ガラテヤの信徒への手紙6・11~18
「このとおり、わたしは今こんなに大きな字で、自分の手であなたがたに書いています。」
ここで必ず問題になることが二つあります。第一は、なぜパウロはこの部分を「大きな字で」書いたと言っているのか。第二は、なぜパウロはこの部分を「自分の手で」書いたと言っているのか、ということです。
第一の問題は「大きな字」の理由です。考えられる答えの一つは、内容を強調するために大きな字で書いた、ということです。もう一つは、パウロは大きな字しか書けなかった、ということです。
結論から言いますと、前者の説明のほうがよいと思われます。内容を強調するために、大きな字で書いたのです。しかし、後者の説明のほうがよいと考える人々もいます。その理由として挙げられるのが4・12以下に記されていることです。
パウロは、とても重い病気にかかりました。その病気の姿を見たガラテヤ教会の人々はさげすんだり忌み嫌ったりしませんでした。それどころか、自分の目をえぐり出してでもパウロに与えようとしたのです。
ですから、パウロは目の病気にかかったのではないか。パウロの目は、その後も十分に癒されることは無かったのだ。それでパウロは大きな字しか書けなくなってしまったのだ、というわけです。
しかし、パウロの病気が何であったのかは特定できません。その点がはっきりしないかぎり、この問題は解決しません。仮説の上に仮説を重ねて行くことは危険です。それよりも前者の説明のほうがよいでしょう。
第二の問題は「自筆」の理由です。ここに書いてあることを素直に受けとるとしたら、今この個所から、パウロ自身が筆をとって書きはじめた、という意味にとれます。しかし、それなら、これまでの文章は、誰が書いていたのでしょうか。
この問題については、ローマの信徒への手紙16・22の記事がおそらく参考になります。「この手紙を筆記したわたしテルティオ」という名前が出てきます。パウロには、秘書がいたのです。この点は明言されていますので確実に言いうることです。ただし、ガラテヤの信徒への手紙を筆記したのがテルティオだったかどうか、までは分かりません。
しかし、わたしたちにとって大切なことは、この手紙を筆記した人物が誰か、というようなことよりも、むしろ、パウロの伝道活動は、多くのスタッフによる助けとサポートによって成り立っていた、という事実そのものです。
パウロは、自分ひとりで何もかもしていたのではありません。それどころか、彼ひとりでは何もできなかったであろう、というべきです。
誰にも迷惑をかけたくない。わたしひとりで何でもできる。誰の助けも必要ないという思いは、まことに尊いものですが、限界もあるでしょう。
パウロでさえ、自分の手で長い文章を書いたりはしませんでした。伝道旅行にも、必ずパートナーを連れて行きました。旅行先でも、いろんな人々に助けてもらっていました。
「わたしは、誰にも迷惑をかけないで、ポックリ死にたい」と仰る方々がおられます。そのような方々には、どうか、もっとたくさん、周囲の人々に迷惑をかけてください、と申しあげたいのです。教会に大勢の人々が集まっていることの理由を考えてみていただきたいのです。
「肉において人からよく思われたがっている者たちが、ただキリストの十字架のゆえに迫害されたくないばかりに、あなたがたに無理やり割礼を受けさせようとしています。割礼を受けている者自身、実は律法を守っていませんが、あなたがたの肉について誇りたいために、あなたがたにも割礼を望んでいます。」
今日の個所、この手紙の最後には、この手紙全体の要点が書かれている、と考えることができます。内容的には、繰り返しです。もう一度全体の内容を思い返してみてください。長々と書いてきましたが、わたしの言いたかったことは要するにこの点です、ということを最後に整理し、まとめる意図があると言えます。
ガラテヤ教会の人々に、割礼を受けさせようとした人々がいました。とくに「異邦人」と呼ばれる人々は、ユダヤ人のように、幼いときに割礼を受けてはいませんでした。その異邦人たちにも割礼を受けさせるべきだ、と主張した人々がいたのです。
しかし、パウロは、そのような主張に強く反対し、また、そのようなことを語る人々に向かって激しく抗議しました。そのようなことを語る人々の中には、当時のキリスト教会の最高権威者であった使徒ペトロさえ混ざっていたのです。
そういう人に逆らって何かを語ること自体、とてもたいへんなことであると思います。とくに、当時のパウロは、キリスト教会にとっての"新入り"でしたから。
また、彼にはかつてキリスト教会に対する熱心な迫害者であった、という"前歴"がありましたから。そのような彼が、教会の中で信頼されるようになるためには、かなりの時間や努力が必要だったに違いありません。
しかし、この個所を読みながら、わたしは、もう一つの見方ができるのではないか、と思わされました。
ここでパウロは「肉において人からよく思われたがっている者たちが、ただキリストの十字架のゆえに迫害されたくないばかりに」と書いています。
これはおそらくパウロの言うとおりなのだとは思いますが、少し微妙な問題が含まれているのでは、とも感じました。とにかく一度、逆の立場から考え直してみる必要があるのではないか。パウロが激しく抗議した人々、とくに使徒ペトロの側にも、いくらか同情の余地があるのではないか、と感じたのです。
どういうことかと申しますと、たとえば、わたしたち自身のこととして考えてみたときに、同じ教会の仲間たちが、誰かから激しい迫害を受けているような姿を黙って見ていることができるでしょうか。死んでも殺されても構わないという決意や自覚は、尊いものかもしれません。しかし、実際に殺されて死んでいく人々を、冷静に直視できる人がいるでしょうか。難しいと思うのです。
たとえば、もし、このときのペトロの行動が「教会のだれ一人、もう二度と傷つけたくないし、失いたくない」という思いに根ざしたものであったとしたら、同情の余地があるはずです。全く理解できない、とまでは言い切れないものが、あるのです。
しかし、パウロの言葉のほうが、全く理解できない、と言いたいわけではありません。そういう意味ではありません。そして、パウロが語っていることこそが、どちらかといえば"弱い人々"の立場に立っていると感じます。パウロは、イエス・キリストへの信仰を告白し、洗礼を受けたばかりの、生まれたての赤ちゃんの信仰者たちの信仰を守ろうとしているのです。
迫害の手を恐れるがゆえに、迫害を受けないように、こちら側の態度を改める、というのは、結局のところ、迫害者の側に身を置くことを意味します。事実上、迫害の正当性を認めることを意味し、当時新しく誕生したばかりのキリスト教会の信仰の自由を否定することを意味します。
しかし、本当にそれでよいのか、というのがパウロの言い分である、と言えるでしょう。迫害に屈してはならないし、認めてもならない。イエス・キリストを信じて生きる自由によって生きはじめた人々の信仰を守り抜くことこそが、教会の牧者の責任ではないのか、ということを、パウロは語っているのです。
「割礼を受けている者自身、実は律法を守っていません」と書かれています。律法主義者は、少しも律法を守っていない、つまり、神の御心を行っていない、という意味です。律法主義は端的に罪なのです。
迫害を恐れて行動することには、同情の余地があります。しかし、だからといって、罪を是認することはできないのです。
「しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。このような原理に従って生きていく人の上に、つまり、神のイスラエルの上に平和と憐れみがありますように。」
先ほどわたしは、パウロの道だけではなく、ペトロの道もある、少なくとも同情の余地はありうる、というような話をしました。パウロのように前に進むか、ペトロのように後ろに下がるか、です。
しかし、さらによく考えてみると、そもそも、この点で、行くべきか・戻るべきかということを判断すること自体、わたしたちキリスト者には、もはや許されていないのではないか、という問題も残るのです。
それはなぜか、と言いますと、わたしたちは、まさにパウロが言うように、今はもう、イエス・キリストと共に十字架にはりつけにされてしまっているからです。
キリストへと結び合わされ、キリストと共に生きるようになった者は、十字架にはりつけにされているのです。そこから降りることは、もはやできません。イエス・キリストと共に生きる人生を、途中でやめることはできないのです。
しかし、このことを、わたしは、何か悲壮感のようなものから、申し上げているのではありません。どんなに苦しくてもつらくても、煮え湯を飲まされても、キリスト者であることをやめることができない、というような悲壮感ではありません。
そうではないはずです。わたしたちは、救われたとき、何よりもまず、この人生を喜ぶ道を教えられたはずです。
ある先生は言いました。
「騙されたと思って、信じてください。わたし自身は、キリスト者になったこと、この信仰に生きるようになったことを、ただの一度も後悔したことはありません。」
わたしも、本当にそうだと思います。しかし、わたしは少し違った言葉でお勧めします。
「決して騙したりはしません。騙されたとは思わないで、信じてください。わたし自身は、キリスト者になったこと、この信仰に生きるようになったことを、ただの一度も後悔したことはありません。」
なぜなら、信仰によって生きるとき、わたしたちには人生の喜びが与えられるからです。罪の泥沼の中で、這いずり回り続ける苦しみから解放されるからです。
だからこそ、パウロは、「わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものがあってはならない」と書いています。「大きな字で、自分の手で」書いています。
わたしには、他に誇るものは何もない。何の取り柄もないし、善いところもない、と感じる。人に見せびらかすことができるようなものは、何一つ持っていない。
しかし、わたしの誇りは、十字架である。十字架につけられて死んでくださった救い主イエス・キリスト、そして、イエス・キリストと共にこのわたしがはりつけにされているこの十字架を、わたしは誇る。
あの十字架、あの救い主イエス・キリストの贖いの死ということなしには、わたしたちは、罪の中から決して救われることはなかったのです。
十字架を誇る、とは、わたしが(キリストの十字架によって)罪から救われていることを誇る、ということでもあります。
「これからは、だれもわたしを煩わさないでほしい。わたしは、イエスの焼き印を身に受けているのです。兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように、アーメン。」
最後の最後に、パウロは、またなんだか、ぶっきらぼうで、嫌味っぽい感じのことを書いています。
「これからは、だれもわたしを煩わさないでほしい」。
こんな手紙を二度と書きたくない、という意味かもしれません。この手紙の中には、ケンカ腰で書いたとしか思えない、非常に乱暴に書きなぐった感じの部分もありました。こんな手紙は二度と読みたくない、と思われてしまうかもしれません。
しかし、彼はただ、分かってほしかっただけなのです。パウロの願いは、信仰によって生きる人生の幸福をみんなに味わってほしいという、ただそれだけです。
割礼を受けるかどうかなど、そんなことは、どうだってよいことだ。そんなことは問題にならない。
あなたには信仰があるか。生きる喜びがあるか。それだけが問題だ。
そのことを、それだけを、彼らに分かってほしかった。ただそれだけなのです!
このパウロの願いが、わたしたちみんなの願いとなり、この手紙を読む、すべての時代の、すべての教会の、すべての信徒たちのものとなりますように、祈りましょう。
(2004年11月21日、松戸小金原教会主日礼拝)