよ、いいよ」と受け容れてくださるだけのお方ではない、ということです。イエスさまは、強く厳しい言葉で、問題を指摘し、罪を悔い改めることを迫るお方でもあるのです。

上げたり下げたり、という言い方もできるかもしれません。しかし、もう少し真面目に考えてみる必要がありそうです。実際問題として、このことは、じつは対人関係の基本でもあります。また同時に、神さまと人間との関係においても基本的なことです。

対人関係においても、相手を全く否定するとか、ただ一方的に攻撃するというところには、対話の関係は生まれません。話を聞いてくれるということが起こりません。そもそも関係というものが、全く始まりようがありません。あるいは、そこまで行かない場合でも、相手に対する批判や攻撃がやたらと多いとか、一つほめたと思えば百の苦言を述べる、というようなやり方では、始まった関係も終わってしまうことになるでしょう。

わたしがとりあえず申し上げたいことは、バランスの問題です。つまり、「ほめること」と「批判すること」の関係にはバランスが大切である、ということです。批判するだけでは、対話の関係が始まりません。対話の関係が始まらないところでは、相手に悔い改めを迫ることができません。要するに、聞く耳を持たない相手に何を言っても無駄なのです。

イエス・キリストにおける神と人間との関係にも、同じことが当てはまります。神は、イエス・キリストを通してわたしたちの罪を赦してくださり、そのようにして、わたしたちを愛し、わたしたちの存在を受け容れてくださいました。わたしたちの罪を全く赦してくださったのです。

しかし、です。それでは、イエスさまは、今のわたしたちを全く批判されないかと言いますと、そうではありません。わたしたちは、なお罪を犯し、神の栄光を汚し続けている存在です。批判を受けなければならない存在です。それゆえわたしたちは、イエス・キリストの御言葉に静かに耳を傾け、救いの恵みに感謝しつつ、自分の罪を悔い改めなければならないのです。

ところで、両刃の剣を持つイエス・キリストが、ペルガモン教会に対して、まず最初におほめになったことは、あなたがたは厳しい迫害のなかでも、イエス・キリストに対する信仰を捨てなかった、ということです。この点は、評価しうる、ということです。

ところが、あなたがたには問題もある。

「しかし、あなたに対して少しばかり言うべきことがある。あなたのところには、バラムの教えを奉ずる者がいる。バラムは、イスラエルの子らの前につまずきとなるものを置くようにバラクに教えた。それは、彼らに偶像を献げた肉を食べさせ、みだらなことをさせるためだった。」

聖書の中でバラムとバラクについて言及されているのは、旧約聖書・民数記の22章以下です。しかし、その個所をわたしは何度か開いて読んでみるのですが、ここでイエスさまが「バラムの教え」として語っておられるようなことが、ずばり書かれている個所は見つかりません。

ですから、事情はよく分かりませんが、考えられることは、「バラムの教え」と称される何か特殊な内容の教説を持つ異端的宗教の影響がペルガモン教会に及んでいたのではないかということです。その教えの特徴は、偶像礼拝と性的乱れであった、ということが、ここに書かれています。

「ニコライ派」については、もう少し分かっていることがあります。これは、いわゆるグノーシス主義の一派です。グノーシス主義の思想的特徴は、霊的なものはきよいが、肉体的なものは汚らわしいとする、霊肉二元論です。そして、そこから、「肉体は、どのみち汚らわしいのだから、現世でわたしたちは、どんなに汚らわしいことをしても構わない」と考える人々もいた、といわれます。詭弁以外の何ものでもありません。

あなたがたペルガモン教会の一部の人々が、そのような偶像礼拝や性的な乱れ、そしてグノーシス主義的な霊肉二元論の詭弁の影響を受けている。しかし、それはいけないことであり、悔い改めなければならないことである、ということが、ここに書かれているわけです。

「さもなければ、すぐにあなたのところへ行って、わたしの口の剣でその者どもと戦おう。」

とも言われています。教会の異端化に対して最もお怒りになるのは、教会の頭なるイエス・キリスト御自身なのです。

「勝利を得る者には隠されていたマンナを与えよう。」

とあります。マンナとは、御承知のとおり、モーセ率いる出エジプトの民が、四十年間の荒れ野の旅の中で、主なる神さまから与えられた恵みの糧の名前です。それがどんなものであったかは、よく分かりません。ふわふわした綿のようなものだったと言われています。

ただし、ここで「隠されたマンナ」とは、もちろん比喩です。それが何かは分かりませんが、大切なことは、神からの贈り物である、ということです。信仰の戦いに勝利した人は、神から大いなる報いをいただくことができる、と言われているのです。

「また、白い小石を与えよう。その小石には、これを受ける者のほかにはだれにも分からぬ新しい名が記されている。」

とも書かれています。「白い小石」とは何でしょうか。有名な説は、二つくらいあるようです。

第一の説は、白い小石とは「魔よけのお守り」(アミュレット)のことである、というものです。この説を採る人々は、ヨハネ黙示録には異教的影響があると説明します。しかしそれは、あまり説得力がないと、思われます。

第二の説は、古代ギリシアで行われていたスポーツ競技(アゴノテーテス)の勝者への賞品として「花輪」と共に「白い小石」が送られたという故事に基づいているというものです。つまり、戦いの勝者への賞品としての「白い小石」です。

なお、そのスポーツ競技とオリンピックとの関係までは、まだ調べがついていませんが、アテネで4年に一度行われていたこと、出場選手がギリシア全土から選ばれたことなど、共通しているところがあるようです。

わたしたち松戸小金原教会や日本キリスト改革派教会が、現時点で異端的宗教の大きな影響を受けている、という事実はありません。しかし、広い視点から言えば、わが日本国全体が、わたしたちからすれば全くの異教社会であるということが言えるわけですから、その意味での異教的影響は、わたしたちにとっても無関係ではありえません。

しかし、そのなかで、わたしたちは、信仰の戦いを立派に戦い抜くべきです。その戦いに勝利した者たちには、神さまからの豊かな恵みと、勝者への賞品が与えられるのです。

(2006年3月26日、松戸小金原教会主日夕拝)


2006年3月19日日曜日

「あなたの信仰があなたを救った」

ルカによる福音書17・11~19



ルカによる福音書を調べていきますと、イエスさまが「あなたの信仰があなたを救った」(ヘー・ピスティス・スー・セソーケン・セー)という言葉をお語りになっている個所が、今日開いていただいた個所を含めて、四個所もあることに気づかされます(7・50、8・48、17・19、18・42)。



繰り返されている言葉には強調があるということは、これまでにも何度か申し上げてきたことです。もしその原則がここにも当てはまるとするならば、そこから考えられることがあります。



それは、このルカによる福音書は、この「あなたの信仰があなたを救った」という言葉こそが、わたしたちの救い主イエス・キリストとはどういうお方であるのかということをはっきりと示しうる、「いかにもイエスさまらしい言葉」とでも表現すべき、イエスさまにおけるまさに一つの典型的で特徴的な言葉であるということを読者に教えようとしているのではないか、ということです。



「あなたの信仰があなたを救う」。イエス・キリストの教えの特徴がまさにここにあると、語ることができそうです。これこそが、いわばイエスさまご自身の確信であり、あるいはまたイエスさまご自身の神学である、ということです。それは、どういう信仰であり、神学であるか。それは、言ってみれば、「信仰による救いの神学」であり、もっと端的に言うならば「信仰の神学」である、ということです。



信仰とは、わたしたちにとっては、いつでも、神を信じることです。わたしたちは神を信じることによって、救われるのです。わたしたちが救われるために、わたしたち自身の信仰が、重大な意味を持つのです。



「イエスはエルサレムに上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。」



イエスさまの旅の目的地がエルサレムである、ということが、ここにも記されています。ここにも、と言わなければならない理由は、ルカによる福音書の中の他のいくつかの個所にも、類する記述があるからです(9・51、13・22など)。



イエスさまは、なぜエルサレムに行かれなければならなかったのか。イエスさま御自身がはっきりと自覚しておられたことは、イエスさまはエルサレムで死ぬ、ということです。



エルサレムに行けば、律法学者、ファリサイ派、祭司長、長老たちがうじゃうじゃいる。その人々との戦いが必ず起こる。その戦いを経て、イエスさまは、エルサレムで十字架にかけられる。そして、三日目に、エルサレムでよみがえる。そのことをはっきりと自覚しておられました。



そのエルサレムに上る途中、イエスさまは「サマリアとガリラヤの間を通られた」と、記されています。単純に理解しようとすれば、旅のルートを記しているだけ、というふうに読めます。しかし、この個所にはいくつか別の読み方があります。たとえば、「サマリアとガリラヤを横切った」とも読めます。



とくに問題になることは、サマリアとガリラヤという地名の順番です。この順番で実際に進んでいきますと、イエスさまは、エルサレムの方角とは正反対の、北に向かって進んでいることになります。エルサレムに行くためには南下しなければなりません。



ですから、この個所の読み方として、イエスさまは、くねくね蛇行しながらエルサレムまでの旅を続けておられたとするか、あるいは、全く異なる発想を持つか、そのどちらかしかありません。後者の可能性として考えられることは、今日の個所に登場する主人公がサマリア人であるということと、この地名の順序が関係あるのではないか。もしかしたら、この二つの地名には何か象徴的な意味が隠されているのではないか、ということです。



「ガリラヤ」とは、イエスさまの伝道の最初の拠点であり、そこでイエスさまが多くの人を愛し、また多くの人から愛された、まさに最愛の地でした。「サマリア」の説明は、後でします。考えられる意味は、単なる旅行先のスケジュールなどではなく、イエスさまが「サマリアの人々」と「ガリラヤの人々」の両者に対する配慮や友好関係を保ちながら、エルサレムでの対決に臨まれた、というようなことではないか、ということです。



「ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、『イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください』と言った。」



「重い皮膚病」という訳語に変更される以前の新共同訳聖書をお持ちの方もおられると思います。わたしがいつも使っている聖書も、以前のものです。「らい病」と訳されていました。しかし、厳密な時代考証の結果、イエスさまの時代の皮膚病と、現代の「らい病」ないしハンセン氏病は異なるものであるという見解で一致しております。「らい病」という訳は、単純に誤訳です。その点をご注意いただきたいと願います。



ですから、この人々の病気の具体的な内容は必ずしも明確ではありません。重い皮膚病を患っている十人の人が「遠くの方に立ち止まったまま」、イエスさまに向かって「先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と大声で訴えたのです。



「遠くの方に立ち止まっていた」理由は、明らかです。要するに、いわゆる隔離扱いにされていたからです。その病気にかかっている人は、治るまで、かかっていない人に近づいてはなりませんでした。



しかもそれは、医学的・衛生学的な観点からの扱いというよりも、むしろ宗教的な観点からの扱いであったというべきです。いわゆる「ケガレ」の問題です。ケガレがウツるというような話です。そういうことを、わたしたちはもはや決して口にすべきではありません。それは差別です。



そして、ここでぜひ注目しておきたいことは、このとき、とにかく十人の人が、イエスさまに向かって「先生、わたしたちを憐れんでください」と大声で訴えたことです。



「先生」とは、ユダヤ教のラビのことです。つまり、宗教家のことです。ですから、ここに書かれていることは、病気の人が、宗教家に向かって「わたしたちを憐れんでください」と訴えた、ということです。なかには、もしかしたら、訴える先が違うのではないかと考える人がいるかもしれません。宗教家に頼ったところで病気は治らない。病気を治すためには病院に行かなくてはならない。



しかし、ここで考えておきたいことは、この人々の病気が「重い皮膚病」と呼ばれるほどのものであった、ということです。つまり、この人々は、もはや医者にも「治せない」とみなされ、見離され、社会的に隔離されることを余儀なくされる、そのように扱われていた人々である、ということです。



その人々が、イエスさまに憐れみを求める。宗教家であれば、だれでもよかったのか、それとも、イエスさまだから、そう言ったのかは分かりませんが、とにかくこの人々が、自分の救いを「宗教家」ないし「宗教」に求めたということは、事実であると思います。



「イエスは重い皮膚病を患っている人たちを見て、『祭司たちのところに行って、体を見せなさい』と言われた。彼らは、そこへ行く途中で清くされた。その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。そこで、イエスは言われた。『清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。』」



イエスさまは、この人々の病気をいやされました。イエスさまがこの人々に「祭司たちのところ」に行くようお命じになったのは、当時の祭司たちには、病気の人々を社会から隔離するか、それとも、社会へと復帰させるかの判断を行うという、とても重大な役割が与えられていたからです。



しかし、そのあとで一つの問題が起こりました。問題と呼ぶのは、やや大げさかもしれません。イエスさまに憐れみを求め、自分の病気をいやしていただいた人は十人いたはずでした。ところが、イエスさまのところに帰ってきて、大声で(神を)賛美して、イエスさまの足もとにひれ伏して、イエスさまに感謝したのは、一人だけだったというのです。



まさに「喉元過ぎれば熱さ忘るる」です。自分が苦しい、つらい、困っている、というときには、「神さま、先生さま、教会さま」と近づいてくる。ところが、その自分の問題が解決したとか、一山越えたとか、少し楽になったときには、「神さま、何それ?」と、言いはじめる。「今は忙しい。教会どころではありません」と言いはじめる。



興味深いことは、ここで紹介されている話は、そのような「喉元過ぎれば」の人が十人中九人もいた、ということです。九〇パーセントの人は、喉元過ぎれば“感謝”を忘れる人々であるということが紹介されているのです。



ですから、「わたしはひょっとしたらこの九人の中の一人ではないか」と考えてみるときに、「寄らば大樹の陰」とか言いながら、すっかり安心してよいのか、それとも、もう少し反省しなければならないのか。このあたりは微妙です。



しかし、問題は、このときイエスさま御自身は、どうだったかです。イエスさまのもとに帰って来て、神さまを賛美し、「イエスさま、ありがとうございました」と感謝を述べたこの一人の人の存在を、イエスさま御自身が心から喜んでくださった、ということだけは事実です。わたしたちが真似をするとしたら、どちらでしょうか。



しかも、その一人の人は「サマリア人」だった、ということが付け加えられています。ほかの九人については書かれていませんが、おそらくユダヤ人だった、ということです。先ほど後で説明しますと申し上げた「サマリア人」のことに触れておきます。サマリア人とユダヤ人は、要するに、とても険悪な関係であったことが知られています。激しい民族間の対立がありました。ユダヤ人からすれば、サマリア人は、全く明らかに差別の対象でした。その原因ないし理由については、詳しく述べる時間はありません。



しかし、ここではっきり言っておくべきことがあります。それは、イエスさまに自分の重い皮膚病をいやしていただいたサマリア人は、その病気そのものと、サマリア人であるという事実によって、ユダヤ人たちからまさに“二重の差別”を受け、“二重の苦しみ”を味わってきた人である、ということです。



そして、このサマリア人は、まさに二重の苦しみの中で、最後の最後の望みを抱いて、イエスさまに向かって遠くから「このわたしを、どうか憐れんでください」と叫んだわけです。そしてまた、この人は、自分を救ってくださったイエスさまに、感謝を言わずにはおれませんでした。イエスさまに救いを求めること、イエスさまに感謝をささげること、そうすることができた、というところに、彼の“信仰”があった、ということです。



ほかの九人たちも、病気に苦しみ、差別を受けてきたことには変わりなかったはずなのに、病気が治った途端に、イエスさまのことなど、どうでもよくなりました。残念ながら、この人々には、信仰がなかったのです。



「それから、イエスはその人に言われた。『立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。』」



「あなたの信仰があなたを救う」とは、どういうことでしょうか。わたしたちは、この問いと同時に、「信仰に生きる人と、信仰を持たない人は、全く同じでしょうか」と、自ら問うてみると、いくらか答えが見えてくるように思います。



信じる人だけが救われる。これは差別ではありません。わたしが信じるのです。わたしのために、わたしの代わりに誰かが信じてくれるわけではありません。信じるか信じないかは、ある意味で自分の決断次第であり、その意味での自己責任だからです。



困ったときに頼る存在が必要である。そこまでは、かなり多くの人に共通しているはずです。しかし、問題はその先です。問題が解決したあとも、わたしを救ってくださった方を信じ続けるか、それとも、自分の都合のよいときだけ、ひょいと助けを借りるか。



その違いによって、わたしたちの生き方は、大きく変わって来るでしょう。



(2006年3月19日、松戸小金原教会主日礼拝)



教会の生命としての礼拝

日本キリスト改革派松戸小金原教会 牧師 関口 康



1、主題の背景



「教会の生命としての礼拝」という表現は、日本キリスト改革派教会の創立二〇周年記念宣言(1966年)に由来するものです。



「教会の生命は、礼拝にある。キリストにおいて神ひとと共に住みたもう天国の型として存する教会は、主の日の礼拝において端的にその姿を現わす。わが教会の神中心的・礼拝的人生観は、主の日の礼拝の厳守において、最もあざやかに告白される。神は、礼拝におけるみ言葉の朗読と説教およびそれへの聴従において、霊的にその民のうちに臨在したもう」。



二〇周年宣言が書かれた当時のわが教派の精神状況としてしばしば語られてきたことは、創立期の熱心や力の衰退ないし低迷ムード、ということです。



二〇周年宣言は、創立宣言(1946年)において明示されたわが教派の二つの主張と称される「有神論的人生観・世界観の確立」と「信仰告白・教会政治・善き生活を具備する教会の形成」の中の前者、すなわち、広く政治・社会・文化等の“一般的”な領域においてキリスト者としての判断や行動をサポートすることを旨とする「有神論的人生観・世界観の確立」の点に関する行き詰まり感を打開するために書かれました。とりわけ、創立期のわたしたちと深い関係にあったキリスト教主義学校・双恵学園の廃校が及ぼした影響は大きかったと言われます。



そのため、二〇周年宣言の眼目は、日本キリスト改革派教会の“再建”というべき事柄にあったと言えます。そしてその課題に仕えるためにこの宣言が最も強調した点が「教会の生命としての礼拝」ということでした。



つまり、その意味は教会(・教派)再建の鍵は礼拝の(再)活性化にこそある、ということです。それがわれわれの先輩たちの共通認識だったのです。



2、礼拝改革か、説教改革か



しかし、です。「教会の生命としての礼拝」ということは、わたしたちにとって自明のことであるのか、と言いますと、必ずしもそうは言えないという現実があるかもしれないことを、わたしは危惧しております。



といいますのは、わたしたちがこれまでに出会い、立ち会って来たいくつかの教会の中には、まるでわたしたちから力を奪うために存在しているのではないかと感じて絶句せざるをえなかった「礼拝」もありました、という感想をしばしば耳にするからです。



その種の批判は、牧師である者にとっては決して他人事ではなく、聞くたびに胸をえぐられるような痛みを覚えるものですが、真摯に耳を傾けなければならないものだと、強く自分に言い聞かせています。



もちろん、その種の批判にもいろいろな面があると思います。最も多く聞こえて来、かつ最も衝撃的要素が強い(要するに耳が痛い)のは、「牧師の説教が聞くに堪えない」という声です。



改革派教会の礼拝の特色は、よくも悪しくも「説教礼拝」です。「聖書講義」であるとさえ言われます。わたし自身はこの特色をわたしたちがすっかり捨て去ってしまうならば、それと同時に、改革派教会らしさを失うに等しいと考えております。



しかし、ここでこそ確認しておきたいことは、説教だけが礼拝のすべてであるわけではない、ということです。



その日の説教で慰めを得られなかった人が、オルガンの音色や聖書朗読や讃美歌を歌うことや長老の祈りで、あるいは聖餐式や最後の祝祷で(辛うじて)慰めを得たという話を聞くことがあります。それはそれで説教を担当する者としては身も細る思いで聞く他はありませんが、他方では、そのような観点もありうるのだ、と自分自身に言い聞かせるべきなのでしょう。なぜなら、礼拝は説教だけで成り立っているものではないからです。また教会は牧師と礼拝だけで成り立っているわけではないからです。



しかしまた、今申し上げたことと同時に、紛れもない事実として、教会の中心は礼拝にあり、礼拝の中心は説教にある、ということも認めざるをえません。説教の中心はもちろん三位一体の神にあるわけですが、同時に、その神を啓示し、証しする聖書が説教における中心的な場を占めるわけですから、聖書の解釈を行う牧師もまた、ある意味で教会全体において中心的な位置づけを持ちうるということは、否定できないことです。



ですから、その点から言うなら、わたしたちの人生に真の活力と勇気とをもたらすために教会の礼拝を改革する、ということのために、最も手っ取り早い方法は、説教者である牧師自身の不断の自己改革である、という面を否定できません。現実の教会と礼拝の中で牧師の存在が占める割合は相当大きいものです。牧師がよく準備した説教(その準備には、教会員の状況をよく知る、ということが含まれます)を語りはじめるとき、礼拝改革の九割は完了している、と言い切ってもよいのではないかと思うほどなのです。



説教はとにかく簡潔なものにする(どんなに長くても30分以内)とか、「初めての来会者が耳で聞くだけで理解できる」平易な内容にするとか、難解で専門的な用語は控えるとか、親と共に出席している子どもたちにも配慮する、などなど。



「礼拝改革などは全く必要ない。牧師が自分の説教を改革しさえすれば、教会内部にうずまく問題や不満のほとんどは、解決するに違いない」という声を、わたし自身、知らずにいるわけではありません。



しかし、「どうぞ、牧師が自分で反省してください」、「はい反省します」と言えば、この発題は終わるでしょうか。繰り返しになりますが、教会は礼拝だけで立っているわけでなく、礼拝は牧師だけで立っているわけではないのです。無牧の期間のほうが、牧師がいるときよりも、はるかに成長する教会があるという(ぞっとする)話もあるくらいです。教会員あっての教会であり、出席者あっての礼拝である、という面が、今さらながら強調されて然るべきでしょう。



3、礼拝の構成要素の改革



ところで今日、皆さんにぜひお伺いしたいことは、皆さんは今の礼拝のあり方に満足しておられますでしょうか、ということです。改革すべき点は、ないでしょうか。



ただし、先ほどから申し上げていることの趣旨は、牧師と説教の問題はとりあえず外して考えていただきたいということです。今日お考えいただきたいのは、礼拝を構成する「説教」以外の要素に関することです。



礼拝の構成要素や並び順などを総称して、リタージと呼びます。儀式を意味するセレモニーと内容的に重なりますが、一応区別されます。わたしが問うているのは、松戸小金原教会のリタージは、満足できるものでしょうか、ということです。



現在のリタージは、以下のとおりです。



 前奏
 招きの言葉
◇罪と信仰の告白をしよう
 讃詠
 罪の告白と赦しの宣言
 賛美
 信仰告白 ハイデルベルク信仰問答
◇感謝と導きのための祈り
 牧会祈祷
 賛美
(洗礼式、転入式、加入式などはここに入る)
◇みことばの礼拝
 聖書朗読
 説教
 賛美
(聖餐式はここに入る)
◇主の恵みに感謝しよう
 献金
 主の祈り
◇派遣します
 頌栄
 祝祷
 報告



礼拝を改革する、ということがありうるとすれば、リタージの内容を変更する、ということに尽きると言ってよいでしょう。リタージの内容変更とは要するに、新しい要素を加えること、今あるいくつかの要素を取り除くこと、式文の言葉を変更すること、並び順を変えること、などです。



(1)新しい要素を加えること



松戸小金原教会の礼拝委員会において(現在の礼拝には無いもののうち)新しい要素として加えるべきではないだろうかと、しばしば話題に上るものとしては、「十戒」と「使徒信条」、またリタージの最後に位置する「派遣奏」と「整列退場」があります。さらに、これは礼拝全体の構造改革が必要になるものですが、短い「子ども向け説教」を通常の説教の前に置くということなども提案されつつあります。



「十戒」は、もし加えるとすれば、罪の告白と赦しの宣言よりも“前”に置かれるべきです。このわたしは十戒に示された神の戒めに背くばかりの罪深い者であることを告白しつつ、それに対する赦しの宣言を受けとるところから、礼拝が始まるべきだからです。



「使徒信条」は、もし加えるとすれば、現在のハイデルベルク信仰問答の代わりに置かれるべきです。しかしハイデルベルク信仰問答ないしウェストミンスター小教理問答などを礼拝の中で告白することは、他の教団・教派において類例があまり見られないという意味でわが教派の特色になっています。そのこともあって、わたし個人は現在の方式を変えたくはありません。



「派遣奏」は、もし加えるならば、現在礼拝の最後に行っている「報告」の位置づけや時間の長さに深く関係しはじめます。できれば、報告を祝祷の前に置き、できるだけ簡潔に終わらせる必要があるでしょう。そして祝祷の後、派遣奏に合わせて出席者全員が整列して会堂を“立ち去る”のです。礼拝後の交わりは一階の集会室で行います。



「子ども向け説教」は、果たして本当にそのようなものが必要かどうかは、議論の余地があります。通常の(大人向けの?)説教自体を、子どもたちにも分かるくらいに平易に語るほうがよいのではないか、という考えもありうるからです。



子どもたちは、わたしたちの礼拝の重要な出席者です。「あの子らに説教など分からなくていい」とか「聞かなくてもいい」という扱いをすべきではありません。しかしまた、ここには微妙な要素もあるでしょう。子どもたちに礼拝出席と説教を聴くことを義務づけるならば、日曜学校の礼拝の存在意義は何かという問いも生まれるでしょう。



ところが、現在生じている問題は、日曜学校に出席した子どもが(大人の)礼拝にも出席し、結局朝9時から12時まで、場合によっては夕方まで、今どきの多忙で多感な子どもたちの時間を教会が完全に拘束してしまっている、ということです。“文武両道”ならぬ“信仰と学問の両立”を子どもたちに求めるならば、日曜学校の礼拝か(大人の)礼拝かのどちらかで、解放してあげるべきです。



(2)いくつかの要素を取り除くこと



わたし自身は、現在の松戸小金原教会のリタージから取り除くほうがよいと感じている要素は、現時点では、ありません。



(3)式文の言葉を変更すること



式文の言葉を変更することについては、今すぐできそうなことと、教派全体の動きと合わせるべきこととがあります。現在、日本キリスト改革派教会の中で礼拝の式文や賛美歌に関する事柄を扱っているのは、大会憲法委員会第三分科会です。新しい式文やわたしたちの教派独自の賛美歌を作るために、日夜努力している委員会です。



現在の式文で少し気になっているのは「罪の告白と赦しの宣言」です。書かれていることは間違っていないと思いますし、「赦しの宣言」には、重厚な権威を感じるばかりです。しかしまた、あの文章には、どこかしら「わたし牧師が、みなさんの罪を赦してあげます」というように響いてしまう要素があるような気がしてなりません。



大会憲法委員会第三分科会は、現時点ではまだ、これと言った決定的な文案を提出するまでには至っていませんが、その前段階として、新しい式文の試案をいくつか作成しています。その中に「罪の告白と赦しの宣言」についての新しい文章もあります。全体の調子はやわらかくなっており、また「わたし牧師が」ではなく「イエス・キリストにおいて神が」わたしたちの罪を赦してくださるという点が、明確になってきています。そういうものを試用してみることも今後検討していきたいと願っております。



(4)並び順を変えること



リタージの並び順を変えることについては、慎重であるべきです。本質的な問題である場合は少なく、単に目先を変えることに過ぎない場合が多く、それでいて、結構大きな問題に発展しかねません。



日本のある教会で、献金を説教よりも前に行うように変更したところがあります。その理由は、献金の金額が説教の“評価”になってはならないということだそうです。しかし、この理由は、わたしたちにとって納得行くものでしょうか。



礼拝改革の方向は、あくまでも「教会の生命」の(再)活性化に益するかどうか、ということに集中すべきです。



目先を変えれば何とかなる、という甘い考えは持つべきでなく、必要な場合は根本的な治療を施すべきであり、そうでなければ様子を見るという姿勢も必要でしょう。



(2006年3月19日、2006年度第1回教会勉強会発題、『まきば』第310号掲載)



2006年3月12日日曜日

「赦し、信仰、奉仕」

ルカによる福音書17・1~10



今日の聖書の個所に記されている事柄の要点は、三つあると言えます。第一に「罪の赦し」、第二に「信仰」、そして第三に「奉仕」です。



「イエスは弟子たちに言われた。『つまずきは避けられない。だが、それをもたらす者は不幸である。そのような者は、これらの小さい者の一人をつまずかせるよりも、首にひき臼を懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がましである。あなたがたも気をつけなさい。もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。一日に七回あなたに対して罪を犯しても、七回、「悔い改めます」と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。』」



「つまずき」とは、要するに、わたしたちが罪を犯す場合、おそらくその前に、必ずといってよいほどに受ける誘惑のことです。



比較的よく知られている事実は、「つまずき」を意味するギリシア語スカンダロンが醜聞を意味するスキャンダルの語源であるということです。ですから、このイエスさまの御言葉を現代風に「スキャンダルは避けられない」と訳すことも全く不可能とは言えません。



スキャンダルが一つもないような生涯を送ることは不可能である。このわたしがいつかどこかで騒ぎの元になる。そのようなことが、わたしたちの人生にも避けがたく起こる。このようなことを、イエスさまはここで語っておられます。



しかし、ふと気付かされることがあります。このイエスさまの御言葉には、悪い意味での潔癖主義はないように感じるということです。



悪い意味での潔癖主義とは、「つまずきに満ちたこの世界の中には、わたしたちは一日も長くとどまり続けるべきではない」と考えてしまうことです。



あるいは、反対に「わたしたちをつまずかせるこの世界よ、無くなってしまえ」と願い、この世界を一刻も早く破壊すべきである、と考えてしまうことです。



どちらにしても、非常に危険な思想です。



イエスさまの場合は、そうではありません。つまずきは避けられません。罪への誘惑はこの世界の至るところに、まるで地雷のように散りばめられています。しかし、だからと言ってわたしたちはこの世界の中から飛び出すことはできませんし、してはなりません。あるいは、“この邪悪な世界”を破壊することもできませんし、してはなりません。



それでは、イエスさまは、どのように教えておられるのでしょうか。語弊や誤解をやや恐れつつ言わせていただけば、わたしたちが罪への誘惑といわば“うまく付き合いながら”、とにかく生きていくこと、この地上の人生を大胆かつ自由に生き抜いていくことを教えておられるのです。



「避けられない」とは“衝突を回避できない”ということですので、逆に言えばそこには“逃避しないで生きる”という意味が必ず含まれているはずです。そうであればこそ、イエスさまは、悔い改めた人の罪は赦されるべきである、と教えておられるのです。



この世界から逃避することもできない、しかし罪を赦してもらえないという人は、この世の中でただ絶望するしかありません。罪を赦してもらえない人生は、この世の地獄です。



自分の罪を認めて悔い改めるとは、「わたしは、誘惑に負けました。そのような弱い人間であり、愚かで惨めな存在です。そして、だからこそ、わたしには、神が必要であり、神の救いが必要であり、教会が必要であり、多くの人の助けが必要です」と認めることです。



そのように認め、悔い改めた人には「あなたの罪は赦された」と、何度でも(一日七回でも)神と教会の前で、公に宣言されるべきなのです。



罪への誘惑とうまく付き合う方法とは何でしょうか。うまく付き合うという意味は、誘惑に負けることではなく、むしろ勝つことです。誘惑との戦いは、相撲のようなものです。人生の土俵の上で罪に対してわたしたちがなすべきことは、かわし、いなし、あしらい、うっちゃり、相手を土俵の外に追い払うことです。



そのとき大切なことは、相手をよく見ることです。敵の正体を知ることです。あるいは、その罪に誘惑された結果、わたしたちはどうなっていくのかということを、うんと想像力を働かせて考え抜くことです。



「首にひき臼を懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がまし」という御言葉は、大変ショッキングなものです。しかし、いわばこれこそがわたしたちに求められる想像力です。



罪の始まりは、しばしばほんのささいなことです。一回の電話、たった一通のメールから何かが始まる。しかし、その後はまるで坂道を転げ落ちるように落ちていき、あっという間に最後のところまで行き着く。わたしたちは完全に破滅してしまうことがありえます。



そのようなことがありうる、ということを自覚していることが大切です。その自覚、自制、自省、自重、自戒が必要です。それらが無いところでは、わたしたちは際限なき罪の泥沼に陥り、最悪の結果にたどり着くことになるのです。



だからこそ、わたしたちに必要なことは、罪を犯したままで悔い改めない人の行き着く先はどこなのかということを、しっかりと目を開いて見、かつ想像力を働かせておくことです。そして、わたしたちは、そのような裁きを必ずなさる神を恐れるべきです。



今日の個所の第二段落のテーマは「信仰」です。



「使徒たちが、『わたしどもの信仰を増してください』と言ったとき、主は言われた。『もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に、「抜け出して海に根を下ろせ」と言っても、言うことを聞くであろう。』」



信仰は増えたり減ったりするものでしょうか。そのような描き方は、信仰というものをあまりにも物質的な、あるいは液体的な(?)何かでもあるような印象を与えかねません。おそらくそれは誤解です。信仰そのものは、物質でも液体でもありません。



もしかしたらの話ですが、使徒たちの願いないし問いかけに対してイエスさまが、必ずしもストレートに答えておられないように読めることの理由がそこにある、と考えることができるかもしれません。



まるで水をごくごく飲み込んでお腹を膨らませるように、まさに液体的な仕方で「信仰が増える」というようなことが起こるわけではない。「からし種一粒ほどの」とは、要するに「小さい」ということです。こと信仰に関して、物質的・物理的な大きさなどは問題にならない。小さくたって構わないじゃないかというようなことを、何かここでイエスさまがおっしゃろうとしているのではないかというふうに読むことは可能であると思われます。



しかしながら、それにもかかわらず、信仰は、なるほど、まるで液体であるかのように増えたり減ったりするものかもしれないということは、わたしたち自身の実感としては、言いうることのように思います。



なぜなら、わたしたちは、なるほど、「今のわたしは“信仰が減っている状態”である」というようなことを痛感することが、しばしばあるからです。



わたしたちが「信仰」という場合、それはいつでも必ず、神を信じることです。そして、その場合の「信仰」の意味は、おそらく、その多くの部分は「神に期待すること」です。神さまは、わたしの願いをかなえてくださるだろうという期待で、胸がいっぱいになっていることです。



しかしまた、その期待が明らかに減っている、あるいは、すっかり無くなってしまっているという場合がありうるというのが、わたしたちの偽らざるところの実感です。



「神さまになど、何度祈っても、何の応えもなければ、状況の好転も一切ありませんでした。だから、わたしはもう祈ることをやめます。教会も信仰も、そういうのは、まっぴらごめんです」と言いたくなるような心の中身や生活の状態、これこそが“信仰が減っている状態”であると言わなければならないものです。



しかしまた、その状態は、永久に続くものではないと、わたしは信じています。



信仰は減ることもあるが、また増えることもある、ということです。もう一度、いや、何度でも「信じてみよう」と思う気持ちが起こされる。神というお方がおられるならば、そのお方に委ねてみよう。その思いがあるかどうかで、事態が大きく変わってくるでしょう。



ここでイエスさまが語っておられることは、実際には非常に謎めいていますし、あまりにも現実離れしすぎている、というふうに読む人も少なくないでしょう。桑の木に「抜け出して海に根を下ろせ」と命じたら、実際にそうなるでしょうか。魔法杖をエイッと振ると物が空を飛び回るというのは、ハリーポッターの世界です。びっくり仰天です。



しかし、そのような心配は無用であると教えてくれる書物がありました。イングランド長老教会の神学者T. W. マンソン(1893年〜1958年。オックスフォード大学教授など歴任)が次のように述べました。



「このイエスの言葉は、キリスト者たちが魔法使いや手品師のようになることへと誘うものではない。ヘブライ人への手紙11章においてその栄誉が称えられている〔信仰によって生きた〕多くの英雄たちのようになることへと誘うのである。」
(I. H. Marshall, Luke, Eerdmans, p. 645より拙訳にて再引用。)



大切なことは、このイエスさまの御言葉において強調されているのは「信仰」であるということです。そして「信仰」とは、わたしたちの場合は、いつでも「神を信じること」です。つまり、強調点は「神」にあるのです。わたしたちがなすべきことは、神の全能の力を信じることであって、自分が体得した魔法の力を信じることではありません。教会は魔法学校ではありません。



今日の個所の第三段落のテーマは「奉仕」です。



「『あなたがたのうちだれかに、畑を耕すか羊を飼うかする僕がいる場合、その僕が畑から帰って来たとき、「すぐ来て食事の席に着きなさい」と言う者がいるだろうか。むしろ、「夕食の用意をしてくれ。腰に帯を締め、わたしが食事を済ますまで給仕してくれ。お前はその後で食事をしなさい」と言うのではなかろうか。命じられたことを果たしたからといって、主人は僕に感謝するだろうか。あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、「わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです」と言いなさい。』」



最初に確認しておきたいことは、この話も一応、イエスさまが「使徒たち」(17・5)に向かって語られた言葉であると読むことができるという点です。「使徒」とは、教会の一つの職務の名前です。



そして、このことからわたしが申し上げたいことは、「使徒たち」に向かって語られたこの話(17・7〜10)は、“教会内の奉仕”との関連で読まれるべきである、ということだけです。もっと端的にいえば、ここで問題になっているのは“教会”であるということです。



そして、教会の中でわたしたち自身も実際に行なっている、さまざまな奉仕について、イエスさまがおっしゃっていることは、「しなければならないことをしただけです」と言うだけで、それ以上の何かを語らずに済ませるべきわざなのだ、ということです。



こういうふうに、イエスさまからはっきり言われると、なんとなく釈然としないと思われるかもしれません。もう少しくらいは誉めてくれてもいいのではないかとか、ちょっとくらいは威張らせてほしいとか。



しかし、わたしに証言しうることは、そういうふうに考える人は、実際の教会の中にはあまり多くない、ということです。



その理由として考えられる一つのことは、やや次元の違う話かもしれませんが、わたしたちが教会に来るとすぐに気付くことは、あまり口に出しては言いませんが、このわたしなどよりもはるかに大変で立派な働きをしてきたというような方々が、じつは、たくさんいる、ということです。



しかし、このこと自体も、じつはあまり問題ではありません。教会の中で最も大きな問題は、わたしたちは神さまの前にいるのだ、ということです。神さまは、まさにわたしたちなど足元にも及ばないほど偉大なお方なのです。教会の中で奉仕するわたしたちに求められるのは、謙遜な態度です。



イエスさまのお話は、ところどころ、非常に厳しい内容があります。しかしまた、心から納得できるものばかりです。



(2006年3月12日、松戸小金原教会主日礼拝)



2006年3月5日日曜日

「モーセと預言者」

ルカによる福音書16・14~31

今日の個所は先週学んだ個所の続きです。二つの段落を続けて読みました。すべてを詳しくお話しする時間がありません。今日は、主に19節以下についてお話ししたいと思います。

ただしその前に、最初の段落のうち一点だけ触れておきたいところがあります。それは14節です。

「金に執着するファリサイ派の人々が、この一部始終を聞いて、イエスをあざ笑った。」

ここに出てくる「あざ笑った」という原語(エクムクテリゾー)は、「鼻(ムクテル)にしわを寄せる」とか「鼻を上に向けて息を出す」というような意味です。実際にやってみればすぐに分かることですが、ひどい話を聞かされたときとか、つまらないものを見せられたときつい鼻で笑ってしまうあれです。わたしたちもよくすることです。これが「軽蔑する」という意味になるのです。

イエスさまの話を聞いた人々の態度がこれであったというのですから、イエスさまの話は、よほどその人々の気に障ったか、よほど聞くに堪えないものだったのでしょう。

「金に執着するファリサイ派の人々」がイエスさまのお話を聞いたあとそのような態度をとったというのですから、これを逆に考えるならば、イエスさまのお話というのは、金に執着する人々にとっては何かとても気に障る、あるいは聞くに堪えないと感じるものでありうるということを示してもいるわけです。実際そのとおりであると、私も思います。そして安心いたします。

先週の個所に書かれていたいわゆる不正な管理人のたとえ話には、イエスさま御自身が語られた御言葉として「不正にまみれた富で友達を作りなさい」(16・9)と書いてありました。これが、イエスさまがまるで不正なお金の使い方を奨励しているかのように読めることは事実です。しかし、そんなことをイエスさまが奨励なさるはずがないと、私は申し上げました。その根拠を今日の個所からも示しうると思います。

イエスさまの話を聞いた人々が笑った理由について、その正確なところはよく分かりません。しかし、金に執着するということは要するに、自分のお金はすべて自分のものであると考えているということでしょう。

その人々がイエスさまのたとえ話を笑う。どこで笑ったのか。「友達を作るために」、つまり、友達にプレゼントするためにお金を使いなさいという点ではなかったでしょうか。しかもこの世の子らのように、自分に見返りがあることを計算しながらプレゼントするのではなく、光の子らしく見返りを求めずプレゼントしなさいというのがイエスさまの教えであると理解してよいでしょう。

「金に執着するファリサイ派の人々」は、他人のためになど、びた一文も出したくないと思っていた可能性があります。だとすれば、その人たちからすると、イエスさまの話などは、聞くに堪えないと感じられたに違いないわけです。

私が今日の最初に確認しておきたいと願いましたことは、イエスさまが金に執着しておられるわけではないということです。お金に執着しているのはファリサイ派のほうなのです。

さて、今日、おもにお話しいたします19節以下の御言葉は、これもイエスさまのたとえ話です。初めに一言だけ感想を申し上げておきますと、このたとえ話は、読み方によってはわたしたちにとって非常に深刻で、難しい問題にぶつかるものでありうるだろうということを思わずにはいられません。

「『ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。』」

このたとえ話の主な登場人物を二人と考えるか三人と考えるかは微妙です。美しいお召し物を着て毎日ぜいたくに遊び暮らす「ある金持ち」(名前はない)、この金持ちの門前に横たわる貧しくて不幸な「ラザロ」、これで二人です。

そして、三人目の登場人物と言いうるかどうかが微妙なのは天国の住人となっている「アブラハム」です。もっとも、これはたとえ話なのですから、あまり気難しく考える必要はないでしょうから、三人の登場人物と言ってよいでしょう。他には「犬」とか「天使たち」も出てきます。

このたとえ話の内容は、読めばだれでもよく分かるものです。

「『やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。そこで、大声で言った。「父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。」しかし、アブラハムは言った。「子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。」』」

この金持ちは、死んだあと陰府でさいなまれていました。そして、興味深いというか、なんとなく腹が立ってくるのは、この金持ちは、死んだあともラザロを自分よりも下の人間と見、アブラハムに向かって「ラザロをよこせ」だの「わたしの舌を冷やさせろ」だのと言って、陰府にいながらラザロをこき使おうとしていることです。

この人の問題は、何と言ってもここにあります。自分が死んだあと、陰府に至っても、自分はあの人よりも上だとか、あの人は自分より下だとか、そんなことを考え続けていた。そのような発想自体が、きわめて如何わしい。そう言わざるをえません。

どれくらいお金を持っていたかは分かりません。しかし、「金で買えないものはない」と言い張るような人の姿が思い浮かびます。貧しい人や、病気などで体が不自由な人の心を理解できない。想像力に根本的な欠けがある。自分より弱いと見た人に対しては、徹底的に見くだし、こき使う。

さて、このたとえ話の中で、イエスさまは、わたしたちの信仰にとってとても重要な、あるいは先ほど申し上げましたように、非常に深刻で難しい問題になりうる点をはっきりとお話しになっています。それが、次の御言葉です。

「『そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。」』」

ここでイエスさまが語っておられることは、一方の天国にいるアブラハムとラザロと、他方の陰府にいる金持ちとの間には大きな淵があり、その二つの場にいる人々は、お互いに行ったり来たりすることができない、すなわち、通行不可能であるということです。

もう少し分かりやすく言えば、天国に行った人は、そこから陰府に落ちることは二度とないし、逆に陰府に落ちた人はそこから天国に上ることも二度とないということです。

ある意味で、単純明快な話です。しかしまたこれは、わたしたちにとっては、単純明快だからこそ、何とも表現しがたい複雑な思いにさせられる話ではないかと思われます。

この話を読んでわたしたちがどうしても考えてしまうことは第一に、この私は天国に行けるのだろうか、それとも陰府に落ちるのだろうかというようなことではないでしょうか。そもそもこの話は、そのようにわたしたちが考えるようにイエスさま御自身が仕向けておられるものであると思われます。

そして、その上で第二にわたしたちが考えてしまうことは、わたしたちはどうしたら陰府ではなく天国に行けるのだろうかということです。だって、考えてみたら非常に深刻ではありませんか。いったん陰府に落ちた人は二度と天国に行くことはできない、と言われているのですから。

天国に行くためにわたしたちはどうしたらよいのでしょうか。このたとえ話にヒントがあるのでしょうか。

「『金持ちは言った。「父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。」しかし、アブラハムは言った。「お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。」金持ちは言った。「いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。」アブラハムは言った。「もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。」』」

天国と陰府との間が通行不可能であると分かったこの金持ちが次に考えたことは、今はまだ生きている自分の兄弟たちのところにラザロを遣わしてほしい。ラザロの口から兄弟たちに、陰府というようなこんな苦しいところに来ないでよいようによく言い聞かせてほしい、ということでした。

しかし、この願いを天国のアブラハムは断りました。「あなたの兄弟にはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい」と。これはどういう意味かお分かりでしょうか。

「モーセと預言者」とは「モーセ五書」(律法、トーラー)と「預言者の書」(ネビーム)を合わせたもの、要するにわたしたちの言う「旧約聖書」のことです。イエスさまの時代には「新約聖書」はまだありませんでしたから、「モーセと預言者」の意味は「聖書」です。

つまり、天国のアブラハムは、この金持ちに「あなたの兄弟には聖書がある。彼らはそれを読むがよい」と勧めているのだと見ることができるわけです。天国に行くための読書(どくしょ)の勧めです。

ですから、これが先ほどの問題の答えでもあります。

問 わたしたちは、どうしたら陰府ではなく天国に行くことができるのでしょうか。

答 わたしたちが天国に行くために必要な知恵と知識はすべて聖書に書いてあります。
それを読みなさい。

ということです。

これも、きわめて単純明快な答えであると感じます。しかしまた、単純明快だからこそ、わたしたちには、何とも言えない複雑な心境に追いやられたような気持ちも起こってくるように思われてなりません。

なぜわたしたちが複雑な心境になるのか。人それぞれ感じ方は違うかもしれませんが、だいたい納得していただけるのではないかと思うのは次のことです。

「聖書を読めば天国に行ける。だから聖書を読みましょう。教会に来て、礼拝の中で、聖書を学びましょう」というふうに、わたしたちが、たとえば、そのような言葉で聖書を読むこと、教会に通うことを何度勧めても梃子でも動こうとしない人々が、わたしたちの家族や友人たちの中にたくさんいるからです。

あるいはまた、「それでは、聖書を読んだことがない人は天国に行くことができないとでも言うのか。そんなことはないのではないか」とか「教会に通って聖書を学んでいる人々の中にも悪いことをする人間は、たくさんいるではないか。それならば、聖書なんか、読んでも、読まなくても、同じじゃないか」などなど、じつにいろんな反論を実際に受けてきたからです。

そしてまた、そのようなことを自分で考えたり、人から言われたりするうちに、わたしたち自身もだんだん自信が無くなってくる。

「私は教会の生活だけは長いけれど、聖書なんかちっとも読んでいないなあ」とか、「聖書なんかちっとも読んでいない人々の中にも、尊敬できる立派な人はたくさんいる。聖書なんかわざわざ無理して読む必要はないのではないか」とか。

私自身は、わたしたちがそのように感じたり考えたり、迷ったり自信をなくしたりすること自体には罪がないと考えております。こういうことは誰でも考えることだからです。

しかし、問題はその先に進んでいくかどうかです。今申し上げたような迷いや自信喪失の中で、わたしたち自身が、この聖書を実際に読まなくなってしまうとしたら、そこから先に罪が始まるのです。

イエスさまの御言葉をよく読む必要があります。イエスさまは、「もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう」と語っておられます。

ここに出てくる「死者の中から生き返る者」とは第一義的にはラザロのことでしょう。しかしもう一つの意味はイエスさま御自身のことです。

イエスさまは死人の中からよみがえられた方です。死人の中からよみがえるということ自体は、もし本当にそういうことがありうるならば、ものすごいことでしょう。

ところが、そんなびっくりするようなことが起こっても、世界中の人々が、すぐにイエスさまを信じたかというと、そういうことは起こりませんでした。信じた人と信じなかった人がいました。

イエスさまはそのことをよく分かっておられました。だからこそ人々には、聖書を読みなさいと勧められたのです。

ここには比較があると私は理解します。聖書を読み、そこに書いてあることを信じることは、死者の中から生き返ってきた人の話を信じるよりも簡単だということです。聖書を開いて読むことは、今すぐにでも、できることだからです。

「天国に行きたいから聖書を読む」。これは動機として不純なものではありません。立派な動機であり、理由であると思います。ファリサイ派のように、イエスさまの言葉を鼻であしらうよりはましです。

時には、単純明快であることも悪くありません。そのことを最後に申し上げておきます。

(2006年3月5日、松戸小金原教会主日礼拝)