1986年8月24日日曜日

取税人ザアカイ(宍喰教会)

日本基督教団宍喰教会での礼拝説教の原稿
宍喰教会の方々との出会い(右隣は高橋恵一郎神学生(当時))

説教「取税人ザアカイ」

ルカによる福音書19・1~10

「さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持であった。彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。イエスは、その場所にこられたとき、主を見上げて言われた。『ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから』。そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。人々はみな、これを見てつぶやき、『彼は罪人の家にはいって客となった』と言った。ザアカイは立って主に言った。『主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します』。イエスは彼に言われた。『きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである』」(口語訳)。

私が生まれてはじめて訪れたこの宍喰の町での教会奉仕も今日が最終日ということになりました。みなさまのお祈りと励ましによって44日間という日程を全うすることができましたことを心より感謝いたします。

この教会に与えられている大きな使命、数え切れないほど多くの問題について、今ひとたび思いかえすのですが、やはりどうして私のような大任にふさわしからざる小さく愚かしい者を神様がお遣わしになられたのかということは、不思議でなりません。

私のような人生経験のまずしい者が、今まで学んできたこと、今まで生きてきた歩み、考えてきたこと、感じてきたことを全部語りつくしてしまったところで、みなさんにとってはすでによく知っておられることでありまして、わざわざ私の口からして語るに及ばないことに過ぎないと思うのです。

しかし、そうはいいましても、またよくよく思いかえしてみるに、では私のようなものがどうして神学大学などで学んでいるのだろうか、将来伝道者として立たせていただこうとしているのだろうか、ということになると、ますます疑問なのであります。何かおまえに牧師になる資質でもあったから、神様はおまえを選んだとでもいうのか。いや全くそうではなかったのです。

ある世界的に有名な、今日のキリスト教会に大きな影響を与えた牧師先生がこう言ったそうです。「わしがどんなに罪が深くたって、牧師でおれるなどということは、こりゃ何としても合点のいかない恵みですわい」。偉大な牧師先生でさえこのように言われるのですから、私などはほんとに神様の恵みによるほか何もないといえます。

だからして、私はこの夏期伝道においても、私のようなバカ者でさえ選んで下さる神様の大いなる恵み以外語ることを知らないのであります。どんな者をも包みこむ神様の恵みの豊かさ、ただそれだけを今まで語らせていただいてきたつもりです。今日は最後ということで、今までの総まとめ、おさらいをするつもりで聞いていただきたいと思います。

とにかく同じことばかり語ってきたのです。すばらしい説教は何度聞いても心をうたれる、といいますが、未熟な私にはそんな芸当はできません。ただ1つのことを知っていただくほかないのです。私にはそれしかできませんでした。

友達がおもしろいことを言ってくれました。「聖書って金太郎あめみたいだね。どこで切っても、どこを読んでも同じようなことばっかり書いてある。つまらないけど、でもおもしろいね」。私の説教も、きっと金太郎あめみたいだったでしょう。でも、もしそれが聖書的だったとしたら光栄です。これからも金太郎あめのように生きていかれたらと思います。

今日共に開いた聖書の箇所も、結論は、いつもどおり「神、罪人を救いたもう」であります。大変有名な「取税人ザアカイ」の物語であります。教会学校や保育所の子供たちもよく知っているザアカイさんのお話です。わたしたちも今ひとたび、幼子のようになって、神様の救いの恵みについて学びたいと思います。

取税人とは、ローマのためにユダヤの人々から税金をとりたてる人です。ユダヤの人たちから大変きらわれていました。私たちでも税務所ときくと、どうも苦手であるように思います。あまり裕福でない人にとっては税務所が悪魔のように見えたりします。社会のため、国のため、よいことのためと言われても、やはりあまりイイ気がしません。

しかし、このイエス様の時代の人たちがザアカイたち取税人を見るときの感情は、私たちの税務所に対するものと、ちょっと違う性質をもっていました。それというのも、その時代、ユダヤはローマの属州でありました。ユダヤの人たちはローマ帝国の支配下にあって、大変苦しい、辛い目にあっていました。亡国のうき目にあって精神的にも肉体的にも絶望のどん底にありました。その中にあってザアカイたち取税人は、ローマ帝国のために納める税金を、その苦しんでいたユダヤ人たちから取りたてて、ついでにその手数料を高くとって、それで生活している人たちだったのです。

それも、ザアカイは正真正銘、きっすいのユダヤ人でありました。ザアカイという名前は、純粋なイスラエルの名前で、意味も「純粋」というのですから、純くんだか、純一郎くんだか、そのようなものでした。それにもかかわらず、苦しんでいる貧しいユダヤ人を裏切るかのようにして、うらめしい手数料によって富めるユダヤ人であったのです。ローマ帝国に対するユダヤ人のうらみつらみが、最も極度の形で、彼ら取税人に向かっていくのは当然のなりゆきともいえるでしょう。

特にザアカイ、純一郎くんは、取税人のかしらでありました。もっとも財力のある、もっとも大金持ちの、それゆえ、最もうらめしい対象であったわけです。「われわれは苦しんでいる。けれどもユダヤ人であること、神様がわれわれを選んでくださった約束をひとときも忘れたことはない。だけど、あの取税人ザアカイの野郎は何だ。あいつは売国奴だ、裏切り者だ、ひきょう者だ」と思われていたにちがいないのです。

ローマの属州となってしまっている以上、税金をとり上げられることはさけることができませんでした。ユダヤ人たちが何と考えようと、現実はそうでした。

そして、その税金を集める役をだれかがしなければならなかったのです。憎まれ役を誰かが引き受けなければならなかったのです。ユダヤ人としての誇りをもっている人なら、最初からそのような憎まれることがわかり切っているような役を好んでひきうけたはずはないのです。最初からしたくてしたくてたまらなかったわけではないのです。イヤイヤながらはじめたのです。自分をこのような目にあわせたローマ帝国をうらみつつ、ユダヤ人には申しわけないと思いつつ、小さくなりながらはじめたのです。

しかしながら、人間の成金根性といいましょうか、お金の誘惑に対する弱さといいましょうか、次第に自分の立場に誇りをもちはじめ、ほんとにきらわれようが、1人ぼっちになろうが、村八分にされようが、しかたないほどの取り立てをはじめてしまったのです。

いったん信用をうしなったらそれをとりもどすまで最低10年はかかるといわれています。しかしそれも、努力してとりもどそうとしたらの話です。ザアカイの場合、裏切り者として見離され、なお続けて税金のとりたてをしているのですから、2度と見直されることはないことは確実だったのです。そして、それが確実になった以上、共同体から離れて1人で生きていくことに生きがいを見出すほかに生きる道はなかったのです。ザアカイの場合、お金が唯一の生きがいであり、慰めであったのです。

ユダヤ人はもはや誰も私のほうを見向きもしない。しかし、お金は私の思い通りに働いてくれる。私のために光り輝いてくれるという思いだけで、ザアカイは生きていたのです。ザアカイはそのようなものすごい自己分裂の中にいたといってよいでしょう。

ザアカイの内面的葛藤をよくよく理解することもなく、ユダヤ宗教共同体は、彼を罪人として追放しました。お宮では、まじめで信仰深い人たちが取税人を指さして「この取税人のような人間でないことを感謝します」と祈るようになりました。

教育ママが、自分の子供を教育するとき、ぐうたらでできそこないの自分の夫を指さして、「あなたはあんなパパのようにだけは、ならないでちょうだいね。ああいうふうにはなりたくないわねえ」というような具合、ちょうど同じような言われ方を、取税人たちがされていたのだ、と考えればいいと思います。

いや、そんな軽いものではなかったかもしれません。宗教的な群が自分たちの憎むべき相手に対抗する場合、神様の永遠の裁きを願い求めるのです。「あの男はわれわれの神様を捨てたのだ。どうか、あの男を滅ぼしたまえ」と祈られるのです。宗教的に断罪されるということは、究極的で最も根深い、のろわれ方であるのです。人間にとって生き地獄。ものすごい崖っぷちからつきおとされるかのごとく、激烈な絶望の中にたたきこまれるのです。

そのような中に、ザアカイはいたのです。彼にとって、何が慰めとなるというのでしょうか。何が楽しくて生きているというのでしょうか。話し相手も、仲間も、冗談言って笑う友人もいないところで、自分に運命的に与えられた仕事に埋没して、金でももうけている以外、どこに慰めがあるというのでしょうか。

そうです。誰が彼の金もうけを責めたてることができるというのでしょうか。ローマ帝国の支配下にあったのです。自由など何一つ許されない奴隷なのです。いくら正義とはなんだ、律法に絶対そむいてはならないのだ、と確信していることがあっても、それだけをただふりまわしても、現実を現実として生きる段になりますと、そんなことそっちのけで、精一杯、日ごとの糧とひとすくいの生きがいを、とにかく求めなければ生きていけないのです。あいつが悪い、あいつが間違っているという前に、自分たちのまわりの現実に対してもっと忠実になるべきでありますし、その間違っている相手のまわりにある現実を理解しなければならないのです。

ただ、ひとたびユダヤ人の立場に立って、ザアカイのほうを見てみますと、今まで言ってきたようにして、ザアカイのかたもちばかりをしていられなくなるのです。

ザアカイが苦しんでいる貧しいユダヤ人たちから高額の手数料をとって苦しめていたのは厳然たる事実です。いくらわたしたちが非行少年を見るとき、いくらその家庭環境が悪かったの、友達が悪かっだの、ついちょっとという気持ちは誰にでもあるのだからしかたないだとか、人道主義的に同情をよせてみても、彼の行った非行の事実はかくれてしまったりするものではないのと同じです。

私たち説教者がこの説教壇からまちがったことをいってしまって人をつまずかせてしまったときでも、いくらまだ先生は若いからとか、だれでもまちがいの一つや二つはあるもんだとか慰められたところで、その人がつまずいてしまったという事実は全く変わりなく残るというのと同じです。ザアカイは何としても弱い人を苦しめていたことには変わりがないことは認めざるを得ないのです。

では、やはりザアカイはイスラエル共同体から追い出され、憎まれてもしかたがなかったのでしょうか。もともとキリスト教信仰は人道主義とは縁もゆかりもないものなのです。正しいことを正しい、まちがっていることをまちがっているとはっきりということもできないような価値観はもっていません。いくら愛ということを説く宗教であっても、単なる同情心とかなれあいのようなものによって、黒を白としてしまうようなことはしないのです。ザアカイが罪を犯したことは明白なのです。

ではザアカイはいったいどのように裁かれるべきなのでしょうか。ザアカイとユダヤ人たちの前に、ついにイエス様がやってこられました。ひとたびイエス様の判断を仰ごうではありませんか。私たちがどう考えるかは、それからでもいいように思います。

ザアカイはイエス様がどんな人か見たいと思って、とにかくはせさんじました。あ、ザアカイのやつがきた、とユダヤ人たちは思ったにちがいありません。ザアカイは背が低かったとあります。それで集まった群衆にさえぎられたので、イエス様のことがよく見える木の上にのぼったのです。いちじく桑の木はぐねぐねまがっていて足をかけるところがあり、登りやすいのです。上からのぞきこむようにして、下を通るイエス様をながめるのです。

するとイエス様は、その木のちょうど真下にこられた時、真上をみあげられたのです。下からの視線と上からの視線がバチバチとあうのです。「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。ザアカイは驚いたことでしょう。今まで誰も彼のほうをふりむいてくれた人はいませんでした。彼がいると気づくと、かえって目をそらして、フンとでも鼻であざけ笑われたことでしょう。しかし、イエス様は彼を見上げられたのです。偶然ではありません。あきらかに意志をもって、イエス様はザアカイをぎょうしされたのであります。

そして、ザアカイの家に泊まることにしてある、といわれるのです。人の家にとまって寝食を共にするということがどういう意味をもっているか、わたしたちはよく知っているのです。寝首をかかれるといいますが、全く無防備になるのです。首をかかれようが、頭をなぐられようが、いっさいを信頼し、相手に身をゆだねるのです。日本人がおじぎをするのと同じ意味をもっています。イエス様がザアカイに対してあたかもおじぎをするかのごとく、せまっているのです。しかも全く同時に、威厳をもって、力強くせまっておられるのであります。

そして、ザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエス様を迎え入れたのです。ザアカイは他の誰からも見向きもされないこと、そのことには何ら変わりのない中で、イエス様のほうから、友人として、客として入ってこられることによって、見出されるのであります。イエス様は、取税人を軽蔑する人々が群がっている中で、まさに自分たちこそ正しく、ザアカイこそまちがっていると信じて疑わない人々のまっただ中で、罪人であるザアカイと、彼1人をつかまえて、いのちの交流、心の真実なる交わりをはじめられたのであります。

罪人の赦しというのは、まさにこのような形でもって、わたしたちによろこびを与えるのです。これによってまたイエス様も、ユダヤ人たちから軽蔑され、つき従ってきた人々を落たんさせるにちがいないのです。類は友を呼ぶとかいわれて、イエス様もまた、ああ罪人とつきあうような同類かと、さげすまれるのです。イエス様が罪人の労苦と重荷を共に担おうとされるというのは、まさにこのような仕方でしか表わすことのできないものなのです。

今やザアカイは、イエス様のものであり、イエス様に追い求められ、イエス様に引きよせられ、守られているのであります。

そしてザアカイはかわっていくのです。日本には、三つ子のたましい百までとか、あの家にはゴクアクニンの血が流れているとか、人間とは変わることができない者なのだ、一度罪を犯したものは一生涯、また再び罪を犯すかもしれないという不信のまなざしのもとにおかれ、あいつは昔こうだったから、ということにいつまでもこだわられるのです。しかし聖書は人間というものが変わるものなのだ、神様によって赦しの言葉をうけると変わるのだと教えています。

私たちは、神様の教えの正しさをよく知っておりつつ、それに従うことのできない現実の中にいます。正義とは何か、愛とは何か、真理とは何かということを常日頃から学ぶ機会を与えられ、それをよく知っているのですが、現実の不条理の中で、今ここでやらなければならない仕事の中で、ひきょうといわれようと、さげすまれようと、それを見て見ぬふりをしつつ、策略と、小細工をくりかえしながら、商売をし、うまい世渡りをしてきました。人とつきあっている時でも、顔はにこやかにしてやっている時でも、心の中ではペロッとしたを出して、やりすごすことがままあると思うのです。そうでもしなければ、やっていけない、不条理な世界が、今ここにわたしたちの周りをとりかこんでいるように思えてならないのです。私たちもまたザアカイと同じなのです。ザアカイの罪は、私たちの罪でもあるのです。私たちはザアカイなのです。

イエス様はザアカイの罪を一方的に赦しました。ザアカイは、ただイエス様のところへ来た、たったそれだけのことをしたに過ぎないのです。保育所の紙しばいとか、いろいろな注解者が、ザアカイのイエス様のところにきた動機について、ザアカイは友達がいなくてさびしかったのだろうとか、ザアカイは取税人という罪人の仕事の中にむなしさを感じていたのだろうとか、いろいろな空想をこらしていますけれども、聖書にはただイエスがどんな人か見たいと思っていた、としか書かれていないのです。さびしかったとも空しかったとも書いていないのです。

彼はもしかすると、さびしかったのかもしれませんし、空しかったのかもしれません。けれどもまた、もしかすると、ただ単にイエス様の顔がどんな立派なものなのか、イエス様のことをただ見物しにきたのかもしれないのです。どんな立派な話をするのか聞いてやろうじゃないかと、物見ゆさんで来たかもしれないのです。

結局、とどのつまり、私がもしザアカイだったら、このときこういう状態だったにちがいないという想像にまかせるしかないのです。いや、もっというならば、イエス様のところに来た動機などどうでもいいことのように聖書が黙って語っているのだと思いたいのです。

ただイエス様のところに来た、その一事、それが大切なのです。ザアカイは、イエス様のもとにひざまずいて、あのマルタとマリヤの話のマリヤのごとく、弟子入りのスタイルをとって、おもむいていったわけでもないのです。無礼千万、上から見下(おろ)すように、見下(くだ)すといったら言いすぎでしょうか、そのような状態で、イエス様のところに近づいていったのでした。動機も問わない。方法も問わない。それにもかかわらず、イエス様は、ただ御自分のところに「きた」という罪人ザアカイを一方的に赦したのだ、ということを聖書は言わんとしているのではないでしょうか。

私たちは、このような人が教会に来るということが、どうも苦手なのではないでしょうか。動機が不純、教会にきたはいいけれど、あくびはするは、いねむりはするは、ついでにもともと前科者だというと、かんべんしてくれと言いたくなるのではないでしょうか。しかし、そのような人も、イエス様の下にくることによって、その全くもって一方的な赦しの御言葉をきき、うけ入れることによって、そのような人でさえ変えられていくのだということを、このザアカイ物語は語らんとしているのです。

私たちの教会に最初に訪れたときのことを思い出してみてください。動機は、と聞かれて、何か人にほこることができるようなものをもっている人がいるでしょうか。ただなんとなく、とか、親につれられて、友達にさそわれて、とかいうことで精一杯なのです。

しかし、きてみてはじめて、神様のことを知り、その愛を知り、それから自分自身の罪の深さを知り、そして、それをもまた赦し、受け入れてくださる神様の愛のかぎりなきあわれみと忍耐を信じることができるようになり、神様の約束を信じることができるようになったのでしょう。そして、その喜びの中で隣人にもまた、神様に教えられた愛のあり方によって愛することができるようになってきたのでしょう。

決して一朝一夕にわれわれの生活のあり方がかわるわけではありません。長い年月と苦労が必要でしょう。しかし、赦されたという事実は一瞬の出来事であり、われわれの生活のあり方が何ら変わらない時にも、罪のゆるしの事実もまた変わらずにあるのです。地球が自分自身では何ら光をはなつことはないにもかかわらず、太陽がいっぽうてきにこちらをてらすことによって、その光によって地球が光りはじめるのと同じです。

その何らよいことをしないままのザアカイを、先にイエス様がゆるされたことによって、ザアカイは、あふれる喜びのもとに、貧しい人にほどこしをし、今までしてきた搾取を4倍にしてかえそうという思いにみちびかれたのであります。

神様の豊かな愛を知って、自分自身の貧しさ、愚かさ、罪の深さを知り、もう、神様の赦しの御言葉をきかなければ、この先一歩も歩んでいくことができない。神様の赦しの御言葉、ただそれさえいただくことができれば、私は生きていくことができる。そのような群が、教会であります。

イエス様は十字架の上でいったい何を言われたのか、おもい出して欲しいのです。このルカによる福音書は、こう伝えているのです。「父よ、彼らをおゆるし下さい。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。

御自分をまさに無実の罪で死刑台に、十字架にかけようとしている人々の罪をゆるして下さいと、イエス様は神様に向かって祈っておられたのです。私たちは、自分自身が何をしているのか、わからずにいるのです。何となく、世間の流れにまかせて、あるいは根拠のない自分の信念にまかせて、生きていって、神の御子を十字架にかけてしまうのです。だから主は、この祈りを祈りつつ、十字架にかけられて、罪の現実を見なさい、これが人間の罪だと、知らしめてくださっているのです。

ほんとに、どんな話でも十字架にくっつけるとか、キリスト教のことをあまりよく思わない人がいいます。それこそ、たしかに金太郎あめのように、いっつも十字架、十字架って言っているのが、キリスト教会です。二千年いいつづけてまいりました。宗教改革者マルティン・ルターの言葉を引用させていただきます。

「平安、平安と呼ぶ神父にわざわいあれ。
 彼の下には十字架しかない。
 十字架、十字架とつぶやく牧師に平安あれ。
 彼はもはや十字架の下にいない。」

わたしたちは、人間の悲惨な現実をあばきだし、それを見せつけることとは全く無縁なのであります。そんなものは教会の目的でもなければ、手段でもありません。そんなものは私たちが日常の生活を真剣に生きようとしていたら、とっくの昔によく知っていることなのであります。自分の愚かさなど、よく知っているのであります。だから、赦しの言葉、ただそれだけが欲しいのです。

私たちは、この宍喰の町で礼拝を守っております。これから教会が成長していくのだという希望を与えられています。そのときに、わたしたちに与えられている一つの大きな課題は、ザアカイをわたしたちはうけ入れていかなければならないのだということなのであります。

今まで私たちのことを、ああキリストかと言って鼻で笑った人、過去において私たちを何かいやな目にあわせた人、感情的にイケスカない人、そのような人たちが何かのきっかけで教会に訪れて礼拝に出席しようという気になったとき、自分もまたザアカイであったのだ、ということを思いかえし、受け入れることができるか、ということ一点にかかっているのです。

できないのかもしれません。この聖書の箇所に、人々がザアカイをうけいれたかどうか何もかたられていません。この答えはみなさんに与えられた宿題なのかもしれません。

私の召命観というもの、伝道者にならせていただこうということの根本には、終始このことがあると思うのです。私のようなものでさえゆるされたのだ。罪がより深いものほど、赦されたときは多く赦されているのだと。その喜びを人にのべつたえようと。(ここで原稿は終わっている。)

(1986年8月24日、日本基督教団宍喰教会主日礼拝)

1983年9月10日土曜日

玩具の心(1983年)

物語は終りに近づき、盛大な音楽とともに最大級の盛り上がりの場を迎えた。

それは、鬼のような子供のような主人公が彼の親の胸にすがりついて泣いた、と思いきや彼の隠し持っていたナイフは真紅の血と一緒になって彼の手と親の心臓とを連結した。

戦慄は視ている者の健全なる精神をわななかした。それは沈黙以外の何をも要求していない。ハルヲは映画に飽きたので席を立った。

外は恰かも深夜であるかのように、夕闇のゴールデン街は、人々が彼等の時間を楽しみながら多くの人々で賑わっていた。遠くを見遣ると暗い山の稜線が、高く長く遠吠えした。

しばらく目を瞠っていると、近くでラヂオだろうか、テレビからだろうか、標準時を知らせる時報の音が耳の底に響いた。

目をそっと開けたハルヲは、その刹那、自分の位置をふと見失った。心が乱れた。

どこだろう、ここは。ハルヲの瞳には、何だか全く見慣れた風景が次第に明るさを帯びて、初めは羅馬字のように、像として映り始めている。

それは思想であった。恐らく頭脳なのだろうが、今日は胃の調子が悪いのでとても複雑となっていたし、ハルヲの思いと裏腹に、それは忘却の彼方へ押し流されている途中だった。

もうすこし歩くと、彼女がいた。それが誰であるかをハルヲはよく知っていた。女は、白く油気のないきれいな顔をしているのだが、今日は頬のあたりが赤い。その目はとても明るい。モスキートがたくさんたかっている白々とした自動販売機の前で、女はビールを二本買ってじっとつっ立って待っていた。空の月は完全に黒く化した雲の中に、音もたてずに隠れていく。

彼女の方からハルヲに声をかけて来た。

「ああ、もうたくさん。酔っぱらっちゃった。あーあ。ねえ、ハルちゃん、助けてよ、ね。はあ、いいキモチ。はい、ハルちゃんの。」

女はハルヲの分として一本さし出した。

「またやってんのか。そんなにやると体に悪いぞ。」

ハルヲは自分の言葉に忠告を込めてそう言ったつもりだったが、なぜだろうか、同情のようなニュアンスになってしまっている事を自分でも感じた。ともかく彼女の白い手から取り上げて、一気に五臓六ぷを刺戟した。彼女はすると、玩具を取り上げられた子供のように泣きだした。

そうこうしている間にも、彼らの周囲を大勢の人が過ぎ去っていく。何て人の多い街なんだろう。

雨、が降りだした。傘を持っているはずもない二人はともかく通りのつき当りにある駅へかけて行った。酒に弱い彼女は、走るとまわるらしく、多少えらそうだ。

駅へ入ると、ふいにハルヲは大きな声を上げてしまった。彼の目の前を談笑しながら横切っていた女子学生達がビクッとして彼の方に振り向いたので、ちょっと恥ずかしくなってうつむいた。女子学生は互いに目くばせをして、薄笑いを浮べながら歩いていった。

「どうしたの。」

隣の女が尋ねた。その女には名前がなかった。白い肌と明るい瞳をもった女。男はその質問に答えなかった。なぜならその女は名前も無いくせに千鳥足で歩いていたからである。しかしハルヲはその女が好きだった。

大声をあげたのは、追っても追っても逃げていく、あの必死で追いかけていた昨日の記憶を、思い出してしまったからであった。

待合室のベンチに座った彼らは、目の前を通り過ぎていく若い女の、高く整った鼻から立ちのぼる煙草の煙を見つめた。その向こうのベンチでは、背が低く白髪で、髭をのばした老人が、痛そうな腰を用心そうに曲げて腰かけ、駅弁をゆっくりと食べていた。慣れない箸でもないだろうに、その老人は箸を持った手を震わせ、おぼつかない不器用な手つきでご飯粒を口に運んでいる。みると目からは涙がこぼれていた。箸を口に含んだまま老人はじっとうずくまって動こうとしない。箸を伝って涙は弁当さえ濡らしていた。がっくり落ちた肩の上にはえが一匹とまっていた事をハルヲは見逃さなかった。さっき食べた夜鳴きそばの味がビールの炭酸と一緒になって胃のあたりから立ちのぼってくるのをのどに感じ、吐き気をもよおした。

女はいつの間にか駅弁を手にしていた。

「おなかすいちゃった。」

その老人の隣にちょこんと座り込むと、老人のと同じ弁当を楽しそうに食べ始めた。それをハルヲは先程からじっと座ったままで見ていたのだが、その女の顔は、彼女が二十歳であるという事を感じさせない、十五・六のお嬢さんとしかいいようのない見かけだ、と何処かため息をつきながらそう思った。彼は冷笑を浮べると、ふと雨の匂いを感じた。

その時、小さく何かを刻むような音が聞こえてきた。ハルヲは腕に時計をつけていなかったが、駅の時計は音をたてずに何かを刻んでいた、それ以上にその音はハルヲの心臓を刻み、また女の心を刻んだ。その音が次第に大きくなり、誰の耳にもはっきり聞こえるようになり、誰の心の刻音もがユニゾンで共鳴し始めた時、ハルヲの頭の中に列車の警笛が大音響をもって爆発した。

女は黙って遠くを見ていた。満腹感で恍惚でいるが、その目は翳りというものを知らない。赤い頬は湿り気を帯びているが決して油気はない。肩まである髪をふとかき上げたその手の白さが妙に輝いていた。

ハルヲは顔をあげると、そこには別の女性がいた。その女性には、名前があった。

隣に静かに腰をおろしてくる。ハルヲはその女性に何か強くひき付けられるものがあった。いい香水のいい匂いがするが、そう気にならなかった。名前のある女性はとてもいい気持ちだ。知らない女性なのに、その柔らかくて冷たい膝に頭をうずめると、彼女は髪をなでたり、かきむしったり、もて遊んだ。



ハルヲは、ひどく長い夢を見た。

やけに蒸暑い潮風にのって夕日の赤が男の顔に付着した。彼は無くて体は形容詞だった。心は宙を舞い、常に新奇な刺戟の一単位を欲求した。新奇は実は陳腐の極限であるが彼は無知で無視した。彼の内部では、男はロマンで女はサスペンスだったが、夜空に浮かぶハーフムーンは暗黒の砂漠だった。彼は物質認識に偏屈だった。

彼は二年前、思想を排泄してしまったので、彼は単なる無秩序な馬鹿だった。だが自己陶酔症の狂人よりはまだ人に好かれた。

夕日の赤は彼の鼻先から飛びたったが、それは彼の生活の陳腐性を明示していた。

彼は馬鹿と呼ばれる事をひどく恐れた。なぜなら彼の内部にある馬鹿はまさしく彼であって、彼自身の具体に訴えかけられる馬鹿はこの世に存在しないからである。それは馬鹿というものの性質の上で大きな役割を果たしているのだ。(夢はしばしば、つじつまが合わない。)

思想は玩具だ。所有する事によって心に安心と快楽を、また壊れる事によって不安と絶望をもたらす。そして人からもらう事も捨てる事も取り代えることも可能である。

しかしその男は玩具を捨てたのである。小人が成長するとそうするように。

ハルヲは目が覚めた時、その夢を思いかえしてみて、その男はまさに彼の目標としている人間像かもしれない、と思った。ハルヲは何か物事を考え始めると、苦しい程に胸が高まる。それは恰かも他人に聞こえるが如く、心臓が大きな音をならすのであった。それが苦痛であった。

ハルヲは抽象的事象とか、理論とかそういうものが決してきらいではないのだが、理屈いって人にきらわれたりする事がいやだったのだ。

朝の光は、妙に冷たい風を伴ってハルヲの目を刺戟した。

「おはよう。」

名前の有る女だ。(ここはどこだ。)

彼女は服を着ているというよりはむしろ、着ていないのではないかというのが当たっていた。長い髪は懇意に愛撫された後らしく、ドライヤーの熱を帯びて香る。嗅覚が敏感なハルヲは、いい匂いに興奮する、変でもない生理を持っていた。

部屋を見回したハルヲは、その部屋に時計というものが無い事に気付いた。

「時計はどこ。」

「ここよ。」

女はそういってハルヲのジャンパーを箪笥から出し、そのポケットから外国製の時計を取り出した。それは彼のジャンパーから出てきたにも関わらず、彼のではなかった。

「あげるわ。」

黙ったままハルヲはそれを受取り、時間がもう昼に近いと知ると、起き上がってもうすでに出来上がっていた朝食を食べた。名前のある女と食べる初めての朝食は、とてもまずかったので、ハルヲは一晩だけの知り合いなのに、その女の事を一生忘れなかった。

ハルヲは、何かたわいのないどうでもいいような事を自分の浅はかな知恵と思慮の中でかき混ぜ、溶かし固めながらひとつの自分なりの結論を見いだしては、その行為を楽しんでいるのかと言えばそうではなく、むしろそれを苦痛としている、そんな癖があった。それが無意味なものであればある程結論はよりアイロニカルにどろどろとしてくる、それにさえ快感ではなく不快感を感じてしまう自虐的な皮肉屋だった。彼は情熱・熱中・青春といった一連の用語を忌み嫌っていた。なぜなら、それらはモラトリアム期における自己陶酔の結果としての情動の偏向性および自己忘却という目も当てられない程の低俗性、幼稚性の自認を意味しているにも関わらず、それらの欺マン的効用の有効性の方ばかりに誰もが傾けて使うからである。彼は最大の弱点を持った。それは若さであった。いくら物事に批判の視点を見出だし、自分の理想とする心象との差異をいかにして表現し、自分の方に正義と真実の軍配をあげる事による自己の存在意義の明示を欲しても、宿命的若さゆえ時間という辞引からのヴォキャブラリイを彼は取得する事が不可能な為、それが可能な大人達に勝利する事ができないのである。だから彼はいくらそんな用語が嫌いで、この世から消え去ってしまえとさえ思っても、批判の対象というよりは皮肉の対象とした。シニシズムにはしる事が唯一大人に勝てる方法だった。(外国製の時計はもう狂っている。)

だが彼は、そんな冷めた性格を持つ一面、嗅覚といった原始的な感覚に自分の感情をまかせているという面を同一方向に所有していた。確かにそれは矛盾としか名付けようがないが、それに対して彼は決して弁護をしなかった。なぜなら矛盾弁護の行為を客観視する事によってそんな行為こそがモラトリアム的行動の展型であるのだ、と彼は自覚していたからであった。しかし、そんな事は今の彼にとって全くどうでもいい事でもあった。

家に帰ると、名前のない女が部屋の中で待っていた。同い年なのに、三つ位年少に見える。彼女は今度は煙草をのんでいた。小さくすぼんだ唇の真ん中からヒュウとばかりにハルヲの顔に煙を吹きつけたその女は、小悪魔の様に笑った。(その女には、本当は名前がある事をここで白状したい。)ハルヲはアキコが顔に吹きかけてきたその匂いを嗅いで、その死臭にもがいた。

朝霧の中のゴールデン街は、それがひどく閑散としていて、石一個蹴飛ばすだけで街全体の人々が目を覚ますのではないかと思われる程冷たい動かぬ空気が張りつめていたので、散歩に出かけたアキコは、この街のはずれに位置するハルヲの下宿を出る折ひどくおびえた。何となくそれが義務であるかのように街を忍び足で歩いてその道の終わりまで来た時アキコは、よういどんとばかりに走りだした。

アキコのいってしまった後のハルヲの部屋は、それが急速に冷却されていくのを肌で感じながら、その冷気は雀が連れてきたのだと誤解を信じたくなるような、外の雀たちの鳴声が時間と共に騒々しさを増した。

胃の調子、今日も悪いな、とハルヲは胃の辺を押えながら思った。吐き気がして吐いた。

(『朝日文学』岡山県立岡山朝日高等学校生徒会文学部、1983年(昭和58年)9月10日発行)