2007年1月14日日曜日

「共に歩まれるキリスト」

ルカによる福音書24・13~35



今日の個所、私はとても好きです。非常に面白いし、興味深い。読むたびに感動します。



「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。」



「六十スタディオン」は距離です。どのくらいの長さかを調べてみましたところ、二説出てきました。一つは、新共同訳聖書の巻末付録「度量衡及び通貨」の数字です。そこに一スタディオンは約185メートルであると書いてあります。もう一つは、私が参考にしている注解書の数字です。「当時の一スタディオンは192メートルである」と書いていました。約7メートルの差があります。どちらが正しいかなどは分かりません。



どちらで計算しても、「六十スタディオン」は、だいたい11キロ強であることが分かります。その距離を、彼らは歩いたのです。歩けない距離ではないと思います。



それは時間にしてどれくらいでしょうか。私の場合、自転車で約30分です。歩くとどうでしょうか。彼らは最初二人で、途中から三人で話しながら、いや徹底的に議論しながら歩きました。そのような歩き方だと、3時間くらいはかかるのではないかと考えてみましたが、いかがしょうか。ゆっくりすぎるでしょうか。



今日は大雑把に、彼らの旅は約3時間と考えておきます。短いといえば短い。しかし、使い方次第でかなり有効な時間ともなります。



たとえば、今は3時間あれば、新幹線に乗れば、東京から神戸(兵庫県)まで、あるいは八戸(青森県)まで行ってしまいます。飛行機に乗れば、サイパンでも、グアムでも、韓国でも、行ってします。「たかが3時間、されど3時間」です。



そのあいだ、彼らは話し合っていました。「この一切の出来事」とは、婦人たちがイエスさまのお墓の前で二人の天使たちから聞いたこと、「イエスさまがよみがえられた」というあの出来事に関することです。



「話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、『歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか』と言われた。」



この話の最も面白い場面です。彼らが夢中になって、イエスさまがよみがえられたことについて話し合い、論じ合っているところに、イエスさま御自身が近づいて来てくださり、一緒に歩き始めてくださり、二人の話の間に割って入ってくださって、「その話は何のことですか」と質問をしてくださったのです!



ここから私が考えさせられることは、復活は理屈ではない、ということです。復活とはそもそも何かとか、イエス・キリストは復活したかどうかとか、われわれ人間は復活するのかどうかというようなことを、喧々諤々議論しているところに、事実としてよみがえられたイエスさま御自身が、姿を現してくださったのです。



単純に比較することはできないかもしれませんが、最近頻繁に起こっている残虐非道な事件。それらの内容に接するたびに、「ありえない。このようなひどいことができる人間の存在を、信じることができない」と言いたくなります。



しかし、その考え方は逆である、と言わなければなりません。事実のほうが先にあるのです。その意味や価値を考える作業は、いわば後です。「事実の意味を後から考えること(Nachdenken)」が重要です。「ありえない」というわれわれの思い込みや前提が、現実に起こった事実そのものを否定することはできないのです。



それにしても、イエスさまが一緒に歩いておられるのに、それに気づかない弟子たち。そして、その彼らにイエスさまが「何の話をしているのですか」と質問される。すべてをご存じのお方が、です。ふざけておられるわけではないと思いますが、ちょっととぼけたことを言っておられる。この情景は、非常にコミカルな感じがします。



しかし同時に、深刻なものも感じます。これは、わたしたち自身の姿かもしれないからです。復活など信じられない。そのような思いにとらわれているときに、目の前の事実としてイエスさま御自身が立っておられる。それでも、そのことを受け入れることができないとしたら、それは「ありえない」という思い込みや前提を持っているのです。おそらくその種の前提が、この二人の目を遮っていたのです。



「二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。『エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。』イエスが、『どんなことですか』と言われると、二人は言った。『ナザレのイエスのことです。この方は、神と民の全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。』そこで、イエスは言われた。『ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。』そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。」



二人の弟子たちは、共に歩いておられるイエスさまに、これまでエルサレムで起こった出来事をまとめてお話ししました。ただし、この内容は彼らなりのまとめ方です。事実の報道は難しいものです。そこには必ず解釈が入ります。間違った解釈も入り込むのです。



気になる第一の点は、彼らがイエスさまを「預言者」であったと語っているところです。第二の点は、イエスさまを「イスラエルを解放してくださる方」、つまり、ユダヤ人たちをローマ帝国の支配下から解放するために闘う政治家であった、と語っているところです。



彼らの見方は、全く間違っているとは言えません。彼らは、見たままを語っているだけです。見たとおりのことは、重要です。それは一種の結果です。結果は重要です。そして結果は本人の手から離れて一人歩きしていくものなのです。それも一つの結果責任です。イエスさまは、事実上、人々の目から見ると「預言者」でもあり、「政治家」でもあった、のです。それらのことは否定されるべきことではありません。



しかしまた、そのことを逆のほうから見れば、彼らが言っているまさにこの点こそが、よみがえられたイエスさま、生きておられるイエスさまが目の前におられるのに、見抜くことができなかった、まさに彼らの目を遮っていた前提ではなかったかと思われるのです。



つまり彼らは、イエスさまのことを立派な人物、偉人としてしか見ていなかったのです。尊敬していた偉人、わたしたちの先生が不条理な死を遂げた。残念でならない。政治家としては失敗した人でもある。しかし、そのお方がよみがえったと婦人たちが言っている。そんなことは、信じられない。本当のところはどうなのか。おそらくそのようなことが、彼らの思いの中にあったのです。



その彼らを、イエスさまは、愛情をこめてお叱りになりました。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち!」



愛情がこもっている、と申し上げることができる根拠は、その後イエスさまは、徹底的に聖書の御言葉の全体を彼らに語って聞かせてくださった、ということです。



教えるという仕事は、たいへんな仕事です。教師を職業にしてこられた方ならお分かりいただけるはずです。まさに一から十まで、手取り足取り、教えて聞かせる。この面倒な仕事を、イエスさま御自身が引き受けてくださったのです。



これは、愛がなければ、決してできません。教育は愛情です。説教も愛情なのです!



「一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、『一緒にお泊りください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから』と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人とも、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。」



約11キロの徒歩の旅は、終わりました。歩き疲れ、しゃべり疲れて、少し休みたいし、お腹もすいてきた。しかし、まだ学び足りない。聖書の話を、イエスさまの話をいつまでも聞いていたい。語り合いたい。学び続けたい。別れがたい。そのような思いを、彼らは抱いたに違いありません。



昨年11月17日のことです。私も神戸から東京までの3時間の新幹線の中で、私が今の世界の中で最も尊敬している神学者であるヘリット・イミンク先生(ユトレヒト大学神学部教授、オランダプロテスタント神学大学総長)を独り占めして、語り合う機会を与えられました。品川駅前で別れました。引きとめることも泣くことも(?)ありませんでしたが、ただ本当に別れがたさを感じました。この別れがたさという点の気持ちは、少し似ているところがあるのではないかと思います。



彼らは、イエスさまを無理に引き止めた。イエスさまはその求めに応じてくださった。そして、みんなで食事の席に着いたときに、イエスさまがお始めになったことは、給仕の仕事です。「はい、わたしは疲れました」と座り込んで、出てくる料理を待っているという態度とは、正反対です。イエスさまは疲れている弟子たちを「お疲れさま」とねぎらってくださるように、御自身の手でパンを裂いて、一人一人にお渡しくださいました。



しかし、おそらくもっと深い意味を読み取ってよいでしょう。



イエスさまがパンを裂く姿は、彼らがこれまで、何度も見てきたものでした!



また、この弟子たちは、最後の晩餐の席にいた弟子たちではないと思われますが、そのときの様子は、十二人の使徒たちから、聞いていたでしょう。



「これはわたしの体である」と言われながら、手渡されたパン。



「これはわたしの血である」と言われながら、手渡されたぶどう酒。



あのイエスさまのお姿のすべてを、彼らは思い起こすことができたのです。



そして、私たちの目の前にいるこのお方は、なんと、イエスさま御自身であるということが、そのとき初めて分かったのです!



しかし、それが分かった途端、イエスさまの姿が見えなくなった、と記されています。それでも彼らは全く失望していません。ここが重要です。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか!」



彼らは、イエスさまが復活されたことの意味、また復活されたイエスさまのお姿を見ることの意味が、そのとき初めて分かったのです。



復活とは、ただ単なるビックリ話ではありません。異様で非科学的な「ありえない話」というだけではありません。



聖書の教えが関係していないような、あるいは信仰という点が関係していないような、また教会の存在や伝道という事柄と関係ないような復活であるとしたら意味がありません。そのような復活を私たちが信じているわけではないのです。



聖書の御言葉が、イエス・キリスト御自身によって真に正しく解釈され、力強く語られ、広く宣べ伝えられ、それを聞く人々の心の中に真に燃えるものが生まれる。



そのとき、イエスさまは、よみがえっておられるのです!



イエスさまが、私たちの中に生きておられるのです。



(2007年1月14日、松戸小金原教会主日礼拝)