ルカによる福音書5・1〜11
関口 康
イエス・キリストは最初、おひとりで、伝道活動を開始されました。しかし、ひとりでできることには、限界があります。協力者が必要です。
なぜイエスさまに弟子が必要だったか。それは、イエスさまの伝道活動は“言葉”だけによるものではなかったからだ、と説明できます。
実際たしかに、イエスさまの伝道活動の内容は、説教(神の言葉を語ること)だけではありませんでした。
もし伝道が“言葉”だけでよいなら、たとえば、その言葉を手紙に書いて送るとか、書物にして配るという方法でも、いちおう事が足ります。メールを送っておけばよいのです。
しかも、その方法を使えば、ひとりから多くの人への情報伝達が、容易になります。
その場合は、かえって、ひとりのほうがよいかもしません。一人の権威ある者の署名がついているほうが、多くの人々に読んでもらえるかもしれません。
ところが、イエスさまの伝道活動には、明らかにもう一つの要素がありました。
苦しむ人々に手を置いていやすという要素です。物理的な距離において近づき、その相手の存在に触れることです。“ふれあい”の要素です。
これは、非常に効率の悪い方法です。いくらイエスさまでも、まとめて一度に、たくさんの人に手を置くことはできません。あくまでも、一人一人です。
人気の高い医師の前には行列ができます。同様に、イエス・キリストの前にも行列ができました。ところが、その人々とイエスさまが言葉を交わし、イエスさまが一人一人に手を置いていやすことができるのは、ほんのわずかな時間だったに違いないことは、容易に想像がつきます。
そのような場合は、どうしたらよいのでしょうか。考えられることは一つです。
イエスさまと全く同じ力、とは言えませんが、イエスさまと同じような力をもってイエスさまを助け、協力する人々が増やされることです。それ以外の道はない、と思われます。
「イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群集がその周りに押し寄せて来た。イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群集に教え始められた。」
ここで分かることは、ガリラヤ地方でイエスさまの救いを求めて集まってくる人々は、「群集」と呼ばれる単位にまでふくれ上がっていた、ということです。
うれしい悲鳴を上げてよい場面かもしれません。しかし、危険な状況でもありました。
押し合って怪我人が出るかもしれません。イエスさま御自身が、怪我をされるかもしれません。
また、イエスさまの人気が高まってきたことを快く思っていない人々もいました。群衆の中には、そういう人々も紛れ込んでいる可能性がありました。
そこで、イエスさまがとられた方法は、ガリラヤ湖(ゲネサレト湖)に浮かぶ舟に乗り、その上から岸にいる群集に語りかけることでした。これならば、安全です。
たしかに言いうることは、集まる人が多くなれば、全員を視野におさめることができる距離が必要になる、ということです。
しかし、同時に起こることは、一人一人からの距離がどんどん遠くなっていく、ということです。何となく寂しいものがあります。
「話し終わったとき、シモンに、『沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい』と言われた。シモンは、『先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう』と答えた。」
イエスさまが乗っておられたのは、シモン・ペトロの舟でした。シモンは漁師でした。イエスさまは、舟の上から岸にいる群衆への説教が終わった後、シモンに漁をするように言われました。
ところが、シモン・ペトロは、少し複雑な心境になったようです。イエスさまの言葉に対して、ちょっとだけですが、抵抗しています。
わたしは漁師です。漁をする専門家、プロフェッショナルです。イエスさま、あなたは伝道の専門家かもしれませんが、漁の専門家ではないはずです。
なるほど、あなたは、伝道のことではとても苦労しておられることをわたしは知っています。だからこそ、今日は、あなたをお助けしました。
しかし、あなたは、わたしたちの苦労を、ご存じでしょうか。あなたに漁の何がお分かりでしょうか。
そんなふうに言いたい気持ちが伝わってきます。自分の仕事にプライドを持っている人なら、誰でも同じようなことを感じるはずです。
ところが、ペトロは、言いました。「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう。」半信半疑であった、という説明も可能でしょう。しかし、この後のペトロの反応を見ると、少し違う感じもします。
「先生がそんなに言われるなら、一応やってみますけどね。たぶん駄目だと思いますよ。そこで黙って見ててくださいな」という気持ちがあったのではないでしょうか。
「そして、漁師がそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、『主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです』と言った。とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。」
たくさんの魚が網にかかったとき、ペトロは本当にびっくりしたのです。漁に関しては、だれにも負けないほどの豊かな経験と知識があるというプライドが、一瞬にして消し飛ぶのを感じたに違いありません。
ペトロは、イエスさまに恐れの心を抱きました。そして、「主よ、わたしから離れてください」と言いました。
「主」とは、主なる神を指しても使われる言葉です。しかし、この時点でペトロがイエスさまのことを主なる神であると告白していると考えるのは、少し早すぎるように思います。「先生」というくらいの意味です。
「わたしから離れてください」とペトロが思わず口走った理由は、分かります。おそらくペトロは、イエスさまとわたしとでは“住む世界が違う”と感じたのです。そのように説明している注解書があります。
ここでもペトロの複雑な心境を読み取ることができます。あなたとわたしは住む世界が違うとは、やや失礼な言い方でもあるはずです。
イエスさま、あなたのような方に、わたしの領域に踏み込んでこられると、困ります。はっきり言って、わたしの商売は上がったりです。
わたしは、罪深い人間です。罪深い人間には、それなりに、生きる場所があるのです。
あなたは、あなたの道を行ってください。わたしは、わたしの道を行きます。
このように言いたい気持ちが、伝わってくるのです。
ここでも問題になっていることは、距離の問題です。「わたしから離れてください」とは、わたしの領分に近寄らないでください、という意味です。
たしかにイエスさまは、ペトロに近づいてこられました。ところが、ペトロは「主よ、わたしから離れてください」とお願いします。
かたや、イエスさまに何とかして近づき、イエスさまに手を置いていただき、いやしていただきたいと願っている人々が、たくさんいたにもかかわらず、です。
おかしなものです。イエスさまに近づいていただいて喜ぶ人もいれば、イエスさまに近づいてこられると困る人もいるのです。
触れられてうれしい人と、触れられると「あっち行け」と追い払う人がいるのです。
子どもたちが、そうです。機嫌のよいときは、ヨシヨシと頭をなでられると、喜びます。機嫌が悪いときに触られると、「うるせえな」と噛みついてくるか、ギャーと逃げ出します。まったく気分次第です。
しかし、イエス・キリストは、そういうときにこそ、あえて、その人の部屋の中に踏み込んでこられることがあるのです。
わたしを一人にしておいてください、と言いたくなるような場面でも、イエスさまは、御自身の判断で近づいてこられることがあります。
がっかりしていた気分のペトロに、イエスさまは、あえて近づき、心の中に踏み込んでこられたのです。
「すると、イエスはシモンに言われた。『恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。』そこで、彼らは舟を陸に上げ、すべてを捨ててイエスに従った。」
ペトロが語った「わたしから離れてください」の意味は、あなたとわたしは住む世界が違う、ということである、と先ほど申し上げました。
ところが、イエスさまは、そのようにお考えになりませんでした。
あなたは漁師である。だから、これからあなたは“人間をとる漁師”になるのだ、と言われました。
「漁師をやめなさい」とは言われていません。それどころか、「あなたは漁師であり続けなさい」と言っておられるのです。
そもそも、このような言い方が成り立つのは、イエスさまにとっては、伝道の仕事と、ペトロたちがしていた漁師の仕事とは、同じ世界の中で営まれる、互いによく似た仕事である、とお考えになっていたからです。
もしイエスさまが、宗教の仕事は、世間の仕事とは、次元が違う。全く別世界の、別次元の事柄であるというふうにお考えになっていたとすれば、「人間をとる漁師」という表現は出てこなかったはずです。
シモン・ペトロ、あなたとわたしは、同じ世界に生きている。あなたが魚を集めているのと同じように、わたしは、人間を集めている。それは別の話ではないのだと。
それは、イエスさまも、御自身のことを「人間をとる漁師」であるとお考えになっていたからこそ出てくる言葉です。
もちろん、今は、何でも平等が当たり前の時代ですから、ここでイエスさまがペトロにおっしゃっていることも当然のこととして受けとめていただけると思います。
しかし、当時はまるで違っていたというべきです。これからたくさん出てきますが、当時の宗教家たち、律法学者やファリサイ派と呼ばれた人々は、自分たちは、他の人々とは住む世界が違うと思い込んでいました。
宗教と世間は次元が違うのだと。
イエスさまがお求めになった“ふれあい”は、まさにこの点で、当時の宗教家たちとは全く違っていたのです。
それどころか、イエスさまは、ペトロの職場にもぐりこみ、ペトロの仕事に口を出し、挙句の果てに、ペトロの心の傷に遠慮なくお触りになりました。
そして、あなたは「人間をとる」漁師になれ、と命令されたのです。漁師の仕事を続けなさい。ただし、とるものは違いますよ、と言われたのです。かなり大胆なやり方です。
しかし、どうでしょうか。そのようにでもしなければ、新しい人生を始めることができない人もいるのです。
他人の領分に踏み込み、痛いところに触ることには、もちろん、タイミングの問題があります。
しかし、教会に通っている家族や友人が、キリストの「キ」の字を言うだけで、腹が立ったり、耳をふさいだりしていた人が、ある日ある瞬間に、変わることがあります。
それは、たいていの場合、その人にとって「誰にも触れられたくない」と思ってきた何かに触られたときです。ひとは、そのとき初めて、自分の問題、自分の悩みに深く気づかされ、救いを求めはじめるのです。
ですから、わたしは、少しもあきらめていません。誰のこともあきらめていませんし、あきらめてはならないと思っています。皆さんも、どうか、あきらめないでください。
ただし、今は、イエス・キリストと直接お会いすることはできません。イエスさまは、聖霊において、教会の働きを通して、この世に生きるすべての人々に近づいてこられます。
イエスさまの弟子たちが、イエスさまと全く同じ力ではありませんが、イエスさまと同じような力を与えられて、この世界の人々に触りに行きます。
そのとき、救いといやしが起こるのです。
わたしたちの心も、そのようにして変えられたのです。
(2005年2月6日、松戸小金原教会主日礼拝)