2022年10月30日日曜日

御国を待ち望む(2022年10月30日 永眠者記念礼拝 宗教改革記念礼拝)


日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

旧讃美歌 320番 主よ、みもとに
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

関口 康

「ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。」

今日は「永眠者記念礼拝」にお集まりいただき、ありがとうございます。特に遠方からご出席くださった方々に特別な感謝を申し上げます。

時々お尋ねがあります。「キリスト教には仏教で毎年行われる何回忌などの法事はないのか」というご質問です。私がいつもお答えするのは、「しなければならない」とか「してはいけない」というルールはなく、すべて自由ですということです。「してもいい」し、「しなくてもいい」です。

そういう答え方をしますと曖昧で分かりにくいと思われて、「キリスト教は難しい」という反応が返って来ます。ご質問の意図は理解しています。面倒な理屈ではありません。だいたいその線を守れば大丈夫と安心できる相場ないし基準をお知りになりたいはずです。

しかし、キリスト教の立場で、どうしても譲ることができないことがあります。教会は経済的・社会的に弱い立場にある方々の生活状況に配慮しなくてはなりません。ご家庭にご負担がかかるようなことを「これは教会のルールだから」というような仕方で押し付けることは、してはいけませんし、したくありません。イエス・キリストは弱い立場の人々の側に立ちます。わたしたち教会はイエス・キリストの弟子です。

しかし、ご遺族にとっては何もしないのは寂しいことですし、不安なことでもあるでしょう。だからこそ教会は合同記念会を毎年行います。全世界の教会で行われます。11月1日が「諸聖徒の日」。「万聖節」とも呼ばれます。西暦4世紀以来の伝統です。

前日10月31日が「ハロウィン」です。またハロウィンと同じ日が「宗教改革記念日」です。すべては関係しています。なぜ宗教改革記念日が諸聖徒の日の前日なのか。ひとつは宗教改革の意図が当時のカトリック教会の死と葬儀についての理解に対する批判だったから。もうひとつは、諸聖徒の日に教会に人が大勢集まるから、です。だからこそマルティン・ルターは諸聖徒の日の前日に教会の前に「95か条の提題」を貼りだしました。しかし、今日は宗教改革について詳しくお話しするいとまはありません。

今日申し上げたいのは、キリスト教の歴史が二千年以上続いているということは、わたしたちと同じこの信仰を抱いて召された多くの先達がたの歩みなしにはありえない、ということです。その多くの方々の中に、今日わたしたちが思い返す昭島教会の歴史的歩みをお支えくださった方々とそのご関係の方々がおられます。

本来でしたら、おひとりおひとりの生前の思い出を語らう場であるほうが望ましいことです。しかし、教会がなすべきこと、教会にできることは、今日思い返すおひとりおひとりが、抱いて召されたその「わたしたちと同じこの信仰」とは具体的に何なのかを確かめ合うことです。

少し言いにくいことを申し上げます。今日お集まりの皆さまの中に、正直に言えば教会のことがあまりお好きでないとお感じになっている方がおられるかもしれません。お父さんお母さんご兄弟が、あまりにも熱心に教会に通い、家に帰れば聖書の話、教会の話ばかりなのがつまらないと反発なさった方がおられるかもしれません。

今日は私の話をする日ではないので個人的なことを申し上げるのはなるべく控えます。しかし、ほんの少しだけお許しいただけば、私も10日ほど前に永眠者の遺族になりました。それで先週の日曜日は体調を崩してしまいました。申し訳ありません。私の母も兄も、父の葬儀後、しばらく具合が悪かったようです。家族を失うと何が起こるのかを、具体的に体験できました。皆さまが体験なさったこと、皆さまのお気持ちに少しでも近づくことができたように思います。

10日前に亡くなったのは父で、母は存命しています。私の両親もきわめて熱心な部類の教会員でした。両親とも公務員で、私も兄もいわゆる「鍵っ子」で、平日は誰も家にいなくて寂しいのに、日曜日は朝から晩まで「教会、教会」で、家族で旅行に行ったり遊園地に行ったりしたことがありませんでした。

それでも今の私が教会で牧師の仕事をしているのは、私が両親と同じくらいに熱心だったからではありません。むしろ逆の気持ちでした。両親がそこまで熱心になるキリスト教とは、教会とは、いったい何なのかを知りたくなりました。それを知るためには教会内部の奥深くまで入ってみなければ分からないだろうと思ったので牧師になることにしました。

しかし、私のような変わった考え方をする人ばかりでないこともよく分かっているつもりです。家に帰ると教会の話ばかりする親とは付き合いにくいとお思いになる方は少なくないでしょう。私が皆さんのお父さんお母さんおひとりおひとりにお尋ねしたわけではありませんが、だいたい分かります。みなさんに伝えたかったことがおありだったのです。

今日の聖書箇所に「命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ」(22~23節)と記されています。ほとんど同じ言葉がその後でも繰り返されていて、「あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな」(29節)と記されています。そして、「それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである」(30節)とあります。

イエスさまがおっしゃっているのは、あなたがたには食べ物も飲み物も着る服も不要であるということではありません。正反対です。すべて必要であることを「父」なる神がご存じであるとおっしゃっています。

しかし、強いて言えば、食べ物も飲み物も着る服も、それを得たら終わりではないでしょう。食べて飲んで、暑さ寒さをしのげる服を着て、それでどうするかが大切でしょう。衣食住は目的というより手段でしょう。目的でなくて手段であるから大事ではないという意味ではありません。しかし、どこへ行くか、何をするかがはっきりしていると衣食住の意味が変わってくるでしょう。イエスさまがおっしゃっているのは、そういうことです。

同じところをぐるぐる回ることが悪いわけではありません。散歩することもジョギングも大事です。しかし、ひとつの目的や目標をもって、ゴールを目指してまっすぐ進むことも大事です。目標が定まれば、そこから逆算して、その目標にたどり着くまでの準備として何をしなければならないかが分かるので、早く目標を決めなさい、というのは、受験を控えた受験生たちに学校や親が口を酸っぱくして言うことです。

イエスさまが弟子たちに教えた目標は「ただ、神の国を求めなさい」(31節)ということです。この話は今しにくくなりました。カルト宗教のようだ、と思われてしまう可能性があります。

しかし、今日お集まりの皆様にはお分かりいただけるでしょう。今日この場所は、皆様の大切なご家族が熱心に作り上げた昭島教会です。「神の国」すなわち「御国」とは、神が支配しておられる全領域を指します。亡くなってからしか行けないところではなく、「教会」も「神の国」です。ここにしかないもの、他で味わうことができない平安と祝福が「教会」にあります。これからもぜひ教会においでください。

(2022年10月30日 永眠者記念礼拝 宗教改革記念礼拝)

2022年10月16日日曜日

山上の説教(2022年10月16日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

讃美歌21 504 主よみ手もて
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

「山上の説教」

マタイによる福音書5章1~12節

関口 康

「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」

今日の聖書の箇所はマタイによる福音書5章1節から12節までです。イエスさまが山の上から説教されたという意味で「山上の説教」と呼ばれてきた箇所の最初の部分です。

「山上の説教」は5章から7章まであります。一度にすべてをお話しすることはできません。今日取り上げますのは新共同訳聖書が「幸い」という小見出しを付けている段落だけです。

しかし、この今日取り上げる「幸い」という部分こそが、5章から7章まで続く「山上の説教」全体の焦点です。法律でいえば憲法に当たる、最も基本的なことが語られている部分です。

「何々な人々は幸いである」と9つ出てきますが、最後の11節と12節は10節の「義のために迫害される人々」に含まれると考えることができるので、この箇所が「8つの幸い」や「八福(はちふく)」などと呼ばれることがあります。カトリック教会は「真福八端(しんぷくはったん)」と言うそうです。

また、8つの幸いが無秩序に並んでいるのではなく、3つのグループに分けることができます。第1グループは、3節から6節までの4つの幸いです。第2グループは、7節から10節までの4つの幸いです。そして第3グループは11節と12節ですが、先ほど申し上げたことから言えば第2グループに含めるほうがよいとも考えられますが、11節と12節に出てくるのは「わたし(イエスさま)のために迫害される人々」に限定されていますので、別グループのほうがよいとも考えられます。

第1グループと第2グループの差は、わたしたちの常識的な感覚や判断に逆らっているという意味で、逆説性が強いか弱いかです。

逆説性が強いのは第1グループです。「心の貧しい人々」(3節)、「悲しむ人々」(4節)、「柔和な人々」(5節)、「義に飢え渇く人々」(6節)が「幸いである」(?!)と言われているのですから驚きです。多くの人々は「正反対ではないか。それは不幸なことに決まっている」と感じるに違いありません。

「柔和な人々」(5節)が「幸いである」と言われているのは逆説ではないのではないかとお考えになる方がおられるかもしれません。しかし、これは逆説です。

このマタイ5章5節は詩編37編11節(旧約聖書869ページ)に基づいています。またヘブライ語とイエスさまがお用いになったアラム語とで「柔和な人々」は、第1グループ最初の「心の貧しい人々」と語源が同じです。つまりそれは否定的な意味を持つ言葉であるということです。

言葉の意味は「温和な性格で、短気でなく、すぐに腹を立てたりしない」など良いこと尽くめのようですが、裏返せば「何をされても反撃しない、あきらめて黙って忍耐する」という意味です。それは「飼い慣らされた、家畜のような」という意味です。それを肯定的な意味だととらえるのは、そういう人々を迫害し、支配したい側の人々の発想です。イエスさまは、そちら側の立場にはおられません。

しかし問題は、なぜイエスさまは、あえて常識に逆らうようなことを言われたのかということです。「幸いである」と訳されているギリシア語(マカリオス)は、長生きしている人々、財産や家族や地位や名誉に恵まれている人々を指して用いられる言葉でした。それは古代ギリシア・ローマの価値観に基づいていますが、西暦1世紀のユダヤ人たちもその影響を強く受けていましたので、言葉の用い方は同じです。イエスさまがその価値観と正反対のことを、意図的・対立的に言われたのです。

しかも、逆説性が強い第1グループの中で、イエスさまが明らかに最も中心に置かれているのは、最初の「心の貧しい人々は、幸いである」という教えです。「心の豊かな」人々ではなく「心の貧しい」人々が「幸いである」とイエスさまが言われました。

この件に関しては、ルカによる福音書の並行記事(ルカ6章20節)に「心の」がつかない「貧しい人々」が「幸いである」と記されていますので、どちらのほうがイエスさまの真正のお言葉であるかについて議論があります。元々のイエスさまの言葉に「心の」があったのをルカが省略したのでしょうか、それとも、元々無かった「心の」をマタイが追加したのでしょうか。その議論に立ち入るつもりはありませんが、ルカのほうも経済的社会的貧困だけを意味していないということを指摘しておきます。

イエスさまが言われた「心の貧しい人々」に近い旧約聖書の言葉があります。それはすべてイザヤ書の中に出てくる(57章15節、61章1節、66章1節)「打ち砕かれた心の人」という言葉です。イザヤ書の場合は、経済的社会的な意味での貧困経験の中で、差別や偏見や冷笑や罵倒などを受けて心理的・精神的・霊的に疲れ果ててしまい、心が完全に折れてしまった人たちです。

「私がこんなに苦しんでいるのに、神は何もしてくれないし、何も言ってくれない。そんな神は要らないし、神など存在しないと言うほかない。生きる意味も分からないので死ぬしかない」と人生と世界と神に完全に絶望した人たちです。

そうである人たちは、いつも固定しているある一定の社会的貧困層に属する人たちに限りません。いつでもだれでも、その立場に置かれうる可能性があります。油断も隙も無い競争社会の中で、何かの拍子に足を滑らして、あっという間に生活だけでなく精神的に打ちのめされてしまうことがあります。

いま申し上げていることを私はまるで他人事のように言っていますが、全くそうではありません。しかし、今は私の話をする時間ではありません。私のことなどよりもはるかに大事なことがあります。

それは、マタイが記しているように「心の貧しい人々」であれ、ルカが記しているように「心の」がついていない「貧しい人々」であれ、そうなることは、いつでもだれでも起こりうることではありますが、実際に自分がそうなったということを自覚するのは実際にそうなった瞬間であるということです。実際に自分が経済的にも精神的にも空っぽの無一文になるまで、人は自分が「貧しい人間」であることを受け容れることができないし、自覚もできないということです。

わたしたちは、すべてを失う最後の最後まで、まだチャンスがあるかもしれないと期待し続けています。そうなるかもしれないといくら予測していても、すべてを完全に失うまであきらめていません。だからこそ、完全に失ったときの絶望が恐ろしいのです。いま自分が立っている地面か床の板が突然抜けて、真っ逆さまに落ちる感覚を味わうのです。

しかし、わたしたちは、まだすべてを失っていないし、すべてを失うことはありません。床が抜けて真っ逆さまに落ちても、そこで受け止めてくださり、しっかりと支えてくださる「神」がおられます。イエスさまがおっしゃっているのはそのことです。すべてを失って絶望している人々のために天の国があります。神はその人々に永遠の命と居場所を用意してくださる方です。それは死後の世界という意味だけではありません。イエス・キリストの十字架の愛を信じる信仰に基づく交わりを意味します。

「心の貧しい人々」とは「神に来ていただく場所が心にある人」のことです(ファン・ルーラー)。熱心な信仰の持ち主という意味ではありません。むしろ空洞です。むしろ完全に空しい心です。むしろ絶望です。その空洞の中に神が入ってくださいます。喜びと希望と力を与えてくださいます。

(2022年10月16日 聖日礼拝)

2022年10月9日日曜日

主イエスの愛(2022年10月9日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

讃美歌21 ああ主のひとみ 197番(1、4節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

教会創立70周年記念礼拝のポスターPDFはここからダウンロードできます




「主イエスの愛」

マルコによる福音書14章53~72節

関口 康
「ペトロは『鶏が二度鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』とイエスが言われた言葉を思い出して、いきなり泣きだした。」

今日の聖書の箇所は、マルコによる福音書14章53節から72節までです。この箇所に描かれているのは、わたしたちの救い主イエス・キリストが、直接的なきっかけとしては、12人の弟子のひとりだったイスカリオテのユダの裏切りによって身柄を拘束され、その直後に最高法院に連行され、裁判をお受けになるまでの状況です。

最高法院(サンヘドリン)とは、ローマ帝国の属国だった頃のユダヤの宗教と政治を司る人々の自治組織というべきものでした。メンバーは議長を含めて71人。ただし、会議は23人以上の出席で成立しました。3分の1です。このときは最高法院の「皆」(53節)が集合したとマルコが記していますが、もし仮に3分の2の議員が欠席しても会議は成立しました。

もちろん全員ユダヤ教徒です。ユダヤ教の聖職者の中のサドカイ派の代表者、ファリサイ派の律法学者と長老、信徒、そして聖職者ではない貴族の中から選ばれた人々で構成されました。

イエスさまの裁判が行われた場所は「大祭司の屋敷」でした(53節)。「大祭司」とはユダヤ教の祭司職の最高の地位にある人。当時の大祭司はカイアファでした(マタイ26章57節、ヨハネ18章24節)。カイアファが大祭司だったのは西暦18年から36年までです。

この最高法院の人々がイエスさまに死刑判決を言い渡しました。しかし、そのやり方は拙速、強引、卑怯でした。死刑判決が言い渡される可能性がある裁判の場合は、その前に2回の公聴会を行う義務がありましたが、このときの公聴会は1回で、その直後に有罪判決が下されました。

最高法院の会議はかろうじて2回行われました。しかし調査結果は事前に決定されていました。しかも、2回行われたのは、死刑宣告を夜中に行うことが禁じられていたからです。「夜が明けるとすぐ」(15章1節)2回目の会議を行ったのは、一刻も早く死刑宣告をしたかったからです。

最高法院のメンバーが休んでいた夜、イエスさまは見張りの人たちから徹底的に暴行を受けておられました。侮辱され、殴られ、目隠しをされて「お前を殴ったのはだれか。言い当ててみろ」と罵倒されました(ルカ22章63~64節)。しかし、イエスさまは何もお答えになりませんでした。

裁判に必要な公聴会の目的は判決結果の正当性を保証するための証言を得ることです。被告に不利な証言だけを集めるための公聴会は公正ではありません。死刑判決の場合はなおさらです。

しかし、最高法院の人々の目論見は成功しませんでした。死刑判決には有罪証言の完全な一致が必要でしたが、多くの人々の証言が食い違い(56~59節)、完全な一致には至りませんでした。このときもイエスさまは、何を言われても何もお答えになりませんでした。

そこで大祭司カイアファが立ち上がり、イエスさまに「何も答えないのか、この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか」(60節)と言いました。それでもイエスさまは黙っておられましたが、大祭司が最後に投げかけてきた「お前はほむべき方の子、メシアなのか」という質問に対してだけ、「そうです」とはっきりお答えになりました(61~62節)。

それが有罪判決の理由になりました。大祭司は衣を引き裂きながら「これでもまだ証言が必要だろうか。諸君は冒瀆の言葉を聞いた。どう考えるか」(63~64節)と言いました。

当時、何が「冒瀆」の罪に該当するかについての議論がありました。「冒瀆」の意味は「神へと手を差し伸べること」、すなわち、だれかが神と人間の境界を越えて、神と同等になること、神と共に人を裁く者であることを宣言することです。冒瀆罪の刑罰は石打ちによる死刑です(レビ記24章16節、民数記15章30節)。

イエスさまがその罪を犯したと、大祭司の耳に聞こえたので、最高法院の人々に「諸君はどう考えるか」と尋ねました。結果は満場一致可決です。しかし、イエスさまは石打ちの刑ではなく、十字架にかけられました。それはイエスさまに対する彼らの憎しみがエスカレートした結果です。

その最高法院の裁判と公聴会の様子を、イエスさまがおられた位置から遠いところからでしたが、使徒ペトロが見ていました。ただし、イエスさまの弟子であることを隠し、大祭司の屋敷の中庭まで入り、下役たちと一緒に座り、火に当たって体を温めていました(54節)。

その場所が「下の中庭」(66節)と呼ばれているのは、会議が行われていたのは建物の2階で、ペトロがいたのは1階の建物の外だったことを示しています。ただし、そこには「出口」(68節)があり、道路から隔絶された閉鎖空間でした。そこにペトロはなんらかの仕方で入ることに成功しましたが、素性が知られると確実に逮捕されたであろう、非常に危険な状態にありました。

そしてペトロはその危険に遭遇しました。そのときの様子が66節以下の段落に詳しく記されています。「大祭司に仕える女中の一人が来て、ペトロが火にあたっているのを目にすると、じっと見つめて言った。『あなたも、あのナザレのイエスと一緒にいた』」(66~67節)。

そう言われたペトロは「あなたが何のことを言っているのか、わたしには分からないし、見当もつかない」と否定しました(68節)。このペトロの否定の言葉には、まだイエスさまを否定することまでは含まれていません。言っていることの意味が分からないと、とぼけているだけです。しかし、ペトロは自分の身の危険を察知して、中庭から逃げるために「出口」に向かいました。そのとき1回目の鶏の鳴き声が聞こえました。

しかし、その女性は、逃げようとする人間は怪しいと、周りの人々に「この人は、あの人たちの仲間です」と騒ぎ始めたので(69節)、再びペトロは否定しました(70節)。2回目の否定です。

しかし、女性が騒いでいる声を聞いた人たちが「確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者だから」と追及しはじめました。エルサレムの人たちがペトロの言葉に混ざるガリラヤ地方の方言に気づきました。するとペトロは、「呪いの言葉さえ口にしながら、『あなたがたの言っているそんな人は知らない』と誓い始め」ました(71節)。

3回目の否定は1回目より深刻です。「言っていることの意味が分からない」から「そんな人は知らない」へ話が進んでいます。2回目の否定の言葉をマルコは記していませんが、「あの人たちの仲間だ」と言われたのを否定したのですから「仲間ではない」と答えたはずです。3回目はついに、イエスさまとの関係を完全に否定しました。そのとき2回目の鶏の鳴き声が響き渡りました。

しかし、ペトロがそうなることをイエスさまがあらかじめご存じだったというのが聖書の証言です。しかもイエスさまには、ペトロの弱さを断罪するお気持ちはありませんでした。むしろ、彼を完全に赦しておられました。そしてそのイエスさまの赦しの福音があったからこそ、ペトロは初代教会のリーダーになることができました。

イエスさまにとって、そしてイエスさまの福音に拠って立つ教会にとっても、「人間の弱さ」は断罪の対象ではありません。擁護され、愛されるべき対象です。教会は弱い人の味方です。

(2022年10月9日 聖日礼拝)

2022年10月2日日曜日

最後の晩餐(2022年10月2日 聖日礼拝)

創立70周年記念礼拝(11月6日)のポスターができました
上の画像をクリックするとPDFをダウンロードできます
ぜひご活用ください
日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

讃美歌43番 みかみのたまいし(1、5節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん




「最後の晩餐」

マルコによる福音書14章10~26節

関口 康

「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。『取りなさい。これはわたしの体である。』」

今日の礼拝から、完全に元通りではありませんがコロナ流行前の礼拝順序に戻すことを、先月の役員会で決めました。いま申し上げたことは正確ではありません。詳しく言う必要があります。

2019年12月から始まった新型コロナウィルスの世界的感染に対応するために日本政府が緊急事態宣言を発出した2020年4月7日から5月25日まで当教会は各自自宅礼拝に切り替えました。

宣言解除後しばらくは元の形の礼拝を続けましたが、再び日本政府から緊急事態宣言が2021年1月8日から3月21日まで発出されたときに各自自宅礼拝を再開しました。しかし、そのときは感染対策の方法がそれ以前より分かるようになりました。それで、2度目の緊急事態宣言はまだ解除されていませんでしたが、2021年2月28日の日曜日から礼拝堂での礼拝を再開しました。

そして、その日から「短縮礼拝」に切り替えました。およそ1年半前からです。具体的な変更点は、懺悔の祈り、詩編交読、讃栄、説教後の讃美歌を割愛し、聖餐式を取りやめ、説教の長さを3分の2(約20分)にし、冒頭の讃美歌を最初と最後の節だけを歌うことにしました。この形にすれば、礼拝開始から終了まで、ちょうど1時間(60分)にすることができました。

詳しく申し上げる理由は、1年半も続けた「短縮礼拝」をすぐに元通りに戻すと疲れてしまうので、段階を踏む必要があることをご説明したいからです。何ごとにもリハビリ期間が必要です。説教の長さは、しばらく短いままにします。「元に戻さないでほしい」というご意見があれば考慮します。讃美歌についても、ただちにフルコーラス歌う形に戻さず、少しずつ戻すことにします。

しかし、聖餐式に関しては、毎月のように役員会で相談していますが、再開する決断に至っていません。今日は教会暦の「世界聖餐日」です。しかし決断できません。誤解されたくないのは、わたしたちは聖餐式を面倒くさがっているわけではないという点です。私ひとりが自分の考えで聖餐式を止めているのでもありません。あくまでも感染症拡大防止の観点から延期しています。

聖餐式の考え方について、石川献之助先生とも鈴木正三先生とも秋場治憲先生とも相談したり議論したりしたことがありません。しかし、特に何も言わなくても、理解に齟齬はありません。牧師たち同士の間だけでなく、教会の皆さんとの間でも同じです。

完全に一致できると思うのは、聖餐式は「飲食」であるという点です。だからこそ取りやめています。「教会」は「家族」にたとえられる存在ですが、ふだんから同居する関係ではありません。

病院や高齢者ホームでは家族との面会を禁じている状況が続いています。キリスト教主義学校の礼拝でみんなで讃美歌を歌うことをやめています。だれも面倒くさがっていません。どの団体も、どの施設も、自分の命のように大切にしてきたことを我慢しています。

教会にとっての聖餐式の重要性は、私が声を大にして言いたいことです。しかし、再開しうる段階にまだ至っていないというのが現時点の役員会の判断です。ご理解いただけますと幸いです。

今日の聖書の箇所は、前後の文脈が分かるように長く朗読していただきました。今わたしたちが取りやめている「聖餐式」の出発点であるイエスさまと弟子たちの「最後の晩餐」の箇所です。

同じ状況が描かれた並行記事がマタイによる福音書26章26~30節(53ページ)、ルカによる福音書22章15~20節(153ページ)、コリントの信徒への手紙一11章23~25節(314ページ)にあるということが今日の箇所に新共同訳聖書がつけた小見出しの中に記されています。

ヨハネによる福音書が含まれていないことにお気づきになった方は鋭いです。しかしヨハネが最後の晩餐を描いていないと考えるのは間違いです。説明するのが難しいですが、まるでヨハネ福音書全体が「最後の晩餐」の描写であるかのようです。

「言は肉となった」とイエスさまの肉体性を強調する言葉が出てくるのは、ヨハネ福音書1章14節です(163ページ)。「わたしが命のパンである」というイエスさまの御言葉が記されているのはヨハネ福音書です(6章35節、175ページ)。「飲食」と関係するのは肉体性を持つ存在です。

また、ヨハネ福音書13章から17章は、最後の晩餐の席でイエスさまがお語りになった「遺言」です。特に15章1節の「わたしはまことのぶどうの木」という御言葉が聖餐式との関係において重要です。しかし、たしかにヨハネ福音書には、イエスさまがパンを裂いて弟子たちにお与えになり、杯も同じようになさったことについての描写はありません。

前後の文脈が分かるように長く朗読していただいて、何が分かるのかと言えば、イエスさまと共に「最後の晩餐」を囲んだ12人の弟子たちの中にイエスさまを裏切ったイスカリオテのユダが含まれていたことです。しかもイエスさまはユダが裏切ることをご存じでした。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人で、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている」(18節)と、イエスさまがはっきりおっしゃっているとおりです。

イエスさまはユダの不意打ちに遭われたのではありません。すべてご存じのうえで、これから起こることからお逃げにならず、ユダを排除なさらず、それどころか、パンと杯をご自身の体と血にたとえられて、それらをお分けになり、12人の弟子たちひとりひとりに手渡されました。

イスカリオテのユダだけを悪者にすべきではありません。ペトロもそして他の弟子たちも結局最後は全員逃げてしまいましたので、全員がユダと同罪です。しかし、そのこともすべてイエスさまはご存じでした。ご存じなかったのであれば、すべては不意打ちだったことになりますが、もしそうだったとすれば、イエスさまは十字架の上で、裏切った弟子たちひとりひとりの名前を叫び、「あの者たちもわたしと同じように十字架につけよ」とおっしゃったでしょう。

しかし、そうではありませんでした。イエスさまは、すべてをご存じのうえで、すべてを受け容れ、弟子たちひとりひとりを心から愛し、御自身の体と血、御自身のいのちそのものを彼らに託し、お献げになりました。それがイエスさまと弟子たちの「最後の晩餐」です。

私が「最後の晩餐」(Last Supper)について思い巡らすたびに考えこむのは、「最後」(last)の意味は何かということです。イエスさまの「地上の生涯の最後」の晩餐になりましたが、それは結果論です。わたしたちの人生は、いつが最後なのかがあらかじめ分かるものではありません。

しかし、今回、ひとつたどり着くものがあったのは、今日のこの食事が「弟子たちとの最後」の晩餐であることは、あらかじめ分かる、ということです。「別離」は自然的に起こるだけでなく、自分の自覚と明確な意志をもって行うことでもあります。

ユダやペトロや他の弟子たちの裏切りも、御自身の死も、イエスさまにとって偶発的なことではなく、御自身の意志で選び取られたことです。それは罪人を赦し、受け容れ、愛してくださるイエスさまの深い愛の意志です。

「最後の晩餐」を思い起こし、記念するのが「聖餐式」です。状況が整い次第、再開します。

(2022年10月2日 聖日礼拝)