2008年5月18日日曜日

ためらわずに立ち上がれ


使徒言行録22・6~16

パウロはエルサレム神殿にいた大勢のユダヤ人たちの前で語り始めました。その内容は、このわたしパウロと生ける真の救い主イエス・キリストとの最初の(神秘的な!)出会いはどのようなものであったのかということです。

「『旅を続けてダマスコに近づいたときのこと、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしの周りを照らしました。わたしは地面に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と言う声を聞いたのです。「主よ、あなたはどなたですか」と尋ねると、「わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである」と答えがありました。一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした。「主よ、どうしたらよいでしょうか」と申しますと、主は「立ち上がってダマスコへ行け。しなければならないことは、すべてそこで知らされる」と言われました。わたしは、その光の輝きのために目が見えなくなっていましたので、一緒にいた人たちに手を引かれて、ダマスコに入りました。』」

今日の個所でパウロが語っている内容は使徒言行録9章に記されていることのほとんど繰り返しと言ってよいものです。しかし、両者を比較してみますと、二つの新しい要素が加わっていることが分かります。

第一は、この出来事が起こったのは「真昼ごろ」であったという点です。

第二は、パウロを照らした天からの光は「強い」光であったという点です。

これで分かることがあります。それは、パウロとキリストの最初の出会いの出来事は、夜の夢の中で見た幻のようなものではなかったということです。

パウロが夜に見た幻の例は使徒言行録16・9にあります。一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と願うあの有名な幻です。夜に見た幻ということであれば、眠っているときに見る夢のようなものであると説明することも可能になるでしょう。それは、一種の合理的な説明でもあります。

しかしパウロが語っていることは、そのような合理的な説明を完全に拒否するものです。パウロとイエス・キリストの出会いは真っ昼間に起こったのだと言われているのです。眠っていたどころか、旅をしている最中でした。

しかし、そうなりますと、真昼に見た天からの光といえば、それは太陽の光ではないのかと考える人もいるかもしれません。しかしそのことも、使徒言行録26・13で明確に否定されています。

詳しい説明はその個所を学ぶときまでお待ちいただきたいところですが、それは、パウロが、使徒言行録の中では二度目となる、自分自身の回心の出来事を語っている場面です。パウロは、自分が見た天からの光は「太陽よりも明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました」(26・13)と言っています。つまり、パウロは、その光は太陽の光ではない、ということを明確に語っているのです!

このように、パウロの見た「天からの強い光」は、夜眠っているときに見た夢であったというような合理的な説明が成り立つようなものではなく、また、太陽の光を直接見て目がくらんだというような笑い話のようなことでもありません。

しかしまた、パウロがそれと同時に確かに語っていることは、彼が「地面に倒れた」ということと、その天からの光によって「目が見えなくなった」ということです。私自身は、この二つの点については、ある意味での(と一応お断りしておきますが)心理的・精神的なショック症状のようなものであっただろうという説明が成り立つと考えております。

わたしたち人間は、激しいショックを受けたときに、本当に、地面に倒れてしまったり、目が見えなくなってしまったりするのです。人間の心と体は、別々のものでもばらばらのものでもありません。心に受けたショックや傷が、体の現象や症状として現れるのです。パウロの場合も、おそらくそのようなことが起こったのだろうと、私は考えています。

ところが、パウロが語っていることは、それだけではありません。彼が実際に体験したと言っていることは、天からの強い光は、パウロだけではなく「一緒にいた人々も見た」ということです。しかし、その光を見たのと同時に聞こえてきた声は、パウロ一人だけが聞いたのであって、他の人々は聞かなかったということです。

この光と声については、どのように説明したらよいのかが私には分かりません。その光は一緒にいた人々も見たと言われている以上、パウロの心の中だけに起こった現象であると説明することはできません。しかし、パウロ以外の人々は聞かなかったと言われているその声に関しては、パウロの心の中へと向かって語りかけられたものであると説明せざるをえないもののように思われます。

もしかしたら、次のようなことではないでしょうか。

ともかくはっきり言えることは、この光と声は、生ける真の救い主イエス・キリスト御自身のものであったということです。イエス・キリストの光はすべての人を照らす光である。しかしその声はイエス・キリストを信じる信仰を与えられた人にだけ聞こえる声である。その信仰は、すべての人に与えられるものではなく、特別に選ばれた人にのみ与えられるものである。パウロは、その信仰をもって生きるために、特別に選ばれた人であった。

「『ダマスコにはアナニアという人がいました。律法に従って生活する信仰深い人で、そこに住んでいるすべてのユダヤ人の中で評判の良い人でした。この人がわたしのところに来て、そばに立ってこう言いました。「兄弟サウル、元どおり見えるようになりなさい。」するとそのとき、わたしはその人が見えるようになったのです。アナニアは言いました。「わたしたちの先祖の神が、あなたをお選びになった。それは、御心を悟らせ、あの正しい方に会わせて、その口からの声を聞かせるためです。あなたは、見聞きしたことについて、すべての人に対してその方の証人となる者だからです。」』」

パウロは、イエス・キリストの声に従ってダマスコに行き、そこにいたアナニアというキリスト者に出会いました。アナニアは、天からの強い光によって見えなくなったパウロの目を、見えるようにしてくれました。

パウロにとってアナニアとの出会いは、先ほど私が申し上げた点から言えば、パウロが受けた心理的・精神的ショックから立ち直るきっかけになったと考えることが可能であると思われます。一種のリハビリがパウロの身に起こったのです。キーワードは、アナニアが語っている「兄弟サウル」という呼びかけです。これは9章でも同じように記されています。

この「兄弟」という呼びかけは、この場合は同じユダヤ民族に属する同胞であるという意味ではありません。同じひとりの救い主イエス・キリストを信じる仲間の一員であり、同じ一つの教会の兄弟姉妹であるという意味です。つまり、アナニアは、この呼びかけによって、あなたパウロはもはや、かつての迫害者でありキリスト教会の敵であったパウロではない。わたしたちと同じ信仰に生きる仲間であり、兄弟姉妹であると宣言しているのです。

もっとも、9章のほうでは、パウロに出会う前のアナニアが、幻の中でイエス・キリスト御自身と葛藤している内容が紹介されていました。「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました」(9・13)。

しかし、アナニアに対するイエス・キリストのお答えは、「行け。あの者は、異邦人たちや王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である」(9・15)というものでした。そのお答えを信じたアナニアが、パウロの罪を赦して「兄弟サウル」と呼びかけたのです。

そのアナニアの優しく力強い呼びかけを聞いて、パウロの目が見えるようになりました。わたしはイエス・キリストを信じる信仰者の仲間に加えられた。「兄弟」と呼んでもらえた。わたしがこれまでキリスト者に対して犯してきた大きな罪を赦してもらえた。その感謝と喜びによって、彼の目が、もう一度見えるようになったのです。

「『「今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい。」』」

16節に記されているアナニアの言葉は、9章に記されている言葉とは異なります。9章ではアナニアは「洗礼を受けなさい」とは語っておらず、「聖霊で満たされるように」(9・17)と語っています。

しかし、これは別々のことではありません。「洗礼を受けること」と「聖霊で満たされること」は深い関係にあります。それは、いずれにせよ教会のメンバーに加わることを意味しています。生ける真の救い主イエス・キリストと共に永遠に生きることを決心し、約束することによって、イエス・キリストの体に加えられることを意味しているのです。

そのことを、パウロは、おそらく激しくためらっていたのです。だからこそアナニアは「今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい」と強く勧めたのです。なぜパウロは、洗礼を受けることをためらっていたのでしょうか。それは、おそらくわたしたちにも身に覚えがあることです。

家族や友人たちへの配慮でしょうか。世間体でしょうか。これまで自分が信じてきたものへのこだわりでしょうか。パウロにもそのような要素が無かったとは言えません。

何より、いまパウロがこの話をしている場所は、エルサレム神殿です。目の前にいるのは、大勢のユダヤ人たちです。その中には、最高法院の議員たちや、律法学者や長老たちもいたでしょう。

つまり、その場所とその人々は、かつてのパウロにとっての文字どおりの人生の目標そのものであったということです。エルサレムで教える者になること、最高法院の議員になること、そのようにしてユダヤ社会の頂点で指導的立場に立つことをこそ、パウロは目指していたのです。

そして、そのためにこそパウロはキリスト者を迫害することにも熱心になり、なんとかしてエルサレムで認められる人間になりたいと願っていたはずです。パウロの両親も息子がエルサレムで認められる人間になることを期待し、そのための教育も施してきたことでしょう。エルサレムの律法学校で机を並べて勉強した友人たちや先生や後輩たちもみんな、かつては仲間だった人々です。

しかし、そのすべてが間違いであったと、パウロは気づいたのです。生ける真の救い主イエス・キリストとの出会いによって。突然現れた「天からの強い光」と「声」によって。

それはおそらくパウロにとって、それまで彼を支えてきた何もかもが一気に崩れ去る体験であったでしょう。そこには恐怖も不安もあったでしょう。そして何より新しく加わろうとしているキリスト教会は、かつての彼が滅ぼそうとしていた人々である。彼らはわたしのことなど受け入れてはくれないだろう。

パウロの背中をアナニアがどんと押してくれました。「兄弟、立ち上がりなさい!」と。こういう人がいてくれたことは、パウロにとってありがたいことだったに違いありません。

いま、ためらっている方がおられるでしょうか。その人の背中を、わたしたちみんなで押しましょう。

(2008年5月18日、松戸小金原教会主日礼拝)