2007年5月6日日曜日

「知恵と霊によって語る」

使徒言行録6・1~15



「そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。『わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。』一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。さて、ステファノは恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で行っていた。ところが、キレネとアレクサンドリアの出身者で、いわゆる『解放された奴隷の会堂』に属する人々、またキリキア州とアジア州出身の人々などのある者たちが立ち上がり、ステファノと議論した。しかし、彼が知恵と“霊”とによって語るので、歯が立たなかった。」



今日お読みしました範囲(使徒言行録6・1~15)には、大きく分けると、二つのことが記されています。いずれも、二千年前のエルサレム教会の話です。



第一に記されている事柄は、教会が成長していった結果、なかば必然的に起こってきた出来事です。それは、はっきり言えば、教会内のトラブルと、そのトラブルの処理です。人間の集まりとしての教会には、人間の数だけトラブルが起こる可能性があります。その意味の「必然的」です。



第二に記されている事柄は、その教会内のトラブルを適切に処理し対応するという目的のために、教会がよりしっかりとした制度を持つようになった、ということです。



具体的に言えば、十二人の使徒たちのほかに、そのころ新たに起こってきた問題を専門的に扱う七人の奉仕者(執事)を、教会の役員会に加えることになった、ということです。ごく分かりやすく言えば、ある出来事をきっかけにして、教会の役員会が十二人から七人増えて十九人になった、ということです。



この二つの事柄はスムーズにつながっていなくてはなりません。悪い例があるとしたら、それは、第一の事柄が現実に存在するのに、第二の事柄が動き出さないことです。つまり、教会内に明らかにトラブルが起こっているのに、トラブルを処理する責任を教会がとろうとしないこと、です。



二千年前のエルサレム教会は、この点においてきちんとしていたということが、今日の個所から分かります。とくに注目していただきたいと願いますのは次の点です。それは、新しく起こってきた問題やトラブルの処理を担当するための新しい役員を選ぶ、ということは、逆に考えますと、新しい問題が起こったときに、従来の役員会がその問題のすべてを抱え込んでしまおうとしなかった、ということを意味している、ということです。



それは、旧役員会(今日の個所の場合は「十二使徒」)による責任の放棄ではありません。むしろ逆です。「われわれにはその面の責任までは負い切れない」ということを率直に認め、自分たち以外の多くの人々の助けを求めることは、勇気が要ることです(なぜなら、自分たちの弱さや限界を告白せざるをえませんので)。しかし、そのような態度こそが、教会においては、ふさわしいのです。



反対に、自分たちにはその責任を負いきることができそうもないことが明白であるにもかかわらず、何でもかんでも自分たちで抱え込んでしまい、結局何もできなかったということのほうが、よほど無責任です。



新しい仲間を得ること、その人々の助けを求めること、その人々に仕事を任せることは、なるほどたしかに、たいへんなことであり、またしんどいことでもあります(なぜなら、その人々を“育てる”必要が生じますので)。



しかし、長い目で見ると、そのようなことこそが教会が歴史的な歩みを続けていくために最も重要なことである、ということが分かるでしょう。



私が願うことは、今日の個所は、今私が申し上げたような意味で理解されてほしい、ということです。なぜこのような言い方をするのかといいますと、今日の個所は誤解を生む恐れがあると感じるからです。とくに誤解を生みやすいと思われるのは、「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない」から始まり、「わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします」で終わる、使徒の言葉です。



「御言葉の奉仕」とは、説教のことです。またそこには説教を支える神学や教理の研究のことを含むと言ってもよいでしょう。その場合に起こりうる誤解とは、「御言葉の奉仕」と「食事の世話」を、上と下の関係に置く、ということです。



説教の仕事や神学の研究は、上の仕事。それはわたしたち上に立つ人間の仕事。食事の世話などは、下の仕事。取るに足りない、どうでもいい仕事は、シモジモのあなたがた、お願いね。このような(ひどい)考え方に基づいて、十二使徒が七人の奉仕者を選ぶことを願ったわけではない、ということを、どうかご理解いただきたいのです。



当時のエルサレム教会内に起こった問題とは、要するに、経済的な面のトラブルでした。「ギリシア語を話すユダヤ人」とは、いわば帰国子女です。この中に使徒パウロ(サウロ)も含まれます。パウロはギリシア語もヘブライ語も、ひょっとしたらラテン語も使うことができた、語学の達人であった、と考えられています。



それに対して、「ヘブライ語を話すユダヤ人」とは、(実際にはアラム語と呼ばれる言語を使用していましたが)、いわゆる土着(ネイティブ)のユダヤ人のことを指しています。両者がエルサレム教会内に共存していたようですが、あまりうまく行っていなかったようです。言葉、文化、生活習慣や生活スタイルなどに違いがあったからではないでしょうか。



それに対して、十二使徒たちは、基本的に生まれも育ちもパレスティナ。ギリシア語の勉強くらいはしていたとは思いますが、あまり得意でなかったと考えられますし、当時のエルサレム教会の日常言語はヘブライ語(アラム語)であり、ギリシア語ではなかったと思われます。



そういう場合には、使徒たちの立場からすればヘブライ語を話すユダヤ人たちに対して意識的・意図的にえこひいきをしていたわけではないとしても、実際的な判断においてはいろんな点で偏ってしまうということが起こっていたのではないでしょうか。これは具体的な例を挙げなくても理解していただけることだと思います。



また、重要な点は、この教会に起こった問題は、「日々の分配」のことであり、「仲間のやもめが軽んじられる」というような、要するに、とても複雑で微妙でデリケートな問題であった、ということです。なぜ「やもめ」なのかについてもいくつかの説明があるようですが、当時のパレスティナにも(今日と同じく!)ひっきりなしに戦争が起こっていて、軍隊に借り出されて戦死した夫の妻たちの生活を、教会が支援していたというのが、有力な説明です。



そのように、教会は、いわばただ単に礼拝だけを行っていたとか、説教だけをしていたとか、神学の研究だけをしていたというような事情には全くなく、むしろ事情は正反対なのであって、まさに複雑で微妙でデリケートな個人や社会のさまざまな問題に取り組んでいたのだと考えることができるのです。



また教会の中の経済的な問題とは、要するに献金の扱いの問題です。まさに複雑で微妙でデリケートな問題です。ここで絶対に誤解されたくないと思いますことは次のことです。それは、説教の仕事は上、お金の扱いや食事の世話は下、というような物の見方は、全く間違っている、ということです。そして、そのような間違ったことを、十二使徒たちは、決して考えていたわけではない、ということです。



彼らは、むしろ、自分たちにできることの限界を、よく知っていたのです。説教の準備や実践にも、多くの時間や力が必要です。かたや、ここに出てくる意味での「日々の分配」や「食事の世話」にも、多くの時間や力が必要です。はっきりしていることは、両方とも片手間でできるようなことではなく、また両方とも非常に重要な仕事である、ということです。だからこそ、お互いに分業する必要が生じた。それは、使徒たちの側から言えば、「日々の分配」や「食事の世話」は教会においては非常に重要な事柄であるという思いがあったからこその分業案であったに違いない、と考えることができるわけです。



もっとも、このようなことは、松戸小金原教会のように、しばしば食事会を開いたり、バザーを開いたりしている教会では至極当然のこととして受け入れていることです。口を酸っぱくして強調して語る必要のないことです。



ただし、です。ここでちょっと立ち止まって考えるほうがよさそうなことが、書かれています。それは、使徒たちの提案に基づいて選ばれた七人の奉仕者(執事)たちは、彼らの選挙の前に教会があらかじめ定めた選考基準においても、また選挙の結果においても、「霊と知恵に満ちた評判の良い人」、あるいは「信仰と聖霊に満ちている人」が選ばれたという点です。



そして、それでは、その人々の内に満ち満ちていた「霊と知恵」あるいは「信仰と聖霊」というものは、実際にはどのように用いられたのかということも具体的に書かれています。その例として紹介されているのが、七人の奉仕者(執事)の筆頭に名を挙げられている、ステファノという人物です。



ここに明らかにされていることは、ステファノに限って言えば、この人物に与えられた「霊と知恵」あるいは「信仰と聖霊」が具体的な場面で最も力を発揮したのは、「語ること」においてであった、ということです。



「霊と知恵によって語る」。つまり、彼らが最も力を発揮したのは、御言葉を語ることにおいてであり、また救い主イエス・キリストの福音の反対者や教会の迫害者に対する徹底的な議論を行うことにおいてであったということです。つまり、彼らは、そのこと(語ること)を、彼ら自身の役割である日々の分配や食事の世話もしながら、同時に行っていた、と考えることができるのです。



このことから私が申し上げたいことは、少し厳しい言い方になるかもしれないことです。それは、「私は牧師や長老ではないので御言葉を語る必要はない」という話は、ステファノの例から言えば、成り立たない理屈である、ということです。



明らかなことは、教会の中での分業は悪い意味での“縄張り意識”のようなものとは無関係であるということです。すべての人がこの説教壇の上から御言葉を語るかどうかはともかく、教会の中であれ外であれ、神の御言葉を熱心に学び、教え、宣べ伝えることにおいては、「私は牧師や長老ではないから、そういうことはしなくてもよい」とか、「勘弁してください」と断る理由はありません、ということです。



使徒が「祈りと御言葉の奉仕に専念することにした」と言っているのは、教会のみんなから祈りと御言葉(を語る権利)を奪い、悪い意味で“独占”するためではありません。



伝道は、教会全体の仕事です。そのことを確認しておきます。



(2007年5月6日、松戸小金原教会主日礼拝)