2022年4月10日日曜日

祈りの家(2022年4月10日 聖日礼拝)


宣教「祈りの家」関口康牧師
讃美歌21 うつりゆく世にも 299番(1、4節)
奏楽・長井志保乃さん、字幕・富栄徳さん

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 「祈りの家」

マルコによる福音書11章15~19節

関口 康

「わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。」

今日の聖書の箇所は、時代や状況にかかわらず読みにくいし、話しにくい内容を含んでいます。最も端的にいえば、イエスさまが誰の目で見ても明らかな仕方で暴力行為に及ばれました。

事の発端はイエスさまと弟子たちがエルサレムに到着され、エルサレム神殿の境内に入られたことです。そのとき初めてご覧になったわけではなく、ずっと前から同じ光景だったに違いありませんが、神殿の境内で商売をしていた人たちをイエスさまが力ずくで追い出され始めました。「両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返され」(15節)ました。「境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった」(16節)とも記されています。

この事件は4つの福音書すべてが記しています。ヨハネによる福音書には「イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒した」(2章15節)ことまで記されています。

「縄で鞭を作られた」という点は特に重要です。意図的ではなかった、あくまで偶然の出来事だったという言い逃れは成り立ちません。明確な意図があり、激しい感情を伴い、物理的な暴力をもって、神殿から商売人と商売道具のすべてを排除されました。

改めて読んで気づかされたことがあります。4つの福音書に共通しています。この行為に及んだのはイエスさまだけでした。「イエスが」したと記されているだけです。12人の弟子は暴力に加担していません。加担していたら「イエスと弟子たちが」したと記されるはずですが、そう書かれていません。弟子たちは黙って見ていただけでした。加担した証拠がありません。

しかし、もしそうなら、なおさら考えさせられます。イエスさまおひとりだけであれば、被害を受けた商売人や買い物客や通行人が大声で叫んで「この人を捕まえてください」と訴えれば、即刻ローマ兵がかけつけて現行犯逮捕してくれたかもしれませんが、そうなりませんでした。

なぜそうならなかったかの理由は、今日の範囲の18節に記されていることから分かります。「群衆が皆その教えに打たれていた」(18節)。これで分かるのは、神殿の境内にいた人たちの中にイエスさまがされたことを歓迎するムードがあった、ということです。

それどころか、イエスさまがつかみかかった相手である商売人たち自身すら、抵抗した様子が全くどこにも描かれていません。もしイエスさまがおひとりなら、1対1で立ち向かう商売人が出てきそうな場面ですが、そうなりませんでした。

その理由は「群衆が皆(イエスさまの)教えに打たれていた」(18節)からです。言い方を換えれば、なぜイエスさまがこのようなことをされているのかが、その場にいた人たちに理解できたし、支持することも、応援することすらもできたからです。それほどまでに神殿側にいるユダヤ教の指導者たちの腐敗や堕落の様子が一般市民の目に明らかだったのかもしれません。

イエスさまご自身が表明された理由は次のとおりです。「『こう書いてあるではないか。「わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。」ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった』」(17節)。

繰り返し確認しながら慎重に読み進める必要があるのは、「だから暴力行為は肯定されるべきだ」という意味にはならないという点です。理由があれば、周囲の支持があれば、暴力は仕方がないという論調に加担すべきではありません。

イエスさまご自身も、この暴力について謝罪もしておられませんが、「仕方がなかった」というような弁解はなさっていません。

弟子たちを全員巻き込んで「わたしと一緒に戦いなさい」ともおっしゃっていません。責任が問われる日が来れば、すべてひとりで背負うおつもりでした。それこそが、今日の箇所を含めて4つの福音書すべてに描かれているこの事件の真相です。

イエスさまがおっしゃった「わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである」(17節)は、旧約聖書のイザヤ書56章7節の引用です。

現在の聖書学者は、イザヤ書を少なくとも2つに分けて、1章から39章までは紀元前8世紀に書かれ、40章から66章までは紀元前6世紀に書かれたので、時代が2世紀も離れている以上、著者は別人であると結論づけます。

そのことから考えれば、イザヤ書56章に出てくる「祈りの家」は、紀元前10世紀にソロモンが建てた第一神殿でなく、バビロン捕囚後に再建された第二神殿を指すと言えるかもしれません。

しかし、そのこととイエスさまは無関係です。イエスさまは「複数のイザヤ」のことはご存じなかったでしょうし、どうでもいいことです。

イエスさまにとって「祈りの家」が「神殿」でなければならないかどうかも考えどころです。イエスさまにとって大事なことは、このときイエスさまが立っておられた「今、ここ」は本質的に「何」なのかです。

イザヤ書56章7節の「わたしの家」がエルサレム神殿を指していることは、否定できません。このときイエスさまがおられたのも同じエルサレム神殿です。

しかしそれでは、たとえば「神殿」でなく「会堂(シナゴーグ)」は「祈りの家」ではないのかというと、そんなことはありません。各個人の家庭は「祈りの家」ではないのかというと、全くそうではありません。

ここは「すべての国の人の祈りの家」であるはずなのに「強盗の巣」になっている。みんなが安心して祈れる場所になっていない。そのことは、イエスさまがはっきりおっしゃっています。

しかし、それは狭い意味で「神殿」や「会堂」などの宗教施設や境内地の使用方法や利用目的の問題だけに狭めて考える必要はありません。

具体的に言います。この箇所に関してよく聞く話は、礼拝堂を使用してバザーをしたり、音楽集会をしたりすることの是非の問題だったりしますが、それは全く別の話です。幼稚園との関係に直接かかわる問題なので、この点は譲れません。

ここでイエスさまが問うておられるのは、場所の問題、建物の問題というよりも、心の問題、信仰の問題です。「あなたがたは、何のために集まっているのですか。何のために礼拝しているのですか。本当に礼拝しているのですか。本当に祈っているのですか」という根本的な問いです。

しかし、だからと言って暴力を肯定してよい理由にはなりません。私が唯一救いを感じるのは、イエスさまにふだんから暴力癖があったわけではないことです。後にも先にもこの一撃だけです。

読みにくいし話しにくいこの箇所を繰り返し読むのは、「教会」のあり方を反省する機会になるからです。ふだんは穏やかなイエスさまをここまで怒らせたのはだれなのかを考えるべきです。

(2022年4月10日 聖日礼拝)